『ステンドグラスの廃墟にて』

九重七志



風にそよぐ森の木、不規則的に形を変える木漏れ日。
遠く立ち上る湯気の煙は、どこか絹糸のようにも見える。

「ねえ、まだ着かないの?」
「もう少しだよ~、昨日下見に行った時は……あ、ほら!」

「ふぅん、思ったよりも綺麗な建物なのね」

「で、でも、ほんとに入って大丈夫なのかな?」
「大丈夫だよ、ちゃーんと許可もとってあるんだから!」
「そ、そう? でも、そういうことじゃなくて、その……」

「じゃあ、もう少しだから頑張ろうよ、みんな」

「そうね、行くわよミィ。
 早くしないと、置いてっちゃうわよ?」

「ええっ! そんなぁ!
 ひどいよマリ~、待ってよぉー!」

「あんまりイジメるんじゃないわよー?」
「……それにしてもシズハ、よく廃墟の入場許可なんて取れたわね」

「ふっふっふ~、そこは抜かりないよっ!」
「今回のために特別に許可を貰ってきたんだから!」

「はいはい、また『兄さんの友達の盟友の朋友の……』
 が、とかどうとか言い出すんでしょう?」

「ふふふふふー……って、
 先に言われちゃった……ぐすん」

「ワンパターンなのよ、アンタの冗談。
 スベリ芸で行くなら、もっと短いほうが良いんじゃない?」

「くぅー、手厳しいなぁエミさんは」
「でも、許可はちゃんと取ってあるからね」

「(そう、"特別な"ね――)」

「……? シズハ、何か言った?」

「ううん、それより、もうそろそろだよ」


この時に、わたしたちは考えるべきだった。

自分たちの向かう場所に、『"なに"』が『"い"』るのかを――



【side:映見香】

事の発端はこうだ。

わたしたち四人――
        「海衣奈(みいな)」
        「静羽(しずは)」
        「手鞠(てまり)」
そしてわたし「映見香(えみか)」は、大学の休みを利用して、
ひっそりとした小さな温泉宿に来ていた。

初日は温泉と料理を楽しみ、二日目は各自で自由行動。
――という予定だったのだが……。


「――でね、すっごく綺麗なステンドグラスがあるんだって!」
「ねえねぇ、一緒に見に行こうよぉ~」

そんな事を言い出したのは、廃墟マニアの静羽だ。
付箋まみれの雑誌を指差しながら、その廃墟について語っている。

何でもその洋館には、この世のものとは思えない
美しいガラス細工の嵌めこみ窓があり、

そこから差し込む光が室内を照らす光景は
極めて神秘的で荘厳なものらしい。

それは嘗ての館の主人が作ったもので、
32色のガラス片を組み合わせて宇宙を
表現した、という意匠とのことだ。

「ふぅん、良いじゃない。
 私は行ってもいいわよ?」

賛同したのは、意外にもクールな手鞠だった。

まあ、写真好きの彼女のことだ、
物珍しい写真が取れるのならば、
きっと何処へだって行くだろう。

「いい写真がとれそうね、ふふ」

荷物の中から物々しいカメラを取り出し、
何かの調整をしているようだ。

「で、でも、危なくないの? 廃墟なんでしょ?
 崩落の危険とか、不法侵入とか……」

不安げな声を上げたのは、怖がりの海衣奈だ。

「その辺は心配ご無用、ちゃーんと調べてあるし、
 許可だってもう取ってあるんだ」

「そ、そう? それなら良いけど……でも……」

不安を拭い切れないような表情を変えない海衣奈。
ああ、これは、いつものアレだな。

「ははーん、さてはミィさん、
 お化けが出ないか心配してるなー?」

「えっ! あっ、その、違くて、えっと……」

海衣奈は顔を赤くして否定する。
が、その態度では「怖い」と言っているようなものだ。

この歳になって幽霊なんて非科学的な
ものを怖がるなんてどうかとも思うが、

そんな子供っぽいところも彼女の魅力の一つなのだろう。

「隠すな隠すなー、大丈夫だって
 廃墟と心霊スポットは別物だからさ」

「今回のはクリーンなヤツだよぉ~!」

「ふ、ふ~ん、そうなんだ。
 なら、大丈夫……なのかな?」

やはりというか、海衣奈はあまり乗り気ではないようだ。

まあ、納得はしているみたいだし、
反対という訳でもないのだろう。

「で、エミさんはどうなのさー?」

最後に残ったわたしに、静羽が水を向ける。

「わたし? そうね……」

わたしとしては、正直どちらでもいい。

静羽ほどではないが、廃墟の雰囲気は嫌いじゃない。

とはいえ、一日中温泉でゆったりとリフレッシュする
プランAを捨てるのも損といえば損だ。

さてはて、どうしたものか。

まあ、そういう場合は多数決に任せるのが道理だろう。

手鞠と静羽が賛成、海衣奈が消極的反対。
おおよそ2:1の構図だ。反対する理由はないだろう。

「なら、行ってみようかな。
 シズハが誘ってくるなんて珍しいし」

「やったぁ! じゃあ、ご飯食べたら集合ね!」


――と言った具合で、わたしたちは
あの「洋館」に続く、緩やかな山道を、

ハイキング気分で散策することとなったのだ。



【side:映見香】


「ふーん、近くで見ても案外キレイね」

先に着いた静羽とわたしは、
洋館の玄関付近を見物していた。

レンガ風の洒落た壁は、古びてはいるが、
崩れていたり薄黒く汚れきっているようには見えない。

ドアの取っ手も色あせてはいるようだが、
サビ一つなく、綺麗なものだ。

「こういのって、もっと錆びついてたり、
 蔦に絡まれたりしてるものだと思ってたわ。」

「ここは割と新しい方だからねー、
 ライトでクリーンな廃墟スポットだよ」

廃墟にライトだとかクリーンだとか、
実に似合わない単語が並ぶ。

まあ、あえてツッコむのも阿呆らしいだろう。

そういえば、後ろの二人はどうしてるだろうか?

「ねえ、それより、ミイナ達遅くない?」

「え? あ、本当だ。ちょっと
 先走り過ぎちゃったかなー」

「みたいね、ほら、二人とも、
 あんなに遠くに見える」

来た道の方へ目をやると、
遠くに手鞠と海衣奈の姿が見える。

手鞠は軽く手を振っているが、
海衣奈の方は少し疲れてふらついているようだ。

「まあ、こうしてお互い見える位置だし、
 変に迷って逸れるようなことにはならないよ思うよー」

「まあ、それもそうね。
 ちょっと休憩にしましょうか」

私と静羽はバッグからペットボトルの
お茶を取り出し、喉の渇きを潤した。



【side:???】

最後尾を歩く海衣奈の足取りは重い。

「はぁ、やだなぁ、こんな怖い所……」

怖がりな海衣奈には、例えただの洋館。今は使われていないが――であっても
何やら恐ろしげな心霊スポットか何かとしか感じられないのだ。

「シズハちゃんには悪いけど、やっぱり来なければよかったかも……」

軽い後悔の気持ちが心によぎる。

その時、彼女は小さな違和感を感じ取った。

「……あれ?」

「いま、誰かいなかった……?」

海衣奈は辺りをキョロキョロと見回す。
誰かに見られているような気がしたのだ。

「……気のせいだよね」

自分に言い聞かせるように、そう呟く。

「こんな所に、他に人が居るわけない、よね?」

そう、こんな所に、"人"が居るはずがない。

「……早く皆の所まで行かないと」

そう思い、駆け足の姿勢をとったその時。

「えっ……!?」

悪寒。それも、尋常ではない、悪寒を感じた。

「ひっ、やだ、え……?」

自らの中に、何か冷たいものが
入り込んできたような、そんな感覚。

「あぁぁっ!!!」

身体が激しい痙攣を起こす。

拒絶反応を起こしたかのように、
身体が異物を拒否しようとしてる。

「……あっ………あっ……!」

震えが弱まる。

入り込んだ"何か"は、
少しずつ身体に染みこんでいく。

そして徐々に、意識が遠のきはじめた。

「……っ」

視界が暗くなる。
片膝を突き、うずくまるように両手を下ろす。

「(もう……ダメ……)」

倒れ伏し、肺の中の酸素が全て押し出された後、

女の体はもう一度だけビクンと跳ねた。



【side:手鞠】

立ち止まってはカメラを構え、
また進んでは立ち止まる。

そんな風に歩を進める手鞠は、
少し遅れて友人の異常に気づいた。

「ちょっと!? 大丈夫なの、ミィ!」

見れば、海衣奈が地面に倒れ伏している。
慌てて近くに駆け寄り、意識を確認する。

「……ん……」
「ミィ!」

よかった、意識はあるようだ。

「ミィ、大丈夫? 何かあったの?」
「……ううん、その、なんでもないの」

「……ちょっと、木の根に脚を引っ掛けちゃって……」
「……え?」

ああ、なんだ。
『足を引っ掛けて転んでしまった』
と、それだけのことらしい。

「もう、びっくりさせないでよ」
「……ごめんね、でも、大丈夫だから」

海衣奈は顔を俯かせてそう答える。

まあ少なくとも、大げさに
心配するほどのものではないようだ。

「でも、大丈夫? 怪我はない?」
「平気……だよ。うん、大丈夫」

「そう? それなら良いけれど……」

さて、そろそろ先を急がなければ。
あまり映見香と静羽を待たせるのも可哀想だ。

「それじゃあ、行きましょうか、ミィ」
「……うん」

海衣奈の手を取り、立ち上がらせる。

そしてそのまま手を繋いだまま、歩き始める。
やっぱり、この娘には私が付いててあげなくちゃ。

そんなことを考えながら、洋館への道を急ぐのだった。


「……ふふ」
「なにか言った? ミィ」
「……なんでもない、なんでもないよ、ふふっ」



【side:映見香】

「あ、ミィさーん、てまりーん、おつかれー!」

「シズハは元気ね……ああ、疲れた」
「……」

喉の渇きが十分癒えた頃、
二人がようやく追いついてきたようだ。

「お疲れ手鞠、お茶でも飲む?」
「頂戴。……ふぅ、思ったより距離があったわ。」

「ミイナもどう?」
「……ううん、平気」
「そう? 欲しくなったら言ってね」

来たばかりの二人にお茶を勧める。
海衣奈もどこか疲れているように見えるが、大丈夫だろうか?

海衣奈は、すこし俯いたまま息を切らしていた。
はぁ、はぁと湿った息を吐き出し、手を胸元に当てている。

表情は俯き気味なので伺いづらいが、
なにやら笑みを浮かべているようにも見える。

私はその表情に少し違和感を覚えた。
『見覚えのない表情』そんな顔に見えた。

この娘は、こんな風に笑っていただろうか?
何か『たのしいこと』でもあったのだろうか?

……別に大した違和感ではないが、
ほんの少しだけ気になってしまった。

まあ、笑えるぐらいなら
体の方は大丈夫なのだろう。

少し安心して、私はボトルをバッグに仕舞い込んだ。



【side:映見香】

「よーし、それじゃあそろそろ入ろっか!」

一息つき終わり、静羽が玄関の扉へ向かう。

「そうね、行きましょうか。
 どんな写真が取れるか、楽しみだわ」

手鞠が追従する。

静羽は扉の鍵を開け、エントランスへ入っていった。

「わたしも行こう、待っててもしょうがないし」

ふと周りを見渡すと、海衣奈の姿がない。

どこへ行ったのかと辺りをよく見てみると、
どうやらすでに館の中に入ったようだ。

しかし、怖がりのあの娘のことだ、
もう少しグズるかと思っていたのだが。

さっきから変なことばかり気になっている。

いけない、これじゃあ。
わたしが怖がってるみたいじゃないか。

わたしは開いた玄関の扉から、
エントランスホールへ足を踏み入れた。



【side:映見香】

館の内部は光が取り入れられるような
構造となっていて、以外と明るい。

用意していた懐中電灯の出番は
まだ先になりそうだ。

「じゃあ、行こっか。
 例の物は地下室だから……こっちだね」

そう静羽が先導する。
ステンドグラスは地下に取り付けられているらしい。

「ふうん、地下にステンドグラスだなんて、
 ちょっと不思議な感じね」

「ん、えっとね~……。
 ステンドグラス部分は地上に張り出してるんだけど、
 部屋の構造の関係で上からは見られないみたい。
 だから、地下から見るのが良いんだってさ」

わたしの疑問を静羽がすぐさま拾う。
興奮しているようで、いつもより饒舌だ。

「変わった構造? ふうん。
 芸術家の考える事って独特よね」

「……あの」

と、その時。
海衣奈が、もじもじと割り込んできた。

「ん、あれ、どうしたの? ミィさん」

「……えっと、その……。
 ここって、トイレとか、無い、かな……?」

ああ、なんだ、トイレか。
海衣奈はトイレを堪えていたらしい。

「トイレかー……一応、その通路の右側に、
 昔使われてたトイレがあるみたい。
 なんなら携帯トイレも持ってるし、
 そこでしてくるといいんじゃないかな?」

「……よかった。うん、それじゃあ行ってくるよ。
 ……あ、その、誰か一緒に行かない?」

流石は静羽、下調べも完璧のようだ。

海衣奈は独りで行くのが怖いのか、
誰か一緒に来てくれないかどうか期待している。

「なら私も行こうかしら。
 ミィ独りじゃ泣いちゃうものね?」

「……もう。マリのいじわる」

「冗談よ。それじゃあ、行きましょうか」

この二人は相変わらず仲がいいな、
そんな風に思いながら、移動する二人を見送った。



【side:???】


もはや水を流すことのない便器に座る気にはなれず、
二人は携帯トイレを用い、それぞれの個室で用を足す。

そして一通りの用を済ますと、
二人は手洗い場の前で合流した。

やはり水は出ず、鏡も薄汚れてヒビが入っている。

「ねぇ、マリって、確か前に、
 霊感があるって言ってたよね?」

他愛のない世間話のように、
海衣奈は手鞠に話しかけた。

「言ったけど……貴方、怖がって
 ぜんぜん信じてくれなかったじゃない」

急に何を言い出すのか、
といった表情で、手鞠が答える。

「えへへ……」

「それで……い、居ないよね?
 ここに、その……幽、霊、とか」

バツが悪そうに頬を緩め、
身体を抱きしめるようなポーズを取る。

「まったくもう、怖いなら
 最初からそう言いなさいな」

手鞠は軽くため息を付き、
しょうがないなぁといった態度で応じた。

「そうね……さっきから、
 ちょっと嫌な感じはするのだけど」
「いかにも危ない感じの奴は近くに居ないわ」

「ただ、地下の方から、なにか妙な……ミィ?」

手鞠は、途中で言葉を切る。
海衣奈が急に、『笑いを堪え切れない』風に顔を歪めたからだ。

「ちょっと……どうしたの、ミィ?」

「危ないヤツはいない……か。ふぅん」

海衣奈が、鏡の奥を見やり、独り言のように呟く。

「……大ハズレ……っ! ……ヒヒッ」

海衣奈は堪え切れず、その顔に似つかわしくない、下品な笑みを浮かべた。

「は? ちょっと、ミィ……
 おかしいわよ、貴方、急にどうしたの?」

海衣奈の言っている意味が分からない。

手鞠は、問いただそうとして、
海衣奈に詰め寄り、手を取ろうとした。


その瞬間――


「ひっ!?」

突如として、手鞠の身体が硬直する。

「……あぁぁあ……なに……これ……!!?」

ピクリとも動けぬまま、徒に時間はすぎる。

目に映らない、透明な何かが、
手鞠の脚を伝って上がってくる。

「入ってくる……何かが……? 嫌……やめ……」

"それ"が手鞠の"大事な所"を通って
その身体の内側へと侵入する。

「ひ…… あ……っ ああ……」

しゅるり、しゅるり、見えざる"それ"は、
その全てを手鞠の体内へと押し込める。

臓腑がひとりでに暴れだすような、
身体の中で蛇の群れが蠢くような。

異物の、感覚。

どくん、どくんと心臓が早鐘を鳴らす。
これは、この世にあってはならないものだと。

だが、身体は金縛りにあったかのように動かない。

否。それは彼女の思う、金縛り"そのもの"だった。

身体はピクリとも動かせず、ただ意識だけがある。

そして、徐々にその意識も薄れていき――

「……ぁ」

「…………ああっ!!」

「…………」

身体が、カクンと崩れ落ちた。


海衣奈は、その姿を見ていた。

何処までも愉しげに、
声さえ挙げそうなその笑みで、

その姿を見続けていた。



【side:映見香】

「……ねぇ、二人とも、遅くない?」

十分経ち、二十分経ち、時間だけが過ぎていく。
ただのトイレにしては、あまりにも遅すぎるのでは?

「うん……一度見に行ったほうが良いのかも。
 体調崩したりしてたら、大変だよ」

「そうね、行ってみましょう――」

わたし達は、手鞠たちが入ったトイレの方へ向かった。

だが。

「誰もいない……? 二人とも、何処へ行ったの?」

トイレの中は、もぬけの殻だった。

個室を一つ一つ調べてみても、
二人の姿は見当たらない。

「トイレを済ませて、何処かへ移動した……?
 でも、それなら私達のところへ戻ってくるよね?」

「そうよね……もしかしたら、何かあったのかしら?
 もうそろそろ夕暮れ時だし、もしそうなら危ないわ」

――ティリリ――――
――――ティリリ――

その時、カバンの奥から電子音が鳴り響いた。

「静羽、アンタのじゃない?」
「あ、本当だ。ちょっと待ってて」

静羽は、鞄の中をゴソゴソと漁るようにして
携帯を取り出し、手慣れた仕草でロックを解除する。

「え? ああ、メールアプリの着信だ。
 相手は……あ、手鞠からだよ!」

「本当!? なんて書いてあるの」

一先ず、連絡がついたことに安心する。
二人に何があったのだろうか?

「えっと……
 『先に行って待ってる』
 ……? どういうこと?」

「先に地下室に行ったのかしら?
 でも、二人とも、道は知ってるの?」

「んー、確か雑誌に、簡単な地図なら載ってたよ。
 手鞠なんか熱心に見てたし、分かるんじゃないかな」

なるほど、手鞠は記憶力が良い方だし、
それだけ見たならきっと覚えているだろう。

だが、それにしても気になるのは――

「でも、なんで先に行ったのかしら?」

「そこだよねぇ。問題は。
 よっぽど楽しみだったのかな?」

「何か、変な感じね。
 手鞠がそんなに執着するなんて」

「海衣奈は付いて行っただけかな
 あの二人、特に仲がいいもんね」

違和感はあるが、そう考えれば理解は出来る。

だがやはり納得は行かない。
どうして手鞠は急に、そんなことをしたのだろうか?

「まあ、とにかく行ってみようよ。
 もしそこに居なければ、またその時考えよう」

わたしは「そうね」と同意し、
静羽の後ろについて、廊下を進んでいった。



【side:映見香】

「――ここだよ、ここが例の、
 ステンドグラスの部屋」

階段を下りきり、大きな扉の前に立つ。

古びてはいるがしっかりとした造りを
しているようで、とても丈夫そうに見える。

見れば、ドアの取手付近のホコリが拭われている。
ここ暫くの内に、誰かが入った証拠だ。

つまり、手鞠と海衣奈が。

「全く薄情だよねぇ、あたし達を置いて
 先に行っちゃうなんてさぁ」

「そうね、まずは本人たちから話を聞かないと」

先程から、メールアプリの反応はない。

幾つか質問を投げかけてみたのだが、
見ていないのか、返す気がないのか、
既読行為を行った様子も見られない。

まったくもう、なんなのかしら?

「じゃあ、開けるわよ」

「……待って、何か、聞こえない?」

方向は前、扉の先。
奇妙な音が、聞こえてくる。


………くちゅり……………
……ぴちゃ……ぴちゃ……
…ぁ………んっ……………
くちゅ……くちゅ…………
しゅるり…………スッ……
………………ぁぁっ………


水の滴るような音。
何かと何かが擦れる音。
掠れるような吐息の音。

そして、聞き覚えのある『声』

「「ああっ、あん、あん……ン……っ!」」

わたしは、思わず扉を開けていた。



【side:???】


部屋には、二つの体があった。

足をしなりと絡ませ、唇を奪い合い、
胸の先を擦り合わせるかのように押し合い、
互いの身体を、弄り慰めあっている。

それは既に、二人の人間と云う括りですらなく。

一つの、女という塊だった。



【side:映見香】

「うそ……なんで? 手鞠……海衣奈……!?」

なんで? どうして? うそ、そんな。
頭の中が、整理しきれない。

目の前に広がる光景が、理解できない。

それは、友人である手鞠と海衣奈が、

裸で、互いにまぐわう姿。

「なにやってるの……二人とも……!?」

ショックからか、足元がおぼつかない。
ふらふらと近づき、二人を問い詰めようとする。

海衣奈はゆらりと起き上がり、四つん這いになる。
豊かな乳房を下に垂らしながら、上目遣いにわたしを見た。

「えへへ……そんなの、決まってるでしょ……?」

手鞠は長い足を大きく振るい、一息に立ち上がる。
何かに濡れた黒く長い髪を揺らしながら、わたしの方を見据えた。

「そう……決まってるじゃない……? うふふ……」

二人の口が同時に動く。

それは、アルファベット三文字の、
卑猥な単語を発音していた。

「「(S)」」

  「「(E)」」

 「「(X)」」

「「うふふふふあぁああはははははっははは!!!!」」

そして、狂った様に笑い出す、二人。

おかしい、なにもかもが、なにもかもが。

「いや……なんなの……? おかしいよ、こんなの……
 女同士なのに……こんな場所で……どうして……」

混乱、嫌悪感、ショック、違和感、恐怖、怯え、
流れ始めた感情の濁流は、止めどなく正気を押し流していく。

「エミも一緒にヤりましょうよ......うふふ」
「エミちゃん......キレイ......スベスベしてる」

二人が、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
その顔は、愉悦に歪みきり、いつもの面影はまるでない。

「ヒッ……!?」

「おかしいよ、こんなの……ここに来たせいなの?
 わたし達が何をしたの……もうヤダ……誰か……」

「――エミさん」

背後から声。

振り返ると、静羽の姿。

「静羽、助けて! 二人が! 二人が……!」

刹那。

「――ンっ!?」

口の中に、異物感。

何をされた? 誰に? 何を?
口の中に入れられたものは何?

目の前にあるのは、静羽の目。

目。

二人と同じ。

淫靡に、愉悦に、快楽に歪んだ、目。

「(嘘……!?)」

くちゅり、くちゅり、くちゅり。
口の中で、異物が蠢く。

「(静羽……まで……?)」

舌を弄ばれ、吸われ、唾液が零れ落ちる。

息が、出来ない。

「……ッ……はァ……んふ……///」

解放される。

頬から顎へと、体液が滴り落ちる。

静羽は溢れた唾液を拭いもせず、
恍惚とした表情でこちらを向いていた。

……静羽?

いや、違う。あれは静羽なんかじゃない。

そうだ、思えば最初からおかしかったんだ。

あの娘は、廃墟を荒らすことを好まない。
だから、いつも一人で訪ねることにしていた。

なのに、私達を"誘った"
そして、"こんな事になった"

それは、つまり――

「……ねぇ」

「――"あなた"は"誰"?」

「――"本物の静羽"は、何処?」

静羽は、静羽の形をしたものは、
目を見開いたような表情を僅かに見せると、
途端に顔を歪め、おぞましい笑い声を上げた。

ひとしきり笑い終えると、なんとも
なかったかのような笑顔を浮かべ。言う。

「どういうこと? あたしが、本物の静羽だよ?」

「ふざけないで! 何なの!?
 あなたは何者!? 静羽を、みんなを返して!」

「あたしだけじゃないよ?
 手鞠も、海衣奈も、紛れも無い本人だよ~
 ――『身体だけはな』」

「……ッ!!」

まるで男のような口調で、
吐き捨てる静羽。

身体? 身体は本人……?
なら、何が違う……?

中身……魂……まさか本当に……?

「幽霊、だって言うの?
 まさか、そんな……前時代的だわ」

「『ハハ、大当たりィ』『そのまさかさ』
 『ご察しの通りだよ』エ~ミさんっ!」

「静羽の真似をしないでよ!
 何なの! 何のつもりで私達を……!」

「『俺たちは生き返りたいのさ』
 『その為に、生身の身体が要る』
 『だから、お前らの身体を頂く』
 どう? シンプルで分かりやすいよねっ!」

「身体を……? 誰が……アンタ達なんかにッ!」

「『抵抗すると苦しくなんのになあ』
 『ヘヘッ、いい事考えた』
 『"お友達"に協力してもらうとしよう』」

「お友達……まさか、アンタ……!!」

直後、背後から足を掴まれる。
滑り降ろされ、背後から腕を絡められる。

「エミちゃん、かわいい……」
「エミも私達と一緒に、楽しみましょう?」

「ヒッ……やめて……二人とも、正気に戻って……」

組み伏せられ、動けない。
服の隙間から、敏感な部分へと指先が忍び込んでいく。

海衣奈が、わたしの首筋を舌でなぞる。

「エミちゃんの肌、すべすべしてる……」

「ひゃんっ……やめ、やめなさいよ……」

手鞠が、わたしのショーツの内側に手を伸ばす

「んっ、エミ、濡れてるじゃない、
 私達の行為を見て、興奮したのかしら?」

「んっ……やめて、違う、そんなんじゃ……」

「『へへっ、身体を明け渡す気にはなったかい?』」

「誰が……ッ!」

「『んー、そうかぁ、へへっ』
 『なら』あたしも混ぜてよぉ~」

静羽が、わたしの口に舌を入れてくる。
そして、服の下に手を入れ、乳房を捏ねるように揉み解す。

それは、遊びで揉み合っていたような軽いものではなく、
あまりにも執拗に、絶頂へと誘うための、淫らな行為だった

三人はわたしを攻め続ける。
次第に、それはもっと直接的な行為に至っていった。


身体が熱い。
頭が、ぽーっとしてくる。

何も、考えられない。

「……ぁ」

「『お、来たか』」

イク、イッてしまう。

「『イッちまえよ』
  イッちゃおうよ 」

「……ぁぁ」

そう思った時、私の中に、
何かが入ってくるような感覚があった。

でも、もう、どうでもいい。

限界を超え、溢れ出る恍惚感は
この悪夢の、何もかもを忘れさせてくれた。

「……ッあっっあっ……ぁ……///
 ……あぁぁぁぁああああああぁ!!!」



【side:OTHERS】

映見香が意識を失って、暫くすると、
目を開き、気だるそうに起き上がった。

「ったく、乱暴に扱いやがって」
「折角の貴重なカラダに、キズでもついたらどうするつもりだ」

前に立つ静羽は「まあまあ」といった仕草をする。

「まあそう言うなって、しばらくぶりの生身だ」
「少しぐらい愉しんだってバチは当たらないだろ?」

静羽はニコリと笑みを浮かべる。器用なやつだ。

「そりゃそうだが……んっ、
 局部が擦れすぎて痛え……」

映見香は胸を抑え、股間にもそっと手を添えた。

床に寝転んでいた、海衣奈と手鞠も起き上がる。

「ん、ああ。無事に憑依できたんスね、
 おめでとうございます」

「お前さんのは中々面倒じゃったな」

「おう、苦労かけたぜ」

「お前だけ、"意識のハッキリしてる"
 相手には"憑依出来ない"みたいだしなぁ。
 ビンボーくじ引いたな、ハハッ」

「五月蝿え、とにかく、ようやく生身の体を
 手に入れたんだ。後はどうにでもなるだろうぜ!」

「しかも若い女の身体ッスからねぇ。
 ヒヒッ、色々と楽しめそうっスよォ」

海衣奈は自分の乳房を鷲掴みにし、品のない笑みを浮かべた。

「あんだけヤったのに、まだ疼きが収まらんからのう
 やはり身体は若いのに限る。もっと若くても良かったんじゃがな」

手鞠は己の股間を掻く仕草をすると、
ジュルリと音を立てながら舌なめずりをした。

「あ、この娘、彼氏持ちだな。道理でやらしいテク持ってると思ったぜ。
 恋人の"中身が別人になった"なーんて、気づくもんかねぇ。ヘヘッ」

静羽は頭に手を当て、自分の記憶を探っているようだ。

「あ? 俺のは特にそういうのは居ないみてーだな。
 ただ、やたら慕ってくる後輩がいるらしい。
 ガキをからかって遊んでみるのもいいかもな」

映見香もそれに習い、記憶を読みこんでる。

「この娘には姉と妹が居るみたいっすねぇ、しかもすっげぇ美人!
 この体も巨乳美人だし、姉妹丼の具になれるとは思っても見なかったっスよ」

海衣奈も記憶を探り、ジャンプして喜びを表現している。そして揺れる。

「ふむ、この娘は割りとお嬢様みたいじゃのう。
 実家にはメイドがたくさん……ククッ、今から楽しみじゃわい」

手鞠は記憶から情報を見つけ出し、独りほくそ笑む。

「さて、記憶の読み込みも済んだし、
 身体も十分馴染んできた頃だろ?
 そろそろお楽しみと行こうじゃないか」

「お、いいッスねぇ、確かこの娘ら旅行客だったッスよね?
 夜の温泉旅館で『お楽しみ』っスよ!」

「女湯も覗き放題触り放題じゃのう、
 ククク、まったく、とんだ鴨葱じゃわい」

「おあつらえ向きだな、生きててりゃいいことあるなんて言うが、
 死んだっていい事はあるもんだぜ、へへ」

そうして、彼女らとなった四人は廃墟を去った。



この場所が、何故人を、
人以外を惹き付けるのか。

それは、だれにもわからない。

ただ、ステンドグラスが。
光を浴びて、奇妙に煌めく、
ステンドグラスだけが、

その場所で、全てを見続けていた。