うさ晴らし(前編)
作:夏目彩香(2003年10月1日初公開 for Ts・TS)
この話の主人公である俺こと真鍋利晃(まなべとしあき)はパソコンの前で愕然としていた。それは面接を受けた会社からのメールを見てのことだった。
面接を受けた時にはなかなかいい感触だと思っていたのに、結局は簡単に切られたと言うわけだ。さすがに最近の厳しい求職状況を反映していると思う。 俺のように有能な人材を見逃した会社はこれで20社目、今度こそはと思っていた矢先だけにとても悔しい、何か腹いせにできることでも無いのかとインターネットで検索をし、ついに見つけたものがあった。さっそくサイトを通して購入手続きを終えた。
次の日の午前中、昨日頼んだばかりの例のものが届いた。取扱注意のシールが貼られた封筒を慎重に開けると、中にはゼリー状の青い飲み物が3本入っていた。これぞ俺が待ち望んでいたゼリージュースだった。 横の説明書をよく読んでみるとこう書いてある。
俺はスーツ姿に着替えて、この1本を冷蔵庫の奥の方へ仕舞い込むと、小さなスーツケースの中に2本入れて出かけることにしたのだ。
目的の場所までは地下鉄に乗って30分ほど、スーツケースを持っているので周りからはどこかへ旅行をするのか、それともどこかから帰ってきたように見えるだろう。 持っていたスーツケースはパールピンクのデザインだったので、俺が持つと異常に目立っているようだった。しかし、そんなことも気にしないで目的の場所がある駅へと到着した。 中には何も入っていないと言っていい小さなスーツケースだけに、持ち運ぶのはとても楽だった。出口の階段を上がっていくと、残暑のせいもあって熱気のある空気が漂って来る。この出口から歩いて3分で目的地に到着。俺は再びスーツケースを引きずりながら歩きはじめた。
ようやく目的のビルの前までやって来た、ここには俺が20社目に面接を受けた会社が2階に入っている。面接で落とされた腹いせに、ゼリージュースを使って復讐をしてやろうとようやく到着した。 このままだと怪しい男として見えてしまいそうなので、さりげなくビルの中へと入って行った。これからここで起こることを考えだけで、俺の気持ちは実はとてもウキウキしてた。 エレベーターで行くとすぐに気づかれてしまうので2階までは、通路の奥の方にある非常階段で行くことにした。扉のノブにはホコリがかぶっている。 非常階段のため普段からあまり使っていないらしい。これは俺にとっては好都合だ。少しの時間だけ隠れるにはちょうどいいので、このヒンヤリとして薄暗い空間で例のことを始めることにした。 2階の扉の前に到着すると、スーツケースのナンバーを揃えて鍵を開ける。そして、中に入れてあったゼリージュースを1本だけ取り出した。俺は着ているものを脱ぐとすぐにスーツケースの中に入れて行った。 少し生ぬるいがキャップを開けて一気に飲み干した。ブルーハワイ味と書いてあっただけに、目の前にエメラルドグリーンの海が広がっているかのような気分になる。思っていたよりもおいしい味だった。 ゼリージュースの痕跡が残らないように、中身の無くなったペットボトルをスーツケースの中に入れてナンバーロックをかけた。 (あと5分待てば体が透明になってプルンプルンの身体になるんだ。そして……) 薄暗い空間で5分という時間はとても長く感じるものだ、しかし、自分の姿を見ているとだんだんと透明になって行くのがわかった。成功したんだ。俺はもっと早く透明にならないかと気持ちの中では焦っていた。
下を見ると冷たそうな非常階段の床が見えて来た。どうやらようやく5分が経ったらしい、そろそろだと思って俺は、非常階段の扉を開けることにした。音を立てないようにゆっくりと慎重に開けて行く、自分の身体が入られるくらいに扉を開けると、通路に出て今度は逆に扉を閉める。 目の前には前にも来た通りの通路があり、エレベーターからまっすぐ行った場所が、俺が面接をした会社だった。透明な姿のまま会社の中に入っていく、受付のお姉さんも俺の姿には気づかないらしく、誰か来るのを退屈そうに待っていた。 (誰も来ない見たいですね。お嬢さん。この前は笑顔が可愛かったよ) 俺は心の中でそう呟きながら受付のお姉さんが座っているすぐ横まで近づいていた。柔らかいピンクのツーピース、ジャケットの襟は丸くなっていて女℃をアップさせている。ところどころに白の線が入って、優しさを感じさせてくれる制服だ。胸元には西野と書かれたネームがつけられている。 すぐそばから見るお姉さんの横顔、シミもそばかすも無く、透き通るような白い肌。顔立ちは古風な日本女性を感じさせる。軽く茶色に染められた長い髪が背中の方まですっと伸びていて、まさに俺のタイプだった。 受付は会社の中と少し離れているため、静寂な空間に保たれいてる。お姉さんがかわいくくしゃみをするだけでも周りに響くのだった。 (そろそろ。いいかな) 俺は椅子に座っているお姉さんの上から座るようにして、まずは脚の方から覆い被さって行った。お姉さんの足の中に俺の足がゆっくりと浸食して行くんだ。 「えっ?」 {なにこれ?脚の感覚がおかしいわ……} お姉さんは突然のことにびっくりしたようだ。脚に嫌な感覚を感じているからだった。そんなことは構わずに俺は、そのまま腰を椅子の奥に寄りかかるようにして座り込んで行った。 「んっ」 {なんなのよ?今度は腰までおかしくなって……} お姉さんが俺に気づいて動かないように、顔以外の部分を覆い被せる。胸の辺りまで神経が無くなっているお姉さんは、まるで手術の前に麻酔注射を打たれているような感覚に陥っている。 {わたしどうなっていくの…………} 顔まで被せると、俺は目の前に置いてある時計に目をやった。時計の針が10秒移動して、下を見てみるとピンクのスカートに包まれたお姉さんの脚だけが見えた。脚を自分の意志で動かしてみると、見事にピンクのパンプスを自由に動かしていた。 俺はふと、机の上にある鏡を見てみた。するとそこには受付嬢の西野さんしか映っていなかった。 (成功したんだ。やった〜!) 俺はついに女に憑依することができたんだ。しかも、めちゃめちゃ可愛いお姉さんになることができた。この前の面接の時に笑顔が素敵ですねって言ってあげたが、そのお姉さんになれるなんて、面接に落ちたおかげでこんなことができたわけだ。 俺は面接で落ちた会社のとっても可愛い受付のお姉さん、西野美香(にしのみか)に青いゼリージュースを使って憑依してやった。信じようがないだろうが、これこそゼリージュースのおかげだった。 手を触ってみるだけでも、俺の手とはずいぶんと違った感触。スベスベしていて、白くて細くて、うまく形容することができないが、とにかくいい感じであることは間違いが無い。
実はさっそくパソコンをちょっといじらしてもらった。お姉さんの白く細い指でキーボードを打つのがたまらなく楽しいが、この会社のデータベースから社員名簿を見せてもらって、このお姉さんのフルネームが出てきたので、クリックして見たんだ。 お姉さんの写真付きで、色々なデータが書いてある。受付嬢は社員のことについて把握していなければならないため、個人情報がすぐに見られるように権限が与えられているのだろう。 そう言えば、さっきから受付の前を通る人の姿が全く無い。どうしてこんなに暇なのに受付嬢を使っているんだろう。経費の削減からみても効率がいいとは思わないのに。なんてことを思いながら、お姉さんの情報を見ていた。 西野美香、性別:女性、年齢:23歳、入社1年目、趣味:旅行……こんな風にいろんな情報が書かれている。社員名簿にはもちろんこの会社の他の社員のことも載っている。俺は暇だったので、それを見続けていた。 それに、机の上にあったお姉さんのものと思われる手帳を開いたり、財布の中身を確認したりと、お姉さんのことがわかるようなものを一通り見ていた。 こんな中でもお客さんが来るのを待っていないといけないし、会社の中から人が出てくるかも知れない。そんな中でのんびりと人の身体を動かしている俺は、おもしろい緊張感に包まれていた。 どうやら受付の仕事は4時までらしく、それを過ぎると休憩室で休憩していいみたいだ。時計に目をやると、4時まであと30分。もう少しの辛抱だと思って、そのまま椅子に座り続けていた。いつもだと足を組んでしまうところだが、周囲にバレないようにするためにも我慢していた。
そして、ようやく時計の針は4時を指した。業務マニュアルによると、休憩を取る前にお姉さんの所属部署である総務部に電話をかけるみたいだった。俺は緊張しながも受話器を手に取り、内線の呼び出し音を聞いていた。 「お疲れ様です。総務部です」 「お疲れ様です。西野です。休憩入りますがいいですか?」 「あっ、美香ちゃん。電話して来るなんて珍しいわね。いつも勝手に休憩入っちゃうくせに、いつからマニュアル守るようになったの?休憩していいわよ」 「えっ?たまにはマニュアル通り電話するのもいいのかなって思いまして。休憩入ります。頑張ってください」 (まぁ、バレることは無いだろう。とにかく、休憩の時間を利用するんだ) 受付の椅子から立ち上がると、一気に疲れを感じた。両手を上に組みながら背伸びをしてみると、これがとっても気持ちいいものだった。俺は美脚を動かしながら、まずは非常階段のスーツケースを取りに行った。 非常階段はやっぱり誰も使っていないらしく、スーツケースはさっきのままに残されていた。俺の服やら何やらが入っているので少し重くなって、お姉さんの力では持ち上げるのも一苦労。結局、小さな車輪を使って転がして行くしか無かった。 事務室の前を通る時に気にされるのではと思ったが、集中しているらしくてこれくらいのことでは気づかないらしい、休憩室に入るとそこには畳が敷いてあった。パンプスを脱いで座敷に上がると足の疲れが一気に出てくるようだ。 鍵を閉めて入口付近にスーツケースを置くと、ここに用意されている大きな鏡の前に自分の自分の姿を映していた。思わず見とれてしまうほどのプロモーション、体を伸ばしながら表情で遊んでいると疲れが無くなっていくようだ。 立ったままの姿勢で、上半身を地面の方に倒して行く、俺の体だと直角までしか行かないが顔が余裕で脚にくっついた。その形のまま指先で足のつま先をつまむと、ゆっくりとストッキングをひっぱって脱いだ。 畳の上に脱ぎ散らかしたストッキングが置かれ、体を2つ折りにしたまま顔を更に倒してスカートの中を覗いてみる。少し前にはお姉さんの大事な部分が黒いショーツに隠されているのだ。こんな姿が見られるなんて滅多に無いこと、さすがにバレエをやっていただけのことはあった。 正常な状態に身体を戻すと、鏡の前に自分の姿が映るように正座をして座ってみる。鏡の中に映っているのは俺の姿では無く、色白美人のお姉さん、西野美香さんなんだって。そう思うだけで興奮する気持ちが高まった。 「私の名前は西野美香で〜す。いぇ〜い」 更に楽しんでみようと鏡の中にいるお姉さんの姿を見ながら、お姉さんのように喋ってみた。最近の女子高生がやりそうなポーズはちょっと恥ずかしいが、お姉さんがやると特に変な感じがしない。 「あのぅ。私……」 (なんだい?) 「言っちゃってもいいのかなぁ」 (言ってもいいんだよ。なんなの?) 「真鍋さんのこと……」 (俺のことが何?) 顔を俯けて小さな声で言った。 「好きなんです」 (今なんて言ったの?) 「真鍋さんのことが好きだって」 (俺もだよ) そして、美香にとびきり明るい表情をさせて言ってみた。 「えっ。そうなんですかぁ。恥ずかしいなぁ」 (そんなことないって) 「じゃあ、私のこと美香って読んでくださいね」 (わかったよ。美香ちゃんって最高) 「ちゅっ」 いつの間にか鏡の前に向かって投げキッスをするほど酔いしれてしまった。俺はそのままお姉さんの身体を使って色々なポーズをして楽しんでいた。そして、それは休憩室のドアを叩く音が聞こえるまで続いたのだ。
俺が西野さんの身体を使って楽しんでいると休憩室の外からドアを叩く音がした。軽く叩いていたようなので、すぐには気づかなかったが、俺はドアを開けに向かった。 ドアの向こうには会社の社員がいるのに決まっている。立ち上がってから、服装の乱れを軽く直し、鏡の前で表情を確認してからドアの鍵を開けてドアをゆっくりと開けた。 ドアの向こうにいたのは俺の知っている人物だった。面接の時に会ったことはあったが、名前はすっかり忘れてしまった。ただ見たことだけはあった。俺の顔を見るとその男は休憩室の中へ一歩踏み入れながら声をかけて来た。 「やっぱりここにいたんだ」 そう言って男は休憩室の鍵をかけてから、俺に抱きついて来た。靴を脱ぎ抱きついたまま休憩室の中央まで動かされた。もちろんその男にとっては目の前にいるのは西野美香にしか見えないのだろう。二人には何か関係があるようなので、様子を見ることにした。 「なんだか今日の美香は変な感じだね。この時間になったらいつものようにここに来てるじゃないか」 どうやら俺のぎこちない感じが気になるらしい、いつものようにここに来てるってことはつきあってるってことなのか?いつもは感じないはずの中年男の匂いがなぜか魅力的だった。 「何か心配事でもあるのか?」 この時になってようやく思い出した。この男はこの会社の人事部長だ。もしかして不倫の仲ではないかと考え、名案を思いついたのだった。美香とこの男の関係を利用すれば復讐が成り立つって寸法だ。この男に気づかれないようにするためにも心の底から美香に成りきることにした。 「えぇ。ちょっとね。最近気になってることがあってよく眠れないの」 男の顔を目の前に、できるだけ甘えるような感じで言ってみた。 「やっぱり。そんな時こそ、俺に甘えてくれないと駄目じゃないか」 美香の演技がうまかったのか男は疑いを無くしたようだった。抱きついていた男は美香との距離を少し離して肩をつかむような状態だった。 「話聞いてあげるよ。何でも相談にのるからさ」 「それなら。聞いてくれる?」 美香は男の目を見ながら甘えた口調で言ってやる。 「座って話す方がいいかな」 そういいながら男は畳の上に胡座をかいて座った。美香は男の前にスカートの裾を直しながら正座をした。スカートの上に手を置くと、話を始めた。 「いいですか」 「遠慮しないで。何でもいいなさい。俺は君の上司でもあるんだし」 この男が美香の上司だったってことは、ちょっとやりやすい状況にあった。 「そうですね。じゃあ」 そう言うと美香は突然に男に飛び込んで行った。男が倒れてちょうど美香が上に乗っかっている体勢になった。 「私と結婚してください」 その一言を言うと美香は自分の唇を男の唇に押し当てて行った。男は美香の強引なキスを振り払った。その拍子に美香が畳の上に叩きつけられた。 「結婚だなんて、待ってくれよ。俺には妻子だっているんだし」 畳の上に叩きつけられた美香は、ゆっくりと起きあがりながら男に哀願の眼差しを浴びせた。 「別れたらいいじゃない。私のことは所詮、遊びだったなんて」 美香は男の上半身をつかみ横に揺さぶって来る。 「遊びだなんてことは無いんだよ。時間が来たらはっきりさせようと考えていたよ」 「はっきりって何よ。私のこと捨てようってことなんでしょ」 男は美香の揺さぶりを抑えながら必死な目つきを突きつける。 「そうじゃないって。あいつとは既に冷めた関係だし、そろそろお前と一緒になろうとは思ってたよ」 二人はさっきから声を抑えながら会話を続けている。この事が社内にバレたらここにいられるかどうかなんてわからないことだろう。 「それなら、すぐにあの人と離婚して入籍しましょ」 男の手の中にいる美香はうっすらと涙を流していた。その涙を見ながら男はどうやら心を決めたようだった。 「わかった。妻とは離婚する。俺は美香と一緒になるから美香もそれでいいだろ」 すると美香はうっすらと浮かべた涙を拭きながら男に抱きついてきた。 「ありがとう。絶対に約束を守ってね」 そういうと美香は男の唇に襲って来た。そのまま舌を絡め合う濃厚なキス。これだけで我慢ができなくなった美香は、その男の社会の窓から可愛いモノをひっぱり出して口の中に入れてみせた。 「これからは私のものよ」 休憩室からは男が先に出て行くまで、二人は濃密な時間を過ごしていたのは書くまでもない。これで気分が少しすっきりした俺は、美香さんの身体のままで退勤することにした。 |
あとがき
「Ts・TS」にての投稿版です。「その1」から「その3」までをまとめ、軽く加筆修正させて頂きました。今現役のオンライン作家さんではTiraさんが一番好きでして、是非とも投稿させて頂きたいと常々考えておりました。たまたま作品的にゼリージュースを使うものができたので、この作品をまずは投入することにしたのです。ちょうどここまでが一つの区切りになりましたので、改めて「前編」とさせて頂きました。原作版は先に「その4」以降を書き進めますので、興味があれば私のサイトへお越し下さいませ。それでは、読んで頂きましてありがとうございました。夏目彩香でした。 2003.9.29 夏目彩香 |
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