静江と共に、しばし楽しい時を過ごした崇男。
アパートで昼食を取り終えた後、辻褄(つじつま)を合わせるために会社へと向かう。
 

崇男:「じゃあ会社に行って来るよ」

静江:「ええ。頑張ってね」

崇男:「まあちょっと書類整理をしてからすぐに帰るつもりだけど」

静江:「ここには寄らずにまっすぐ帰ってね。そうじゃないと……」

崇男:「わかってる、じゃあ」

静江:「ええ」
 

アパートの扉の前。
まるで新婚夫婦のようにフレンチキスをした二人。
朝方、加寿子に見送られた時と同じように、今度は静江に見送られる。
 

崇男:「静江の匂い、ついてないよな」
 

そう呟いた崇男は、会社に向かって歩いていった。
一階へと続く階段の裏にあった人影に気づかないまま――
 
 
 

コンコン――
 
 
 

扉を叩く音がする。
その音に気づいた静江は、扉に付いている覗き窓に片目を当てて外の様子を伺った。

崇男が忘れ物をしたのかもしれない――
そう思って崇男のスーツ姿を想像していたのだが、のぞき窓の向こうに見えるのは、初めて見る少し白髪の生えてた
中年の女性だった。
 

静江:「どなたですか?」
 

静江が問いかける。しかし、女性は返事をしようとはしなかった。
 

静江:「どちら様ですか?」
 

もう一度問いかける。
すると、その女性は覗き窓を睨みつけながら
 

「沖村加寿子よ」
 

と答えたのだった――
 
 
 
 
 
 
 

バレたら後が怖いです(中編)
 
 
 
 
 
 
 

静江:「ど、どうぞ」
 

先ほど崇男が座っていた椅子に座った加寿子に、冷たいお茶を出した静江。
 

加寿子:「いつから?」

静江:「え……」

加寿子:「いつから亭主と浮気しているの?」
 

ズバリ核心に迫った質問を浴びせられた静江は、ただ俯いて立っている事しか出来なかった。
 

加寿子:「人の亭主を奪うってそんなに楽しい?」
 

平静を装っているように見える加寿子だが、内心では腸(はらわた)が煮えくり返るほど激怒しているのは、
声の震え方で分かる。
 

静江:「そ、そんな事は……」

加寿子:「楽しいのよね。だから他人の亭主と遊ぶのよ。ほんとに……」
 

グラスを握っている加寿子の手が震えている。
グラスの底が、テーブル当たってカタカタと音を立てているところがまた恐ろしい。
 

静江:「ご、ごめんなさい……」

加寿子:「何がごめんなさいだか。さんざん亭主と遊んだ挙句に、一言ごめんなさいってねぇ。
      誘ったんでしょ、あなたが」

静江:「ち、違います。さ、誘ってなんか……」

加寿子:「誘ってないっていうの?それなら亭主が……崇男から仕掛けたって事?」

静江:「それは……」

加寿子:「……そんな事どうでもいいわ。最近ずっとおかしいと思ってた。崇男は気づかないとでも
      思っていたのかしら。私だって女よ。そのくらいすぐに気づくわ」

静江:「…………」
 

加寿子は荒くなった息を整えると、グラスを握ったまま再度、静江をにらみつけた。
 

加寿子:「ねえ。どうするつもりなのよ」

静江:「どうするって……」

加寿子:「ちゃんとケリをつけるんでしょうね」

静江:「…………」

加寿子:「あなたにとっては遊びだったんでしょ。二度と崇男に近づかないで。いいわねっ」

静江:「……で、でも」

加寿子:「何よっ!文句あるのっ!」

静江:「わ、私も崇男の事、愛してるんですっ」

加寿子:「なっ……」

静江:「今、崇男と会えなくなったら、私……」

加寿子:「なんて娘なのかしらっ。生意気な……慰謝料もしっかり払ってもらうわよ、絶対にっ」

静江:「そ、そんなっ」

加寿子:「嫌だって言うの?人の亭主を奪っておいて。しかも妻の私に向かって『崇男を愛している』だなんてっ!!」

静江:「お、お願いです。崇男と別れてくださいっ」
 

加寿子のものすごい剣幕で詰め寄られていた静江が、自分の気持ちをさらけ出すように強烈な言葉を
投げ返した。
 

加寿子:「っ……」

静江:「崇男もあなたと離婚しても構わないと言っていました。私達、愛し合っているんです。だから」

加寿子:「バ、バカな事言わないでっ!あんたっ、何様のつもりなのよっ!」
 

加寿子の裏返った声が部屋中に響く。
その迫力に、また言葉を詰まらせてしまった静江。
そして沈黙。
加寿子の荒々しい息遣いだけが部屋の中で繰り返し聞こえている。
しかし、加寿子は頭の中で何やら考えているようだった。
そして、しばらくした後、何かを決心した加寿子がその沈黙を破った。
 
 

加寿子:「はぁ、はぁ、はぁ……そ、そんなに崇男と一緒になりたいのなら……」
 

加寿子はツバを喉に詰まらせながら持ってきたカバンのファスナーを開けると、中から青いジュースの入ったペットボトルを取り出した。
 

加寿子:「はぁ、はぁ……そんなに崇男と暮らしたいなら……」
 

はぁはぁと息を荒くしながら、キャップを開けた加寿子。
胸元に左手を添えて息を整えながら、右手で持ったペットボトルを持った加寿子はゴクゴクと
そのジュースを飲み始めた。
ペットボトルを握り潰すようにしながら飲んでいる。
それを黙って見ているしか無かった静江。
 

加寿子:「ウップ……」
 

ペットボトルに入っていた青いジュースを飲み干した加寿子。今度はいきなり服を脱ぎ始める。
 

静江:「な……何してるんですかっ」
 

不可解な行動に、思わず声をかけた静江だったが、よく見てみると加寿子の身体の色が薄くなっているように
見えた。
 

静江:「えっ?」
 

紺色のワンピースを脱ぎ、下着姿になったはずの加寿子。
でも――
 

静江:「え?えっ!?」
 

目を擦(こす)ってもう一度加寿子を見る。どう見ても、加寿子の身体の色が薄くなっているのだ。
そんなことはお構いなしにブラジャーを外し、肌色のパンストと白いパンティを脱いでいる加寿子。
 

静江:「な、何?ど、どうして?か、身体が……」
 

そう言っている間にも、加寿子の身体の色はどんどん薄くなり――
 

静江:「…………」
 

すっかり見えなくなってしまったのだ。
部屋の中をキョロキョロと見回す静江。
しかし、どこを見ても加寿子の姿を確認できない。
 

静江:「ちょ、ちょっと……」
 

加寿子がいた足元に、洋服が散らばっている。
 

静江:「ど、何処に行ったの??どうして?」
 

そう呟いた矢先、耳元で小さく声が聞こえる。
 

「そんなに崇男と暮らしたいならそうさせてあげるわ。でもあなたじゃなく、私があなたの身体でね……」
 

静江:「ひっ……」
 

それは感情を押し殺した加寿子の声だった。
そして、その声を聞き終えた瞬間、静江は何かが入り込んでくるような感覚を全身に感じたのだ。
服を通り越して、直接身体の中にジワッと溶け込んでくる感じ。
 

静江:「あ……ああ……」
 

それほど苦しいわけではない。
しかし、何かが入り込んでくる感覚が増すごとに、背中が、足が、手が、そして身体の全てが動かなくなってしまったのだ。
 

静江:「な……」
 

言葉にならない声を上げた静江。
静江の脳が、身体が、目に見えない恐怖に脅えている。
 

静江:「ぃ……ぃやぁ……」
 

そう呟いたのを最後に、静江はフッと意識が遠のく感じがすると急に目の前が真っ暗になってしまった――
 
 
 
 
 
 
 

バレたら後が怖いです(中編)…おわり
 
 
 
 
 
 
 

あとがき
バレたら後が怖いです(笑
加寿子、恐ろしいですね。
崇男を愛しているが故の行動でしょうか。
でも、ストーカーのように尾行されるというのはちょっと嫌ですね。
まあ、疚(やま)しい事をしていないのならそんな事はされないでしょうけど(笑

それでは最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございました。
Tiraでした。