(イラスト:◎◎◎さん)




ゼリージュースの自販機の前で

 作:toshi9




 TSショップで発売されて以来爆発的に売れ続けたゼリージュースは、発売5年目にして遂にその自動販売機が街中に登場するに至った。それはまた特殊用途機能性食品として販路が制限されていたゼリージュースの一般ルートでの販売が認められた瞬間でもある。

 そして自販機で売られ始めて間もないその日、一台の真新しい自動販売機を前で、50歳位の剥げたサラリーマンがディスプレイに並んだゼリージュースの見本をじっと眺めていた。

「ようやくゼリージュースがこの手に……。人目を気にしながらTSショップに行かなくても、いつか気軽に買えるようにならないものかと願っていたが、遂にこの時がやってきた。さて、最初の1本は何を買うか」

 腕組みしながら見本を眺め続ける男。そこにもう一人30代後半かと思われるサラリーマンがやってきた。

「あれれ? 吉岡部長じゃないですか。どうしてこんな所に?」

 呼ばれて振り返った剥げた男は、相手を見て顔色を変える。

「え? 貴様、企画部の寺里か」
「はい。吉岡部長もゼリージュースを買いに来られたんですか?」
「う、うむ。そう言う貴様もそうなのか?」
「ええ、ここにゼリージュースの自動販売機があるという噂を聞いて、早速買いに来たんです」

 頭をかきながら答える寺里。

「そうか。実は私もそうなんだ」
「そうですか。まさか吉岡部長も同好の士だったとは知りませんでした」
「まあ昔と時代が変わったとは言え、この趣味ばかりは公言できんからな」
「はい。でもまさかゼリージュースの自販機ができるなんて思いもよりませんでした」
「全くだ。ニーズがモノを生み、モノがヒトを動かす。良い時代になったものだ」
「その通りですね。では部長、どうぞお先に」
「では早速……いや、寺里、貴様が先に選べ」

 そう言って自販機の前から退く吉岡部長。

「私が先? よろしいんですか?」
「ああ、私は何を買うかまだ決めてない。もし決まっているのなら先に買うがいい」
「ありがとうございます。それでは失礼してお先に」
「で、貴様はどれを買うつもりなんだ?」
「この一番端にある紫のやつです」

 自販機のディスプレイ中の1本をを指差す寺里。

「ほほう、『見たまんまコピー』のゼリージュースか」
「はい、さすが吉岡部長、よくご存知ですね。ゼリージュースの入門品とも言える一番簡単なやつですから。これを飲んで、とびっきりかわいい女子高生になってみたいんです。彼女たちの見下すような視線に耐えること15年、これまで電車の中で汚いだの、臭いだの陰口を叩かれること数知れず、最近では陰口というよりおおっぴらに「おじさん、近寄らないで」って放言されてますしね。最初はこいつら何様のつもりだって思ってましたが、そのうちいつか私もかわいい女子高生になって男を見下してみたい。そんな思いに囚われるようになりました。そしてようやくその時が来たんです!」
「なるほど、その気持ちわかるぞ」
「ではお先に」

 寺里が震える手でコインを入れると、下から紫色のペットボトルがころっと出てきた。

「で、どんな女子高生をコピーするんだ?」
「とびきりかわいい子、そう、この子ですよ」

 西岡は手に持ってた袋から週刊誌を取り出すと、グラビアページを広げた。そこにはブレザーの制服姿でにっこりと微笑んでいる新○結○が映っていた。

「ふむ」
「では早速」

 寺里はペットボトルのキャップを開けると、○垣○衣がにっこりと微笑んだそのグラビアをじっと見詰めながらむりむりと中のゼリーを押し出して飲んだ。すると彼の体はみるみる変化していく。

 数分後、そこにはだぶだぶの背広を着た新○結○が立っていた。

「やったね♪」

 かわいい声で叫んだ寺里が、ガッツポーズをする。

「おお、声もすっかり女の子だな」

「はい。後はどこかでこれに着替えて、それから電車の中でいろいろ楽しんでやりますよ」

 そう言うと寺里は持っていた包みを開いた。
 中には、グラビアの彼女が着ているものに似たデザインのブラウス、プリーツスカート、赤いリボン、それに紺のハイソックスが入っている。

「娘の制服です」
「用意周到じゃないか。だがそのゼリージュースでは顔と体型は美少女に変わっても、服の下は男のままだろう」
「はい、でもそれがまた面白いんですよ。股間には私の一物があるのに、見えそうで見えないミニスカートを履いた美少女の私をにやついて見ている男。こいつらなんて馬鹿なんだってね。痴漢とか遭ったらもう最高です」
「なるほど、そりゃ面白そうだな」
「さあ、吉岡部長もどうぞ」
「私か? うーむ、赤、青、黄、どれにするかな。実に悩ましい」

 自販機の前でうんうんと悩み続ける吉岡部長。

「やれやれ、部長、いっそのこと全部買えばいいじゃないですか」
「おお、その手があったか。これは気がつかなかった」

 吉岡部長は、次々とコインを入れては自販機のボタンを押した。

「どうです、部長も今からご一緒しませんか? 電車の中でハイティーンの女子高生として振舞う。男の視線がたまらんですよ」
「ふふふ、それはまた今度にするよ」
「そうですか、それでは今度青のゼリージュースで一緒に女子高生に憑依してみませんか? お互い成りきって女友達として振舞う。或いは女教師と女子生徒とか、母親と娘で成りすましプレイというのも面白いかもしれませんよ」
「成りすましプレイか、うむ、考えておくよ。だが今日のところは持ち帰るとしよう」
「ということは、吉岡部長のターゲットはご家族ですか?」
「20歳になった娘が最近口も聞いてくれんのでな……」
「それは大変ですね。くふふ、なるほど、それじゃ娘さんに使おうと」
「まあそういうことだ。お互い楽しもうじゃないか」
「わかりました。今度是非部長の成果を聞かせてください」
「うむ。寺里、お前の話も聞かせてくれよ」
「はい、わくわくします。それでは私はこれで」

 そう言い残すと、だぶだぶの背広を着た寺里は喜び勇んで雑踏に消えていった。 




(終わり)

                                   2008年3月7日 脱稿