『能力者の使い方 1話』
九重 七志


氷雨森総合学園、今時珍しくもなくなった、"能力者"の為の学校だ。
能力者というのは、「普通の人間が決して持ち得ない"特異な能力"」を持った人間のことだ。最初の事例はおよそ百年前、現在の分布は国内外問わず世界中で……と、そんな事はどうでもいいか。
とにかく。それが、僕の通う学校だ。


能力者といっても様々なものがある。
炎を出したり、傷を癒したり、人の心を読み取ったり、本当に様々だ。

そうかと思えば、中には何の役にもたたないものだってある。
例えば――そう、"僕の能力"とか。

「なぁ〜、蝉野ー。またあれやって見せろよぉー」
「ありゃあマジで傑作だったぜ、あんな笑える"異能"、たぶん世界でただ一つだぜ?」
そんな風に、クラスメイトにまで散々馬鹿にされる、僕の能力。
それは。

「きゃーっ!? 蝉野くん!? 大丈夫!?」
近くにいた女子が、悲鳴をあげて心配そうに駆け寄ってくる。

「だはは、大丈夫、これこいつの能力だから」
「そうそう、"死んだフリ"する能力とか、マジ笑える」

チャラ目のクラスメイト、貫川と力山が馬鹿笑いをする。
畜生、聞こえてんだぞ。

僕の能力。
それは、一時的に自分の身体を仮死状態にして、生命活動を一時的に休止する能力。
言ってみれば、コールドスリープに近い状態だ。長時間そのままでも、解除すれば元通りになるし、長距離移動なんかにも便利だ。

ただ相手からしてみれば、急に倒れて気絶した様にしか見えないのだが。

そんなわけで、僕には早速[異名――コードネームや通り名のようなもの(というかニックネーム)]がついた。

「"オポッサム"の蝉野」

死んだ振りが得意な小動物の名前らしい。
僕が小柄なのもその決め手になったようだ。

こんな異名、いつか絶対返上してやる……!

そんな思いを燃やしながら、能力を解除しようとすると、聞き慣れた声が聞こえてきた。

「こらー! アンタたち! 他人の能力を見世物にしてんじゃないわよッ!!」
ああやっぱり、あいつの声だ。

「ああ、わりぃわりぃ」
「でも珍しい能力だしなー、やっぱ気になんじゃん」

「珍しいからって珍獣扱いしていいと思ってるの?蝉野の気持ちも考えなさいよ!」

ここで、僕は能力を解除する。

「どうだよ畜生、これがオポッサム様の能力さ。どうだ、羨ましいだろ? 」
僕は、泣き顔だった。

「お、おう。すげえ能力だよ、もっと自信もっていいぞ」
「相当レアだよ、だからそんな……その、悪かった」

チャラい二人に慰められる。
僕は必死に涙を堪えて、振り返る。

「というわけなんだ、百花。僕は平気、二人も悪くない、OK?」

幼馴染みの百花は、はぁ〜とため息をついた。

「アンタがそんなんだからナメられるんでしょうが……もう」
百花は二つ結びにした髪の先をくるくると弄っている。これは照れている時の癖だ。

「悪かったって、これからは気を付けるよ」
「あ、ちょっと待って。アンタ、怪我してるじゃない、ほらそこ」
「え、ああ、本当だ。擦りむいたかな?」

「診せて。この位なら、アタシの"ヒーリング・タッチ"で……」
「ああ、大丈夫だよ。この位、放っておいても治るって」

百花は心配性だ。それに優しい。
だから、"触れたものの傷を癒す能力"なんてものが備わったんだろうな、と思う。

能力の発動条件は、相手に触れること。
触れたまま能力を発動ていれば、傷はだんだんと回復していくって寸法。
便利な能力だ、と思う。僕のよりは、遥かに。

でも、こんなふうに些細な怪我でも触ろうとするのは止めて欲しい……実は結構、恥ずかしいし。

「……あ、そういえば。三年の御鏡先輩って知ってる?」
「うーん、知らない人だなぁ。その人がどうかしたの?」

「その人から蝉野に伝えてくれって頼まれたんだけど。
『放課後、図書準備室に来て欲しい』って」

「……心当たりはないなぁ。でもまあ、一応行ってみようか」

「告白だったらいいね!」
「はっはっは、そんな馬鹿な…………はぁ」

急に気分が暗くなる。
そんな都合の良いことがそうそうあってたまるものか。

「どうせ大したことじゃないって、知らない人に用事なんて。まあ、タカが知れてるだろ?」
「そうかなー……ま、気を付けていって来てね」


チャイムが鳴ること、数度。終業のベルだ。

教室を出て、階段を上る。
図書準備室は五階だ。
そんなに階数があって、昇降機の一つもないというのはあまりにも酷な話だ。やれやれ。

辺りには、人の気配もあまりない。
部活は殆ど部活棟で行われるし、五階から上にクラス教室はない。
静かだ。

図書室の前に辿り着く。今日は閉館日で、扉は閉まっている。
その左手にポツリと、図書準備室と書かれた板がぶら下がっていた。

コンコン。
一応、ノックをする。

「入れ」
中から返事があった。
凛とした響きの声で、どこか耳に残る印象だった。

「失礼します」
扉を開け、中に入る。

中に入ると、見知らぬ女生徒が仁王立ちでこちらを見つめていた。
あれが御鏡先輩だろうか。少し帰りたくなってきた。

「蝉野 司だな?」
「はい、貴女が御鏡先輩ですか?」

ペースを取られると厄介そうだと判断し、即座に質問を切り返す。

「……そうだ。君は……うん、えーと……」

ああ、やっぱり。
この人は自分のペースを崩されるとパニックになるタイプらしい。

「僕に、何か用があるのですか?」
「そ、そうだ! っと、こほん。蝉野 司、君は、自分の力に不満を持っているね?」

助け船を出すと、本題に辿り着いたようだ

「そんなことはありません、満足していますよ?」

少し意地悪を言ってみる。さぁ、どう出てくる?

「……本当に、そう思っているのか? 私には、そうは見えないな」
「ええ、はい。不満しかありませんよ、こんな能力」
「ええー!」

ペースを与えてなるものか。
掌返しはお手のものさ。

「それで、先輩。まさか貴女が、それをどうにか出来る、とでも?」

「……話が早いな。端的に言って、そうだ」

おや、正解。
まさかとは思ったけど、本当にそう出来るのなら少しは期待したいところだ。

「私の力は、"能力の複製"。君の能力をコピーし、その性質を見極めることが出来る」

「君の能力、"仮死"だったか。類例からすると、"その先"がある可能性が高い」
「"その先"……?」

「ああ、異能というものの性質上、ただ「肉体を仮死状態にする」だけ、というのは考えづらい。肉体を仮死状態にした上で、何かを行う性質があるはずだ」

いつの間にか、先輩の話に聞き入っている。

能力が、これだけじゃない。
とても魅力的な話だ。

コピー系の能力には、相手の能力を"奪う"ものもあると聞くが。
どうせもともと、奪われて困るような能力じゃあない。

「――わかりました、お願いします」

「で、だ、つまり――え?」

話始めると止まらないタイプか。
そして人の話が耳に入らなくなるタイプか。

「あ、うん。ほ、本当に良いんだな? 君の能力の全てを知ってしまうぞ? 嫌じゃないのか?」

あたふたと念押しをしてくる先輩は奇妙に可愛らしい。
どちらかと言えば綺麗な顔立ちとスタイルなのに、ミスマッチだ。

「もちろん、覚悟の上です」

対能力戦闘で能力情報が漏れるのは命取り……なんて言葉もあるが、今のままではバレた所で何のデメリットもない。
そもそも能力戦なんてやるつもりもないからなぁ、出来る気もしないし。

「――そうか」

御鏡先輩が、真剣な表情になる。
僕は少し、緊張する。

「では、蝉野 司……」

先輩の顔が近づく。
接触を発動条件とする能力なのだろうか。

「い、いくぞ!」

先輩の顔が真っ赤になる。
何だ、何が始まるんだ?

「――っ!」

柔らかい感触を、どこかに感じる。

どこに?

ああ、口の先だ。

……口の先?

唇。

唇と、唇。

キス!?何で!?そんな素振りどこにも……!

僕は混乱していた。
初対面の年上の女性に唇を奪われる。そりゃあ魅力的なシチュエーションだ。だからって、こんな不意打ちで……。

先輩は、舌まで捻り込んで二人の唾液をかき混ぜる。

混乱と混迷の中、僕のファーストキッスは終わりを告げた。



「……では、始めるぞ」

先輩は椅子に座り込むと、背もたれ寄りかかったまま動かなくなった。

おそらく、僕の能力を使ったんだろう。
前に、動画で撮って見てみた事があるから、よく分かる。それと同じ状態だ。

……こうなると、他にやることはない。

ただ待っているのも退屈なので、僕は先輩の姿を観察することにした。

「……やっぱり、綺麗な人だなー」

均整の取れた顔立ち、つややかな長い黒髪。
スレンダーなスタイルはモデルと言われても遜色のないほどだ。

きっとさぞかし異性にモテることだろう。
口調がそっけないのも味があって良いし。

ガタン

僕の背後で、扉の音がした。
誰か入ってきたらしい。

来訪者は、少し意外な人物だった。

「……あれ、百花? 何かあったの?」

百花は、少し顔を俯かせて、はぁはぁと息を吐く。
走ってきた、といった様子だろうか。

しかし、どこか新鮮な表情だ。
百花は、口の端を少し歪め、悪戯めいた笑みを浮かべている。

「――――だ」

「え?」

吐息に混ざり、声が聞き取りづらい。
指摘すると、百花は呼吸を整え、改めて先程の言葉を吐き出した。

「――成功だ、蝉野司」
「まさか、 こんな素晴らしい能力だとはな!」

普段の声と、違う口調。
だが、その口調には覚えがある。

「――まさか、御鏡先輩!?」

百花はどこか不自然な満面の笑みを浮かべ。
肯定するように頷いた。


「説明すると、こうだ」

「君は、体が仮死状態になったのに、自分の意識がそのまま残っていた……というのを、不思議に思ってはなかったか?」
「私が試してもそうだった。身体はピクリとも動かせないのに、意識だけは常にはっきりしていた」

「つまりこれは、『自分の意識だけを、身体から"別の何か"へと移し替えていた』と言うことになる」

「この場合、その役割を果たすものは、"人形"や"身代わり札"、"使役鳥獣"などの"物理的なものではない"ようだ」

「それは、意識を投写された"アストラル体"……あるいは"幽体"、もしくは"霊体"としても良いだろう」

「それらは物理的干渉を受けず、自由に動かすことが出来る」
「自分の体を動かすのと同じ様に、容易くだ」

「しかもだ! "この姿"を見れば分かる通り」
「霊体研究学で[憑依]と呼ばれている現象そのままに、『幽体が人間の体に入り込んで自由に操る』ことが出来るんだ!」

「おそらく、動物や植物にも応用は利くだろうと推察される」

「更に言えば、"憑依"している最中の出来事は、本人の記憶は残らないようだぞ!」
「念のために三度出入りして確認した! 何をしていたかすら分かっていなかったぞ」

「――凄いぞこの能力は! これなら、”アイツ"に一泡吹かせられるかも……! 凄いぞ! やったな! 蝉野君!」

百花の姿をした先輩がはしゃいでいる。
こういうのも新鮮でいいな――さて、話を戻そう。

「つまり、僕の能力は"幽体離脱能力"ということですね」

僕の問いに、先輩はしたり顔で応えた。
顔は、百花のだけれども。

「ああ。アストラル投射、幽体離脱、体外離脱――呼び方は色々あるが、いずれも概ね間違いはない」

「それと、何か名前をつけてやるといい」
「能力には名前を付けるものだぞ蝉野司。何より、そうすると格好いいぞ!」

名前、か……まあ、後で考えようか。

「ところで、なんで百花に憑依したんですか?」

先輩はにやり、と意地悪気な笑みを浮かべた。

「その方が話が早いと思ったからね」

「それに」

「……君の大事なこの娘の体なら、頼み事もしやすいだろう?」
「君にはやって欲しいことがあるからね。うふふ」

なるほど、人質というわけか。
まあ、タダではないだろう、とは思っていたが。

……しかし、大事、と来たか。

確かに、百花は大切な幼馴染だ。
人質としての価値はある、と思う。

だとすれば、なかなかいいところを突いている。
つまりは、僕好みのやり方だ。

もしかすると、これは
――面白くなるかもしれない。

そんな風に、思えた。

「ところで、それなら僕も試してみていいですか?」

「ああ、早速やってみるといい」

「では、遠慮なく」

いつものように、能力を使い自分の身体を仮死状態にする。
全身から力が抜け、机に突っ伏した状態となる。

――それでも、意識ははっきりとしている。
これが、"幽体に意識が移った"状態なのだろうか。

物理的な肉体ではなく、幽体と呼ばれるものを意識してみる。

――ある。

"なんだかよくわからないもの"が、僕の意思で動いたのを感じた。
これが幽体、なのだろうか。

水中を泳ぐ様に、上へと向かってみる。
足下には机に突っ伏したままの僕の身体が見えた。

「(なるほど、こんな感じなのか)」

手――に相当する部分の幽体を動かし、手のひらを開いては閉じてを繰り返してみる。
目に見えるものは、何もない。
だが、「そういう風に動いた」事は感じ取れた。

「(動き方は分かった。あとは……)」

『憑依』

それを試してみようと思った。

「(さて、誰に"憑依"してみようか……?)」

特に、思い浮かぶ人物は居ない。
強いて言うなら百花ぐらいだが、当の百花は今ここで先輩に憑依されている。

『二重憑依の危険性』、そんなものを検証するのは後回しだ。

くるりと、あたりを見回す。

――目に映る"人物"が一人。

「(……ああ)」

椅子にもたれかかったままの、先輩だ。

「(いま、身体は空っぽな筈だし、試すには丁度いいか)」

……それに、正直――これが"一番、面白そう"だ。

僕は滑るようにして、先輩の身体のところへと移動し、
だらんとした身体に、頭から幽体を重ねていった。



ふわふわと、どこか現実味のない曖昧な感覚が、スゥと消える。

懐かしい感覚が復帰する。
人間の体の感覚だ。

ほんの少し離れただけだというのに、心の何処かで安心している自分が居た。

目には何も見えない。
瞼を閉じているからだ。

ゆっくりと、目を開いてみる。

長い髪が、視界を遮る。
艶やかな、長い黒髪だ。

腕を上げ、手のひらを額に近づける。
節くれひとつない、小さく綺麗な白い手だ。

吐息が、漏れる。
それは濁りのない、澄んだ高い音で響いた。

僕は、きっと笑っていたのだと思う。

これが僕の能力なのか、と。
他人を、自由勝手に操ることが出来る、そんな能力。

いままで馬鹿にされていたような、貧弱な能力じゃない。
やりようによっては、世界さえ揺るがすことの出来る能力。

喉から手が出るほど欲しかった、"強力な能力"。
恐ろしいほどに、"凶悪な能力"。

全身が総毛立ち、心臓が早鐘を打つ。
恐ろしいんじゃない、ただただ嬉しいんだ。

あははと声を上げると、僕は能力のテストを再開した。

つまり、
どの程度操ることが出来るのか?
感覚のフィードバックはどの程度なのか?
乗り移った相手の能力は使えるのか?
そういった類の、検証だ。

そして僕は、まず手近なところから、手っ取り早い手段を試すことにした。

僕は、先輩の手を……いや、"僕の手"を動かし、胸元へと持っていった。

ふわりとしたマシュマロを掴む様に、ゆっくりと"僕の胸"を握りしめる。

――スカッ

僕は、少しがっかりした。
力を込めた指先は、虚しくも空を切り、その手は何も掴めやしない。

揉める程、無いのか……残念だ。

「なっ!? ええ!?」

"百花の声"がする。
つまりは、"先輩"の声だ。

狼狽えてる、狼狽えてる。
ちょっと愉しくなってきた。

「せせせ蝉野 司っ! な、なんで私の体に――!?」

あたふたする百花の姿はとても可愛らしい。
中身がむやみにクールを装いたがる先輩というのも、また素晴らしい。

僕は先輩の身体で百花の身体へと近づき、至近距離でこう言った。

「もちろん、その方が面白いからですよ。先輩?」

「そ、そんな理由でー!??」

百花はもう涙目だ。
つまり、先輩はもう涙目だ。

ああもう、可愛いなぁ。
そろそろ我慢できなくなってきた。

「と、とにかく私の体を戻せ! 私が変なことをするのは見たくないー!」

"変なこと"
そうか、"変なこと"だ。それが一番いい。

それに、この状況なら、恐らく……。

僕はニヤリと嗤った。


そして、百花の背中へと手を回し、顔を更に近づける。

「変なこと……って、こういう事ですか?」
「えっ!? ん、んん……んん!!」

先輩の身体で、百花の身体へと口付けする。
舌を奥の方へと捻り込み、百花の口内を味わう。

百花の顔はひどく赤みを帯び、[理解できない]といった表情が浮かんでいる。

先輩にとっては、自分自身の身体にキスされているのだ。
さぞかし、混乱が生じていることだろう。

「先輩の体も百花の体も、柔らかくてきもちいーですねぇ。……もっとイイコトしません?」
「わわ、私はそんな事言わないっ! え、ちょっと、ちょっと待っ――!!」

僕は、百花の服を脱がしにかかった。
女生徒の制服の構造なんて僕は知らないはずだが、脱がすまでにそこまで時間はかからなかった。

つまり、これは先輩の身体に備わった記憶によるものだろう。
憑依した身体の記憶も、ある程度は使えるようようだ。

そして、記憶に従い、先輩の身体を裸にしていく。
もちろん、脱がすよりは脱ぐ方が慣れているようで、あっと言う間に生まれたままの姿となった。

「なななななな何を――するつもりだ、蝉野……?」

「――百花に、記憶は残らないんですよね?」

「……だったらちょっとぐらい、"楽しんで"もいいじゃないですか」

「――ひっ!!」

怯える百花の身体。
しかしその瞳には、どこか陶酔するような、とろんとした潤みのようなものが見え隠れすることを、僕は見逃さなかった。

「お、お前は、幼馴染の身体を、身体を……そんな、ごう、ごう………厭らしい目に合わせようと……する、つもりか!?」

先輩は抵抗しているように見えるが、身体の方はどうやら正直なようだ。

百花の身体が疼いている。
直に触れているのだから、そのぐらいの事はよく分かっていた。

「……やだなぁ、先輩も共犯ですよ」

「!」

「ねぇ、一緒に楽しみましょう?」

ギュッと、百花の身体を抱きしめる。
先輩の身体で、先輩が入った百花の身体を抱きしめる。

「わた、私は……」

先輩は拒もうとしている。
だが、"百花の身体"は拒まない。

それは、百花の"能力"の性質によるものだと、僕は知っていた。

「……百花の能力は、"触れたものの傷を癒す能力"」
「でもそれ、ちょっとした"副作用"があるんですよね、実は」

耳に吐息を浴びせながら、囁く様に先輩へと語りかける。

「端的に言えば、"感度が高くなる"んです、使うと」
「皮膚感覚が敏感になったり、脳内物質の分泌が促進されたり」

「たぶん、自分の細胞も同時に再生しちゃっていて、余分な細胞から普段以上のフィードバックが……なんて思うんですけど」
「ほら、皮が剥けて皮膚が薄くなったところに、お湯をかけると凄く熱い……みたいな」

適切な例えとは思わない。
相手を言いくるめるのに必要なのは、言葉の羅列だ。

「ひゃぅ……まさか、そんな……」

百花の身体を弄りながら、僕は先輩を問い詰める。

「先輩。百花の能力、使いましたね?」

「んぁっ!! 使った……使ったぞ、確かに……あひぃぃん!」

当然、そこはテストすべき項目だ。気持ちは僕にもよく分かる。


だが、それでも。

――ちょっとだけ、許せない。


「なるべく、使わせないようにしてたんですよ。前にちょっと……危ないことがあったんで」

怪我をした僕に"能力"を使い、"感度が高まって"しまった百花。
通りすがり、肩がぶつかり、そのまま――

……あの時は、本当に大変だった。

「……だから、ですね」
「百花の能力は、使わないでくれると、ありがたいんです」

「……すまない」

蕩けそうな表情のまま、先輩は百花の身体で謝罪の言葉を口にする。
様子を見る限り、そろそろ"副作用"の時間も終わりそうだ。

「じゃあ、もう、いいですよ。先輩の身体、お返しします」

「……うん」

僕は、自分の能力を使う時と同じようにして、先輩の身体から抜け出す。
……すこし、細工はしておいたのだけど。

程なくすると、百花の身体がだらんと力が抜ける。
先輩が百花の身体から抜け出したようだ。

「(……ん、そういえば)」

このまま百花を放置した場合、『いつの間にか知らない部屋に全裸で居た』なんて事になるだろう。
流石に、それはマズいだろう。

「(後処理ぐらいは、しないとなぁ)」

僕は、百花の身体に近づき、その身体へと幽体を忍ばせた。

身体に感覚が戻り、直後。
聞こえてきたのは、悲鳴の如き嬌声。

「――あ……あああああっっ!!!」

先輩の身体に戻った、先輩の声だ。
顔を真赤にして、全身をビクンビクンと痙攣させ、陰部から卑猥な液体を撒き散らしている。

先程の百花の身体と同じ様に、感度が高まってしまっているのだ。

「……僕、結構しつこいんですよ?」

つまり、こうだ。
僕は先輩の身体から抜ける前に、"先輩の能力"を使って"コピー"した、"百花の能力"を使ったのだ。

癒やす傷なんて、対象はいくらでもある。
とりあえず、指先にささくれがあったので、それを癒やしておいた。

その程度の治療であれば、副作用もすぐに終わることだろう。

「……先輩があんなになるなんて、ちょっと予想外だったけど……」

僕が入っていた間は、そこまでキツくなかったんだけどなぁ……。

ともかく、先輩が快感に悶え狂っている間に、
僕は百花の身体を拭き、服装を整えることにした。

――しばらくして。

「っ……はぁ、はぁ……ヒドいぞ、蝉野 司……君が、こんな奴、だったとは……ん……っ」

「僕は僕ですよ。先輩の悶える姿、とても可愛かったです」

先輩は赤い顔のまま、微妙な表情をした。

「……人選、間違えたかなぁ……」

先輩はどこか遠い目で、ひどく複雑な感情を堪えていた。

「ところで先輩。僕の能力を、"どう利用するつもり"なんですか?」

カマかけではあるが、概ね間違ってはいないだろう。
コピー能力者が、他人の能力を強化して、それを利用しないはずはない。

おそらく、何かしらの目的があることだろう。

これだけ素晴らしい能力を手に入れられたのだ。
協力することも無論、やぶさかではない。

先輩は、少し驚いた表情を見せながら、応える。

「え、ああ。話が早くて助かるな。それなんだが……」


顔を赤らめ、荒い息を吐きながら。
先輩は、ちょっとばかしの私怨に満ちた、『計画』を語り始めた。

慌てて直した衣服は、多少の乱れを残している。
快感の余韻を残した表情は、多分に扇情的だ。

どこか熱っぽく語る先輩の表情は、先ほどとはまた違った魅力にあふれていた。

そして、進む話題の中。
僕は素直に、こう感じたんだ。

――面白いじゃないか。

ただの逆恨みではあるけれど、これは僕の能力を試すにはうってつけだ。

この能力で、どこまでやれるのか――是非ともそれは、追求したいテーマだった。

ちょうどいい、協力することにしよう。 そして、楽しませてもらうとしよう。

僕はにやりとした笑みを隠すこともせず、"これからの事"を考えていた――



第1話【羽化】おわり。