ランプリーレディを打ち破った日の夜、光雄は夢を見ていた。 夢の中でスウィートハニィと怪人が剣を交えて戦っている。 何だあの怪人は。俺あんな奴と戦ったっけ。 こちらから見ると、どうもスウィートハニィは怪人に押されているように見える。その動きに余裕がない。そして遂にハニィの渾身の一突きは怪人の剣に弾き飛ばされてしまった。空中にくるくると回転しながら舞い上がったサーベルの剣先は逆にハニィの胸を貫いてしまった。苦しそうにその場に倒れるハニィ。 え! ハニィが敗れた? どういうことだ。 (如月先生。あれはあなたではありません) その声はあの時の……君はだれだ。 (あたしはスウィートハニィ) え? それって 戦え!スウィートハニィ 第4話「レディ・アイの誘惑」 作:toshi9 ランプリーレディがスウィートハニィに敗れた数日後、某所ではその報告がなされていた。 「シャドウレディ、何故すぐに報告せん」 「申し訳ありません。ランプリーレディが何故敗れたのか、その分析に手間取りまして」 「ばかもの! 成功したにせよ失敗したにせよ、すぐに私に結果を報告するのが幹部の務めであろう」 「す、すみません」 「クロウレディからはすぐに報告があったぞ」 (ちっ、あのお調子者め) 「何か言うたか」 「い、いえ」 「それで指輪の奪取、今後どのようにするつもりだ」 「はっ、ランプリーレディの尊い犠牲により、指輪を嵌めて変身していたのは、やはり桜井幸だとわかりました。彼女にターゲットを絞りその指輪の奪取を図るつもりです」 「間違いなかろうな」 「はっ! 確実です」 胸を張って答えるシャドウレディだが・・・ 「もう失敗は許されんぞ。どのようにするつもりだ」 「今回はこやつに実行させます」 『レディ・アイです。シスター、必ずや指輪を奪取してご覧に入れます』 「レディ・アイか、期待しておるぞ。見事指輪を奪取して見せよ」 「ははっ!」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ その日、南高校の保険医・宮下愛子は保健室の向こうでくーん、くーんと鳴いている声を聞いた。 「あらこんなところで犬の鳴き声なんて。何で迷い込んだのかしら」 ドアの外では一匹のチワワがドアにがりがりと爪を立て、鳴いていた。 「こらこら、君、そんなことしちゃ駄目だよ」 愛子はそのチワワをひょいと持ち上げて話しかけた。 チワワはちょっと首をかしげてじっと愛子を見詰めている。 「かわいい〜」 その仕草と、大きな黒い瞳に愛子は思わず見惚れてしまった。 じっと見ていると何だかその瞳に吸い込まれてしまうようだ。チワワの瞳が段々大きくなってくるような気がする。 いや本当に大きくなっていたのだ。 やがて愛子の動きが止まる。 (あれ? どうしたの。体が動かない) すると何ということであろうか。大きくなったチワワの二つの黒い瞳がズボリと飛び出してきた。 二つの目は空中にふわふわとしばらく浮かんで様子を見ていたかと思うと、狙いを定めたかのように愛子に向かって近づいてきた。 (いや、なに) 思わず目を瞑った愛子だったが、目玉はその瞼にずぶずぶと入り込んでいった。 愛子は目玉が入り込んだ瞬間びくっと体を震わせたかと思うと、静かに目を開いた。その瞳はそれまでの瞳より黒目勝ちなものになっていた。 「ふふふ、しばらくこの体借りるわよ」 愛子はにやっと笑った。誰もを惹きつけるその瞳をきらきらと輝かせながら。 ランプリーレディーとの戦いから数日後、南高校の制服は合服から夏服に衣替えになった。もう梅雨明けも近い。男子生徒も女子生徒も半袖の涼しげな制服で登校している。 「先生、お早うございます」 「おはよう」 「如月先生、おはようございまーす」 「お、おう、桜井おはよう」 「先生、最近あたしの事を避けてません?」 「いや、そんなことはないぞ」 「あたしはこんなに先生のこと好きなのに・・・先生にもっとあたしのこと見ていて欲しいな。ねえ先生、今度一緒にプールに行きません?」 「プールかぁ(あ、あれか)」 光雄は思わず栗田宏美になってビキニを身に付けた時のことを思い出してしまった。 「うん、プールの入場券をもらったんだけれど、先生と一緒に行きたいなぁって」 「委員長と一緒に行ったらどうだい」 「駄目、委員長って真面目すぎて、一緒にいても面白くないんだもん」 「俺は違うのか」 「先生は特別。それに断ったらキスされたことを言いふらしちゃうぞ」 幸はえへっとはにかみながら言い返す。 「おいおい、脅すなよ。あれは事故だろう。うーん、わかったよ」 「やったぁ。じゃあ週末の日曜日、きっとですよ」 最近幸の姿になることが多い光雄、しかも教育一筋だった今までと周りの状況はがらりと変わってきている。 『虎の爪』の怪人はどうも幸を指輪の持ち主と勘違いしている節がある。俺も悪いんだが……あいつらの誤解を解かないと、このままではずっと幸を危険に晒すことになるしな。 そんなことをつらつらと考えた末の決断だった。 その時、幸の背中から幸を呼び掛ける声がした。 「桜井さん」 「はいぃ? ああ宮下先生。何ですか」 「桜井さん、昼休みにちょっと保健室に来てくれない?」 「はぁ。どうしたんですか」 「午後教室に持って行ってもらいたいプリントがあるの」 「そうですか。わかりました」 (あの人・・・) 「え?」 (先生、あの女の人って『虎の爪』の怪人が取り憑いてます) 「何だって!」 「先生どうしたんですか?」 「あ、いや何でもない。桜井、じゃあまたな」 「じゃあ先生、日曜日はよろしくね」 教室に駆けていく幸をじっと見ている光雄であった。 さて…… そして昼休み。桜井幸は保健室の前に立っていた。 「先生、桜井です」 「ああ、入って」 「どれを持っていくんですか」 「これよ」 愛子はプリントの束を自分の顔の前に差し上げる。つられて見上げる幸。 プリントの陰に隠れた愛子の顔。プリントをじっと見ようとする幸。 その瞬間愛子はプリントをぱっと降ろした。彼女の黒目勝ちな瞳と幸の目が思わず合ってしまう。 「あ!」 幸はその瞬間愛子の瞳から目が離せなくなっていた。 「さあ、桜井さん、もっとこっちにいらっしゃい」 「・・・はい」 「先生と今からいいことしましょう」 「・・・はい、先生」 「じゃあ服脱いで」 「・・・はい、わかりました」 幸は夢遊病のようにぼーっとしたまま愛子の言葉に答える。そしてしゅるしゅるっと胸のリボンを外すと、セーラー服の上着を脱いだ。その白いブラジャーに包まれた胸が愛子の目の前に晒される。 「ほら、スカートも脱ぎましょうね」 「・・・はい。スカートも脱ぎます」 幸がスカートのホックを外すと、ふぁさっとスカートが床に落ちる。 幸はブラジャーとショーツ、それに紺のハイソックスだけの姿になっていた。 「さあ、ベッドに横になりなさい」 「・・・はい」 幸は愛子に言われた通りベッドにゆっくりと歩いていくとその上に横になった。仰向けになると、両手をお腹の上に揃えてじっとしている。 「ふふふっ」 愛子も白衣、ブラウス、スカート、パンティストッキングと脱いで下着だけの姿になると、幸の横に体をくっつけて寝そべった。 「桜井さん、かわいいわよ」 「うっ」 愛子の指がショーツの上をさっと撫でると、幸はぴくっと体を振るわせる。 ゆっくりとショーツの上から幸の下腹を撫でていた指はやがてショーツの中に滑り込んでいった。 「くっ、う、うーん」 「ふふっ、さああたしの虜になりなさい」 妖しげな表情で唇を幸のふっくらした唇に近づけていく愛子。幸は何時の間にか目をじっと閉じている。 「さあ、目をお開けなさい」 その声に答えるように幸がゆっくりと瞼を開く。しかし、その瞳はさっきと違い強い意志の光を湛えたものであった。 「え?」 幸はにやっと笑うとベッドから跳ね起きた。 「私の力が効いてない?」 「お前の力なんかお見通しよ」 「何故だ」 「お前の眼力に惹きこまれない様に、わざとすぐにかかった振りをしたの。目の焦点をぼかしてあなたの目を見ないようにしてね」 「・・器用だな」 さて、お気づきであろうか。この幸は勿論本物の桜井幸ではない。 謎の声=初代スウィートハニィに愛子に怪人が取り憑いていると指摘されると、光雄は幸にプリントを取りに行くのは不要と言い、その後幸に変身して代わりに医務室に来たのだった。 彼ははっきりと『虎の爪』と戦う決心を固めていた。 話はランプリーレディとの戦いに勝利した夜の夢の中の出来事に遡る。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (あたしは『虎の爪』とずっと戦ってきた。指輪を守るために、そしてあいつらの野望を打ち砕くために) 「でもその君は今どこにいるんだ。どこから俺と話をしてる」 (あたしは実はもうこの世にはいないの。さっき先生が見たように、あたしは敗れてしまった。指輪は何とかあいつらに奪われないようにしたけれど、結局雑貨屋の店主はあなたに指輪を売ってしまった。彼も『虎の爪』のことは知っているはずだけれど、あなただったら指輪を渡しても大丈夫だと思ったのね。純粋な心の持ち主のあなたなら。 今あなたに話しかけているあたしは、指輪の中に残ったあたしの残留思念なの。指輪の新しい持ち主がもしあたしの意志を引き継いでくれるような人だったら、その人を助けて『虎の爪』と戦えるようにするために、最後に念を残したの) 「まさか初めて変身した時に自然に女言葉が使えたのは」 (あたしが先生でも無意識に使えるようにしたの) 「じゃあいきなりスウィートハニィの姿や名前が思い浮かんだのは」 (あたしが先生にイメージを送った) 「それじゃあ、俺があいつらと戦おうって思っているのは俺の意志じゃないのか、君がそう仕向けているのか」 (違う! それは先生の素直な気持ち。先生にその気持ちがあったから、あたしはこれまで先生のことを手助けできた。 あいつらは、この世界を支配するためにまだまだこの指輪を狙ってくる。この指輪にはそれだけの力が秘められているの) 「じゃあこれからもあいつらが俺を襲ってくると」 (そうね、必ず。シャドウレディは幹部の一人だけれど、今まで戦ったその他の怪人ははっきり言ってザコよ。まだまだ強力な怪人が現れる) 「君が敗れたような・・か・・・」 (お願い、先生、この指輪を守って) 「それって俺に怪人どもとこれからも戦えってことか」 (無理なお願いだってことはわかってる。でも先生ならきっとわかってくれるってあたし思うの) 「おだてるなよ。でも」 (あいつら指輪の存在をキャッチして動きが活発になっている。これからいったい何を始めるのか) 「そうか、あんなやつらがこの世にいるなんて、確かに許せんな」 (先生、それじゃあ) 「わかったよ。戦ってみよう」 (ありがとうございます) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 幸は指に嵌めている指輪を胸に当てて叫んだ。 『みつお・フラァッッシュ!』 幸の体が光に包まれる。 セーラー服が粉々に飛び散り、一瞬何も身につけない裸の状態になってしまう。 そして空気が再び幸の周りにまとわり付き始め、別の姿に変化し始めた。 上半身は胸の大きく開いた滑らかで真っ赤なノンスリーブシャツ、下半身は黒のタイツに包み込まれ、それは腰のところでジャンプスーツのように一つにくっついていった。踵がくっと持ち上がり、両足は白いブーツに包まれる。と同時に髪が短くなりながら赤く染まり、跳ね上がっていった。胸とお尻は一段と大きく張り出し、細い腰はさらに絞れていく。 薄い生地のジャンプスーツは今の光雄の日本人離れした見事なボディラインをくっきりと描き出していた。 そしてブーツと同じ白い色の手袋に包まれた右手には細身のサーベルが握られていた。 「宮下先生に取り憑くなんて、世間の目は誤魔化せても、このあたしの目は誤魔化せないわよ」 「ふん、ばれては仕方が無い。しかし何故わかった」 「ふふっ、そんなことあなたに言う必要ないわね」 「あたしの虜にして大人しく指輪を渡してもらおうと思ったが」 「あなたも『虎の爪』の一味?」 「そうよ。あたしは『虎の爪』のレディ・アイ」 「またあたしからこの指輪を奪おうって言うの。そんなの百年、いえ千年早いわよ。取れるもんなら取って御覧なさい」 「お前、何者だ」 「ある時は高校教師、またある時は女子高生、しかしてその実体は、愛と正義の戦士、スウィートハニィ(うーん、段々この口上にも慣れてきたな)」 「何を! 今度こそあたしの虜になってもらうわよ」 愛子の瞳がくわっと開かれる。きらりと光る愛子の目。 「おっと」 (先生、あの目を見ちゃ駄目よ) 「わかっているさ。かといって、このままじゃ」 何とか愛子の目を見ないように体をくるくると回転させて避けるハニィ。しかし段々医務室の隅に追い詰められてきた。 「さあ、もう逃げ場はないよ」 どうする……愛子の視線を避けながら考えていたハニィであったが、そこで指輪を胸に当てると叫んだ。 『みつお・フラァッッシュ!』 スウィートハニィの体が光に包まれる。 そしてその中から現れたのは・・ ウェイトレスの格好をしたハニィだった。 青地のミニワンピースに白いカチューシャ、白いエプロン、白いニーソックス。手には丸い銀のトレイを持っている。 「??? 何だその格好は?」 「うふふ、こういうことよ」 トレイを両手に持って愛子の顔に向ける。 「何?」 銀のトレイにはくっきりと愛子の顔が映し出されていた。 「ぎゃっ!」 それを見た愛子が叫ぶ。その顔からは両目が飛び出し、飛び出した黒目勝ちな二つの目はふわふわと空中に浮かんでいた。 「お前が本体か、宮下先生によくもよくも」 へろへろと飛び去ろうとするレディ・アイ。 「お前なんか、逝っちゃえ〜」 壁際を飛ぶレディ・アイに手に持ったトレイをハエたたきのようにぶつけるスウィートハニィ。 べちゃ 堪らずレディ・アイはトレイに潰されてしまった。 「あら? あたし何してたのかしら。あなた、誰?」 「え? 宮下先生気が付いたんですね。良かった。・・・あはっ、あたし、えー、ちょっと文化祭の練習で。失礼しました〜」 慌てて医務室を出て行くスウィートハニィ。しかしその格好で何処に行こうというのか。 「文化祭って・・まだずっと先でしょうに。変な娘ねぇ」 その後しばらく校内でかわいいウェイトレスを見たという目撃談が男子生徒の間で交わされたという。 「ぎぎっ、レディ・アイも失敗したか」 医務室の窓の外から闘いの一部始終を見ていたカラスがばさっばさっと飛んでいく。勿論今日もそれを怪しいと思う者はいなかった。 (取り敢えず了) 2003年6月28日脱稿 後書き 好評(なのかなぁ)にお答えして、今回もrainさんのイラストを元に、続編を書かせていただきました。謎の声の正体も明らかになりました。光雄先生は二代目スウィートハニィということになりますね(笑 さて、これからスウィートハニィと『虎の爪』の戦いはどうなるのか。まあアイデアの続く限りは書いてみたいと思います。 それでは、お読みいただきました皆様どうもありがとうございました。 レディ・アイ 本体は二つの目。黒目勝ちのその目に見詰められると、誰でもその虜になってしまう。何せ目玉なので動物や人間に取り憑いて活動するが、自分で自分を見ると、力が相殺され術が破れる。 スウィートハニィを自分の虜にしようとしたが、銀のトレイを鏡代わりに使ったスウィートハニィの攻撃の前にあえなく敗れる。 |