「仮面の女」

作:しんご





民にとって、もともと貴族というのは、尊敬という感情からは程遠いものである。

生まれながらにして、自分よりも上に立つ人間。

自分たちの必死の働きによって、豪華な生活が送れる人たち。

憧れることがあっても、別に尊敬はしないだろう。

まして、貴族という種族は、我が侭で、自分勝手で・・・







1、



「もう辞めたい」

ソレラは、しゃがみ込み、エプロンの前掛けを両手で持ち上げると、

木で作られた仮面を埋めた。

目と口だけが開いた仮面は、頭をすっぽりと被せるように出来ており、

頭の後ろに鍵が作られ、自分では取れないようになっている。

丸くあいた目の穴からからは、大粒の涙が零れ落ちる。

「また、我が侭のお嬢様に虐められたのかい?」

ソレラと同じ給仕の格好をしたロジーが、泣いているソレラを優しく抱き上げた。

「もう家に帰りたい」

「・・・・」

初老のロジーは、こうした悩める若者に、慰めの言葉を何度も言ってきた。

我が侭のお嬢様相手に、新入り達は誰もが戸惑い、こうして涙を流す。

だが、ロジーは、ソレラには、言葉をかけられなかった。

まず、第一に、もうソレラに帰る家はない。

両親は幼いころになくなったソレラは、遠縁の親戚に引き取られたのだが、

彼女が16歳の時に、その親戚の家族が作った借金の肩に、売られて来た。

俗にいう奴隷なのだ。

それだけじゃない。

彼女の顔を隠している仮面の訳こそが一番の要因なのだ。

ソレラの顔が醜いから、仮面をつけているのではない。

高い鼻、大きい目、美しい金髪。

全てが整った顔立ちで、誰が見ても美しいというだろう。

だが、そんな顔に、一つ、重大な問題があったのだ。

ロジーは、初めてソレラを見たとき、言葉を失った。

なぜならば、ソレラの顔は、ロジーがお世話をしているこのお屋敷の

アイシアお嬢様に瓜二つだったからだ。

背格好もまったく変わらない。

着ていた薄汚れた服以外は、全く区別が付かないほど良く似ていた。

旦那様も奥様も、自分の娘にそっくりなソレラを気持ち悪がり、

商人に送り返そうとした。

だが、当事者のアイシアお嬢様は、自分にそっくりなソレラを面白がり、

旦那様は、アイシアお嬢様に押し切られる形で、ソレラを引き取った。

日ごろ給仕たちを玩具の様に扱っているアイシアお嬢様にとって、

自分にそっくりな人物は格好の玩具に思えたのだろう・・・

案の定、ソレラに対するアイシアお嬢様の行動は、目に余るものだった。

罰と称する体罰は、当たり前。

酷い時には、床に落ちた食べ物を無理やり食べさせたりもした。

よく泣きながら、ソレラは、「私は、彼女だったかもしれない」と、うわごとの様に愚痴を良く漏らしていた。

ある時、奥様とアイシアお嬢様が御用時でお出かけになった時、

給仕たち数名がソレラを励ますために、ある催しをした。

アイシアお嬢様のお部屋に忍び込むと、彼女たちは、ソレラを鏡の前に立たせると、着ていた服を脱がし、アイシアお嬢様のドレスを着せ、髪までセットし始めた。

「まぁ、本当に、お嬢様にそっくりだわ」

鏡に映るソレラは、どこから見ても、貴族のお嬢様だった。

彼女たちは、ソレラを励ますためだったが、ソレラにとってそれは、逆効果だった。

「彼女とこんなにもそっくりなのに、彼女は貴族で、私は奴隷・・・」

そういう考えがソレラの中で、ますます強くなってしまったからだ。

不幸は、まだ続いた。

勝手にソレラがお嬢様のドレスを着たことを、旦那様に見られてしまったのだ。

激怒した旦那様は、お嬢様の格好を出来ないようにソレラに仮面を一生、付けることを命じた。

ロジーは、今日もまた、お嬢様に虐められて泣いているソレラに、慰めの言葉は思い浮かばない。

ただ、そっと抱きしめてあげることしか出来ない。

どうすれば、この可愛そうな少女を救えるのだろう。

どうすれば、この優しい心を持った少女を自由にさせてあげられるのだろう。

この少女の自由が得られるのなら、残された命を喜んで差し上げられる。

子供がいないロジーにとって、ソレラは自分の娘のようなものだった。

何か良い考えはないだろうか・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・

そうだ。

死ぬ気になって、やってみればいい。

いざ、ばれた時は、私が全ての罪を負えばいい。

やってみよう。

地獄に落ちてもいい。

いや、私だけじゃない。

あの生意気なお嬢様は絶対に、地獄行きは決定している。

2年前、給仕の女性を態度が悪いからという理由で階段から突き飛ばして、

打ち所が悪く女性は死んだ。

もちろんお嬢様は、お咎めはない。

ロジーは、ソレラの顔を両手で押さえ、自分の顔に近づけると、こう言った。

「ソレラ、アイシアお嬢様になってみないかい?」







2、



「ソレラが、アリシアお嬢様に?」

「ええ、そうよ」

給仕たちは、驚くと、次の瞬間には、笑みを浮かべた。

「それは、面白いわ」

ロジーは、まず仲間の給仕達に自分の計画を話した。

この計画に、屋敷の召使の助けは欠かせないのだ。

これまでのアイシアの行動に皆は、憎しみをもっていた。

誰もが、この計画に賛同し、誰もアイシアに同情するものはいなかった。



召使は、自分たちの寝る暇を惜しんでソレラの特訓に付き合った。

「音をたてないのよ」

スープの代わりに水を使って、テーブルマナーを。

「違う、違う。もっと、曲げて」

執事の男性が、文字を教えると共に、盗んできたアリシア直筆の手紙を使って、

癖のある彼女の字を覚えさせた。

「もっとゆっくり」

ダンスは、ロジーが教えた。

ソレラも、必死にアイシアを観察し、真似る努力をした。

左手の爪を噛む癖も、彼女の甲高い声も・・・



時は熟した。







3、



「これ、早くおきな」

アイシアは、誰かに頭を叩かれ、起こされた。

「誰!!わたくしの頭を叩いたのは!!」

アイシアが目を開けると、ロジーが立っていた。

「ロジー!!あなた、わたくしに何をしたのかわかっているのね!!」

アイシアは、いつものように甲高い声を上げた。

「何に言ってるんだい」

てっきり、平謝りするのかと思ったアイシアにとってロジーの反応は予想外だった。

ロジーを睨み付けたとき、ここが自分の部屋じゃないことに気が付いた。

自分の部屋よりはるかに狭く、薄汚れた、そう召使たちが使う部屋のようだった。

改めて、自分が寝ていたベットを見るとそれは、明らかにいつも自分が使っている、ベットではなかった。

「なんで、わたくしがこんなところに?」

「何を言ってるんだい、ソレラ」

ソレラ?

どこに、あの女がいるの?

部屋を見渡す限り、ロジー以外に人はいない。

「ロジー、あなた馬鹿じゃない?ソレラはいなくてよ」

「アイシアお嬢様のまねかい?」

ロジーは、おなかを抱えて笑い出した。

「何を言ってるのよ!!わたくしがわたくしのマネですって?」

「あんた、そこの鏡をみなよ」

ロジーは、壁にかかられた小さい鏡を指した。

アイシアが指された方向に顔を向けると・・・・

「何、これは!!」

アイシアが自分の顔を映すと、そこに顔は映らなかった。

かわりに木で出来た仮面が映る。

これは、ソレラの・・・

自分の着ている服も、自分の服じゃない。

「なんで、なんで!!何、これは!!なんで、ソレラの・・・

 この汚い服は何なのよ!!」

アイシアは、ロジーを突き飛ばすと、自分の部屋へと急いだ。



ドアを開けると、アイシアの格好をしたソレラがいた。

昨日の夜。

眠っているアイシアから、下着にいたるまで全てを奪って、

ソレラの服と仮面を付けさせ、召使の男性が、ソレラの部屋へアイシアを運んだのだった。

ソレラは、アイシアお気に入りだった白いドレスを着て、

胸元にはアイシアがいつもつけていたペンダントを首からかけていた。

どれも高価で、身に着けているのは全て、昨日までアイシアのものだったものだ。

アイシアの部屋のいすに堂々と座り、給仕の女性に髪をとかしてもらっていた。

いつも、アイシアがしていたことだ。

首だけアイシアの方に向けてソレラは、アイシアに成り済まして、こういった。

「あら、ソレラ、おはよう。どうしたの、その格好は?」

「ソレラ!!」

アイシアは、自分になりすましているソレラに飛び掛ろうとした。

それを、部屋に飛び込んできた執事の男性たちが抑えた。

床に押さえつけられたアイシアは、偽者の自分に触れることも出来なかった。

騒ぎを聞きつけて、旦那様や奥様も娘の部屋に駆けつけた。

ここぞとばかりに、アイシアは、声を振り絞った。

「お父様、お母様。わたくしがアイシアです。そいつは、ソレラなのです!!」

全てが、予期していた筋書き通りだった。

ソレラは、奥様の胸元に飛び込んだ。

「お母様。ソレラが・・・わたくし怖くて、怖くて」

ソレラは涙を流し、アイシアの特有の甲高い声で言った。

誰から見ても、アイシアだった。

“奥様からは良いにおいがした。

奥様の高いドレスが汚れることなど気にしない。

だってこの人は今日から、私のお母様。

私はアイシア。

この人の娘。

貴族の娘。

もう、元には戻れない。

どうか、私をアイシアだと認めて・・・“

奥様は、優しくソレラの頭を撫でた。

「大丈夫よ。アイシア。大丈夫よ」

娘をなだめるように・・・・

ソレラは、奥様の胸元の中で微笑んだ。

奥様も単純ね。

ふふ。









それからのお話。

アイシアは、ソレラとして、お屋敷を追い出されました。

ソレラは、アイシアとして、貴族の優雅な暮らしをおくりましたとさ・・・・・



おしまい

・・・・・・・・・・

Toshi9さん、3周年おめでとう!!