抹茶ゼリーは、甘味な罠

作・よしおか
 
 
 

「これで俺も、美女になり放題だな。げへへへ・・・」
 

男は、コンビニのビニル袋から買ってきたばかりのゼリージュースのビンを取り出して、
窓から差し込む日差しにかざしながら、ニヤついた。
陽射しを浴びて、ゼリージュースは、濃いエメラルドグリーンに輝いた。
 

「でも、こんなのを、ふつうのコンビニで売っているとは思わなかったぜ。かなり一般化しているんだなぁ。
 TSしたって騒ぎを聞いたことないもの」
 

かざしたゼリージュースのビンを見ながら、男は、ニヤついていた。
 

「でも、コンビニに行って、この成分表に気付かなかったら、買い逃すところだったよ。異性化液糖か」
 

男の顔が、ニヤけて、ほころんでいった。
 

「でもなんだなぁ。異性になることが出来る砂糖があるなんてすごいぜ。
  それも、コンビニで手軽に買えるなんて。いい時代になったなぁ」
 

男は、うれしそうな顔をしながら、ゼリージュースを、見つめたまま、なかなか飲もうとしなかった。
男のいる部屋の中は、足の踏み場がないほど本や、雑誌、ビデオテープ、DVDで溢れていた。
『ボクの初体験』『ボディ・ジャック18禁』『転校生』『tiraTS傑作集』『らんおう怪奇TS全集(上)』
『W・Q TSイラスト集』『図解TS解体新書』『TSシネマ ジョニーズブラボー!』等々、
TSファンならよだれがたれ流しになりそうな物が、無造作に転がっていた。
そのほかにも、『TS』と金色のマジックで書かれた野球帽とか、『女の皮 あつぎり製作所』などという怪しげな、
バッタ物臭いものまであった。
 

「TS生活25年。長かった苦渋の日々もついに終わりだ。憑依薬だといって騙されて、
漂白剤を呑まされたり(死ぬがな)、変身できると思ってライダーベルトを捲いて、女子更衣室に忍び込んで、
袋叩きにあったり(変身がちゃうがな)、入れ替わりの露天風呂だと聞いて、ずっと湯船につかっていて、
湯辺りして、死ぬかと思ったり、脳交換と思ったら、蝋を股間にたらされたりしたが、そんな日々ともお別れだ。
明日からは、TSのやり放題。わはは・・・・・」
 

男は、やっとビンの蓋を開けると、ゼリージュースを飲み干した。
 

「なんだか、すこしこなっぽいけど、マアマアの味だな。甘いけどちょっと苦くて。大人の味かな?」
 

などと、馬鹿なことを言いながら、着ていた服を脱ぎだすと、部屋の片隅にあった姿見の前に立った。
 

「こんな日が来ることを信じて、粗大ごみの日に、人目を気にしながら持って帰ってきたこの鏡がやっと役立つぞ。
  さて、変わったら、やっぱりあれかな?うっそ〜〜、これがボク?」
 

男は、下膨れのあごの下を、グローブのような手で持ち上げると、驚いたような表情をして見た。
でも、その目は、喜びに溢れていた。
 

「それとも、あれかな? あ、あれ?な、な、ない〜〜〜!」
 

今度は、ズボンを脱いで、パンツの端を持つと、前に伸ばして、自分の股間を見ながら、大声で叫んだ。
 

『うるさいわねぇ。TVの声が聞こえないじゃないの』

「す、すみません。ふぅ、隣のばばぁ、また昼メロ見てやがる。
  ほんと、ひまなんだから、でも、気をつけないといけないな。ここ、壁が薄いから」
 

そうつぶやきながら、男は、じっと鏡の前に立ったまま、3時間過ごした。だが、鏡には、
ぶくぶくに太った自分の姿が映っているだけだった。
 

「やっぱりすぐには効かないんだな。しばらく、待ってみるか」
 

それから、一週間がたった。だが、男はデブデブのままだった。
 

「かわらねえなぁ。量が足りなかったのかなぁ?バイト料も入ったことだし、買えるだけ買ってやるぞ!
 ぜったいTSしてやる〜!!!」
 

それから、男は、銀行に行って、預金を全部下ろすと、近くのコンビニに飛び込み、買えるだけの
抹茶のゼリージュースを買った。そして、ふうふう言いながら、部屋に戻ると、買って来た
ゼリージュースを飲みだした。朝・昼・晩と、そのゼリージュースだけを飲んだ。
そして、3ヶ月が無常にも過ぎていった。だが、男は、TSする気配はなかった。
ただ、男の身体から脂肪が落ち、肉のだぶつきは、すこし消えていた。
 

「これは欠陥商品じゃないか。メーカーに文句言わなくては!」
 

男は、溢れかえったゼリージュースの空き瓶の山の中から携帯を掘り出すと、ゼリージュースの
販売メーカーに電話をかけた。もし、これが明日なら、電話はかからなかっただろう。なぜなら彼は、
明日までに支払わなくてはいけない携帯の使用料も使い込んで、ゼリージュースを買い込んでいたからだ。
 

「はい、こちらは○○食品お客様窓口ですが?」

「お前のところのゼリージュースを飲んだけどTSしないぞ。これ、欠陥商品じゃないか!」

「またですか。あなたで、600人目ですよ」
 

電話に出たメーカーの社員は疲れ切った様に言った。
 

「またとはなんだ。またとは。お前ところの商品が欠陥だからそういっているのだろうが!」

「あのねぇ、あなたが言う欠陥とは『異性化液糖』のことでしょう?」

「そうだ」

「あれはねぇ、砂糖とかとは違う糖分のことなの。でんぷんなんかから作るもので、本来とは違う成分を
 作り出すために、異性化と書かれてあるだけで、飲んでも男性が女性になったり、女性が男性に
 成ったりはしないの。もう、どうして、こんなに勘違いする人が多いのかねぇ。まったく」
 

そういうと、電話を切られてしまった。携帯を持ったまま固まってしまった男の前には、山になった
ゼリージュースの空き瓶と、冷蔵庫の中には、まだ、飲んでいないゼリージュースが、溢れんばかりにあった。
男は、顔を青くして立ち尽くすばかりだった。
窓から差し込む陽射しの中で、テーブルの上の飲みかけのゼリージュースが、美しいエメラルドグリーンに輝いていた・・・・