会社から帰って来て

作:夏目彩香(2003年4月7日初公開)

「お先に失礼します。」
いつものように上司に挨拶を済ますと、畑野織恵(はたのおりえ)は制服から私服に着替えるために更衣室へと向かった。今はまだ会社の制服を着ている織恵。上はピンクのブラウスにアクアブルーのベスト、下はピンクのフレアスカートと言う姿。ひざが見えるくらいのスカートの中からグレーのストッキングが見えている。黒のローヒールパンプスは彼女のお気に入りのものだ。

女子更衣室に入ると誰もいないことを確認してから、更衣室の鍵を閉めた。会社の中に他の女子社員はすでに帰ったことを確認しているのだが、念には念を入れなくてはならない。彼女はここで何をしようと言うのだろうか。

自分のロッカーの鍵を回して扉を開くと、中には織恵の私服がハンガーに掛けられている。もちろん今日の朝はこの服を着て通勤してきた。着替えをするためロッカーに置いてある長いすの上に自分の私服を置くと、さっそく制服を脱ぎ始めた。

制服を脱ぐと下着姿の織恵がいた。今は女子更衣室には誰もいないのでその姿で中を歩き回る。大きな鏡の前で立ち止まると、下着モデルのようにポーズを決めてみては楽しんでいた。

それが終わると織恵は、長いすの上にかけておいた私服を着始めるのだった。春とは言っても外はまだ寒い時があるので、上にはパープルの厚手のカーディガンを着用して、下は丈の長い黒のプリーツスカートを身につけた。さきほどと同じように大きな鏡の前でポーズを決めて見せては、着こなしを見て楽しんでいるようだった。

着替えが終わると織恵は自分の家へと向かう。彼女の実家が会社から歩いて10分のところにあるので、通勤時間がとても短い。いざとなった時にはいつでも帰ることができるほど近い場所にあった。

家までの道をコツコツと歩いて来ると、すでに実家の門の前にいた。インターホンを鳴らすと、彼女の家の門が開いた。そして、指の指紋認証で玄関の扉が開くと彼女は家の中へと入って行った。

靴を脱ぎ散らしたまま家の中にあがる彼女。3階にある扉を開くと、織恵の好きなピンクで統一されたレイアウトの彼女の部屋が現れた。ベッドの上にあるピンクのうさぎのぬいぐるみは子供の時から大切に使っていて、織恵はこれが無いと眠れないのだ。

織恵が部屋に入ると、まずはしっかりと部屋の鍵を閉める。そして、そのままの姿でベッドの上に飛び乗った。プリーツスカートが乱れた状態で彼女の足を隠している。そして、そのままの姿で目の前にある大きな鏡に見とれていた。どうやらスカートの中からちらりと見える下着を見ているようだった。

織恵の部屋には大きなクローゼットがある。織恵がベッドの上から離れるとこのクローゼットの方へと向かって行った。クローゼットをゆっくりと開けると、なんとそこには織恵の妹である志穂梨(しほり)がいた。志穂梨はまるでかくれんぼをしているかのように丸くなっていた。

高校の制服を着たままの志穂梨、典型的な紺のプリーツスカートに紺のセーラー服だが、胸にある大きなリボンが特徴で、これを着たいと思って行きたい高校を決めたくらいである。足には紺のハイソックスを履いている。いつもの志穂梨にしては何かおかしい。

「どうして志穂梨がこんな所にいるの?」
織恵はとっさに独り言を言うと、志穂梨はニッとした顔を見せ来た。
「ん?織恵、お姉ちゃんね。ようやく帰ってきたんだ。お、いや私ここでお姉ちゃんが帰るの待ってたの。」
不気味な表情を見せる妹の姿だと織恵は感じていました。
「あんた。志穂梨じゃないでしょ。一体誰なのよ?」
織恵は怪しい雰囲気を感じ取ったのか、まくし立てる口調でもって妹を罵(ののし)りました。
「どうして?私は志穂梨よ。」
クローゼットの中で志穂梨が立ち上がると、かわいい瞳をうるうるさせながら織恵に訴えてきました。
「わかったわ。あなたは一応、志穂梨と言うことにしておくから。」
そう織恵が言うと、志穂梨はホッとした表情を浮かべたようだ。
「ありがとう。お姉ちゃん。」
しかし、よく考えてみるとさっきの言い方がおかしいことに志穂梨が気づいたようだ。
「ありがとう。……じゃねぇよ。一応ってなんだよ。一応って。」
志穂梨の口調がどうもおかしい、どこか頭でもぶつけたかのごとく、丁寧な口調が消え失せてしまった。
「あなたって志穂梨みたいに見えるけど、本当は違うんでしょう。私にはわかるのよ。」
「そうかぁ。じゃあ、俺の負けだ。」
そう言った途端に志穂梨の話が終わらないうちに織恵が話し出しました。
「あなたは志穂梨よ。志穂梨なの。そんなんじゃ負けちゃ駄目。」
志穂梨は一瞬表情が固まったが、状況を把握したのか、すぐに気持ちを入れ替えた。
「うん。私は志穂梨よ。志穂梨。そして、目の前にいるのは私の大好きな織恵お姉ちゃん。でしょ。でしょ。」
「そうそう。聞き分けのいい子ね。私は織恵よ。織恵。私たち姉妹よね。」
「決まってるじゃない、私たちは昔から中のいい姉妹よ。」
なぜか、志穂梨と織恵はこうやってお互いを姉妹だと認め合いました。本当の姉妹ならこんなことをしなくても当然なのですが、どういうことなんでしょうか。

クローゼットの前に立っている織恵とクローゼットの中にいる志穂梨。2人の不思議な会話はまだまだ続いていた。
「それでさぁ。志穂梨?私、やってもらいたいことがあるんだけどね。」
「何をやってもらいたいの?」
志穂梨はおっかなびっくりの表情で聞き返す。
「簡単なことよ。目を瞑ってくれる?」
すると志穂梨は素直に目を瞑りました。織恵は志穂梨のスカートの中から小さな小瓶を取り出すと、素早く瓶を開け閉めした。
「開けていいよ。」
さっきまで聞いていた織恵の声とは少し違いましたが、目を開けました。すると、目の前には織恵がさっき身に着けていた服装をした志穂梨の姿が現れたのだった。上にはパープルの厚手のカーディガンを着用して、下は丈の長い黒のプリーツスカートを着ている織恵では無く、志穂梨だった。そして、さっきまで志穂梨だったはずの自分自身はセーラー服を身につけた変態男に変わっていた。いや、正しくは男に戻ったのだった。彼の名前は畑野賢二(はたのけんじ)、織恵や志穂梨とは父親同士が兄弟(賢二の父が長男で織恵と志穂梨の父が次男)のためいとこの関係なのだ。

なんと賢二は謎の小瓶を手に入れて、志穂梨を小瓶の中に閉じこめ、自分が志穂梨に変身をして志穂梨の服を着て楽しんでいたのだった。織恵の部屋にいる時に織恵が帰ってきたものだから隠れるしか方法は無く、ついにご用となってしまいまったのだ。

「賢ちゃんだったのね。」
志穂梨に変身した織恵に叱られると言うのはなんだか変な感じがする。小瓶の中にいる志穂梨も怒っている表情を見せている。
「だから、悪気はなかったんだって。」
「何を言ってるのよ。私の大事な妹のふりをするなんて。」
志穂梨の姿をした織恵なのだから、賢二にとってはおかしな感じから抜け出すことができない。
「志穂梨に変身して、志穂梨の制服を着て、織恵の部屋で勉強していただけだって。変なことはしてないんだから。」
必死に抵抗するのですが、セーラー服を着ている彼には説得力がありません。賢二の体格は男としては小さな方、志穂梨たちは体格のしっかりした女の子だったためセーラー服のサイズはほぼぴったり、志穂梨の姿をしている織恵にも意外な発見だった。
「まぁ、いいわ。とりあえず、着替えたら?着替えはどこにあるの?」
「志穂梨の部屋に隠して置いてあるって。」
志穂梨の部屋は織恵の部屋の向かいにある部屋。
「じゃあ、ここには無いのね。この部屋から出るのは駄目だから、服と下着を脱ぎなさい。」
そう命令されると、賢二は服と下着を脱いで真っ裸になってしまった。しかもなぜかこの部屋から出してくれないのとは、よく知っているいとことは言えとても苦痛だった。それも全裸の姿で女の部屋にいるのだから当然だろう。

志穂梨の姿をしている織恵は志穂梨を小瓶から開放するべく、小瓶のふたを半開きにする。この小瓶の性質でふたを緩めると中にいる志穂梨の意識が無くなるのだ。更に織恵はもとの織恵の姿に戻っていた。ふたを開けて、中から志穂梨を取り出すと徐々に大きくなり、元の大きさになって志穂梨が開放された。志穂梨の意識が戻るとクローゼットの中で着替えを済ませ、セーラー服姿の本物の志穂梨に戻った。

志穂梨が元に戻った時点で、賢二の方をじっとにらみつけ、許してやらんとばかりに、裸になった賢二の背中に向かって思いっきりビンタをしてやった。これにはとても痛そうな表情を見せる賢二。十分に懲らしめたところで、志穂梨と賢二は志穂梨の部屋に行き賢二の着替えをし、志穂梨が賢二の家まで送っていくことになった。

一人家に残った織恵は、志穂梨を開放した小瓶を手にとって見つめていた。化粧台の上に小瓶を置くと、会社に行くときに使うバッグを床から拾い上げ、中にある携帯用の化粧道具を取り出す。

すると、いつも持ち運んでいる化粧道具の中に、志穂梨を開放した小瓶と同じものがあるではないですか、織恵がこの小瓶を手に取ると、中身に向かって話かけている。
「今までのずっと聞いていたかなぁ。畑野さん。妹の様子がおかしいって言うから、僕が代わりに解決してあげたよ。最近、この小瓶が流行ってるからね。気をつけなよ。」
小瓶の中の織恵は何かを訴えているようだが、まったく持って聞こえてこない。
「何?僕はもちろん君をよく知る人物だけど正体は明かせないね。可愛い畑野さんの体に変身できたこと、それで十分だったけど、妹もよかったよ。」
小瓶に向かって話かける織恵の正体は結局、誰にも知られることがなかったのだ。

あとがき

私のサイトで3万ヒットに近い数字を申告してくださったtoshi9さんへこの作品を贈ります。最近連載を初めた「好きよ好きよも今のうち」に登場する小瓶による変身ものです。最近は、この手の話を書くのが好きです。この作品はもともと女の子を3人登場させようと思ったのですが、話の展開上2人になりました。時にはこう言った短編も書きたいですね。これから忙しくなるので、あまり期待できませんが応援ください。それでは、この作品をtoshi9さんへ贈りますね。よろしくお願いします。

2003.4.5 夏目彩香

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