「怪盗の休日」 作:しんご 1、 恥ずかしさで、今にもリサはその場から逃げ出したい気分だった。 それが出来ないのならば、せめて、彼女が来るまで、地面に深い深い穴を掘り、 その中で体を小さく小さくさせて、出来たら、誰かに土をその上から見えないように、 かけて欲しい。 どうして、アヤはこんな場所を待ち合わせの場所にしたのか。 目を閉じても聞こえる子供の声と、感じる、冷たい視線。 公園には、数人の幼児達と、その保護者と、そして、リサただ一人だけ。どうやら、この場所は、隣接する幼稚園に、迎えに来た保護者たちの井戸又会議の会場に、なっているらしい。 気まずい。 不幸にも、奥様たちの絶好のネタになったらしく、チラチラと、私の方に視線を飛ばして来る。 昔から、リサは、何を考えているのか分らない女だったけど、どうしてこんな場所を選んだのだろう。 単に、話をしたいのならば、どこかのカフェとか、せめて、一般の人が待ち合わせ場所に使っている処にして欲しい。 幾らでもあるじゃない。 駅前のオブジェとか、駅の改札口でもいい。 駅から歩ける限度ってものがあるのよ。 リサは、まだ一向に現れない人物に抑えようのない怒りを募らした。 無理もない。 ここは、都心からかなり離れた郊外の街。 こっちは、無理して会社まで休んだのに。 だが、それほどリサにとって、アヤは、会いたい人物なのである。 まぁ、こんな所でも無理ないか。 そう、リサは思うと、恥ずかしさなど何処かに消え去り、親友であるアヤの事を心配し始めた。 彼女は、まさに時の人だった。 それは、日本だけではない。 世界中の人たちが彼女を知っている。 もしかしたら、日本の首相の名前より、世界の認知度があるのかもしれない。 ノーベル賞をとった訳でもない。 宇宙飛行士になったわけでもない。 世界的な女優やモデル、歌手になったわけでもない。 素晴らしい偉業を成し遂げたわけでもない。 良い意味ではないのだ。 彼女は、世界を騒然とさせている、怪盗だからである。 誰にでも完璧までに変装し、そしていつの間にか宝を盗んで姿を消してしまう。 正体はおろか、年齢や性別すら分らない。 そんな映画や漫画の中のような人物が、現実に現れてしまったのだから、日本のみではなく世界中がその怪盗を知っている。 例えば、こんな事件もあった。 有名人やお金持ちが多数、招待されていたパーティー。 カメラを持った多くのメディアの人がいた。 有名人は、カメラの前で、インタビューを受ける。 煌びやかなドレスや宝石を身に着けていた有名人たち。 その有名人の一人が怪盗の被害者になった。 世界的にも有名な女優の彼女が、身に着けていた宝石を奪われたのだ。 だが、それだけでは、怪盗の仕業かは分るはずも無い。 しかし、怪盗の犯行だとは明白だった。 パーティーの翌日、女優は、自宅のクローゼットの中で縛られた格好で、使用人によって発見された。 しかも、全裸で、紐で縛られていたのだ。 下着まで奪われて。 女優は、その日、パーティーのためドレスを着て、鏡台の前で髪型をセットしていたらしい。その時、急に背後から襲われた。 つまり、パーティーには出られるはずも無いのだ。 だが、その女優は、煌びやかなドレスを着込み、宝石を身につけ出席していた。 それも、インタビューも受け、カメラの前でポーズを決め写真にも取られていた。 見事なプロポーションと、美しい微笑の笑顔は、女優に変装した怪盗だったのだ。 女優に変装していた怪盗は、俳優をしている彼女の旦那と一緒に出席していた。 仲が良さそうに手を握り合い、微笑み会う二人を誰も、彼女が偽者だとは、 その夫すら気がつかなかった。 怪盗は、宝石と共に、女優そのものまで奪ったのだ。 「はぁ・・・」 リサは、思わずため息をついた。 アヤって、宝石を盗るためにあの女優に変装したわけじゃないだよね。 あれは、昔から好きだった夫の俳優に近づきたかっただけなんだ。 だって、彼女、その後、変装したまま俳優とエッチまでしたのだから。 それも、女優が縛られていた部屋で。 でも、なんで気づかないかしら。 男って本当にバカだわ。 こんな事実は、報道はされなかったけど。 もっとも、一番ひどいのはアヤだし。 そういえば、あの二人、離婚するらしいって雑誌に書いてあった。 もしかして、そこまで計算して・・・ 本当に、アヤは恐ろしい。 そう思うリサの顔はどこか笑っていた。 「ユカリちゃん、待ってよ」 「早く、早く、サヤ」 幼稚園児が無邪気に遊んでいる姿を見ながら、 リサはアヤと始めて出会った日を思い出し始めた。 2、 その変態的、性的嗜好と奇妙な特技を持ったアヤとリサは、幼稚園からの腐れ縁だった。 変態的とは、女でありながら、女が好きという、所謂、レズなのだが、普通に男もいけるという両刀使いであるという性的嗜好の事である。 そして、奇妙な特技とは・・・・ 「リサ、早く、ドアを閉めて」 襲われて気絶しているクラスメートのアカリを目の前にしながら、アヤは平然としていた。 「ねぇ。幾らなんでも、学校じゃまずいよ」 ドアを閉めながら、リサは少し大きめな声で言った。 「大丈夫だから、それに、これは人助けよ」 「どこが、人助けよ」 「もう、散々、はなしたじゃん」 アヤの理屈は、こうだ。 今、床に倒れているアカネには、好きな男の子が居た。 同じテニス部のミヤベ君。 アヤが言うには、ミヤベ君もアカネの事が好きだというのだ。 でも、お互い相手が自分に抱いている気持ちなどは気づいていないらしい。 「だったら教えてあげればいいのに」と、一般論を言うリサにアヤはこう切り捨てた。 「それじゃ、私は楽しめない」 結局は、自分が楽しみたいだけなんじゃないか。 そう突っ込むと、アヤは身勝手な大義名分を突き立てた。 「恥ずかしがり屋のアカネちゃんには、告白は無理だから、私が代わりにやってあげるの」 そして、迎えた実行日の今日。 マリは、学校を休んだ。 でも、学校にはこっそりと入り込んで、物理準備室に隠れた。 実は、この日、日直であるアカリは、三限目の物理授業でやった実験の後片付けをしなければいけなかった。 そして、授業終了後、準備室に入ったアカネはアヤに襲われた。 「じゃあ、早速、始めよう」 満面の笑みを浮かべながらアヤは、持ってきたバックを空け始めた。 出てきたのは、人の顔をしたマスクと、化粧道具と、ウィッグ。 アヤは、マスクを慣れた手つきで自分の顔につけ、その上に軽く化粧を施していく。 「すごい」 思わず、リサは声を漏らした。 もはや、目の前にリサは居らず、変わりに別人の女が不気味に微笑んでいた。 その姿は、今、床に倒れている女とそっくりだった。 唯一の違いは、髪型だけ。 目立っている偽者のアカリは、髪が肩まで伸びているが、倒れている本物のアカリはショートである。でも、偽者のアカリがウィッグを被ると、もはや本物と偽者の区別がつかなかった。 「どう?」 その声も姿も、アカネそのもの。 「ど、どうしたの、その声?」 「あのね、この前から練習していたのよ。アカネちゃんの声。ちょっと高めで特徴があるじゃない。さて、最後の仕上げをしますか」 「もう、完璧じゃない」 「まだ、これがあるわよ」 アヤは着ている制服を指差した。 「制服?」 「そう、制服」 「今、来ている自分の制服で十分じゃない」 「あのね、私はイガラシアカネなの。どうして私が、別人の制服を着てないといけないの」 こいつ、やばい。 リサは、その時、強く思った。 リサを尻目に、アヤは、アカネの服を脱がし始めた。 昔から続く伝統校だからか、制服は今では珍しくなったセーラー服である。 結んでいるタイを解いて、セーラーを脱がすと、乙女の胸元を包む白いブラが現れる。 「・・・・」 一瞬、リサには、アヤの行動に頭の処理が出来なかった。 「どうして、下着まで取るのよ」 「私は、アカリよ」 「・・・・」 当然のように、プリーツスカートを脱がし、パンティまで脱がした。 アヤは、自分の着ているものを全て脱いで、まだアカネの人肌が感じているだろう ブラやパンティを身に着けていく。 どうやら、サイズはぴったりとはいかないまでも、何とか着られるらしい。 「変態」 その単語だけが、リサの頭の中では飛び交っていた。 制服を着替え終わると、アヤはサヤの履いていた黒いソックスまで脱がし自分の足に履いていく。最後に、彼女の上履きを履き、トントンと床に上履きを叩きながら、 「どうよ?」とリサに聞いた。 「さっきと、変わらないわよ。身につけているのはみんな同じなのだから」 「な、何を言っているわけ。これで完璧に私はイガラシアカネよ。さあ、偽者を隠しましょう。サトウさん」 アヤは、アカリがリサを呼ぶ言い方に変えた。 そう、呼ばれると、本当に偽者が誰なのかリサには、もう区別が出来なかった。 「アカリ、遅かったね」 教室に、入ってくるなり、アヤにアカリの友達が、近づいてきた。 やばい。 アヤは、この子と仲が悪いだよ。でも、アカリはこの子の親友だし。それ以来、お互い無視して、話なんてした事もないのに。 大丈夫かな。 そう心配をしているリサに気がついたのか、リサのほうをチラッと顔を向けた。 その顔は、笑っていた。 「ごめんね。コズエ」 アヤは、コズエに抱きついた。 「早く、お弁当食べよう」 「ちょっと、待ってね」 そう言いながら、アヤは当然のようにアカリの席に着くと、 横に掛けてある鞄から、お弁当の入った花柄の可愛い袋と水筒を持ちながら、 コズエ達の居る数人のグループが陣取っていた机の一角に座った。 アカリのお弁当を、彼女のフォークを使って、美味しそうに食べていく姿や、 大嫌いであるはずのコズエ達と、親しげに笑いながらしゃべる姿は、 イガラシアカネにしか見えない。 実は彼女は偽者で、そいつは、イガラシアカネの制服や下着まで奪って、 彼女に成り済ましているなど、誰が、気がつけるだろうか。 今、コズエに、そいつはアヤよって言ったらどうなるだろうか。 本物のアカネは、全裸で準備室に縛られているって言ったらどうなるのか。 何も無いような顔をしてアカネに成り済ましているアヤに、リサは恐ろしいまでに 感動すら感じていた。
3、 いつの間にか、寝てしまったらしい。 時計を見ると、二時間ほど寝ていたらしい。 公園に居た園児も保護者も姿を消していた。 自分一人だけかと思えば、一組の親子が砂場で遊んでいた。 たぶん隣の幼稚園の園児だろう。 制服に三つ編みが良く似合っている。 その横には、優しげな母親が一緒になって笑っている。 多分、私よりも少し年は上。 花柄のロングスカートはいかにも、清楚らしい装い。 「私も、あんなお母さんになれたらな・・・」 そうじゃない。 アヤは? すっかり、リサは自分がここにいる理由を忘れかけていた。 「ママ、あのお姉ちゃん、起きたよ」 「あら、そうね。ちょっとお話してくるから、ユミちゃん、ちょっとだけ、待っててね」 「うん」 女性はリサの方に歩いてくると、リサの前で立ち止まった。 「お久しぶり、リサ」 「えっ?」 知り合いように私の名前を言ってくる女性の顔に覚えは無かった。 30代前半と思える上品そうな女性だった。 「失礼ですが、どちら様でしょうか?私・・・」 「あら。残念。親友を忘れたの?私よ。アヤよ」 「えっ!!アヤ?だって、別人。それにあの子は?」 「でも、今はアヤじゃないわ。タナカユウコっていうの。 あの子は娘のユミよ」 「えっ。あの子はアヤの娘。えっ、アヤ、結婚したの?」 「どうやら、分ってないようね」 そうアヤを名乗るタナカユウコは、砂場で遊んでいる女の子の手取って、 また、リサの方に戻ってきた。 「ついて来て」 そう、言うとさっさと先に歩き始めた。 どこまで行くのかと思ったら、公園のすぐそばに建つマンションに入っていく。 その親子と一緒のエレベーターに乗る。 リサは、だんだんと自分の頭で、この目の前の事実を整理し始める。 そして、ある推理をした。 推理というか、タナカユウコが発した言葉の通りの説を・・・ だが、仲良く女の子に接する彼女を見ると、そんな風には思えなかった。 「どうぞ」 「おじゃまします」 見た感じ、普通のマンションの一室だった。 小さな子供が居るせいか、リビングにはおもちゃが散らかっている。 「ユミちゃん、手を洗おうね」 「はーい」 そう母親が言うと、娘は何処かに消えた。 多分、洗面所に行ったのだろう。 「リサ、こっちよ」 きっと夫婦の寝室なのだろう。 大きめなベットが置いてある。 アヤと名乗るタナカユウコは、クローゼットを勢いよく開けた。 「やっぱり」 「あら、もう分った」 「ええ」 そこには、下着だけで眠らされた本物のタナカユウコがいた。 「で、なんでこんなことするわけ。見た感じ、ごく普通の主婦だと思うのだけど?」 「その通り。だからよ。世間を騒がしている怪盗が、ごく普通の主婦になっているなんて誰も思わない。だから、今日はのんびりリサとお話できるわよ。ね?」 「ねって言われても。これを見ちゃうと」 リサは眠らされたタナカユウコを見下ろした。 「まぁまぁ。今日は、リサにもこの気持ちを味あわせてあげるわよ」 「どういうこと?」 「その椅子に座って」 指差した先には鏡台の前の小さな丸型の椅子。 リサは何も分らないまま、アヤの迫力に負け、言われたとおりに座った。 アヤは、バックからマスクを手に取ると、リサの背後に近寄ると一気にリサの顔に貼つけた。 いきなりだったのと、ひんやりと冷たさで、思わずリサは声を上げてしまった。 「もういいわよ。目を開けて」 「もう、何をするのよ・・・・」 ・・・・誰? 次の言葉がリサからは、出なかった。 「どうしたの?驚いた?ほらこうすると、双子みたいじゃない?」 そう、リサは、タナカユウコの顔になってしまったのだ。 鏡には、タナカユウコが二人。 「さぁ、着替えましょう」 もう一人のタナカユウコが、いまだに呆然としているタナカユウコに耳元で囁いた。 リサは、この時初めて、アヤの気持ちが分ったような気がした。 自分ではない誰かになるという気持ち。 自分ではない他人の人格までもまとう気持ち。 こんなに気持ち良いものなのだろうか。 こんなにも興奮するものなのだろうか。 興奮状態を必死に自分を抑えていた。 そんな気持ちを悟ったのか、アヤは、リサを見ながら、ふっと笑った。 「じゃあ、これを着てね。早く、しないと、あの子が来るわよ」 「私、無理。だって・・・」 「大丈夫よ。私なんて、昨日から成り済ましていたのよ」 「えっ!じゃあ、あの人、もう一日中、眠っていて、大丈夫なわけ?」 「平気、平気。起きないわよ。昨日なんて、私がベットの上で奇声をあげていたのにね」 「まさか・・・」 「結構、カッコいい男だったし、それに上手かったわ。きっとリサも気に入るわよ。 鏡を見なさい」 そう言われ、リサは鏡台に背を向ける。 「今の貴方は、サトウリサじゃない。貴方は、タナカユウコなのよ。 これをはめて」 アヤは、指につけていた指輪をリサに手渡す。 リサは、それを左手の薬指に通していく。 身も心も、タナカユウコに支配されていくような、なんだか、 本当に自分が別人になっていく気がリサはした。 「これで貴方は、タナカユウコよ。後はこれだけよ」 そう言うと、着ていたセーターと、履いていたロングスカートをベットの上に置いた。 リサが着ていた服を脱いで、渡されたセーターを羽織ろうとした時、アヤはそれを止めた。 「何、やってるの。下着を脱いで」 「えっ、何で?」 「良い?あなたはタナカユウコなのよ。別人の下着を着ていては駄目じゃない。 あなたが着るのはあれよ」 指差したのは、クローゼットの中で縛られている本物のタナカユウコだった。 「まさか・・・」 リサが思わず浮かんだ行動を、アヤは裏切ることなく行動した。 眠らされているタナカユウコからブラとショーツを取っていく。 「はい」 渡された下着は、生温かかった。 「これ、着ないとだめ?」 「当たり前よ」 思わず、リサは笑ってしまった。 それは、眠っていた時に思い出した高校時代のアヤとだぶって見えたからだ。 アヤは、あの頃と変わってない。 ただの変態だと、そう思った。 服を着たら、見えないのに・・・・
4、 違うのよ!! そいつは、私じゃないのよ!! クローゼットの中のタナカユウコは、必死に体を動かそうとした。 紐が解けなくてもいい。 せめて、夫に気がついて欲しい。 でも、そんな気持ちと裏腹に体はまったく言うことを聞かなかった。 誰かが、私に成り済ましている。 偽者の自分が夫と寝ているのに・・・ 何も出来ないだなんて・・・ それせせら笑うように、板の向こうからは聞きたくもない音が響いていた。 「んっ、んっ……んんっ」 「うっ……はぁ、はぁ」 「んんん〜っ、んふぅっ。はぁん、あむっ……ふむぅ」 「す、すご……ユウコ」 「気持ちいいでしょ。昨日までの私とどっちが気持ちいい?」 「はぁ、はぁ……ど、どうしたんだよ。こんなに……」 「ユウイチ……ん、ん、んっ」 おわりです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ つまらないストーリーでごめんなさい。 誤字脱字は許してください。 |