第8回

シミュレーション(その3)

理想と現実(その1)



今日も、大学から家に帰る途中、近所の家の前をいつものように通りかかった。

でも、いつもとなんか様子が違う。

小さいころ、よく遊びに行っていた友だちの母親が見知らぬ女の子を相手に何か言っていた。

この家には一人息子がいたはず、なんだけど…。



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俺は、自分が嫌になった。でも、大声では言えない。

学校が「入れ替わり」自体を禁止しているからだ。

実をいうと、校則を知りつつも、裏ではやっているというのがホントのとこなんだけどね。

とはいえ、「誰かと入れ替わりたい」なんて間違っても親には言えない。

フィクションもそうだけど、現実もそうだ。

昔「草食系」などということばがあったらしいが、今では一般化しすぎて、男そのものがそういったやつばかりだということになってしまった。力強くて泣かない「昔の男」なんてもう俺の回りにはいない。ディスプレイに映る、昔の“映画”や“ドラマ”の中だけにしかいない。何が「男らしさ」だ!

俺には、彼女がいた。つい数日前まではな。

けれども、けして大声では言えない。

なんでか、って?

ある失敗がきっかけで別れてしまったのだ…。


今、すごい後悔してるが、付き合っていた相手が悪かった。

あいつは学校に行ってなかったのだ。

今や格差はますます拡大し、人々は場所をすみわけ関係までも選ぶようになった。

俺の家は、今や珍しくなった中流の家だ。

小さいころから、母ちゃんに「いい大学に入って、一流企業に入って、お金持ちと結婚しろ」なんてたたかれて育ってきたのが俺だった。そのコースから外れたとわかった時点で俺は…。もし、そんなやつに恋しているとわかったら…。


俺は今にも家を追い出されてしまう!


彼女と親しくなって、母ちゃんを説得する方法はないものか?

そんなときに、ふと、最近合法化されたという、「入れ替わり」のことが耳に入った。

今まで、マンガやアニメだけのことかと思っていたけれど、本当のことだと聞いてびっくりした。あいつのことをよく理解して説得すれば、もしかしたら母ちゃんも納得してくれるかもしれない。そう思って、彼女と入れ替わってみることにした。

小さいころから「男の子になりたい」と思っていたというから、長年の願いがかなったと大喜びしてた。

自分ではそう思えないけど、俺って意外とイケてるのかなあ…?

もちろん、本当は一日だけにしておこうと思った。

あいつとも、そう約束していた。

でも、入れ替わってみて気づいた。


相手の置かれている状況を見てると100パーセント満足なんてできない。

だって、苦労している彼女の様子を見ると、「あいつになりたいなあ」なんて思わないし…。

まあ、たまには女の子もいいもんだなあ。

男が女を殴ったらセクハラになるから殴られないし、何をするにも安くすむし、スカートでもズボンのどちらでもイケるし…。

「女は強くなった」とやたらといわれているのに、いまだに優遇されてんのが信じられないくらいだ。

それに、学校に行かないでいい(ホントは行けないんだけどね…)。

今まで親に「勉強しなさい」とガミガミ言われてきただけに、誰からも言われないのは本当に気楽だ。

気分的には、相手の身体でいるほうが気持ちいい。

このまま、あいつになってしまいたい。


でも、相手の親は離婚していたということに気づかされて唖然とした。

お金がないから学校に行けなかったのか…。


やっぱり自分の家がいい。

でも、期間は1日と約束したから、元に戻すのは明日だ。

俺は気づかないでそのまま自分の家に帰ってしまった(俺ってバカだよな…。)


「母さんただいまーっ!」

「あんた、どこの誰だい?」

「おれだよ!おれ!!」

「あんたは私の息子じゃありません!!」

「だからおれは慎一だってば!わかるでしょ!!」

「私はあんたのような娘を産んだ覚えはありません!」

「だからおれは慎一だってば!」

「だから、産んだ覚えはないってば!言ってるでしょ!何べん言ったらわかるの?」

「覚えてるでしょ、母さん!!」

「もう知らない!ここは君のうちじゃないよ、早く自分のうちにお帰り!」


ああ、やべっ!

元に戻すの忘れてた!

身体はあいつのままだったんだ!

俺はあいつのきゃしゃな身体で、どすの利いた男言葉でしゃべってたんだ!

俺は今そのことに気づいた。

でも、もう遅かった。


俺は母ちゃんの前に彼女の姿をさらしてしまったのだ…。

逆効果なのはもうはっきりとしている。

俺の彼女は相当な乱暴者だというイメージを与えてしまった。

もう、俺はあいつと別れなければならない。

苦労して見つけた彼女だっただけに、次の彼女は見つかるのだろうか…?




俺には未来への不安だけが残った。