氷井町フォークロア「涼しい部屋」
九重 七志

野十里市 氷井町、その中心部。
そこに建つ旧い市立校には、妙な噂があった――

∴∵∴


旧校舎部活棟の一室には、いつも気温の低い部屋がある。
日の当たり方か、風の流れからか、とにかくそこは一年中、妙にひんやりとしているのだ。

もちろんこんな部屋は格好の「怪談の種」だ。
流れている噂をまとめると、こうなる。


「かつて雪害で死んだ人間を祀る祠があり、
 それを取り潰して学校が立てられた」
「その祠があった位置こそ、この教室の真下なのだ」と。

「そして、その祠の怨霊達は今も寒さに震え続け」
「暖かい人の温もりを求めて人を呼ぶのだ」という。

だが「涼しい部屋」は、そんな怪談をものともせず、
暑さに喘ぐ生徒達によって利用されていた。

部活後の休息、期限の近いレポートの仕上げ、サボっての一眠りなど、
ただの便利な空調スペースであるかのように扱われていたのだった。


――そんなある日、忘れ物をした少女が、夜の学校に忍び込み、
『涼しい部屋』でモノ探しをしていた。

「おっかしーなぁ、確かこの辺だったと思ったんだけど」

少女は机の奥をガサゴソと漁り、出てくるもの一つ一つにため息をついている。

「うぅ〜! アレが見つからなかったら追試になっちゃうよぉ……」
「確かこの部屋にある筈なのにぃ〜!」

乱雑な机の中身に幾許かの後悔を感じつつ、少女は手を動かす。
――ふと、その時。

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――ヒヤリとした感覚。少女は、部屋の空気に違和感を感じた。

「……それにしても、この部屋ってここまで寒かったっけ?」
「いくら"涼しい部屋"って言っても……今、まだ八月だよね……?」

指先が震え、手足が悴む。まるで、雪の中に居るようだ。
そんな事を考えながら手を動かしていると、一枚の紙が滑り落ちた。

「あ!」
「あった! これだぁ〜! よし、急いで戻らないと!」

少女は探し物を手に取り、ドアへと急ぐ。

だが――

「あ、あれ? ドアが開かない……?」

部屋のドアは、凍り付いたように動かない。

「なんで!? この部屋カギなんて無かったはず……!」

噛み付くような冷気が肌を刺す。
そして――

「ヒッ!!?」

一際強烈な冷気が、少女の背筋に走った。

「ぁ……ひぅ! ……やぁ……なに、これッ!!」

少女の身体は寒さに凍えるように、身体を丸め、全身を震わせる。

その時、彼女は確かに聞いた。
怪談の主の、怨嗟の声を。



『寒イョオォオ! ココハ冷タイィィィィ!』



『タスケテクレェ』



『温モリヲォォォ……』



『温モリヲ……寄越セエェェェ――!!!』



少女の意識はそこで途絶え、その肢体は床に崩れ落ちた。

おぞましいほどの冷気は掻き消え、湿気を帯びた生ぬるい暑さが部屋に充満していた。

暫くすると、倒れ付した少女が目を醒まし、立ち上った。
俯いた様子で、その表情は伺えない。

不意に、少女は口の端を上げ、自らの身体を抱き締めた。

「ャっタ……」

「カらダだ……ヌクもリだ……」


そして、自らの身体を撫で回しながら、言った。

「……あタタかイ……!」

もウ、こレで、寒くナい……!


少女はとても愛おしそうに、その身体をずっと撫で続けていた――



―了―
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