(この作品を原案を書かれた菓子鰹さんに捧げます)




『アナタに訊きたいコトが‥‥の少し前』


原案 :菓子 鰹
作  :Tira



「あら、俊行さん。何を作ってるの?」

「え、あ、ああ。ジュースですよ」

「新しいゼリージュース?」

「ち、違いますよ。今は研究する気になれないから普通のジュースを作っているだけですよ」

「ふ〜ん……普通のジュースをねぇ。研究所の中で」

「わ、悪いですか?」

「……別に悪くないわよ。ねえ俊行さん、出来たら私にも飲ませてね。その金色のジュース」

「え……ええ。いいですけど……」

「フフフ。楽しみにしているわ」


最近、俊行の行動が怪しいと思っていた由紀は、疑いと興味のまなざしを送りながら部屋を出て行った。
扉が閉まったことを確認した俊行は額ににじんだ汗を白衣の袖でふき取ると、


「はぁ……。どうしてノックしないで入ってくるんだよ。ほんと焦ったなぁ」


と言って、ビーカーに入っている金色のジュースを眺めた――




あれは1週間ほど前の話。

いつものように研究を続けている俊行に、女性から電話がかかってきた。
いや、女性の声なのだが、その話し方は男性のようだった。


「もしもし、小野俊行さん?」

「え、ええ。そうですけど。どちら様ですか」

「オレ……あ、いや。私は世間では上○ アヤと呼ばれてるんだけどさ」

「上○ アヤ……って、まさかあの元アイドルの!」

「まあ……そうかな。で、そんな事はどうでもいいんだ。小野さんって変わった飲み物を開発してるんだって?」


俊行は、突然の元アイドルからの電話に戸惑いながらも(と言っても、本人かどうかは分からないが)、
緊張した趣で話を進めた。


「え?か、変わった飲み物って?」

「ほら、ゼリージュースとか言う名前の飲み物だよ」

「ど、どうしてそれを!?」

「必要なんだ。とにかく一度会って話を聞いてくれないかな?」

「僕が……アヤさんと?」

「時間が無いのか?」

「とんでもないっ。そ、それじゃあ何時にしますか?」

「それじゃあ明日の夜9時に△△公園の公衆便所の裏ってのは?」

「いいですよ。じゃあその時間に間に合うように行きますから」

「頼んだよ。もうオレには小野さんだけしかいないんだから」


そう言うと、アヤは電話を切った。
唐突な出来事に面食らってしまった俊行だが、まあこれが悪戯でもゼリージュースのことを知っているのなら
何か秘密があるのかもしれない。
男性のような話し方。でも、あの電話の声は、最近までテレビで流れていた上○ アヤの声そっくり!
期待を不安を抱きつつも、次の日、由紀にばれないようこっそりと研究所を抜け出したのだった――





「えっと……もうすぐ9時だな」


△△公園に、10分前にたどり着いた俊行は人気の無い公園内を歩いて、少し匂う公衆トイレの
裏に着いた。
周りには草がぼうぼうと生えていて、変な虫が出てきそうだ。


「どうしてこんな場所を選んだんだよ……」


とつぶやいた瞬間、急に草むらがガサガサと動き始めた。


「わっ!」


驚いて、思わず叫んでしまった俊行の前に、キャップをかぶったTシャツとミニスカ姿の
女性が現れた。


「こんな場所を選んで悪かったよな」

「あ……い、いや……」

「これでも一応、元アイドルだから他人には気づかれないようにしなくちゃならないんだ」


月明かりが彼女を照らしている。
その彼女がキャップを取ると、髪の毛がファサッと方に落ちて顔が見えた。
その顔は……


「ほ、本当に……アヤさん……だったんですね……」

「だから電話でも話したじゃない」

「だって……話し方が全然違うから……」

「あれは表向きの話し方してるだけだって。本当のオレはこんな感じなんだよ」

「……それって一体……」

「詳しく話すよ。とりあえずベンチに座ろう。ここは臭いし汚いし」

「は、はい……」


まさかアヤ本人が目の前に現れるとは思っていなかった……いや、少しは期待していたのだが。
便所から少し離れたベンチに座り、辺りをきょろきょろ見回す二人。

誰もいない公園で元アイドルと二人きりと言うのは緊張するなぁ……

そう思いながら俊行は、

「一体どうやって僕のことを知ったんですか?それにゼリージュースも。で、僕に何か頼みたいことが
あるんですか?」

と聞いてみた。


「そんなに一度に質問しないでくれよ」

「あ……す、すいません……それじゃあどうして僕のことを」

「ある人から聞いたんだけど、その人の名前はノーコメント」

「じゃ、じゃあゼリージュースのことは……」

「ある人から聞いたんだけど、その人の名前はノーコメント」

「それじゃあ質問に全然答えてないじゃないですか」

「最後の質問には答えるから。頼みたいこと、あるんだよ」

「…………」

「オレの頼みを聞いてくれないか」

「……ま、まあ……」


少し顔色を曇らせながら微妙にうなずいた俊行。

一体誰が教えたんだろう?
まだ世の中にゼリージュースという名前で出回っていないはずなのに。
それに僕が開発していることまで分かっているなんて……


「オレ、本当はこの身体の持ち主じゃないんだ」

「……え?」


頭の中で考え事をしていた俊行は、アヤがボソッとこぼした言葉をもう一度聞きなおした。


「だからさ、オレは上○ アヤじゃないんだって」

「……は?」

「小野さんなら理解できるだろ。この手の飲み物をいろいろ作っているんだから」

「で、でも……ゼリージュースはまだ一般には出回って……」

「本当にそうなのかな?あれは……そう、10年前かな。オレが高校生のときに、小学生のあいつが持ってきた不思議なジュースを飲んで……」


アヤは俊行に自分の過去を話した。
その話を聞いて驚きを隠せない俊行は、アヤに食いつくように問いかけた。

「そ、そんな事が本当にあったんですか!」

「だからその現実が小野さんの前にあるじゃないか」

「だ、だって……この前までテレビで見てきたアヤさんが……アヤさんじゃないなんて……」

「いや、間違いではないと思うけど。この身体は本人の身体だし」

「そ、それはそうですけど……」

「と言うことでさ、オレたちが元に戻れるゼリージュースを造ってほしいんだ」

「……それは……」

「出来ないのか?そんな事は無いと思うけど」

「出来ないことは無いかも知れないですけど、時間が必要ですよ」

「どのくらい必要なんだ?」

「多分……い、一週間くらいでしょうか」

「そんなの全然OKだよ。今までの時間を考えれば屁みたいなもんだから。それじゃあ頼んだよ」

「は、はあ……」

「ん?どうしたんだ」

「その……あまりに唐突な出来事だから……頭の整理がつかなくて」

「そっか。小野さんも奇妙なジュースを造っているのに理解しがたいところがあるんだな。
 まあ目の前にテレビに出ていた元アイドルが いて、その元アイドルが実は別の男だったなんて
 聞かされても信じられないか。まあ男と言うか、男の精神だけど」


アヤはベンチから立ち上がると、う〜んと背伸びをして俊行の前に立った。


「そうそう。そういえばオレと入れ替わったあいつも今は有名人になってるんだ」

「え?」

「あいつの方が有名かな。メジャーリーグにまで行ってたし。少し前に日本に帰ってきたけど」

「メジャーリーグ?日本に?」

「絶対あいつに違いないんだ。あれがオレの身体なんだよ」

「そ、それってまさか……あの野球選手……ですか?」

「そう。その野球選手さ……」

「それはすごいなぁ……」

「……ねえ小野さん」

「はい?」

「オレ達が入れ替わってしまったのは……さっきも話したけど、10年前に不思議なジュースを飲んだ事が原因なんだけど」

「え、ええ」

「……覚えてないか……」

「???」


アヤはフッと笑顔を浮かべると、俊行の前から去っていった。


「こんな事ってあるんだろうか?入れ替わった二人が、どちらも有名人になっているなんて……
 しかし……待てよ。10年前に身体が入れ替わったって言ってたよな……
 10年前?んん?10年前に?」


俊行はすっかり忘れてしまっていたある事を思い出した。


「あれ?10年前って確か鹿児島で小学生の女の子と出会ったな。確かあの時に……」


すっと俊行の顔から血の気が引く。


「ま、まさか……あのときのゼリージュースを!?ええっ!!!」


そう叫んだ俊行は、何か悪いことをした後のようにオドオドしながら研究所へ戻っていった――





「俊行さん、何処に行っていたの?」

「うっ……あっ、由紀さん……」

「私に何も言わないでコソコソ出ていくなんて。何か隠してるの?」

「べ、別に何も隠してないですよ。ちょっと気分を変えるために散歩に行っていただけです」

「ふ〜ん、3時間も散歩するなんて、よほど気分が優れなかったんでしょうねぇ」

「ううっ……それは……」


由紀は少しいやみを込めた言葉を俊行に投げかけながら、フッと笑って俊行の前から消えた。


これは絶対にばれる訳にはいかないっ!
何たって10年前、小学生の女の子に内緒でゼリージュースを渡してしまったのだから……


俊行はそう思いながら、倉庫でゼリージュース製作資料の入ったダンボールををひっくり返すと、
あの時のゼリージュース製作方法が乗っているバインダーを探し、
アヤから頼まれたゼリージュースを再度造り始めた――




そして一週間後。


「もしもし、小野さん?」

「あ、はい。もしかしてアヤさんですか」

「ええ、そうよ。例のジュース、もう出来たかしら」

「先ほど出来たところですよ。それにしても……」

「何?」

「あの……は、話し方が……」

「この話し方の方がしっくりくるんでしょ。元アイドルの私と話しているようで」

「それは……」

「んふ、いいのよ。それじゃあこの前の場所で待っているわね」

「はい」

「ねえ小野さん。期待していいよね」

「だ、大丈夫……だと思います」

「うん、ありがとう。それじゃあ逢えるのを楽しみにしてるわ!」

「はい」


そう言って電話を切った俊行。
本当にアヤと話しているようで妙にうれしかった。いや、一週間前も話したのだが、
女性らしい話し方をされると余計にドキドキしてしまうのだ。


よし、時間もちょうどいいし、急いで持っていこう!


そう思って、デスクにしまっておいた幾つかのゼリージュースのうち『オロ○ミンC』というシールが貼られた2本を手にすると、
由紀の目を盗んで研究所を出て行った――



あとがき

菓子さんから作品を寄贈していただいていたのですが、toshi9さんが補完された作品のあとがきのような事がありまして、
私も補完にチャレンジしました(^^
補完と言うか、時間軸としては菓子さん・toshi9さん作品の前にあたる作品になっています。
設定など、若干違うところもあるのですがアレンジしたと思ってゆるしてください(^^;

それでは作品を寄贈してくださった菓子さん、最後まで読んでくださった皆様、どうもありがとうござました。
Tiraでした。