やっぱりスカート #27 フレアパンツ 作:夏目彩香 by Saine ※この小説は夏目彩香風の小説が書けるように独自に調整したAIエンジン「Saine」(通称)を執筆に用いています。 秋の夕暮れが、若本(わかもと)家のリビングを穏やかなオレンジ色に染め始めていた。 影山隼人(かげやまはやと)は、預かった鍵で玄関の扉を開け、静まり返ったマンションの室内へと足を踏み入れた。 タイトなチャコールグレーのセットアップに身を包んだ、若本美咲(わかもとみさき)と全く同じ姿。細めのアウトソールを持つ高めのヒールが、玄関のたたきにカツンと硬い音を響かせた瞬間、影山の胸の奥で、心臓が早鐘のように激しく鳴り始めた。 ここは、彼女が女手一つで二人の娘を育て、守り抜いてきた最もプライベートな聖域だ。 ホテルで美咲から託されたミッション。それは、夕方に帰宅する美波(みなみ)と咲(さき)の二人の娘に対し、完全に「お母さん」として違和感なく振る舞い、家族の空気の中に溶け込めるかという、影山にとってこれ以上なく過酷なテストだった。 影山は、細い指先で慎重にヒールを脱ぎ、備え付けのスリッパへ足を滑り込ませた。土踏まずを突き刺していた鋭い傾斜から解放され、足首の筋肉がホッと安堵の息を吐く。しかし、休む間もなく影山は寝室へと向かった。 もうすぐ娘たちが帰ってくる。大人の女性が社会で戦うための、この窮屈なタイトスカートの鎧を脱ぎ、家事をするための「母親の日常着」へとスイッチしなければならない。 美咲のクローゼットを開ける。きちんと整理された衣服の群れの中から、影山は一着のボトムスを引き出した。 それは、とろみのあるジャージー素材で仕立てられた、ディープグリーンのフレアパンツだった。 セットアップのタイトスカートを脱ぎ、フレアパンツに両脚を通す。ウエストまで引き上げた瞬間、影山の口から小さく息が漏れた。 スカート特有の、両脚の間に布がない心許なさはどこにもない。股下から裾にかけて布がしっかりと分かれており、脚全体が筒状の生地に包まれている。パンツスタイル特有の、大股で歩ける圧倒的な安心感。 しかし、かつて本来の身体で穿いていたチノパンやジーンズのような無骨な硬さとも全く違う。太腿から膝にかけては程よくフィットし、膝下から足元に向かって、まるで釣鐘のように優雅に広がっているのだ。 影山は、姿見の前で数歩だけ歩みを進めてみた。 スリッパがフローリングを擦るたびに、たっぷりと生地が使われた裾が、バサリ、バサリと大きく波打つように揺れる。パンツでありながら、歩くたびにまるでロングスカートのようにフェミニンなドレープを作り出し、脚の動きに艶やかな余韻を残していた。 動きやすさと、女性としての柔らかさを両立させた衣服の機能美。 タイトスカートのように歩幅を細かく制限されることはない。男である影山が少しばかり大股で不器用に動いたとしても、足元で広がる柔らかな布の波が、その無骨な動きをすべてエレガントな「母親の忙しなさ」として包み込み、隠してくれるような包容力があった。 「よし……」 影山(美咲の姿)は、上半身をアイボリーの柔らかいニットに着替え、キッチンへと向かった。 壁掛けのフックから、シンプルなリネン素材のエプロンを手に取る。首に紐を掛け、腰の後ろで蝶結びを作ろうとするが、太いカメラ機材を扱ってきた無骨な精神の癖が抜けず、背中に回した細い指先がうまく動かない。何度も結び直して、ようやく不格好なリボンが出来上がった。 包丁を握り、冷蔵庫の中身を確認する。 娘たちに、夕飯を振る舞わなければならない。料理は男の独り暮らしでそれなりに自炊をしてきた経験があるが、年頃の女子高生二人が喜んでくれるようなメニューを作れるだろうか。 まな板の上に野菜を並べ、少し不格好な手つきで包丁を動かし始めた時だった。 ガチャリ、と玄関の重い扉が開く音が、マンションの廊下に響き渡った。 「ただいまー! お母さん、いるー?」 「ただいまー。ケーキ買ってきたよー」 次女の咲の元気な声と、長女の美波の少し弾んだ声が、リビングへと近づいてくる。 影山の背筋が、ビクッと強張った。エプロンの下で、フレアパンツの裾が極度の緊張に微かに震える。 リビングのドアが開き、二人の娘が顔を出した。私服校に通う咲はボーイッシュなパーカー姿で、私立に通う美波は指定のチェック柄プリーツスカートを穿いている。そして美波の手には、可愛らしいリボンの掛かったケーキの箱が大切そうに抱えられていた。 「お母さん、お誕生日おめでとう!」 「おめでとー! 駅前のケーキ屋さん、限定のやつギリギリ買えたんだからね!」 二人の明るい祝福の声が、キッチンに立つ影山(美咲の姿)に真っ直ぐに向けられる。 影山は、手にした包丁を置き、ごくりと息を呑んだ。今日が美咲の誕生日であることは、もちろん知っている。だからこそ、今日の昼間に彼女をデートに誘ったのだから。 しかし、娘たちから直接「母親」としての祝福を受けるのは、全く予想していなかった。自分が愛する女性が、こうして娘たちから心底愛され、大切に祝われている。その温かい家族の空気を真正面から受け止めたことで、影山の胸の奥がじんわりと熱くなった。 「あ、ありがとう……二人とも。すごく、嬉しい……わ」 女性の少し高めの声帯を震わせながら、影山は必死に「母親」の柔らかいトーンを模倣した。顔が引き攣っていないか、言葉遣いはおかしくないか。冷や汗が背中を伝う。 しかし、姉妹は全く疑う様子もなく、リビングのテーブルにケーキの箱を置いた。 「今日の夕飯、お母さんの好きなもの作ろうか? お誕生日だし、私たちが手伝うよ」 美波が、プリーツスカートの裾を揺らしてキッチンへと歩み寄ってくる。 「あ、いや……手伝いは大丈夫だから。二人とも、今日は私が作るからゆっくりしてて」 影山が慌てて両手を振ると、美波は不思議そうに首を傾げた。 「そう? じゃあお言葉に甘えよっと。……なんか今日のお母さん、いつもより少しだけテンション変じゃない?」 「そ、そうかしら……?」 影山は、動揺を悟られまいと、慌てて冷蔵庫の方へ向き直った。その少し大股で無骨なターンに合わせて、ディープグリーンのフレアパンツが大きく、バサリと波打って翻る。 「でも、そのフレアパンツ、家の中で動く時もすごく綺麗だね。なんか、お母さん今日、家事してるのにすごく格好いい」 美波が、感心したように影山の足元を見つめて呟いた。 「あ……ありがとう」 影山は、ほっと胸を撫で下ろした。 自分の不器用で男らしい大股の動きが、フレアパンツのたっぷりとした裾の揺れによって、美波の目には「テキパキと家事をこなす格好いいお母さん」として映っていたのだ。 この服が、俺の不器用さを隠し、母親としての輪郭を守ってくれている。 影山は、エプロンの紐をもう一度ギュッと引き締め直した。 彼女が毎日、このキッチンに立ち、自分の誕生日でさえも娘たちのために愛情を込めて料理を作ってきたのだ。自分が今、その大切な役割を代行している。娘たちが買ってきてくれたケーキを、最高に美味しい状態で食べさせてあげたい。 「よし。ケーキに合う、美味しいもの作るから……待っててね」 影山の口から自然とこぼれたその声には、単なる変身の演技を超えた、彼女の娘たちを心から喜ばせたいという、不器用で真っ直ぐな大人の愛情(父性の萌芽)が確かにこもっていた。 キッチンに戻った影山は、エプロンの不格好な結び目をもう一度ギュッと引き締め直し、まな板の前に立った。 メニューは、男の独り暮らしで作り慣れている、少し無骨だがボリュームのある煮込みハンバーグだ。冷蔵庫にあったひき肉と玉ねぎをボウルに入れ、白く細い指先でこね合わせる。 かつての分厚く硬い手のひらとは違う、華奢で柔らかな女性の手。力を込めているつもりでも、指の間からすり抜けていく肉の感触がもどかしく、空気を抜くために肉の塊を両手でキャッチボールのように叩きつける動作も、どうにもぎこちなく不器用な音を立ててしまう。 キッチンと冷蔵庫、そしてシンクの間を、少し慌てたような大股ですり抜ける。 そのたびに、ディープグリーンのフレアパンツがバサリ、バサリと大きく波打った。股下から足首にかけて、とろみのあるジャージー素材が脚にまとわりつき、そしてすぐに豊かなドレープとなって離れていく。 タイトスカートのように歩幅を細かく制限し、骨盤を垂直にロックするような息の詰まる拘束感はどこにもない。けれど、ただのズボンのように無機質でもない。大股で動けば動くほど、たっぷりと使われた生地が揺れて女性らしい柔らかな残像を作り出し、彼の中にある大人の男性特有の無骨な動きを、すべて「家族のために忙しく立ち回る母親の躍動感」へと美しく変換して包み込んでくれていた。 それが、どれほど影山の精神的な拠り所になっていたか。 社会で戦うための気高い鎧を脱ぎ、プライベートな空間で家族を守るために纏う、優しさと機能美を両立させた衣服。彼女が毎日、この服の包容力に守られながら、女手一つで娘たちのために立ち回ってきたのだという事実が、揺れる生地の重みとともに影山の細胞へ直接伝わってくる。 やがて、ダイニングテーブルの上に、熱々の煮込みハンバーグと、彩りよく盛り付けられたサラダ、そして温かいスープが並べられた。 「わあ、美味しそう! お母さんのハンバーグ、久しぶり!」 咲が、スウェットの袖をまくり上げながら目を輝かせる。 「なんか今日、いつもよりお肉のボリュームすごくない? お誕生日だから特別?」 美波も、プリーツスカートのひだを綺麗に整えて椅子に座りながら、少しだけ不思議そうに、けれど嬉しそうに笑った。 「ええ……お誕生日だし、二人とも育ち盛りだから、たくさん食べてほしくて。さあ、冷めないうちにどうぞ」 影山(美咲の姿)は、エプロンを外し、二人の向かいの席に腰を下ろした。座る動作に合わせて、フレアパンツのディープグリーンの生地が、太腿から膝にかけて滑らかに広がり、テーブルの下で豊かな波を作って落ち着く。 「「いただきまーす!」」 二人の娘が、揃って手を合わせ、ハンバーグにフォークを入れる。 熱々の肉汁が溢れ出し、特製のソースと絡み合う。それを口に運んだ瞬間、二人の顔がパァッと明るく花開いた。 「んんっ! すっごく美味しい! お母さん、今日ソースの味付け少し変えた? なんかいつもよりガツンとくるっていうか、お店の味みたい!」 「本当だ、美味しい! 私、この味すごく好き!」 無邪気な笑顔で絶賛する姉妹の姿に、影山の胸の奥が、ぎゅっと音を立てて締め付けられた。 独り身の男が、自分の胃袋を満たすためだけに作ってきた無骨な手料理。それが今、大好きな女性の最も大切な宝物である娘たちの笑顔を引き出している。誰かのために料理を作り、その「美味しい」という言葉を正面から受け取るという経験が、影山にとってはあまりにも新鮮で、そして狂おしいほどに温かかった。 「……よかった。口に合って」 影山は、女性の細い声帯から、微かに震えるような安堵の音を漏らした。 食事の間、食卓には娘たちの他愛のない学校の話や、友人たちの話題が絶え間なく飛び交った。影山は、美咲ならどう返すだろうかと必死に思考を巡らせながら、「そうなんだ」「大変だったね」と、相槌を打つことに終始した。 しかし、その少しぎこちない相槌すらも、姉妹の目には「今日の少し様子がおかしいお母さん」という程度の、愛おしいノイズとして映っていた。 やがて食事が終わり、美波が冷蔵庫から、大切に抱えて帰ってきたあのケーキの箱を取り出してきた。 箱が開けられ、可愛らしいフルーツがふんだんに乗せられたホールケーキがテーブルの中央に置かれる。咲が、手際よくロウソクを立て、部屋の照明を少しだけ落とした。 小さな炎が灯り、オレンジ色の光が、三人の顔を柔らかく照らし出す。 「ハッピーバースデー・トゥー・ユー……♪」 美波と咲の、少し照れくさそうな、けれど心からの愛情がこもった歌声が、静かなリビングに響き渡った。 影山は、フレアパンツの膝の上で、自分の白く細い手をギュッと固く握りしめた。 この祝福の歌は、当然ながら「若本美咲」という女性へ向けられたものだ。自分が受け取るべきものではない。しかし、この温かい光の中で娘たちの真っ直ぐな瞳を見つめていると、彼女が女手一つでどれほどの愛情を注ぎ、この温かい家族の空間を守り抜いてきたのかが、痛いほどに理解できた。 「お母さん、お誕生日おめでとう。いつもお仕事頑張ってくれて、ありがとう」 「おめでとう! これからも、元気でカッコいいお母さんでいてね!」 「……ありがとう。二人とも、本当にありがとう」 影山の声は、完全に涙声になっていた。女性の華奢な声帯が震え、本当に目尻から温かい雫がこぼれ落ちそうになるのを、必死に瞬きをして堪える。 「さあ、お母さん。ロウソクの火、消して!」 美波に促され、影山は小さく息を吸い込み、揺れる炎に向かってそっと息を吹きかけた。 ふっと炎が消え、部屋の照明が再び明るくなる。 「ケーキ、私が切るね! お母さんは一番大きないちごのところね」 咲が包丁を手に取り、不器用ながらも一生懸命にケーキを取り分けていく。 切り分けられたケーキを口に運んだ瞬間、生クリームの優しい甘さと、フルーツの酸味が、影山の口の中に広がった。 それは、ただのケーキの味ではなかった。美咲が毎日守り続けている家族の温かさと、娘たちの無償の愛情そのものの味だった。独り身の男として、薄暗い部屋で一人で食事を済ませるのが当たり前だった影山の孤独な細胞の奥深くに、その甘さがジンジンと浸透していく。 「……美味しい。すごく、美味しいよ」 影山が、本当に美味しそうに、そして少しだけ泣きそうな顔で微笑むと、美波と咲も顔を見合わせて嬉しそうに笑った。 「今日のお母さん、なんか少し不器用っていうか、いつもとテンション違うけど……」 美波が、ケーキのフォークをくわえながら、悪戯っぽく微笑んだ。 「でも、すごく楽しそう。私たちも、なんか今日のお母さん、すごく好きだな」 「うん! ハンバーグも最高だったし!」 咲も大きく頷いて、フォークを突き上げてみせた。 『今日のお母さん、すごく好き』。 その無邪気な言葉が、影山の胸のド真ん中を貫き、大人の男としての揺るぎない覚悟の楔を打ち込んだ。 彼女たちは今、自分の中にある不器用な手料理の味や、少し無骨な相槌のタイミングを、間違いなく「好意的なもの」として受け入れてくれている。自分自身の本当の姿ではないけれど、自分の行動や愛情が、この子たちに確かに届いているのだ。 「あっ、そうだ。お姉ちゃん、あれ!」 咲が思い出したように声を上げると、美波は「うん」と頷いて席を立ち、リビングの棚の方へ向かった。 プリーツスカートの裾を軽やかに揺らして戻ってきた美波の手には、可愛らしいリボンが掛けられた小さな紙袋が握られていた。 「はい、お母さん。これ、私たちからの誕生日プレゼント」 美波が、テーブル越しにその紙袋をそっと差し出した。 「え……?」 影山(美咲の姿)は、予想もしていなかった事態に目を丸くし、アイボリーのニットの胸元で両手を止めた。 「開けてみてよ」 咲に急かされ、影山は震える細い指先で慎重にリボンを解き、中に入っていた小さな小箱を取り出した。それは、上質なアロマバスソルトと、手荒れをケアする高級なハンドクリームのセットだった。 「お母さん、毎日お店で重い段ボール運んだり、私たちのためにご飯作ってくれたりして、最近少しだけ手がカサカサしてたでしょ。だから、お風呂でゆっくり休んで、手もケアしてほしくて」 美波が、照れくさそうに鼻の頭をこすりながら言った。 「私とお姉ちゃんで、お小遣い出し合って選んだんだよ。……いつも、お仕事頑張ってくれてありがとう、お母さん」 咲の真っ直ぐな言葉が、静かなダイニングの空間に落ちた。 その瞬間。影山の胸の奥の最も深い場所で、張り詰めていた太い筋肉の糸が、プツリと音を立てて切れた。 男の独り暮らしで、ただファインダー越しに無機質な建物を切り取るだけの、孤独で乾ききった人生だった。自分のためだけに生き、自分のためだけに食事をしてきた。 そんな不器用な俺が今、大好きな女性が女手一つで命懸けで守り抜いてきた「家族の結晶」のド真ん中に座っている。彼女が毎日どれほどの重圧を背負い、どれほどの愛情をこの子たちに注いできたのか。その証明が、今、小さなハンドクリームの箱の重みとなって、俺の手のひらに乗せられているのだ。 「……っ」 影山の視界が、一瞬にしてぐにゃりと歪んだ。 女性の細く華奢な声帯が、ヒュッと不規則に引き攣る。堪えようとする理性よりも先に、目頭の奥から込み上げてきた圧倒的な熱が限界を突破し、大粒の雫となって頬を伝い落ちた。 「えっ……お母さん!? な、泣いてるの?」 美波が驚いて身を乗り出した。 「うそ、そんなに喜んでくれるなんて思わなかった……。どうしよう、お姉ちゃん、お母さん泣かしちゃった!」 咲が慌てて立ち上がり、影山の背中に回ってその肩をさする。 「ご、ごめん、ね……。すごく……すごく、嬉しくて……っ」 影山(美咲の姿)は、両手で顔を覆い、フレアパンツの膝上で肩を震わせてしゃくり上げた。 男のプライドも、冷静な大人の余裕も、もう何一つ残っていなかった。女性の華奢な骨格が、堰を切ったように溢れ出す涙と嗚咽に激しく揺さぶられる。 ぽたぽたと落ちる温かい涙が、アイボリーのニットの袖口を濃い色に染めていく。 「もう、お母さんったら。大げさなんだから」 美波が、呆れたように笑いながらも、どこか嬉しそうにティッシュを数枚引き出し、影山の手にそっと握らせた。 「……ありがとう。本当に……ありがとう」 影山は、涙でぐしゃぐしゃになった顔をティッシュで押さえながら、二人の娘の顔を交互に見つめた。 この子たちを、そしてこの温かい食卓を、俺が絶対に守り抜く。 美咲がたった一人で背負ってきたこの家族の重みを、今度は俺が、一緒に背負わせてほしい。 大好きな女性の娘たちへ向けた、本物の「父性」にも似た極めて純粋で強烈な愛情が、影山の太い筋肉の記憶と、この華奢な女性の身体の中で完全に融合し、昇華された瞬間だった。 テーブルの下で、ディープグリーンのフレアパンツが、影山の嗚咽に合わせてバサリ、バサリと柔らかく揺れた。 タイトスカートのような息が詰まるような拘束感はない。動きやすさと女性らしさを両立させたその服は、不器用な大人の男が初めて知った「家族の温もり」と「流す涙の熱」を、たっぷりと使われたジャージー素材のドレープの中にすべて優しく包み込み、肯定してくれていた。 秋の夜が、静かに更けていく。 明日、この魔法が解けて、元の無骨な自分の姿に戻ったとしても。 このフレアパンツの揺れの中で知った、彼女たちの笑顔と涙の温もりだけは、影山隼人という男の細胞の奥底に、決して消えない絶対的な愛の記憶として定着し続けていくのだ。 (つづく) あとがき 読んでいただきありがとうございます。夏目彩香です。Saineによる作品はいかがでしたか。 動きやすさと女性特有の柔らかなドレープを両立させたフレアパンツは、社会で戦う気高い鎧を脱いだ「母親の日常」を象徴する衣服です。そのたっぷりとした裾の揺れに無骨な動きを包み込まれながら、家族の温かさを疑似体験する不器用な大人。娘たちからの不意のプレゼントに、思わず女性の身体で流してしまった大粒の涙は、彼の中に強烈な父性と、彼女の人生を共に背負う覚悟を完全に定着させました。涙の熱とジャージー素材の摩擦がもたらす、優しく胸を締め付ける夜の余韻を、皆様にもご一緒に感じていただけたなら幸いです。 読後のご感想などありましたら、X(旧Twitter)の @skyseafar までそっとお寄せいただけると嬉しいです。 |