氷雨森総合学園、今時珍しくもなくなった、"能力者"の為の学校だ。
能力者というのは、「普通の人間が決して持ち得ない"特異な能力"」を持った人間のことだ。最初の事例はおよそ百年前、現在の分布は国内外問わず世界中で……と、そんな事はどうでもいいか。
とにかく。それが、僕の通う学校だ。
能力者といっても様々なものがある。
炎を出したり、傷を癒したり、人の心を読み取ったり、本当に様々だ。
そうかと思えば、中には何の役にもたたないものだってある。
例えば――そう、"僕の能力"とか。
「なぁ〜、蝉野ー。またあれやって見せろよぉー」
「ありゃあマジで傑作だったぜ、あんな笑える"異能"、たぶん世界でただ一つだぜ?」
そんな風に、クラスメイトにまで散々馬鹿にされる、僕の能力。
それは。
「きゃーっ!? 蝉野くん!? 大丈夫!?」
近くにいた女子が、悲鳴をあげて心配そうに駆け寄ってくる。
「だはは、大丈夫、これこいつの能力だから」
「そうそう、"死んだフリ"する能力とか、マジ笑える」
チャラ目のクラスメイト、貫川と力山が馬鹿笑いをする。
畜生、聞こえてんだぞ。
僕の能力。
それは、一時的に自分の身体を仮死状態にして、生命活動を一時的に休止する能力。
言ってみれば、コールドスリープに近い状態だ。長時間そのままでも、解除すれば元通りになるし、長距離移動なんかにも便利だ。
ただ相手からしてみれば、急に倒れて気絶した様にしか見えないのだが。
そんなわけで、僕には早速[異名――コードネームや通り名のようなもの(というかニックネーム)]がついた。
「"オポッサム"の蝉野」
死んだ振りが得意な小動物の名前らしい。
僕が小柄なのもその決め手になったようだ。
こんな異名、いつか絶対返上してやる……!
そんな思いを燃やしながら、能力を解除しようとすると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「こらー! アンタたち! 他人の能力を見世物にしてんじゃないわよッ!!」
ああやっぱり、あいつの声だ。
「ああ、わりぃわりぃ」
「でも珍しい能力だしなー、やっぱ気になんじゃん」
「珍しいからって珍獣扱いしていいと思ってるの?蝉野の気持ちも考えなさいよ!」
ここで、僕は能力を解除する。
「どうだよ畜生、これがオポッサム様の能力さ。どうだ、羨ましいだろ? 」
僕は、泣き顔だった。
「お、おう。すげえ能力だよ、もっと自信もっていいぞ」
「相当レアだよ、だからそんな……その、悪かった」
チャラい二人に慰められる。
僕は必死に涙を堪えて、振り返る。
「というわけなんだ、百花。僕は平気、二人も悪くない、OK?」
幼馴染みの百花は、はぁ〜とため息をついた。
「アンタがそんなんだからナメられるんでしょうが……もう」
百花は二つ結びにした髪の先をくるくると弄っている。これは照れている時の癖だ。
「悪かったって、これからは気を付けるよ」
「あ、ちょっと待って。アンタ、怪我してるじゃない、ほらそこ」
「え、ああ、本当だ。擦りむいたかな?」
「診せて。この位なら、アタシの"ヒーリング・タッチ"で……」
「ああ、大丈夫だよ。この位、放っておいても治るって」
百花は心配性だ。それに優しい。
だから、"触れたものの傷を癒す能力"なんてものが備わったんだろうな、と思う。
能力の発動条件は、相手に触れること。
触れたまま能力を発動ていれば、傷はだんだんと回復していくって寸法。
便利な能力だ、と思う。僕のよりは、遥かに。
でも、こんなふうに些細な怪我でも触ろうとするのは止めて欲しい……実は結構、恥ずかしいし。
「……あ、そういえば。三年の御鏡先輩って知ってる?」
「うーん、知らない人だなぁ。その人がどうかしたの?」
「その人から蝉野に伝えてくれって頼まれたんだけど。
『放課後、図書準備室に来て欲しい』って」
「……心当たりはないなぁ。でもまあ、一応行ってみようか」
「告白だったらいいね!」
「はっはっは、そんな馬鹿な…………はぁ」
急に気分が暗くなる。
そんな都合の良いことがそうそうあってたまるものか。
「どうせ大したことじゃないって、知らない人に用事なんて。まあ、タカが知れてるだろ?」
「そうかなー……ま、気を付けていって来てね」
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チャイムが鳴ること、数度。終業のベルだ。
教室を出て、階段を上る。
図書準備室は五階だ。
そんなに階数があって、昇降機の一つもないというのはあまりにも酷な話だ。やれやれ。
辺りには、人の気配もあまりない。
部活は殆ど部活棟で行われるし、五階から上にクラス教室はない。
静かだ。
図書室の前に辿り着く。今日は閉館日で、扉は閉まっている。
その左手にポツリと、図書準備室と書かれた板がぶら下がっていた。
コンコン。
一応、ノックをする。
「入れ」
中から返事があった。
凛とした響きの声で、どこか耳に残る印象だった。
「失礼します」
扉を開け、中に入る。
中に入ると、見知らぬ女生徒が仁王立ちでこちらを見つめていた。
あれが御鏡先輩だろうか。少し帰りたくなってきた。
「蝉野 司だな?」
「はい、貴女が御鏡先輩ですか?」
ペースを取られると厄介そうだと判断し、即座に質問を切り返す。
「……そうだ。君は……うん、えーと……」
ああ、やっぱり。
この人は自分のペースを崩されるとパニックになるタイプらしい。
「僕に、何か用があるのですか?」
「そ、そうだ! っと、こほん。蝉野 司、君は、自分の力に不満を持っているね?」
助け船を出すと、本題に辿り着いたようだ
「そんなことはありません、満足していますよ?」
少し意地悪を言ってみる。さぁ、どう出てくる?
「……本当に、そう思っているのか? 私には、そうは見えないな」
「ええ、はい。不満しかありませんよ、こんな能力」
「ええー!」
ペースを与えてなるものか。
掌返しはお手のものさ。
「それで、先輩。まさか貴女が、それをどうにか出来る、とでも?」
「……話が早いな。端的に言って、そうだ」
おや、正解。
まさかとは思ったけど、本当にそう出来るのなら少しは期待したいところだ。
「私の力は、"能力の複製"。君の能力をコピーし、その性質を見極めることが出来る」
「君の能力、"仮死"だったか。類例からすると、"その先"がある可能性が高い」
「"その先"……?」
「ああ、異能というものの性質上、ただ「肉体を仮死状態にする」だけ、というのは考えづらい。肉体を仮死状態にした上で、何かを行う性質があるはずだ」
いつの間にか、先輩の話に聞き入っている。
能力が、これだけじゃない。
とても魅力的な話だ。
コピー系の能力には、相手の能力を"奪う"ものもあると聞くが。
どうせもともと、奪われて困るような能力じゃあない。
「――わかりました、お願いします」
「で、だ、つまり――え?」
話始めると止まらないタイプか。
そして人の話が耳に入らなくなるタイプか。
「あ、うん。ほ、本当に良いんだな? 君の能力の全てを知ってしまうぞ? 嫌じゃないのか?」
あたふたと念押しをしてくる先輩は奇妙に可愛らしい。
どちらかと言えば綺麗な顔立ちとスタイルなのに、ミスマッチだ。
「もちろん、覚悟の上です」
対能力戦闘で能力情報が漏れるのは命取り……なんて言葉もあるが、今のままではバレた所で何のデメリットもない。
そもそも能力戦なんてやるつもりもないからなぁ、出来る気もしないし。
「――そうか」
御鏡先輩が、真剣な表情になる。
僕は少し、緊張する。
「では、蝉野 司……」
先輩の顔が近づく。
接触を発動条件とする能力なのだろうか。
「い、いくぞ!」
先輩の顔が真っ赤になる。
何だ、何が始まるんだ?
「――っ!」
柔らかい感触を、どこかに感じる。
どこに?
ああ、口の先だ。
……口の先?
唇。
唇と、唇。
キス!?何で!?そんな素振りどこにも……!
僕は混乱していた。
初対面の年上の女性に唇を奪われる。そりゃあ魅力的なシチュエーションだ。だからって、こんな不意打ちで……。
先輩は、舌まで捻り込んで二人の唾液をかき混ぜる。
混乱と混迷の中、僕のファーストキッスは終わりを告げた。
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「……では、始めるぞ」
先輩は椅子に座り込むと、背もたれ寄りかかったまま動かなくなった。
おそらく、僕の能力を使ったんだろう。
前に、動画で撮って見てみた事があるから、よく分かる。それと同じ状態だ。
……こうなると、他にやることはない。
ただ待っているのも退屈なので、僕は先輩の姿を観察することにした。
「……やっぱり、綺麗な人だなー」
均整の取れた顔立ち、つややかな長い黒髪。
スレンダーなスタイルはモデルと言われても遜色のないほどだ。
きっとさぞかし異性にモテることだろう。
口調がそっけないのも味があって良いし。
ガタン
僕の背後で、扉の音がした。
誰か入ってきたらしい。
来訪者は、少し意外な人物だった。
「……あれ、百花? 何かあったの?」
百花は、少し顔を俯かせて、はぁはぁと息を吐く。
走ってきた、といった様子だろうか。
しかし、どこか新鮮な表情だ。
百花は、口の端を少し歪め、悪戯めいた笑みを浮かべている。
「――――だ」
「え?」
吐息に混ざり、声が聞き取りづらい。
指摘すると、百花は呼吸を整え、改めて先程の言葉を吐き出した。
「――成功だ、蝉野司」
「まさか、 こんな素晴らしい能力だとはな!」
普段の声と、違う口調。
だが、その口調には覚えがある。
「――まさか、御鏡先輩!?」
百花はどこか不自然な満面の笑みを浮かべ。
肯定するように頷いた。
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「説明すると、こうだ」
「君は、体が仮死状態になったのに、自分の意識がそのまま残っていた……というのを、不思議に思ってはなかったか?」
「私が試してもそうだった。身体はピクリとも動かせないのに、意識だけは常にはっきりしていた」
「つまりこれは、『自分の意識だけを、身体から"別の何か"へと移し替えていた』と言うことになる」
「この場合、その役割を果たすものは、"人形"や"身代わり札"、"使役鳥獣"などの"物理的なものではない"ようだ」
「それは、意識を投写された"アストラル体"……あるいは"幽体"、もしくは"霊体"としても良いだろう」
「それらは物理的干渉を受けず、自由に動かすことが出来る」
「自分の体を動かすのと同じ様に、容易くだ」
「しかもだ! "この姿"を見れば分かる通り」
「霊体研究学で[憑依]と呼ばれている現象そのままに、『幽体が人間の体に入り込んで自由に操る』ことが出来るんだ!」
「おそらく、動物や植物にも応用は利くだろうと推察される」
「更に言えば、"憑依"している最中の出来事は、本人の記憶は残らないようだぞ!」
「念のために三度出入りして確認した! 何をしていたかすら分かっていなかったぞ」
「――凄いぞこの能力は! これなら、”アイツ"に一泡吹かせられるかも……! 凄いぞ! やったな! 蝉野君!」
百花の姿をした先輩がはしゃいでいる。
こういうのも新鮮でいいな――さて、話を戻そう。
「つまり、僕の能力は"幽体離脱能力"ということですね」
僕の問いに、先輩はしたり顔で応えた。
顔は、百花のだけれども。
「ああ。アストラル投射、幽体離脱、体外離脱――呼び方は色々あるが、いずれも概ね間違いはない」
「それと、何か名前をつけてやるといい」
「能力には名前を付けるものだぞ蝉野司。何より、そうすると格好いいぞ!」
名前、か……まあ、後で考えようか。
「ところで、なんで百花に憑依したんですか?」
先輩はにやり、と意地悪気な笑みを浮かべた。
「その方が話が早いと思ったからね」
「それに」
「……君の大事なこの娘の体なら、頼み事もしやすいだろう?」
「君にはやって欲しいことがあるからね。うふふ」
なるほど、人質というわけか。
まあ、タダではないだろう、とは思っていたが。
……しかし、大事、と来たか。
確かに、百花は大切な幼馴染だ。
人質としての価値はある、と思う。
だとすれば、なかなかいいところを突いている。
つまりは、僕好みのやり方だ。
もしかすると、これは
――面白くなるかもしれない。
そんな風に、思えた。
「ところで、それなら僕も試してみていいですか?」
「ああ、早速やってみるといい」
「では、遠慮なく」
いつものように、能力を使い自分の身体を仮死状態にする。
全身から力が抜け、机に突っ伏した状態となる。
――それでも、意識ははっきりとしている。
これが、"幽体に意識が移った"状態なのだろうか。
物理的な肉体ではなく、幽体と呼ばれるものを意識してみる。
|
――ある。
"なんだかよくわからないもの"が、僕の意思で動いたのを感じた。
これが幽体、なのだろうか。
水中を泳ぐ様に、上へと向かってみる。
足下には机に突っ伏したままの僕の身体が見えた。
「(なるほど、こんな感じなのか)」
手――に相当する部分の幽体を動かし、手のひらを開いては閉じてを繰り返してみる。
目に見えるものは、何もない。
だが、「そういう風に動いた」事は感じ取れた。
「(動き方は分かった。あとは……)」
『憑依』
それを試してみようと思った。
「(さて、誰に"憑依"してみようか……?)」
特に、思い浮かぶ人物は居ない。
強いて言うなら百花ぐらいだが、当の百花は今ここで先輩に憑依されている。
『二重憑依の危険性』、そんなものを検証するのは後回しだ。
くるりと、あたりを見回す。
――目に映る"人物"が一人。
「(……ああ)」
椅子にもたれかかったままの、先輩だ。
「(いま、身体は空っぽな筈だし、試すには丁度いいか)」
……それに、正直――これが"一番、面白そう"だ。
僕は滑るようにして、先輩の身体のところへと移動し、
だらんとした身体に、頭から幽体を重ねていった。
|
ふわふわと、どこか現実味のない曖昧な感覚が、スゥと消える。
懐かしい感覚が復帰する。
人間の体の感覚だ。
ほんの少し離れただけだというのに、心の何処かで安心している自分が居た。
目には何も見えない。
瞼を閉じているからだ。
ゆっくりと、目を開いてみる。
長い髪が、視界を遮る。
艶やかな、長い黒髪だ。
腕を上げ、手のひらを額に近づける。
節くれひとつない、小さく綺麗な白い手だ。
吐息が、漏れる。
それは濁りのない、澄んだ高い音で響いた。
僕は、きっと笑っていたのだと思う。
これが僕の能力なのか、と。
他人を、自由勝手に操ることが出来る、そんな能力。
いままで馬鹿にされていたような、貧弱な能力じゃない。
やりようによっては、世界さえ揺るがすことの出来る能力。
喉から手が出るほど欲しかった、"強力な能力"。
恐ろしいほどに、"凶悪な能力"。
全身が総毛立ち、心臓が早鐘を打つ。
恐ろしいんじゃない、ただただ嬉しいんだ。
あははと声を上げると、僕は能力のテストを再開した。
つまり、
どの程度操ることが出来るのか?
感覚のフィードバックはどの程度なのか?
乗り移った相手の能力は使えるのか?
そういった類の、検証だ。
そして僕は、まず手近なところから、手っ取り早い手段を試すことにした。
僕は、先輩の手を……いや、"僕の手"を動かし、胸元へと持っていった。
ふわりとしたマシュマロを掴む様に、ゆっくりと"僕の胸"を握りしめる。
――スカッ
僕は、少しがっかりした。
力を込めた指先は、虚しくも空を切り、その手は何も掴めやしない。
揉める程、無いのか……残念だ。
「なっ!? ええ!?」
"百花の声"がする。
つまりは、"先輩"の声だ。
狼狽えてる、狼狽えてる。
ちょっと愉しくなってきた。
「せせせ蝉野 司っ! な、なんで私の体に――!?」
あたふたする百花の姿はとても可愛らしい。
中身がむやみにクールを装いたがる先輩というのも、また素晴らしい。
僕は先輩の身体で百花の身体へと近づき、至近距離でこう言った。
「もちろん、その方が面白いからですよ。先輩?」
「そ、そんな理由でー!??」
百花はもう涙目だ。
つまり、先輩はもう涙目だ。
ああもう、可愛いなぁ。
そろそろ我慢できなくなってきた。
「と、とにかく私の体を戻せ! 私が変なことをするのは見たくないー!」
"変なこと"
そうか、"変なこと"だ。それが一番いい。
それに、この状況なら、恐らく……。
僕はニヤリと嗤った。
|
そして、百花の背中へと手を回し、顔を更に近づける。
「変なこと……って、こういう事ですか?」
「えっ!? ん、んん……んん!!」
先輩の身体で、百花の身体へと口付けする。
舌を奥の方へと捻り込み、百花の口内を味わう。
百花の顔はひどく赤みを帯び、[理解できない]といった表情が浮かんでいる。
先輩にとっては、自分自身の身体にキスされているのだ。
さぞかし、混乱が生じていることだろう。
「先輩の体も百花の体も、柔らかくてきもちいーですねぇ。……もっとイイコトしません?」
「わわ、私はそんな事言わないっ! え、ちょっと、ちょっと待っ――!!」
僕は、百花の服を脱がしにかかった。
女生徒の制服の構造なんて僕は知らないはずだが、脱がすまでにそこまで時間はかからなかった。
つまり、これは先輩の身体に備わった記憶によるものだろう。
憑依した身体の記憶も、ある程度は使えるようようだ。
そして、記憶に従い、先輩の身体を裸にしていく。
もちろん、脱がすよりは脱ぐ方が慣れているようで、あっと言う間に生まれたままの姿となった。
「なななななな何を――するつもりだ、蝉野……?」
「――百花に、記憶は残らないんですよね?」
「……だったらちょっとぐらい、"楽しんで"もいいじゃないですか」
「――ひっ!!」
怯える百花の身体。
しかしその瞳には、どこか陶酔するような、とろんとした潤みのようなものが見え隠れすることを、僕は見逃さなかった。
「お、お前は、幼馴染の身体を、身体を……そんな、ごう、ごう………厭らしい目に合わせようと……する、つもりか!?」
先輩は抵抗しているように見えるが、身体の方はどうやら正直なようだ。
百花の身体が疼いている。
直に触れているのだから、そのぐらいの事はよく分かっていた。
「……やだなぁ、先輩も共犯ですよ」
「!」
「ねぇ、一緒に楽しみましょう?」
ギュッと、百花の身体を抱きしめる。
先輩の身体で、先輩が入った百花の身体を抱きしめる。
「わた、私は……」
先輩は拒もうとしている。
だが、"百花の身体"は拒まない。
それは、百花の"能力"の性質によるものだと、僕は知っていた。
「……百花の能力は、"触れたものの傷を癒す能力"」
「でもそれ、ちょっとした"副作用"があるんですよね、実は」
耳に吐息を浴びせながら、囁く様に先輩へと語りかける。
「端的に言えば、"感度が高くなる"んです、使うと」
「皮膚感覚が敏感になったり、脳内物質の分泌が促進されたり」
「たぶん、自分の細胞も同時に再生しちゃっていて、余分な細胞から普段以上のフィードバックが……なんて思うんですけど」
「ほら、皮が剥けて皮膚が薄くなったところに、お湯をかけると凄く熱い……みたいな」
適切な例えとは思わない。
相手を言いくるめるのに必要なのは、言葉の羅列だ。
「ひゃぅ……まさか、そんな……」
百花の身体を弄りながら、僕は先輩を問い詰める。
「先輩。百花の能力、使いましたね?」
「んぁっ!! 使った……使ったぞ、確かに……あひぃぃん!」
当然、そこはテストすべき項目だ。気持ちは僕にもよく分かる。
だが、それでも。
――ちょっとだけ、許せない。
「なるべく、使わせないようにしてたんですよ。前にちょっと……危ないことがあったんで」
怪我をした僕に"能力"を使い、"感度が高まって"しまった百花。
通りすがり、肩がぶつかり、そのまま――
……あの時は、本当に大変だった。
「……だから、ですね」
「百花の能力は、使わないでくれると、ありがたいんです」
「……すまない」
蕩けそうな表情のまま、先輩は百花の身体で謝罪の言葉を口にする。
様子を見る限り、そろそろ"副作用"の時間も終わりそうだ。
「じゃあ、もう、いいですよ。先輩の身体、お返しします」
「……うん」
僕は、自分の能力を使う時と同じようにして、先輩の身体から抜け出す。
……すこし、細工はしておいたのだけど。
程なくすると、百花の身体がだらんと力が抜ける。
先輩が百花の身体から抜け出したようだ。
「(……ん、そういえば)」
このまま百花を放置した場合、『いつの間にか知らない部屋に全裸で居た』なんて事になるだろう。
流石に、それはマズいだろう。
「(後処理ぐらいは、しないとなぁ)」
僕は、百花の身体に近づき、その身体へと幽体を忍ばせた。
身体に感覚が戻り、直後。
聞こえてきたのは、悲鳴の如き嬌声。
「――あ……あああああっっ!!!」
先輩の身体に戻った、先輩の声だ。
顔を真赤にして、全身をビクンビクンと痙攣させ、陰部から卑猥な液体を撒き散らしている。
先程の百花の身体と同じ様に、感度が高まってしまっているのだ。
「……僕、結構しつこいんですよ?」
つまり、こうだ。
僕は先輩の身体から抜ける前に、"先輩の能力"を使って"コピー"した、"百花の能力"を使ったのだ。
癒やす傷なんて、対象はいくらでもある。
とりあえず、指先にささくれがあったので、それを癒やしておいた。
その程度の治療であれば、副作用もすぐに終わることだろう。
「……先輩があんなになるなんて、ちょっと予想外だったけど……」
僕が入っていた間は、そこまでキツくなかったんだけどなぁ……。
ともかく、先輩が快感に悶え狂っている間に、
僕は百花の身体を拭き、服装を整えることにした。
――しばらくして。
「っ……はぁ、はぁ……ヒドいぞ、蝉野 司……君が、こんな奴、だったとは……ん……っ」
「僕は僕ですよ。先輩の悶える姿、とても可愛かったです」
先輩は赤い顔のまま、微妙な表情をした。
「……人選、間違えたかなぁ……」
先輩はどこか遠い目で、ひどく複雑な感情を堪えていた。
「ところで先輩。僕の能力を、"どう利用するつもり"なんですか?」
カマかけではあるが、概ね間違ってはいないだろう。
コピー能力者が、他人の能力を強化して、それを利用しないはずはない。
おそらく、何かしらの目的があることだろう。
これだけ素晴らしい能力を手に入れられたのだ。
協力することも無論、やぶさかではない。
先輩は、少し驚いた表情を見せながら、応える。
「え、ああ。話が早くて助かるな。それなんだが……」
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顔を赤らめ、荒い息を吐きながら。
先輩は、ちょっとばかしの私怨に満ちた、『計画』を語り始めた。
慌てて直した衣服は、多少の乱れを残している。
快感の余韻を残した表情は、多分に扇情的だ。
どこか熱っぽく語る先輩の表情は、先ほどとはまた違った魅力にあふれていた。
そして、進む話題の中。
僕は素直に、こう感じたんだ。
――面白いじゃないか。
ただの逆恨みではあるけれど、これは僕の能力を試すにはうってつけだ。
この能力で、どこまでやれるのか――是非ともそれは、追求したいテーマだった。
ちょうどいい、協力することにしよう。
そして、楽しませてもらうとしよう。
僕はにやりとした笑みを隠すこともせず、"これからの事"を考えていた――
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第1話【羽化】おわり。
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