町中の路地裏にその店はあった。それは古ぼけた雑貨屋、名前を「天宝堂」と言う。そこでは闇に消えた品物が売りに出されることがあるらしい。






戦え!スウィートハニィ

第1話「ある物語の序曲

作:toshi9






 俺の名前は如月光雄、とある高校の教師をしている。これまで教師一筋に打ち込んできたので、未だに独身だ。と言ってもまだ30前なんだが、生徒と一緒に苦労も喜びも分かち合う、そんな生活に俺は満足していたし、教師として色々な悩みは有ってもそれなりに平穏な生活だった。・・・そう、彼女が現れるまでは。

 彼女とは、今年受け持ったクラスの女子生徒の一人、桜井幸のことだ。何かにつけて俺に絡んでくる。始めは俺の授業の後やたら質問に来るなと思っていたら、段々個人的な悩み、私生活についての相談にも来るようになってきた。最近では俺のアパートにまで押しかけてくる。最初は、かわいい子だし相談を受けるのは教師冥利に尽きるというものだという風に感じていたものだ。

 それが最近ではいささか度が過ぎるかなと思っていたが、昨日遂に彼女にキスされてしまった。その時は全く偶然の事故だと思っていたんだが、どうも彼女の方は確信犯だったようだ。その後で告白されてしまった。

「先生、ミユキは先生のことが好きです。大好きです。お願い、お付き合いしてください」

「幸くん、僕達は教師と生徒だ。君は尊敬と恋を勘違いしているだけだよ」

「いいえ、そんなことありません。この想い、わかってください」

 俺はすっかり困ってしまった。彼女は自分の告白を受け入れてくれないと、アパートで先生に無理やりキスされたと校内で言いふらすという。受験を控えた今の時機、クラスにとってもまた俺自身にとってもそんな噂を立てられることは望ましくない。

「うーん、困ったぞ。どうすれば彼女の心を翻意させられるんだ。他にボーイフレンドでもできれば良いんだろうが、せめて何か彼女の気持ちを俺から逸らすような方法を考えないと」

 今日も校内で彼女に迫られてしまった。学校帰りにこれからどうしたものかと考え込みながら歩いていると、ふといつもと違う路地裏に入ってしまった。

「あれ、こんな所にこんな店あったかな?」

 俺の目の前に、今にも傾いて倒壊しそうな薄汚れた建物があった。よく見ると、建物の前には看板が掛けられていた。

『骨董品から生活用品まで何でも取り揃えております。きっとお客様がお探しの物が見つかります。お気軽にお訪ねください。 天宝堂』

 俺は何となくその看板の文句に惹かれるものを感じ、店の暖簾をくぐると中に足を踏み入れた。雑多な品物が所狭しと置かれている。店の中は思ったより広く、その奥は何処まで続いているのかわからなかった。

「はぁ、間口は狭いのに中はこんなに広いのか?一体幾つ商品が置かれているんだ」

 俺は時間の経つのも忘れて商品の一つ一つに見入っていた。そしてその中の小奇麗な指輪にふと目が止まった。

「へぇ、きれいな指輪だな。これを見ていると不思議と何だか気持ちが安らぐような気がする」

 俺は思わずその指輪を手に取ると、じっと見入ってしまった。

「いらっしゃいませ、お好みのものが見つかりましたか?」

 どこから現れたのだろう。いつの間にか俺の後ろに立っていた色眼鏡をかけた店主と思われる人物が、揉み手をしながら声をかけてきた。

「いろんな物を置いているんだね。好みというか、何となくこの指輪に惹かれてね」

「ありがとうございます。支店を出店したばかりなので品揃えなどまだまだこれからですが、その指輪は掘り出し物ですよ。如何でございますか」

 店主は口元に笑みを浮かべてながら、俺に話しかける。

「そうだなぁ、惹かれはしたけれどプレゼントする相手もいないしなぁ」

「その指輪は自分で使われると良いようですよ。指輪の説明書によりますと『空中元素固定装置』とやらが仕込まれているらしいですので」

「空中・・何だい、それ」

「その指輪は四半世紀以上も前に作られたものらしいのですが、わたくしは無学なので詳しいことはよくわかりません。ご購入されたら説明書をよくお読みになればと・・・」

「ふーん面白そうだな。で、いくらなんだい」

「これ位で如何でございましょうか」

 店主が電卓をポンポンと叩いて俺に指し示す。

「や、安いな。本当にそれで良いのかい」

「はい、お客様に満足して頂ければそれに勝るものはございません」

「そ、そうか。じゃあ頂こう」

 俺は財布から紙幣を数枚取り出すと店のおやじに渡した。

「はい、どうもありがとうございます」





 家に帰ると、俺は早速指輪の包みを開いた。何となくその小奇麗で安らぎのあるデザインとおやじの言葉につられてつい買ってしまったものの、箱を開けながらわけのわからないものを買ってしまったことを少し後悔していた。箱を開けると、中には指輪と一緒におやじが言っていた使用説明書が入っていた。しかし鑑定書ならわかるが使用説明書の付いている指輪って何なんだ。手入れの方法でも書いてあるのか?

「なになに、使い方?指輪に使い方なんてあるのか。そう言えばあのおやじが空中なんとかって言っていたな。ええと、指輪を利き手の人差し指にはめて胸にその手を当て、自分の名前と共に『フラァッッシュ』と唱えるべしぃ。その際に望みの人を思い浮かべるべしぃ??何だぁこりゃ」

 その陳腐な説明書にこりゃ騙されたなと思いながらも、俺は取り敢えず試してみることにした。

「しかし変なものを買ってしまったなぁ。一体何が起こると言うんだ。望みの人を思い浮かべるということは、こちらの思いが相手に伝わるとでもいうんだろうか」

 いくら考えてもよくわからない。

「そうだなぁ、よし、桜井幸、彼女が俺を諦めますように」

 そう思いながら、俺は言われた通り指輪を嵌めた右手を胸に当てて唱えてみた。

『みつお・フラァッッシュ!』

 すると、突然指輪が眩く光り、俺の体がその光に包まれたれた。そして・・・・

「えぇ〜、そ、そんなぁ」





 指輪の使い方を身を持って理解した俺は、まだ幸のことを考えていた。

「この指輪を上手く使えば幸の気持ちを他に逸らすことができるかもしれないな。あいつの気持ちを俺から逸らすようにするには・・・新しいボーイフレンドができれば良いんだよな。そのためには・・・」

 俺は、指輪を使ってある作戦を実行することにした。




 次の日の放課後、俺はクラス委員長の相沢謙二を理科準備室に呼び出した。

「先生、何の用事ですか、俺忙しいんですけど」

「うん、実はお前に相談したい事があってな」

「何でしょうか、でも職員室ではなくてこんな所で相談なんて」

「実はお前に会わせたい人がいるんだ」

「???、ここには先生しかいないみたいですけど」

 俺は立ち上がると、幸のことを思い浮かべながら指輪を嵌めた右手を胸に当てて唱えた。

『みつお・フラァッッシュ!』

 叫んだ瞬間指輪が眩く光り、俺の服は粉々に破れると塵になって消えてしまった。つまり何も着ていないすっ裸になってしまったというわけだ。そして俺の周りの空気がどんどんまとわり付くように濃くなり始める。まるで空気が俺の体に貼りつき溶けていくような感触を覚えると、今度は背が低くなり始め、それと共にぐぐっと肩幅が狭くなって撫で肩になり体全体の線も丸くなっていく。腰はどんどん絞れて折れそうな位に細くなり、上に持ち上がっていく。ガニ股気味だった脚はすらりと伸び、太股はむっちりといかにも肉付きの良いものになっていた。そして手を当てている両側が段々と盛り上がり、それは大きな乳房になった。股間のモノは何時の間にか無くなっていた。
 ふと鏡を見ると、その時の俺は首から下がすっかり女の子の体になっていた。

「どうだい、相沢」

「何ですか先生、その姿。マジックにしては趣味悪いですよ」

 ちょっと顔を赤くして目を逸らしながらも相沢が答えた。そんなやり取りの間にも、さらに俺の変身は進んでいるようだ。

 顔はじわじわと小さく、あごが細くなって、小顔の女の子の輪郭になってしまった。

 さらに短かった髪は下に向かってざわざわと伸び始め、腰の高さまで達してしまった。顔の上に新しいきめの細かい肌が少しずつ出来上がっていく。眉毛の形が変わり、目がぱちっと大きくなる。それは今の俺の体に相応しいかわいい女の子の顔だった。

「ええ?それって・・・まさか」

 目を逸らしていた相沢は呆気に取られながらも俺を見詰めていた。心なしか頬が汗ばんでいる。その時準備室の鏡に映っているのは、全裸の女の子。でもそれも一瞬の事で、シューっと空気が震えたかと思うと、再び俺の周りの空気が俺を包み込み始めた。

 それは徐々に実体化していく。

 股間はぴちっと青いパンティで覆われ、胸の膨らみはきゅっとパンティと同色の青いブラジャーに包み込まれる。

「これならどうだい」

 自分を指差して相沢に聞いてみる。相沢の顔はさっきから真っ赤だ。

「お、お前は・・・」

 膝から下にはすーっと茶色のハイソックスが現われ俺のきゅっとしまったふくらはぎを包み込み、足の回りには女子生徒用の上履きが現れる。さらにパンティを隠すようにプリーツのミニスカートが実体化する。同時に上半身はセーラー服に包み込まれ始めていた。シュルシュルと赤いリボンが巻かれ、最後にカーディガンが実体化し、変身が終了した。

 そう今の俺の姿はセーラー服に身を包んだ桜井幸になっていた。

「せ、せんせい、ほ、本当に先生なのか、それとも・・・」

「ん?誰に見える?」

 そのソプラノボイスはまぎれもなく幸のものだった。

「みゆき、桜井幸じゃないか」

「そうなの、相沢くん正解よ。さっきまでの如月先生の姿は仮の姿。あたし実は幸なんだ」

 俺は相沢にVサインをすると、にこっと微笑んだ。





「ど、どういうことなんだぃ」

 俺は準備室の丸椅子に腰掛けると話を続けた。

 しかしこのスカート短いな、気をつけないと中身が見えそうだよ・・まあ良いか。サービスだ。

「あたしは今、悪の秘密結社『虎の爪』と戦っているの。」

「何だってぇ!」

「奴らは何処であたしを狙っているかわからない。だから時々こうして先生に変装して目を晦ましているの」

「そんな、アニメじゃあるまいし・・・信じられない」

「今見たでしょう、あたしは普通の女の子じゃないの。変身できるのが何よりの証よ」

「せ、先生はどうしたんだ」

「先生も協力してくれているの。あたしが先生になっている時には学校にいないようにね」

「先生も協力・・・それで、ここのところよく一緒にいたのか。でもどうしてそれを俺に」

「謙二くん、あたしを助けて。奴らとの戦いは段々厳しさを増しているわ。一人ではもう勝てないかもしれない。お願い!」

 俺はお尻がむずむずしてくるような気恥ずかしさをこらえながら、幸になりきって恭二に訴えた。

「そうか、よしわかった。俺が君を守ってあげるよ」

「うれしい!ありがとう、謙二くん」

 俺は目をうるうるとさせて相沢を見詰めた。始めは現実離れした話に半信半疑だったようだけれどもすっかりやる気になっている。実際に俺が幸に変身するのを目の当たりにして信じてくれたようだ・・・そう、それも相沢は俺の思惑通り、すっかり幸が変身を解いたんだと思い込んでいる。これで相沢はずっと幸の近くから離れないでいてくれるだろう。

「桜井、お前知らないところで苦労してたんだなぁ」

「ううん苦労だなんて、でもそう思ってくれる人がいるだけでもうれしいよ」

「よし、今日からはいつも一緒にいてあげるよ。変な奴が現れても君には手出しさせない。取り敢えず家まで送ってあげるよ」

「うん、校門前で待っていて。まだちょっとやることがあるから。それからこの話はここだけの秘密。誰が聞いているかわからないから、二人の時でもあたしが切り出さない限り話題にしないで頂戴」

「そうか、わかったよ。じゃあ先に行って待っているぜ」

 相沢はちょっとうれしそうに先に準備室から出て行った。・・・相沢、すまん。

「よし、今度は幸だな」

 彼が出て行くのを見届けると、俺は再び呪文を唱えた。

『みつお・フラァッッシュ!』

 次に俺が変身したのは、彼女の親友の栗田宏美だ。幸は多分俺を教室で待っているはずだ。相沢と一緒に帰るように上手く言わなくちゃな。

 俺はミニスカートの制服姿で歩くことに恥ずかしさを感じながらも、準備室の扉をそっと開けて誰も見ていないことを確かめると、宏美の姿で教室に向かった。
 そう、この時は、幸の気持ちを自分から逸らすためのうそが、まさか本当のことになるなんて考えもしなかった・・・。 





 理科準備室での一部始終を窓の外でじっと見ていたカラスがいた。

「ぐえっぐえっぐえっ、見つけたぞ、空中元素固定装置。・・・早速ご報告しなければ」

 ばさっ、ばさっっと翼を羽ばたかせながら飛び去っていくカラス。それを奇異に感じる人は誰もいなかった。







(取り敢えず了)

                                2003年1月28日脱稿



後書き
 絵にストーリーを付けるというというのは私にとって初めての経験でした。それもサイファーさんのかわいい絵に付けるということでやりがいはあったのですが、それぞれの絵を全て使ってTS作品の一場面として仕上げるとなるとなかなか難解でした。ネタとして取り上げたのは二度アニメ化された某作品ですね。そして今回は天宝堂の店主にもゲスト出演していただきました。愛に死すさん、どうもすみませんでした。最後は中途半端になってしまいましたが、絵がお題ということもありますし、ここで終わらせたいと思います。
 それでは、お読みいただきました皆様どうもありがとうございました。