とある警察病院の中、独房のような閉ざされた病室の中で一人の男が目を覚ました。むくりと起き上がった男はベッドの上で布団を頭から被ったまま目だけをらんらんと輝かせていた。だがその目には狂気の光が宿っている。

「許さん、許さんぞ! よくも俺をこんな目に。必ず復讐してやる、必ず……」

 何度も何度もそう呟く男に、やがて病室のドアの向こうから声が掛かった。

「お昼ですよ。そろそろ何か食べないと体も回復しませんよ」

 それは若い看護師だった。彼女はこの患者に昼食を運んできたのだった。患者の体を回復させることが彼女の務め。例えそれがどんなに凶悪な人間であっても……だ。

 男は毛布を跳ね除けてベッドからがばっと起き上がると、ドアに向かってつかつかと歩み寄っていった。

「いつもありがとう。おかげでだいぶ良くなってきたようだよ。痛みはもう無いし、ようやく食欲も出てきたみたいだ。今日は食事を頂こうじゃないか。ところで……」

「はい?」

「俺がここに入ってから何日経ったんだい?」

「さあ、余計なことはお話しないようにと言われていますので」

「そうか……そうだ、真鍋くん!」

「え?」

 ドアの上部に付いた狭い窓越しに看護師のネームプレートを見た男は彼女の名前を呼んだ。

 名前を呼ばれて思わず顔を上げ男の目を見る看護師。じっと見詰めるその目はしかし段々とろんとしてくる。

「すまないがこのドアを開けてくれないかい」

「はい、かしこまりました」

 真鍋看護師は躊躇無くポケットから鍵を取り出すと、閉じられていたドアを開けた。病室の中に入ってきた彼女に男が何事かを耳打ちすると、彼女はドアを開けたまま静かにその場を離れていった。

 男はそれをにやりと笑いながら見送っていた。







 そしてこの日、警察病院から一人の凶悪犯罪者と若い看護師が姿を消した。しかしその事件は暫らくの間、世間に公になることはなかったという。






戦え!スウィートハニィU

第1話「忍び寄る悪魔」


作:toshi9






 スウィートハニィと『虎の爪』との戦いが終わって一ヶ月が過ぎた。光雄は今、女子高生・生田蜜樹としての毎日を過ごしている。

 話の発端は、シスターとの戦いが終わった後指輪が壊れて元の姿に戻れなくなってしまった光雄への、生田賢造のある提案からだった。

 それは娘の蜜樹として生田家で一緒に暮らさないかという申し出だった。

「私たちを助けてくれたあなたにこんなことまで頼むのは筋違いだということはよくわかっている。だがその姿は紛れもなく娘の蜜樹だ、そしてあなたの中には蜜樹がいる。それならばあなたは私たちの娘も同然だ。もし良ければどうか私たちと一緒に暮らして欲しい」

「ありがとうございます。そうですね、この姿ではもう元の教師生活に戻ることはできませんし……わかりました、こちらこそお願いします」

「おお! それじゃあ」

「よろしくね♪ おとうさん」

 にっこりと微笑むと、蜜樹になりきって答える光雄だった。

(先生、こんなことになってすみませんでした。でも先生は本当にこれでいいんですか)

「ああ、この体のままではもう元の生活には戻れないしなぁ。仕方ないさ。まあ今日からここの娘として、生まれ変わった気持ちでがんばってみるよ」

(気持ちだけじゃなくて、体も生まれ変わっちゃいましたけどね)

「言えてるな、ははは」

 どこか能天気な光雄であった。

 彼がそれほど慌てていないのには訳がある。光雄は天涯孤独だった。両親に早くに死なれ、迷惑がる叔父の家で育った彼の高校生活には暗い思い出しかなかった。そして高校を卒業するなり叔父の元を飛び出すと奨学金を受けながら大学に通い教師になったのである。南高校に赴任した後の彼は教育一筋、未だ恋人もいなかった。まあ押しかけ恋人の桜井幸という存在はあったが。

 そんな彼の心の中には何処かに暖かい家庭への憧れがあったのかもしれない。

 光雄に救われ、なおかつ彼が蜜樹の姿をしているということもあり、光雄が賢造の申し出を受け入れた後、彼は蜜樹として生田家に暖かく迎え入れられることになった。そして彼には家族ができた。賢造、幸枝という父と母、そして奈津樹という姉が。

「よろしくお願いします」

「よろしくだなんて、蜜樹ちゃん、あなたは今までもこれからもあたしの娘よ」

「蜜樹、苦労かけたわね。いろいろありがとう」

「おかあさん、奈津樹……姉さん……」

 皆に蜜樹として暖かく迎え入れられ、少しくすぐったいような気持ちの光雄だった。

 結局それから後の蜜樹としての生田家での暮らしは、彼にとって暗いものでしかなかった高校生活をもう一度やり直すことになった。それも安らぎのある家庭、そして何の不自由も無い高校生活をだ。尤もそれは男子高校生としてのそれではなく、女子高生としての高校生活になってしまったのだが。

 スウィートハニィとしての戦いを終えた光雄は今、戦闘服を脱ぎ、サーベルを部屋の奥深くに仕舞い、生田蜜樹として南高校に通っている。即ち賢造に頼み込んで、休学扱いになっていた蜜樹が通っていた高校から南高校に転入したのだった。

 そしてまた光雄にとって女の子としての生活はまだまだ戸惑いだらけだったものの、時間が経つに従って少しずつ慣れ始めていた。尤もそれには今も彼の心の中に同居するハニィ、即ち本物の蜜樹の手助けがあったのは言うまでも無い。彼女はその力を失ってしまったものの、光雄が女の子として生きていくための良きアドバイザーであった。

 勿論だからといって彼がすっかり女の子としての自分の体に馴染んでしまったわけではない。彼の心は相変わらす教師如月光雄であり男のそれであった。

 トイレで用を足す度に顔を赤らめながら紙を使い、お風呂に入ってはその感覚に戸惑い、服を着替える度にため息をつく毎日であった。

 そして遂にやってきた月のものに大いに慌て、ハニィのアドバイスでその処理をしながら今の自分が紛れも無く女の子だということを改めて実感させられる光雄だった。

 さて、運良く元の自分のクラスに編入した彼は、その日本人としては並外れた容姿と運動能力……実は蜜樹が指輪の力で自分の容姿・能力を美化して具現化したのがスウィートハニィ、今の光雄の姿なのだ……に加えて生来のめげない明るい性格と、とても女子高生とは思えないずば抜けた学力……当たり前だ。姿こそ女子高生だがその中身は元々クラスの担任教師なのだ……でたちまちクラスの人気者になってしまった。目立たないようにしていたものの、これで人気者にならないほうがおかしい。そして男子生徒を凌ぐその力はやがて運動部からも引っ張りだこになってしまったのだった。 

 クラスの中には転校した後すぐに二人の親友ができていた。言うまでも無く桜井幸と相沢謙二である。転校早々ハニィに何処か惹かれるものを感じて声をかけてきた幸、委員長として接しているうちにすっかり馬が合ってしまった謙二。三人はいつしか大の仲良しとなっていた。






 今日もセーラー服の短いスカートの裾をなびかせて登校する光雄、いや蜜樹はため息をついていた。

「まさか教師の俺がこんな格好で南高校に通うことになろうとはなぁ。それも自分自身が担任をしていたクラスの一員になるなんて。今までの教え子が今やクラスの仲間か……まあそれはそれでいいんだが」

(ふふっ、もういいかげん諦めたらどうですか、先生。それに毎日結構楽しんでいるじゃないですか)

「まあな。もう毎日毎日開き直っているさ」

(そうですね。でもそんな先生、わたし好きですよ)

「こんな時におだてるなよ。まあ早く俺も女子高生としての自覚を持たなきゃいけないんだけどなぁ」

(時間が全てを解決してくれるんじゃないですか。そんなもの自然と芽生えてきますよ)

「そうだな、そうなると良いんだが」

「ハニィ、おはよう〜」

「え? ああ、幸、おっはよ〜」

 光雄の後ろから声をかけたのは桜井幸だった。かつて彼の恋人になろうと追いかけ回していた彼女は、今では委員長の相沢謙二と共に良き親友だ。

「どうしたの、朝からたそがれちゃって」

「え? ううん、なんでもないよ」

「そっか、ねぇ、ハニィ、明日横浜のドリームパークに行かない」

「ええ? 遊園地?」

「うん、学校休みでしょう。委員長が三人、いえ四人で行かないかって」

「四人って?」

「うん、どうも委員長の妹を一緒に連れて行きたいみたいなんだ。何でもあなたのファンなんだそうよ」

「ええ?」

「ハニィってこの辺りじゃもうすっかり有名人なんだから。スーパー女子高生だって」

「えぇ〜そんな、そんなことないよ」

「いいからいいから。で、どうする」

「うん、別に構わないけれど」

「じゃあ決まりね。おっと早く行かないと遅刻するよ」

「いっけない、走ろうか」

「うん、でもハニィってばあたしを置いていかないでね」

「あっと、わかってるって」

 校門に向かってきゃあきゃあと駆け出す二人だった。

 だがそんな二人を空から静かに見詰める目があった。烏? いや違う、それは黒い鳩だった。その鳩は二人が校門に入るのを確かめると、くるりと旋回して何処かの方向に向かって飛んでいった。







 さて翌日の土曜日、光雄は駅前で三人が来るのを待っていた。その格好は大き目の白い帽子に淡いレモン色のノースリーブのセーターとカーディガンのコンビネーション、そして白いフレアのミニスカート、紺色のニーソックスにピンクのスニーカー、そして肩からポシェットをぶら下げた女子高生が遊びに出かけるのには至極当たり前の格好であった。尤もその服装を着ることに光雄自身は随分抵抗があったようだが、幸枝と奈津樹によって半ば強引に着せられ、生田家を送り出されていた。

「ちょ、ちょっと、こんな服で出かけるなんて恥ずかしいよ。ジーンズでいいから」

「なに言ってるの、蜜樹。あなたの年頃だったらこれくらい普通じゃないの。とっても似合ってるわよ」

「いや年頃って言っても、俺は……」

「俺じゃなくてあたしでしょう。蜜樹」

(そうですよ、先生。これくらいで恥ずかしがってどうするんですか)

「でも、俺はおとこ……」

「「あなたは蜜樹でしょう」」

 幸枝と奈津樹がその声をはもらせながら同時にそう言い放つ。

「はい」

 これには光雄もただ頷くしかなかった。

「さあ、楽しんでらっしゃい」

「帰ったらどんなだったか詳しく教えてね。もしかしたら委員長さんにキスされちゃったりして。楽しみに待っているわよ」

「な、奈津樹姉さん……そんなこと。デートじゃないんだから。それに幸も一緒なのにそんなことあるわけないだろう」

 思わず顔を真っ赤にする光雄。

「うふっ、冗談、冗談よ。さあさあ行ってらっしゃい」

「全くぅ……、じゃあ行ってきます」


 玄関で見送る二人の姿に、恥ずかしいながらも、ふと温もりを感じる光雄だった。






 待ち合わせ場所に向う光雄は、だが周囲の視線に戸惑っていた。周りの皆が自分のことを見ているような気がしてならないのだ。実際気が付くとすれ違う人は皆、彼のことをじろじろと見ていた。男は何処かいやらしい目で、女性は羨ましさをその瞳の奥に湛えながら。

「俺なんかおかしいかな。やっぱりこの格好恥ずかしいよ」

(なに言ってるんですか、それだけ今の先生が魅力的だってことですよ)

 確かに彼のすらりの伸びた脚を惜しげもなく見せ付けるそのフレアのミニスカート姿には、誰もが釘付けになって当然だろう。

「ううう、やっぱり着るんじゃなかった」

(ふふっ、そのうち見られるのが快感になってきますよ。え?)

「どうしたんだ、ハニィ」

(何かおかしな視線を感じる)

「変な奴も多いからなぁ。うう、そりゃ気をつけなくっちゃ」

(何なの、これ……すみません、感が鈍くなっちゃって)

「まあ変な奴が襲ってきてもぶっとばしてやるさ」

(そんな、先生はもう女の子なんですから、お願いですから女の子らしくおしとやかにしてくださいよ)

「ははは、さあ急ごう」






 待ち合わせ場所には光雄が一番乗りだった。程なくして幸、そして最後に相沢兄妹が現れる。

「ごめんごめん、遅れちゃったね」

「どうしたの、委員長が時間に遅れるなんて珍しいわね」

「いやぁ、未久の準備が長くって」

「ぶ〜、あたしだけのせいにしないでよ。お兄ちゃんのほうこそ今日は念入りに服を選んでたじゃない」

「「まあ」」

「あ、紹介するよ。これが妹の未久、相沢未久だ。未久、こっちが桜井幸さんとそして生田蜜樹さんだぞ」

「お兄ちゃんったら、これってなによ……もう。あの、相沢未久です。ただ今12歳の小学六年生。お姉ちゃんたち、よろしく」

「桜井幸よ、こちらこそよろしくね」

「生田蜜樹よ、ハニィって呼んでね♪ 未久ちゃん」

「あなたがハニィお姉ちゃん。噂通りとっても綺麗」

「まあ、そんなお世辞を言っても何も出ないわよ」

「そんなのいいです。でも未久、ハニィお姉ちゃんがお兄ちゃんの恋人だったら良いなぁ」

「ば、馬鹿、そんなこと」

「あらあら」

「ごめんね未久ちゃん、あたしと謙二くんはただの友達だから」

「そうなんですか、何だか残念」

 ハニィの言葉を聞いて未久は残念そうであったが、その横の謙二も心なしか落胆していた。

「じゃ、じゃあ遅くなるから早く行こうぜ」

「そうね」

 一行は電車で横浜に向かい、バスに乗り換えて横浜ドリームパークに向かった。

 ……それをいつの間にか黒い鳩がぴったりと空から追いかけていた。





 ドリームパークに着いた一行は、広い園内を4人で一緒に遊びまわった。特に未久ははしゃぎまわっている。ハニィの手を掴んでぴったりくっついてあれに乗ろう、一緒に遊ぼうと引っ張りまわしていた。それを呆れて見ている謙二と幸。

 こうして遊園地での楽しいひと時が過ぎていく。

「ハニィ、面白かったね」

「うん」

 光雄も遊園地で遊んだなどというのはいつ以来であったのか、久々に満喫していた。

「ハニィお姉ちゃん、今度はあれに乗ろう」

「はいはい」

 再び光雄の手を引っ張って駆ける未久、彼女は着いてから結局一日中ハニィにべったりだった。

「すまないな、ハニィ」

「ふふっ、いいのよ。それに未久ちゃんかわいいから」

「へへ、ありがとうハニィお姉ちゃん」

 そしてまた次のアトラクションに向かうハニィと未久。憧れのハニィと一緒で未久は本当に嬉しそうだ。

 一方再び取り残された謙二と幸は、ただ苦笑するしかなかった。

「妹さんかわいいわね」

「あいつ、いつもはもっと大人しいんだけれどな。あんなにはしゃぐなんて思わなかったよ」

「何だか妬けるわね」

「ええ?」

「ううん、なんでもない」

 




 ハニィと未久の二人がそのアトラクションから出てくると、丁度目の前にアイスクリームスタンドがある。その前では道化が風船を配っていた。 

「ねえ未久ちゃん、アイスクリーム買ってこようか」

「あ、あたしが買ってくるよ。お姉ちゃんちょっと待ってて」

 そう言うや否や、未久は前方のアイスクリームスタンドに向かって駆け出した。

「ちょ、ちょっとそんなに走らなくても良いわよ」

 未久の元気な姿をちょっと微笑ましく思う光雄だったが、その時突然異変が起きた。

 風船を持った道化の男が、脇を駆け抜けようとする未久を突然がしっと掴んだのだ。

「ちょ、ちょっと、なにするのよ」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 未久を掴んだまま道化は徐々に別なものにその姿を変えていく。身体の表面が紫色に染まり、その姿は道化から身体の表面にいぼのついたとかげのようなものに変わっていった。

「なにぃ!」

 がたっ

 思わず椅子から立ち上がる光雄。

「まさか、でもそんな馬鹿な」

(先生。あれって『虎の爪』の怪人です)

「ああ、でも『虎の爪』は壊滅したんじゃないのか」

(あたしにもよくわからないけれど、でもあの姿は間違いないわ)

「くそう、とにかく未久ちゃんを助けよう」

 ハニィは駆けた。そして未久に抱きついている怪人に向かって言い放った。

「待ちなさい! あなた、その娘を放しなさい」

「ぎぎっ、いやだね」

「そんな子供に一体なにをしようって言うの。あなたまさか『虎の爪』の怪人?」
 
「我が名はパープルカメレオン。この娘は我が『虎の爪』が預かる」

 そう言うや否や未久を脇に抱えて走り去ろうとする怪人。

「待ちなさい」

 追いかけるハニィ。しかしその足を引っ張るものがいた。

「ひっひっひっ、行かせないよ」

「誰だ」

「グリーンアリジゴクだ。お前は俺が倒す。さあ引きずり込まれるがいい」

 ハニィの足元がさらさらと崩れ始め、地面に引きずり込まれようとする。必死で穴の渕にしがみ付くハニィ。

「くっ、くそう未久ちゃんが」

(先生、思い切って手を離して)

「え? でもそれじゃあ引きずり込まれてしまうぞ」

(相手の力を逆に利用するの)

「そうか、なるほど」

 ハニィはぱっと手を離すと、崩れた斜面を蹴った。そして勢い良く怪人に向かって蹴りかかる。

「とぅ」

 反動の付いたハニィのキックが勢い良く怪人にヒットした。

「ぐはっ」

 堪らずグリーンアリジゴクがその手を離す。反動をつけて再びジャンプしたハニィは空中でくるりと回転すると、第二激をかました。

 ボキッボキボキ

「ぎゃぁ〜」

 再びジャンプしてスタっと地面に降り立つハニィ。

 穴の中ではグリーンアリジゴクがぐったりと倒れていた。その上からさらさらと砂が落ち、その骸を埋めていく。やがてそこにあった穴はすっかり消え失せていた。まるで何事も無かったかのように。

「くそう、思わぬ足止めが……いけない、未久ちゃんは?」

(先生、急ぎましょう)

「おう!」

 カメレオン怪人が走り去った方向に駆け出すハニィ。しかし園内を必死に探しても未久の姿は見当たらなかった。






 そのころ、未久はパープルカメレオンによって遊園地の駐車場に停まった大型トレーラーの中に連れ込まれていた。

「なにすんのよ!」

「ぎぃ? 気の強い娘だな」

 抱えられたままで足をばたばたさせる未久。しかし吸盤のある指でがっちりと掴まれその腕を解くことはできない。

「ようこそ、我が移動基地へ」

「移動基地? だれ?」

 暗がりの中に白衣を着た一人の男のシルエットが浮かび上がる。しかし薄明かりの中ではそれが誰なのか未久には見ることはできなかった。

「娘、お前はハニィと知り合いなのか」

「おまえだなんて、あたしには相沢未久って言う名前があるの。それにハニィなんてハニィお姉ちゃんのことを呼び捨てにしないで」

「ハニィお姉ちゃんか、やはり知り合いということだな」

「知り合いっていうか、ハニィお姉ちゃんはあたしのお兄ちゃんの恋人なんだから、こんなことしてもハニィお姉ちゃんがすぐにあたしのことを助けにきてくれるんだから」

「ふふふ、そうだな。助けてもらわなくちゃいけないな」

 男がパチッと指を鳴らす。するとブーンという機械の動き始める音がトレーラーの中に響き渡り始めた。

「よし、操作方法は教えた通りだ。わかるな」

「はい」

 何処からか若い女性の声がそれに答える。

「さあ、始めろ」

「ははっ」

 パープルカメレオンは未久を抱えたまま機械音のする方向に歩いていった。そこには二つの円筒型のガラスのケースが並んでいる。そして未久をはその前に下ろすと、いきなり未久の着ている服を引き剥がし始めた。

「な、なにするのよ、馬鹿! やめてよ、この変態」

 しかし怪人は未久の悲鳴を全く意にかえすことなく、未久の着ているブラウスもスカートも下着も、そしてソックスさえも引っぺがしてしまった。そして未久をすっかり裸にしてしまうと、左側のケースの扉を開け、その中に無理やり押し込めてしまった。

 どんどん、どんどん

「馬鹿ぁ、何するのよ」

 未久は必死にケースを叩くものの、透明なそのケースはびくともしなかった。

「ふふふ、君の情報を頂くよ」

 シルエットの男は一瞬不気味に笑った。暗がりの中にその白い歯だけが浮かび上がる。

「さあ始めろ」

 男の声から一瞬の間を置いて、ブーンという機械の音が一段と高まリ始める。そして脇に置かれたパネルがチカチカと盛んに点滅を始めていた。ディスプレィの中には未久の姿が浮かび上がり、それと共に数字とアルファベットカチカチと並び始めていた。やがてその羅列はディスプレイいっぱいに広がっていく。

「解析終了。いつでも大丈夫です」

「よし」

 シルエットの男はその声を待っていたかのように、着ていた白衣を脱ぎ捨て、さらに自分の着ている服を全て脱いでしまった。すっかり裸になった男は、右側に置かれたもう一つのケースの中に自ら足を踏み入れる。

 パネルが再び点滅を始めた。未久の姿が映し出されたディスプレイに並べて置かれているもう一つのディスプレィに男の姿が浮かび上がる。やがてその周りにカチカチと数字とアルファベットの列が表示され始めると、ディスプレイの中の男の姿はワイヤーフレーム状のシルエットへと変化していった。

 それと時を同じくしてガラスケースの中が光に包まれる。

 突然ディスプレィに写る男のシルエットが奇妙に変化し始めた。その姿はまるで何かの力で書き換えられでもするように大きく形を変え始めていた。身長があっという間に低いものに置き換わったかと思うと、それと同時に筋肉のついた手足が、そして身体全体がすっと細い華奢なものに変わっていった。 

 そしてスーっとワイヤーシルエットの中からその姿を浮かび上がらせていく。顔が、身体が、腕が、脚がはっきりとさっきまでの男の姿とは別のある人物の姿に変わっていた。そう、そこに映っているのは一人の少女の姿、左のディスプレイに映る未久と全く同じ姿がそこにコピーされていたのだ。





 やがてカタンと右のガラスケースの扉が開き、中に入った男がゆっくりと出てきた。そして左のケースに歩み寄ると、閉じ込められた未久の前に立った。

 あたし……だ

 ケースに閉じ込められた未久は目の前にいる人物の姿を見て、驚きを取り越して恐怖に顔を歪ませていた。目の前に立つその姿は先ほどの男ではない。

「どお、この姿」

「あ、あたし、あたしがいる」

「ふふふ、この装置はね、そっちに入っているものの姿をこちらに入ったものに複写できるのさ。今の俺の身体は君と全く同じになったんだよ。必要な知識も頂いたよ」

「いやっ、気持ち悪い」

「ハニィが君を探しているようだ。そろそろ彼女には君を助け出してもらわなくちゃいけないな。いや君の姿のこの俺をね・・・くっくっくっ、はっはっは」

 男が化けた偽の未久は、床に置かれたまだ未久の体の温もりの残る服の中からショーツをつまみ上げた。

「さて、君の服を借りるよ」

「いや、この変態」

「え? どおしてぇ、あたし未久だもん。未久が自分のお洋服を着るのは当たり前じゃない」

「やめてよ。あたしの真似なんかしないで」

 そんな未久の悲鳴を無視するように偽の未久はショーツに足を通すと、ゆっくりと引き上げていった。

「ふふっ、まだ暖かいね。この温もりも、もう俺のものだね」

 そう言いながら偽の未久は穿いたショーツの股間やお尻を撫で回し、にやりと笑った。

「もういやぁ」

 未久は悪夢のような目の前の光景に泣き出していた。それに構わず偽の未久はスリップを頭から被り、そして未久のブラウスとスカートを穿いていく。フリルの付いたソックスを穿いてその小さい足をスニーカーに挿し入れると、そこには先ほど拉致されてきたままの姿の未久が立っていた。それを胸を両腕で隠し、しゃがみ込んだまま見詰める裸の未久。彼女はぶるぶると震えていた。それは寒さだけではないだろう。

「どお、今からあたしが相沢未久だよ」

 その場で未久の姿でくるりと廻ってみせる偽の未久。

「いや、そんな、いや、いやあ」

 泣きながら悲鳴を上げる未久を、偽の未久は腰に手を当てて冷ややかに見下ろしていた。

「さあて、この世に相沢未久は二人いらないね、だから君には別な姿になってもらうよ」

「え? なに?」

「さあ、この娘を今度はこっちに入れるんだ」

「やめて、やめてよ」

 しかし未久は強引にパープルカメレオンによって左のガラスケースから引き出されると、右のガラスケースに押し込まれてしまった。

 どんどんと閉じ込められたケースを叩く未久。

「いやあ、出して、出してよぉ」

 それをにやにやと見詰めるもう一人の未久。

「ばいばい、元のあたし」

 そして再び女性の指がスイッチにかかる。

「いや、いやだぁ」

 右のディスプレイに映し出された未久の身体がワイヤーフレームのシルエットと化していく。その身体は小さい未久の身体よりもさらに小さくなっていった。ガラスケースが光に包まれる。





 やがて機械の音が止まり、トレーラーの中は静寂を取り戻した。

(いや、いやだよ。口が……何にも話せない。体が動かない……どうして?)

「終ったね、じゃあ行こうか、元の未久ちゃん」

 偽の未久はガラスケースの中から本物の未久をひょいと拾い上げると、彼女に小さな服を着せていった。

 何と未久は身長15cm程の小さな着せ替え人形と化していたのだ。それを未久が持っていたバッグに入れる偽の未久。



「ブラックピジョン、ハニィは今何処にいる」

「ここから南西100mの地点です」

 何時の間にかトレーラー内に入ってきていた黒い鳩がそれに答える。

「ふむ、丁度良い。それでは手はず通りに頼むぞ」

「「はっ、かしこまりました」」







「くそう、未久ちゃんどこに連れ去られたんだ」

(先生、もしかしたらもう園内にはいないのかも)

「そうだな、よし駐車場のほうに行ってみよう」

 ハニィは謙二や幸と手分けして園内を探していたが、未久の姿もパープルカメレオンの姿も見出すことはできなかった。焦りの中、もしやと思い駐車場のほうに向かって走っていたのだった。

 あっ!

 果たしてそこにはぐったりした未久を抱えて車に乗り込もうとしていたパープルカメレオンの姿があった。

(先生、あそこ)

「ああ、こっちに来て正解だったみたいだな。よし、未久ちゃんを助けるぞ」

 駆け出すハニィ

「待ちなさい!」

「ぎっ? またお前か」

「その娘を放しなさい」

「ぎっ、いやだね」

「か弱い少女を拉致しようだなんて、世間が許してもこのスウィートハニィが許さない!」

(先生、久しぶりなのにお上手ですね)

(ば、馬鹿、こんな時に冗談言うな)

(ふふ、すみません。さあ、未久ちゃんを助けましょう)

(おう!)

「ぎっ、うるさい奴、返り討ちにしてくれる」

 その場に気を失ったままの未久を下ろすとハニィに飛び掛るパープルカメレオン。

 それをさっと避け、回し蹴りをくらわせるハニィ……戦闘服ではないので、パンツが丸見えである。

「ぐ、ぐはっ。く、くそう、覚えていろ」

 捨てゼリフを残すと、パープルカメレオンはすっと姿を消した。

「なに? なんてあっけない」

(そうですね……)

「う、うーん」

「あ、未久ちゃん、気が付いた?」 

「お、お姉ちゃん〜」

「未久ちゃん、大丈夫、もう安心だよ」

「うん、怖かったよぉ、ハニィお姉ちゃん」

 未久は起き上がってハニィの胸の中に飛び込むと大声で泣き出した。その頭を優しく撫でるハニィ。

「大丈夫、ほら謙二くんも来たわよ」

「未久〜、無事か〜」

 幸と共に謙二もその場に駆けつけていた。

「ひっく、ひっく、うん」

 未久はハニィの胸に顔を埋めてずっと泣き続けていた。

 余程怖い目に遭ったんだろう。

 ハニィも謙二も幸もそう思いながら、優しい目で彼女を見守っていた。

「ひっく、ひっく」

 肩を震わせて泣き続ける未久、だがハニィの胸に隠れたその顔はさもおかしくて堪らないような笑いに満ちたものだった。

 しかし今のハニィにはそれに気づく術もなかった……

 
(ふっ、ふふふ、あっはっははは)

 




(取り敢えず了)




                                    2004年1月30日脱稿





後書き
  
 前回最終回を書き終えた「戦え!スウィートハニィ」。そのまま終了するつもりだったんですが、今月の地駆鴉さんのイラストを眺めていると沸々と続きのイメージが(笑
 ということで、続編を書いてみました。まあ話としては兎にも角にも一度終わらせることができたので、今回は後のことを気にしないで気楽に書かせて頂きました。さて、未久にすりかわったのは勿論ハニィへの復讐に燃えるあの人物です。果たしてこの先どうなりますやら。全ては次のイラスト次第? うーんどうしよう。
 それではここまでお読みいただきどうもありがとうございました。