町中の路地裏にその店はあった。それは古ぼけた雑貨屋、名前を「天宝堂」と言う。そこでは闇に消えた品物が売りに出されることがあるらしい。 そして、ここに天宝堂である指輪を買ったために、トラブルに見舞われようとしている男がいた。彼の名前は如月光雄。ごく普通の教師だった。そう、その指輪を買うまでは。 戦え!スウィートハニィ 第2話「ある物語のはじまり」 作:toshi9 「はぁぁ」 俺は、自分のアパートで何度もため息をついていた。 「はぁぁ、やっぱり駄目だっかか」 結局俺の考えた作戦は上手くいかなかった。 あれから後、俺は栗田宏美の姿で桜井に会いに行った。 「みゆきぃ、相沢くんが校門のところであなたのことを待っているみたいよ」 「えぇ?委員長が。何だろう」 「きっと幸に気があるんじゃないのかな」 「そんなぁ、そんなこと考えられないよ。それに、彼あたしの趣味じゃないもん」 「あんなにいい人なのに?」 「あたしが好きなのは如月先生だけ! 宏美だって知っているでしょう。あたし宣言したんだから」 「うーん、そ、それはそうだけど、彼もいい人よ。それに先生はやっぱまずいんじゃない」 「そんなことないもん。それより宏美、これから一緒に買い物付き合わない?」 「えぇ・・・でも」 「何か用事があるの?」 「い、いや、ないけれど」 「じゃあいいじゃない。行こう行こう」 結局、俺は栗田宏美の姿のまま、何時の間にか幸の買い物に付き合わされることになってしまった。二人で一緒に校門を出ようとすると、相沢が外で待っていた。けれどもその相沢を、幸は見事に無視してしまった。 「お、おい、桜井」 「・・・・・・・・・」 呼び止めようとする相沢を無視してすたすたと歩いていく幸。その後をあわてて付いていく栗田の姿の俺。相沢は何がなんだか理解できず、口をポカーンと開いたまま立ちすくんでいた。・・・相沢すまん(2度目だなぁ) 幸が連れて行ったのは、何とデパートの水着売り場だった。 「あ、あのう」 「さあ、宏美選ぼうよ」 「でも、どうして」 「今度先生を誘ってプールに行くんだ。私のこのプロポーションを見せつければ、先生だってきっと私のことを受け入れてくれる。もう子供じゃないんだって」 お前のスタイルの良さはよくわかっているよ。そう心の中で呟きながら、渋々俺は幸が試着室に入って着替えるのを眺めていた。 いいのか、教師がこんなこと。 そう思いながらも、はたから見るビキニ姿の幸はちょっとまぶしかった。 「宏美ぃ、あなたも試着してみたら」 「え、いいよプールなんて行かないから」 「ちょっと着てみるだけだよ。ほらこれなんかどお」 幸は手渡したのは、やっとお尻が隠れるようなセクシーな真っ赤なビキニだった。 「ちょ、ちょっとこんなの駄目だよ」 「あら、宏美だってスタイル良いんだから、きっと似合うよ。ほらぁ」 俺は強引に幸にビキニの水着を押し付けられると、試着室に放り込まれてしまった。 ひえぇぇ、何でこんなことに。 仕方なく俺はセーラー服を脱ぐと、下着だけの姿になった。・・・栗田、すまん。 じっと鏡に映る自分の姿、栗田の下着姿を見つめながら、これでいいんだろうかと思いながらもこのビキニを着けてみなければ桜井は解放しないだろうなということは何となくわかっていた。 あの強引な性格だもんなぁ。 俺は決心してブラのストラップに手をかけた。 ストラップを肩から外し、背中に手を回してやっとホックを外すと、プルンと栗田の形の良い乳房が顕わになった。水着のブラを胸に当て、背中を首の後ろで結ぶようになっているブラの紐をやっとのことで結び、ショーツに手を掛けたところで外から声を掛けられた。 「宏美ぃ、どお」 「もうちょっと」 「あんた下着脱いだら駄目だよ」 おっと良く見ると試着は下着の上にお付け下さいって書いてある。 ほっとして、ショーツの上からビキニのパンツを穿いてみる。 うーん、確かに栗田もスタイル良いから似合ってるな。 俺は自分の姿、真っ赤なビキニを着た栗田の姿に思わずどきりとしてしまった。 「できたぁ……どれどれ……うんなかなかいいじゃない。宏美もそれ買っちゃったら」 「えぇ、いいよ。こんなの恥ずかしいよ。それにプールなんて行かないんだから」 「今度一緒に行こうよ。また誘うからさぁ」 結局、俺はそのビキニを買わされる羽目になってしまった。・・・全く俺って何やってるんだか。 「じゃあ宏美、また明日」 「幸、今日も先生のところに行くの」 「うん、これを家に置いてきたら行ってみようかな」 「そっか、全く困ったもんだな」 「え、なに」 「ううん、何でもない。じゃあね」 俺は幸と別れると、取り敢えず栗田の格好のままアパートまで走った。 あたりは既に薄暗くなり始めていて、その時俺の後を追いかけてくる影があることを知る由も無かったが・・・ アパートに戻りドアを閉めようとすると、何かがドンっとドアを叩いたような気がした。 「え!」 閉めかけたドアを開いてみるが、そこには誰もいない。ただ、一瞬何かの影がシュっと部屋に入ったように見えた。けれども部屋の明かりを点けても部屋の中のは俺以外には動いているものは何もいなかった。 「一体何だったんだ」 不審には思ったものの、幸のことが気になっていた俺はそれ以上深く考えずに、部屋の中に鞄と買ってきたビキニの入った紙袋を放り投げて、ベッドに大の字に寝転んだ。 「はぁぁ」 俺は、ベッドの上で何度もため息をついた。 「はぁぁ、やっぱり駄目だっかか」 結局俺の考えた作戦は上手くいかなかった。 さて、どうする これから幸がここに来る。・・・いっそ今日は逃げるか。いや今日逃げても結局同じことだ。さて・・・ 《新しいボーイフレンドを作ってあげよう》作戦が失敗し、あまつさえこんなビキニまで買わされてしまった。今度は失敗は許されない。 俺はベッドの上にあぐらを掻いて座り込むと、次の作戦を考えた。 次は・・・よし 俺はベッドから立ち上がると指輪を胸にあて、呪文を唱えた。 『みつお・フラァッッシュ!』 俺の体が光に包まれる。 そして光の中から現れた姿はすでに栗田宏美ではなく、ピンクのパジャマを着た別な女の子だった。 今の俺の姿、それは隣の部屋の女子大生、上村涼子だ。 あは♪ 俺は女の子っぽく鏡に向かって笑ってみる。 これでよし。パジャマを着た上村涼子の姿で幸を迎えれば、実は隣の女子大生が恋人だったんだと思い込んで諦めてくれるだろう。名付けて《実は恋人がいた作戦》だ。 俺はもう一度ベッドに座ると、自分の姿を確かめようと鏡に向かって振り返った。 けれども、その時俺の体が突然動かなくなり、その格好のまま固まってしまった。 え! 「ぐえっ、ぐえっ、空中元素固定装置、お前が持っていても宝の持ち腐れだよ。我らの組織に渡してもらおう」 背中のほうから声が聞こえる。 鏡に映っているのは上村涼子の姿の自分だけだった。 おかしい。誰もいないはずなのに。 けれども、良く見ると自分の影が何となくにやーりと笑っているように見えた。 何だ? その時、俺の体は俺の意思と関係なく立ち上がると、アパートの扉を開けて裸足のまま外に歩き始めた。 外には幸、桜井幸がいた。 「あ、あなた誰。どうして先生の部屋に、それにその格好」 幸は明らかに戸惑っていた。 「うるさい、そこをどけ」 俺の口が俺の意思と関係なく思ってもいないことをしゃべる。どうしたんだ。 俺の体は左手で幸を押しのけると、階段を下りていく 「何なのよ、そうだ先生は?」 幸は部屋の中に入っていった。 ・・・駄目だ。体が思い通りに動かせない。 俺の体はすっかり暗くなって人通りの少なくなった夜道をふらふらと歩いていった。そして近くの公園の中に入ると、その中でぴたりと立ち止まった。 俺の目の前には背中の街灯に照らされて長く影が伸びている。 その俺の影が再びにやっと笑ったような気がした。 「え!」 俺の影はぐーっと俺の目の前で立ち上がると、次第に何かの形を取り始めた。 それは黒猫のような格好の怪しげな女性だった。 「あたしはシャドウレディ。『虎の爪』の幹部さ。影の中に入ってこうして他人を操ることが出来るんだ」 「何でこんなこと」 「その指輪、空中元素固定装置を渡すんだ。さっきも言ったように、お前には宝の持ち腐れさ」 「いやだと言ったら」 「力ずくでも・・と言いたいところだが、一度はめてしまうと本人の意思でないとそれは外せないんだ。それを差し出したら何でも望みを聞いてあげるぞ」 うさんくさいやつ。こういう場合、外したとたんにひどい目に合うのが落ちなんだよな。 そのうちに俺の周りに人影が集まってきていた。 皆女性らしいけれど何か様子がおかしい。 烏の姿のような女性、トカゲのような女性、蜂のような女性。 まるで特撮ドラマに出てくる女怪人のような出で立ちだ。 「さあ、その指輪を外してこちらに渡すんだ」 どうする。 その時俺の頭の中にあるアイデアがぱっと浮かんだ。でも上手くいくのか。 ・・・よし、いちかばちかだ。 俺は指輪を胸に当てて叫んだ。 『みつお・フラァッッシュ!』 俺の体が光に包まれる。 ピンクのパジャマが粉々に飛び散り、その下のブラジャーもショーツの霧のように消えてしまった。 そして空気が再び俺の周りにまとわり付き始め、ある形を取り始める。 上半身は胸の大きく開いた滑らかで真っ赤なノンスリーブシャツ、下半身は黒のタイツに包み込まれ、それは腰のところでジャンプスーツのように一つにくっついていった。踵がくっと持ち上がり、両足は白いブーツに包まれる。同時にショートカットの髪は赤く染まり、跳ね上がっていった。胸もお尻もさっきよりも一層大きく張り出し、細い腰はさらに絞れていく。 薄い生地のジャンプスーツは日本人離れした今の俺の見事なボディラインをくっきりと描き出していた。 そしてブーツと同じ白い色の手袋に包まれた俺の右手には細身のサーベルが握られていた。 「あなたたち、あたしからこの指輪を奪おうなんて百年、いや千年早いわよ。取れるもんなら取って御覧なさい。」 「お前、何者だ」 「ある時は高校教師、またある時は女子高生、しかしてその実体は正義と真実の人、多羅尾・・おっと違った。 愛と正義の戦士、・・・(うーん・・と) 愛と正義の戦士、スウィートハニィ・・・(うわぁ、言っちゃったよ)」 「何を!歯向かうのなら痛い目に合わせるだけだ。それ、やってしまえ」 俺の周りの妖しげな女性達がじりじりと間を詰めてくる。 「クロウレディ参る」 烏のような格好の女が翼を広げて飛び掛ってきた。 俺は体を捻ると、紙一重の所でそれを避けた。 おう、体が軽い。どうやら思ったとおり、この指輪ってただ格好だけ変わるんじゃないらしい。能力も身に付けられるんだ。 ヒュっと片手でサーベルを振ると俺は迎え撃つ構えを取った。 「来なさい」 「おのれぇ」 再びクロウレディが飛び掛ってくる。その手の爪が鋭く光っている。 それを今度はサーベルで受け止めると、お腹の辺りに思いっきり回し蹴りを叩き込む。 「ぐえっ」 堪らずクロウレディはもんどりをうって後ろの木に叩きつけられ、ぐったりとしてしまった。 「レディ・ビーだ。いくよ」 蜂のような格好をした女性がフェンシングの剣のような武器で突いてきた。 「ヒュッ、ヒュッ」 ・・・見える。 俺はその突きの一つ一つを見切ることができた。すごい。 「くそー、これならどうだ」 レディ・ビーが一際気合を入れて突いてくる。その剣を左手で受け止め引っ張り寄せると、右手のサーベルの柄を後頭部に思いっきり叩きつける。 「ぐ、ぐぅ」 レディ・ビーがその場に崩れ落ちた。 よし、いける。 そう思った瞬間、後から鈍い衝撃が俺を襲った。 ドガッ うっ そのまま地面に這いつくばるような形で倒れこむ俺の上に4人の中で最も大柄な女性が圧し掛かってきた。 「あたしはティラノレディだ。お前の好きなようにはさせないよ」 ティラノレディは、両手で俺の首をがちっと掴むと、そのまま俺を軽がると吊り上げた。そして、そのままぎりぎりと首を絞め始めてきた。 ぐ、ぐぅ・・苦しい。 段々意識が朦朧として、力が抜けていく。俺の右手からガチャリとサーベルが落ちた。 「さあ、一緒に来てもらおうか」 ティラノレディのそんな声が段々遠くになってきた。 その時 「おまわりさーん、こっちでーす」 誰かが大声で叫ぶ声が木立の向こうから聞こえてきた。 「くっ、邪魔が入ったか。今日のところは見逃してやる。だが、もう一度その指輪は頂きに来るぞ」 そう捨て台詞を言い残し、怪しげな4人の女怪人は姿を消した。 木立の向こうから現れたのは、一人の男性だった。 あれ、おまわりさんって 「大丈夫かい、咄嗟に叫んだんだけれど、上手くいったみたいだね」 この声・・・相沢・・・ 「お前、桜井、桜井幸だろう」 「え?・・え、ええ」 段々意識が戻ってきた俺は、咄嗟に桜井に変身することにした。 そのほうがきっと上手くいく。 俺は指輪を胸にあて、小さな声で呪文を唱えた。 『みつお・フラァッッシュ!』 シューっとジャンプスーツが消え去り、赤い髪が黒く染まったかと思うと長く伸びていく。少しスリムになった体の周りの空気が体に張り付き、セーラー服が形作られていった。 俺はセーラー服を着た桜井の姿になった。 「ありがとう相沢くん。助かった」 「きっと先生の所だろうと思って後を追っていったら公園からおかしな声がするんで、もしやと思ったんだ。お前本当にあんな奴らと戦っているんだなぁ」 「そ、そうなの。ほんと大変なんだから」 俺は相沢に向かってちょっと疲れたように微笑んだ。 「でも何でさっきは俺のことを無視したんだ」 「あいつらが見張っているのがわかったから。助けて頂戴とは言ったものの、あんな状況であなたを巻き込めなかった」 「そんな水くさいぜ。俺にできることがあったら、いつでも言ってくれよ。さっきみたいなことは無しだぜ」 「うん」 俺は勘違いしている相沢に話を合わせてその場を誤魔化すことにした。相沢もすっかり俺の話を信用している。・・・相沢すまん(これで・・3度目だなぁ) しかし、あいつら何者なんだ。「虎の爪」なんて口からでまかせだったのに何で本当に出てくるんだ。 ・・・突然の妖しげな集団の出現に戸惑いを感じながらも、俺はこうして無事で居られた事に取り敢えずほっとしていた。けれども、俺の頭の中は疑問符でいっぱいだった。 これから先、俺ってどうなるんだろう。 (取り敢えず了) 2003年4月28日脱稿 後書き この話、お読み頂ければわかります通り「ある物語の序曲」の続編です。何とか続きを書いてみたいなとは思っていたんですが、今月のイラストを題材にして書かせて頂きました。しかしアクションシーンって描くのが難しいですね。 それでは、お読みいただきました皆様どうもありがとうございました。 |