(前回のあらすじ)
 パンツァーレディの手から指輪を取り戻した光雄は、再びスウィートハニィへと変身した。そして運良く難を逃れた光雄はハニィとハニィの父親・生田賢造から過去に何が起きたのかを聞かされる。ハニィのこと、パンツァーレディのこと、そして『虎の爪』とシスターの正体。二人から聞かされる事実に衝撃を受けながらも、光雄は賢造を伴って生田生体研究所を脱出しようとした。しかし一行を後ろから呼び止める声が……振り向くとそこにはパンツァーレディが悠然と立っていた。

「今度こそは逃がさないわよ、ハニィ。シスターからのご指示だ。必ずここであなたを仕留める」

「「パンツァーレディ!」」

「奈津樹!」

 ハニィとパンツァーレディ、三度目の戦いが今始まる。





戦え!スウィートハニィ

第9話「激闘、そして・・・」


作:toshi9





 振り向いた光雄、いやハニィはパンツァーレディと睨みあったまま対峙していた。

「どうする、このまま賢造さんを連れてここから逃げるか……いや、無理だな。やるしかないのか」

(先生、あたし今度は大丈夫。奈津樹姉さん……いえ、パンツァーレディと決着を付ける)

「ああ、でもこの間は全く歯が立たなかったし、果たして勝算があるんだろうか。それに彼女はハニィのお姉さんなんだろう」

(パンツァーレディが指輪を嵌めた時にわかったの、彼女の弱点は手術を施されている胸元よ。胸元に埋め込まれている制御装置が奈津樹姉さんにパンツァーレディとしての能力を与え、そして姉さんの意識を支配している。それさえ破壊できればパンツァーレディは元の奈津樹姉さんに戻るかもしれない。確かに胸元の一点だけを狙うのは難しいかもしれないけれど。でも先生、先生ならできるわよね)

 光雄はハニィが目の前に立って、自分に向かって微笑んでいるような気がした。

「簡単に言ってくれるね。でもそれができれば彼女を救うことができるかもしれないんだな」

(……うん)

「よし、わかった。やってみるよ。胸元の一点狙いだな」

 サーベルをひゅっと振るハニィ。

「シャドウガール、お父さんを頼んだわよ!」

 振り向きもせずにハニィは背後のシャドウガールに叫んだ。

「わかったニャ、あたしにどんと任せるんだニャ」

 背後から返ってきたシャドウガールの声を聞いたハニィは一瞬ふっと微笑みを浮かべたものの、すぐに唇をかみ締めた。

「パンツァーレディ! 勝負!」

「ええ、決着を付けましょう、ハニィ」

 パンツァーレディが右手を頭上に差し上げると、ぼっとその手の平に光の剣が浮かび上がり、それは一気に光り輝いていった。

「光の剣! 大丈夫か、ハニィ」

(大丈夫よ、先生、あたしももう逃げない)

「さすがハニィだ! よし、いくぞパンツァーレディ!」

「おう!」

 ハニィはサーベルを横下段に構えたままパンツァーレディに向かって駆け出すと、剣をなぎ払った。

 体を軽く捻ってそれをかわそうとするパンツァーレディ。

「なに!」

 しかし、ハニィの剣先はパンツァーレディの胸元に達していた。彼女の服の胸元が切り裂かれ、服の切れ端がはらりと垂れ下がる。

「ばかな、この私が見切れなかっただと!」

 再びサーベルを振るうハニィ。それを光の剣で受け止めるパンツァーレディ。

 バチィ、バチィ

 二度三度と二人の剣が交わる度に激しく火花が飛び散る。 

 今まで簡単にかわされていたハニィの剣だが、この時その剣筋は正確にパンツァーレディの体に届いていた。

 初めは余裕を持っていたパンツァーレディも、何度となくハニィの剣を受け止めているうちに様子がおかしいことに気が付いた。

 ハニィの動きが全く違う。

 そう、ハニィの動きは以前に比べ格段に良くなっているのだ。

 これまでの戦いでハニィも光雄もパンツァーレディに全く歯が立たなかった。だが今パンツァーレディと戦っているハニィは一人ではないのだ。パンツァーレディに立ち向かおうとする光雄とハニィの意志は完全に一体となっていた。そのためにハニィの能力は二倍にも三倍にもなっていたのだった。今やハニィのスピードも力も完全にパンツァーレディを凌駕していた。

 光雄は剣を振るいながら体の中から力がみなぎってくるのを、自分が今、自分の中のハニィと一緒に戦っていることをはっきりと感じていた。

 剣が交差する度にパンツァーレディの動きには余裕が無くなっていく。いつしか彼女はハニィに押され始めていた。

 やがてパンツァーレディの表情からはすっかり余裕が消え失せ、そこには焦りの色さえ浮かんでいた。

「な、何故だ。何故私が押されている」

「あたしは今までのあたしとは違う! パンツァーレディ、今度こそ負けない」

「くっ! こうなったら」

 パンツァーレディの目が妖しく光り始める。

「おっと、その手は食わないわよ」

 ハニィはその場にしゃがみ込むと砂を掴んでパンツァーレディに投げつけた。

「ぎゃぁ! 目、目が」

 砂が目に入り、顔を両手で抑えて叫び声を上げるパンツァーレディ。

「パンツァーレディ、覚悟!」

 ハニィはサーベルを両手に持ち替えるとその剣先をパンツァーレディに向けた。

「胸元の一点狙いだね」

(はい!)

「うぉぉぉぉぉ」 

 パンツァーレディの胸元に向かってサーベルを突き出すハニィ。その剣先が正確にパンツァーレディの胸元を突いた。

 バチバチィ

 サーベルは彼女の体を貫き通すことなく、剣先が胸元に達した瞬間大きな火花が上がった。

 シュウシュウ〜

 その途端にがくっと動かなくなるパンツァーレディ。光の剣もその手から消えてしまっていた。

「やったか」

(……姉さん)

「大丈夫……姉さん、奈津樹姉さん、しっかりして」

 サーベルを投げ捨てて、棒立ちになったパンツァーレディの体を揺するハニィ。

「・・・・・・・・・・・・」

 しかしパンツァーレディは目を閉じたままがくっと膝を折ると、その場にばたりと倒れこんだ。

「駄目だったのか」

「いや、奈津樹は無事だぞ」

 ハニィの背後から賢造の声が上がる。

 そう、倒れたパンツァーレディの指はぴくぴくっと動いていた。

 やがて赤く染まっていた髪の毛が少しずつ茶色に変わり始め、彼女の表情は険のない穏やかなものになっていった。

「姉さん、姉さん」

 奈津樹を抱き上げて必死で呼びかけるハニィ。

「ん……うーん、み……みつき。あなた蜜樹よね」

「そうよ、姉さん大丈夫?」

「え、ええ、何か長い夢を見ていたよう。蜜樹と戦う夢、蜜樹をこの手で殺してしまう夢、いろんな人を不幸にしていく夢、いやな夢……」

「姉さん、忘れましょう。もう大丈夫だから、ゆっくり眠って」

(姉さん、ああ、あああ、良かった。元の姉さんだ。奈津樹姉さんだ。先生、先生ありがとう)

「でも、でもあれは夢じゃない。あたしが見てきたのは全て現実……」

 うわ言のように呟き続ける奈津樹。

「蜜樹……蜜樹……」

「なあに? 姉さん」

「蜜樹、母さんを、お母さんをあいつから取り戻して、お願い」

「あいつって、井荻恭四郎?」

「そう井荻恭四郎、あたしの同級生……だった。今はシスターと名乗っているあいつ、あれは見た目はお母さんだけれど、中身は恭四郎。母さんの体があいつに乗っ取られている。何ておぞましい」

「でもどうすればいいのか」

「父さんが閉じ込められていた部屋の右隣の部屋、そこに恭四郎の本体が眠っているわ」

「そうか、それを叩けば……それであの時あそこで戦おうとしなかったのか」

「そうね、そういうこと。本体は特殊ガラスで守られているけれどそれさえ破れば無防備なはず。それにしても恭四郎があんな怖ろしい奴だったなんて」

「姉さん、もう喋らないで」

「ちょっと変わっていたけれど、あたしたち気が合ってた……あたしはそう思っていた。だからうちの研究所を見たいというあいつをここに連れてきて……研究所のみんなと仲良くなってあたしも嬉しかったのに……あれはうちの研究所に入りこむ為だった。

 あいつがそのうち研究所でおかしな行動を取るようになったのはわかっていたわ。でもぱたっと姿を見せなくなった時、まさかあいつが母さんの体に乗り移っていただなんて考えもしなかった。

 あいつは母さんの振りをしてあたしに言ったわ。二人でこの地球に平和な世界を築きましょうって。そしてあたしは言われるままに手術を受けた。でもそれは全部あいつの陰謀だったわ。気が付いた時、あたしはあいつの忠実な幹部パンツァーレディに仕立て上げられてしまっていた。母さんの姿をしたあいつが母さんじゃないってことを知った時にはもう遅かった。だって……だってあたしはあいつの言うことに嬉々として従う人形に成り果てていたんだもの」

「姉さん……」

「いろんなことをやらされた。くやしかった。おぞましかった。でも何もできなかった。あたしの体はいくらあたしが泣き叫んでも、最早あたしの言うことを聞いてくれなかったわ。あたしにできたのは泣きながらただじっとパンツァーレディの目を通してそれを見ているだけ」

 奈津樹は機械が覗く胸を抑えながら、息苦しそうに話し続けた。

「奈津樹、もう喋るな。無理をするんじゃない。私が手術してその機械を取り除いてやる。元の体に戻るんだ」

 賢造はいつの間にか奈津樹の横に歩み寄っていた。そして奈津樹の手を握って彼女に語りかけた。

「父さんありがとう。でもあたし父さんにもひどいことを……」

「お前じゃあない。パンツァーレディだろう。パンツァーレディはもう消えたんだ」

「うん」

 にこっと微笑む奈津樹の目から涙がつつっとこぼれ落ちた。

「蜜樹、恭四郎を倒して。本体を叩けば多分あいつは母さんの体から離れる」

「わかったわ姉さん。地下室の父さんの監禁されていた部屋の右隣の部屋ね。シャドウガール手伝ってくれる」

「がってんだニャ」

「シャドウガール、あなたって時々変な言葉使うのね」

「ははは、一度言ってみたかったんだニャ」

 シャドウガールがおどけたように話すと、その場の雰囲気がちょっとだけ和んだ。



 と、その時庭の通用門の扉が突然開いたかと思うと、一人の男が庭の中に飛び込んできた。

「副所長、よくご無事で」

「おう、君か。君こそよく無事でいてくれたな」

「はい、雑貨屋に身をやつして再起の機会を伺っておりました」

「あ、あんた天宝堂とかの店主」

「はい、お久しぶりですね」

 そう、それはあの天宝堂の店主だった。色眼鏡と地味な服装から年を取っているかと思いきや、さっと色眼鏡を外したその顔は意外と若く、そして凛々しい顔立ちだった。

「宝田輝一です。副所長の助手をしていました」

「そうだったんですか」

「すまなかったですね、あなたを巻き込んでしまって。でも初めて店を訪れたあなたを見た時、この人はきっと力になってくれる。そんな予感があったんですよ。だから大事な指輪をあなたに託したんです。そしてその予感は当たったようですね」

「そうだな、宝田くん、君の目は間違っていなかったようだ。私も奈津樹も、そして恐らく蜜樹も救われたようだな」

「い、いえ、そんな」

 ハニィはちょっとだけ照れたが、すぐに真顔に戻って言った。

「井荻恭四郎の本体を叩いてきます。そしてお母さんの体もあいつから取り戻しましょう」

「君に頼んでいいのか」

「当たり前でしょう、お父さん。あたしたちのお母さんなんだもの」

 にっこりと微笑むハニィ。

(先生、お願いします……あたしも一緒に戦う。戦えることがわかったから。お母さん……)

 ハニィはこくりと頷くと奈津樹の体を宝田に預け、すっくと立ち上がった。

「さあ行くわよ、シャドウガール。宝田さん、奈津樹姉さんとお父さんをよろしくお願いします」

「はい。スウィートハニィ、お願いしますよ。この場は私に任せて行って来てください」

 傷ついた奈津樹と賢造を天宝堂の店主……もとい宝田輝一に託し、ハニィはシャドウガールと共に再び建物の中に飛び込んでいった。





 地下室に駆け下りると、ハニィは件の部屋のドアを蹴破った。

 あった!

 その部屋の中央にはガラス張りの棺のような箱が静置されていた。その中には一人の男が眠ったように横たわっている。

「あれが井荻恭四郎か」

 棺に近寄ろうとするハニィ。しかし突然それを制止する声が上がった。

「待ちなさい!」

「誰だ」

 ハニィとガラスの棺の間に突如としてドレス姿の女性が姿を現した。

「お前は」

(母さん、いいえ……)

「シスターだニャ!」

「よくも私の傑作を台無しにしてくれたね」

「傑作?」

「パンツァーレディは私が作り上げた最高傑作、それをお前はぶち壊してくれた」

「パンツァーレディ、いや奈津樹姉さんはお前の道具じゃない! お前は何物だ。何のためにこんな事をする」

「私はシスター、ふふふ、この世界を一つに統べるものさ。この世界の人間は全て私の元にひれ伏すのさ」

「黙れ! 井荻恭四郎!」

「ほう、そこまで知っていたか」

「この世界はお前一人のものじゃない。人間は道具じゃない。一人の人間が支配しようなんて、お前は間違っている」

「いいや、愚かな人間は私のような天才が導いてやらねばこの地球を駄目ににしてまう。このシスターがな」

 不敵に笑うシスター、その顔は邪悪な美しさに満ちていた。

(母さん、母さんがこんな表情、いやっ)

「そんなことさせはしない。このスウィートハニィがお前を倒す」

「お前にできるかな。母の体を持つ私を倒すことが」

「お前の後ろにあるガラスの棺、それをぶっ壊せばいいんでしょう」

 その言葉にさっと顔を蒼ざめるシスター。

「指輪は頂かなければならないが、お前をそのままにしておくわけにはいかないな、スウィートハニィ。そうだな、お前にはこれからはパンツァーレディの代わりをしてもらうことにしよう。お前は私を倒すんじゃない。私の為に働くんだよ」

 シスターの目が妖しく光った。

 ハニィはその目を見ているうちに段々ぼんやりしてきた。

「しまった! あの光はパンツァーレディと……同じ……あの目を見たら駄目……でも……」

 目の前でにやりと笑うシスターの姿が段々ぼやけてくる。そしてハニィの目の前の景色全体が霧が掛かったように真っ白になっていった。






「蜜樹! 蜜樹!」

 突然誰かに呼ばれてはっとするハニィ。

 誰だあたしを呼ぶのは、あたし何をしていたんだったっけ。蜜樹? 蜜樹ってあたしのこと? そうだったっけ。そうだったような気もする。でもちょっと違うような気も……

「どうしたの蜜樹ぼんやりして」

「え? あの、今何かとっても危ないことが起こったような気がして。あの、あなた……」

「夢でも見ていたんじゃないの、蜜樹ったら。あたしのこと忘れちゃったなんて言わないでね」

 白い霧が晴れると、自分に話しかけている人物の姿がはっきりしてきた。ハニィの目の前には白いカチューシャと白いエプロンを付けたミニスカートのメイド服を着た女性が立っていた。そう言えば自分も彼女よりスカートは長めなものの、彼女と同じデザインのメイド服を着ていた。

 これって……

「あ…の…、あなた……奈津樹姉さん?」

「そうよ、蜜樹ったらなに言ってるんだか」

「姉さん、姉さん。元気になったのね」

 奈津樹に抱きついてその胸に顔を埋めるハニィ、いやその姿は何時の間にか昔の蜜樹の姿そのものになっていた。





「ええ、あなたのおかげよ。ありがとう、蜜樹」

 自分の胸に顔を埋めるハニィの頭を奈津樹はやさしく撫でた。

「姉さん、奈津樹姉さん、本当に良かった」

 うれしい、あたしは奈津樹姉さんとまた一緒に暮らせるんだ。昔の平和な日々が戻ってくる。
……ああ、幸せ、ずっとこのままこうしていたい

 奈津樹の胸の柔らかい感触がハニィの頬に伝わる。

 ハニィは今、優しさに包まれているような幸福感を味わっていた。

 顔を上げたハニィの目からは幾筋も涙がこぼれ、奈津樹の胸を濡らしていた。

「でもあたしたち、どうしてこんな格好……あたしも姉さんも、その、これってメイドの格好じゃあ」

「何言ってるの、あたしたちはシスターに仕えているんでしょう」

「シスターって……誰だったっけ……お母さん?」

「そうよ。シスターはあたしたちのお母さん。あたしたちは世界の平和の為にシスターとなって立ち上がったお母さんのために働いているんでしょう。さあ蜜樹、これからいつも一緒よ。二人でシスターを、お母さんを助けましょう」

「はい!」

 力強く答えるハニィ。

 そうだっけ、あたしは奈津樹姉さんと一緒にシスターにお仕えしてたんだっけ。シスターは……そう、シスターはお母さんなのよね……姉さんと一緒にお母さんのために働く。なんて幸せなこと。

 世界の平和の為に。

 そうだ、世界の平和の為にあたしはシスターの元で働くんだ。

 ハニィは奈津樹の胸に再び顔を埋めながらそう誓っていた。



(続く)



                                       2003年11月28日脱稿






後書き
 うーん、成り行きでとんでもないことになってしまいました。さてハニィはこのままシスターの手先になってしまうのか、それとも・・・全ては次のイラスト次第です。
 次回最終回「さらばスウィートハニィ」 お楽しみに!

・・・と言いながら、次のイラストをどきどきと待つtoshi9です。

 ということで(笑 
 お読みいただきました皆様どうもありがとうございました。