【小話:かくれんぼ】
九重 七志



太陽はひどく傾き、赤ら顔で夕暮れ時の町を照らす。

小さな公園のブランコが揺れている。
そこには顔を伏せ、どこか暗い顔の少女が独り。

『もう……サヤったら、あんな言い方しなくてもいいのに……』

友達との喧嘩だろうか、頬には涙の跡がある。
そんな彼女に、話しかけてくる声が一つ。

「ねぇ、おねーさん」

ちいさな可愛い、女の子。

(知らない子だ、この辺りの子じゃないのかな)
そんなことを思いながら、少女は女の子に対応する。

「きみ、どうかしたの?」
「えっとねぇ、あたしと一緒に遊んでっ!」
ぱあっと笑顔になった女の子は、遊んで遊んでと無邪気に繰り返す。

(うーん……まあ、いいかな)
(気分転換した方が、いいよね?)

この暗い気分を紛らわすにはちょうど良い。
彼女はそう考え、女の子の誘いに乗る事にした。

「うん、いいよ。なにして遊ぼうか?」
「かくれんぼ! かくれんぼがいいな!」

(かくれんぼ……懐かしいなぁ)
(昔、みんなと……うん、サヤも、いたっけ)

少し複雑な思いを抱くものの、
それを少女は了承する。

「あ、鬼やる! やりたい! あたし、得意なの!」
「そっか、じゃあ、気合い入れて隠れないとね」



こうして、夕暮れの公園で。
ちょっとした子供の遊びが、始まった。



(どこに隠れようかなぁ)

昔はあった大きな遊具たちは影も形もない。
きっと撤去されてしまったのだろう。
少女はため息を吐き、きょろきょろと辺りを見回す。

「あ……」

目に入ったのは、自治会の倉庫。
鍵が壊れている事は皆が知ってる、中に何が入っているという訳でもない。


「ちょっとズルいけど……いいよね?」

絶好の隠れ場だ。
少し大人げないが、勝負で手を抜くのは性分に合わない性質らしい。

少女はもういいよ、と声を張ると。
音がしないように、倉庫の扉を閉めた。

とてとてとした足音が聞こえる。
あの子の声は聞こえない。

何も言わず、彼女の居場所を探しているようだ。

とてとて、とてとて、とてとて。
足音が遠くなったり、近くなったり、あちこち探し回っているようだ。

足音が止まる。止まってしまったようだ。

(やりすぎちゃったかな……?)

少女の不安を掻き消すかのように、とてとてとした足音が再開する。

今度はだんだんと、音が大きくなってくる。
こちらに近づいて来ているようだ。

(あ、バレちゃったかな?)

とてとて、とてとて、とてとて……。

音は、扉の前で止まる。

「おねーちゃん……」

女の子が、扉に手をかける音。

ざざぁと、扉が開く音。

「み〜つけたっ!!」

女の子の明るい声。

(あーあ、見つかっちゃっ……)

「――!?」



扉の外には、"だれもいない"。

女の子は、どこへ――



――それは、少女の背後に立っていた。

「えっ!? あれ? ええと……?」

「おねーちゃん」

少女は、身体が硬直していることに気づく。
動けない。

(どうして、え? 身体が……!)

「――つ か ま え た」


少女の身体がビクンと震え、
その身体の中に"なにか"が入り込んでいく。

(なにこれ、やだ、はいってくる……!)
(いや!やめて! 私が、私じゃ、なくなって――)

――少女の意識は、暗転した。


しばらくすると少女は、ふらりと倉庫から出てきた。
女の子の姿は、欠片も見当たらない。

少女は不意に自分を抱き締めるようにしてうずくまり、全身をさすさすと触り始めた。
まるで、その身体を隅々まで確かめるかのように。

「やったぁ! ニンゲンのカラダだーっ!」

不意に妙な事を口走り、子供の様に無邪気な、満身の笑みを見せる少女。

「はやく、お母様のところにもってかなきゃ!」
「きっとほめてくれるよねー? えっへへ〜!」

にこにこと楽しそうにスキップを踏みながら、少女はどこかに行ってしまう――


夕日が沈みきり、空にはぽつり、ぽつりと星が現れ始める。

もう、公園には、だれもいない。

動くものなど、なにもない。

ただ少女が、先ごろまで座っていた。

ブランコだけがしばらく、ゆらゆらと揺れていた――