『妖精と春香とお姉ちゃん』 pn、月より 「はい、おしまい」 夏希は「ピーターパン」を読み終えると、氷がすっかり溶けたジュースを飲み干した。 「おねえちゃん。とってもおもしろかった!」 「それはよかったね♪お姉ちゃんは、喉がカラカラだよ。春香、どの辺が面白かった?」 「てぃんかーべる!」 「ティンカーベル。妖精の女の子ね」 「はるかも、あいたい」 「んー、妖精がいることを信じないと会えないと思うよ」 「はるか、しんじてるもん!」 「だったら今日はお星様も出てるし”妖精に会いたい!”って、お祈りしたら、会えるかもしれないよ」 「うん、わかった。やってみる!」 春香は、窓から見える星に向かって両手を合わせ、一生懸命祈りました。 「ようせいにあいたい、ようせいにあいたい、ようせいにあいたい、ようせいにあいたい・・・。おねえちゃん、あとなんかい「ようせいにあいたい」っていったら、あえるのかなぁー」 「んー、何回言ったらいいか分からないけど、お姉ちゃんも一緒に祈ってあげる。あと、妖精さんは恥ずかしがり屋かもしれないから、目を瞑ってお祈りしたらいいかもね。」 「わかった♪」 春香は目を瞑り「ようせいにあいたい」と何回も繰り返し祈った。夏希も一緒に目を瞑り「妖精に会いたい」と繰り返しながら、キリのいいところで「今日はもう遅いから、また明日、一緒に祈ろう」と、声をかけようと考えていた。 するとどこからか草花の香りがした。部屋の窓は締め切っているのにもかかわらず前髪がわずかに揺れた。何かが額に触れたような感じがした。 (なんだろう?) 夏希はまぶたを開け横にいる春香を見ると、額に大きなトンボのような、4枚の羽をもつ生き物がくっついていた。それは、先ほど春香に読み聞かせた「ピーターパン」に出てくるティンカーベルにそっくりな姿で衣服は何も着ていなかったが、まさしく妖精だった。身体からほのかに白く輝いているその妖精は、春香の額に口づけをするとそっと離れ、私たちと50センチ離れた目の前で空中を静止していた。 「ようせいにあいたい、ようせいにあいたい、ようせいにあいたい・・・」 「は、は、ははは春香、め、目を開けるのよ!」 「おねえちゃん、なに?わっ、ティンカーベルだ♪おねえちゃん、ようせいさんにあえたよ!」 妖精はにこりと微笑むと、何かを話しかけた。何も聞こえてはこなかったが、頭の中に小鳥がさえずるような透き通った声が伝わってきた。 <はるか、なつき、はじめまして。わたしはあなたたちのよびかけで、ここにきました> 「はじめまして♪」 春香は腰を90度ぐらい曲げて、元気よく挨拶をした。 「は、は、はじめまして。わ、わたし、夏希。この子は妹の春香です」 <はい。知ってますよ。わたしには名前はありませんが、そうですね・・・”ベル”とよんでください> 「よ、よかったね春香。妖精さんに会えたよ!お姉ちゃんも信じられないよ。」 「うん♪」 <はるか、なつき、今、わたしのすがたを見ることができているとおもいます。でもこれは、一日限りのくちづけの魔法なのです> 「おねえちゃん、いちにちかぎりって?」 「24時間経てばおわり、ベルさんが見えなくなるという事ね」 「そんなのいやだよー。せっかくベルちゃんにあえたのに・・・」 春香は笑顔から一転、目に涙を溜めて今にも泣き出しそうだった。 <はるか、悲しまないで> 「そうだよ。ベルさんは“ようせいにあいたい”っていう祈りを叶えてくれたのだから、悲しんじゃだめだよ」 「・・・うん」 春香は、うつむきながら返事をした。 <そうですね。はるか、なつき。ようせいに会いたいという願いごとは叶いましたが、せっかくですので他に願いごとはないですか?わたしにできることなら、ひとつだけですが叶えたいとおもいます> 「やったぁー!はるかね、おそらにとびたいの!」 「私も、ベルさんと同じように自由に飛んだりとかしてみたいです」 <わかりました。はるか、なつきのねがい、叶えられますよ。おふたりとも私をしんじてね> 「うん!」 「わかりました。信じます」 <それでは、はるかの方から叶えますね> ベルは春香の顔の前までふわりと近づくと、何やら呪文を唱えた。するとベルの両手に“どんぐり”が一つずつ現れた。 <はるか、目をあけていてね。私をしんじてね> ベルは春香の左目に近づき、持っていたどんぐりを瞳の中心に押し当てた。どんぐりはベルの右手と一緒に吸い込まれていった。春香は両手をぐっと握り締め「こわくない、こわくない」何度もつぶやいた。 <もうすこし、この辺かな・・・> ベルの肩の辺りまで春香の瞳に吸い込まれると、春香の背中から透明な羽が左側に2枚現れた。 「春香、痛くないの?」 「うん。いたくないよ」 ベルは春香の左目からゆっくりと右手を引き抜くと、どんぐりは手にはなかった。春香の左目は水面のように揺らいだあと元通りに戻った。ベルは微笑むと左目と同様に右目も行い、背中には透明な羽が4枚現れた。 <はるか、これでとべるようになったよ> 「わーい。ベルちゃん、ありがとう♪」 「ベルさん、羽が他の人に見られたら大変なことになるよ」 <なつき、このはねは妖精の存在を信じていないひとには見えないの。だから、しんぱいしなくていいのよ。それに、はねの力で飛んでいる姿はひとに見えないの。ただ人前で、飛ばないようにね。とつぜん目の前で姿がきえたようになるからね> 「うん!」 <次はなつきですね> 「ベルさん、ほかの方法はないですか?春香のを見ていたら、ちょっと怖くて・・・」 <はるかとなつきとでは、おなじ方法ではないの。こわくないと思います> 「それならよかったです」 <では、はじめますね。なつき、私を信じてじっとしていてね> ベルは夏希の胸のあたりにふわりと近づき、先ほどと同じように呪文を唱えた。そして夏希の胸に手を当てると、胸から真っ赤なリンゴが浮き出てきた。 「わぁー・・・おねえちゃんから、リンゴがでてきた!」 夏希は、胸から出てきたリンゴにびっくりしたが、ベルの言われた通りじっと見守っていた。 <はるか、このリンゴ持っていてください> ベルは春香にリンゴを持たせると、次は自分の胸に右手を当てて呪文を唱えた。すると、ベルの胸から“さくらんぼ”が現れた。ただ、色がさくらんぼより濃い赤をしているので“アメリカンチェリー”のようだ。ベルはそのチェリーを両手で持つと、夏希の顔の前で静止した。 <なつき、口をあけてください> 夏希は頷くと口を開け、ベルは夏希に近づき、チェリーを両手で口に押し入れた。 「ほれはらどうふるのふぇふか?(これからどうするのですか?)」 <なつきはチェリーを食べてください> ベルは、夏希がチェリーをゆっくりと味わっているのを確認すると、春香が持っていたりんごにふわりと止まった。リンゴはベルの身長ぐらいあったが、両手で持ち一口食べた。“耳かき程度”にかじられたリンゴだったが、二口目にはその倍、三口目には、さらに倍の量がかじられていった。 「あれ、ベルちゃん。だんだん大きくなっているよ」 リンゴが半分ぐらいになった頃には、ベルの身長が春香と同じぐらいになっていた。片手でリンゴを持てるようになったベルは、残り半分を勢いよく食べた。リンゴは芯も種もなく、全て食べ終わると身長は春香の倍、夏希と同じ身長ぐらいになっていた。 「なつきも食べおわっているようですね」 「あれ、おねえちゃんはどこいったの?」 夏希がいたところには誰もいなかった。ただ、パジャマは無造作に床に放り出されていた。ベルは夏希が着ていたパジャマを拾うと、滑り落ちるように何かが落ちてきた。 「あれ、このちいさいのって・・・」 パジャマから落ちてきたのは下着に包まれた小さな夏希だった。背中には羽が4枚ついていて、ほのかに白く輝いていた。ベルはそっと下着から夏希を取り出すと、春香に手渡した。裸だったベルは、夏希が着ていた下着やパジャマを着ると、サイズはピッタリだった。 「おねえちゃん、ようせいみたい」 「はるか、なつきは妖精になったのですよ」 「えっ、すごーい!ほんもののようせいになったんだぁー」 <う〜ん・・・。ほあわぁー・・・> 「おねえちゃん、おはよー♪」 <春香、おはよって、顔でか!どうしたの?あれ、私の声、すごくきれい> 「なつき、目がさめましたか?」 <あっ、ベルさん。あれ?私のパジャマ着てるし、ベルさんもすごく大きくなってるよ!> 「おねえちゃんがちいさくなったの」 <へっ?> 夏希は心を落ち着かせて辺りを見渡すと、自分が春香の手のひらに座っているのがわかった。部屋のすべてものが大きくなっていた。そして、ほのかに白く輝いてる身体や小さくなった背中の4枚の透明な羽を見ていると、何も衣類を着ていなくても恥ずかしいという気持ちは抱かなかった。 「なつき、どうですか。ようせいになった気分は?」 <ベルさん、私、妖精になったのですね。夢みたいです!> 「なつきの願いが叶えられてよかったです」 「おねえちゃん、ほら、とんでみて」 <うん♪> 夏希は、春香の手のひらから飛び立つと、ふわっと浮かび上がった。春香も足を投げ出してその場所でくるっと一回転した。 <ベルさん、外へお散歩していっていいですか?> 「はい、いいですよ。外にでれば、他にやりたいことがあると思いますから」 「はるかもおねえちゃんとおそとにいきたい!」 「はるかは、ベルとおるすばんです。万が一お母さんが部屋をのぞいて、だれもいなかったら大変です。今日はゆっくり寝て、あしたにしましょう」 <春香、ベルさんが願いを叶えてくれたのだから、今度はベルさんの願いを春香が叶えなきゃだめだよ> 「うん、わかった。はるかがベルちゃんのおねがいをかなえる!」 「なつき、気をつけてください」 <それじゃ、いっていきまーす♪> 夏希は、スピードを上げ部屋の中をぐるぐると5回ぐらい回ると、窓をすり抜け夜空に飛び出していった。 「きれい、おねえちゃん。“ながれぼし”みたい!」 「はるか、ベルといっしょに寝てもらえますか?」 「うん!」 夏希は上空で静止すると、眼下にはあちこち家やビルの窓から光がこぼれていた。360度見渡すと、あるマンションの一室がとても気になった。マンションに近づき窓からすり抜けて入ると、小さな女の子が汗を浮かべてうなされていた。夏希の心の底から何かをしなければという使命感みたいなものが芽生えていた。 (うう・・・、ぬいぐるみ・・・かえして・・・) <かわいそう。夢にうなされて・・・。私がなんとかしなきゃ。そうか、悪い夢を楽しい夢に変えたらいいんだね> 夏希にはどうしたらいいのか、わかっていた。心を落ち着かせて女の子の額にふわりと立つと、そのままゆっくりと女の子の中に沈んでいった。 (ママー、いやぁー、ぬいぐるみとらないで!) (ほかにすることがあるでしょ。ぬいぐるみとあそばせたりしませんからね) (あたしのともだちがいなくなっちゃったよぅ…。ぐすん) <あの子、ぬいぐるみを全部取り上げられた夢をみていたのね。私が助けてあげなくちゃ> (あ、あう、あたしのぬいぐるみ・・・) <どうしたのかな?> (うぐっ。あ、おねえぢゃんだれ?) <夢の中では、私の姿見えるみたいね。私、妖精だよ。お名前はきいていいかな?> (かな) <かなちゃん。どうして泣いてるの?> (ぬいぐるみ、ママにとられちゃったの。あたしのだいじなともだちなのに) <そうなんだ。私にできることなら、一夜限りだけど叶えてあげるよ> (ほんと?) <ほんとだよ♪私が呪文をつぶやき終わったら、どんな事してほしいか言ってね> (うん!) 夏希は、初めて唱える呪文もスラスラと頭に浮かび、つぶやいた。 <かなちゃん。願いごと、言って> (ぬいぐるみがほしい!) 夏希はかなの願いを受け取ると身体に異変が起こった。膝から崩れ落ち、膝が曲がるように仰向けに倒れた。目はボタンに変化し手や足の指はくっついて無くなっていた。 <あれ?力が全然入らない。そうか、ぬいぐるみだから身体の中が綿になっているのね> (ようせいのぬいぐるみだ♪) かなは、ぬいぐるみになった夏希をつかみあげ、キスをした。 <かなちゃんのお願いで、私がぬいぐるみになっちゃたみたいだね。お願いが叶えられてよかったです> (ようせいさん、おままごとしよっ♪) かなの足元にはおもちゃの食器や食べ物が現れ、景色は公園に一変していた。 (はい、ようせいさん。あーんして) かなは、夏希を小さな子供に見立てて“おもちゃの人参”をフォークに刺して食べさせようとしたが、ぬいぐるみの夏希は食べられないし、人参が夏希ぐらいの大きさがあった。 (なぜ、たべないの?すききらいはだめだよぉー。) <私、ぬいぐる、あっ、えァう!?> 夏希が話す前に、かなは夏希の顔におもちゃの人参を力を入れて押し当てた。夏希はその圧力で首が背中にくっつくぐらい曲がり、つらくても顔は無表情だった。ムキになったかなは、それでも食べさせようと地面に夏希を押え、人参を刺したフォークを何度も押し当てた。 <かな、、ぁあう・・かなちゃん、ぬい、えぅ…> 何度も人参で押された夏希の顔はコインのように平たくなって、目のボタンは外れかかっていた。 (どうして、かなとあそんでくれないの?ママは、いつも“おけいこごと”ばかりさせて、ともだちとあそばせてくれない。どうしてなの?) かなはフォークを捨て、夏希を掴み力任せに投げた。夏希は地面を転がり止まった。4枚の羽がちぎれ身体は砂だらけ。首は喉から半分裂けて綿がはみ出していた。かなはその場で立ち尽くし、泣いていた。 <・・・そうか。かなちゃんは、ぬいぐるみじゃなく、友達がほしかったんだね。・・・最初に“ともだちがいなくなった”って言っていたのに、気がついてあげられなかった・・・。私は、かなちゃんの悪い夢を救えなかったんだ。ごめんね・・・> 意識が薄れていく中、夏希の身体が透けて公園の景色に溶けていった。もう死んでしまうのだと実感した。だがそれよりまして、かなちゃんの願いが叶えられなかった事が夏希は悔しかった。もし次に生まれ変われる事ができるなら、妖精になりたいと心から思った。 「ようせいにあいたい、ようせいにあいたい、ようせいにあいたい、ようせいにあいたい・・・。 」 <春香。あ、ベルさん。あれ?私、身体、なんともない> 「おねえちゃんがでてきて、よかった♪」 「なつき、昨日はどうでしたか?」 <妖精って空を飛び回って楽しいだけでなく、子供の悪い夢を救ってあげるという大切な使命があることがわかりました。小さい女の子が悪夢にうなされていているのを見つけて、夢の中に入ったのだけど、私の勘違いで助けることができなくて…。そして、身体が透けて死んだのかと思ったのだけど> 「妖精のからだは、夜明けになると透けてきえてしまうのです。次の日の夜には、元にもどりますよ」 <ベルさん、正直に話しますね。私、妖精って、自由気ままに飛んでいるだけで楽しそうと思って願いを叶えてもらいました。でも実際は違いました。妖精にも大切な使命があることがわかったのです> ベルは、夏希の話すことに黙って頷いた。 <あの、ベルさんお願いがあるのです。私、これからもずっと妖精をしていたい・・・> 夏希は言葉が続かなかった。ベルは一呼吸おいて話しだた。 「なつき、正直に話してくれてありがとう。なつきの願いは“ベルさんと同じように自由に飛んだりとかしてみたい”でしたから、“飛ぶ”だけでなく、妖精の大切な使命を知ってもらうため、なつきとわたしの“精”を交換して、なつきを妖精に私は人間にしたのです」 「そして今、心から“妖精になりたい”という気持ちが芽生えました。なつきの身体にある“ようせいの精”であるチェリーは完全に溶けて、本当の妖精になりましたよ」 <それじゃ、妖精になってもいいのですね!> 「はい。なつきが本当の妖精になったのに合わせて、ベルの身体にある“にんげんの精”であるリンゴが溶けて本当の人間になりました」 二人が話している中、不安そうな面持ちで春香が手のひらの夏希を見ながら、ベルにつぶやいた。 「・・・おねえちゃんはもう、にんげんにもどらないの?それでもいいの?さみしくないの?ベルちゃん、おねえちゃんをにんげんにもどして!」 「はるか、心配しないで。明日の朝にはさみしいっていう気持ちはなくなりますよ。すべて忘れてしまうから。なつきも人間だったことは忘れるし、私も妖精だったことは忘れるの。夜が明けたら、はるかもパパもママもまわりの人たちも“はるかのおねえさん”は“なつき”ではなく“ベル”に変わっているし、このなつきの机にあるノートとかの名前も“なつき”から“ベル”に変化しているの」 「もうすぐ忘れちゃうの?そんなのいや!」 <春香、わがまま言わないの。私、妖精になるよ。朝にはベルさんがお姉ちゃんになるから、さみしくはならないよ> 「おねえちゃんは、ひぐっ…おねえちゃんはようせいなのに、はるかのおねがい、かなえられないの?」 春香はしゃがみこみ泣き出してしまった。夏希はそんな春香の姿を見て後悔した。自分の事ばかり考えて、春香の事をまったく考えてやれなかった。昨日のかなちゃんに続いて春香も泣かせてしまった。 <ベルさん、今、“ようせいの精”は、私の身体の中にあるのですね> 「はい。“ようせいの精”であるチェリーがなくなって、なつきの身体全体に行き渡っています」 夏希は、どうにかならないか考えた。呪文が次々と頭に浮かんでは消えていった。そしてある一つの方法が浮かんだ。 <ひとつだけ、私が春香のおねえちゃんになる方法が浮かびました。ベルさん、お願いがあるのですがいいですか?> 夏希の覚悟を決めた真剣な目を見て、ベルは、何をしようとしているのか悟った。 「・・・私と融合するのですね」 <はい。それなら春香の願いが叶えられると思います> 「なつきがそれでいいのなら、私は構いません」 夏希は春香の手からふわりと浮かび上がると、シャボン玉のような玉を両手で作り出した。夏希がすっぽり入る大きさの玉の中に入ると、春香に話しかけた。 <春香もう泣かないで。私、自分のことばかり考えて、春香の気持ちを分かってあげられなかった。ベルさんに頼んで、春香のおねえちゃんになるからね!> 「ほんと?」 <ほんとだよ。これから呪文を唱えたら、私が入っているシャボン玉に“ようせいの精に”って、何回もお願いするのよ。途中でやめたらだめだよ。わかった?> 「うん。わかった」 涙を手の甲で拭きながら春香がうなずいたのを確認すると、夏希は呪文をと唱えた。ほのかに白く輝いていた夏希の身体は、次第に光を失っていった。春香は、目を瞑り両手を目の前で合わせ“ようせいの精に”と、繰り返して祈り続けた。 「なつき、はるか、がんばって」 春香がお願いを繰り返すたびに、夏希は足先から次第に石膏のように白く固くなり、背中の4枚の羽は崩れ落ちた。身体に所々ヒビが入っていった。シャボン玉の底には、白い破片が積もっていった。 足、腕、胸と硬化が進み首元まで達すると、夏希はこれまでと違う呪文を唱えた。 “ピキ・・ピキピキピキィイイイーーーン” シャボン玉から耳を刺すような音がした。春香が思わず目を開け、シャボン玉の方を見た。 「ベルちゃん、シャボン玉がちいさくなっていくよ。おねえちゃんがつぶれちゃう!」 「はるか、見ちゃダメ。お祈りをくり返して!なつきもがんばっているから!」 ベルに言われて春香はお願いを繰り返すも、目の前の光景に釘づけになった。シャボン玉の中の夏希の身体は首から下がすべて崩れていた。白い破片の上に頭だけが残っていた。それでもシャボン玉は小さくなっていき、夏希の頭は白い破片で覆われそうになった。 <・・・ベルさん、あとお願いします> 夏希は春香にやさしく微笑むと、白い破片にすっぽり覆われてピンポン玉大の真っ白なシャボン玉になった。 ぐぢヂち・・・ 真っ白なシャボン玉はさらに小さくなると、中心から染み出すように赤黒く変色し、アメリカンチェリーのようになって変化がおさまった。春香は息が荒く放心状態だった。 「はるか、ありがとう。なつきは“ようせいの精”になりました」 ベルは宙に浮いているチェリーを掴むと、口にほおばり、ゆっくりと味わった。 「なつきが身体に染み込んできます」 「はぁ、はぁ、おねえちゃんは?」 「心配しないで、夏希はベルと共に生きていきますよ」 ==== 次の日、日曜日 ==== 「春香、どうしたの?」 「おねえちゃんはベルちゃんなの?」 「んー、夏希でもあるしベルでもあるのよ。一緒になってるの」 「でも、ベルちゃんだよ。」 「そうだね。今は人間だから“ベル”の姿しているの。でも夜、妖精になったら“なつき”の姿になるの。春香、こんなおねえちゃんでもいいかな?」 「うん。だっておねえちゃんだもん♪」 「ありがとう。春香ならそう言ってくれると思ったよ」 「おねえちゃん、きょうはどこいくの?ようせいのおてつだいするのでしょ」 「そうだよ。んー、この辺のはずなんだけど・・・。あっ、あの子だね」 二人は家を出て10分ほど歩くと、マンション前の大きな公園に小さな女の子が一人で砂場の前のベンチで座っていた。 「こんにちは、かなちゃん」 小さな女の子は視線を上げると、見知らぬ女の人を見て不思議そうな顔をした。 「おねえちゃん、だれ?」 「私はベル。この子は妹の春香。かなちゃんさえよければ、春香と一緒に砂遊びして欲しいのだけど、いいかな?」 かなは一瞬喜んだが、すぐに寂しい顔に戻った。 「ママが、ふくがよごれるからダメっていうの。それに、もうすぐおけいこに行かなきゃならないの」 「大丈夫だよ。昨日、かなが遊べるように、おねえちゃんがママに約束したから」 「ほんと?」 「ほんとだよ。だから、春香と遊んであげてね」 「うん!」 「それじゃ春香、かなと遊んであげてね」 「おねえちゃん、これがようせいさんのおてつだいなの?」 「そうだよ。春香がかなちゃんとあそんであげたら、かなちゃんが悪い夢を見なくなるのよ。私はベンチで少し眠るから、後は頼んだわよ」 「うん。あそぶのとくいだから、おねえちゃんはゆっくりしてね。かなちゃん、いっしょにお山つくろ!」 かなと春香は砂場へ駆け出し、服が汚れるのも気にせずにお山を作り出した。 「これで大丈夫だね。でも、かなちゃんのママには悪いことしたかな。“あの悪夢の出来事”をそのまま昨日夢に見てもらったから。妖精が悪夢を見せてるのは気が引けたけど、かなちゃんの気持ちが伝わったはずだから、いいよね」 そう自分に言い聞かせながら、ゆっくりと目を瞑り静かに寝息を立てた。 妖精の羽をもつ春香と2つの精を持ったお姉ちゃん。今後の活躍は、この姉妹なら大丈夫・・・ですよね! (おわり) |