(前回のあらすじ)
 パンツァーレディを撃破して奈津樹の心を解放したハニィは、姉妹の母親幸枝の体を井荻恭四郎から取り戻すべく再び研究所の地下室に突入した。
 そこで遂に特殊ガラスのケースに守られた恭四郎の体を見つけるハニィ。しかし歩み寄るハニィを遮るように現れたシスターの目がハニィを心地よい夢の世界へと引きずり込んでいく。そしてハニィの意識は少しずつ刷りかえられていった。

「蜜樹、これからいつも一緒よ。一緒にシスターを、お母さんを助けてあげるの」

「はい!」

 メイド姿の幻の奈津樹の言葉に力強く答えるハニィ。

 彼女はこのままシスターの手先になってしまうのだろうか。






戦え!スウィートハニィ

最終回「さらばスウィートハニィ」

作:toshi9






「お母さん、あたしがんばる。世界の平和のために」

 ハニィの意識が夢の世界に落ち込んだのは、ほんの一瞬の間の出来事だった。しかし呆然と立つハニィがその意識を取り戻した時、ハニィは目を輝かして目の前に立つシスターを見詰めていた。

 そんなハニィの表情を見て、にやりと笑うシスター。

「ええ、頼んだわよ、蜜樹の力を私のために役立てて頂戴。そしてあなたがもっともっと能力を発揮できるように、わたしが手術してあげるわ」

「ええ、お母さんが、いえシスターがそれを望むのなら」

「いい子ね、蜜樹。でもその前にまず裏切り者を始末して頂戴。世界の平和を妨げるものを」

 シスターはハニィの後ろにいるシャドウガールを指差した。

「はい!」

 シスターに歯切れ良く返事したハニィは、くるりとシャドウガールのほうに向かって振り向いた。だが、彼女のシャドウガールを見詰める目は最早さっきまでの優しいハニィのそれではなかった。その鋭い視線に思わずたじろぐシャドウガール。

「ハ、ハニィ? どうしたんだニャ」

「シスターに仇なす裏切り者、死になさい」

 ハニィはためらうことなくサーベルを振り上げた。

 突然のハニィの行動に逃げることもできず、シャドウガールにはその場で肩をすくめて目を瞑ることしかできなかった。

(だめぇ!)

「え?」

(違う!)

「え? え?」

(違う……違う違う違う!)

「誰?」

(先生、しっかりして)

「誰? あたしを呼ぶのは。それに先生って何のこと」

(あたしよ、ハニィよ、先生しっかりして)

「誰だか知らないけれど、何言ってるの。あたしは生田蜜樹、先生なんて知らない!」

(先生、お願い正気に戻って)

「あたしはお母さんと姉さんを助けるの。世界の平和のために」

(先生違う、あたしが蜜樹よ。先生、先生は如月光雄、そして今はスウィートハニィに変身してシスターと戦っているんでしょう。思い出して!)

 ハニィは光雄に向かって必死に呼びかけた。

(先生、思い出して! 指輪のことを、あたしと一緒に戦ったことを、先生は先生、あたしじゃない!)

 ハニィの必死の呼びかけが、今やすっかり蜜樹に、それもお母さんであるシスターを助けようという偽りの記憶を持った蜜樹に成り切っていた光雄の心の中に響き渡った。

「如月……光雄……光雄……ハニィ、スウィートハニィ、ううう」

 頭の中を回り灯籠のように巡る正しい記憶と偽りの記憶の中で、混乱の極みに陥ったハニィは思わずサーベルを取り落としていた。だが呆然と天井を見上げるハニィの中で少しずつ偽りの記憶は駆逐されていく。そしてハニィは少しずつ光雄としての自我を取り戻していった。

 そ、そうだ、俺の名前は如月光雄、ううう、俺は蜜樹じゃあない。くっ、いつの間に……そうかシスターの目を見たらおかしくなったんだ。視線を逸らす間もなかった……。何時の間にか自分がメイドの格好をしていて、メイド姿の奈津樹さんにシスターを助けるんだと囁かれて、すっかり自分が本当に蜜樹なんだと思い込んで……シスターを助ける? 世界平和のため? くそう、どこで意識が刷りかえられたんだ。

 ハニィは何度も頭を振った。

「ハニィ、だ、大丈夫かニャ」

 恐る恐るハニィに近寄るシャドウガール。

「え、ええ。ごめんシャドウガール、もう少しであなたのことを切ってしまうところだった。何て怖ろしい」

「いったい何が起こったんだニャ」

「シスターの目を見ていたら、自分がシスターの為に働かなければいけないような気になってきて。それが正しいことなんだと思い込んで……でももう大丈夫よ」

 二人のやりとりを見ていたシスターは自分の術が破れたことを悟った。

「くっ、私の能力が効かなかっただと」

「賢しいよ、シスター。けれどもこのスウィートハニィにそんな能力効きやしない!」

 シスターに向かって見得を切るハニィだったが……

(とは言ったものの、危ないところだった。ありがとうハニィ)

(もう大丈夫ですね、先生。がんばって!)

「ああ。しかしどうする。どうやって君のお母さんを取り戻す」

(目の前のシスターはこの際無視しましょう。彼女に構わずに後ろの特殊ガラスのケースを破って恭四郎の本体を叩くほうが先決じゃないかしら。まずそのことに全力を尽くしましょう)

「よし、わかった」

 そう叫ぶやいなや、ハニィはいきなりシスターに向かって突進すると、肩からタックルしてシスターを突き飛ばした。

「きゃっ!」

 あっけなく弾き飛ばされるシスター。

「へ? どうしたんだ」

(せ、先生、無茶しないで。シスターの体はお母さんの体、生身の人間の体だもの。力はこっちのほうがずっと上でしょう。あの……体を傷つけるようなことは)

「す、すまん。つい力が入って」

(まあ恭四郎もどうやらお母さんの体には手術を施していないみたいね。彼の力は恐らく機械と薬によるもの。今使える特殊な能力って言っても瞬間移動能力と催眠能力くらいしかないんじゃないのかしら)

「じゃあ今のうちって訳かい」

(そうね、怪人たちに守られていない今がチャンスなのかもね。さあ先生、やりましょう)

「よし!」

 ハニィはサーベルを振り上げると、ガラスケースに向かって叩き付けた。

「うぉぉぉぉぉおおおおお」

 カキン

 しかし、サーベルはいともあっけなく弾き返された。

「か、硬い」

 繰り返しサーベルを振るうハニィ。しかし何度やっても同じ事だった。恭四郎の体を守るガラスケースには傷一つつけることはできなかった。

「はぁはぁ……はぁはぁ……これだけやってもびくともしないなんて。何て硬さなの」

「そのケースはお前ごときに割れるような代物じゃない。諦めるんだな」

 むくりと起き上がったシスターは、あざ笑うようにハニィを見詰めていた。

「くっ、くそう、どうする」

(こうなったら……先生、あれを破る方法が一つだけ、たった一つだけある。でも……)

「どうしたんだハニィ、歯切れが悪いな。何か方法があるのなら教えてくれ。もう考えている余裕は無いはずだぞ」

(先生、先生には今までよくやって頂きました。もうこれ以上は……)

「何を言ってるんだハニィ。今こいつを倒せなかったら多分俺は一生後悔するよ。そして今を逃したら世界は『虎の爪』に支配されてしまうかもしれないじゃないか。さあ、ぐずぐずしてないで教えてくれ! 俺はどうすれば良いんだ」

(……唱えて)

「え?」

(指輪を胸に当てて唱えて、『ファイナルフラァッッシュ!』って)

「どうなるんだ」

(指輪の力が全て解放される。そしてその力をサーベルに凝集させてぶつければ、この世に破れないものはない。アレだって必ず破れる)

「よし、それでいこう」

(でもこれは危険な方法なの。力を全て解放したら、もしかしたら指輪の力が失われてしまうかもしれない。もし指輪を嵌めたままそんなことになったら先生の身に何が起きるのか、それは私にもわからないの。先生、それでも……それでもいいですか?)

「そうか……でも今あれを叩き壊さなければ『虎の爪』の野望は打ち砕けない。そうだろう、ハニィ。やろう!」

(せんせい、あたし……本当にありがとう……)

 ハニィは指輪を胸に当てて叫んだ。

『ファイナルフラァッッシュ!』

 ハニィの体が光に包まれる。その光の中で赤と黒を基調にしたつなぎ状の戦闘服は赤一色のレオタード様のより滑らかでぴちっとしたものに変化していった。そして光雄は自分の中からどんどんと力が涌いてくるのを感じていた。

「おう、体の中に力がみなぎってくる」

(さあ、先生、力をサーベルに集中させて。サーベルが、右手に持ったプラチナフルーレが光輝くまで)

「よし、わかった。 いくぞ」

 ハニィはサーベルを高々と頭上に差し上げると叫んだ。

『輝け! プラチナフルーレ!』

 徐々にサーベルが輝きを増し始める。

「もっとだ、もっと、もっと、輝け!」

 意識をさらに集中させるハニィ。

 サーベルが、そして同時に指輪が光り輝き始める。

「眩しいニャァ」

 ハニィの様子を見ながら思わず目を細めるシャドウガールだった。

 そう、サーベルは今や眩いばかりの輝きを放っていた。

(さあ先生、早く)

「そうはさせん」

 ハニィの前に立ちはだかるシスター。

「くそう、止むを得ん。こうなったら」

 シスターがパチッと指を鳴らす。

 するとそれを合図に部屋の中に怪人たちが入ってきた。ティラノレディ、クロウレディ、レディ・ビー、そして……。

「シャドウレディ! あなたも!」

「ハニィ、また会ったな」

「こいつはあなたが従うようなそんな人間じゃあない」

「我々を生み出されたのはシスターだ。シスターに逆らうことはできん」

「シャドウレディ、こいつはとんでもない奴なんだニャ」

「シャドウガール、シスターには逆らうな」

「うんニャ、シスターは間違っている。シスター、いやそいつはあたしたちのことなんか何も考えていない、野望の塊りのいやらしい奴なんだニャ」

「どういうことだ」

 シャドウガールは現れた怪人たちにそれまで見聞きしたことを手短かに話した。それをじっと聞いているシャドウレディ以下の怪人たち。

「……なるほど、では私たちはその野望の為に生み出されたシスターの道具と言う訳だ」

「シャドウレディ、そんな裏切り者の言うことに耳を貸すんじゃない。早くそいつを、スウィートハニィを倒せ、そして指輪を手に入れるのだ」

「妹は、シャドウガールはおっちょこちょいだが人を見る目は確かだよ。我々を生んでくれたというだけでお前に従ってきたあたしが馬鹿だったのか」

「シャドウレディ、お前は……誰か、誰でもいい、誰か、誰かハニィと戦え、この私の体をハニィから守るんだ」

 ガラスケースを庇うように両手を広げ、じりじりと後ずさるシスター。

「ほう、ではやはりそこの男がお前の本体なのか、シスター」

「え? はっ」

 思わず口を押さえるシスター。それを冷ややかに見詰める怪人たち。

「いや、その……」

「私はお前のことを、我らを導いてくれる気高い造物主、我らの女神と思っていたのだが、どうやら違うようだな。唯の人間、しかもそんな男がお前の正体だったとはな」

「待て、待ってくれ」

 にじり寄る怪人たちに取り囲まれ、身動きが取れなくなるシスター。

(今のうちよ、先生)

「よし、切り裂け! プラチナフルーレ!」

 光り輝くサーベルが一閃する。

 ピシッ!

 ガラスに小さなヒビが入った。

 輝き続けるサーベルを再びガラスケースに叩きつけるハニィ。

 バチッ! 

「もっと、もっとだ」

 ビシッ! ビシビシッ!

 ガラスのヒビがどんどん大きく広がっていく。

「よ〜し、これで最後だ! いくぞ、うぉぉぉぉぉ!」

 両手に持ち替えたサーベルを、力の限りヒビの入ったガラスケースに叩きつけるハニィ

 ビシビシビシビシ!

 その瞬間、ガラスケースは粉々に砕かれ、遂に恭四郎の体が皆の前に晒された。

「よし、え?」

 バチッ!

 眠ったように横たわる恭四郎の体に向かって踊りかかろうとしたハニィだったが、その瞬間光り輝いていた指輪が音をたてて真っ二つに割れてしまった。

「ゆ、指輪が……割れた」

(これって、まさか本当にこんなこと。先生、ごめんなさい……)

「いや、いいさ、こうしてガラスケースを割ることができたんだから。あれ? ハニィ、指輪が割れたのに君は俺の中にまだ……」

(そうですね、よくわかりませんけれど、私の意識、まだ先生の中に残っているみたいです。どうしてだかわからないけど……それに先生も元の姿に戻らないみたいですね)

「ああ、その気配はないな」

 指輪が割れた後も、光雄は未だハニィの姿のままであり、その変身が解かれることはなかった。

「よし、とにかく恭四郎の体を叩くぞ」

「やらせはせん、わたしの体、やらせはせんぞ……」

 怪人たちに取り囲まれ身動きできないシスターは懐から取り出したカプセルを口に含むと、次の瞬間その場に崩れるように倒れ込んでしまった。

「え? どうしたんだ」

 と、その時、光雄は自分の中に何かが入って来ようとしているのを感じた。その何かはじわりじわりと彼の、ハニィの背中から体の中に染み込んでくる。

(ふっふっふっ、この体、私が使わせてもらうぞ。今からこの私がスウィートハニィをやらせてもらう。世界を統べる女王スウィートハニィをな、はっははは)

「ぐっ、体が……」

 ハニィの体の自由が徐々に効かなくなっていく。

「意識が、だめだ朦朧と……」

 そしてハニィの表情は苦しげなものから段々と邪悪な笑いに満ちたものに変わり始めていた。

「ふふふ、体が軽い、しかも力に満ち溢れている。この体こそ私の体に相応しい」

 両手で胸を弄りながらにやにやと笑うハニィ。

(そうはさせない!)

「なに?」

(先生、しっかりして! 恭四郎の好きにさせないで! 意識を集中して! あたしを感じて! 二人で彼を追い出すのよ)

(う、ううう、す、すまないハニィ)

(お前なんか! ウオォォォォォー)

(うおぉぉぉぉぉー)

「や、やめろ、やめろぉ」

 苦しそうに体をよじるハニィ。

((ウオォォォォォー))

「やめろ、やめ……ろ……や……」

 がくっと片膝をついたハニィ。だがやがて、いつもの表情を取り戻していった。

「危なかった、全く怖ろしいやつ。ありがとうハニィ」

(大丈夫ですか、先生)

「ああ、しかしいったい奴は何処に」

「ぐ、ぐぐっ、うーん」

 その時むくりと起き上がる恭四郎の体。

「くそう、もう少しで俺は世界をこの手にできたものを……え? 何だお前ら」

「よくも今まで私たちを」

「や、やめろ、やめろぉ、俺に近づくな!」

 しかし徐々に囲んだ輪を縮めていく怪人たち。そして……。

 バキッ、ボキッ

「ぐ、ぐあぁ〜やめろ、やめ……ぐふっ!」

「命を弄んだ報いだな」

(そうですね。井荻恭四郎……折角素晴らしい才能を持っていたのに、どうしてこんな邪なことに使おうとしたのか。あの能力、並外れた頭脳を自分の野望ではなく世の中の為に使ったらどんなに良かったことか) 

「そうだな。……おっ、ハニィのお母さんが気が付いたみたいだぞ」

(母さん、やっと元に戻って……良かった。良かったよ)

「う、うーん、あたしはいったい、恭四郎くんの計画を突っぱねて、その後は……だめ、意識が」

「お母さん……」

「蜜樹、蜜樹じゃない、どうしたのその格好。それにその怪しげな人たちは」

「お母さんが意識を無くしている間に恭四郎が研究所で生み出した者たち。でも悪い者たちじゃないわ」

「そうなの? 駄目、まだ頭がぼーーっとして」

「お父さんが庭にいるから呼んで来るわ」

「ハニィ!」

 駆け出そうとするハニィを呼び止めるシャドウレディ。

「シャドウレディ……あの、いろいろありがとうございました。でもあなたたちこれからどうするんです」

「我々はこの街を離れる。世間の目に触れないように自然の中で生きていくことにするよ。我々の体もそれに適しているしな」

「そうですか。あなたには本当に何と言ったら良いのか……」

「何の、シスターに見切りをつけたのは我々自身の選択だ。気にすることはない」

「シャドウレディ……」

「さらばだニャ、ハニィ」

「シャドウガール、そうか、あなたも行ってしまうのね。本当にあなたにはお世話になったわね、ありがとう。でもまた会えるよね」

「うん、必ず遊びに来るんだニャ」

 ハニィはシャドウガールに近寄ると、そっと口付けをした。途端に真っ赤になるシャドウガール。

「あれ? この体、急にドキドキしてきたんだニャ」

「あ、そうか、その体って委員長じゃない。シャドウガール、合体を解くのを忘れないでね」

「あははっ、忘れていたんだニャ」

 謙二の体から抜け出るシャドウガール、するとみるみるうちにその体は謙二の姿に戻った。尤も着ている服はブティックで着替えた女子高生の制服風の服のまんまであったが。

「うっ、うーん」

「謙二くん、謙二くん」

「は! 俺、何か長い夢を見ていたような。朝霧先生の目を見ていたら急に眠くなって、それから女の子になって誰かを助ける夢を……ええっと、君はハニィ、いや幸、桜井幸か?」

「いいえ、あたしは生田蜜樹」

「そうか、蜜樹ちゃんか、えーとここは……え? 何だこの格好!」

 彼は女子高生のような格好をしている自分の姿に気が付いて慌てた。

「ふふっ、謙二くん、かわいいわよ」

「かわいいだなんて、うわぁ〜」

 頭を抱えてパニックに陥る謙二であった。

「さらばだ、ハニィ」

「うん、みんな元気で」

「ああ、お前もな」

「え? こいつらあの時の化け物」

「化け物とは失礼だな」

「ひっ! う、うーん」

 ティラノレディが横からぬっとそのいかつい顔を謙二に向ける。それを見た途端謙二は気を失ってしまった。

「「はははは」」

 謙二は大勢の笑い声が湧き上がるのを聞いたような気がしたが、彼が次に目を覚ましたのは翌朝学校の保健室のベッドの中でだった。しかも着ているのは未だ女の子の服のまま。

 出勤してきた保険医の宮下先生がベッドに寝ている謙二に気が付いて彼を起こしたものの、起き上がる彼の姿を見て呆れ返ったのは言うまでもない。







 そして何週間かが過ぎた。







 とある部屋の中、一人の少女がベッドの中で目を覚ました。彼女は起き上がるとちょっと躊躇しながらタンスの中から一組のショーツとブラジャーを選び出した。そして着ていたパジャマを脱いでショーツ一枚だけの格好になる。さらに穿いていたショーツも脱いですっかり裸になると、ベッドの上に置いた新しいショーツを両手で取り上げ、脚を通すとするすると引き上げていった。そしてショーツを穿き替え終えると、今度はちょっとぎこちない手付きでブラジャーをその大きな胸に留めた。

 少女は新しいブラジャーとショーツを身に付け終えると、顔を赤くしながらもその大きなお尻のお肉がショーツからはみ出していないか指を差し入れてチェックした。そしてブラジャーのカップの位置を調節してその大きな胸をブラジャーのカップに丁寧にフィットさせる。





 そして姿見の前で自分の姿をチェックする少女。

 大きな胸、大きなお尻、きゅっと絞れた腰。日本人離れしたその体型と少し幼さを残した顔立ちはアンバランスのようでいて微妙な魅力を放っていた。

 鏡に映る己の姿を見た少女は顔を赤らめたまま呟いていた。

「ううう、俺がこんな格好する羽目になるとは」

(うふふっ、とっても似合ってますよ。先生)

「ハニィ、でもなぁ」

(あたしの裸なんて今まで散々見ているじゃありませんか)

「一瞬で変身するのと、自分で女の子の下着を身に付けるのとは別だよ。何かどきどきして妙に恥ずかしいし」

(先生に女の子として自然に振舞ってもらえるようにしていたあたしの力は無くなってしまったみたいですね。これからは先生自身が自分は女の子なんだって自覚して、女の子らしくしてくださいね)

「うううう」

(あ、あの、ごめんなさい先生。でも元に戻れなくなってしまったんですし、このわたしの姿はもう仮のものではない。これからずっと先生のもの。先生……よろしく頼みますね)

「はぁ〜」

(先生……)

「いや、うん、まあ……その、そうだな、早く慣れなきゃいけないよな。これからはもう俺がハニィ、いや蜜樹なんだからな」

「蜜樹〜早くしないと遅れるわよ〜」

「おっと、奈津樹姉さんか。彼女もすっかり元気になったなぁ……って、いっけない早くしないと」

(そうですよ。転校生が初日から遅刻じゃシャレになりませんよ)

 光雄、いやもう蜜樹と言っていいだろう。彼女はハンガーに掛かったセーラー服を手に取ると、再び恥ずかしそうに身につけ始めた。




 結局元に戻れなくなってしまった光雄は、その赤い髪を茶色に染め、変身したまま即ちハニィの姿のまま生田蜜樹として生田研究所で暮らすことになってしまったのだった。勿論賢造と幸枝が、そして手術を終えた奈津樹が喜んだのは言うまでもない。







 さて、少しだけ時間を遡る。

 南高校では怪人たちの乱入事件の騒ぎから数週間が過ぎ、校内もようやく落ち着きを取り戻し始めていた。

「はぁ〜先生ったら何処に行っちゃったんだろう」

 桜井幸は事件の後も必死に光雄の行方を捜したが、事件の中で行方不明になったままその行方は遂に知れなかった。

 そしてある日幸が光雄のアパートを訪れてみると、その部屋は何時の間にか引き払われていた。

 幸は慌てて管理人の部屋に行くと、誰が引き払ったのかを尋ねた。

「管理人さん、すみません、如月光雄さんの部屋って」

「ああ、如月さんの代理人という方が荷物を引き取りに来られて、部屋を引き払われたよ」

「えぇ? その人ってどんな人ですか。先生の連絡先ってわからないんですか」

「さあてね、色眼鏡を掛けていて顔はよくわからなかったし、連絡先も特に聞いていないんだよ」

「そうですか」

 先生、何処に行っちゃったんだろう。

 幸はただ落胆するしかなかった。






 やがて職員室の光雄の席が光雄の代わりに赴任してきた新しい教師の席に変わった数日後、南高校に転校生がやってきた。

「みんな、今日からこのクラスで一緒に勉強することになった生田さんだ。仲良くするんだぞ」

 新しい担任の教師に連れられて入ってきたのは美少女だった。クラスの生徒は皆その顔立ちが誰かに似ているなと思ったものの、それが誰だったのか思い出せるものはいなかった。いや、二人だけは……。

「あの子ってハニィ? いやハニィは幸だった筈、でも幸はハニィなんて知らないって言ってたし、どうなってるんだ。そう言えば……」

「あの子……何となく先生に似ている」

「え? そうかなぁ。全然似てないぞ、お前何でも如月先生に結び付けて考え過ぎるんじゃないのか」

「ううん、あの歩き方とか仕草って先生と似ているの」

「そうか、でも気のせいだよ。それに俺はあの子のことを知ってるよ。あの子は……確か生田蜜樹って言ったっけな」

「ふーん、会ったことがあるんだ」

「何処でだったっけな、何処だったのか良く憶えていないんだけれど、どっかで会ってるんだよ。何故だか彼女のことを知ってるんだ」

「そうなんだ、不思議だね」

「ああ。それに何だかわからないけれど、とっても親しみを感じるんだ」

「あたしも何となくあの子とは気が合いそうな気がするんだ」

「彼女とはいい友達になれそうな気がするよ」

「そうね、あたしもそう思う」

 謙二と幸、二人は顔を見合わせて互いにこくりと頷いていた。







「さあ、自己紹介してくれ」

 担任の言葉に促されて転校生はさっと黒板に自分の名前を書くと、彼女の一挙手一投足に注目しているクラス全員のほうに向かって振り向いた。

「生田蜜樹です。ハニィって呼んでね♪」

 黒板に自分の名前を書き終えて、振り向いた光雄……いや蜜樹はぱちっとウィンクした。

 どよめく男子たち。




 光雄が行方不明になった後ずっと沈み込んでいたクラスは、それからしばらくの間、久々に明るい喧騒に包まれていたという……。









 こうしてスィートハニィの物語は幕を閉じた。

 そして新しい物語が始まる。

 女子高生ハニィの物語が。



(了)




                                        2003年12月24日脱稿





後書き&ライナーノート

 長かった「戦え!スウィートハニィ」の物語、ようやく完結です。ここまで続けることができるとは、イラスト企画が始まった時には思いもしませんでした。1年前サイファーさんのイラストを見て「ある物語の序曲」を書き起こした時に基本的な構想はありましたが、2月の爺さん、3月の都積さんのイラストが連載するには難しかったため(いずれも素晴らしいイラストですよ)、そのままその構想はお蔵入りさせるつもりでした。でも沸々と連載したいという気持ちが湧き上がったのは、よしおかさんが2月にイラスト連作作品を発表されたのを見た時です。やっぱりやってみたい! そんな気持ちに答える様に4月にロストさんの絶妙のイラストがお題になって、そこからどんどん構想が涌いていきました。そして続編「ある物語のはじまり」を投稿して、その後は綱渡り状態ながらもここまで連載を続けていくことができました。
 でも連載していて本当に面白かったです。難しいながらもイラストがあることで逆に新しいアイデアが涌いてきましたし、話のスケールもどんどん大きくなっていってしまいました。ただずるずると未完で終わらせたくなかったので、連載は1年程度で終わらせようとは思っていました。そんな時に発表されたのが8月のあさぎりさんのイラストです。この作品を見た時にその後の最終回までの構想が固まりました。それからはラストに向かって怒涛の1直線でしたね。最終回の最後の3行はこの「最強の敵(前編)」を書いた時にもうできてました。こういう終わり方にしたいなって思いながら。ただこれがそのまま使える終わり方になるかどうかはわからなかったのですが(笑
 イラストが発表される度に構想を練り直して、基本設定のほうもどんどん修正していきました。刺客怪人登場編になった紅珠さんとrainさんのイラストの回は書いていてほんと楽しかったですね。かきふらいさんのイラストの回で登場したシャドウガールは、その後の展開に無くてはならない、ほんとにいいキャラになってくれました。この市場さんにはアリスな光雄のイラストまで書いて頂いて、ほんと感謝でしたよ。止めはZipperさんのイラストで、最初の構想では幸枝がその成果を世間に認められずに死んでいった賢造の復讐のためにシスターとなって『虎の爪』を作った、そして奈津樹は母親に従ってパンツァーレディになったという設定だったのですが、がらりとその設定を変える羽目に(笑)。でもドラマとしては投稿したもののほうがより盛り上がっていて、むしろイラストに助けられた形です。
 但しこの回で登場人物の人間関係が全て明らかになりましたので、その後のイラストでどんなものが発表されるかがより恐ろしかったです。これでもうほとんど修正が利かなくなりましたからね。でも原田聖也さんとDMMさんのイラストには何とか対応することができて、ほっと胸を撫で下ろしました。そしてどうやらこうして当初思っていた通りのエンディングを迎えることができました。いやぁ本当に良かったです。

 最後に素晴らしいイラストをお題に頂いたサイファーさん、ロストさん、紅珠さん、rainさん、かきふらいさん、あさぎりさん、この市場さん、Zipperさん、原田聖也さん、DMMさん、ありがとうございました。

 そしてこの作品を最後まで読んで頂いた皆様、本当にありがとうございました。
 
 toshi9より感謝の気持ちを込めて。