さて、スウィートハニィに助けられたシャドウガールであったが、彼女が某所に戻るとプールでの一件は既にクロウレディにより報告されていた。

「シャドウガール、威勢の良い事を言っておきながら何という様だ。呆れたぞ」

「申し訳にゃいニャ。でもスウィートハニィはそんなに悪い奴じゃないんだニャ」

「バカモノ、我らの組織に逆らうものは全て敵だ。全く姉妹揃ってブザマな」

「ご、ごめんだニャ」

「シスター。シャドウガールは初陣です。どうか大目に見てやってください」

「シャドウレディ。お主、妹を庇っていられる立場か」

「す、すみません」

「全く姉妹揃いも揃って……誰かスウィートハニィを倒し、指輪を奪える者はいないのか」

 その叱咤に答える怪人は無く、その場はシーンと静まり返っていた。しかしその時優雅な足取りで部屋の中に入ってくる怪人がいた。

「シスター、私がやりましょう」

「おお! お主戻ったのか。して南米での首尾が如何であった」

「主だった国の首脳は既に我が配下と入れ替えました。南米は我らの思うままです」

「よくやった。で、入れ替えた首脳共は如何いたした」

「皆女子供にしてやりました。誰もその言うことに耳を貸さないでしょう」

「ご苦労。しからばスウィートハニィと指輪の件頼むぞ」

「以前指輪を奪い損いましたが、確かハニィは倒したはず。何故今頃になって現れたのか分かりませんが、今度こそ私が止めを刺してご覧に入れましょう」

「よし、任せたぞ。皆のもの、今後指輪の奪取に関してはパンツァーレディの指揮に従うように」

「ははっ!」

「あいつ、帰ってきたか……」

 指揮権を剥奪されたシャドウレディはその姿を見詰めながら、そっと呟いていた。






戦え!スウィートハニィ

第6話「最強の敵(前編)」


作:toshi9






 その夜、光雄は夢を見ていた。

 それは、いつか見たスウィートハニィと怪人が戦っている夢だった。相手の怪人が何者なのか、その姿は相変わらずシルエットになっていてよくわからない。しかし剣を交えているハニィの動きにはやはり余裕がなく、明らかに苦戦していた。

 ハニィの剣筋はことごとく怪人に見切られ、受け流されている。ハニィとの間を詰める怪人。そしてハニィが繰り出した渾身の一突きさえも怪人の剣に弾き飛ばされてしまった。

 弾かれたサーベルがくるくると回転しながら空高く舞い上がった。それを呆然と成す術も無く見詰めるハニィ。その剣先が彼女に向かって落ちてくる。

「逃げろぉ! ハニィ!……はっ」

 光雄はそこで布団からがばっと跳ね起きた。その体はびっしょりと汗で濡れていた。

「ゆ、夢か。それにしてもまたあの夢……いやな夢だ」

(先生、何か嫌な予感がする)

「ハニィ、大丈夫。何があろうと指輪は必ず俺が守ってみせるさ」

(ありがとう。でも、何だろう、この感じ……)





 さて、夏休みも終わり新学期が始まった南高校。

 始業式では教頭先生が新しく赴任してきた教師を紹介していた。教頭先生の横には教師と言うにはちょっと相応しくない真っ赤なスーツを着た若い女教師が立っていた。

「新学期早々ですが、鈴木先生が先週急病で長期入院されてしまいました。そこで当分の間代理で教鞭を取られることになりました朝霧先生です」

「朝霧唯です。鈴木先生の代わりに英語を教えることになりました。それから如月先生のクラスの副担任もさせて頂く事になりました。短い間ですがよろしくお願いいたします」

 光雄にとってもそれは突然の話だった。

「そうか、うちのクラスの副担任か。しかしまたえらく急な話だな」

(せ、先生、朝霧唯……あいつ、あいつは)

「どうしたハニィ」

(い、いやぁ)

「ハニィ……意識が途切れた。彼女と話ができるようになってこんなこと初めてだな。朝霧唯か、彼女とハニィ、何か関係があるんだろうか」

 光雄がじっと見詰めていると、唯は光雄のほうを見てにこっと笑い返したように見えた。 





 さて、始業式が終わり光雄が職員室に戻ると、教頭先生が彼の席に朝霧唯を連れてきて紹介した。

「じゃあ、如月先生頼みますよ」

「わかりました。じゃあ朝霧先生。生徒たちに紹介しますから、一緒に来てください(それにしてもハニィ、さっきから相変わらず意識が戻らない。何が起こったんだ)」

「はい。よろしくお願いします」

 朝霧唯、きれいだが何だか不思議な雰囲気を持った女性だな。そんなことを考えながら光雄は唯を先導していった。その後ろを歩く唯は、光雄の指を見詰めながら意味有りげににやりと笑っていた。





「起立……礼……着席」

 委員長の謙二の声が教室に響く。

 教壇には光雄と唯が並んで立っていた。

「始業式で紹介されたように、今日からうちのクラスの副担任になった朝霧唯先生だ。みんな良く言うことを聞くんだぞ」

「朝霧唯です。皆さん仲良くしてくださいね」

 朝霧唯が軽く微笑みながら自己紹介するのを聞きながら、桜井幸と相沢謙二は二人で囁き会っていた。

「きれいな先生だな」

「そうかな、あたしは何となく冷たい感じがするけれどな」

「おいおい、そんなこと言うもんじゃないぞ」 

「そうかな、何かいやな感じがする。私達に笑いかけてはいるけれど目は笑ってないもの」

「へぇ、お前そんなとこ……よく観察しているな」

「あら、だって先生にちょっかい出されちゃかなわないもん」

「はいはい、そういうことですかい」

 この二人、何だかんだ言っても気軽に話のできる間柄にはなっていた。これも謙二の努力の賜物であろう。尤も幸にとってはそれは恋愛感情などとは無縁であったが。





 さて、ホームルームが終わり光雄が教室を出て行った後も唯はまだ教室に残っていた。いや、残らざるをえなかったと言うべきか。何故ならクラスの男子生徒の大半が彼女の周りに集まり質問責めに合っていたから。

「先生、年いくつなんですか」

「付き合っている男性っているんですか」

「年下は好みじゃないですか」

 唯はちょっとだけやれやれといった表情を浮かべたが、すぐににこやかな表情に戻った。

「はいはい、そういう質問は無し。ねえあなた」

「は?」

 唯は謙二に視線を向けた。

「さっき号令かけていたわね。あなたがこのクラスの委員長よね」

「はい、相沢謙二です」

「ねえ、相沢くん。あなたスウィートハニィのことを知っているのよね」

「え? 先生どうしてそのことを」

「ふふっどうしてかしらね。で、どうなの」

「それは……お答えできません」

「あらそう、残念ね。まあいいわ。ところで放課後職員室に来てくれる」

「え? 何か」

「うん、クラスのこととか学校のことをもっと詳しく聞きたいし」

「わかりました。じゃあ放課後に寄りますんで」

「ありがと」





「近くで見ると、ほんときれいな先生だな」

「おい、謙二役得だな」

「こんなことなら俺が委員長に立候補するんだったな」

「お前調子の良いことを、立候補の時、委員長なんか面倒臭くってできないって言ってたくせに」

「あれ? そうだったっけ」

「そうだよ」

「あ〜あんな先生に個人授業してもらいてえなぁ」

 唯が出て行った後、ますます喧騒に包まれる教室であった。

「もう、うちの男子ってみんな馬鹿ばっかり」

 幸たち女子生徒たちはそんな男子を冷ややかに見詰めていた。





 唯は職員室に戻ると、光雄に声をかけた。

「如月先生」

「あ、朝霧先生、終わりましたか。全くうちのクラスの生徒ときたら……いきなり大変でしたね」

「いいえ、大したことありませんわ。ところで先生」

「は? 何ですか」

「先生と桜井幸って女子生徒ってどういうご関係なんですか」

「え? いや関係なんて。ただの教師と一生徒ですよ。ははは。全く誰かが先生に吹き込んだんですか」

「ただの教師と生徒……そお」

 また唯は小さくにやりと笑ったが、いきなり幸との関係を聞かれてうろたえまくっている光雄はその意味に気づきもしなかった。






「先生、朝霧先生、何処ですか」

 その日の放課後謙二が唯に言われたように職員室に行ってみると、唯はそこにはいなかった。他の先生から謙二が来たら視聴覚教室に来て欲しいという唯の伝言を聞いた謙二は、言われた通りに視聴覚教室の扉を開けていた。

「ここよ、相沢くん」

「あ、先生」

「あなたにはいろいろと聞きたいことがあるの」

「はい、クラスのことでしたら何でも聞いてください」

「そお、じゃあスウィートハニィの正体を教えて」

「そ、それはお答えできないと言ったはずです」

「ふふっ、彼女の正体、桜井幸って女子生徒なのかな、それとも……」

「あなた、誰なんです。まさか」

「まさか、なあに」

「『虎の爪』の一味」

「あら、相沢くんってそんなことまで知ってるの。ふふっ、これはますますこのまま帰すわけにはいかないわね」

「え?」

「あなたにはこれから囮になってもらうわ」

「囮? 何のことですか」

「スウィートハニィに出てきてもらわなきゃいけないから。彼女は今間違いなくこの学校にいる。そうでしょう」

「そ、それは」

「ふふ、正体が如月先生でも桜井幸でもどっちでもいいわ。指輪を持って出てきてくれればね」

 唯の目がが妖しく光った。

「え? うわぁ」





 放課後といっても始業式の日はいつもより時間が早い。生徒達の大半はまだ校舎に残っていたが、その時突然校内にスピーカーの声が響き渡った。

「出て来いスィートハニィ。お前がこの学校の中にいることは分かっている。出てきて大人しく指輪を渡してもらおう。さもないと相沢謙二がどうなっても知らないぞ」

「な、何だこの放送」

「おい、グランドを見てみろ、何かおかしいぞ」

 誰かが叫んだその声に誘われて生徒達が校庭を見ると、そこには滲みのように真っ黒な影が現れていた。そしてそれはどんどん広がっていく。そしてその中からはそこに有る筈の無い物がが音も無くせり上がっていた。それは十字架。そこに磔にされているのは相沢謙二だった。縛り付けられた彼はぐったりとうなだれている。

「「キャー」」

「何なんだ、あれは」

「あれ、相沢じゃないのか」

「変なのも出てくるよ」

 影の中からは十字架に続いて数人の人影が浮き上がり、十字架の周りを取り囲んだ。それは遠目から見ても怪しげな者たちだった。鳥のような姿の者、恐竜のような者、蜂のようなもの……




「何かの撮影ですか。あなたたち困りますなぁ許可無しに校内で」

 騒ぎに気づいた教頭先生がそこに歩み寄ったかと思うと怪人の一人に注意した。しかし……

「うるさい、消えろ!」

 恐竜のような女性……ティラノレディの腕が振られたかと思うと、その瞬間教頭先生は花壇まで吹っ飛ばされていた。そのままぐったりと動かない教頭先生。

「ば、化けもんだ」

「逃げろ、誰か警察を。いや科特隊、GUTS、誰でもいい何とかしろ」

「あいつら、相沢をよくも」

(ん、うーん)

「ハニィ、気が付いたか。変身するぞ。相沢を助ける」

(え、駄目……先生、変身しちゃ駄目!)

「どうしたんだ、ハニィ。あいつら『虎の爪』だろう。あいつ等の目的は俺と指輪だ。相沢は関係ない」

(あいつが、あいつが来た)

「ハニィ、今日はおかしいぞ。もっと落ち着いて話せ」

 その時十字架の前に朝霧唯がすたすたと歩み寄ってきた。

「朝霧先生、危ない」

 しかし唯はにやにやと笑いながらそこに立ち止まり、くるりと校舎のほうに振り返った。

「ハニィ。出て来い。あと10数えても出てこなければ、相沢謙二を串刺しにしてやる」

「え? 朝霧先生?」

 その時唯のシルエットがぼんやりと陽炎のように揺らいだかと思うと、次の瞬間彼女の姿は精悍な赤いボディスーツに包まれていた。

「ひとーつ」

「あれは、まさか彼女も『虎の爪』の一味だったのか」

(そう、そしてあたしはあいつに敗れた)

「え? 何だって」

(恐らく『虎の爪』最強、名前はパンツァーレディ。先生、変身するのは止めて。あいつ、強すぎる……)

「弱気だなハニィ。俺は君じゃないんだ。最強の怪人か……でも勝負はやってみなきゃわからないさ」

(でも、でも、先生)

「委員長がピンチなんだよ。いくぞ」

 光雄は駆け出しながら胸に指輪を当てて叫んだ。

『みつお・フラァッッシュ!』

 光雄の体が光に包まれる。

 駆ける彼のワイシャツもスラックスも粉々に飛び散り、一瞬何も身につけない裸の状態になってしまう。

 そして空気が再び光雄の周りにまとわり付き始め、その姿が別のものに変化し始めた。

 身長が少し低くなると共に体のラインが優しくなっていく。肩のラインがどんどん滑らかになり、腰がぐぐぐっと絞れていく。胸とお尻が大きく張り出すと共に股間の一物は消え失せそこは縦のすじを刻んだだけの何も無いのっぺりしたものになった。大きく盛り上がった胸を滑らかで真っ赤なノンスリーブシャツが優しく包み込み、下半身を黒いタイツが覆っていく。それは腰のところでジャンプスーツのように一つにくっついていった。踵がくっと持ち上がり、両足は白いブーツに包まれる。同時に髪が伸びて赤く染まりながら毛先が跳ね上がっていった。そしてぎゅっと握り締められた右手には細身のサーベルが握られていた。

「ここのーつ」

「待ちなさい!」

「ふふふ、やっと現れたわね、スウィートハニィ」

「あなた『虎の爪』のパンツァーレディ」

「よく憶えていたわね。そうよ。お久しぶり、ハニィ」

「早く委員長を放しなさい。あなたたちの目的はこの指輪、委員長は関係ないでしょう。でもこの指輪はあなたには絶対に渡さない。取れるもんなら取って御覧なさい」

「あなた、確かこのあたしが倒したはずよね」

「ハニィは不死身よ。あたしは、このスウィートハニィはあなたなんかに倒されやしない」

「うふふ。かわいいわね。でも今度こそ息の根を止めてあげるわ」

「何を! あたしは以前のスウィートハニィじゃない。返り討ちにしてやる」

「さあいらっしゃい」

「やぁー!」

・・・ハニィは剣を振るった。しかし、その意に反して彼女の剣はことごとくかわされてしまう。パンツァーレディの見切り方には余裕さえ伺える。

「ふふっ、あなた腕が落ちたんじゃないの」

「何故、何故かわされる」

 剣を持たないパンツァーレディの余裕振りに次第に焦り始めるハニィ。

「よし、これならどう」

 ハニィは片手で振るっていたサーベルを両手に持ち返ると、袈裟懸けにパンツァーレディに向かって薙ぎ払った。その剣先はやはりパンツァーレディに届かなかったものの、太刀風が彼女のスーツの胸元をさっと切り裂き、彼女の胸が顕わになった。しかし、そこには血の滲みはおろか切り裂かれた傷跡さえも無かった。但し、奇妙な形の手術跡が浮かんでいた。

「お前まさか」

「あら、今度は少しやるわね。それじゃお返しよ」

 パンツァーレディがハニィの腹部に蹴りを放つ。

「は、はや……ぐふっ」

 その動きの速さについていくことができず、まともに蹴りを受けてしまったハニィの体が堪らず吹っ飛ばされる。

「う、うう」

 衝撃にぼんやりと視界がかすむハニィ。頭を振って顔を上げると、その目の前には悠然とパンツァーレディが立っていた。





「どうしたの、もう終わり? まだ汗もかいていないわよ。つまらない……じゃあこっちからいくわよ」

 パンツァーレディが右手を差し上げると、そこに光の剣が現れた。

(先生逃げて!)




 光雄は彼の中のハニィがぶるぶると震えているのを感じていた。そして彼自身もパンツァーレディが全身から氷のような殺気を発しているのを肌で感じていた。

「こいつ確かに今までの『虎の爪』の怪人とはものが違う。俺に勝てるのか。でも駄目だ、ここで逃げたら」

 そう思いながら立ち上がった光雄はパンツァーレディと対峙していた。そして両手で持った剣を下段に構え直すとパンツァーレディを睨みつけた。

「今までのは小手調べよ。今度は本気でいくわよ」

 しかしパンツァーレディはそれに反応するでもなく、右手に持った光の剣の剣先を地面に垂らしたままゆっくりと近づいてくる。

 く、くそぅ、いちかばちか

 ハニイは下段の構えから上段に振り上げた渾身のサーベルを彼女に向けて振り下ろした。

 あれ? どっかでこんなことあったっけ。

 剣を振り下ろしながら、光雄はふとそんなデジャブ感覚を感じていた。

 バチッ!

 ハニィの渾身の一撃はパンツァーレディの体に触れることなく彼女の光の剣に弾き飛ばされていた。

 くるくると回転しながら空高く舞い上がるサーベル。

 そしてサーベルがそれを呆然と見詰めるハニィに向かって落ちてくる……。



(続く)

                                      2003年8月31日脱稿




後書き

 す、すみません、こんなところで終わってしまいまして。
何とか終わらせようかとも思ったんですが、ここで一旦切らせて頂きました。さて、絶体絶命のハニィどうなってしまうんでしょうか。全ては次のイラスト次第ということで。
 でもこれを書いている時点では、次回がどんなイラストなのか知らないんですよね。本当に続きが書けるんだろうか。うーん恐ろしい(笑

 それではお読み頂きました皆様、どうもありがとうございました。