ゼリージュースがある日常(その7)

作:月より





10月、唯の通う小学校で年に1度の学芸会。この町の外れにある大きな公園にある小さな野外ステージを貸りて土・日の2日間、クラスごとに合唱や演奏など発表し、近所に住む人たちが観に来ます。唯のクラスは、日曜日の午後から演劇をするそうです。
ちなみに萌が通う中学校では、11月に文化祭があり、土曜日にここでグループでのバンドや演劇を、日曜日に学校で主にクラスでの飲食物のお店や、クラブの催しがあります。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



日曜日・午前の部が終わり、生徒や保護者など、ざわざわと歩き始めた。


萌:お母さん、午前の部が終わったね。唯のクラスは午後の部の一番最初だよ。

お母さん:もう、今からドキドキするわ。唯が主役だなんて。

萌:お母さん、そんなドキドキしなくても。小学1年生の劇なんだから。

お母さん:そんな事言ったって・・・。なんだか喉が渇いてきたわ。


手に持っていた紫色のドリンクのキャップを外し、飲もうとするお母さん。

萌:だめだよ!それ、ゼリージュースじゃない。あとで唯に飲ませるんでしょ。昨日の朝からまだ、ゼリージュース飲んでないんだから。


そう、唯は2日に1度はゼリージュースを摂取しないといけないニュータイプ。そのため、お母さんは、唯の写真と紫色のゼリージュースを持ってきていた。

唯:あっ、お母さん、お姉ちゃん♪


前列の生徒達の席から、唯がこちらにやってきた。

萌:唯、昼ごはん食べたら、すぐに唯のクラスだね!

お母さん:唯ちゃん、ごめんね。せっかくの晴れ舞台なのに、お父さん、急なお仕事で来れなくなっちゃって。

唯:仕事なんだから、いいよ。お母さんとお姉ちゃん、ちゃんと見ててね♪

萌:それより、早く昼ごはん食べないと。唯、衣装に着替える時間とかあるでしょ。

お母さん:そうだったわね。そう思って昼ごはん、早く食べられそうなサンドイッチ作ってきたのよ。カツサンドも入ってあるし、唯ちゃん、頑張ってね♪

唯:うん!お母さん♪

ガッツポーズをつくるお母さんと唯。

萌:カツサンドって、試合するわけじゃないんだから。


野外ステージの観客席は芝生になっていて、3人はビニールの敷物に座り、ピクニック気分でサンドイッチをほおばった。食べ終わるのに15分ほどかかったが、お昼休みはまだ1時間弱ある。

お母さん:まだ時間あるけど、唯ちゃん、どこいったのかしら。ゼリージュース飲ませようと思っていたのに。

萌:トイレに行ったのかなぁー。


10分ほどして、唯が戻ってきた。先ほどまで着ていた服ではなく、真っ白な服、そして背中にはかわいい羽根が付けられていた。

唯:お母さん、お姉ちゃん。見てみて〜♪

お母さん;わぁー、かわいい衣装。天使みたいだわ。

萌:唯、すごくかわいいよ!ねえねえ、服さわらせて。


そういうと、萌は立ち上がり唯に近づこうとしたが、長時間座っていたせいか、足が痺れバランスを崩した。

萌:わ、わわわ・・・グシュッ!

唯:お、お姉ちゃん!?・・・きゃっ!

2人は、絡み合うように倒れた。

萌:ごめん、唯。大丈夫?足、しびれちゃって。

唯:うん、唯は大丈夫だよ。でも、服が・・・


真っ白だった唯の服は紫色の染みのように汚れ、背中の羽根は倒れた衝撃で折れてしまった。萌がバランスを崩した際、ゼリージュースを踏んでしまい、唯に飛び散った。

萌:お母さん、どうしよう。色、落ちないよぉー。

萌は涙ぐみながら、持っていたおしぼりで紫色になった部分を拭いている。

お母さん:これは、拭いたぐらいでは落ちそうにもないわ。それに、背中の折れた羽根は直しようがないわね。

萌:ごめんね、唯。お姉ちゃんのせいでこんなことになってしまって。せっかくの主役なのに、ほんとに駄目なお姉ちゃんだね。ぐずっ・・・

唯:お姉ちゃんは悪くないよ。だから、泣かないで。

お母さん:ほら、萌ちゃんも唯ちゃんも泣かないで。まだ諦めるのは早いわよ。萌ちゃん、プログラム持ってるでしょ。ちょっと見せて。

萌:プログラム?うん。

お母さんは、プログラムの裏を見ると少しほほえんだ。

お母さん:やっぱりあるわね。萌ちゃん、唯ちゃん、一緒についてきて!

唯:どうしたの、お母さん。どこに行くの?

お母さん:ここに行けば、なんとかなるかも知れない。時間はまだあるから、劇が始まるまでには間に合うわ。


萌と唯は、お母さんに引っ張られるように、ステージから右に外れた場所に向かった。そこには総本部や迷子係といったテントや、簡易トイレなどが並んでいた。その一つのテントの前で立ち止まった。

萌:えっ、救護班?私はどこも怪我していないけど、唯、怪我してる?

唯:どこも痛くないよぉー。


お母さんは2人の声に耳を貸さず、暇そうに座っている看護士に声をかけた。

お母さん:すみません。こちらに、白色のゼリージュースありますよね。

看護士:あっ、はい。ありますけど、どなたか怪我されましたか?

お母さん:怪我ではないのですが、この子に飲ませたいのだけど1本貰えないかしら。

看護士:あっ!鷲沢唯ちゃんですね。ただ、こちらの白色ゼリージュースは、免許を持っていないと取り扱うことが出来ませんので・・・。


白色のゼリージュースは、外傷の怪我や美容などの整形に使用され重宝されているが、一般には販売されていない。取り扱うには免許が必要で、取得には筆記試験のほか、実技試験で白色のゼリージュースを使用して整形された方を、ゼリージュースを飲む前の元の状態に戻せることができることなどが必須条件となっている。


お母さん:私、持っています。

お母さんは、財布の中から免許証を取り出し、看護士に示した。

看護士:そうでしたか、わかりました。ではお渡ししますね。こちらにベッドがありますのでお使いください。

萌:お母さん、こんな免許証もってたの?知らなかったぁー。

お母さん:唯のことを考えて、念のためにとってたのよ。


お母さんはベッドを、備え付けてあるカーテンで外から見えないように囲んだ.そこで唯に汚れた衣装や下着を脱がし、裸の状態でベッドの上に座らせた。

お母さん:唯ちゃん、カルピスのゼリージュース、久しぶりでしょ。飲んでいいよ♪

唯:わーいい!お母さん、ありがとー♪

ごきゅ、ごきゅ。

萌:美味しそう・・・。でも、お母さん、これからどうするの?

お母さん:ふふふ・・・ここからが、お母さんの腕の見せ所よ!萌ちゃん、しっかり見ておくのよ。

唯:おいしくて、ぜんぶ飲んじゃった♪

お母さん:それじゃあ、唯ちゃん。お母さんの言うことちゃんと聞いてね。「体育座り」をして、頭をひざにくっつけるようにしてね。

唯:うん!


唯は体育座りをすると、首を下げて抱え込むように頭をひざにくっつけた。

唯:これでいいのー?

お母さん:うん、いいわよ。そのまま動かないでね。


すると間もなく、唯の身体は徐々に肌の色素がなくなり白っぽくなり、身体はそのままの形を保ちながら、粘土状になっていった。

お母さん:萌ちゃん、時計持ってるわね。今、何分?

萌:25分よ。12時25分。

お母さん:(30分しか整形できないから・・・)


お母さんは、体育座りの唯のからだを、両手の手のひらで力強く押さえ始めた。次第に唯のからだは形が崩れていき、5分ほどすると50cmほどのお団子状態となっていた。


萌:え、えええっーーー!?だ、大丈夫なの、そんなことして。

お母さん:だいじょうぶ、だいじょうぶ♪唯ちゃんもそう言っているわよ。萌ちゃん、手のひらで触ってみて。


萌は、お母さんが言われるまま、お団子状態の唯に触れる。

萌:唯、大丈夫なの?

唯:(あっ、お姉ちゃん。唯、お団子になっちゃったよ!わーい、わーいい♪)

萌:ははは。大丈夫みたいだね(苦笑)でもこんなにして、あとで元に戻せるの?お母さん。

お母さん:普通はここまですると戻せないわね。私も戻せないわ。でも、唯ちゃんだからね。

萌:・・・あっ、そうか(唯の意思で、ゼリージュースの効力が解除できるのだったね)。

お母さん:それじゃ、唯ちゃん。これからね、お母さんが唯ちゃんの身体を作っているあいだ、公園にいるハトのことを考えてね。そう、白いハトよ。

唯:(うん。白いハト、白いハト、白いハト・・・)

萌:白いハトって?

お母さん:衣装の背中に付いていた「羽」が折れたでしょ。だから、身体から本当に羽が生えているようにしようと思ったのよ。唯ちゃんにも、ハトのことをイメージしてもらったら作りやすいからね。


お母さんは、お団子の中心を押さえながら「鏡餅」を横にしたようなくびれを作ると、まず一つの塊から、人間の形を丁寧に作りだしていった。もう一方の塊からは羽を作り出していた。そう、羽は白いハトのようだった。作業中、お母さんの額からは玉粒のような汗が吹き出し、萌が何度も汗をおしぼりで拭き取っていた。


お母さん:萌ちゃん、今、何分?

萌:12時50分だよ。

お母さん:ふー、どうやら、間に合ったみたいね。あとは、この汚れた衣装のきれいな所を切りぬいて、頭から被せればいいわ。


お母さんは疲れたのか、大きく息を吐いてその場にへたり込んだ。しばらくして、白色で粘土状だった唯の身体が肌色になり、みずみずしい肌となった。背中からは、背丈と同じぐらいの白い羽根が生えていた。変化が治まると、唯の小さなまぶたが開いた。

唯『お母さん、お姉ちゃん♪』

萌:(・・・・・・・)
お母さん:(・・・・・・・)

唯『どうしたの?』



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



―――  20分後  ―――


『私と魂の波動を同じくする人間よ♪私はあなた方が住む世界と異なるせかいより呼びかけています♪』

観客:(・・・・・・・)


劇を観ていた全ての観客が声を失った。背丈30cmほどの人形は、背中から生えた鳥のような羽を動かし空中を停止している。今まで聴いたことのない透き通った高い声。うっすらと青白い光を放ち、絵本から飛び出てきたような容姿。・・・そう、誰しもが生まれて初めてみる「妖精」だった。

萌:唯、かわいいよ!!!

妖精(唯)『ぴーすっ♪』

沈黙の中、萌が大きな掛け声をかけると、唯が舞台からXサインをした。


観客:「うわぁ・・・」「きれい・・・」「かわいい・・・」


沈黙をやぶり、観客から感嘆の声があがった。そしてカメラのフラッシュが一斉にたかれた。

萌:お母さん、唯、本当の妖精みたいだね

お母さん:お母さんも信じられないわ。羽は作ったけど、まさか本当に飛ぶことが出来て、あんな神秘的な声になるなんて。


劇は、唯の活躍もあり大成功に終わった。劇が終わってクラス全員が舞台に立ち、手を振って観客に応えていた。

妖精(唯)『お母さん、お姉ちゃん♪ちゃんと見ていてくれた?唯、がんばったよ♪』


舞台から、直接、私達が見ている場所に羽ばたきながら、唯がやってきた。唯は、目の前まで来ると、お母さんの顔に抱きつき「すりすり」した。

お母さん:唯ちゃん、がんばったね♪

萌:うわっ、みんなこっちを見てる。注目の的だよぉー。唯、早く元に戻ろうよ。

妖精(唯)『その前に唯、とてもお腹空いちゃった♪』

お母さん:まだサンドイッチ残っているから、これ食べなさい。あれだけ頑張ったら、お腹空いちゃうわね。

妖精(唯)『ありがとう♪んんーーー、さっき食べたより、とても、とってもおいしいよぉー♪』

萌:今日のサンドイッチ、そんなに美味しかったかな?

お母さん:萌ちゃん、それはどういう意味かなぁー???

萌:あはは。とても美味しかったです(笑)



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



―――  1ヵ月後  ―――


『わ、わ、私と魂の波動を同じくする人間よ♪わ、私は、あああ、あなた方が住む世界と異なるせかいより、よ、呼びかけています♪』

唯:お姉ちゃん、かわいいよ!!

お母さん:あらあら萌ちゃん、ドキドキしちゃって。そんな緊張しなくても、中学生の劇なんだから。


文化祭の萌のクラスの出し物は、圧倒的多数決で、1ヶ月前に唯が演じた劇となった。あらかじめ混乱が予想されたため、野外ステージから規模の大きい公民館に移ったが、それでも妖精姿を一目見ようと席は立見が出るほどとなった。見られない人のためにも地元TVでも生中継が行われていた。
妖精姿とはいえ、他人に唯の裸の写真を見せるわけにはいけないので、萌は紫色のゼリージュースで妖精になり、主役を演じることになった。

妖精(萌)『相互・・・??・・・・・魔法瓶展開♪4次元通路確保?召〜喚〜♪』(台詞、思い出せないよぉー)

唯:お母さん、お姉ちゃん間違えてるよ。『相互換身用召喚魔法陣展開♪ 次元通路確保♪ 召〜喚〜♪』 だよ。

お母さん:唯ちゃん、よく覚えているわね。萌ちゃん、今日はお父さんも来ているから、緊張しているのよ(笑)

お父さん:ほら、萌、がんばれー!お父さん、応援してるぞーーー!!!

妖精(萌)『お父さん、はずかしいよ・・・。あっ、声に出ちゃってる(涙)』

観客:わはははははははっは(笑)


(おわり)















「この作品には一部『妖精的日常生活』に準じた設定が使用されておりますが、本編とは一切関係ありませんのでご了承ください」なお、『妖精的日常生活』本編につきましては、http://www.keddy.ne.jp/~jersey-r/ をご覧ください(toshi9)