俺の名前は藤丸和也。17歳の高校二年生、藤丸家の一人息子だ。藤丸家はじっちゃんまでは代々忍者の家系だったらしいけれど、親父はごく普通のサラリーマンをしている。
ところがお盆前のある日、突然田舎からやってきたじっちゃんから、俺は藤丸家に代々伝わるという奥義「陰画移し」を伝授された。それは写真に撮った人物の姿に変身できるというもので、俺は早速隣りに住んでいる幼馴染の風野麻美に変身すると、数日間麻美としての生活を楽しんでしまった。
その後再び麻美に成りすました俺は、ホテルのプールでアイドルの近藤詩織ちゃんの陰画もゲットした。翌日早速詩織ちゃんに成りすまして、テレビ局に潜り込んでみた。でもおかげで歌番組の収録や、水着グラビアの撮影までさせられることになってしまった。
もう、あんな恥ずかしい思いはたくさんだ。でも――
……そう、詩織ちゃんとして体験したいろいろな出来事は、俺の中に何かを残していた。
奥義3
作:toshi9
「うーん、どうしよう……」
部屋の床に座り込んだ俺は、腕組みしながら唸っていた。
目の前には、6枚の写真が並べてある。今までにゲットした、麻美、クラスメイトの田端千秋、栗山秀美、池山明子、そしてアイドルの近藤詩織ちゃんと西野さやかちゃんの写真だ。
今度は誰に成りすましてみようか……
誰ににしようか、悩むよなぁ。
麻美にはもう2回成りすましたし、詩織ちゃんもこの間体験したばかりだから、まだ変身してない残りの4人の中から選ぶべきだよなぁ。
とは言っても、千秋も秀美も明子もタイプは違ってみんなポイント高いし、さやかちゃんにもなってみたいよなあ……あの鈴のような声が俺のものになるかと思うと、考えただけでぞくぞくしてくるし。
でも、やっぱり麻美や詩織ちゃんだって捨てがたいよなぁ……うーん、悩むぜ。
これを贅沢な悩みと言っていいいのだろうか? とにかく俺はうんうんと唸り続けていた。
そうだ、よく考えてみればゆかりさんも撮っておくとよかったよなぁ……
チャンスはあったのにうっかりしていたぜ。あれが大人の魅力ってやつだよなぁ……あんな大人の女性にもなってみたいよなぁ……
思考が脇道に逸れはじめて、俺はぷるぷる頭を振った。
いつまでもなにやってんだか……
「よし! 決めたっ!」
俺は一枚の写真を取り上げた。それはタンクトップとスリムジーンズ姿でVサインをしている、栗山千秋の写真だ。170cm近い長身で均整の取れたプロポーションの彼女は、俺が撮った女の子たちの中では一番大人っぽい。
「今日は千秋でいってみるとするか……奥義いくぜ!」
俺は両手で印を結ぶと、写真に映っている千秋の姿に精神を集中した。
すると体が徐々に小さくなり始める。やがて写真に映った秀美と同じ大きさになると、俺は写真に向かって飛び込んだ。
そして、自分の体が完全に変わっていることを確かめると、気合を入れて写真の中から飛び出した。
出てきた俺は最早元の俺の姿ではない。十字に組んだ腕を大きく広げて元の大きさに戻ると、俺はすっかり写真に写った千秋そのままの姿になっていた。
これが奥義「陰画移し」だ。
「成功成功。千秋、今日はお前をやらせてもらうぜ。……ふふっ♪ さて、この姿でどこに行ってみようかな……うぉっと!」
腕組みした俺は、二の腕を押し返してその存在感を主張している自分の胸にびっくりした。
「詩織ちゃんも華奢な体の割に大きかったけど、千秋の胸もなかなかだよな……」
タンクトップの胸元を広げて中を覗き込んだ俺は、薄手の生地越しに、両の手のひらをその大きな胸にそっと添えてみた。
「や……やわらけ〜っ」
そう、それは硬さを残した麻美や詩織ちゃんの胸とは、また違う感触だった。
「ふふふっ、ココはどんなかな……っ♪」
俺は自分の下半身を窮屈に包み込んだスリムジーンズのボタンに手をかけ、ファスナーをおろすと、両手でゆっくりとジーンズを下げていった。
その中から、股間をぴちっと包んだ千秋のピンクのショーツが顔を覗かせた。
「千秋の……」
俺は恐る恐るその上に手を当てた。
滑らかなショーツの生地の手触りが俺をさらに興奮させる。だが手を動かしてみようとしたその瞬間、ドアの向こうで誰かが俺を呼んだ。
「和也、いる〜?」
声と同時にドアを開き、麻美が部屋の中に入ってきた。げげっ……こいつ何時の間に、家の中に?
どうやら麻美は、俺が術を使っている間に、家に入ってきたらしい。
「え? なに? ち……千秋? どうしてあなたが和也の部屋にいるのよ? それに何て格好……」
麻美がきょとんとした顔で俺を見つめている。
そう、スリムジーンズを下ろして己の履いているショーツに手を添えた俺の――千秋の姿は、他人に見られるにはあまりにもタイミングが悪すぎた。
「あ、あ、……あ、あら、麻美っ。……え〜っと……あ、あたし、和也くんに呼ばれて、ここに来たんだ、けど……そしたら……」
「…………」
俺は慌てて声を変え、なんとかこの場を取り繕おうとした。だが、麻美の表情はどんどんと険しくなっていく。
「違う……その喋り方、千秋じゃない……そうか、和也ねっ。またあのおかしな術使ってるんでしょっ! 今度は千秋に化けるなんて、あんたって人は……っ!」
ぶるぶると震えだす麻美。俺は千秋の姿のまま、あわてて両手を振った。
「あ、麻美……ち、違うんだっ。時々術を使わないと、忘れてしまいそうなんで、それで……」
「見え透いた嘘はやめなさいよっ、この変態っ!」
「変態? 違う、俺は変態じゃないっ(――って言ったって、今のこのありさまじゃあ全く説得力ないよな……)」
「何言ってるのよっ! 男のくせに女の子に化けようとするなんて、変態そのものじゃないっ! 和也のばかっ! 早く元に戻れっ!!」
「わ、わかった、わかったよ……」
麻美の剣幕におされて、俺は変身を解いた。
俺の体から千秋の姿が、ぼろぼろと崩れ落ちるように剥がれていく。
「……ほら、元に戻ったぞ」
「全く……おじいさんったら、何であんたなんかにそんな術を教えたんだか。……それにしても、あんな優しそうなおじいさんが、まさか忍者だったなんて――」
「いや、俺も正直びっくりしているんだ」
「嘘おっしゃいっ! 自分の欲望のためだったら何してもいいんだなんて思っているんじゃないの!? ……全く、いやらしいんだからっ」
麻美はじと〜っとした目で、俺を睨みつけてきた。どうにも居心地が悪い。
「……ねえ、和也」
「え?」
「そういえば忍術って言ってたけど、どうやってあたしや千秋に変身したのよ」
「お前、怒ってるんじゃないのか?」
「怒っているわよ。あたしに化けて好き勝手した上に、今度はあたしの親友の千秋にも化けるなんて……いくら和也でも許せないわよっ!」
握り締めた両手の拳を腰に当て、前かがみ気味になってすごむ麻美。その背中に、ゆらっと炎のオーラが湧き上がった。
……げげっ! まずいっ!
「ま……待て! わかった、教える、教えるよっ。このデジカメで撮った写真の中に入り込んで、写真に写った姿と自分の体を重ね合わせるんだ。そしたらその姿をコピーできるんだよ」
「ふーん、それじゃあそのカメラで撮った写真に写っている人間になら、誰にでもなれるの?」
興味深そうに麻美が聞いてくる。……おっ、怒りのオーラが収まってきた?
「ま、まあそういうこと。だから今の俺は誰にでも変身できるのさ。たぶん動物にだって変身できると思う……まだ試していないけどな」
俺は少し誇らしげに答えた。
「ふーん、そんなちんけなデジカメでねえ……」
「ちんけとな何だよっ。俺の愛用品だぞ」
「はいはい……でも和也、千秋の写真なんていつの間に……って何よこの写真!? あたしと秀美に明子……それに、これってアイドルの近藤詩織ちゃんと西野さやかちゃんじゃない! この誰も写っていない写真は……そうか、これに千秋が写っていたのねっ」
床に目を落とした麻美が、並べられた写真に気づいた。
「それにしてもこの写真、あんたまさか……」
「おい、お前何を想像してるか知らないけど、誤解、誤解だよっ」
「何が誤解なのよっ。……没収っ!」
そう言い放つと、麻美は床に並べていた写真を全部かき集めた。
「ええっ!? 没収ってちょっと待てっ。折角撮ったんだ、返してくれよっ」
「だーめ、勝手にあたしに成りすました罰よ」
「頼むっ。苦労して撮った俺の宝物なんだから。お前に成りすましていたことは謝る。もうお前には変身しないからっ。……頼む、この通りっ」
両手を合わせて平謝りの俺。
その時、麻美が口調を変えた。
「……何でもする?」
「あ、ああ、俺にできることなら何でもするよ」
「あたしの言うこと、何でも聞く?」
「ああ、聞く聞く」
「そお〜」
麻美はにんまりと笑ったかと思うと、俺の持ったデジカメをひょいと取り上げた。
「お、おい? 麻美、何を……」
「うふふっ……このデジカメ、しばらくあたしが預かるわよ」
「は? どういうことだ?」
「デジカメと写真は後で返してあげる。その代わりに、今日一日あたしの言うことを聞くって約束する?」
「お前の言うことをか……?」
「いやならいいのよ〜。このデジカメ、窓から放り投げちゃおうかな〜」
麻美は窓を開けて、手に持ったデジカメを放り投げる仕草をした。
「待てええ〜っ! わ、わかったわかったっ! 言うこと聞くからそれだけは〜っ!」
「ふふっ、わかればいいのよ。……じゃあ、しばらくここで待っててねっ」
麻美はそう言うと、部屋を出て、トントントンと階段を下りていってしまった。
何をするつもりだ? 麻美の奴……
それから1時間ほどして、麻美が戻ってきた。
「さあ、撮ってきたわよ。早速プリントしてちょうだい」
「撮ってきたって、何を……」
「なんでもいいから、早くしなさいっ」
「わ、わかったよ」
下手に逆らったら、本当にデジカメを壊されそうだ。
メモリーを抜き取って部屋のプリンターでプリントアウトすると、麻美が撮ってきたのは子犬の写真と金魚の写真、そして小学生くらいの女の子の写真だった。
「さあ和也、選んで」
「選ぶ……って?」
「今日一日、和也はこのうちのどれかの姿になるの。そしてあたしの言うことを聞くの。そしたらこのデジカメと写真は返してあげるし、今までのことも許してあげる」
「何ぃっ?」
「さあ、選びなさいっ。一日子犬になってあたしのペットとして過ごすか、金魚になって部屋の金魚鉢の中で他の金魚たちと一緒にじっとしているか、それともこの子になってあたしと一緒についてくるか」
俺はそれぞれの写真を見比べながら、その姿になった自分を思い浮かべた。
子犬になって首輪をつけられて、ずっと麻美の横をついていく? ……いや、抱いてくれるのかな?
麻美のペットねえ……ちょっと面白そうだけど、それにしても犬なんてなぁ……
金魚? 本物の金魚に混じって金魚鉢の中にいてろだって?
冗談じゃないぜ、麻美の奴何考えているんだ。
まあ、俺への仕返しとしてはこれが妥当なんだろうが……こっちはたまったもんじゃないぜ。
この中で選ぶのなら、この小学生の女の子しかないよなあ。不機嫌そうな顔で写真に写っているけど、結構かわいいし。
顔を上げると、麻美は俺の心の中を見透かしたかのように、にやっと笑った。
「わかったよ。それじゃあ今日一日、この女の子の姿になるよ」
「ふふっ、やっぱりそれを選ぶと思ってた。この子になって、あたしの言うことを何でも聞く、いいわねっ」
「わかったけど、なんだ、結局そういうことなのか……」
「まさか子犬や金魚を選ぶわけないしね。……じゃあ和也は今から祐美ちゃんになって、今日一日あたしの妹として振る舞うのよっ」
「いもうと!? なんだよそれ? お前一人っ子だろうが」
「へへ……あたし、ずっと祐美ちゃんみたいな妹が欲しかったんだ。だから今日だけ、あんたにあたしの妹をやってもらうの」
「妹ねぇ……。そもそもこの子、誰なんだ?」
「あたしの従姉妹の安達ヶ原祐美。今、おばさんに連れられてうちに遊びに来てるんだけど、性格悪くってさ、いつもぶすっとしてるの」
「こんなにかわいいのに?」
「性格と容姿は関係ないもんね。さあ、そうと決まったら早くしてよ。ぐずぐずしてるとこのデジカメ、そこから放り投げるわよっ」
麻美は手に持ったデジカメを、ポンポンと弄ぶ。
「わかったわかったっ! ……やるよ」
俺は、祐美ちゃんの写真を床に置くと、印を結んで精神を集中した。
俺の体が徐々に小さくなり始める。写真に映った祐美ちゃんと同じ大きさになったことを確かめると、俺は写真に飛び込んだ。
写真の中で祐美ちゃんと同じ服、同じ体に完全に変わっていることを確かめると、俺は気合を入れて写真の中から飛び出した。
十字に組んだ腕を大きく広げて元の大きさに戻ると、俺の姿はすっかり小さな祐美ちゃんの姿に変わっていた。
「うわぁあ……すっごーい、和也ったらほんとに祐美ちゃんになっている」
「これでいいのか、麻美」、
「うーん、その声何とかならないの?」
「あ、こ――こほん……これでいいか? 麻美」
声も祐美ちゃんの声に変える。
「『麻美』なんて呼び捨てしないっ。あたしのことは、必ず『おねえちゃん』って呼ぶのよっ」
「わ、わかったよ……」
「『わかったわ、おねえちゃん』、でしょ?」
「わ、わかったわ……お、おねえ、ちゃんっ」
「いや〜んか〜わいいっ! 本物の祐美ちゃんも、こんなだったらいいのになぁ」
……くううっ、今から麻美のことを『おねえちゃん』って呼ばなきゃいけないのか……何だか尾てい骨の辺りがむずむずする。
顔を赤らめてたどたどしく返事した祐美ちゃんの姿の俺に、麻美は身悶えして喜んだ。
「祐美ちゃんって、お前んちによく来るのか?」
「うん、たまに遊びにくるんだけど、いつもぶすっとしててちっとも愛想よくないし、ケータイばっかり眺めているし……面白くないったりゃありゃしない。それにね――」
くどくどと、自分が無視されていることを話し始める麻美。
麻美の奴、話が何か愚痴っぽくなってきたな。でも、ほんとはこの子と仲良くなりたくて、仕方ないみたいだ……
「うふふ、でも和也ったらほんとにかわいい。そうしていても全然違和感ないじゃない」
「そ、そう……?」
俺は、今の俺よりもはるかに背が高くなった――いや、俺のほうが小さくなったんだが――麻美を見上げると、祐美ちゃんの声でそう問いかけた。
「……っていうか、なんか本物よりずっとかわいく見えるし…………えいっ!」
「え……? きゃあっ!!」
掛け声とともに、麻美の右手が閃光のように動いた。同時に俺のはいているスカートが、ぱっとめくれ上がる。
俺は反射的にスカートの裾をおさえ、その場にしゃがみ込んだ。
「な、何すんだよっ!」
「か〜わいいっ、ほんとにかわいいっ!」
抗議の目で睨み返したが、麻美は笑いながら、小さくなった俺を抱きしめた。
麻美の胸が、祐美ちゃんになった俺の膨らみかけた胸に当たる。
「あ、あうっ! ……え?」
「?? どうしたの?」
俺はぴくっと体を震わせた。祐美ちゃんはまだブラをつけていなかったので、ちょっと痛い。
「な、なんでもないよ。……で、これからどうするんだ?」
「そうねえ、じゃあ取り敢えずどこかに出かけよっか。……ということで、祐美ちゃん、遊びに行こう」
「…………」
「ほら、『おねえちゃん』でしょ? でないとこのデジカメ――」
「わ、わかった。……お、おねえちゃん、あたしと一緒におそとにいこっ♪」
「いや〜ん、ほんとかわいいよ〜っ」
麻美は俺を抱き上げたまま、すりすりと頬ずりをする。……やれやれ。
「あ……おい、靴履いてないぞ。どうするんだ?」
「あ、そっか、さっき家の中で写真撮ったから、靴がないんだ。……じゃあ、あたしのお古取ってくるから、ちょっと待ってて」
それからしばらくして、俺たちはようやく外に出た。
麻美の指示で、手を繋いで歩く。
俺の――祐美ちゃんのちっちゃな手が、麻美の大きな手に包み込まれる。
引っ張られるとちょっと痛い。
「お、おい、もうちょっとゆっくり歩けよ……」
「ほら、言葉遣いっ!」
「くううっ……お、おねえちゃんお願い、手が痛いから、もっとゆっくり歩いて」
「あら、ごめんごめん。祐美ちゃんってちっちゃいもんね〜」
隣の麻美はそう言いながら、うきうきと歩いている。
……ふうっ、全く――
二人でウィンドショッピングしたり、ハンバーガーショップでシェイク飲んだりしながら商店街を歩いていると、突然後ろから俺たちを呼び止める声がした。
「麻美、どこ行くの?」
振り返ると……千秋と秀美、それに明子じゃないか。
「麻美、最近よく会うわね」
「……え? よく会うって?」
おっと、このままじゃプールの件がバレちまう。俺は慌てて彼女たちに声をかけた。
「こ……こんにちは、おねえちゃん」
「麻美、この子だれ?」
「うふふっ、あたしの妹よ」
「えっ? 麻美に妹なんていたっけ?」
「ほんとは従姉妹なんだけどね、今日一日あたしの妹になってもらっているの。ねっ、祐美ちゃん」
「あ、よ、よろしく……」
「ふーん、祐美ちゃんっていうんだ。かわいいね〜」
「あ、あたしも」「うわぁ、ちっちゃ〜い」
口々にそう言って、明子たちは俺の頭をなでなでする。俺は祐美ちゃんの顔を赤らめて、さらに身を小さくした。
全くこいつら、俺に向かって完全におねえさん気取りだな……
「ね、ねえ、おねえちゃんたち、どこに行くの?」
千秋たちに正体を知られる訳にもいかないので、俺はこのまま祐美ちゃんとして振る舞うことにした。
三人を見上げて話しかける俺を、麻美はよしよしといった感じで見つめてくる。
「ドーム遊園地に行くの。ちょっとしたイベントがあってね」
「イベント?」
「ねえ秀美……この子いけるんじゃない?」
明子が俺のことをじろじろ見ながら肘で秀美をつつく。……何のことだ?
「そうね。うん、いいかも」
「いいかもって、何のこと?」
麻美が二人の会話に割って入って、そう聞き返した。
「ドーム遊園地って、いつも戦隊ショーやってるでしょ? 今日そこで、『守ってあげたいちっちゃなヒロインコンテスト』ってのがあるのよ。参加資格は小学生の女の子。優勝賞品は一年間有効のドーム遊園地フリーパス券4人分なんだ」
「でも、あんたたち高校生にもなって、そんなもの見に行くの?」
「だってあのレッドってイケてるでしょう?」
「へっ!?」
「あたしはブルーのファンなんだ」
「麻美、あんた知らないの? 戦隊ヒーロー役の俳優って、みんなとってもイケてるんだよ。今どきそんなの常識じゃん」
「常識……ねえ」
明子と秀美が、かわるがわるまくしたてる。
それを見ていた千秋は、やれやれという表情で麻美に囁いた。
「あたしはあんまり興味ないんだけど、彼女たちに誘われちゃって。……ねえ麻美、二人とも用事がないんだったら、一緒に来ない?」
「戦隊ショーか……まあいっか、付き合うよ。祐美ちゃんもいいわよね?」
「う、うん」
「よし、決まりね。それじゃあ祐美ちゃん、コンテストにも出てみなよ。もし優勝したら、あたしたちにドーム遊園地のフリーパス券頂戴」
俺は麻美をちらりと見上げた。麻美がにっこりと頷く。
「わ、わかった、あたし出てみる」
「“祐美ちゃん” が、『守ってあげたいちっちゃなヒロイン』ねえ……」
くくくっ……と笑いを堪える麻美。
というわけで、俺は祐美ちゃんとして、ドーム遊園地の戦隊ショーで開催される『守ってあげたいちっちゃなヒロインコンテスト』に出場することになってしまった。
ドーム遊園地。
ここは天井がスクリーンで覆われた、全天候型の遊園地だ。
週末に開催される戦隊ヒーローショーには、番組に出ている俳優も出演するので、彼ら目当てのファンが大勢見に来るのだそうだ。
「じゃあ、出場申し込みに行こ。祐美ちゃん、麻美、一緒に来て」
「うん」
「わかった」
明子と秀美が受付の窓口で、申し込み手続きをしてくれた。
「よかった、ちょうど祐美ちゃんで最後だって。ショーはすぐに始まるから、そこから入って控え室で待っててくださいって」
「麻美はどうする? 祐美ちゃんと一緒についていく? それともあたしたちと観客席で見てる?」
「一緒に行くよ。……だってあたしの妹だもん、当然でしょ」
(しっかり見張っとかないと、何するかわかんないもんね〜祐美ちゃんっ)
(…………)
「それじゃあ、あたしたちは観客席にいるから、後でまた合流しよう」
「うん、わかった。それじゃね」
俺と麻美は三人と別れると、控え室に入った。
中には五人、小学生くらいの女の子たちが、母親らしきおばさんたちと一緒に椅子に座っていた。
皆、ちらりとこちらを一瞥するが、挨拶しようともしない。
「おはようございまーす」
俺はテレビ局の控え室を思い出しながら、挨拶してみた。だけど、それでもみんな黙ったまま。
ふう、何か居心地悪いな……
「それじゃあ皆さん、今日はよろしく! 皆さんには今から始まる『オーシャン電撃隊ショー』で、敵の怪人に捕まる女の子の役をやってもらいます。……あ、特に演技する必要はないから。ちょっと怖いかもしれないけど、自然に振る舞ってください。そして怪人に捕まった君たちを『オーシャン電撃隊』の6人のメンバーが救出します。誰が誰を助けるかは、ショーの成り行き次第なので、楽しみにしていてくださいね」
担当者が入ってきて、ショーの説明を始めた。
「そしてショーの最後に、観客席の皆さんに誰が一番『守ってあげたいちっちゃなヒロイン』に相応しかったか、拍手で応えてもらいます。拍手が一番多かった子が、今日の優勝だからね。……それじゃあよろしくっ」
俺たち参加者は保護者と一緒に、揃ってステージの袖に連れていかれた。
既にショーは始まっており、司会のお姉さんが前説トークをやっていた。
隣にいた女の子に話しかけてみる。
「何かどきどきするね」
「そお? こんなのたいしたことないよ」
彼女はそう言いながら、こんな時にもケータイの画面に目を落としている。
母親の方は一生懸命みたいだけど……なんか醒めてるなあ。
ふと、まわりを見渡すと、舞台裏にはいろんないでたちの怪人がいた。
「ギヒヒヒッ!」
「ひっ!」
怪人の一人があげた声に、別の女の子が小さな悲鳴を上げた。
俺も無意識のうちに、隣に立つ麻美の服をつかんでいた。
「それじゃあ、皆さん、ステージに上がってくださ〜いっ」
「祐美ちゃん、行こっ」
「う、うんっ」
俺と麻美は手を繋いで舞台に走り出した。他の出場者も、同じようにペアになってステージに上がった。
「キャ〜ッ!! 『地獄中心団』の怪人たちが現れたわっ! みんな、気をつけて〜っ!!」
司会のお姉さんが絶叫し、観客席の子どもたちがきゃあきゃあと騒ぎ始める。
同時に、ギリシャ神話に出てくる神様みたいな格好の太った怪人、濃紺の燕尾服を着て眼鏡をかけた怪人、錦鯉みたいなカラーリングの怪人、ヒトデみたいな星形の怪人がステージのあちこちから現れて、俺たち出場者を取り囲んだ。
「キィイッ!」
「キィイッ!」
戦闘員役の黒マスク、黒タイツの一団が、怪人たちのまわりで奇声を上げながら動き回る。
そして彼らは一斉に俺たちに襲い掛かると、俺やコンテストに出場した女の子たち抱えあげた。
「さあ、あたしと一緒に来るんだよ!」
「きゃっ!」
俺も麻美から引き離され、黄色と黒の迷彩衣装を着た女怪人に羽交い絞めにされた。
他の女の子たちも、それぞれ怪人たちにだき抱えられている。
「ぐふふふっ、この遊園地は我々が占領した! 子どもたちはいただいていくぞぉ〜っ!!」
鱗に覆われた竜を思わせる着ぐるみの青い怪人が、舞台の一番前に立ち、観客席をぐるりと見回した。
「客席のみんなっ、オーシャン電撃隊を呼んでっ! ……助けてえっ! オーシャン電撃隊っ!!」
「「助けてえっ! オーシャン電撃隊っ!!」」
司会のお姉さんのセリフに答えて、観客席の子どもたちが一斉に声を上げた。
同時に、舞台にテンポのいい音楽が流れ始めた。
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ、悪を倒せと我らを呼ぶ!! ……とおっ!」
そんな口上とともに、6人のカラフルな衣装に身を包んだヒーローがステージに登場した。
「みちのくの鷲、ゴールデンイーグル!」
「玄界灘の鷹、イエローホーク!」
「武蔵の獅子、ホワイトライオン!」
「黒潮の鴎、ピンクバーディ!」
「六甲の海神、ブルーポセイドン!」
「そして北海の勇者、レッドファイター!」
「「参上!! 我ら、『オーシャン電撃隊』!!」」
一人ひとりが決めポーズをとると、それぞれの色がついた煙が、その背中で弾けた。
観客席からワーっと歓声が上がる。子どもたちの声の中に、キャーという黄色い声も多数混じっているが。
「うぬぬ、性懲りも無く現れたな、電撃隊め。……戦闘員どもっ、やっておしまい!!」
「ギイイッ!!」
迷彩女怪人の合図で、黒ずくめの戦闘員がヒーローたちにとびかかった。
だが、いともあっけなく、次々に倒されてしまう。
「『地獄中心団』の怪人ども、子どもたちを離せっ」
「ふふっ、取り返せるなら取り返してみな。そおーれ!」
女怪人が掛け声とともに、ぱっと片手を電撃隊に向けた。
ステージにもうもうと煙が立ち込め、照明が暗くなり、左右のキャットウオークから浴びせられた赤色のスポットライトの光が、ぐるぐると回り始める。
おどろおどろしい音楽が流れ、途端に苦しみだすオーシャン電撃隊の6人。
「みんな〜っ! 電撃隊がピンチよっ! もっと大きな声で応援してっ!!」
「「がんばれっ! オーシャン電撃隊っ!!」」
子どもたちが歓声を上げる。それに答えて立ち上がるレッドファイター。
他のメンバーも次々に立ち上がり、ポーズを決めた。
「ありがとうみんなっ! そうだ、我々はここで負けるわけにはいかないっ! ……さあ、いくぞっ! 子どもたちを助けるんだ!!」
「「おうっ!」」
再びステージが明るくなり、オーシャン電撃隊の主題歌が鳴り響いた。
観客席の興奮が一気に高まり、電撃隊の6人はそれぞれに怪人たちと戦って、捕まっている子どもたち(コンテストに出場した女の子たち)を助け出していく。
俺をだき抱えた虎縞迷彩女怪人には、ピンクのバトルスーツを身に着けたお姉さんが対峙した。
「タイガーウーマン、その子を離しなさいっ!」
「ふふふ、なら力ずくで取り戻してみな。……ピンクバーディ、今日こそはあたしが勝つ!」
立ち回ること、数十秒。
「たあああああっ!」
「ぐわぁっ!!」
ステージの真ん中で、ぱんぱんと爆竹が爆ぜる。
それに合わせたピンクバーディの一撃に、タイガーウーマンは悲鳴を上げると、だき抱えていた俺の体を離し、後ろへトンボを切ってステージから退場した。
「大丈夫? 痛くなかった?」
タイガーウーマンから解放された俺に、ピンクバーディのお姉さんが駆け寄る。
「うん、大丈夫。……ありがとう、ピンクバーディ」
今度はピンクバーディのお姉さんに抱え上げられ、俺は満面の笑みを浮かべて彼女に抱きついた。
お姉さんのバトルスーツの下の大きな胸が、俺の頬の辺りでぐにゃりと変形する。
うわあ、やわらけ〜っ。
「ふふっ、良い子ね。……さあ、こっちへ」
俺はピンクバーディに手を引かれ、司会のお姉さんの方へ連れて行かれた。
残った怪人たちは全員、ステージの左隅に追いやられている。
いよいよクライマックス。ステージに仕掛けられた火薬が音をたてて火花を上げ、同時にスモークが吹き上がる。
怪人たちはステージの左袖から退場する。同時にステージのあちこちから、火柱が上がった。
「これで勝ったと思うなよ、オーシャン電撃隊っ! 次回こそ、貴様たちの最後だ〜っ!!」
スピーカーから、怪人たちの最後のセリフが響いた。
「どんな相手が来ようとも、我ら『オーシャン電撃隊』は絶対負けない! ……みんな、応援ありがとうっ!」
「みんな〜っ、今日も電撃隊がみんなを守ってくれたよ〜っ! ……さあ、もういちど、「ありがとう」って言おうね〜っ!!」
「「ありがと〜っ!! オーシャン電撃隊っ!!」」
それぞれに助けた女の子たちを抱き上げ、電撃隊のメンバーは観客席に向かって手を振った。
「さて、今日は第3回『守ってあげたいちっちゃなヒロインコンテスト』の日で〜す。……さあ女の子たち、こっちに来て並んでね〜」
司会のお姉さんに呼ばれて、俺たちはステージの最前列に並んだ。
一人ひとりに司会のお姉さんが質問していく。そしていよいよ俺の番が来た。
「それじゃあ最後の出場者です。お名前は?」
「風野祐美です」
俺は思いっきりかわいく笑みを浮かべて、お姉さんに答えた。
「今日は誰と来たの?」
「麻美おねえちゃんと、おねえちゃんのお友だちと一緒に来ました」
「今日は怖かった?」
「ううん、『オーシャン電撃隊』が、きっと助けてくれるって信じてたから、怖くなかったです」
「いい子だね。祐美ちゃんどうもありがとう」
司会のお姉さんが下がり、俺を含めた出場者は再び観客席の方を向いた。
「さあ、『オーシャン電撃隊』が助けたこの6人の女の子の中で、一番『守ってあげたい』と思った女の子は誰だったかな? この子だと思ったら、大きな拍手をしてね! ……それじゃあ、1番の平山彩香ちゃんだと思った人〜っ!」
司会のお姉さんが観客に問いかける。それに答えて、拍手が上がった。
「……6番の風野祐美ちゃんだと思った人!」
ひときわ大きな拍手が湧き上がった。……えっ? ほんとに?
「はい、今日の優勝は6番の風野祐美ちゃんで〜す。……おめでとう、祐美ちゃん」
「あ、ありがとう……ございます」
俺はもじもじとはにかんで、そう答えた。
実際ちょっと、どきどきしている……
「じゃあ、最後に記念写真撮りましょうか。祐美ちゃんのお姉さんも一緒に……あ、カメラ持ってきてます?」
「おねえちゃんのバッグの中に、あたしのデジカメがあるよ」
「それじゃあ、あたしが撮りますんで、さあお姉さん、一緒に入ってください」
麻美は渋々俺のデジカメを取り出した。そして『オーシャン電撃隊』の間に俺と麻美が入って、一緒に記念写真を撮る。
俺の両側隣には、俺を助けたピンクのバトルスーツのお姉さん・ピンクバーディと、黄色いバトルスーツのお姉さん・イエローホークが並んだ。二人ともバトルスーツ越しに大人の女性の色気を発散させている。
カシャ、カシャッ!
ふふっ、麻美の私服バージョン、そしてピンクバーディとイエローホークのおねえさん、ゲットだぜ!
俺は祐美ちゃんらしく、はにかんだ笑みを浮かべながら、内心ほくそ笑んでいた。
だけどこの写真のせいで、あとであんなことになろうとは、その時の俺には気づくすべもなかった。
「『オーシャン電撃隊ショー』、面白かったね」
「祐美ちゃん、大丈夫だった?」
「うん、電撃隊のお姉さんも、虎のお姉さんもやさしく抱えててくれたし、面白かったよ」
「そっか。それにしても、やっぱりあたしの見込み通りだったわね。……年間無料パス、ゲットォ!!」
4枚の年間無料パスポートが入った賞品袋を手に、明子が嬉しそうにはしゃいだ。
「はいはい、よかったわね」
「じゃあまだ時間あるし、みんなで遊ぼうか!」
「「うんっ」」
それから俺たちは、ジェットコースターに乗ったり、スカイパラシューターに乗ったりして、五人で遊園地中を遊びまわった。
祐美ちゃんの姿の俺の横には、勿論麻美がくっついている。
「いやあ、こ――こわいっ」
「ふふっ、どうしたの? 祐美ちゃ〜ん」
お化け屋敷では、いきなり飛び出してきたお化けに心底驚いてしまった。
そういえばさっき乗ったジェットコースターも、いつもだったら平気で両手を離せるのに、今日は緊張して、バーをぎゅっと握り締めてしまっていた。
そうか……俺の今の感覚って、祐美ちゃんと同じ、小学生の女の子の感覚なんだな。
俺、小学生の女の子として遊園地で遊んでるんだ、それも麻美の妹として……
そう考えると、何となくくすぐったい気持ちになった。
ちらりと横に目をやる。隣で無邪気にキャーキャー叫んでいる麻美が、無性にかわいく見えた。
「……えへへっ、麻美おねえちゃん」
俺は祐美ちゃんに成りきって、麻美の腕にしがみついて甘えてみた。
麻美も、まんざらではないという顔をしていた。
あっという間に時間が過ぎた。遊園地の外に出ると、もう辺りを夕日が染めている。
「今日はほんとに楽しかったわ」
「それに祐美ちゃん、コンテストに出てくれてありがとねっ」
「じゃあね、麻美、祐美ちゃん」
「うん、それじゃあ」
「バイバイ、おねえちゃんたち」
俺と麻美は嬉しそうに賞品袋を振る秀美たちと別れて、家路についた。
家の前につくと、麻美は俺にデジカメと、写真の束を差し出した。
「はいこれ。今日はとっても楽しかった」
「いいのか? 麻美」
「うん。……実はあたし、妹っていうか、祐美ちゃんと遊びたかったの。本物じゃないけど、今日はそれが叶った。だからほんと楽しかったんだ」
「…………」
「今日みたいに、本物の祐美ちゃんとも仲良く遊べるといいんだけどね」
「……大丈夫だよ」
「え?」
「お前のその気持ち、きっと祐美ちゃんにも通じるさ。……もっと思い切ってぶつかってみなよ。彼女だって、本当は緊張しているだけかもしれないし」
祐美ちゃんの姿のままで話す俺。
最初きょとんとしていたけど、俺の言いたいことがわかったのか、麻美はにこっと微笑んだ。
「うん、そうだね。……ありがとう和也。じゃあバイバイ」
「ああ、またな……じゃなくて、バイバイ、麻美おねえちゃん♪」
「もうっ、ふざけないのっ」
照れながら怒る麻美も、ちょっとかわいかった。
麻美と別れると、俺は変身を解くのも忘れて部屋に戻った。
「ふうぅ、それにしても今日は疲れたぜ。全く小学生の女の子の振りをするのも楽じゃない……でも、へへへ、大人のお姉さん、ピンクバーディとイエローホークゲットだぜ。……ふふふ、早速ピンクバーディのおねえさんに変身して、大人の女性を堪能させてもらうとしましょうか」
俺はデジカメからメモリーを抜き出すと、早速プリントアウトした。
そこには祐美ちゃんの姿の俺と麻美、そして『オーシャン電撃隊』の6人が写っている。
「さあ……奥義いくぜ!」
(終わり)
後書き
久しぶりの「奥義」シリーズの続編です。しかもこの作品を「少年少女文庫」に投稿することになるとは、「奥義1」を書いた時には思いもよりませんでした。
それにしても大人のおねえさんの陰画をゲットした和也君、さて何に使うつもりでしょう(笑
いつかまたこの続きを書いてみたいと思いますが、さて次はいつになりますやら(汗
それでは、ここまでお読みいただきました皆様、どうもありがとうございました。