ラスト・クリスマス
                嵐山GO(β)


 『再会』などというものは小説に書かれているような、そんな劇的なものじゃない。
 映画のワンシーンのように感動のあまり涙を流す、なんて事もありはしない。
 少なくとも、あの日まで僕はずっとそう思っていた・・・。

 そう、あの日・・・僕は一人で迎えるイブの夜から逃れるために街へと飛び出した。
彼女と別れて、もう何年経つのだろう?その間、僕はずっと一人だ。
なぜ別れたのかと聞かれても決定的な理由などありはしない。
誰にでも一度や二度はある、ささいな口喧嘩というやつだ。
だがクリスマスが近づき、一年が終わろうとする頃にはいつも彼女を思い出してしまう。
そして毎年、イブになると寂しさを紛らすために町に出る。
何故?もしかしたら彼女と会えるかもしれないという期待からか。
そうかもしれない・・・だが今も彼女が、この街にいるとは限らない。

 だが、彼女はいた。
僕と別れて何年も経つというのに、彼女はまだこの町に住んでいた。
もし空からサンタクロースが誤って落としてしまった玩具を、同時に拾おうとして
顔を合わせていたら、どんなに素敵な再会だっただろう。
でも、現実はそうではなかった。
僕はやっとの思いで彼女を見つけたのに、悲しい事に声を掛ける勇気が無かったのだ。
誰もが一生のうちに何度か体験するような、ごくありきたりの遭遇で物語りは幕を開ける。

 ショッピングセンターのレコード売り場に彼女はいた。
何のレコードなのか見えなかったけれど、とにかく彼女はそれを持ってレジに行き
支払いを済ませようとしていた。
僕は声を掛けようと少し近づいたけれど、プレゼント用にラッピングを頼んでいるのを聞いて
躊躇してしまった。

しばらく後を付いて行くと今度は食料品売り場にたどり着いた。
買い物をするわけでもない男が、こんな所でうろうろしていては怪しまれる。
僕は、もう諦めて帰ろうとした。
「ここまで来て諦めるのかい?」誰かが耳元で囁いた。
誰?驚いて辺りを見回したが誰も、それらしい人物はいない。
「僕が助けてあげるよ」
また、同様の声が聞こえ、直後僕の身体は自由を失った。
僕の身体は僕自身の束縛から解放されたかのように、勝手に歩き始めた。

 一方、彼女はお目当てのシャンパンを見つけ、手押しカートに差し込んだところだ。
僕の身体は気づかれぬように彼女の背後からそっと近づき、彼女のコートの裾を引っ張った。
彼女が振り返ったとき、辺りの騒音が一切消え、しばし時が止まった。
「じゃ、あとは頑張ってね」先程の声が聞こえ、そして消えた。
僕は自分の身体を取り返したが、極度の緊張ですぐには動かすことは出来なかった。
彼女は、そんな僕の顔を見ても何が起きているのか判断しかねているようだった。
でもすぐに大きく目を開いて、僕を思いっきり抱きしめてくれた。
刹那、僕は幸福だった。

 でも同時に大変なことも起きた。
彼女の持っていた財布が床に落ち、口金が開いて多くの小銭が辺りに転がったのだ。
彼女がカートを端に寄せている間、僕は懸命に小銭の行方を追った。
僕らはかがみ込んで小銭を拾いながら笑いに笑った。
小銭の件はともかく、僕らの不思議な再会劇はこうして始まった。
全てを拾い終わり立ち上がるまでに、何か言葉を交わしたような気がするけど覚えていない。

 僕はカートを押すのを手伝い、食料品をレジまで運んだ。会計され袋に詰められる。
その間、僕らは会話もせず、ただきまり悪く突っ立っていた。
外に出て僕が最初に言葉にしたのは、良ければちょっと飲みに行かないか?という月並みな
台詞だった。
彼女は「ええ」と答えてくれ二人で歩き出したが結局、どこの店も派手な装飾の中で
音楽が鳴り響くので断念せざるをえなかった。
たぶん、お互いにそんな気分じゃなかったんだと思う。

 駐車場に停めてあった僕の車の中で、彼女はシャンパンを開け僕らは再会を祝した。
無邪気さに、そして現在に乾杯した。
狭い車の中で買ってきたばかりのグラスが小さな音を響かせる。
そうだ、僕らがこうやって向き合うのは6年ぶりだった。
でもまるで、知り合ったばかりの初心(うぶ)な少年少女のように口数が少ない。

 外の明かりに反射したリングを見て、重かった僕の唇がようやく滑らかになった。
結婚したの?と聞くと彼女はコクリと頷いてみせた。
同い年のサラリーマンよ、と彼女は言った。
その人はとても優しいとも言ったが、彼女の唇は乾いていた。
さらに少しだけ顔を上げて何か言いかけたがやめた。
たぶんその人を愛していると言いたかったのだろう。でも彼女は言葉にするのを拒んだ。

 僕はこの何年かが君にとって、とても良かったんだねと言い、君はあの頃と変わらず
今も綺麗だと付け加えた。
彼女は有難うと言ったが、その瞳の中に僕が見たものは疑いなのか、喜びなのか
見出すことは出来なかった。

 ちょっとした間があった後、彼女は努めて明るく話し始めた。
だが一つ一つの単語が正しく使われているか確認するような、自信無さげな
口調にも聞こえた。
彼女は、もう何年も前に僕を隣町のレコード店で見かけたと言う。
すごく楽しそうに店のオーナーとお喋りをしていたので声を掛けなかったけれど、
上手くやってるに違いないと思ったと言う。
そういえば僕も今日、最初に君を見かけたのは上のフロアーのレコード売り場なんだと言った。
その時に声を掛けてくれていたら、小銭を落とさずに済んだのにねと彼女は笑った。

 何のレコードを買ったのか聞くと、ブレッドよと言って僕を驚かせた。
それはあの頃、僕らが大好きなグループの名前だったからだ。
でもブレッドのレコードって廃盤じゃなかったっけ?
彼らの名前を出すごとに時間が少しずつ戻っていく気がした。
再発したのよ。ほらデビッド・ゲイツが最近ソロで売れてるじゃない?だからね。
彼女が自分の好きな話をするときの表情は、本当に昔とちっとも変わっていない。

 今の彼もブレッドが好きなのかい?彼女は俯き首を横に数度振った。
でもプレゼントみたいだったけどと言うと、うんと短く答えた後、これは自分への
クリスマスプレゼントなのと言った。
「イフ」という曲を覚えてる?と聞くと、今でも歌詞カードを見なくても歌えるわと
言った。
嫌でなければ歌って欲しいと頼むと、覚えていたら一緒に歌ってねと言い、
僕らは歌い始めた。

「もし人が一度に二つの場所に行けるとしても 私はあなたの傍にいたい
    もし動きが止まり世界の終末が近づいてくるとしても 私はあなたと一緒にいたい・・・」
 歌い終えた二人は静寂の中、お互いに触れ合おうとしたが僕らのどちらも、
なす術を知らずただじっとしていた。

 僕らは残ったシャンパンを二人で分け、もう一度乾杯した。
彼女はゆっくりと飲み干すと、もう行かなくっちゃと言った。
後部座席に置いてあった荷物の確認を終えると、僕のほうを見ながら言った。
私たち別れる時、あなたが私にこう言ったのを覚えてる?
「チャンスは道端に落ちている。僕らはそれを拾いながら大人になっていくんだ」と。
ああ、覚えているよ。
でも「幸せ」という宝石は一つしかないの。それを逃してしまうと他の石ころに
混じってもう見つけることは出来ないのよ。
・・・そうかもしれない
あなたは今、幸せ?
・・・わからない
そう・・・・
君はどうなの?幸せ?
・・・・・

 彼女は無言で僕の問いに答え涙を隠した。二人の会話もそこで途切れた。
君の家の前まで送るよと言ったが、彼女は首を横に振った。
ごめん、配慮が足りなかった。君たちの家に行こうとするなんて。
彼女はもう一度首を横に振った。
細かな雪がフロントガラス越しに見える。舞っては消え、現われては溶けていく。
どうやらホワイトクリスマスになりそうだ。
やはり彼女は何も言わない。まるで言葉を忘れてしまったかのように。

 長い沈黙が気まずさだけを保っていた。
彼女は意を決しドアを開いた。そして出て行く前に振り返って僕にキスしてくれた。
今日は神さまが二人を引き合わせてくれたのね・・・良いクリスマスを。
そう言うとドアを閉め、僕は一人車内に取り残された。
彼女の後ろ姿が街灯の下で小さくなっていくのを見送った。

 ラジオのスイッチを入れると、DJがワムの「ラストクリスマス」をかけた。
曲を聴きながら、ふと後部座席に目を移すと、そこには彼女の買ったレコードが
残されていた。
手に取ると包装紙に走り書きでこう書かれている。
「もし行かなければならないとしても 私はあなたの傍に残りたい」
僕は目を閉じ神さまに感謝しながら、あの頃の自分をもう一度思い出し、
そして泣いた・・・。

                                        (終)

 *BREAD 「If」