ゼリージュースのある日常
(700万アクセス突破記念)



pn、月より
 

とある病院の一室。病室は一人部屋で、私、鷲沢萌(もえ)はベッドで横になっていた。両足にはギプスが着けられ、頭に包帯が巻かれていた。今、お母さんと同じ年ぐらいの先生と女性の若い看護師さん。他にお母さんと私と6つ年が離れた小学一年生の唯(ゆい)が訪れている。

先生「両足の単純骨折ですね。頭も多少打ったようですが、検査したところ特に問題はなさそうです」

お母さん「そうですか。本当によかった」

唯「よかったね。おねえちゃん!」

萌「よくないよぉー。脚、いたいよぉー・・・」

先生「ところで、原因はなんでしょうか?よかったら聞かせてもらえないでしょうか」

お母さん「それが・・・」


お母さんが答えにくそうにしていると、唯がその質問に元気よくこたえた。


唯「唯がね、いちごのゼリージュース飲んだの。おねえちゃんが階段からジャンプしてきたの。怖かったからよけたら、こうなったの」

先生「?」


唯の返答では先生には分からないと思ったので、私は詳しく説明した。


萌「昨日の夜、唯と一緒にテレビでプロレス見ていたんです。ロープの上からドロップキックっていうんですか、唯が面白そうっていうんで、危ないからゼリージュースを飲めば身体がゼリーになるから危なくないと思って・・・。でもまさか、よけるところまで真似するなんて思わなかったんです」

先生「いつもそんな事しているのですか?」

唯「いつもそんな事してないよー。おとといは、おねえちゃんと一緒にゼリージュース飲んで洗濯機に入ってね、ぐるぐる・・・ムグムグ。。。」


お母さんが唯の口をあわてて手で押さえていた。


お母さん・萌「「ははは・・・」」


私とお母さんは気まずそうな顔をして、同じポースで頭を掻いていた。


先生「ま、まあ、ゼリージュースの飲んだからといって無茶してはだめですよ」

お母さん「萌、唯、わかった?」

先生「お母さんもお子さんに無茶させないようにしないと、こんな事になるのですよ」


お母さんはひたすら頭をさげ謝っていた。私は謝っているお母さんの姿が可笑しかったが、笑うのをなんとか我慢した。


先生「今後のことですが、こちらの看護師から聞いてください」


先生は、そう言い残すと病室を出ていった。


看護師「では今後のことですが、萌ちゃんには、一週間ほど入院して安静にしていただきます。その後は通院してリハビリという形になりますね。それで・・・」


看護師が話している間、唯は看護師の足元にあるバスケットが気になっていた。バスケットには、小さい白い子猫が丸くなって気持ちよさそうに寝ていた。赤い首輪に小さな鈴と「わしざわもえ」と書かれたプレートが付けられていた。


お母さん「この子猫ちゃんですか?」

看護師「はい、そうです」


看護師がバスケットから子猫を取り出すと、私のベッドの手元にそっと置いた。


萌「うわっ。かわいい!真っ白!この子猫ちゃんが私になるんだぁー。友達から聞いた事あるけど、子猫になれるんですね!」

看護師「そうです。萌ちゃんは入院は初めてですか?ゼリージュースでは、動物の変身などできませんが、改良されたこちらの錠剤を服用することで、精神だけ移す事ができます。それによって身体を安静に保つ事で身体の負担が減り、院内を歩くことで入院中患者さんが退屈することもなくなるので、10年程前からどの病院でも行われています」

お母さん「気になるのですが、ここに来るまでにも何匹か子猫を見かけたのですけど、猫の姿でどこに誰がいるのかわかるのでしょうか?」

看護師「はい。院内の部屋や廊下のセンサーがこの赤い首輪のプレートと連動していまして、院内どこにいてもすぐにわかります。また他の病室に入ることも外出もできませんので、ご安心下さい」


看護師が青色の錠剤を1粒とコップに入った水を私に手渡した。


看護師「では錠剤をのんだら、目を瞑って寝てください。そして心の中で“10”数えたら目を開けてくださいね」


私は言われた通り、錠剤と水を飲みコップをお母さんに手渡し、ベッドに横になり目を瞑った。すると右手に何かを握らせれた。たぶん子猫の手だ。とてもちっちゃい。肉球がぷにぷにする・・・。そして、看護師が言われた通り、心の中で数を数えた。


萌「(いち、に、さん・・・)」

唯「いーち、にぃー、さーん、じゅー♪」

子猫(萌)「にゃにゅにゃにゃの(こらこら唯、なんで“3”の次が“10”なのよ)」


唯の天然ボケに、私は思わず目を開けてツッコミを入れてしまった。。


看護師「萌ちゃん、ちゃんと“10”数えましたか?大丈夫ですか?」


子猫(萌)「にゃ?(あれ?)」


私は人間の言葉を喋ったつもりが“にゃー”としか喋れなくなっていた。目の前には大きな私が寝ていた。視線を下げると白い手がある。視線をあげると看護師さんとお母さんが私を見下ろしていた。


看護師「大丈夫みたいですね」

お母さん「これが萌ちゃんだなんて、かわいい♪」


お母さんは私を抱っこすると、ほおをスリスリしたり頭をなでなでして喜んでいた。


唯「唯もだっこさせてよぉー」


唯はお母さんから私を受け取ると、始めはだっこしていたがしっぽやヒゲをひっぱったりしだしたので、私は部屋中を逃げ回った。慣れないせいか上手く足が運べない。


お母さん「萌、唯、病室ではおとなしくしなさい」


私はお母さんに、唯が手の届かないベッドの上に運ばれ、看護師とお母さんの話を聞いた。


看護師「子猫になれるのは朝食後から夕食前までです。1日3食、必ず人間に戻って病院食を食べていただきますので、食事時間には必ず戻ってください。萌ちゃん時間厳守ですよ」

子猫(萌)「にゃ(はい)。」

お母さん「子猫ちゃんは、餌をたべないのですか?」

看護師「萌ちゃんの朝食前と夕食後に。キャットフードですね。1日2食ですので、昼は食べません」

お母さん「つまり子猫になっている時の萌が、何か食べることはないのですね。」

看護師「そのとおりです。子猫の身体に病院食を食べさせるわけにはいけませんですから。ミルクぐらいなら、用意していますが」

子猫(萌)「にゃっみゅあゃー♪(ミルクよりキャットフードたべてみたいよー♪)」

看護師「あと通院でのリハビリの件ですが、萌ちゃん自身がされますか?」

お母さん「それは、どういうことでしょうか?」

看護師「当院のリハビリ担当のスタッフが、萌ちゃんの身体に入ってリハビリを行います。もちろん女性スタッフです。リハビリが行われている間、萌ちゃんは、子猫になって見守ることになります。」

子猫(萌)「にゃにゃーん!(リバビリしなくていいんだ!)」


私はとても喜んだが、すぐにその思いは打ち消された。


看護師「こちらがリハビリに関するパンフレットです」


看護師がパンフレットを手渡すとお母さんは目を通した。


お母さん「(これって“保険適用外”なんだわ。お父さんの1ヶ月分の給料じゃない)」


お母さんはパンフレットから目を外すと、私をにこやかに見ながら看護師に話しかけた。


お母さん「私はリハビリは自分で行ってこそだと思いますので、せっかくですがお断りいたします。萌、しっかりリハビリするのよ。」

唯「おねえちゃん、リハビリできるんだって、よかったね!ママ、リハビリっておもしろいの?」

子猫(萌)「なー・・・(そんなー・・・)」

看護師「分かりました。それではリハビリは萌ちゃんが行うということで頑張ってくださいね。夕食は5時半ですので、10分前には必ず戻ってきてください。私からは以上で説明はおわりですが、何かご不明な点はないでしょうか?なければ、これで失礼させていただきます」

お母さん「今回はありがとうございました。私たちもこれで帰らせていただきます。萌、子猫になったからって浮かれてちゃだめよ」

唯「おねえちゃん。ばいばーい♪」


ベッドの上で私は右手(前足)をあげ、手を振った。するとお母さんが近寄ってきて、耳元でこそっとつぶやいた。


お母さん「(明日、キャットフード買ってきてあげる。たべたいでしょ♪)」

子猫(萌)「にゃーん♪(やったー♪)」



=====   次の日   ==========



子猫(萌)「なー(胃が痛いよぅー)」


午後3時、私は子猫の姿でベッドの上でうずくまっていた。ナースコールを受けた看護師がすぐに駆けつけてくれた。


看護師「お母さん、わかってますか?キャットフード与えたからこんな事になったのですよ」

お母さん「おやつにお菓子みたいでいいかぁーと思いまして・・・」

子猫(萌)「にゅあへあぅー・・・(おいしくてやめられなくて・・・・)」


そう、お母さんがこっそり持ってきたキャットフードの食べ過ぎが原因だった。


看護師「萌ちゃん、すぐに自分の身体に戻ってください」

お母さん「それが・・・出来ないんです」

萌(唯)「見てみて!足がミイラみたいでおねえちゃんの身体、おもしろいね♪」

看護師「!?」


本来、精神が入っていないギプスを着けた私に話しかけられ、看護師がびっくりした。


お母さん「唯が、萌の身体に入りたいというから・・・」


お母さんの手には空になったブルーハワイのゼリージュースのペットボトル、ベッドには唯の衣服が散らばっていた。ブルーハワイのゼリージュースは“憑依”の効果。唯の精神が入っている為、萌の精神は子猫から自分の身体に還ることが出来なくなっていた。


子猫(萌)「にゅい、にゃにゃにゃ、にゅにゅあ〜!(唯、私の身体から早く、でていってよぉ〜)」

萌(唯)「おねえちゃん、おなか痛いの?唯がなおしてあげる♪いたいの、いたいの、とんでけー!いたいの、いたいの、とんでけー!!」

子猫(萌)「な・・・(私の精神が飛びそうだよ・・・)」


その後、私は動物病院に搬送され、子猫として入院することになった。





萌(唯)「めでたしめでたし♪」

子猫(萌)「(にゃににゃ、にぇないにぉー!)何が、めでたいなのよー!」

お母さん「700万アクセス突破だから、めでたいでしょ♪」

萌(唯)「よかったね♪」


(おわり)