「先生は女子高生!?」

作:しんご







やっと念願の教師になることが出来た。

いくら国立大の教育学部といっても、卒業生すべてが教師になれるわけではない。

各自治体が採用する教師の数がはるかに教育学部の生徒よりすくないのだ。

それに、教員免許は教育学部だけでしか取れるというものではない。

たとえば、国公立や私大の経済学部だと、中学の社会科、高校の公民、商業、地理歴史
といった4つを取ることが出来る。

簡単に言えば、教師は全て教育学部を出ているということではない。

中学や高校の教師の約4割は、教育学部外の卒業生なのである。

教師になりやすいのは、小学校、中学校、高校の順番。

これは、教員免許のもっている人数と教師になれる確率が反比例するからだ。

教育学部外の学部で小学校の教職課程を実施しているのは全国でも10校を満たない。

同じ専攻の同級生らは小学校や中学校の教師を希望していた。

高校の教師と比べて採用されやすいからだ。

でも私は高校の教師になりたかった。

だから、4年間の間、非常勤の教師を続けることも出来た。

そしてやっと今年、採用試験に合格できた。

でも、私が配属された学校名を初めて聞かされた時は辞めたいと本気で思った。

県内では、その名を知らないものはいないというほどの学校だったからだ。

頭が良いということではない。

スポーツが強いということではない。

悪名でその名を知らないものがいないからだ。










学校の雰囲気もいままで私が非常勤で勤めていた学校とは違っていた。

怖い。

泣きたい。

逃げたい。

教室から聞こえる笑い声がまるで自分を笑っているように感じてくる。

女の子の甲高い声。

男の子の叫ぶ声。

私は、ドアを開けられずにいた。

私はこのクラスの担任。

私はこのクラスの・・・

あー、もう駄目。

でも・・・



私が教室に入ると生徒たちのざわめき声が一瞬にして止まった。

席を離れていた生徒たちも自分の席に着いていく。

「えーと・・・初めまして。私は」

「聞こえねー。もっとでかい声で話せよ」

えっ!!

私はその声のする方に目を上げる。

男子生徒がこっちを向いて笑っていた。

次の瞬間、クラス中の生徒たちが笑い声をあげた。

もう、自分を平静の状態に保つことは出来なかった。

「私は、上浦こずえといいます。政治経済を担当します」

「こずえちゃんは、彼氏いるの?」

「・・・えーと」

「先生って処女なの?」

「あはは」

「こずえちゃん可愛い」

クラス中が笑い声に包まれる。

私を馬鹿にする笑い声。

もう完全になめられていた。




家に帰った私は、今日の教室のことが頭から離れられなかった。

もういやだ。

明日行きたくないよ。

「ただいま」

帰ってきた夫は私を見るなり表情を変えた。

「どうした?学校で何かあったのか?」

「・・・祐介。私もう駄目。生徒になめられたよ」

「そうか。でも、最初から期待してなかっただろ。仕方ないよ」

「でも・・・」

「じゃあ、辞める?せっかくなれたのに」

「・・・」

「あ、いい方法がある」

「えっ何!!」

「子供を作れば、産休できるじゃん」

前から子供が欲しいと言っていた夫の目は本気だった。

教師になれるまで駄目。

私は彼と結婚するときに、そう約束をした。

夫の祐介とは同じ大学のサークルで知り合った。

学部は違ったけど、よく学校でも一緒にいた。

大学を卒業した祐介は、地元の市役所に採用された。

「でも、それでも明日は行かなくちゃ行けないよ。赤ちゃんが出来ても、まだ先よ」

「だけど、膳は急げだ」

そういうと、彼は私に唇を重ね、舌を強引に入れてくる。

「もう、強引なんだから・・・」






夏休みも終わり、二学期に入った。

相変わらず、私は生徒たちになめられ続け

授業中は私の声よりも生徒たちのしゃべる声が廊下にまで響いていた。

同僚の教師からも、無言の非難の視線を浴びられていた。

「国会議員は、国民の代表者として果たす役割が重要であるとされ、
 国会の会期中は逮捕されません。これを不逮捕特・・・」

「あはは」

女の子の甲高い声が私の説明を遮る。

野田祥子。

私の受け持つクラスの生徒だ。

学校で茶髪は禁止なのに、髪は茶色に染めて、いくら言っても聞かない。

黙って座っていれば、可愛い女子高生なのに、

後ろを向き、片足を椅子に乗せ短いスカートの中の下着が見えている。

「野田さん。前を向いて」

「なんだよ。私だけ言うのは不公平じゃん」

こんな会話が毎日のように繰り返される。



文化祭が一週間後に迫り、放課後もクラスの子たちと準備をしていた。

授業は真面目に受けない彼らも、こういうイベントには積極的になる。

私は、生徒に要求されたガムテープを取りに行こうと階段を上っていた。

ちょうど上から、ダンボールを持った野田祥子が階段を下りていた。

声をかけようとしたそのとき、彼女は足を踏み間違えた。

「あっ」

落ちてくる彼女を私は受け止めようとした。






「あ、気がついたわね。大丈夫?」

目を開けると、白衣を着た保健の先生がいた。

あ、そうか。私、野田さんを受け止めようとして。

「はい、大丈夫です。それより、野田さんは?」

「えっ?本当に大丈夫?あなたが野田祥子さんでしょ」

「・・・・」

何を言っているのだろう?

野田さんが私なわけないじゃない?

「野田さん、気がついた?ふふ」

私は、自分の目を疑った。

カーテンを開け、入ってきたのは私だった。

間違いない。

私だ。

今日、暑くなりそうだからクローゼットから選んだ

薄いピンク色のシャツ。

ひざ丈の灰色のタイトスカート。

夫から貰った時計を左腕につけ、

私のはめていた結婚指輪を薬指にはめている。

シャギーの入ったセミロングの髪。

左目の下にある小さなホクロ。

私が笑いながら腕を組み立っていた。

「誰!!あなた誰なのよ!!」

「大丈夫?先生じゃない。あなたの担任の上浦先生」

保健の先生が心配そうな顔をして私の顔を覗き込む。

「私が上浦こずえよ!!」

微笑む私の偽者に叫ぶと彼女は、私にこういった。

「あなたは、野田さんよ。大丈夫?ふふ。そうだわ」

偽者の私は、ローラーついた姿見を引きずって私の前に置いた。

「えっ」

鏡には、白いワイシャツを着た野田祥子が映った。

茶髪で痛んだ髪に、化粧をした顔。

いかにも遊んでいそうな顔立ちに、知性のかけらもない。

嘘。

うそうそうそ。

嘘に違いない。

なんで!!

どうして?

「あの先生?ちょっと二人きりで話したいんで」

私の偽者が、保健の先生に小声で話しかけた。

保健の先生は、うなずいてその場を離れ保健室から出て行った。



「誰なのよ!!あなたは!!」

「分からないの先生?私たち入れ替わったんだよ。ふふ」

偽者の私は、いやらしく微笑んだ。

入れ替わった?

じゃあ目の前の偽者の私は・・・野田祥子

「野田さんなの?」

「そう。私は野田祥子。でも、今は・・・あはは」

「どういうことなのよ!!どうして」

「そんなの分からない。階段から落ちて、目が覚めたら、この状態」

「・・・」

「でさ、しばらくはこのままでいよう。
 私は先生に。先生は私になるの。
 楽しくない?あはは。
 私の物とか好きに使っていいしさ。
 その代わり、私も先生のものは、好きに使わせてもらうから」

何にいってるの!!

馬鹿じゃない。

おかしい。

この子、おかしい。

「そんなのと出来るわけないじゃない。今すぐ、病院にいこう。診てもらおう」

「嫌だね。行ってどうするわけ。ふふ。私たち入れ替わったんです。とか泣いて叫ぶの?」

「・・・あなたが言わなくてもみんなも、すぐ分かる。私じゃないって。
 あなたは私じゃない。授業だって出来ないでしょ!」

「あはは。さっきから感じない?
 私は、さっきから先生の記憶が分かるみたいなの。
 あなたは分かるかな?
 例えばさ、UNCTADってわかる?」

「えっ!?」

「ふふ。分からないでしょ。
 アンクタッド。国連貿易開発会議の略名。
 こんな簡単のことも分からないの?
 今日、授業で先生がやったじゃん。
 でも、先生はわからない。
 それは、私になったから。あはは。
 私はまったく授業を聞いてなかったし。
 体が入れ替わったから、私は先生の脳を、先生は私の脳を使って今、体を動かしている。
 だから、記憶まで分かるようななったわけ。
 ふふ。急に頭が良くなったみたい。
 まったく勉強もしてないのに。
 だから、泣いても叫んでも無駄。
 先生になったのは私。あはは。
  私ね。
 あんたのこと大嫌いだった。
 なんか、自分はあんたたちとは違うみたいな顔をしているあんたが気に食わなかった。
 あんたいつも私たちのことを馬鹿にしてたじゃん。
 でも、それが今は私なの。
 ゾクゾクする。
 不真面目で育った、不良の私が、真面目に育ってきた優等生のあんたになるの。
 馬鹿は、あんたよ。
 今から、私が上浦かずえ。
 あんたは、野田祥子。
 ぷっ、あはは。笑える。」

「・・・返して。返してよ!!」」

「返せないし、返したくない。分かる?あなたには少し難しすぎたかな?野田さん?ぷっあはは」

「やめて!!」

「私が今日から奥さんかぁ。えへへ。
 旦那も、結構カッコいいじゃん。
 へー昨日もエッチしたんだ。
 大丈夫だよ。今日から私が代わりにやってあげるからさ。
 私があんたとして、この体を使ってね。あはは。」

私が奪われる。

私のすべてが・・・



彼女を覆いかぶさるように抑えた私は、駆けたほかの先生に引き離された。

私になった野田祥子は、肩を震わせ床に伏し涙を流していた。

嘘泣きをして。

「上浦先生大丈夫ですか?」

「・・・はい」

「野田!!先生に向かって何をするんだ!!」

「私が上浦です。彼女が本当は野田なんです!!」

「何を言ってるんだ!!」

「さっきから、野田さんおかしいんです。自分が私だとか言って・・・ぐすん」

叫んでも誰も聞いてくれなかった。

私は、野田祥子として謹慎処分になった。







あれから2ヵ月後





「えー、2年3組を担当されていた上浦先生が三学期から産休に入ることになりました。
 それでは、上浦先生から一言」

野田祥子が見つめるなか、上浦こずえは、緊張しながら体育館の教壇に立った。

昨日、夫と考えた言葉を必死になって思い出す。

「えー短い期間でしたけど、皆さんと過ごせて楽しかったです。
 お腹にいる私の赤ちゃん・・・・・







あとがき

最後は、先生と生徒は元に戻ったのでしょうか?
わかりません。
いつも逃げているけど、最後もまた逃げさせてください。
「元に戻ったかは分かりません」
流れの展開では、元に戻らなかったと思えますが、
二人がもう一度、階段から落ちて元に戻ったのかもしれません。

最後まで読んでくださってありがとうございます。
今までありがとうございました。