カフェ・メディアンの前で紺色のメイド服に白いエプロン姿の可愛らしい女の子が配っていたチラシを手にした男性。
自分では気づいていなかったが、そのチラシを持つ手はフルフルと震えていた。
このチラシを受け取った男たちは、皆、この男性と同じ表情をしながら手を震わせているようだった。
「これってほんとかよ。俺がメイドに……いや、あの子になることが出来るんだっ」
「ウソだろ。何だかんだ言っても、あのメイド服を着て女装するだけじゃないのか?」
チラシには真実が書かれているのだが、その現実離れした内容に男たちは首をかしげ、また冗談と受け取る者も
多かった。
そのチラシに書かれている事とは……
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『メイド体験フェア!!』
あなたも一度、メイドという職業を体験してみませんか?
私たちと同じメイド服にエプロン姿で、メイドとしてお客様に接するのです。
貸し出すのは衣装だけではありません。
体……
そう、私たちの体も貸し出します。
どうですか?
私たちになってメイドを体験しませんか。
女の子の体って楽しいんだよ!!
興味がある方は、抽選を行いますので下記日時に
カフェ・メディアンまでお越しくださいませ。
お待ちしています――
○月○日 ○○時
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そんな内容だった。
男性はチラシを綺麗に四つ折にしてズボンのポケットに押し込むと、
無くさないように家に持ち帰り、自分の机の引出しに仕舞いこんだのだった――
メイド体験フェア(設定編)
「ねえ大樹君、体験フェアに何人くらいの人が来ると思うぅ?」
店も落ち着いてきた午後2時半。
メイド服姿の藤堂和美は、厨房で洗い物をしていたスタッフの片瀬川大樹に話し掛けた。
「さあなぁ。案外誰も来なかったりして」
「あはっ、現実離れした話しだしね」
「でも来る奴は来るよ。そういうのが好きな人だっているんだから」
「う〜ん、そうよねぇ〜」
「まあ1日だけだからいいんじゃない?」
「そんな他人事みたいに言ってぇ。大樹君って結構冷たかったんだ」
「そ、そういう意味じゃないよ。和美さんも他の人になれて面白ろかったんじゃない?」
「べ、別にぃ……」
「俺の体になって面白かっただろ」
「え……そ、それは……」
「ジュースを排泄すれば元に戻れるんだしさ」
大樹はお皿やコップなど、全ての洗い物を終えると白いタオルで手を拭きながら
和美を見た。
和美は何ともいえない複雑な表情をしている。
「ね、ねえ……大樹君」
「何?和美さん」
「大樹君はね、私の体が他の人に使われるのって……そ、その……い、嫌じゃない?」
「え……えっ?」
「……あ、だ、だからねっ……そ、その……ほ、ほら。仕事にならないんじゃないかなぁって思って。ははは」
和美は急に顔を赤らめながら、本当の意味を否定するような言葉を大樹に言った。
大樹も一瞬ためらったが、
「あ……そ、そういう事。そうだよなぁ、変身した人がまともに働いてくれるなんて思えないし」
と和美に話を合わせたのだった。
「それに、誰が本当の私か分からなくなっちゃうよ」
「大丈夫。その心配はないぞ」
「わっ!て、店長っ!」
いきなり会話に割り込んできたのは、店長だった。
ニコニコした表情で厨房の中に入って来た店長が話を続ける。
「今回の体験フェアでメイドになってもらう人には、薄いピンク色のエプロンをつけてもらうのだ。
和美君たちは白いエプロンだから見分けがつくだろう」
「な、なるほど……」
大樹はウンウンと肯いた。
でも和美はう〜んと首をひねっている。
「どうしたんだ?和美君」
「あ、あのぉ……知らない人に裸を見られちゃうんですよぉ〜。やっぱり恥ずかしいですぅ」
「和美君本人の体を見られるわけじゃないんだから大丈夫だよ。高原ビューティークリニックと
共同開発をしている食品会社の小野さんに聞いたところ、服を着ていても問題ないそうだ。
だから和美君たちは服を着たままでいいんだよ。参加した人が服を脱いでゼリージュースを飲み、
和美君たちの体に入り込めばいい事になる」
「何だか気持ち悪いですねぇ。知らない人が体の中に入ってくるなんて」
「な〜に、気分が悪くなるようなことは無いらしいから。小野さんのご好意で5本の
ゼリージュースをもらう事が出来たんだ。今度のゼリージュースは滅多に手に入らないものなんだがな」
「今度のゼリージュースって……」
大樹が店長に質問すると、店長はウンウンと肯きながら
「これなんだよ」
とカバンから1本取り出した。
そのペットボトルの中身は赤い色をしており、店長が軽く振ってみるとボトルに入っている液体もフルフルと震えているようだった。
「イチゴ味のゼリージュースらしい。これを飲めば変身出来ると聞いている」
「それが変身のゼリージュース……」
大樹と和美は、店長が持つそのゼリージュースに、興味津々な眼差しを送っていた。
「そうだ。完成版だからお客さんに出しても安心して飲んでもらえる。今度の土曜日が楽しみだ。
何人集まるかな。ははははっ!」
店長は嬉しそうにゼリージュースをカバンに戻すと、大きな笑い声を上げながら向こうに行ってしまった。
「あれが変身用のゼリージュースなんだ」
「うん。私たちの飲んだ黄色いのとは違うよねぇ」
「ああ。あのゼリージュースで和美さんやエルミちゃんたちになれるのか」
「もしかして大樹君、あれ欲しいんじゃないのぉ?」
「か、和美さんこそ」
「そ、そんな事ないよぉ」
そう言っている二人とも、否定する言葉に力が入っていなかった――
そして土曜日――
今日は開店時間をずらしているのでまだ店は始まっていない。
その代わり、開店前のカフェ・メディアンの前には、数十人の男たちが行列を作っていた。
もちろん本来の目的である食事や休憩にきたわけではない。
『メイド体験フェア』に応募するために来たのだ。
「うわぁ……いっぱい来てるよぉ」
「ほんとね。そんなにメイドが体験したいのかしら」
「違うよ。きっと私たちの体が目的なんだよ」
和美やエルミたちは、店の中からガラス越しに見える男性たちの行列を眺めながら話をしていた。
ゼリージュースは5本あるので、あの中の5人が和美達に変身することになるのだ。
もちろん、お客が誰になりたいかを選ぶので、和美になりたい人がいなければ
体を提供する必要も無い。
それはそれで嬉しいのだが、一人もいないと言うのは逆に寂しい事でもある。
和美は複雑な思いで行列を眺めていた。
「それでは今から抽選を始めます。今日集まってくださった方の中から、5名の方が
メイドの体験をしていただけます。どなたが体験されるのかは神のみぞ知るところですが、
どうかこの『メイド体験フェア』を存分に楽しんでいってください」
店長が店の前に出て説明すると、男たちからワァ〜ッ!という歓声があがった。
「ではこの箱の中に紙が入っていますから、順番に引いてください。
当たりが書いている紙を手にした方。その方にメイドを体験していただきます」
早い人は、開店の5時間前から並んでいたらしい。
ドキドキしながら箱の中に入っている紙を引いてゆく男たち。
中には女の子も混じっているようだ。
まあ、女の子は単にメイド服に憧れているだけなのかもしれないが……
「よっしゃぁ!当たりを引いたぞぉ〜!」
次々とハズレの紙を引いてゆく人の中に、一人大きな声でそう叫んだ人がいた。
あまりにも一般的な中年のおっさん。
嬉しそうにガッツポーズをして喜んでいる。
「おめでとうございます。さあ、それでは店内へどうぞ」
店長が当たりの紙を確かめ、店の中へと案内する。
嬉しさを噛締め、外れた人の視線を浴びながら店内へと向かうおっさん。
そのあと、順番に紙が引かれて、計5人の男性が選ばれる事となった――
ガヤガヤと店の外から男たちの声が聞こえる。
そんな中、選ばれた男性5人は店内で店長の話に耳を傾けていた。
「さて、皆さんにはこれからメイドに変身していただきます。今日はこの中の3人から
好きな女性を選んでください」
店長が話す横には、メイド服姿に着替えている和美、エルミ、マヤが立っていた。
「あの……本当に変身できるんですか?メイド服を着て女装するって事でしょうか?」
一人の男性が店長に尋ねた。
「いいえ、女装ではありません。目の前にいる彼女達になってもらうのです。顔や手、足。体全てが
彼女達と同じに変身できるのです」
「おおおお!」
店長の非現実的な言葉に、5人は感嘆の声を挙げた。
「ただしお約束があります。これが守れない方はメイドになっていただけませんのでよく聞いてください。
まず、変身した体で淫らな行為をしないこと。そして、その体のまま帰らない事。
後でご説明しますが、すぐに変身を解くことが出来ます。
彼女達に変身したまま帰ってしまうと、色々な意味で彼女達に迷惑がかかります。分かりますよね」
5人は顔を見合わせながら、ウンウンと肯いている。
「それから、変身したあとはメイドになって店のお手伝いをしていただきます。メイドの役目は
お分かりでしょう。皆さんの前にいるメイド、彼女達と共に働いていただきます。
もちろん、働いていただいた分のお金はしっかりと払わせていただきます。
どうですか。彼女達メイドに変身できる上、バイト料まで入るのです」
「いいねえ。ちゃんと約束は守るから、早く変身させてくれよ。俺、マヤちゃんになりたいんだ」
いきなり指名されたマヤが、ピクッと体を震わせた。
「分かりました。ちゃんと約束は守ってくださいね。それでは皆さんはこちらの部屋で待機してください」
店長が5人を店内にある小さな部屋に案内する。
その後、和美達3人は隣にある同じ大きさの部屋に入ると、用意されていた3つの椅子に座った。
「なんかちょっと緊張するね」
「うん。ドキドキする。和美はもう体験しているから平気なんじゃない?」
「そ、そんな事ないよぉ。私だって緊張してるし」
などと、しばらく話をしていると、目の前のドアがゆっくりと開いた。
「「「…………」」」
3人とも無言になる。
でも、開いたドアの向こうには誰もいなかった。
「何?」
「さ、さあ……」
どうして誰も入ってこないのか分からなかったのだが、実はそこにはゼリージュースを
飲んだ男性が立っていたのだ。
男性が声を出せば3人は気付くのだが、男性は何も言わないまま部屋の中に入ってくると、
変身したいと思っている女の子の前で背を向けるようにして立ち止まり、
そのまま女の子の上に座り込んだ。
「……あれ?」
「どうしたの?」
マヤが首を傾げたので、エルミが声をかけた。
「うん……何となく身体が変な感じ」
「変ってどんな?」
「よ、よく分からないけど……何ていうんだろ。身体の中に何かが入って来るような……」
「曖昧な表現ね。よく分からないじゃない」
そう言ったエルミも、マヤが言った言葉が理解できるような現象を身体に感じた。
「あ……えっ?」
「何?」
「私も何だかそんな気持ちが……あれ?しなくなったわ」
同じく和美も奇妙な感覚が身体を襲った。
でも、3人ともそれがどういう事だったのか分からない。
それは、店長がこの完成した赤いゼリージュースを飲むと、身体が透明色になってしまうと
説明していなかったからだ。
不思議がっている3人をよそに、ほんの2〜3分ほどの間に男性5人が、
和美、マヤ、エルミの身体に入り込み、その容姿の全てをコピーしていた。
「もういいよ」
店長が空いているドアから顔を覗かせ、座っている3人に声をかけた。
「あ、でも店長。まだゼリージュースを飲んだ男性が……」
「もう終わったよ。気づかなかったのか?」
「えっ……もしかしてあの変な感覚は……」
「そういう事だ。それじゃあ3人ともいつもどおり開店準備の支度をしてくれ。
私はあの5人の様子を見てくる」
「あ……えっと……わ、分かりました……」
3人ともよく分からないまま、とりあえずいつもどおり開店準備をする事にした。
和美は一度黄色のゼリージュースを体験しているのだが、マヤとエルミは初めての事。
自分と同じ姿をした男性を見ると思うと、興味と不安を同時に感じているようだった――
メイド体験フェア(設定編)……おわり
あとがき
Tarotaさんが書かれた「メイド喫茶はパイン味」の最後に登場する
「メイド体験フェア」を書いてみました。
メールの中で「メイド体験フェア」についてのお話をさせて頂きましたので、
いつか書きたいなぁと思っていたんですよ。
今回は設定編ということで、和美、エルミ、マヤの3人になりたい男性5人が登場するところまでです。
あとは5人について、それぞれ独立して書けばよいという設定になっています。
5人と言っても、別に5人に縛らなくても構わないんですが(^^
男性についての特徴は殆ど書いていませんから!
私は和美ちゃんに変身した男性について書きたいなぁなんて思っています(^^
皆さん、よければ書いてくださいよ。
えっ!
書くのはいや?
なぬっ!全部書けって!?
ひ〜……それは無理ですぅぅ(笑
それでは最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございました。
Tiraでした。