ゼリージュース選外品
 

朝食は、ゼリーで・・・

作・よしおか
 
 

ある大手お菓子会社の製造工場で、事務所の電話が、朝から鳴りっぱなしだった。
 

「はい。当社の商品ではそのようなことは・・・はいはい、何かの間違いだと思われます。はい、失礼いたします」
 

電話を切ると、男は、ため息をついた。
 

「ふう、これで何本目だ。まったく、どうしたというのだ。今日は・・・・」
 

男は、恨めしそうに電話を睨んだ。と、突然、ベルが鳴った。男は、身体を強張らせた。だが、そのベルは、2回なると止まった。
 

「おどかすなよ」
 

男は、ほっとすると、胸のポケットに手をやり、タバコを取り出すと、一本口に咥えた。
そして、ズボンのポケットから取り出そうとして・・・あれ?探し物はそこになく、彼は身体中のポケットをまさぐった。
 

「おかしいなぁ、どこにあるのだ」

「事務所は禁煙ですぞ!白鳥君」

「は、はい」
 

背後からの声に、白鳥と呼ばれた男は、咥えていたタバコを床に落としながらも、それに気づく様子もなく立ち上がって、硬直した。
 

「あはは、うまいものだろう。部長の声真似」
 

その声に、白鳥は後ろを振り向いた。そこには、ひょうきんな表情をした若い男が立っていた。
 

「九条、変な冗談はするなよな。それでなくても朝から疲れさせられているのに」

「どうしたのだよ。いつもの白鳥らしくないなぁ」
 

九条は、不思議そうな顔をして、白鳥の顔を見た。
 

「朝からおかしな問い合わせが続いて、疲れたよ。まったく、うちの製品は、あそこのゼリージュースじゃないって言うんだ」
 

白鳥は、いらだちながら、九条の問いに答えた。
 

「問い合わせ?」

「ああ、お宅のゼリージュースを飲んでも変身しないとか、どの商品を飲んだら変身するのかって、
 問い合わせや苦情が鳴りっぱなしなのだ。まるっきり、訳がわからないよ」

「確かにおかしな問い合わせだな。うちのゼリージュースは、そんな力はないのに」

「ああ、おかしなはなしさ。でも、ちょっと気になるから、現場を見てくるよ」

「大変ですなぁ。じゃあ、その間、留守番をしといてやるよ」

「ありがとう。もうすぐ、高取が来るはずだから、冷蔵庫の中のゼリーでも食べていてくれよ」
 

そういうと、白鳥は部屋の隅にある冷蔵庫を指差した。
 

「アア、そうするよ。朝飯抜いてきたから腹ペコなんだ。どれどれ・・・・おお、これは、幻のロットNO.BY1245ではないか」

「そうだよ。糖分の拡散がうまくいっていないということで、捨てられようとしたのだけど、
 ボクがこっそり、もらった奴なんだ。よかったら、どうぞ」

「おお。これは、幻のビワゼリー。本稼動という時に成分に問題ありということで、製造停止になった奴だろう。どうしたのだい」

「成分に問題ありということで、製造停止になったのだが、ワンロットだけは作っていたんだ。
 廃棄処分になるはずだったものを立花にもらったのさ。
 そういえば、あの時、この製品の原料手配した立花の奴。休んだままだなぁ。
 やはりあのときの製品の製造停止の責任感じているのかなぁ?」

「立花は、たまっていた代休をまとめて取ったらしいよ。あいつが責任なんか感じやしないさ。
 それに、甘さに問題があっただけで、身体には影響はないって話だぞ。これ」
 

九条は、立花の巨漢を思い出しながら、笑いながら答えた。
 

「それもそうだな」
 

白鳥も、笑いながら、九条に後を頼むと、事務所を出て行った。
九条は、よく冷えたゼリージュースの蓋を開けて、飲もうとした。
 

「あ、いけないんだ。会社の商品を勝手に食べちゃあいけないんですよ。・・・・あ、それ、『美倭人ゼリー』では?」
 

九条に声をかけた女の子が、目を丸くして、九条の手に持っているゼリージュースを見つめた。
彼女は、この工場の事務員で、今年二十歳になる水島恵子だった。
ショートヘアで、明るく活発で、人見知りをしない彼女は、この工場のマスコットだった。
容姿もなかなかで、この工場内だけでなく、出入り業者や、近所のお店の中でファンクラブが出来るほどだった。
 

「九条さん、それ欲しい!くださいよ」

「勝手に食べちゃ、いけないのではなかったのか」

「大丈夫ですよ。九条さんにもらったのですから」

「こいつ、責任をぜんぶおっかぶせるつもりだな」

「テヘッ」
 

恵子は、すこし照れたように微笑んだ。それがまた、愛くるしかった。
この表情に男は騙されるのだが・・・・騙されてもいい!かわいい!!
 

「おいしい。なぜこんなおいしいもの製造中止にしたのだろう?」

「さあな。水島みたいに、がばがば食べて太る子が出ると困るからだろうな」

「もう、失礼な。それにこれに入っているのは、異性化液糖だから太りませんよ〜〜だ」

「異性化液糖でも、食べ過ぎると太るぞ」

「もう、九条さんのイジワル」
 

2本目のゼリージュースを、チュウチュウと吸いながら、恵子は、九条を睨んだ。その顔がまた可愛かった。
そんなことを思いながら、九条は、3本目のゼリージュースの入ったアルミペーパーの容器に手を伸ばした。
 

「玄さん、玄さん」
 

白鳥は、忙しく走り回るフォークに乗っている初老の男に声をかけた。
だが、懸命に原料を積んだパレットをあちらこちらと運ぶ男は、その声に気付いてはいなかった。
 

「玄さん!」
 

だが、彼が、『ゲ』といった瞬間、休憩のベルがなり、走り回っていたフォークが止まり、
静かになった原料庫の中で、白鳥の声だけが響いた。
 

「おいおい、そう怒鳴らなくても聞こえるぞ」
 

笑いながら言う玄さんに、周りの人たちも笑い出した。白鳥は、顔が真っ赤になってしまった。
 

「げ、玄さん・・・・」

「ほいほい、今日は何の用だい。ぼうや」

「実は、ちょっと聞きたいことがあって・・・」
 

玄さんは、研修のときから現場にちょくちょく顔を出す白鳥を気に入って、坊や坊やといっていつも可愛がってくれていた。
白鳥は、朝から鳴りっ放しの電話の話をした。
 

「ふむふむ、おかしな話だなぁ。うちの商品にはそんな効果はないし、変身なんぞするわけはないしなぁ」

「で、玄さんにお伺いしたかったのは、この間製造停止になったあのゼリーについてなのですが・・・」

「あれは、問題なぞねえぞ。ただ、処方されていた糖分が、予想より甘くなかったので、製造延期になったのだよ。
 あのゼリーにあった糖分を試験中なのさ」

「そうなのですか?でも、試作段階ではうまくいっていたのでは?」

「ああ、そうなのだが、やはり糖分の拡散がうまくいかなかったみたいだな。でも、そうまずいものじゃないのだがなぁ」

「そうなのだ」
 

白鳥は、玄さんの言葉に納得した。そして、礼を言って原料室を去りかけた。
だが、原料室のドアを出かけに、何を思ったのか、振り返るとこう聞いた。
 

「玄さん。そのときつかっていた糖分は、なんだったのですか?」

「あれか、あれは、たしか・・・・なんだっけ?」

「あれは、『異性化液糖』の類似品でしたよ」
 

他の作業員が代わりに答えてくれた。
 

「それはなんと言うものだったのですか?」

「たしか・・・・異性化えき・・・・いや、薬糖だ。思ったほど甘くなかったよ」

「異性化薬糖?」

「ああ、資材購入担当者が、液糖と間違えて買いやがったんだ。液糖よりも1.2倍は高いらしい。
 だから、その値段が問題になって、担当者、責任を感じて、寝込んだそうだ」

「玄さん。もしかしてその担当者って・・・・」

「ああ、立花の奴だよ。それがどうした?」
 

白鳥は、休んでいる立花の顔を思い浮かべて、いやな予感がした。
 

「玄さん。これ、インターネットに繋がっていましたよね」

「ああ、繋がっているよ。新しい原料の資料とか調べなくちゃいけねえからな」

「ちょっと借ります」
 

白鳥は、パソコンを借りると、検索をはじめた。それは『異性化薬糖』。いろんなところに検索をかけたが、
どれもヒットしなかった。ついには、各種研究機関にも質問を投げかけた。検索すること3時間。
やっと一ヶ所から返事が届いた。
 

『お問い合わせの物質は、貴社のような一般食品会社には流通されてはいないはずなのですが、
もし、そちらにこの物質があると言うのなら、すぐに使用を停止され、製造された商品は、
外部へ流失しないように管理され、もし、流失しているようでしたら、すぐに回収されることをお勧めします。
該当物質および、使用した商品は、厳重に保管され、すぐに『国立性変化研究所』に報告されることをお勧めします。
もし報告が送れて、厚生労働省の知るところになると、貴社にとって、難しい事態を招くことになります』
 

その返事は、会社の存亡を決するものだった。
 

「いったい、あの物質がなんだと言うのだ?」
 

白鳥は、一層謎が深まっていく気がした。
 

『これからご説明することは、にわかに信じがたいとは思いますが、お疑いなきよう。お願いいたします。
『異性化薬糖』とは、ある研究施設が、偶然に製造いたしました「性転換薬物」なのです。
これがある分量、体内に蓄積されると、短時間に性別が逆転してしまうのです。
生物学的にも、信じがたい現象ではありますが、臨床実験によるデータもあり、世界的に認定されていることなのです。
ただ、効果があまりにも異常なために、使用には厳重な制約がかけられております。
ですから、もし、食品などに使用されたとなると、大問題になります。
すぐに、経営陣に報告され、しかるべき処置をとられることを提言いたします』
 

そのアドバイスを見て、白鳥は、顔から血が引くのを感じた。そして、白鳥の検索を、後ろから時々覗いていた玄さんは、部下に怒鳴って、工場長に、すぐここに来るように連絡させた。単なる原料誤りは、会社の存亡を脅かすものに発展していった。
 

「もう、おいしくて、ついつい食べ過ぎてしまうわ。もう、だめ」
 

恵子の前には、5個の空きパックが転がっていた。そして、九条の前にも4個の空きパックがあった。
 

「確かに癖になるなぁ。ついついもう一個と手が伸びてしまう。そのために、発売停止になったのかなぁ」

「もう、いくら低カロリーでも、ついつい食べていたら太っちゃう。もう、胸が圧迫される」

「いくらなんでも、そんなに急に胸が大きくなるかよ。でも、俺も、胸が張ってきたなぁ。尻も窮屈だし」

「あ、九条さん。胸が・・・・」
 

九条を見た恵子が、驚きの顔をして、九条の胸を指した。
 

「むね?」
 

九条は、その声に、視線を下げて、胸を見た。するとそこには、着ているシャツのボタンを
弾き飛ばさんばかりに膨れ上がった丸いボールのようなものが左右に一個ずつあった。
 

「こ、これは・・・おっぱい!」

「いや〜〜九条さんの変態!」

「そういう水島だって・・・お前、ムダ毛をちゃんと処理しているのか」

「やってますよ」

「それじゃあ、鼻の下やあごの下にあるものはなんだい?」

「え?」
 

恵子は、九条に言われて、改めて、恐る恐るあごや、鼻の下を触ってみた。
いつものやわらかい産毛の感触はなく、すこし硬い毛が生えていた。
 

「なにこれ?」

「ヒゲだよ。それも濃い男のヒゲがな」

「ヒゲ?なぜ、女のわたしの顔にはえるの?」

「女じゃなくなったのだろうね。俺と同じく、君も変わったのだろう」

「そんな、いや〜〜」
 

恵子の悲痛の叫びが、事務所中に響いた。
 

「これは序の口だ。ひどいのはこれからだろう」
 

下腹部に異様な変化を感じながら、九条はボソッと言った。体内に消えいく何かを感じながら・・・・
 
 
 
 

それから3ヶ月がたった。
 

「九条。あのゼリージュース。飲むなぁ〜〜」
 

白鳥は、原料室から、息もつかずに、事務所に駆け戻ると、ドアを蹴破るかのような勢いで開けると、大声で怒鳴った。
だが、事務所の中には、九条や恵子の姿はなかった。
ただ、代わりに長身の男装の美女と小柄で年若い女子事務員の制服を着た少年が、立っているだけだった。

「九条?」

「お!白鳥、俺立ちどうなったんだ?」

「しらとりさ〜ん」
 

小柄な少年が、まるでおびえる女の子のように白鳥の胸に飛び込んで泣きじゃくりだした。
突然見知らぬ少年に胸で泣かれた白鳥は戸惑ってしまった。
 

「き、き、君はまさか・・・・水島君?」
 

少年は、白鳥の胸で、小さく頷いた。
 

「じゃあ、じゃあ、じゃあ、君たちは、あのゼリージュースを飲んでしまったのか」
 

事態は最悪の状態になっていた。端正な顔立ちをしていた九条は、スーパーモデル顔負けの美女になり、
恵子は、ジャニーズ系のかわいい男の子になっていた。
 

「どうすればいいんだ!」
 

白鳥は頭を抱えてしまった。
 
 
 

「お、っはよ〜〜〜」
 

事務所のドアが開き、流行の服を着たファッションモデルのような長身の美女が、現れた。
机に座り始業時間までダベッていた男性社員たちは、その声に一斉にドアのほうを見た。
 

「九条さん、おはよう〜〜〜」
 

ダベッていた男性社員は、全員その美女のほうを見て、デレ〜〜っとした顔をして、美女を見つめた。
 

「お、お、おはようございます」

「あら、恵一君。おはよ」

「あ、九条さん。おはようございます」
 

美女にぶつかりそうになったジャニーズ系の少年が、照れくさそうに笑った。
 

「気をつけなさいよ」
 

軽くポンと少年の頭を叩くと、美女は、彼女に顔をあわせないようにしながら、机に向かって仕事をしてる白鳥の隣の席に座った。
 

「オハヨ!白鳥君」

「おまえなぁ、いつになったら元に戻るんだ」

「あら、このままじゃいけない?似合わないかなぁ」

「そんな問題じゃなくて、お前は男だろうが!」

「あら、いまは女よ。完璧な女。こんな美人。そうはいないわよ」

「おまえなぁ」

「だってぇ、男に戻ろうとすると男性社員が止めるんですもの」

「あのなぁ」

「それにね。わたしたち、来月発売予定のゼリージュースのCMキャラに選ばれたの」

「新製品のゼリージュース?」

「そうよ。今回の事件で、わたしたちの身体を戻すために、あのゼリージュースの成分分析中に
 細胞活性化酵素が発見されたの。つまり、若返りの酵素ね」

「ええ!」

「だから、若いわたしたちが選ばれたって訳よ」
 

白鳥と同じく、30過ぎのはずの九条は、今は、どう見ても二十代前半に見えた。
 

「戻れないのは、会社の命令もあるけど・・・・(小声で)責任とってね。こうなったのは、あなたのくれた
 ゼリージュースのせいですからね」
 

九条は、白鳥の耳元でそうささやくと、獲物を弄ぶ猫のように、悪戯っぽく微笑んだ。
 
 
 
 
 
 

「なんでだ。なぜ、美女にならないんだ。せっかく闇ルートであれを手に入れて、ゼリージュースを作ったのに。
 あそこの商品と何処が違うと言うのだ」
 

150キロはあるあんこ型の巨体を揺らしながら、身悶えた。
 

「これじゃあ、女になっても白鳥の前にいけないじゃないか。どうしたらいいんだ!」
 

脂ぎったデブ女になった立花は、こっそりと持ち帰っていた「異性化薬糖」いりのゼリージュースを吸いながら、
肉でだぶだぶの顔をくしゃくしゃにしながら泣き出した。
彼?いや、彼女は、ここ数ヶ月、ずっと食べ続けて、部屋いっぱいになったゼリージュースのパックに埋もれていた。
(彼は、どうやってくすねてきたのだ?こんなにゼリージュースを)