前回のあらすじ

 新学期に南高校に現れた代理教師・朝霧唯。彼女は実は『虎の爪』最強の怪人パンツァーレディだった。人質になってしまった委員長・相沢謙二を助けるためにスウィートハニィに変身して彼女に立ち向かう光雄であったが、その強さに全く歯が立たない。そしてハニィの渾身の一撃さえもパンツァーレディの光の剣に弾き飛ばされた。

 くるくると空中に舞い上がったハニィのサーベルは、その剣先をハニィに向けて落ちてくる……。





戦え!スウィートハニィ

第7話「最強の敵(後編)」

作:toshi9





 ハニィに変身した光雄は、その時金縛りに遭ったように体が動かなくなっていた。

 それは光雄が感じた絶望感からなのか、それとも彼の中のハニィの恐怖感のせいなのか、いや両方だったのかもしれない。

 彼は、いやハニィは自分に向かって落ちてくるサーベルを呆然と見詰めるしかなかった。

 校庭での戦いを見詰めていた誰もがハニィにサーベルが突き刺さってしまう。そう思って思わず目を瞑った。

 その瞬間ハニィに向かって大声で叫ぶ者がいた。

「ハニィ! 逃げるんだニャ」

 その声にはっと我に返るハニィ。

 あ、足が動く。

 反射的に飛び退くハニィ。そしてその瞬間、たった今までハニィの立っていた場所にサーベルがぐさりと突き刺さった。

 危なかった……

 思わず安堵のため息を洩らすハニィであった。

 今の声って、確か。

 声のした十字架のほうに目をやると、十字架の根本に子猫がちょこんと座っていた。

「シャドウガール、あなた私に逆らうつもり」

 パンツアーレディが静かに十字架の足元にいる子猫を睨んだ。

「逆らう? うんニャ、ハニィに借りを返しただけなんだニャ」

「何をわけのわからないことを。この私に逆らうということは『虎の爪』に逆らうということ。許さないわよ」

「許さないわよと言われてもニャァ、でも簡単にはやられないんだニャ」

 シャドウレディは十字架にくくりつけられた謙二の縄を噛み解くと、気を失っている彼の体の中に飛び込んだ。

 途端に謙二の髪が伸び始めピンクに染まっていく。頭の上には猫耳が生え、ズボンを突き破って大きくなったお尻から尻尾が伸びる。腰が細く絞られ、その両胸がむりっと盛り、みるみる体の線が柔らかくなっていった。

「ははは、さらばだニャ」

 謙二と合体したシャドウガールは大きくジャンプすると、怪人たちの囲みを飛び越え、ハニィのほうに走り寄った。

「ハニィ、ここは一旦逃げるんだニャ」

「あ、あなた……シャドウガール」

「あたしは助けられた恩は忘れないんだニャ」

「猫は三日経ったら恩を忘れるって言うけれど」

「失礼だニャァ、そんなの迷信だニャ」

「ふふ、ごめんごめん。うれしいよ。助けてくれてありがとう」

 ハニィがニッコリと微笑みかけると、謙二と合体したシャドウガールは元が謙二とは思えないかわいい顔で照れた。 



「逃がさないわよ、ハニィ」

 二人のやりとりをしばし見ていたパンツァーレディはいらいらした表情で近づいてきた。その目がきらりと光る。

「今度こそ、その指輪は頂くわ」

 パンツァーレディは光の剣を頭上に差し上げた。すると光の剣が徐々にボール状に膨らんでくる。

「子供になってしまいなさい、ハニィ」

「え?」

 パンツァーレディが光のボールをハニィに向かって投げた。

「きゃぁー!」

 光のボールに包み込まれるハニィの体。

「ハニィ!」

 そしてハニィを包み込んだ光のボールは徐々に縮み始めた。

 やがて光のボールが消えた時、そこに倒れていたのはハニィではなく、まだほのかに胸が膨らんだばかりのかわいい少女だった。空色のエプロンドレスを着た髪の長いその10歳位の女の子は、ハニィというよりもむしろ光雄の面影を残していた。倒れた彼女の小さな指からカラリと指輪が外れる。それを拾い上げるパンツァーレディ。

「よし、これで目的は達した。引き上げるわよ」

「「はっ!」」

 その声を合図に、校庭の影から現れた怪人たちは再び影の中に消えていった。

「ハニィ、いい様ね。命だけは助けてあげるからもう二度と私たちに逆らおうなんて思わないことね。尤もその姿では逆らうことなんてできないでしょうけれどね。シャドウガール、お前の処分は後で決めるわ。まずこの指輪をシスターに届けなければ」

 そして最後まで残っていたパンツァーレディも影の中に消えた。

「ハニィ、ハニィ、目を覚ますんだニャ」

 倒れている少女を揺り動かすシャドウガール。

「う、うーん」

「良かった、気が付いたかニャ」

「お、俺はいったい」

「俺? ハニィどうしたんだニャ」

「ハニィ……そうだ、ハニィ、ハニィの意識が……何処だ……」

 そして再び気を失う光雄。

「ハニィはお前だニャ。何なんだニャ」

 意味がわからず腕組みして考え込んでしまうシャドウガールであった。






 さて、校庭が静けさを取り戻した後、保健医の宮下愛子に抱きかかえられて保健室に運ばれた光雄であったが、誰も彼、いや彼女を如月光雄だと思う者はいなかった。そう、桜井幸でさえも……

「先生が何処にもいないの。委員長、如月先生何処に行ったか知らない?」

「何処に行ったと言わてもニャァ」

「委員長ったらどうしたの、そのしゃべり方。それに髪も伸びて胸も膨らんでるし、何かあたしよりかわいいし、まるで女の子みたい。大体その猫耳と尻尾って何時の間につけたのよ。全くこんな時に」

「そんなこと言われてもニャァ」

 ぽりぽりと頭をかくシャドウガール。

「う、うーん」

「あら、この子気が付いたみたいよ」

「こ、ここは」

「学校の保健室よ。あなた何処の子」

「宮下先生、それに桜井とシャ・・・いや相沢か。あいつは、パンツァーレディはどうした」

「あら、あなたあたしたちのこと知ってるの。でも呼び捨てにするなんて、ちょっと生意気よ」

「え、だって」

「ハニィ、鏡を見るんだニャ」

「鏡? え!」

 光雄はベッドから起き上がると壁にはめ込まれた鏡を見た。しかしそこには光雄もハニィも映っていない。映っていたのはどう見ても小学生にしか見えないエプロンドレスを着た髪の長い女の子だった。そしてその右手の指に指輪は無かった。





「ね、あなた何処の子。何故うちの校庭で倒れていたの」

「え? それは・・・」

「この子まだ記憶が混乱してるんじゃないの。そんなに急に聞いてもね。きっとさっきの騒ぎを見に来て巻き込まれちゃったのね」

 宮下先生は光雄のことを勝手にそう解釈していた。

「桜井、俺だ、俺は如月光雄だよ」

「なにおかしなこと言ってるの。そうか、あなた如月先生の知り合いなんだ。先生何処にもいないのよ」

「いや、そうじゃないんだ。俺が・・・」

「女の子が自分のこと俺なんて言っちゃ駄目よ。それにきっとお母さんが心配しているから早くおうちに帰ったほうがいいわよ、ねっ」

 幸は優しく光雄の頭を撫でた。思わず幸を見上げながらはぁ〜っとため息を付く光雄であった。

 駄目だ、とても信じてもらえないな。

「うん、お姉ちゃんありがとう。変なこと言ってごめんね。もう大丈夫だから、あたし帰るね」

 そう幸に言い残すと、光雄は謙二……いやシャドウガールに目配せした。

「あ、じゃあ送っていくんだニャ」

「うん。それじゃ委員長頼むね」

 そして二人は幸と宮下先生を残して一緒に保健室を出た。





「シャドウガール、俺はどうなったんだ。それに指輪は」

「パンツァーレディがハニィをそんな姿に変えてしまったんだニャ。指輪は小さくなった指から抜け落ちたのをパンツァーレディが持って行ってしまったんだニャ」

「そうか、俺は指輪を守れなかったのか」

「また俺って、ハニィ、さっきから何でそんな言葉使いをするんだニャ」

「今の俺はハニィじゃないからさ」

「どういうことだニャ」

 街中を歩きながら光雄は相沢謙二に合体したシャドウガールにこれまでの経緯を説明した。

「ふぅーん、シスターには指輪を奪えとだけ指示されていたけれど、そんなことがあったんだニャァ。でもお前はやっぱりハニィだニャ」

「え? どうして」

「ハニィの匂いがする。優しいハニィの」

 今度は光雄が照れる番だった。

「た・・・頼むシャドウガール、俺を『虎の爪』のアジトに連れて行ってくれ」

「そんな姿でどうするんだニャ」

「指輪を取り戻す」

「そんなの無理だニャ」

「やってみなければわからないだろう」

「その体でどうやってあのパンツァーレディと戦うんだニャ」

「指輪さえもう一度この手に嵌めれば」

「そうだニャァ……」

 腕組みして考え込むシャドウガール。

「頼む! シャドウガール、連れて行ってくれ。ハニィとの約束なんだ。必ず指輪を守るって。それに指輪がないとパンツァーレディには絶対に勝てない。このままじゃ世界は奴らの思うがままじゃないのか」

「……うん、わかったニャ。とにかく行ってみるんだニャ。でもその格好のままじゃちょっと目立つんだニャァ」

「え?」

 光雄は自分の格好を見下ろした。そう、今彼は子供用のかわいいエプロンドレスを身にまとっていた。

「そう言えば、何なんだこの格好」

「まるで不思議の国のアリスだニャ」

「え?」

「何でもないんだニャ」

「???」

 確かに猫耳と尻尾を付けた男装の美少女とアリスの格好をした小学生の女の子が一緒に歩く姿は街中ではあまりにも目立ち過ぎた。二人とすれ違う人は皆振り返る。

「そう言えば、確かに目立つよなぁ。うーん」

「あなたたち、うちで着替えていきなさい」

「「え?」」

 その時、後ろから二人を呼び止める女性の声がした。二人一緒に振り返ると、丁度そこにあるブティックの店長らしきスーツ姿の女性が手招きしていた。

「シャドウガール。パンツァーレディに逆らうなんて、全くあなたってなんて無茶なことをするの」

「お前、まさか」

「ふふふ、久しぶりだなハニィ。しばらく会わないうちに情けない姿になったもんだ」

 女性の影がにやりと笑った。

「シャドウレディか」

「まあね」

「どうして俺たちに協力しようとする」

「私はパンツァーレディに指揮権を奪われた。しかも彼女は瞬く間に指輪の奪取に成功してしまった。私がいずれシスターから処分されるのは明らかだ」

「それで俺を助けると」

「お前ではない。シャドウガールをだ。このままでは『虎の爪』にはもう我らの居場所はないだろう。ならば自分たちの身は我ら姉妹自身の手で守るまでだ」

「どうするつもりだ」

「お前にもう一度パンツァーレデイと戦って勝ってもらう。そうすれば我らの生き残る道が残されている」

「『虎の爪』を裏切るというのか」

「シスターに逆らう気はないが、パンツァーレディは気に食わん」

「……そうか。取り敢えず利害が一致しているというわけだな」

「そういうことだ」

「シスターというのは『虎の爪』の首領なのか」

「それに答える義務はない」

「そうか、わかったよ。で、着替えろとは」

「まあこの店の服に着替えて、もう少し目立たない格好にしたらどうだ」

「そうだな。ありがとう」

 ブティックの店長を操るシャドウレディの手で光雄とシャドウガールの二人は服を着替えた。光雄は赤いTシャツに半ズボン。長い髪を野球帽で隠し、スニーカーに履き替えた。胸が少し出ているのがわかるものの、ほとんど男の子のような格好だ。しかし何故か背中に天使の羽のような羽根飾りを背負わされていた。





「どうだ、この格好なら目立たないぞ。多分『虎の爪』でも誰もお前だとは気が付かないだろう」

「ああ、まるで男の子だな。さっきのエプロンドレスとは確かにえらい違いだ。それにしても服は動きやすくて良いんだが、何なんだこの羽は」

「ふふっ、もしアジトの中で他の怪人に見つかったら自分も怪人だと言うんだな。そうだな……フェアリーガールとでも名乗ったらどうだ」

「なるほど」

 シャドウガールのほうは白いブラウスに赤いリボン、グレーのミニのプリーツスカートという、ほとんど女子高生の制服のような格好に着替えていた。耳と尻尾はそのままだ。光雄の前で女の子座りしているその姿はどきっとするほどかわいい。

「まだこのほうが目立たないんだニャ」

「そうかな、充分目立つような気がするが」

「ハニィ、本当に行くんだニャ」

「ああ、必ず指輪をこの手に取り戻す」

「でもその体でどうやって戦うんだニャ?」

「そうだな……とにかくパンツァーレディに見つからないように指輪の在処にたどり着くことだな」

「アジトまでは私が送って行こう」

「送ると言うと」

「この店長が車を持っている。その車を使おう」

「そうか……すまないシャドウレディ、頼む」



 
 それからシャドウレディは二人をブティックの駐車場に連れて行くと、車に二人を乗せ『虎の爪』のアジトの前に連れて行った。某所と呼ばれていた其処は、郊外の雑木林の中に佇む個人研究所だった。入口には「生田生体研究所」という看板が掲げられている。

「あたしにできるのはここまでだ」

「ああ、充分だよ。ありがとうシャドウレディ」

「礼には及ばんよ、ハニィ。ではシャドウガール、後は任せたぞ」

「ふっふっふっ、このあたしにどんと任せるんだニャ」

「……その自信が信用できんのだ」

「じゃあ行くぞ」

「ああ、こっちだニャ」


 正々堂々と正面玄関から入るシャドウガール。その後ろに従って恐る恐る付いていく光雄。そしてその二人をシャドウレディが頭を抱えながら見送っていた。

「まったく……こういう時はこっそりと入るものだろうが」




 さて、二人が研究所の建物の中に入ると、そこにはティラノレディが立っていた。

「ティラノレディ、元気かニャ」

「シャドウガール、お前……パンツァーレディ様が怒っているぞ。どうするんだ」

「後で謝りに行くんだニャ」

「その連れは」

「『虎の爪』に入りたがっている新人のフェアリーガールだニャ。これからシスターに紹介するんだニャ」

「そうか。シスターにもよーく謝るんだぞ。指輪を首尾よく奪取してシスターは上機嫌らしいが、既にクロウレディがお前のことを報告をしているはずだ。機嫌を損ねるとあたしたちもとばっちりを受けるんだからな」

「ああ、分かっているんだニャ。ところであの指輪は何処なんだニャ」

「シスターの部屋だと思うぞ」

「わかった。じゃあシスターに会いに行くんだニャ」

「ああ、じゃあな」

 それから二人は不思議と誰に会うでもなくすんなりとシスターの部屋にたどり着いていた。

「ここだニャ」

「入って大丈夫なのか」

「あたしが先に入って様子を見るんだニャ」

 シャドウガールは部屋の扉をそっと開けると静かにその中に入り、そこにシスターの姿が無いのを確かめると光雄を部屋に呼び入れた。

「丁度良かったニャァ。シスターがいない今のうちに指輪を探すんだニャ」

「よし、わかった」

 二人は棚をひっくり返し、必死で指輪を探した。しかし指輪は何処にも見つからなかった。

「無いな」

「うーん、変だニャ」 

 途方に暮れる二人だが、突然その背後から声を掛けられた。

「探し物はこれかしら、ハニィ」

 入口のドアの方を振り返ると、そこには指輪を手にしたパンツァーレディがドアにもたれ掛かって立っていた。

「お、お前はパンツァーレディ!」

「何でわかったんだニャ」

「あなたたちの行動などお見通し。折角命だけは助けてあげたのに、そんなに死にたいの。仕方ないわねぇ。……そうだ、良いことを思いついた。ハニィ、最高のおもてなしをしてあげるわ」

 パンツァーレディは手に持っていた指輪を自分の指に嵌めると、指輪を胸に当てた。

「あ!」

『パンツァーレディ・フラァッッシュ!』

 光に包まれるパンツァーレディの体。その体が少し小さくなり、真っ赤なボディスーツが色と形を変えていく。顔形が徐々に変わり髪も赤く染まると、毛先が跳ね上がっていく。そしてその手には細身のサーベルが握られていた。

「その姿……ハニィ……スウィートハニィ」

「ふふふっ、この姿であなたを葬ってあげる。自分自身に倒されなさい、ハニィ」

 光雄の目の前にはスウィートハニィが立っていた。勿論パンツァーレディが変身したハニィだが、その姿はまさしくスウィートハニィ以外の何者でもなかった。

「俺が、俺が……ハニィに倒される……」

 ハニィはヒュっとサーベルを振ると、光雄に向かって一歩一歩迫ってきた。氷の微笑みを浮かべ、その全身に殺気を漂わせながら……





(続く)

                                       2003年9月13日脱稿




後書き

 す、すみません、またまたこんなところで終わってしまいました。ほんと我ながら引っ張りますねぇ(笑
 さて、前回に続き今回も絶体絶命に陥った光雄先生、彼はこのままハニィに変身したパンツァーレディに倒されてしまうんでしょうか。全ては次のイラスト次第です。それにしても「戦え!スウィートハニィ」の物語、私の考えているエンディングまで果たして持っていくことが出来るのか。そろそろラストスパートに入りますが、最終回までお見逃し無く(笑

 それではお読み頂きました皆様、どうもありがとうございました。




パンツァーレディ
 『虎の爪』最強の怪人。その力、スピード全てがハニィを上回る。かつて初代ハニィは彼女に倒されている。体に残る傷は彼女が何らかの手術を施されていることを物語っているが、その他にもまだ秘密があるらしい。