日本人の「入れ替わり」観

世代と作品は結び付けられるのか?

―「darkRoses」より「1月の日記」

http://web.archive.org/web/20010715142020/http://joker.g-com.ne.jp/madlove/diary/geodiary-1.html



ジョーカーさんはいずこに?

以前、toshi9さんとメールで、「八重洲メディアリサーチ」ではTSのジャンル分けがされていなかったことを指摘すると、ジャンル分けされるようになったのは、確信はないものの、ジョーカーさんの「ダーク・ローゼス」というサイトが知っている限りでは最初ではないかという返事があった。私はどういうわけかこのサイトのことを知らなかったので、インターネットアーカイブで調べてみると、やはり残っていた。


事情は人それぞれながら、当時TS界で活躍していた人の中には、今では消息不明(厳密には活動していないといったほうがよい)となっている人も少なくないが、「暗黒卿」ことジョーカーさんはいったい、どこへ行ってしまったのだろうか?私はその時代のことを直接知っているわけではないのだが、当時の記事などによると、どうやら2000年代初頭にTS界で活躍していた人らしい。


「TS−WEEK」に掲載されている「スペシャル企画」の年表によると、2000年1月7日に「t-joker 禁断の肉体交換室」という名称でオープンしており、その7か月後の同年8月20日に「darkRoses.」と改称されたという(※1)。その10日後の30日にはパスワードロックに対する不満をぶつけられたことを理由に、3日間サイトが閉鎖されるという事件も起こっている(※2)。


オープン当初は創作をメインに多くの作品が投稿されていたようで、当時の「TS−WEEK」平成12年9月24日号は、「最盛期の少年少女文庫にも匹敵するかの勢い」と評している(※3)。残っている部分から推測する限りでも、「入れ替わり」にかなり興味を持っていたようで、創作はほかの2ジャンルに比べて「入れ替わり」が圧倒的に多く、日記などの記事の方もそちらに関係したものが多い。


しかし、2001年6月には理由こそ不明なものの、引退宣言をしたようで(※4)、当時の「INQUEST」では、特別版のトップページも作られるくらいだった。その後はサイトの方も無期限停止状態で存続していたものの(※5)2006年半ばごろに消滅したようである(※6)。なお、前者はアーカイブには残っているものの、一部のページのみで、後者は一部を除き大部分のページが残っている(※7)。


『転校生』世代と『放課後』世代、そして…?

さて、今回は、前身の「t-joker 禁断の肉体交換室」時代に書かれたという日記を分析してみることにしよう。タイトルは「1999年1月の日記」となっているが、発表されたのは2000年1月のようで、同年の1月7日から始まっている。以下に引用するのは「今日から正式公開ですっ!!」の一部である(中央揃えにしたのは、当時の雰囲気を出すためである)。


さて、TS界に新しい風を吹かそうという無理難題に挑むべく

誕生した、このサイトなのですが、新風を必要としている人は

果たして、どのぐらいいるんでしょうね?

少なくとも慣れているということは、それなりのTS作品を見聞して

いる人ということになります。

するってえと、やはり「転校生」時代に悶々としていた世代が

ある程度の財力を身につけて

一通りのメディアに手を出し尽くした状態の人たちでしょう。

この世代っていうのも、いずれ「放課後」世代が誕生し

「美少女H3」世代があらわれたり

していくんでしょうかね?

考えてみれば、ファミコンの登場が私が小学校の時でした。

スパルタンXに夢中になってた当時

「女の子どうし」の登場は夢物語だったわけで

そう考えると、今後TS界も予想もつかない進化を遂げていく可能性が

あるということですね。

「転校生」世代が再び悶々期を向かえた今、新しい世代の登場が

待たれます。

きっと生まれた時からプレステ世代が素晴らしいゲームを創造していく

ように、「放課後」世代は、我々とは違ったアプローチの

作品を生み出してくれることを期待しましょう


「それなりのTS作品を見聞している人」とか「「転校生」時代に悶々としていた世代がある程度の財力を身につけて一通りのメディアに手を出し尽くした状態の人たち」と述べられているように、このサイトがマニア向けのもの―それもまだまだマイナーなテーマだった頃のもの―であることを強く意識したものとなっている一方、「転校生」世代とか「放課後」世代といった、その時代を象徴するTSF作品で世代を分けているのが特徴的だ。


そういったのを思いついたのは、どうやらゲーム機の変遷からのようであるが、両世代が具体的にどの年代生まれのことを指しているのかについては残念ながらふれていない。ししかし別の記事では「いわゆる「転校生世代」は、ちょうど社会の第一線で「働き盛り」と言われている年代です」(※)と述べられているので、当時の大体40代前後、つまり1960年代生まれのことを指しているということは、だいたい想像がつく。


要するに、現在でいうところの大体40代後半から50代の人たち、つまり「入れ替わり」と聞けば『転校生』を思い出すほど、同映画と「入れ替わり」がイメージとして強く結びついている人たちが「転校生世代」というわけだ。また、同作品と『放課後』には10年近くの時間差があるので、そこから推測して「放課後」世代とは1970年代生まれ、当時の20代前後、現在の30代後半から40代前半あたりを指しているといったとこか。


ジョーカーさんは、話題になったある特定の作品と、当時視聴者だった特定の世代を結びつけて「○○世代」と呼んでいることがわかる。しかもここで「○○世代」と呼んでいるのは、その世代にとってのTS作品のことである。「入れ替わり」ではないにもかかわらず「○○」にあてはまるのは、どちらも「入れ替わり」モノなのだ。


これは興味深い点である。TSFが生物的・社会的な性を扱ったものであり、男女間の「入れ替わり」がそこに踏み込まざるを得ないものであるだけに、どちらかというとマニアックなものというイメージが強い。しかも『らんま1/2』のような例外はあるにしても、マニアの間では有名、しかし一般的な知名度はさっぱりという作品がほとんどである。『ボクの初体験』など、マニアには知られていても一般にはあまり知られていない作品の代表例ではないか!


それに対し、前者は映画、後者はテレビドラマと、どちらも映像作品だし、しかも尾美としのりと小林聡美、観月ありさといしだ壱成と現在ではあまりにも有名になっている俳優・女優が10代の頃に出演した作品であり、若者向けの作品である点でも共通している。さらに、人間関係やストーリーなどの魅力が強く、演技力もあるので、男女で入れ替わるとかTSFという要素を抜きにしても十分楽しめるものとなっている。これこそTSFに関心がなくても楽しめる作品であることの決定的なポイントではなかろうか。


そういった名作があるからこそ、「入れ替わり」は変身や憑依以上に一般にもなじみ深いシチュエーションやテーマとなっているのだろうし、そして男女間で入れ替わるという設定に加え、思春期や人間関係などを扱っているだけに、若者向けのものになるのだろう。人は10〜20代の頃に見た作品が、その人にとってのTSFや「入れ替わり」の原体験となり、長くそのイメージとして刻まれるものらしい。


この当時「放課後」世代はまだ20代前後、この分野にも表だって登場しておらず、厳密には登場していたのかもしれないが、TSFの世界に影響を与えるほどのものではなかったのだろう。さすがに『美少女H3』は今やすっかり忘れ去られてしまっているし、『放課後』も観月ありさやいしだ壱成は有名になったにせよ、ビデオ化されたにとどまっており、世代を象徴する作品とまではいかなかったといえる。


一方で、近年の作品が当事者間の組み合わせや作品中で描かれる「入れ替わり」の性質、キャストの演技力など、それまでの一般的な「入れ替わり」モノのイメージとはひと味違った作品が話題となっていることを考えれば、今になって「新しい世代」や「我々とは違ったアプローチの作品」が目立つようになってきていることは間違いない。その点で、ジョーカーさんの予測もある意味当たっているといってよく、前回紹介したとうまさんと同じく、当時活躍していた人の洞察力の鋭さを感じさせられる。


世代と作品は結び付けられるのか?

けれども、世代というものは、ある特定の作品で分けることができるものなのだろうか?今となっては検証することは困難ながら、『転校生』や『放課後』が公開・放映された頃までは、TSFや「入れ替わり」自体、ジャンルとしてはほとんど意識されることがなく、第一、作品数も少なかった。


だからこそ、一般にも広く知られている特定の作品と特定の世代が結びついており、ジョーカーさんもそのようにとらえていたのだろう。しかし、人々の関心が細分化された現在、そのような結びつきはもはや存在しないのかもしれない。それはいうまでもなく、毎年と言っていいくらい、TSFや「入れ替わり」の話題作が生まれていることにある。


ここで述べるまでもないことだろうが、2000年代に入って、マンガでは長編やメインに据えた連載がいくつも生まれ、アニメの一エピソードも全体的にクオリティーが上がっている。しかもテレビドラマともなると、放映されるたびにマニア以外の間でも話題を集めている(その代わり、熱が冷めるのも早い)。TSFにせよ「入れ替わり」にせよ、もはや特定の作品に象徴できる時代ではなくなってきている。


このことは、TSや「入れ替わり」がフィクションに定着し、当たり前のものになったことの証でもあり、こう言うと極端かもしれないが、それは一種の「黄金時代」といっても差し支えないように感じられる。しかし、そこまで多くの作品が発表されるようになると、ある世代を特定の作品に象徴させることは不可能になってくる。もし、無理やりにでも両者を結び付けようとすれば、10年どころか、数年、下手すれば1年単位で世代が形成されるということにもなってしまいかねない。ここまでくるともはや干支だ。「あなたは○○年」といったように…。


また、『転校生』と『放課後』の間には『らんま1/2』という名作があるので、同作品をどう扱うのかという問題が生じるし、その世代を象徴するTSF作品や「入れ替わり」モノが存在しない今の50代後半以上をどこに位置づけるべきか、たとえば『転校生』世代に含むべきか、それとも前『転校生』世代とでもいうべきか、という点でも、問題が山積みである。


その点で、いくら名作であったとしても、特定の作品と世代を結びつけることに私は賛成しがたい。仮に両者を結びつけることができるにしても、たとえば、特定の作品名を冠さない「入れ替わりモノ」世代とするなど、厳密な検証を要することだろう。けれども、特定の作品名に世代を象徴させることができたということは、なんだか「大衆文化」の名残が残っていたかのようで、『転校生』の名声が今なお衰えないのもうなずける。




(あとがき)

1回でword7〜8ページ分ではあまりにも長いと思ったので、今回から1回をその半分程度の分量にし、タイトルもサイト名ではなく、別につけてみた。


注釈

※1)

http://web.archive.org/web/20010125110600/http://momiji.sakura.ne.jp/~tsweek/griffin/tsweek10p.shtml

※2)http://www.geocities.co.jp/Bookend/8817/backnumber/20000910/index.html

※3)http://www.geocities.co.jp/Bookend/8817/backnumber/20000924/index.html

※4)http://web.archive.org/web/20030202104324/http://joker.g-com.ne.jp/map.html

※5)http://inquest.systems.ne.jp/kako_inquest/anniversary/anniversary01.html

※6)インターネットアーカイブでは、2006年6月2日分のトップページが最後のデータとなっている。

http://web.archive.org/web/20060602005827/http://joker.g-com.ne.jp/darkroses/

※7)

http://web.archive.org/web/20000510231321/http://www.geocities.co.jp/Bookend/4880/index0.html

http://web.archive.org/web/20010310080047/http://joker.g-com.ne.jp/no-flash.html