(前回のあらすじ)
パンツァーレディの手から指輪を取り戻した光雄は、再びスウィートハニィへと変身した。
そして指輪とともに彼の中に戻ってきた初代ハニィ・生田蜜樹と、監禁されていた彼女の父親・生田賢造から過去に何が起きたのかを聞かされる。
ハニィのこと、パンツァーレディのこと、生田家の悲劇、そして『虎の爪』とシスターの正体。
二人から聞かされた事実に衝撃を受けながらも、光雄は賢造を伴って生田生体研究所を脱出しようとした。しかし庭に飛び出した一行を後ろから呼び止める声が上がる。振り向いたハニィたちの目の前にはパンツァーレディが氷のような殺気を発しながら立っていた。
「今度こそ逃がさないわよ、ハニィ。シスターからのご指示だ、必ずここであなたを仕留める」
「「パンツァーレディ!」」
「奈津樹!」
スウィートハニィとパンツァーレディ、三度目の対決が今始まる。
戦え!スウィートハニィ
第9話「激闘、そして……」
作:toshi9
広い庭の真ん中で肩に抱えた賢造を芝生に下ろしたハニィは、賢造とシャドウガールを背中に庇うようにパンツァーレディと対峙した。一方のパンツァーレディは、じっと腕組みをしたままハニィを睨んでいる。
睨み合った二人は、まるで時間が止まってしまったかのように動かない。
「出口まであと少しだったが、やはりすんなりと脱出させてはくれないか。さてどうする。賢造さんを担いでこのまま走るか。……いや、無理だな。あのパンツァーレディの殺気じゃとても逃げられない。ここでやるしかないのか」
(先生、あたしはもう大丈夫。もう光の剣から逃げやしない。今度こそパンツァーレディと決着を付ける!)
「そうだな、彼女に勝たなきゃここから逃げられそうにないな。でもこの間は全く歯が立たなかったし、果たして勝算はあるのか? それにシスターに操られているとは言っても、彼女はハニィのお姉さんなんだろう。例え互角以上に戦えたとしても、この剣で彼女を傷つけるなんてできないじゃないか」
プラチナフルーレを構えてパンツァーレディを睨みながら、心の中で光雄とハニィは話し続ける。
(勝算ならあるわ。指輪を嵌めたパンツァーレディの中で目覚めた時にわかったの。パンツァーレディの弱点は胸元よ!)
「胸元? どういうことだ」
(胸元に埋め込まれた制御装置がパンツァーレディの超能力を発動させているの。それと同時に奈津樹姉さんの意識を封印して、その代わりにあの体にパンツァーレディとしてのパーソナリティを与えているの。制御装置の機能を停止させられれば、パンツァーレディは元の奈津樹姉さんに戻るかもしれない)
「胸元って、そうか、あの傷跡はその手術跡だったのか」
(先生、見たんですか?)
「ああ、最初に学校で戦った時に偶然見たんだ。だが機能を停止させるって、彼女の肉体に埋め込まれた装置を破壊するってことか? そんなことをすれば例え君の姉さんをその装置の呪縛から解放できたとしても、彼女の体も傷つけてしまう。そんな……無茶だ」
(制御装置だけを狙って、あそこにプラチナフルーレの剣先を打ち込むの。そして装置の機能を停止させれば、姉さんの体へのダメージは最小限に抑えることができると思うの。確かに胸元の小さな一点だけを狙うのは難しいかもしれない。でも先生、先生ならできるわよね)
光雄は一瞬、自分に話しかけているハニィが目の前に立って微笑んでいるような気がした。
「簡単に言ってくれるね。でもそれができれば彼女を救うことができるかもしれないんだな」
(……うん)
「よし、わかった。やってみるよ。胸元の一点狙いだな」
プラチナフルーレをひゅっと振るハニィ。
「シャドウガール、お父さんを頼んだわよ!」
後ろを振り向きもせずに、ハニィはシャドウガールに叫んだ。
「わかったニャ、あたしにどんと任せるんだニャ」
背後から返ってきたシャドウガールの言葉にハニィは一瞬ふっと微笑みを浮かべたものの、すぐに唇をかみ締めた。
「パンツァーレディ! 勝負!」
「ええ、決着を付けましょう、ハニィ」
パンツァーレディが右手を頭上に差し上げると、ぼっとその手の平に一筋の光が浮かび上がり、それは一気に輝いていった。
「光の剣! 大丈夫か? ハニィ」
(大丈夫よ、先生。あたしもう逃げない。一緒に戦いましょう!)
「さすがハニィだ。よし、いくぞパンツァーレディ!!」
「おう!」
両手で握ったプラチナフルーレを横一文字に構えると、ハニィはパンツァーレディに向かって駆けた。
「てやぁああああ!」
「ふっ、相変わらず単調な攻撃ね」
その時突進するハニィのプラチナフルーレが輝き始めた。
ハニィはその剣をパンツァーレディに向かってなぎ払う。
光の剣を持った右手と左手をだらりと下げたパンツァーレディは、体を軽く捻ってそれをかわそうとした。
「なに!?」
しかし、ハニィの剣先はパンツァーレディの胸元に達していた。彼女の服が切り裂かれ、胸元から服の切れ端がはらりと垂れ下がる。
「馬鹿な、この私が見切れなかっただと!?」
振り向き様に構え直した剣を、今度は袈裟懸けに振り下ろすハニィ。それを光の剣でかろうじて受け止めるパンツァーレディ。
バチィ、バチィ
二度三度と二人の剣が交わる。そしてその度に光り輝く二本の剣の間で激しく火花が飛び散る。
最初の戦いでは簡単にかわされていたハニィの剣だが、今やその剣筋は全て正確にパンツァーレディの体に届いていた。
「くっ、どういうことだ。それにあの剣はなんだ!」
初めは余裕を持っていたパンツァーレディも、何度もハニィの剣を受け止めているうちに様子がおかしいことに気が付いた。
ハニィの動きが全く違う。
そう、ハニィの動きは以前に比べ格段に良くなっているのだ。
その時光雄は彼の中のハニィと一緒に戦っていることを実感していた。
スウィートハニィは確かに今までパンツァーレディに全く歯が立たなかった。だが学校での戦いは光雄一人だけでパンツァーレディに立ち向かった戦いだった。昔ハニィが倒された時は蜜樹一人でパンツァーレディに挑んだ戦いだった。そのいずれも一人だけの戦いだ。
だが今パンツァーレディと戦っているハニィは一人ではない。パンツァーレディに立ち向かおうとする光雄と蜜樹の意志は完全に一つになっていた。そのためにハニィの能力は二倍にも三倍にもなっていたのだった。
プラチナフルーレが光り輝き始めたのは、二人の気持ちが一つになった証しだ。
今やハニィのスピードも力も完全にパンツァーレディを凌駕していた。
『一人ひとりは小さな火でも、二人合わせれば炎となる』
昔聞いたそんな言葉をふと思い出しながら、光雄は今の俺たちがまさにそうだなと思った。
剣を振るうたびに体の中から力がみなぎってくる。
パンツァーレディの動きが緩慢に見えてくる。
自分は今ハニィと一緒に戦っている。
光雄ははっきりとそれを感じていた。
一方のパンツァーレディの動きは剣が交差する度に余裕が無くなり、いつしかハニィに押され始めていた。
パンツァーレディの表情からは既に余裕が消え失せ、そこには焦りの色さえ浮かんでいる。
「な、何故だ、何故この私が押されている」
「あたしは今までのあたしとは違う! パンツァーレディ、今度こそ負けない!」
「くっ! こうなったら!!」
パンツァーレディの光の剣がボール状に大きく膨らみ始めた。
「おっと、その手はもう食わないわよ」
ハニィはその場にしゃがみ込むと、庭の砂を掴んでパンツァーレディに投げつけた。
「ぎゃぁ! 目が、目が」
砂が目に入り、パンツァーレディは両手で顔を覆って叫び声を上げた。と同時に光の剣は消失してしまった。
「パンツァーレディ、覚悟!」
ハニィは光り輝くプラチナフルーレを両手に持ち替えると真一文字にその剣先をパンツァーレディに向けた。
(先生、お願い)
「胸元の一点狙いだな」
(はい!)
「よし! うぉおおおおお!」
パンツァーレディの胸元に向けてプラチナフルーレを突き出すハニィ。その剣先が顕わになったパンツァーレディの胸元の傷跡を正確に突いた。
バチバチィ
剣先が胸の傷跡を突いた瞬間、そこから大きな火花が上がる。
シュウシュウ〜
その途端に眼から意志の光が失せ、動かなくなるパンツァーレディ。
「よし!」
(……姉さん)
ハニィはプラチナフルーレを投げ捨てると、棒立ちになったパンツァーレディの体を揺すった。
「お姉さん、しっかりして!」
「……………………」
しかしパンツァーレディは目を閉じてがっくりと膝を折ると、その場にばたりとうつ伏せに倒れこんでしまった。慌ててハニィが抱き起こすと、開いた傷跡から血が滲み出している。
「……駄目だったのか」
(姉さん、ごめんなさい、ごめんなさい……)
「くそう、こんなことって」
動かないパンツァーレディの体をぎゅっと抱きしめるハニィ。その体も震えていた。
だが、その時ハニィの背後で戦いの成り行きを見守っていた賢造が叫んだ。
「いや、奈津樹は無事だぞ!」
そう、ハニィに抱き締められた瞬間、パンツァーレディの指はぴくぴくっと動いていた。
やがて赤く染まっていた髪の毛が少しずつ茶色に変わり始め、彼女の表情は険のない穏やかなものになっていった。
「姉さん、姉さん、しっかりして」
奈津樹を抱き上げて必死で呼びかけるハニィ。
「ん……うーん、み……みつき。あなた蜜樹よね」
「そうよ、姉さん大丈夫?」
「え、ええ、何か長い夢を見ていたよう。蜜樹と戦う夢、蜜樹をこの手で殺してしまう夢、いろんな人を不幸にしていく夢、いやな夢……」
「姉さん、忘れましょう。もう大丈夫だから、ゆっくり眠って」
(姉さん、ああ、あああ、良かった、元の姉さんだ。奈津樹姉さんだ。先生、ありがとう先生)
「でも……でもあれは夢じゃない。あたしが見てきたのは全て現実……」
うわ言のように呟き続ける奈津樹。
「蜜樹……蜜樹……」
「なあに? 姉さん」
「蜜樹、お母さんを……お母さんをあいつから取り戻して、お願い」
「あいつって、井荻恭四郎?」
「そう井荻恭四郎、あたしの同級生……だった。今はシスターと名乗っているあいつ、あれは見た目はお母さんだけれど、中身は恭四郎。お母さんの体があいつに乗っ取られている。何ておぞましい」
「でもどうすればいいのか」
「父さんが閉じ込められていた地下の牢獄の右隣の部屋、そこに恭四郎の本体が眠っているわ」
「本体?」
「そう。あいつの意識は自分の体を離れてお母さんの体を乗っ取っているけれど、元の体は安全なその場所に隠してあるの」
「そうか、恭四郎の本体を叩けば、あいつの意識はシスターの、いいえ、お母さんの体から離れるという訳か……それであの時あそこで戦おうとしなかったのね」
「そう、そういうこと。あいつの体はその部屋の中でどんな衝撃にも耐えられるという特殊ガラスで守られているけれど、それさえ破れば無防備なはず。それにしても恭四郎があんな怖ろしい奴だったなんて」
「姉さん、もういいから喋らないで」
話し続ける奈津樹を制止するハニィ。だが奈津樹は呟き続けていた。
「ちょっと変わっていたけれど、あたしたちは気が合ってた……あたしはそう思っていた。だからうちの研究所を見たいって言うあいつをここに連れてきて……研究所のみんなと仲良くなってあたしも嬉しかったのに……あたしに近づいたのは、うちの研究所に入りこむ為だったの。
あいつがそのうち研究所でおかしな行動を取り始めていたのはは知ってたわ。でもぱたっと姿を見せなくなった時、まさかあいつが母さんの体に乗り移っていただなんて考えもしなかった。
あいつは母さんのふりをしてあたしに言ったわ。「この地球に平和な世界を築きましょう」って。そしてあたしはあいつに言われるままに手術を受けた。でもそれは全部あいつの陰謀だったわ。気が付いた時、あたしはあいつの忠実な幹部パンツァーレディに仕立て上げられてしまっていた。母さんの姿をしたあいつが母さんじゃないってことを知った時にはもう遅かった。だって……だってあたしはあいつの言うことに嬉々として従う人形に成り果てていたんだもの」
「姉さん……」
「いろんなことをやらされた。くやしかった。おぞましかった。でも何もできなかった。
あたしの体はいくらあたしが泣き叫んでも、最早あたしの言うことを聞いてくれなかったわ。あたしにできたのは泣きながらただじっとパンツァーレディの目を通してそれを見ているだけ」
奈津樹は破壊された装置が覗く開いた傷跡を抑えながら、息苦しそうに話し続けた。
「奈津樹、もう喋るな、無理をするんじゃない。私が手術してその機械を取り除いてやる。元の体に戻るんだ」
賢造もシャドウガールの肩を借りて奈津樹の傍らに歩み寄っていた。
そして何かを掴もうとするかのように指を動かしていた彼女の手をぎゅっと握り締めて彼女に語りかけた。
「父さんありがとう。でもあたし父さんにもひどいことを……」
「お前じゃない。全てはパンツァーレディがやったことだ。そしてそのパンツァーレディはもう消えたんだ」
「うん」
賢造の顔を見てにこっと微笑む奈津樹の目から、涙がつつっとこぼれ落ちた。
「蜜樹、お願い、恭四郎を倒して。あいつの本体を叩けば、あいつは母さんの体から離れて元の体に戻る」
「わかったわ姉さん。地下室の父さんの監禁されていた部屋の右隣ね。シャドウガール、手伝ってくれる?」
「がってんだニャ」
「シャドウガール、あなたって時々変な言葉使うのね」
「ニャハハ、一度言ってみたかったんだニャア」
シャドウガールがおどけたように話すと、その場の雰囲気がちょっとだけ和んだ。
と、その時庭の通用扉が突然開いたかと思うと、一人の男が庭の中に飛び込んできた。
「副所長、よくご無事で」
「おう、君か。君こそよく無事でいてくれたな」
「はい、雑貨屋に身をやつして再起の機会を伺っておりました」
「あ、あんたは天宝堂とかの店主」
「はい、お久しぶりですね」
飛び込んできた男、それはあの天宝堂の店主だった。色眼鏡と地味な服装から年を取っているかと思いきや、さっと色眼鏡を外したその顔は意外と若く、そして凛々しい顔立ちだった。
「宝田輝一です。副所長の助手をしていました」
「そうだったんですか」
「すまなかったですね、あなたを巻き込んでしまって。でも店を訪れたあなたを見た時、そして何も知らずに指輪に目をつけてくれたのを知った時、この人はきっと力になってくれる、そんな予感があったんです。だから大事な指輪をあなたに託したんです。そしてその予感は当たったようですね」
「そうだな、宝田くん、君の目は間違っていなかったようだ。私も奈津樹も、そして恐らく蜜樹も救われたようだな」
「い、いえ、そんな」
ハニィはちょっとだけ照れたが、すぐに真顔に戻って言った。
「井荻恭四郎の本体を叩いてきます。そしてお母さんの体もあいつから取り戻しましょう」
「君に頼んでいいのか」
「当たり前でしょう、お父さん。あたしたちのお母さんなんだもの」
にっこりと微笑むハニィ。
(先生、お願いします。そしてあたしも一緒に戦う。先生と一緒に戦えることがわかったんだもの。お母さんを必ず取り戻す!)
ハニィはこくりと頷くと奈津樹の体を宝田に預け、すっくと立ち上がった。
「さあ行くわよ、シャドウガール。宝田さん、奈津樹姉さんとお父さんをよろしくお願いします」
「はい。スウィートハニィ、お願いしますよ。この場は私に任せて行ってください」
傷ついた奈津樹と賢造を天宝堂の店主……もとい宝田輝一に託し、ハニィはシャドウガールと共に再び建物の中に飛び込んでいった。
地下室に駆け下りると、ハニィは牢獄の右隣の部屋のドアを蹴破った。
「あった!」
その部屋の中央にはガラス張りの棺のような箱が静置されていた。その中には一人の男が眠ったように横たわっている。
「あれが井荻恭四郎の本体か」
棺に近寄ろうとするハニィ。しかし突然それを制止する声が上がった。
「待ちなさい!」
「誰だ」
ハニィとガラスの棺の間に突如として黒いドレス姿の女性が姿を現した。
「お前は」
(母さん、いいえ……)
「シスターだニャ!」
「よくも私の傑作を台無しにしてくれたね」
「傑作?」
「パンツァーレディは私が作り上げた最高傑作、それをお前はぶち壊しにしてくれた」
「パンツァーレディ、いいえ奈津樹姉さんはお前の道具じゃない! お前、何様のつもりだ」
「私はシスター、ふふふ、この世界を一つに統べる女王になる者さ。この世界の人間は全て、美しいこの私の元にひれ伏すのだ」
「黙れ! 井荻恭四郎!」
「ほう、そこまで知っていたか」
「この世界はお前一人のものじゃない。人間は道具じゃない。一人の人間が支配しようなんて、お前は間違っている」
「いいや、愚かな人間は正しく導いてやる者がいなければ、いつかこの地球を駄目ににしてまう。だからこの私が導いてあげるのさ。」
不敵に笑うシスター、その顔は邪悪な美しさに満ちていた。
(お母さん、お母さんがこんな表情を、いやっ)
「そんなことさせはしない。このスウィートハニィがお前を倒す」
「お前にできるかな? 母の体を持つ私を倒すことが」
「ふん、お前の後ろにあるガラスの棺、それをぶっ壊せばいいんでしょう」
その言葉にさっと顔を蒼ざめるシスター。
「世界を統べるためにその指輪が必要だが、貴様をそのままにしておくわけにはいかないな、スウィートハニィ」
「なにを!?」
「ふむ、そうだな、貴様にはこれからパンツァーレディの代わりをしてもらうことにしよう。お前は私を倒すんじゃない。私を守る為に働くんだ」
そう言いながら、シスターの目が妖しく光る。
その目を見ているうちに、ハニィの意識は段々ぼんやりしてきた。
「しまった! あの目は……あの目を見たら……駄目……だ……でも……」
にやりと妖しく笑うシスターの姿がぼやけてくる。そしてハニィの目の前の景色全体が霧が掛かったように真っ白になっていった。
「蜜樹! 蜜樹!」
突然誰かに呼ばれてはっとするハニィ。
誰だあたしを呼ぶのは、あたし何をしていたんだったっけ。蜜樹? 蜜樹ってあたしのこと? そうだったっけ? そうだったような気がする。でもちょっと違うような気も……。
「どうしたの蜜樹、ぼんやりして」
「え? あの、たった今何かとっても危ないことが起こったような気がして。あの、あなたは……」
「蜜樹ったら夢でも見ていたんじゃないの? あたしのこと忘れちゃったなんて言わないでね」
白い霧が晴れると、自分に話しかけている人物の姿がはっきりしてきた。ハニィの目の前には白いカチューシャと白いエプロンを付けたメイド服を着た女性が立っていた。よく見ると自分も彼女と同じデザインのメイド服を着ている。
この人は……そうだ思い出した。でも何かが違う。それにどうしてあたしたちはこんなメイド服を着ているんだっけ?
「あの……あなたは奈津樹姉さん……だよね?」
「そうよ、蜜樹ったら、今更なに言ってるんだか」
「姉さん、そうだ姉さんだ、元気になったのね」
奈津樹に抱きついてハニィはその胸に顔を埋めた。
「ええ、あなたのおかげよ。ありがとう、蜜樹」
自分の胸に顔を埋めるハニィの頭を奈津樹はやさしく撫でた。
「姉さん、奈津樹姉さん、本当に良かった」
うれしい、あたしは奈津樹姉さんとまた一緒に暮らせるんだ。昔の平和な日々が戻ってくるんだ。
……ああ、幸せ、ずっとこのままこうしていたい。
奈津樹の胸の柔らかい感触がハニィの頬に伝わる。
ハニィは今、体全体を優しさに包まれたような幸福感を味わっていた。
顔を上げたハニィの目からは幾筋も涙がこぼれ、奈津樹の胸を濡らしていく。
「でもあたしたち、どうしてこんな格好を? これってメイドの格好でしょう」
「何言ってるの、蜜樹。あたしたちはシスターに仕えているんでしょう」
「シスターって……誰だったっけ……そうだ、お母さんだ!」
「そうよ。シスターはあたしたちのお母さんよ。あたしたちは世界平和の為にシスターとなって立ち上がったお母さんのために働いているのよ」
「そう……だったっけ?」
「そうよ。でもこの世界にはお母さんが邪魔な人間がいっぱいいるの。そんな奴らから綺麗なお母さんをあたしたちが守ってあげるの」
「う、うん、そうだね」
「でもあたしはもう駄目なの。こうして体は治ったけれど体はもうがたがた。お母さんを守れないの。だから蜜樹、今日からあなたがあたしの代わりにお母さんを守るのよ」
「はい!」
力強く答えるハニィ。
「蜜樹、あたしのかわいい妹、さあ、変身しなさい。そしてずっとお母さんを守ってね、
うふふふふ……」
そんな言葉を残して奈津樹の姿がゆらりと消える。
そうだったっけ、あたしは奈津樹姉さんと一緒にシスターにお仕えしてたんだっけ。
シスターは……そう、シスターはお母さんなのよね……姉さんと一緒にお母さんを守る。お母さんのために働く。それってなんて幸せなことだろう。
世界平和の為に。
そうだ、世界の平和の為に働くシスターをあたしは守るんだ。
「守るんだ……あたしが守るんだ」
焦点を無くした目で呟くハニィ。それを見ていたシスターは満足そうにハニィに命令した。
「さあスウィートハニィ、今のあなたに相応しい姿に変身しなさい」
「……はい、シスター」
「ハニィ、どうしたんだニャ?」
シスターと対峙していたハニィは、ぼんやりした目で指輪を胸に当てて叫んだ。
『みつお・フラァッッシュ!』
ハニィの体が光に包まれる。脚をぴったりと包む黒いタイツと白いブーツが白いストッキングと黒のハイヒールに変わっていく。白い手袋が消え、赤いバトルスーツからはふわりとスカートが広がり、ノースリーブの肩から二の腕にパフスリーブ状の袖が伸びていく。服の色が赤から黒に変わり、その肩からスカートに白いエプロンがかぶさっていく。首元を白い襟とリボンが包む。そして赤い髪の上には白いカチューシャが出来上がっていた。
それは夢の中で奈津樹と蜜樹が着ていたメイド服そのものだが、右手に握られたプラチナフルーレは、その輝きを失っていた。
「シスター様のお命、メイドハニィがお守りします。世界平和の為に」
「うふふふ、頼むわよ、ハニィ。そうね、一緒にこの世界を平和な世の中にしましょう」
「はい!!」
シスターの前で嬉しそうに答えるメイド姿のハニィを、シャドウガールはただ呆然と見ているしかなかった。
(続く)