何処とも知れぬ暗がりの中、少女がひとり、二羽の鳥と “話し込んで” いた。
 一羽は大型、もう一羽は小型の鳥。二羽に共通しているのは、どちらも暗がりに溶け込むような黒い色をしていることだ。

「クロウレディ、作戦はどうなった?」
「はっ。ゴールデンバット様は……失敗いたしました……」

 少女の問いかけに、大きい方の鳥が答えた。

「失敗しただと? 奴の攻撃能力は『ネオ虎の爪』の中でも最強クラスの筈だが……そうか、失敗したというのか。憎っくき生田家の連中を警察に逮捕させるだけの作戦を」
「自信過剰で怒りっぽい性格が災いしたようです。スウィートハニィたちにあっさりと見破られ、怒りに任せて攻撃に出た挙句に――」
「やられたというのか」
「御意」

 鳥――クロウレディの返事に、少女はその愛らしい口許を歪めた。

「くやしいが、このまま小出しに怪人を繰り出しても、各個撃破されるばかりということか。ある程度の戦力が揃うまで、『スウィートハニィ抹殺計画』を修正しないといけないかもしれんな……」
「は?」
「なんでもない。……それにしても、いつまでもこの移動基地では窮屈だな。新しい基地の整備はどうなってる? ブラックピジョン」

 少女は、もう一方の影に声をかけた。

「はっ、明日には機材搬入が完了します」
「よし、当面基地の完成に全力を注げ。完成後に残った怪人どもを集結させるのだ……そして計画通りスウィートハニィをおびき寄せ、一気に叩くっ!」
「「はっ!」」

 ぐっと拳を握り締め、檄を飛ばす少女。

「ところでクロウレディ、指輪の複製はどうなってる?」
「Dr.シマムラによると、やはりオリジナルがないと無理だと」
「あの資料の写しだけではできんのか?」
「はっ、情報が不十分だそうです」
「くっ……生田教授は古代バビロンの超科学の全てが記された粘土板の解読に成功した筈だ。だからあの指輪が存在する。完全な形の資料さえあればいくらでも指輪を作れる筈だが、どうしても完全版は見つからなかった」

 暗がりの中、両手両脚を組んで考え込む少女。それを見たクロウレディが進言する。

「シスター・ミク、気になることがあります」
「申してみよ」
「スウィートハニィと一緒に、ゴールデンバットと戦った少女のことです」
「一緒に戦った少女?」
「はい、おかしな言葉遣いの少女ですが、奇妙な武器を使います」
「奇妙な武器だと?」
「はい、人間が『ハリセン』と呼んでいる武器です」

 次の瞬間、少女の目が点になった。

「武器? ハリセンがか? ……こけおどしに過ぎんだろう」
「しかし、その少女は何も無い空間からハリセンを自在に取り出し、武器や防具として使っているのです」
「……!? 自在に、だと?」

 その目が暗がりの中で、きらりと光った。

「その娘の名前はわかるか?」
「はっ、マリア……桜塚マリアと申しておりました」
「桜塚? ……ということは、あの男の娘かっ!」
「あの男とは?」
「……まあいい。よし、クロウレディ、桜塚マリアも合わせて監視しろ」
「はっ!」
「しかしこのままでは腹の虫が収まらん。何か手を打てんものか――」

 少女の呟きに、クロウレディが言葉を続ける。

「シスター・ミク、『レッドバクスター』に命じてみては如何でしょう?」
「なるほど、あの夢使いにスウィートハニィを翻弄させるか」
「御意」
「よかろう。だがもし危なくなったら必ず撤退させるのだ。これ以上戦力を失う訳にはいかん」
「ははっ!」





戦え! スウィートハニィU

番外編「スウィートシスターズ見参よ!」

作:toshi9





「……見たいものだ」
「え?」

 突然頭の中に響いた声に眠りを妨げられた蜜樹。
 だが、目を覚ますと、そこは真っ暗闇の中だった。
 しかもベッドの中で眠っていた筈なのに、どうやら立っているようだ。おまけに着ている服の感触はパジャマではなく、制服のようだ。

「ここは……何処?」

 きょろきょろと周りを見回すが、闇の中には何も見出せない。
 だが……

 ぞくりっ――。

(……先生っ!)
「うん、誰かに見られてる……」

 自分に向けられた刺すような視線を感じて、蜜樹は拳を握りしめて身構えた。

「……この殺気、うかつに動いたら殺られる」
(気をつけてください先生……妙な気配がします……)
「うん」

 その時、ふいに周りが明るくなった。
 蜜樹の立っていた場所は、古い遺跡の神殿を思わせる石像の並んだ、大広間だった。
 目の前には祭壇に向かって石段が伸びている。
 そして背後には、巨大な石柱で挟まれた重厚な扉――

 ギギギギギ……ッ――

 突然、その扉が開く。
 その音に振り返った蜜樹は、思わずすっとんきょうな声を上げた。

「ま、マリア、ちゃん?」
「あれ? ハニィもここに? どうしてあたしたちここにいるんだです? ここは何処なんだです?」

 不思議そうにキョロキョロと左右を見回しながら、広間の中に入ってきたのはマリアだった。
 蜜樹に気がついて、あわてて駆け寄ってくる。

「さあ、あたしもよくわからないの。気がついたらこの広間に立っていて……まさか『ネオ虎の爪』の仕業!?」 

 鋭い目つきで注意深く広間を見回す蜜樹。
 と、その時広間に妖しげな女性の声が響き渡った。

「あははは、スウィートハニィ、我が夢幻界にようこそ」
「誰っ!?」
「――ですぅっ!?」

 スポットライトが祭壇を照らす。
 そこには蜜樹とマリアを威圧するように見下ろす、一人の女怪人が立っていた。

「我が名はレッドバクスター。お前たちはこの夢の中で、永遠にもがき苦しむのだ」
「何をっ!!」
(先生、やりましょう!)
「よし、いくぞ……ハニィ、フラァッッシュッ!!」

 蜜樹は指輪に手を当てて叫んだ。
 そのまわりの空気が眩く光り輝き、その中で蜜樹の着ていた制服が粉々になる。
 一瞬、裸になる蜜樹。だが、輝く光の粒が彼女の身体にまとわりつき、新しい服が形成されていく。
 下半身は黒いスパッツで覆われ、両手と両足を白い手袋とブーツが包み込む。同時に上半身全体を赤い生地が覆っていく。
 そう、彼女の見事なボデイラインを浮き出させたそれは、赤いレオタード様のバトルスーツだった。

「さあ、マリアちゃんもっ」
「……え? わ、わたしもかですぅ!?」
「叫ぶのよっ、マリアちゃん!」
「えっ? う、うん、ま――マリアッ、フラァッッシュッ!!」

 マリアの叫びに呼応するかのように、髪飾りがキラキラと輝き出す。
 同時にまわりの空気が眩く光り輝き、その光の中で、マリアの着ていた制服が粉々になる。
 一瞬、裸になるマリア。だが、輝く光の粒が彼女の身体にまとわりつき、新しい服が形成されていく。
 下半身は黒いスパッツで覆われ、両手と両足を白い手袋とブーツが包み込む。同時に上半身全体を赤い生地が覆っていく。
 そう、輝きの後、マリアはハニィと全く同じレオタード様のバトルスーツ姿に変身していた。

「えっ? は、ハニィ、この格好……」


見参、スウィートシスターズ!(illust by MONDO)



 蜜樹に促されるまま変身してしまったこともさることながら、自分が蜜樹と同じバトルスーツを着ているのに気がついたマリアは、恥ずかしそうにもじもじと身をすくめた。

「恥ずかしがっている場合じゃないわマリアちゃんっ。さあ、あたしと一緒にあの怪人を倒しましょうっ」
「は、はいですっ」

 キッと怪人を睨む二人。
 蜜樹の手にプラチナフルーレが握られ、同時にマリアが巨大ハリセンを構える。

「レッドバクスター、夢の中にあたしたちを閉じ込めようなんて、100年……いいえ1000年早いわっ!!」

 怪人――レッドバグスターにびしっと指を突きつける蜜樹……いや、スウィートハニィ。

「あなたの企み、あたしたち『スウィートシスターズ』が打ち破るっ!!」
「え? ハニィ、『スウィートシスターズ』って?」

 マリアの問いかけに、ハニィはぺろりと舌を出した。

「突然閃いて……誰かが囁いたような気もするけど……いいからいいから。やりましょう、マリアちゃん!」

 階段を一気に駆け上がるハニィとマリア。

「こしゃくなっ! 我が『夢幻地獄』を思い知るがいいっ!!」

 怪人が手をさっと振った。すると、二人の周囲の空間がぐるぐると回りだし、広間がねじれ、天井と足元が逆転する。

「う、ぐぅぅ……」
「く、くるしい……」

 平衡感覚を失い、蜜樹は階段の途中でプラチナフルーレを杖にして片膝をついた。マリアも両手両膝をついて、息を荒げる。

(先生、このままでは駄目です……一気に決着をつけましょうっ)
「わかった。マリアちゃんジャンプできる? ここからジャンプしてあいつをぶっ叩くわよっ!!」
「はい……ですっ!」
「上等っ。いっけぇえええっ!!」
「いくですぅぅぅっ!!」

 レッドバクスターに向かって、同時にジャンプするハニィとマリア。

 バシッ!! ドカッ!!

 くるりと空中で回転した二人のプラチナフルーレとハリセンが、左右から交差するように怪人にヒットした。

「ぐはっ!」

 レッドバクスターはエックス状に胴体を切り裂かれる。

「くそっ、この夢では妄想力が…………おっ、覚えておれっ!」

 苦しそうに傷跡を押さえたレッドバクスターは、ゆらりと姿をゆらめかせると、そのまま消えてしまった。

「やったね、マリアちゃん」
「はいですっ。……でもハニィ、なんだかおかしくないですか?」
「え? おかしい?」
「どうして私たち、変身できるんです?」
「……そう言えばそうね」

 勝利を喜んだものの、何だか様子がおかしい。
 考えてみると、まず自分の叫んだ変身のキーワードがおかしい。それに何も考えずに変身したが、そもそも指輪は壊れたままのはず。
 なのに、蜜樹の指にはキラキラと光を反射するあの指輪が、その存在感を示していた。

「どうして指輪が!?」

 その時、突然二人の前に桜塚教授が現れた。

「見事だったぞ、マリア」
「お、親父ぃ!? どうしてここに?」
「まさか髪飾りにそこまでの能力があるとは……父は嬉しいぞっ」
「あいつの言ってた『この夢』って……まさか、ここって親父の夢の中ぁ?」
「私の夢? 私は気がついたらここでお前たちの活躍を見ていたのだ。何も知らんぞ」
(あの怪人、桜塚教授の夢を使ってあたしたちを陥れようとしたんじゃないですか? でも、あいつの思い通りにはならなかったようですね)
「そうか、それじゃここは桜塚教授の夢の中なんだ。指輪が修復しているのも、マリアちゃんが変身できるのも、全ては桜塚教授の妄想ってわけか。でもどうやってここから脱出すれば……」

 考え込む蜜樹。
 一方のマリアは、わなわなと肩を震わせていた。

「まあとにかくだ、マリアも変身できるようになったことだし、これからも、ふたりそろって正義の戦士として活躍――」
「く、くぉの、変態おやじ〜〜〜っ!!」

 嬉しそうに話す桜塚教授だが、その頭にマリアのスーパーハリセンがヒットした。

 バッコ〜〜〜ンッ――!! 「おごっ!! ……えっ? はっ!?」

 次の瞬間、桜塚教授はベッドから跳ね起きて、キョロキョロを辺りを見回した。

「……なんだ、夢か」

 残念そうに呟き、そして、にやりと男臭い笑みを浮かべる。

「だが、まさか夢の中でマリアのバトルスーツ姿が見られるとはな。……うむ、やはりよく似合う。これは何としてもこのカメラに納めないといかんな」

 ベッドから起き上がった桜塚教授は、サイドボードに置いた愛用のニコンF3を手に取ると、夢の中の『スウィートシスターズ』の活躍を幸せそうに思い返した。



 だが、後日これが正夢になろうとは、この時桜塚教授も、そして蜜樹やマリアも知る由もなかった。



(番外編終わり)