今日、突然田舎のじっちゃんがやってきた。
お盆休みで親父もお袋も旅行中。家には俺一人しかいないっていうのに。
奥義
作:toshi9
−1−
「じっちゃん、何の用事だい」
「実はのう、わしも引退してかれこれもう20年になるんじゃが、そろそろお主にわしの奥義を引き継いでもらおうと思ってな、ほっほっほっ」
「何で親父じゃないのさ。いやだよ。小さい頃さんざん訓練だとしごかれて、こっちへ越してきてやっと解放されたと思っていたのに。もう忍術はたくさんだね」
俺、藤丸和也のじっちゃんは昔忍者だった。腕は立ったらしいと親父は言っていたけれど、じっちゃんはその頃の話をあまりしてくれなかった。どうもいやな思い出があるらしい。
俺は小さい頃、すでに引退していたじっちゃんにしょっちゅう忍者の訓練らしきことをさせられて散々な目にあっていたので、そんな目に会うのはもうこりごりだという思いしかなかった。
「あれには見込みがない。こればかりは素質がなきゃだめなんじゃ。お主にはそれがあるとわしは踏んでいるんじゃがな。それにこの奥義は普通の術と違って体力は必要ないぞ。お主なら少しばかり精神力があれば必ず会得できるぞい」
「精神力は……無いと思うぞ」
「はっはっはっ、大丈夫じゃ。それにこの奥義の素晴らしさを知れば、自分から試さずにはいられないぞ。今は忍者が活動する時代でもない。どう使うかはお主の勝手じゃ」
「……………………」
「ワシが現役だった頃は<魔人ファントム>と呼ばれて恐れられていたものじゃが、ドラゴンの牙様にお仕えしておった時に、月光仮面の奴に武運つたなく敗れてしまってのお」
「月光仮面て、誰だい?」
「ふっ、今ではもう誰も知る人もいない……過去の話じゃよ。その時以来奥義を使うのは封印しておったんじゃが、代々相伝していかねばならないでのう。そろそろと思ったわけじゃ。……さて、前置きはこれくらいにして、まずはお主に奥義を見せてやるとするか」
じっちゃんは忍者の装束に着替えると、古いポラロイドカメラを取り出した。そして2階の俺の部屋の窓を開けると、丁度家の前の通りを制服姿で歩いていたOLさんを撮った。ちょっとアイドルっぽいきれいなお姉さんだ。
1分後、写真が出来上がると、じっちゃんはそれを床に置いた。
「さあ、よく見ているんじゃぞ」
じっちゃんは掌を合わせて印を結びながらお姉さんの写真をじっと見てぶつぶつ何か呟いている。
全く何が始まるんだか……。
俺はそんなじっちゃんの様子を傍らでぼーっと見ていた。しかし眼の錯覚だろうか、少しずつじっちゃんが小さくなっていくような気がした。いや錯覚じゃない。じっちゃんは俺の目の前でどんどん小さくなって……遂に10cm位の小人になってしまった。
大きさだけは妖精みたいだけれど……じっちゃんじゃなぁ。
「かーーーっ!!」
小人になったじっちゃんは、忍び装束のままジャンプするとそのまま垂直に写真の中に飛び込んでいった。印画紙にぶつかると思いきや、じっちゃんの体は写真の中に何の抵抗もなく吸い込まれるように入って消えてしまった!
「じ、じっちゃん!?」
思わず写真を覗き込むと、そこにはさっきじっちゃんが撮ったOLのお姉さんの姿だけ。でも写っている彼女が……あわわ……動くはずのない彼女がこっちに振り向くと、ニヤリと笑うじゃないか。
ピカッ!
写真が突然光り、その光の中から何かが飛び出して来た。
それは制服を着た10cm位の小さなOLのお姉さん。
……妖精みたいだ。
手を胸の前で十字に組んだ小さなお姉さんは、仁王立ちになって俺のほうを見ていた。
むくっむくっむくっ……。
交差していた手をゆっくりと回すと、10cm程だっお姉さんは今度はさっきのじっちゃんとは逆にだんだん大きくなっていった。そして気が付くと、さっき外を歩いていた制服姿のOLのお姉さんが畳の上にへたり込んでいる俺の目の前に立っていた。
仁王立ちのお姉さんを見上げると、スカートの中のパンティストッキングに包まれた黒い下着が目に入ってしまったけど、その制服のミニスカートからはすらりとした足が伸び、腰がきゅっと絞れている。そして胸は窮屈そうにベストを膨らませている。
そう、ほんとに素晴らしいスタイルのお姉さんだ。
「これが我が奥義、『陰画移し』じゃ」
「こ、声が!? ……じっちゃんか?」
「そうよ。驚いた?」
お、女性の声に!
「昔、この術を駆使してスパイ活動、破壊工作何でもこなしたもんじゃ。女を使ったこともあるのう。しかし祝十郎に見破られてな、それ以来封印した。……どうじゃ、お主、この奥義を引き継いでみんか」
「うん、面白そうだな。ぜひ教えてくれよ」
「ふふ、いいわよ。あたしがおしえてア・ゲ・ル」
「……ところでじっちゃん」
「なあに? 和也クン♪」
「靴脱いだら」
「……………」
俺は早速じっちゃんから奥義の伝授を受けた。確かに集中力は必要だけれど、コツさえ掴めば難しいものではなかった。でも藤丸家の血筋と本人の素質の両方が備わって初めて可能らしくて、他人では絶対真似できない術らしい。
伝授の儀式の最後に、じっちゃんから使用上の注意?を教えられた。
「よいか、決して世間を騒がせてはならんぞ。わしら忍者の掟じゃ。この奥義を使ってヒーローや怪盗をやろうなどと考えぬことじゃ。忍者は影の者、それを忘れてはならんぞ。……それからのう、陰画撮りの道具は自分に合った物なら何でもよいぞ。最初にわしがそれに念を送れば良いのじゃ」
じっちゃんが使っていたポラロイドでなくても良いらしいので、俺は結局愛用のデジカメを使うことにした。プリントアウトの手間はかかるけれど、何かと便利だ。
そして、さらにじっちゃんのレクチャーは続く。
「撮った陰画に姿が写ってさえいれば、どんな人間にでも姿を変えることが可能じゃ。体力は元の自分のままじゃが、感覚はその姿の元の持ち主と同じになるぞ。慣れるまでよく考えて行動することじゃ」
じっちゃんは俺に一通りの奥義の伝授を終えると、親父たちが帰ってくるまで居たらという俺の声には耳を貸さず、田舎に帰っていってしまった。
不思議な奥義を習得した俺は、これを使って何をやろうかといろいろ考えた。
(世間を騒がせなければ、自分の欲望に走っても良いんだよな)
実は俺には密かな願望があった。じっちゃんが親父ではなく俺を選んだのは、それを知っていたのかもしれない。じっちゃんがあんなきれいなお姉さんになったのは強烈だった。
俺はその姿に内心ドキドキしてしまっていた。
(こんなきれいなお姉さんがじっちゃん?)
そう、俺もいつかあんな風に女性になってみたかったんだ。憑依でも変身でも入れ替わりでも何でもいい。とにかく女性になってみたい。そしてその願望は、この奥義を使えばこれからいくらでも実現できるんだ。
愛用のデジカメで撮ってしまえば、さっきのような制服の似合うきれいなOLさんや看護婦さん、婦警さん、いつでもなりたい放題だ。レースクイーンやメイド喫茶のウェイトレスさんもいいな。海に行ってスタイル抜群の水着ギャルになるのはどうだろう。浜辺で腰振って、男を悩殺してみたり女子更衣室にも堂々と入ったりして。
レオタードなんかもいいよな。新体操やバレリーナ、エアロビのインストラクターとか。でも演技なんてできないからだめだよな。
演技といえば、誰か女の子に成りすまして暮らしてみるのも面白そうだな。うまく入れ替われる女の子っていないかな。
……待てよ、そういえば隣りの麻美って明日からテニス部の夏合宿だったな。よし、親父とお袋が帰ってくるまでにあいつに成りすませるか試してみるか。
麻美というのは、うちのお隣りの風野家の一人娘だ。俺とは同い年の、いわゆる幼馴染の仲って奴だ。
翌日俺は、お隣りから出ていく麻美の後を、そっと追いかけた。
俺の前を歩く麻美は、うちの高校の女子の夏制服を着ている。半そでの白いブラウスにモスグリーンのミニのプリーツスカート、胸には赤のリボンタイ、紺のソックスを穿いた麻美は、ツインテールにした髪を風になびかせて颯爽と歩いていた。手にラケットとスポーツバッグを持って駅のほうに向かっている。
間違いない、麻美は今から合宿に行くんだ。
俺は人通りが減ったところで、麻美に声をかけた。
「よっ、麻美! これから合宿かい? 確か軽井沢だったよな」
「うん。軽井沢に行くのは楽しみなんだけど、コーチが厳しいんだ。ばっちりしごかれそう」
「そうか、大変だな。何にもできないけれど、記念に写真撮ったげるよ」
カシャ、カシャ。
カメラを向けられ一瞬怪訝な顔をしながらも、撮られる瞬間麻美はにこっと微笑んだ。
「ありがと、じゃああたし急ぐから」
「うん、がんばれよ」
よしよし、麻美の陰画ゲットだぜ。
俺は家に戻ると、早速デジカメをプリンターに繋いで写真をプリントアウトした。
写真にはばっちりと制服姿の麻美が写っていた。
麻美、ほんとにお前はかわいいよ。でもこれから俺がお前をやらせてもらうぞ。
写真を床に広げるとじっちゃんに教わった通りに印を結んで、写っている麻美の姿に集中する。精神を集中していくに従って彼女の姿は徐々に大きくなっていった。いや俺の体が小さくなっているんだ。
やがて自分の体が写真の麻美が同じ位の大きさになると、俺は写真に向かってジャンプした。そして、プールに飛び込むように写真に飛び込んでいった。俺の体は写真にぶつかることはなく、まるで本当にプールに飛び込んだような気分だった。
写真の中はふわふわと水の中を漂っているようだ。そして気がつくと、俺は自分がさっきの麻美と同じ格好をしているのを肌で感じていた。
胸にさわってみたいという衝動を抑えて上を見上げると、手の届く所に薄い膜のようなものが張っていた。
そうだ、早くこの中から出なくっちゃね。
再びジャンプすると、頭の上にあった膜を突き破り、俺は地上に戻った。
両手を十字に組んでそれからゆっくりと回していくと、自分の体が徐々に大きくなって元の大きさに戻っていくのがわかった。いや元の俺にじゃないな。少し背が低い元の麻美の大きさだ。そう、今俺の部屋の中には駅に行ったはずの麻美が立っていた。
俺は頭のてっぺんから足のつま先まですっかり麻美になっていることを実感していた。半そでの白いブラウスから出た腕は白く細いし、胸には赤のリボンタイ、その下には二つの膨らみが盛り上がっている。ブラウスの下にはモスグリーンのミニのプリーツスカートを穿いている。スカートからスラリと伸びる両足を撫でてみると、男とは違うむちっと張りのある生のふとももだ。髪に触れると長く伸びたさらさらの髪がツインテールに分けられている。
そして胸を覆うブラジャーの感覚と、トランクスと違うピチっとしたショーツの感覚を自分自身の肌で感じていた。
鏡を覗く。
鏡の向こうからは麻美がこっちを見ていた。
うん麻美だよ。
にこっと笑いかけてみる。
麻美がこっちに笑いかけている。
くるりと回ってみると制服のプリーツスカートがひらひらと舞い上がり、ちらりと白いショーツが顔を覗かせる。
うーん、いいねえ。
写真と同じようにスポーツバッグもちゃんと持っている。中を開けるとテニスウェア……白いポロシャツにスコート、ヘアバンド、フリルのたくさん付いているアンダースコート――と、そして下着やピンクのパジャマ等普段だったら絶対に触らしてもらえないようなものがぎっしりと入っていた。
……ちょっと着てみようかな。
俺は女子の制服を脱ぐと麻美のテニスウェアを着込んでいった。
下着はこのままでいいか。アンスコはっと、ひゃーフリルがいっぱいで恥ずかしいな。ポロシャツはボタンが逆なんだな。スコートのホックを止めてっと。しっかし細い腰だな……でも、うん、ぴったりだ。ヘアバンドはこうか?
よし、出来上がりっと。
下に降りてお袋の大きな姿見で見てみるか。
とんとんと階段をその姿のまま降りていってお袋の部屋に入り、ラケットを持って姿見の前に立つ。
鏡の中には、テニスウェアに身を包んだ麻美がいた。
かわいい……これが俺? いや俺は今麻美なんだな。
フォアハンドにバックハンド、或いはラケットを両手で抱えてちょっと上目使いをしてみる。
うーん、いいねいいね。
今度は両手でスコートを持ち上げてみると、フリルの沢山付いたアンスコにぴたっと包まれた股間に目が釘付けになる。
息が荒くなる。
……と同時に、膨らんだ胸がゆっくり揺れるのがわかる。
鏡の麻美は目元をぽっと赤く染めていた。
段々胸のふくらみと何も無い股間が気になってきたぞ。ちょっと触ってみようっと。
右手で右胸を軽く揉み、左手でアンスコ越しに股間をそっと撫でてみると、男では有り得ない感触。ぷにゅぷにゅした胸の感触とのっぺりした股間の感触が手のひらから不思議な感慨をもたらした。
俺、今本当に女の子やっているんだな。
そんな感慨に耽っていると、体の芯からじんじんしたものが込み上げてきた。
そして俺は…………
「はぁはぁ、さてと、そろそろ麻美んちに行ってみるか」
散々麻美の体を楽しんだ俺は、本来の目的を実行してみることにした。二階の俺の部屋に戻ると女子の制服にもう一度着替え直し、着ていたテニスウェアを丁寧にたたんでスポーツバッグに入れた。脱いでいた麻美のローファーを持って玄関に降りると、床に腰掛けて履き直した。ショーツ越しにひんやりとしたフローリングの感触が伝わってくる。
じゃあ行くとするか。
でも深呼吸して玄関ドアを開けようとしたところで、ふと気がついた。
そうだ、声を変えなきゃな。
「あ〜、あ〜、わたしは麻美、風野麻美よっ。……うん、大丈夫♪ 合宿が急に中止だなんてついてないなぁ…………和也ぁ、和也ぁどこ行っちゃったのぉ? おっかしいなぁ、和也いないし……しょうがないからおうちに帰ろうっと」
スポーツバッグを手に、俺は隣りの麻美んちへ行った。
「た……ただいま」
「あら麻美、合宿はどうしたの?」
「うん、急に中止になっちゃって……まいっちゃう」
「そうなの、残念だったわね」
俺は麻美になったつもりで麻美のおばさんと話した。
よし、気付かれないようだな。
そう、おばさんは俺のことを完全に麻美だと思っている。当たり前だ、なんたって今の俺の姿は麻美そのものなんだからな。
俺は勝手知ったる麻美の部屋に上がると麻美のベッドに腰を降ろした。羽根布団の肌触りが直接太ももに触れる。
麻美、お前が帰ってくるまで俺が麻美をやらしてもらうぜ。
ふふふ、そうさ、今から3日間は俺が麻美だ。そう思うと思わず顔がにやけてしまう。
さて、麻美の服に着替えてみようか。
クローゼットを開けると、そこには麻美のスカートやブラウスがかかっていた。勝手知ったる部屋とは言え、いつもなら自分では絶対に開けることのできない麻美のクローゼットだ。
へぇ、あいつこんな物も持っていたのか。
その中には、ひらひらの白いフォーマルなワンピースやスーツも入っていた。
引き出しを開くと、そこにはまぶしいくらいに白い麻美の下着の数々。そう、ショーツにブラジャー、滑らかなスリップが俺の目の前に晒されていた。
これ、みんな俺のものなんだ。
じっと見入ってドキドキしてしまったけれど、結局俺は普段麻美が着ているキャミソールとジーンズ地のミニスカートを取り出した。そして着ている制服を脱ぐと、それに着替えた。
よし、普段着の麻美の出来上がりっと。
それから俺は麻美が帰って来るまでの3日間、さんざん麻美としての生活を楽しんだ。
「麻美、早くお風呂にはいりなさーい」
「はーい、ママ」
麻美の新しい下着を取り出すと、風呂に入った。
つるっとした肌がシャワーをはじいて、とても気持ち良かった。
風呂から上がるとおじさんおばさんと一緒に夕食を食べた。
何とか話を合わせることができた。
「麻美、後片付け手伝って」
「はーい」
「あら、今日は随分素直じゃない」
「へへ、たまにはね」
「そう、感心感心」
麻美として夕食の後片付けを手伝った。
おばさんと並んで一緒に食器を洗う。何か楽しかった。
麻美の部屋に戻ると、しばらく色々な服に着替えてみた。
さっき見つけた白いドレスも着てみたけれど、まるで自分がお姫様になったみたいだった。スカートの裾を持ち上げてヒラリと舞うと……ううう。可憐だ。
ぴっちりしたスリムジーンズを穿いてみると、自分の腰から足にかけてのラインが一層くっきりと現れてとてもセクシーだ。着ているものが変わると鏡に映る麻美の印象ががらっと変わる。
床に座って足を広げていくと簡単に180度に広がった。
麻美って体柔らかいんだ。
「何やっているの、早く寝なさい」
「は、はーい」
麻美のパジャマを着てベッドに入った。
毛布を頭から被ると、いい匂いがした。
これって麻美の匂いなんだな。そう、そして今の俺の匂い。
俺は麻美……あさ……くー、くー
そのまま枕を抱いて眠ってしまった俺には、寝顔も寝息も麻美のまんまだということに気付く術もなかった。
俺は幸せだった。
次の日の昼、制服に着替えて街に出かけてみた。
「あれ? 麻美、合宿じゃなかったの?」
「うん、急に行けなくなっちゃって」
「そっか、じゃ一緒にショッピング付き合わない?」
「うん、いいよ。行こう行こう」
「あ、これってかわいい」
「麻美、これ着てみなよ」
「えぇ、恥ずかしいよ……」
「大丈夫、麻美ってスタイル良いんだから」
麻美として、麻美の友達と一緒にデパートに行った。
色々な服を試着したりして、とっても楽しかった。
3日はあっという間に過ぎた。その間おじさんもおばさんも、すっかり俺を麻美だと思い込んでいた。
まあ、無理もないか。
そして今日、彼女が合宿から帰ってくる。
「ママ、今日は学校で練習だから、行ってくるね」
「そう、気をつけてね。行ってらっしゃい」
俺は学校で練習があるからとおばさんに言って、スポーツバッグを手に麻美んちを出た。
そう、合宿から帰ってきた麻美と再び入れ替わるためにだ。
俺は自分の家に戻って3日ぶりに元の姿に戻ると、駅で麻美を待った。
「お帰り。合宿どうだった?」
「あ、来てくれたの? ありがと。もうくたくた。早く寝ちゃいたい」
「そうか、お疲れ様」
麻美をそのまま家まで送っていった。
「じゃあ、また明日」
「うん、ありがと。それじゃあね」
翌日、麻美に会うと不思議そうにしていた。何となく両親と話がかみ合わなかったそうだ。でも、まさか自分の偽者が家で暮らしていたなんて思いもよらないようだな。
そのうち彼女の姿でご対面してやるのも面白いかな。
彼女の部屋で彼女の姿で待っていて、入ってきたら「私が麻美よ、あなた誰?」ってね。
……驚くだろうな。
それにしてもじっちゃん、じっちゃんの言う通り素晴らしい奥義だよ。
今度は誰に成りすましてやろうか、ふふふ、これから毎日楽しみだぜ。
俺はデジカメを手にそんなことをじっと考えて、一人にやけていた。
−2−
……だが、それから3日、俺の目論見は脆くも崩れてしまっていた。
そう、あの日から俺は、毎日デジカメを手に街中に出掛けた。
でもこれはと思う女の子を撮ることができなかった。
ただでさえ見知らぬ女の子にカメラを向けるのは難しいのに、いざあの子にしようか、この子にしようかなどと選んでいると、ついつい躊躇してしまうのだ。
結局その後麻美以外の女の子の写真を撮る機会は訪れなかったんだ。おまけに雑誌の写真やインターネットの写真でもその姿に変身できるのか試してみたんだけれど、どれもうまくいかなかった。
どうやら伝授の時にじっちゃんが念を送った愛用のデジカメで撮ったものでないとうまくいかないらしい。
それにしても麻美になりすまして暮らした3日間は面白かったな。また変身してみたいよな。
……ん? 待てよ、前にデジカメで撮った麻美の写真って何枚でもプリントアウトできるんだから、あれを使って何度でも麻美に変身できるんじゃないのか。
そのことに気が付いた俺は、この間撮った麻美の写真を再びプリントアウトすると、もう一度試してみることにした。写真を床に広げると、印を結んで精神を麻美の姿に集中する。すると、ちゃんと最初の時と同じように小さくなることができた。
やっぱりあのデジカメで一度撮った陰画を使えば何回でも出来るんだ。
俺は思わずにんまりと笑ってしまった。
そう、また麻美になれる。
すっかり写真の麻美と同じ大きさになると、俺は写真に向かって飛び込んだ。すると、水の中に入るかのようにすんなりと写真の中に入ることができた。
写真の中では俺はすでに麻美の格好になっている。
気合を入れて写真の中から飛び出すと、十字に組んだ腕をゆっくりと内から外側に回す。すると俺の体は元の麻美の大きさに戻っていった。
早速自分の格好を確認すると、俺は半そでの白いブラウスに赤のリボンタイ、モスグリーンのミニのプリーツスカートといううちの高校の女子の夏制服を着ていた。
見下ろすと胸は大きく盛り上がり、ミニスカートから伸びる紺のソックスを穿いた足はすらりと長い。鏡に映してみると、髪をツインテールに分けたその姿はこの間の麻美そのままだ。スカートを両手でゆっくりと持ち上げてみると、真っ白いショーツがまぶしい。手を太股の間に挟んでみると、ショーツの生地越しにそこに何もないのがわかった。手に伝わる太股のなめらかでむちっと張りのある感触が心地よい。
「よし、変身成功! 麻美、またお前をやらしてもらうぜ」
鏡に向かって両手を太股の間に挟んだ格好のまま、ちょっと上目使いで甘えるような表情をしてみる。
「和也、あたし本当はあなたのこと好きなんだ」
俺はドキドキしながら鏡を見詰めていた。
うーん、本物の麻美だったらこんな仕草は絶対にしないよな。
……でも自分でやってると思うと何かむなしい。
さてと、麻美になったことだし、この姿で外に出掛けてみようかな。麻美になって街を歩くのって何かドキドキするんだよな。
それに新しい写真を撮るのだって、こんなかわいい女の子の姿なら誰だって安心して撮らせてくれるだろう。よし、そうしてみるか。
俺はデジカメをスカートのポケットに入れると、履いたままの靴をいったん脱いだ。そして靴を持って台所にいる母さんに気付かれないようにそっと玄関まで下りていった。でも玄関で靴を履いていると、あっちゃー母さん台所から出てきちゃったよ。
「あら、麻美ちゃんいらっしゃい。何時の間に来てたの」
「えっ!? あ、は……はい、に、二階に上がったら和也クンいないみたいで……」
「あら、そうなの? いつ出かけたのかしら? ……じゃあ、和也が帰ってくるまでゆっくりしていったら?」
「い、いえ、かあさ……い、いや、おばさん、また来ます」
俺は慌てて靴を履くと玄関から飛び出していった。
あ、あせったな。母さん変に思わなかったかな。でも俺の事を麻美が遊びに来たって思っているだろうし、まあ大丈夫だろう。
さてと、どこに行ってみようかな?
前も感じたけれど、麻美の格好で町を歩くと街が全然違う風景に見える。
麻美ってこんな風に見ているのか。
それにやっぱりドキドキする。何だか誰かから見られているような感じだし、ミニスカートが恥ずかしいぜ。あいつ、よくこんな格好でいられるよなあ。
でも、スカートって風が中に入り込んで涼しくて気持ちいいな。
道をぶらぶら駅の方に歩いていくと、後ろから呼び止められた。
「あっさみぃ、どこ行くの?」
振り返ると、そこには同じクラスの田端千秋、栗山秀美、池山明子の3人が立っていた。
「え? ……うん、ちょっとね」
「私たちこれからプールに行くんだけれど、一緒に行かない?」
確か麻美の奴、今日はおばさんと一緒に新宿のデパートで買い物に行くって言っていたな。この街にはいないはずだし、プールなら会うこともないなろう。
「いいけど、急に言われても水着持ってないよ」
「今日はホテルのプールに行くつもりなんだ。あっちで借りればいいじゃない」
そ、そうなのか。うーん、これはチャンスかも。
「そ、そっか。大丈夫かなぁ、でも行ってみようかな」
俺は麻美の顔で不安げな表情をしながらも、心の中ではニヤリと笑っていた。
ホテルのプールは本当に何なら何まで揃っていた。レンタル用の水着も競泳用からタンキニ付きワンピース、ビキニと選り取りみどりだ。
俺は麻美に似合いそうな白地にハイビスカスの花柄をあしらったワンピース水着を借りようとした。
「なあんだ、麻美ったらビキニじゃないんだ」
「えぇっ!? ……だ、だって恥ずかしいよ」
「あら、今度プールに行く時は絶対にビキニを着るって宣言してたくせに」
「そうだったかな? でも今日はこれでいいや」
さすがにビキニは恥ずかしいよ。
「それに麻美、アンダーショーツは買わなきゃ駄目だよ」
「???」
「それだと下が透けちゃうでしょ」
「そ、そうだね。うん、うっかりしてた」
「変な麻美」
そうか、女の子も水着の下にサポーターみたいなのを付けるんだ。
俺は一通り準備を終えると、待っていた3人と一緒に女子の更衣室に入った。
ふふふ、遂に禁断の園に足を踏み入れるぞ。
俺は「おじゃまします」と小さくつぶやきながら、みんなの後についていった。
ドアを開けて一歩中に入ると、更衣室の中は女の香りでむんむんむせ返っていた。
ご、極楽だぁ〜
更衣室の中では、まだ小さい小学生の女の子から高校生、スタイル抜群のお姉さんまで様々な女性が着替えをしていた。
さすがにすっぽんぽんの女性はいなかったが、同性だけの気安さなのか、男だったら絶対に見ることの出来ないようなあられもない光景があちらこちらで繰り広げられていた。
じっちゃんありがとう。
俺は思わずじっちゃんに感謝してしまった。
「麻美、なに突っ立ってるのよ。早く着替えちゃおうよ」
「え、ええ、そうね」
俺は空いているロッカーの扉を空けると、制服を脱ぎ始めた。
「きゃー、麻美ってだいたーん」
ブラウスとスカートを脱いでパンティとブラジャーだけの格好になると、後ろから声を掛けられた。
振り返るとバスタオルを胸に巻いた千秋が立っていた。
「スタイルに自信があると違うわね、えい!」
「ひゃっ!? やめてよぉ……」
いきなり胸を掴まれ俺の全身に電気のようなものが走った。
慌てて胸を隠すが、千秋に背中を向けて俺はまたニヤリと笑っていた。
女の子同士ってこんななのか。話しには聞いていたけど、へへ、何かいいな。
けど男と着替え方が違うんだな、失敗失敗。
俺は千秋が着替えている様子を参考にしながらバスタオルを胸に巻くと、ショーツをスルスルと脱いでアンダーショーツに穿き替えた。……良く見ると、なんだ、スカートを穿いたまま着替えている子もいるじゃないか……。
水着に脚を通すと、ゆっくり引き上げていく。俺の下半身が、腰が、そして胸がピッタリと伸縮性のある水着の生地に包まれていく。
腕を通し肩に留めると、すっかり水着に着替え終えた麻美の出来上がりだ。
「麻美、お肉が出てるよ」
「え?」
「ほら」
ペチンと秀美が俺のお尻をたたく。
「今日の麻美、ちょっと変だよ」
「そ……そうかな? でもありがと」
更衣室の鏡を見ながらはみ出たお尻を隠すように水着の生地をたぐり出す。胸は……おかしくないよな。
鏡に映った俺は、ハイビスカス柄のワンピーズ水着に包まれた麻美だった。テニスで鍛えられてスリムだけれど、出るところはしっかり出ている麻美には、ワンピースの水着がよく似合っている。
ちょっと右手で髪をたくし上げてポーズを取ってみると、そこいらのアイドル顔負けだ。
これが俺だなんて……俺って今本当に麻美をやっているんだな。
体にピタっと張り付いた水着のサラサラした生地の感触が、今更ながら女になっていることを実感させた。
「麻美、何ぼーっとしてんの? ナルシスはいってない?」
「あ……ごめんね。もうおかしくないかなって思って」
「はいはい、麻美は何着ても似合うよ。さあ、早く行こうよ」
「うん」
プールに行くと、どうも周囲から視線を感じる。あたりを見回すと、慌てて視線を逸らす男どもがあちらこちら……。
ああ、俺って見られているんだ。歩き方とかおかしくないよな。
恥ずかしいけれど、何だか見てもらいたい。自分が誇らしいような、そんな気持ちが涌きあがってくる。
そうか、麻美がビキニを着たいと言っていたのはこういうことなのかな。
プールでは4人でキャアキャア言いながら遊んだ。
水の中でじゃれあったり追いかけっこしたり、それに明子に抱きついても、秀美の股間が目の前にアップで晒されても、何とも思われない。
女の子とこうやって肌を密着させて遊ぶなんて、男だったら絶対できないよな。千秋も秀美も明子もクラスの中ではレベル高いし、いいよな〜。
俺ずっと麻美でいたくなっちゃうぜ。
ひとしきり遊んだ後、プールサイドに足をかけてプールの中から出ると、濡れた水着の股間から水がしたたり落ちる。その感覚が股間に何もないことを一層実感させ、濡れてベッタリと体にまとわりつく生地の感触は妙な快感を引き起こしていた。
プールで遊んだ後、シャワーを浴びてまた制服に着替えた。
冷たいシャワーがとっても気持ち良かった。
更衣室から出ると、ホテルのラウンジで冷たいものを飲もうということになった。
「私、今日デジカメ持ってきているんだ。ねえみんな、ロビーで撮らない」
「うん、じゃあ麻美撮ってあげるよ」
「いいよ私がみんなのこと撮ってあげる」
カシャ、カシャ、カシャ
Vサインをするタンクトップとスリムジーンズの千秋。
檸檬色のミニワンピースの裾をちょっとつまんでにっこりと微笑む秀美。
後ろ手に組んでちょっと気取った白のサマードレスの明子。
よしよし、千秋、秀美、明子ゲットだぜ。
俺たちがロビーで写真を撮っていると、ラウンジにひらひらのワンピースを着た一際かわいい女の子が入ってきた。
「ねぇねぇあれって、アイドルの近藤詩織じゃない」
「あ、本当だ、遊びに来ているのかなあ」
「麻美、写真撮りなよ」
「そうだね(ラッキー)」
カシャ
よしよし、詩織ちゃんをゲットできるなんて、思わぬ収穫だぜ。帰ったら早速……。
「今日はとっても楽しかった。誘ってくれてありがとう」
「うん、じゃあまた新学期にね」
「じゃあね」
俺は駅前で3人と別れると、取り敢えず元に戻ろうと近くの公園に向かった。
……早く詩織ちゃんになってみたいよ。
そしたら、また後ろから声を掛けられた。
「麻美、ちょっと寄る所があるって、あなたもう用事終わったの」
ありゃ、麻美のおばさんじゃないか。麻美と買い物だったんじゃ……。
「う、うん。もう終わったから」
「じゃあ帰りましょう」
「は、は、は、そうだね」
近くに戻っていたのか。麻美はどうしたんだろう、うーんまいった。
結局おばさんと一緒に麻美んちまで帰る事になってしまった。
トントンと階段を上がって麻美の部屋に入る。
さて、どうしようか。
麻美の椅子に逆向きに、背もたれを抱え込むように座ると、ここで元に戻るかそれとも麻美のままいったん家に帰るか考えた。
それにしても、この制服でこの体勢じゃパンツ丸見えだな……って誰も見てないからいいか。
股を広げて座った自分の格好を見下ろして、ちょっともやもやした感じが湧き上がったその時……。
「ただいま〜」
あれ、麻美帰ってきちゃったよ。うーんどうする。
トントンと階段を上がってくる音。そしてガラっとドアが開く。
「え!? あなた誰?」
「……誰って、私は麻美――風野麻美よっ。あなたこそ誰よ?」
俺は背もたれを抱えて椅子に座ったまま、ニヤニヤ笑いながら麻美に言い返した。
「え? え? どういうこと? 麻美は私よ。そんな馬鹿なことって……」
「麻美はワ・タ・シ、この家は私の家、この部屋は私の部屋、誰だか知らないけれど、早く出て行ってよ」
「そんな、そんな……」
麻美はすっかり青ざめている。ここいらが潮時か。
「なーんちゃって、ごめんごめん、俺だよ俺」
元の自分の声に戻して麻美に話し掛ける。
「お、俺って、誰よ……え? その声ってまさか、まさか和也? でもそんなことって」
「うちのじっちゃん実は忍者だったんだ。この間じっちゃんに忍術を教えてもらってね、こういうことが出来るようになったんだ」
「そ、そうなの、でもそんなこと信じられない」
俺は術を解いた。気合を入れると、麻美の皮と服が俺の体からボロボロと剥がれ落ちる。
全てが俺の体から剥がれると、俺は普段着の俺に戻っていた。剥がれた物は……塵のようになってやがて消えてしまった。
「和也、本当にあなたなのね」
「ああ、これでわかっただろう」
「…………かぁずやぁ、あなたって、あなたってぇ」
青ざめていた麻美は今度はブルブル震えて赤くなってきた。
うっ、ちょっとやりすぎたかな?
「かずやの、かずやのばかぁ! でてけぇ!」
「ご、ごめんよ麻美、じゃまたな」
俺はあわてて麻美の部屋を飛び出していった。
さてと、今日は千秋、秀美、明子、そして詩織ちゃんがゲットできたぞ。収穫収穫。
よし、それじゃあちょっと詩織ちゃんになってみるか。
俺は撮った詩織ちゃんの陰画をプリンターでプリントアウトした。
写真を床に広げると、印を結んで精神を詩織ちゃんの姿に集中する。俺は徐々に小さくなっていった。写真の詩織ちゃんと同じ大きさになると、写真に向かって飛び込む。そして、気合を入れると写真の中から飛び出した。
すると、出てきた俺はまるで妖精のような、ちっちゃな詩織ちゃんになっていた。十字に組んだ腕を広げて元の大きさに戻ると、すっかりホテルで見たふわりとしたワンピースを着た詩織ちゃんそのままの姿だ。
そう、鏡に映っているのは、詩織ちゃんだ。俺がにっこり笑うと鏡の詩織ちゃんも微笑み返す。スカートの裾を持って軽く廻ってみる。スカートが舞い上がり太股が露になる。
うう、詩織ちゃんのふとももだぁ。
俺は胸の前で祈るように手を合わせると、詩織ちゃんの出演していたドラマのセリフ廻しで鏡に向かって話し掛けてみた。
「和也さん、詩織は……詩織はずっとあなたをお慕い申し上げておりました」
自分だと分かっていても……うれしいよう。
よし、明日はこの格好でテレビ局に行ってみよう。そして新しい陰画をゲットだぜ。
俺は詩織ちゃんの顔でにんまりと笑った。
(了)
−おまけに付け足し−
夕食の時、俺はふと親父に聞いてみた。
「親父、どうして親父はじっちゃんの後を継がなかったんだい?」
ビールを飲みながら、親父は教えてくれた。
「お父さんが引退するきっかけになった月光仮面との戦いは、テレビ中継されていたんだ。
お父さんが言うには月光仮面にやられる寸前に実は変わり身の術でかろうじて逃げたらしいんだが、テレビでお父さんが爆発四散するのを見て、こんな家業継ぐもんじゃないな……って、小学生ながら固く思ったものさ」
そうだったのか……。