第4回

シミュレーション(その1)




初めに筆者から

理論「ありえる“かもしれない”未来」だけではあまりにも堅苦しくて読みづらいので、各理論の前に、「入れ替わり」が実現した社会をシミュレーションした小説を付けることにした。

時代設定は、いつとははっきり言えないが「未来」とだけ言っておく。もちろん、仮に実現可能なものだとしたとしても、この世の中にいきなりポンと「入れ替わり」を可能にする技術が現れるわけではなく、さまざまな技術の進歩がある中で生まれるものだと私は考えている。しかし、その辺を考慮するとかなり複雑なものとなるため、今の世界にそっくり(?)な架空の世界を作り、その問題点を考えていくことにする。


主な登場人物は以下のとおりである。

・山中進(すすむ)…主人公。高校生。この時代の高校生にしては珍しく、社会の出来事に強い関心を持っている。

・山中歩(あゆみ)…進の妹。小学生。男勝りな乱暴者。

・山中章二……………進と歩の父。サラリーマン。非常に無口。しかし今は…。

・山中由紀……………進と歩の母。OL。

・斉藤一夫……………科学者。進の知り合いで、某研究所に勤めている。某小説の主人公と名前が同じなのをよくからかわれる。


なお、この山中家を中心に話を進めていくが、さまざまな視点から描くために、一部の章では、別の登場人物を主人公とする場合があることをご理解いただきたい。


1回 「入れ替わり」の産声


とうとう実験の日が来た。

被験者は同年代の若い男女だ。精神に特に異常はなく、身体も健康である。

今まで動物実験をやってきたが、生身の人間を使って実験を行うのは今日が初めてだ。

けれども、ここで失敗したらただでは済まされない。「人格の破壊者」というレッテルを貼られ、研究の道も閉ざされてしまうことだろう。

そんな緊張の中、いよいよ実験が始まった。初めは順調なように見えたが…。


そして、何時間かたった。

被験者の人格は無事、お互いの身体に移された。

だが、どこかで転送ミスがあったならば、話にならない。

そこで、名前や年齢、出身、家族構成…自分たちに関するありとあらゆることを二人に質問した。記憶がすべて相手の身体に移っているかどうかを確認するためだ。

長い長い質問が終わると、助手は斉藤にこう報告した。


「被験者の人格はほぼ完全に互いの体に移されたことを確認いたしました。」


それに対し、研究のリーダーである斉藤は


「つ、ついに人格の交換に成功した!やったぞ!!」


と叫んだ。実験の成功にメンバーの拍手が鳴り響く。

けれども、その道のりは決して楽なものではなかった。

子どもの頃、「入れ替わり」を扱ったあの作品(皆さんもご存じのことだろう)の主人公と名前が同じなのをクラスメートにからかわれ、研究室では「そんなもの実現するはずがない」と多くの人からバカにされ、アニメや漫画の中だけのことだと考える人々を説得し…。幸い、今までのさまざまな実験の蓄積と科学技術の進歩という恩恵はあったのだが…。

それはともかく、今日、ついにその苦労が報われたのだ!

人類史上初であるこの技術によって、学会はもちろん、日本中、いや世界中からも称賛の声を浴びることは目に見えていた。いくらテクノロジー神話が崩れ去った後とはいえ、多くの人は、新しい総理大臣や大統領の新政策に過大な期待をするように、新しい技術に対しても過大な期待をするものである。斉藤はそんな気持ちでいっぱいだった。

もちろん、この技術はあまりにも複雑で、世間の知識の格差はあまりにも大きくなりすぎていたので、その仕組みを理解することのできる人は限られていたのだが…。


記念すべき人類の一歩?

一方、ここは山中家。

この時代にしては珍しい、一家団らんである。

けれども、家族でやることはバラバラ。

父さんはテレビで野球中継を見、母さんは趣味の雑誌、妹はマンガ、そして僕は…。

ネットで科学に関するある発表を見ていた。


見ていたのはある研究所のサイト。そこには僕の知り合いの科学者の斉藤が紹介されていた。しかも動画付きだ。聞くところによると生中継らしい。題は「人と人が互いに理解しあえる世界の実現」となっていた。動画の中の彼は、この前会った時のようにきれいなスーツを着、鮮やかなネクタイを締めていた。

「皆さん、マンガやアニメで「体と心が入れ替わる」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?…でも、今まで人類は、生まれてから死ぬまでずっと、自分の体から逃れることができませんでした…でもこれからは、ケータイや服のように、お互いが望めば簡単に交換できるのです。そのやり方とは…」

「この人誰?」

小学生の妹、歩がたずねた。僕はこう返してやった。

「もう忘れたのか?僕の知り合いの斉藤さ。一ぺんくらい会ったことあるはずなんだけどな」

「なんとなく覚えているけど…」

(知り合いとはいえ、ここまで有名になるとは思わなかったなあ。同じ中学の奴なのに、いったい僕とどこが違うのだろう…)

知り合いだとはいっても、そういったことを研究しているという話は聞いたことがない。たぶん、今まで何を研究しているかを秘密にしてきたからではないだろうか。今や技術開発は外国も含めた一大競争。自分たちが何をし、最新の技術がどこまで進んでいるかは最大のヒミツだ。そう簡単に言えることではない。

でも、「入れ替わり」が実現するなんて信じられない。

どうせマンガやアニメの中の使い古された題材でしかないだろうし…。

「お兄ちゃん、なに考えてんの?」

「歩だってわかるだろ。「入れ替わり」さ」

「入れかわりって?」

「マンガやアニメを見てたらわかるだろ、ぶつかったり階段から転げ落ちたりして、二人の中身が入れ替わってしまうってやつ」

「よくわからないけど、感じとしてはわかる。でも、どうせうそでしょ?」

「実はね…。それができるようになったってゆうんだよ!」

「あっそう。でもあたし、お兄ちゃんと入れかわるのは絶対イヤだからね!」

「でもこの前、「男の子になりたい」っていっていたくせに」

「なれるものならなってみたいけど、お兄ちゃんだけはいや!」

「でもね、あれはまだまだこれからなんだよ。今心配したって仕方ないじゃないか」

「どうせ、みんなやってるっていうんなら、誰かと入れかわろうというんじゃないよね?」

「場合にもよるさ。でも、少なくとも君とは入れ替わらないことは約束しておくよ」

(でも、すすんで他人の身になりたいって考える奴っているのかなあ…?)

「兄ちゃんとは入れ替わらなくたって、入れ替わりたいと思うやつならいるよ!」

「それは誰だい?」

「言えないけど、いる。だって、「あの子がうらやましい」ってみんな言ってるし…」

「でも、他人になるということも大変だと思うよ。悩み、苦しんでるのはみんな同じなんだから」

「でも、あの子の父さんは社長でお母さんはある国会ぎいんのひ書、それにおうちもごうかだし…。そんな生活してて、うらやましいって言わないほうがおかしいやろ?」

その一言に母さんが突っ込んだ。

「人は人、うちはうち、人のことをうらやんだって仕方ないんだし。もう…」

「だから、あたしはあの子になりたいの!男の子だし、イケメン、しかも家は金持ち!わたしがあこがれたものをすべてもってる!わたし、もし入れかわれるなら、あの子になりたい!」

(もう、こんなんだから、歩は…。)

二人で口げんかしているうちに、番組が終わってしまった。

気が付くと、肝心のところを聞き忘れていた。

でも、再放送もあることだし、まあいいっか。

どこかのサイトには詳しく書いているのだろうけど、難しすぎてみる気がしない。

僕でさえも、原理はよくわからないんだから…。

この番組を見た後も、「入れ替わり」が実現したなんて信じられなかった。

斉藤は立派な研究者だと思うが、彼を利用した誰かのインチキではないか?

テレビはもはや信用できないので、ネットに流したのかもしれないが…。

自分はそんなヒドいやつと知り合っていたのか?

そういう疑惑が頭から離れず、その晩は全く眠れなかった。

ところが、それは本当だったのだ。


翌日。

僕はいつもより早く起きた。

一番早起きの父さんよりも早いので、新聞を取りに行ってくる。

すると、1面の横に信じられない見出しが載っていた。


「記念すべき人類の一歩」


という大見出しが出ていて、「人格交換の技術ついに開発」と書かれていた。

しかも、斉藤の顔写真入りだ。

あの発表は本当だったんだ!

でも、「人類の一歩」って…?アポロ11号の月面着陸と比較して何になるんだろう?

マスコミってホントに大げさだなあ…。

この記事を読んでも、まだ疑問は消えなかった。

自分が取っている新聞以外にも取り上げたところはあるんだろうか?

そこで、近くのコンビニに行ってほかの新聞も買ってきた。

同級生で新聞を読んでいるやつなんて、今頃ほとんどいないだろう。

売り上げも落ちて、どこも苦戦しているっていうし…。

取り上げている場所や記事の詳しさこそ違うが、やっぱり、同じような記事が載っていた。

「あれは本当だったのか!」

一瞬そんな考えがよぎった。

でも、いくら簡単になったとはいっても、結局は医学の進歩でしかない。

どうせ、手が届かないものなんだし、自分には関係ない。

自分は自分の人生を歩んでいくのだから、あんなお遊びのようなものは必要ないさ。


そうしているうちに、宿題や遊びで頭がいっぱいになって、「入れ替わり」が実現したことなどほとんど忘れてしまった。

そんなどうでもいいことなど、忘れて当然だ。いくら他人と入れ替われたって、それが何になるっていうんだ?別に今の生活に不満があるわけではないし…。それに、今までにあった科学技術に関する記事をどれだけの人が覚えているっているんだ? みんな忘れてるだろ。


















でも、それから何年かたったある日、僕の考え、というよりも先入観はあっという間に打ち砕かれたのだった。



(つづく)