何処の部屋であろうか。日差しの入らない部屋の中に二人の男女がいた。男はどうやら学生のようだ。黒の学生服を着ている。女は30代後半かと思われる美人だ。白いブラウスにブルーのジャケットとタイトスカートというその出で立ちは彼女の理知的な顔立ちによく似合っている。

 二人は机の上に何かが描かれた紙を広げ、机を挟んで部屋の中で口論していた。その議論は白熱していたが、やがて女は話しても無駄とばかりに椅子から立ち上がると両手を広げ、首を左右に振りながらぷいっと後ろを向いてしまった。男のほうは顔を真っ赤にしてわなわなと体を震わせていたが、やがてポケットから何かのカプセルを取り出すと、それを飲み込んだ。

 そして男は天井に向かってふーっと息をつくと、そのままの格好で眠ってしまった。



 突然、女がびくっと体を震わせた。

「やめて! いやぁ! あ、あああ」

 女は悲鳴を上げたが、苦しそうなその表情はやがて狡猾そうな笑い顔に変わっていった。そして彼女は突然胸元のボタンを外してその中を覗き込むと、にやりと満足そうに笑った。

「俺の言うことを黙って聞いていればいいものを、馬鹿な女だ。今日から俺がお前を、生田幸枝をやらせてもらうぜ。この研究所は俺のものさ……」

 女は自分の身体の動きを確かめるように右手をくいくいと動かしながら、静かに部屋を出て行った。







 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 一人の女がベッドの中で目を覚ました。
 
「夢、あの時の夢か……指輪も手に入ったことだし、ふふっ、久しぶりにあいつの様子でも見に行くとするか」

 そして彼女は服を着替えると寝室を出た。 






「久しぶりね」

「お前か、もう俺の前に姿を見せるな」

「あら、あなた、妻に向かってそんな冷たいこと言わないで」

「冗談言うな! お前なんか幸枝じゃない。幸枝を返せ。奈津樹を元に戻せ」

「へへへ、何言ってるの、あたしが幸枝じゃない。この顔、この体、誰が見てもね。ねえあなた、早くあたしに協力してくださいな」

「断る!」

「……全くいつまでもしぶといね。そろそろ観念したらどうだ」

「うるさい!」

「今日遂に指輪を手に入れたよ」

「指輪を? まさか蜜樹は」

「さあてね。だが、これでこの世界は『虎の爪』のものに、この私のものになったも同然だ。あっははは」

「蜜樹、蜜樹ぃ……」







戦え! スウィートハニィ

第8話「生田生体研究所の秘密」

作:toshi9






前回のあらすじ
 シャドウガールの活躍で窮地を脱した光雄であったが、パンツァーレディにより少女に変身させされ遂に指輪も奪われてしまう。指輪の奪回を決意した光雄はシャドウレディ&シャドウガール姉妹の助けで『虎の爪』の本拠「生田生体研究所」に潜入する。しかしシャドウガールと共に指輪を探す光雄の前に再びパンツァーレディが悠然と姿を現した。そして彼女は二人の目の前で指輪を嵌め変身する。スウィートハニィへと……






「ふふっ、確かこうだったかしら」

「え?」

「フェアリーガール、このスウィートハニィから指輪を奪おうなんて百年、いや千年早いわよ。奪えるもんなら奪って御覧なさい」

 ハニィに変身したパンツァーレディは、抑揚のない声でハニィの口上をした。

「くっ、黙れ! にせもの」

「にせもの? あっははは、違うわよ。この指輪の力で変身した今のあたしは紛れも無いスウィートハニィよ。あなたはあたしに、このスウィートハニィに怪人として倒されるの。どお、いい趣向でしょう」

 俺がハニィに倒される? 俺は『虎の爪』の怪人?

 目の前に立つハニィの妖しく光る目を見ているうちに光雄は段々混乱してきた。

 確かに俺は指輪を奪おうとしていたんだ。ハニィの指輪を。でも何か変だ。俺は、俺は誰だ。俺はフェアリーガール、確かにそうだったような気がする。

 ぼーっと立ちつくす光雄をハニィはにやにやと見詰めていた。

「ハニィ! しっかりするんだニャ! お前がハニィなんだニャ」

 光雄の様子がおかしいことに気が付いたシャドウガールは、光雄の体を揺さぶりながら必死に呼び掛けた。その声に、自分は怪人なんだと思い込みかけていた光雄は危うく正気を取り戻した。

 はっ! そうだ、そうだよ。くそっ、あのハニィの、いやパンツァーレディの目、危うく自分を見失うところだった。

「シャドウガール、また邪魔をしたわね」

 ハニィの顔でパンツァーレディはシャドウガールを睨みつけた。

「パンツァーレディ、お前のやり方は汚いんだニャ。お前なんか嫌いだニャ」

「黙れ、裏切り者! ふふっ、お前もこのスウィートハニィが倒してあげるわ」

 ハニィのサーベルが一閃した。その剣先が空気を水平に切り裂く。

「危ない!」

 シャドウガールをその小さな体で突き飛ばす光雄。シャドウガールのピンクの髪の毛がはらはらとその場に舞い落ちる。

「また助けられたニャ」

「何の、当たり前じゃないか」

「ふっ、今度は逃がさないわよ」

 再びハニィのサーベルが一閃する。床に倒れるシャドウガール。

「シャドウガール!」

「だ、大丈夫、かすり傷だニャ」

「貴様、よくも」

「よくも? その姿でどうしようっていうの。ただのか弱い女の子に過ぎないあなたが。あっははは」

「くっ!」

 確かに何の力も持たない今の光雄には成す術もなかった。このままこのハニィに倒されるしかないのか。

 光雄に剣先を向けるハニィ。

「さあ、死になさい」

 再び光雄に向かって歩み寄るハニィ。その間合いが徐々に詰まってくる。

 ハニィの振るうサーベルが二閃、三閃する度に、それを避けながらじわじわと部屋の隅に追い詰められていく光雄とシャドウガールだった。

「うふふっ、どうしたの、もう逃げ場はないわよ」

 確かに壁を背にした二人にはハニィの次の一撃は避けられそうも無かった。しかし光雄が絶体絶命だと思ったその瞬間、シャドウガールがいきなり声を張り上げた。

「出会え! 出会えだニャ、ハニィがこの部屋に潜入しているんだニャ」

「シャドウガール、お前、出会えったって……」

「あたしは時代劇が好きなんだニャ。一度言って見たかったんだニャァ」

「それにしても、本当に誰か来るのか?」

 シャドウガール、全く能天気なのか機転が利くのかよくわからない。

 しかし果たしてシャドウガールの声を聞きつけた一人の怪人がドスドスと足音高く部屋に駆け込んできた。それはティラノレディだった。

「やや! いつの間に。今度こそ逃がさんぞ、スウィートハニィ」

「あれれ、本当に来たよ」

 すっかり本物が潜入したものとばかり勘違いしたティラノレディが、ハニィに体当たりを食らわせた。

「ち! 何をする、ティラノレディ」

「今度こそお前を捕らえてシスターにお褒めの言葉を頂くんだ」

「ば、馬鹿者。止めろ!」

 ハニィの姿をしたパンツァーレディとティラノレディが揉み合いになった。

 ティラノレディ……その馬力は『虎の爪』の中でもトップクラスだが、頭はあまり良いほうではない。よく考えればおかしいとわかりそうなものではあるが、必死にハニィを捕らえようとする彼女の行動は、指輪の秘密を知らされていないのだから止むを得ない所だろう。

「さあ、今のうちだニャ」

 光雄を引っ張って部屋を飛び出すシャドウガール。

「また助けられたな」

「ははは、こんなの当たり前だニャ。それにあたしだってあのままじゃ危なかったんだニャ。さあこっちだニャ」

 廊下を駆け抜け、地下室に下りていくシャドウガール。

「ここにしばらく隠れるんだニャ」

 二人は地下室の普段は使われていない一室に飛び込んだ。

 しかし誰もいないかと思われたそこには二人の人間がいた。それも部屋の真ん中を仕切った鉄格子を挟んで。手前には胸の下で両腕を組んで鉄格子の向こうを見ているドレス姿の三十代後半かと思われる女性、向こうには四十歳過ぎの男性が肩を落として椅子に座っていた。

「だれだ」

 女性が振り向く。

「あ!」

「どうした、シャドウガール。知っているのか」

「シスター、どうしてシスターがこんな所にいるんだニャ」

「シスター? こいつがシスター……お前たちの首領なのか?」

「シャドウガールか。ここはお前たちが入る場所ではないぞ。去れ。……ん? 隣にいる子供は誰だ」

「これは、その……『虎の爪』に入りたがっているフェアリーガールだニャ」

「馬鹿者、そんな者がいるわけがない。子供、誰だお前」

「俺か、俺は如月光雄だ」

「如月光雄? ほう」

 シスターが興味深そうに光雄のほうを見つめ返した。

「指輪を返してもらいにきた」

「指輪……ようやく我が手に入った。返すわけにはいかないな。お前はスウィートハニィの仲間か、それとも……」

 その時、部屋に未だハニィの姿のままパンツァーレディが飛び込んできた。

「お前たちここにいたか。小ざかしい真似を。あ! これはシスター」

「ハニィ、スウィートハニィか!」

「いえ、シスター。……パンツァーレディです」

「指輪を使ったのか、お前がそのような戯事をするとはな」 

「蜜樹!」

 その時、鉄格子の向こうの男が顔を上げると突然叫び始めた。

「蜜樹、蜜樹、蜜樹」

 立ち上がり鉄格子をがたがたと揺らして男が叫び続ける。

「ちっ! いかん。パンツァーレディ、早くここから去れ」

「はっ、しかし……ぐっ! ぐぅ……」

 その時パンツァーレディが胸を押さえ、突然苦しみ始めた。

「ぐぐっ、や、やめろぉ……お……お…と……ぐ、ぐあぁ」

 苦しみもがくパンツァーレディは無意識のうちに指輪を外し、床に投げ出していた。指輪がカラカラと光雄の前に転がってくる。

 指輪を外した途端にハニィの姿から元の姿に戻ったパンツァーレディだが、彼女は未だ苦しそうな表情をしていた。

「しめた!」

 指輪を拾い上げる光雄。そして彼はその小さな指に指輪をすばやく嵌めると、胸に当てて叫んだ。

『みつお・フラァッッシュ!』

 光雄の小さな体が光に包まれた。

 帽子もTシャツも半ズボンもそして下着も粉々に飛び散り、一瞬何も身につけない裸の状態になってしまう。

 そして光雄の体が少女の姿から別の姿へと変化し始めた。そう、10歳の少女から成熟した女性へと。背がぐんぐんと伸び、手も脚もすらりとしたものに変わっていく。胸とお尻がふくよかに膨らみ始め、お尻がきゅっと持ち上がっていく。幼い顔がかわいいながらも大人びた女性の顔へと変わっていった。
 そして裸の体を服が包み込み始めた。上半身は胸の大きく開いた滑らかで真っ赤なノンスリーブシャツ、下半身は黒のタイツに包み込まれ、それは腰のところでジャンプスーツのように一つにくっついていった。踵がくっと持ち上がり、両足は白いブーツに包まれる。同時に黒く長い髪が短くなりながら赤く染まり、毛先が跳ね上がっていった。胸とお尻がさらにぐぐっと張り出し、細い腰は一層絞れていく。
 薄い生地のジャンプスーツはその日本人離れした見事なボディラインをくっきりと描き出していた。そしてブーツと同じ白い色の手袋に包まれた右手には細身のサーベルが握られていた。

「やった! 元に戻れた」

「ハニィ! 復活だニャ」

「そうか、やはりお前はハニィか」

「そうよ、あなたが『虎の爪』の首領? このスウィートハニィ、あなたのこと許さないから」

「ふふふ、ここで戦うのはまずいな。また会おうハニィ。来い! パンツァーレディ。どうやら再調整が必要のようだ」

「は、はい、お……シスター、ぎ、ぐ、ぐぅ」

 苦しそうに立ち上がったパンツァーレディはシスターの元に駆け寄る。そして二人の姿はその場でゆらりと消えた。

「逃げた? どういうこと」 

 その時、突然鉄格子の向こうの男が再び声を上げた。

「蜜樹、蜜樹、蜜樹」

「とにかくあの人を助けよう」

「うん、それがいいと思うニャ」

「シャドウガール、あなたあの人を知っているの?」

「うんニャ、知らない顔だニャ」

「すみません、そこをどいてください!」

 ハニィは男を鉄格子から遠ざけると、サーベルで横なぎに切り払った。鉄格子が羊羹のようにいとも簡単に切り払われる。

「大丈夫ですか」

 ハニィが床に座り込んだ男を助け起こすと、男はハニィをじっと見つめて涙をこぼした。

「蜜樹、本当に生きていたんだな。良かった」

「蜜樹? あなたは?」

(お父さん……)

「え? 何?」

(お父さん、お父さん無事だったんだ。良かった……)

「ハニィ、意識が戻ったのか。今までどうして……」

(先生、ごめんなさい。パンツァーレディの光の剣を見た途端に最後の瞬間の記憶が甦って、それであたし意識を無くしてしまって。でもさっきおとうさんが私を呼ぶ声で目が覚めたの。指輪を嵌めているのがあいつだって、それもあたしに変身しているって知ってびっくりしたけれど)

「そうか、パンツァーレディが苦しみ始めたのはハニィのおかげか」

(それもあるけれど、それだけじゃない……)

「うーん、とにかくここを脱出しよう。それにしても蜜樹って」

(蜜樹というのは私の本当の名前なの……)

 光雄は男に向かって問い掛けた。

「あなたはハニィ……いや蜜樹さんのお父さんなんですか?」

「蜜樹さんのお父さん? おまえは蜜樹じゃないのか?」

「ええ、指輪の力で彼女に変身しているけれど、違うんです。彼女は、ハニィはもう死んで……でもわたしの中に彼女はいます。わたしの中の彼女があなたのことをお父さんだって言うんです」

「ああ! 蜜樹、そうだったのか。やはりあいつの言ってたことは……」

 それを聞いた途端、男は再びへなへなと床にへたり込んだ。

「……私はあいつに全てを奪われた。妻も研究所も奈津樹も……そして蜜樹も」

「奈津樹って言うのは」

「それは……さっきまで蜜樹に変身していた女性だ」

「パンツァーレディですか?」

 そのハニィの問いに、男は一呼吸置くと苦しそうに答えた。

「そうだ。そして奈津樹は蜜樹の姉だ。けれども奈津樹は変わってしまった。あいつに手術を施され……て……」

 そう言った男はそのまま意識を失ってしまった。

(そう、そういうことなの。パンツァーレディが強いのは間違いないけれど、それだけじゃなかったの。初めて奈津樹姉さんがパンツァーレディとして私の前に姿を現した時、あたしにはそれが信じられなかった。あいつに手術されていることなんて知らなかったし。

 あたしはあいつのことを礼賛する姉さんを憎んだわ。そして怒りに任せて戦った。けれどもそれはあいつの術中に嵌ったのも同じ事だった。怒りで冷静さを失ったあたしの単調な攻撃は全く通用しなかった。そしてあたしはパンツァーレディに敗れてしまった。

 でもさっき目覚めた時、あたしにはわかったの。奈津樹姉さんは手術されてあいつにコントロールされているんだって。本当の姉さんの意識はちゃんとあるの。でも胸元に埋め込まれた何かの装置の力で抑えつけられている。本当の姉さんは泣いていたわ)

「そうか、そうだったのか。何という、何てひどい……。ねえハニィ、君たちのことをもっと教えてくれ」

(……そうね。先生、全てをお話します)

 ハニィは少し間を置いた後、光雄に向かって語り始めた。
     
(この研究所はかつてあたしたちの家だった。おじいさんの研究を受け継いで研究所の所長を務めていたお母さんとそれを助けるお父さん、そして3つ年上の奈津樹姉さん。あの頃は幸せだった。そう、あいつが現れるまでは。

 あいつというのは、井荻恭四郎。姉さんの同級生だったの。初めて姉さんがあいつをここに連れて来た時、姉さんはあたしにもあいつのことを紹介してくれたけれど、あたしには何か嫌な感じがした。でも彼は天才だったみたい。何時の間にか研究所内に出入りするようになって、そしてここでの研究にも関わるようになっていった。お母さんはあいつの閃きに感心していた。でもお母さんもあいつのことを余り快くは思っていなかったみたいね。

 ところがある日私が学校から帰ってくると、お母さんの様子がすっかり変わってしまっていた。見た目は確かにお母さんなのに、中身はまるで別人になっていた。後からわかったんだけれど、あの時お母さんはあいつに、恭四郎に体を奪われてしまっていたのね。でもその時にはまだどうしてお母さんが変わってしまったのかあたしにはわからなかった。

 その日以来、戸惑うあたしを余所に研究所の中がどんどん変わっていった。優しかった所員の人たちの目つきが一人、また一人と何となく怖いものに変わっていった。変な人たちが研究所内に出入りするようになった。

 そしてある日のことだった。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「蜜樹、これを持ってすぐに彼と一緒にここから逃げるんだ。詳しいことは彼から聞いてくれ」

「え? どうして」

「母さんは、あれは母さんじゃない」

「どういうこと?」

「時間がない。もし困ったことがあったら、この指輪を嵌めて胸に当て『ハニィ・フラァッッシュ!』と叫べ」

「どうなるの」

「いけ、蜜樹」

「父さん、いやぁ、父さん、父さーーんーーー」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 あたしをまだ正気だった所員の人に預けて車に強引に押し込むと、お父さんは研究所の中に戻って行った。それっきり、お父さんの消息は途絶えた。

 それからあたしは逃がしてくれた所員さんに話を聞いて全てを知った。この指輪の秘密のこと、そしてお母さんがお母さんでなくなり、この研究所が『虎の爪』という組織に乗っ取られてしまったことを。

 話を聞き終えた時、あたしはあいつと、そして『虎の爪』と対決する決心をした。そして指輪の力でスウィートハニィに変身したあたしはその日から『虎の爪』の怪人たちと戦うようになったの)



「ねえ、もしかしてその所員って」

(あのお店……天宝堂の店主よ)

「そうだったのか」

(そんなある日、『虎の爪』の怪人と戦うあたしの目の前に姉さんが現われた。あたしは姉さんの無事を喜んだわ。でも喜んだのもつかの間だった。だって姉さんは『虎の爪』の怪人に、パンツァーレディになっていたんだもの。姉さんはシスターと呼ばれるようになったあいつのことを崇拝し、褒め称えた。そしてあたしにも指輪を携えてあいつに従え、『虎の爪』の一員として一緒に世界を支配しようって言ったわ。

 あたしは悔しかった。情けなかった。そして姉さんを憎んだわ。

 結局それはあたしから指輪を奪うためのあいつの作戦だったのね。

 そしてその作戦にまんまとかかってしまったあたしは姉さんに戦いを挑んだ。

 でもそんなあたしをあざ笑うかのように姉さん……パンツァーレディはあたしの怒りに任せた単調な攻撃をあしらい、あたしにあの光の剣を向けてきた。そしてあたしの一撃は光の剣に跳ね返されてしまった。空から落ちてくるサーベルが私がこの世で見た最後のもの。そう、あたしは姉さんに倒されてしまったの)

「そうか、そうだったのか」

(薄れていく意識の中で所員さんに指輪を託したあたしは、最後に指輪に念を残したの。この指輪を受け継いでくれる人が、あたしの代わりに『虎の爪』と戦ってその野望を打ち砕いてくれますようにって。そしてできることならば、その人がみんなのことを救ってくれますようにって。そして現われたのが、指輪を指に嵌めてくれたのが先生、あなたよ)

「・・・・・・・・・・」

 俺にはもう何も言うべき言葉が無かった。

 ハニィ、君は一人でそんな思いをして戦っていたのか。



 その時シャドウガールが口を開いた。

「ハニィ、何をぼーっとしているんだニャ」

「え? そ、そっか、早くここを脱出しなくちゃね」 

「そうだニャ」

「でもシャドウガール、あなたシスターに逆らって大丈夫なの」

「うーん、まあそれは後で考えるニャ」

 相変わらず能天気なシャドウガールだが……今度ばかりは少しヤバイのでは。

「う、うーん」

 その時、気を失っていた男が目を覚ました。

「気が付きましたか?」

「あ、ああ、ここは」

「まださっきの部屋ですよ。早くここを脱出しましょう」

「う、うむ」

「ところでお前は誰なんだニャ」

 目を覚ました男にシャドウガールが聞いた。

「私は生田賢造。この研究所の副所長だった。そして奈津樹と蜜樹の父親だ。所長を務めていた妻の幸枝と共に義父の残したこの研究所で生き物の秘められた力を100%引き出すための様々な研究をしていた。しかし今や妻は妻でなくなり、奈津樹も奈津樹ではなくなってしまった……ううう」

「お前の言う妻って、もしかしてシスターのことかニャ」

「あれは……体は妻だが、中身はもう妻ではない」

「お願いです。あなたのことを、今までの経緯をもっと詳しく教えてください」

 賢造はハニィとシャドウガールに向かって話し始めた。

「2年前のことだ。奈津樹が井荻恭四郎という同級生をこの研究所に連れてきた。彼は高校生なのにも関わらず、その知識、閃きはどの所員も凌駕していた。天才と言うのは恭四郎の為にある言葉だってあの時は思ったよ。

 彼はそれから程なく我々の研究に参画するようになり、次々と常識では考えられないものを発明し、動物実験を成功させていった。それはどれもすばらしいものだった。だが、同時に危険な匂いのするものばかりだった。生き物と別な生き物との生体合成、魂の入れ替え、ロボトミー手術。結局私と幸枝は二人で相談して彼を研究所から遠ざけることにしたんだが、ある日彼がぷっつりと姿を見せなくなった。そしてその日から、幸枝の態度ががらっと変わってしまったんだ。彼女は私の忠告にも耳を貸さずに彼が行なっていたことをそっくり続けるようになってしまった。

 何故だ、疑問に思った私はある日彼女を問いただした。そして幸枝の中身がすっかり別人にすり変わっていることを悟った。そう、信じられないことだが、彼女の中身は何時の間にか井荻恭四郎になっていたんだ。

 すっかり幸枝に成りすましたあいつは、所長としてこの研究所をどんどん別なものに変えていった。『虎の爪』という組織に。そして何体もの怪しげな怪人を生み出すと、彼らを使って世界の支配を目論み始めた。……おっと、君も……すまん」

「いや、いいんだニャ」

「長女の奈津樹も私が気が付いた時には既に怪人の一人として改造されてしまっていた。ああ、かわいそうな奈津樹。
 私は蜜樹にあいつが狙っていた指輪を託して、研究所から安全な場所に逃がした。そしてその時以来、私はずっとここに監禁されている。時折あいつがスィートハニィに変身して『虎の爪』を相手に戦う蜜樹の活躍を忌々しそうに話しに来たが、ある日奈津樹が蜜樹を倒したと嬉しそうに話したよ。幸枝の顔で、幸枝の声で娘同士の殺し合いを、くそう! けれども私はそんな話は信じなかった。絶望の淵に立たされていても、いつか蜜樹に再会できるものと信じていた。そして最近になって再びスウィートハニィが現われたという話をあいつから聞いて、蜜樹に会うまでは決して死ぬまいと心に誓っていたんだ。そして遂に蜜樹と再会できた、そう思ったんだ。それなのに、それなのに……ううっううっ!」

「そうだったんですか。こんなことになってしまって、その、本当に残念です。……ところでこの指輪の秘密って何なんですか」

「その指輪は幸枝の父親、蜜樹の祖父が発明したものだ。その指輪を使いこなすと、どんなものにでも変身できるのだが、それの力はそれだけではない。物質の性質そのものを変えることができるんだ」

「それって」

「例えば、石ころを金に変えられる。或いは空気中の二酸化炭素からダイヤモンドだって作ることができる。それも無尽蔵に」

「すごい。この指輪にはそんな力が秘められていたんですか」

「そうだ。だからあいつはこの指輪を手に入れることに躍起になっていた」

「なるほど、それが指輪が狙われる理由だったんですか。それにしても、くそう、許せない」

「そうだニャァ。あのシスターがそんな方だったニャんて」

「とにかくここを脱出しましょう」

「そうだニャ。今のうちだニャ」

「私は……もういい。監禁され続けてすっかり脚が萎えている。こんな体ではとても逃げられたものではないさ。それに蜜樹だけは必ず無事でいてくれると思い続けて生きてきたのに……もう疲れたよ」

「お父さん!」

「え?」

「そんな弱気になっちゃ駄目。元気を出して。何とかお母さんと奈津樹姉さんが元の体に戻れるようにがんばりましょうよ」

 ハニィは賢造に向かってにこっと微笑んだ。

「蜜樹……お前は本当に蜜樹じゃないのか。お前と話をしていると、蜜樹と話をしているような気がしてくる」

「そうかもしれない。だってあたしの中にはハニィが、本当の蜜樹さんがいるんだもの」

「ああ、蜜樹……」

「さあ、行きましょう。そしてお母さんを、姉さんをあいつから取り戻す方法を考えましょうよ」

「そ、そうだな。まだ望みを捨ててはいけないな」
 
 賢造の顔がぱっと明るくなった。

(先生……ありがとう)




 三人は一階に上がると、庭に出た。賢造によると研究所の広い庭の端に通用門があるらしい。

「あった」

 脚の萎えた賢造を抱きかかえながら門に向かって走るハニィとシャドウガール。しかしその背後からハニィを呼び止める声が上がった。

「今度こそは逃がさないわよ、ハニィ。シスターからのご指示だ。必ずここであなたを仕留める」

「「パンツァーレディ!」」

「奈津樹!」

 振り向いた三人の目の前にはパンツァーレディが静かに立っていた。

 ハニィとパンツァーレディ、三度目の戦いが今始まる。



(続く)



                                      2003年10月24日脱稿



後書き
 「戦え!スウィートハニィ」もいよいよラストが近くなってきました。今回はいろんな秘密が明らかになりましたね。シスターの正体、パンツァーレディの正体、そしてハニィの秘密。皆さんの想像通りでしたでしょうか。 
 さて次回最終回になるのか、それともまだまだ引っ張るのか。全ては次のイラスト次第ということで(笑 
 それでは、お読みいただきました皆様どうもありがとうございました。



シスター
 生田生体研究所の女所長でハニィの母親でもある生田幸枝がその正体だった。しかしその中身は彼女の体を奪った天才・井荻恭四郎だった。彼女は自ら驚異的な頭脳を駆使して様々な発明品を生み出し、また改造手術を行なって怪人たちを生み出していった。パンツァーレディは実は彼女の手術によってその最強の下僕と化したハニィの姉・奈津樹であった。