やっぱりスカート #09 フレア

作:夏目彩香 by Saine

※この小説は夏目彩香風の小説が書けるように独自に調整したAIエンジン「Saine」(通称)を執筆に用いています。



静まり返った空気を変えたのは航(わたる)だった。

「若本(わかもと)店長は、どうしてアパレルの仕事をされているんですか?」

注文を終えたばかりのテーブルへ視線が集まる。

モールの端にあるそのカフェは、館内にあるとは思えないほど落ち着いた空気が流れており、隣席との間には格子状の仕切りが設けられていた。大きな木目のテーブルを囲むように深めのソファーが配置され、照明も暖色系で統一されている。

休日の午後らしい穏やかな時間が流れる中、4人だけが少し別の空間を共有しているようだった。

向かい側のソファーには心優(みゆう)と舞衣(まい)が並んで座っている。

チャコールグレーのボウタイブラウスに黒のマーメイドスカートを合わせた心優は、席へ着いてから何度か無意識に裾を整えていた。腰から膝辺りまでは身体へ沿うように落ち、その下で大きく広がるマーメイドラインは、座った状態でも豊かな布量を感じさせる。

足元の黒いパンプスもまだ履き慣れているとは言い難く、脚を揃え直す仕草にも少しだけぎこちなさが残っていた。

一方で舞衣は、サーモンベージュのボートネックTシャツとサテン生地のマーメイドスカートという比較的シンプルな組み合わせを驚くほど自然に着こなしている。

照明を受けたサテン生地は角度によって柔らかな光沢を見せ、その動きに合わせるように舞衣自身の所作もどこかしなやかだった。

「どうして、ですか?」

若本店長は少しだけ考えるように笑った。

店頭に立っていた時と変わらず、ライトグレーのノーカラージャケットにアイボリーのブラウス、黒のテーパードパンツという落ち着いた装いだ。

華やかさを前面へ出すタイプではないが、全体のバランスが整っていて、それだけで仕事のできる女性という印象を与えている。

「昔から服が好きだったんです。もちろん着ることも好きなんですけど、それ以上に人が服によって変わる瞬間を見るのが好きだったんですよ」

そう言ってアイスティーへ手を伸ばす。

「同じ人でも服装が変わるだけで雰囲気が全然違って見えますし、少し大袈裟かもしれませんけど、その人自身まで変わったように見えることがありますから」

「確かにそうかもしれませんね」

航が頷いた。

今日だけでもそれを何度も見ている。

制服姿だった二人が私服へ着替えただけで空気は大きく変わった。撮影会の時もそうだったし、今こうして向かい側へ並んで座っている姿もそうだった。

特に心優は変化が分かりやすい。

ヒールへ慣れていないぎこちなさは残っているが、それを補うように自然と背筋が伸び、脚を揃え、スカートの裾を気にするようになっている。

本人は意識しているのかもしれないが、外から見ているとそれはもう違和感ではなく、心優という女性の一部になり始めているように見えた。

「僕は服って外見の問題だと思っていたんですけど、最近は少し考え方が変わりました」

「どう変わったんですか?」

「服に合わせて身体の使い方まで変わるんですよね。歩き方とか座り方とか」

その言葉へ若本店長は嬉しそうに頷いた。

「それはありますね。特に女性服は分かりやすいと思います。ヒールを履けば重心が変わりますし、スカートを履けば歩幅も変わります。自然と身体の使い方が変わるので、その結果として仕草や雰囲気まで変わって行くんです」

心優は思わず自分の膝の上へ視線を落とした。

確かにその通りだった。ヒールを履くようになってから歩幅は小さくなったし、座る時には無意識に裾を整えるようになった。階段を上る時も、以前のように何も考えず駆け上がることはなくなっている。

最初は窮屈だったはずなのに、今は少しずつではあるが、それが当たり前になり始めている自分がいた。

やがて飲み物が運ばれ、それぞれがグラスへ手を伸ばす。そんな何気ない仕草を眺めながら、若本店長は小さく微笑んでいた。アパレルの仕事をしていると服を見ることも多いが、それ以上に服を着ている人を見ることが多い。

だからこそ分かることがある。目の前の三人は不思議だった。服だけが先に立っている訳ではなく、それぞれの装いがその人自身へ綺麗に馴染んでいる。

「でも、本当に自然ですよね」

一瞬だけ空気が止まる。

その沈黙を崩したのは航だった。

「……実は少し事情がありまして」

曖昧な笑みを浮かべながら続ける。

「彼女たちは、普通の女性という訳ではないんです」

若本店長は小さく目を瞬かせた。

けれど驚いた表情を見せたのは一瞬だけだった。

「そうなんですか?」

問い返す声は穏やかだった。

航は頷いた。心優も舞衣も黙ったまま座っている。航からの説明そのものは短く、ただ、自分たちが一般的な意味で女性として生きて来た人間ではないことだけを伝える。心優にとっては舞衣も自分と同じ境遇だと言うことは初めて知ったので、少しだけ動揺するのだった。航の同僚としての舞衣と接していたのに、実は違ったのだ。しかし、航の話を若本店長は最後まで口を挟まず聞いていた。

「なるほど……」

そう呟いてアイスティーへ視線を落とす。

否定も拒絶も無かった。ただ内容を整理するような沈黙だけがあった。その空気に少し救われたのは心優だけではなかった。

「だから舞衣さんなんかは、結構特殊かもしれません」

航が苦笑しながら言う。

その視線を受けて舞衣も少しだけ肩を竦めた。

「まあ、否定はできませんね」

ストローを指先で回しながら続ける。

「もともと女性の服を見るのが好きだったんです。スカートとかヒールとか」

「へぇ」

「着たいというより、形を見るのが好きだったんですよ。歩いた時のシルエットとか、服によって変わる雰囲気とか」

若本店長は納得したように頷いた。

「だから順応が早かったんですね」

「たぶん」

舞衣は少し照れたように笑う。

「ずっと見ていたんだと思います」

その言葉に若本店長は少しだけ目を細めた。

「女性の服って綺麗ですからね」

静かな声だった。

「スカートの揺れ方とか、ヒールを履いた時の立ち姿とか。そういうのへ興味を持つ人がいても不思議ではないと思います」

そこで一度だけ言葉を切る。

「でも盗撮は駄目ですけどね」

その一言だけ少し真面目だった。

舞衣は思わず苦笑する。

「そこはこの姿に変えられてしまい、よく理解できましたし、深く反省しています」

「なら安心です」

若本店長もつられて笑った。どこか線引きがはっきりしている人なのだろうと心優は思った。理解はする。けれど許してはいけない部分はちゃんと分けて考えている。そんな印象だった。

「ただ」

若本店長は自分の膝へ手を置いた。

「実際に着る側になると見え方は変わりますよね」

その言葉に舞衣が頷く。

「変わりますね」

「見る時はデザインやシルエットを見るんですけど、着ると身体の使い方の方が気になるんです」

若本店長は微笑んだ。

「スカートなら歩幅ですし、ヒールなら重心ですし。服って思っている以上に身体へ影響するので」

心優は無意識に自分のスカートへ視線を落としていた。

確かにそうだった。

最初は服へ身体を合わせているだけだったはずなのに、気付けば身体の方が変わり始めている。

歩き方。

座り方。

脚の揃え方。

裾を整える仕草。

そうしたものが少しずつ日常になっている。その変化を、自分自身が今まさに体験しているのだった。若本店長の言葉に、三人は揃って視線を向けた。若本店長は向かい側へ座る二人を見ながら穏やかに微笑んでいる。

「最初にお会いした時から思っていたんですけど、女性服だけが浮いていないんですよ。もちろん慣れていない部分はあると思います。でも、それを含めてその人らしく見えるんです」

「そうですか?」

心優が少し照れたように笑う。

「まだ結構気になりますよ。ヒールも慣れていませんし」

「でも、さっきモールを歩いている姿を見ていたら、最初よりずっと自然でしたよ」

そう言われて思い返す。

確かにパンプスを履いた直後は足元ばかり気になっていた。けれど今は違う。ヒールの高さも少しずつ身体が覚え始めているし、スカートの裾が脚へ触れる感覚にも慣れて来た。座る時に裾を整えることも、脚を揃えて座ることも、以前なら意識しなければできなかったはずなのに、今では半ば無意識にやっている。女性服へ身体を合わせているつもりだったが、気付けば身体の方が変わり始めているのかもしれなかった。

「それって不思議ですよね」

舞衣が静かに口を開く。

「最初は服を着ている感じなんですけど、そのうち服が普通になって来るんですよね」

サテン生地の裾が小さく揺れる。舞衣はグラスを手にしたまま少し考えるように視線を落とした。

「もともと女性の服って好きだったんです。着るというより見る方ですけど。スカートの形とか、ヒールを履いた時のシルエットとか、そういうのを見るのが好きで」

航は思わず舞衣を見る。そんな話は初めて聞いた。撮影会の時も。服を選んでいた時も。舞衣はそういうことをほとんど口にしなかった。

「着たいというより、形を見るのが好きだったんですよ。歩いた時のシルエットとか、服によって変わる雰囲気とか」

舞衣は少し照れたように笑う。

その表情はどこか自然だった。けれど航の胸には小さな驚きが残っていた。

だからなのかもしれない。女性になってからの順応の早さも。服を選ぶ時の視点も。スカート姿へ違和感を見せなくなった理由も。今になって一本の線で繋がった気がした。

「なるほど」

若本店長は納得したように頷いた。

「だから馴染むのが早かったのかもしれませんね」

「かもしれません」

舞衣は少しだけ笑った。

「見ている時は綺麗だなって思うだけだったんです。でも実際に着る側になると全然違うんですよね。歩き方も変わりますし、座り方も変わりますし」

その言葉に心優も頷く。

見る側だった頃には分からなかったことがたくさんあった。スカートはただ揺れるだけの服ではないし、ヒールも単純に背が高くなるだけの靴ではない。身体の使い方そのものを変えてしまう力がある。そして、その積み重ねが少しずつ日常を変えて行く。

「服って面白いですよね」

若本店長はまだ残っているアイスティーへ口を付けながら続けた。

「その人を別人にする訳じゃないんです。でも、その人の中にあるものを引き出すことはできると思うんです。服装が変わると姿勢も変わりますし、身体の使い方も変わります。そうすると考え方や気持ちにも少しずつ影響が出て来るんですよ」

心優は膝の上へ置いた手を見つめた。

女性になったことが先だったのか、それとも女性として生活するようになったことが先だったのか、自分でも分からなくなりつつある。けれど確かなのは、スカートを履き、ヒールを履き、女性として日常を過ごす時間が増えるほど、その生活そのものが自然になっているということだった。

今では裾が揺れる感覚も、少し高い位置から見る景色も、自分の一部として受け入れ始めている。

若本店長はそんな三人を静かに眺めていた。服を販売する仕事を続けていると、その人に似合う服だけではなく、その人がどんな風に変わって行くのかを見る機会も多い。目の前の三人にはどこか不思議な空気があったが、それ以上に印象的だったのは、誰も無理をしているようには見えないことだった。それぞれが今の服装を受け入れ、その中で自然に振る舞っている。だからこそ目を引くのかもしれない。

ふと若本店長は腕時計へ視線を落とした。

「……あっ」

小さく声を漏らしながら苦笑する。

「そろそろお店へ戻らないと」

「もうそんな時間ですか」

航がそう言うと、若本店長は頷いた。

「今はお昼休憩扱いで抜けて来ているんですけど、このまま時間休へ切り替えようと思っていたんです。引き継ぎだけ済ませれば今日は自由になりますから」

「時間休って便利なんですね」

「店長特権みたいなものですよ」

冗談めかして笑う姿は、店頭で接客していた時よりも少しだけ柔らかく見えた。

けれど、その笑顔の奥には仕事を任されている人間らしい落ち着きも感じられる。

服装だけではなく、その立ち居振る舞いそのものが若本店長という人物を形作っているのだろうと心優は思った。

各自で会計を済ませてカフェを出ると、モールの通路には夕方へ向かう穏やかな空気が流れていた。

吹き抜けから差し込む光は少しだけ色を変え始めており、昼と夜の境界がゆっくり近づいていることを感じさせる。

若本店長を先頭に4人は再び歩き始めたが、心優は数歩進んだところで自然と足元へ意識が向いた。パンプスのヒールは決して高過ぎる訳ではない。それでも普段履き慣れた靴とは重心の位置が違う。歩くたびに踵から伝わる感触を確かめるように足を運び、身体が前へ流れ過ぎないよう無意識に調整している自分へ気付く。

黒のマーメイドスカートもまた身体の動きを変えていた。腰回りは比較的すっきりとしているが、裾へ向かって大きく広がる形のため、大股で歩こうとすると自然と生地が脚へ触れる。結果として歩幅は少し狭くなり、背筋も伸びる。以前なら窮屈だと思ったはずの感覚が、今では当たり前のように身体へ馴染み始めていた。

隣を歩く舞衣は対照的だった。

サテン生地のマーメイドスカートは照明を受けるたび柔らかく光を返し、その裾が歩調に合わせて滑らかに揺れている。足元はスニーカーだから歩き方そのものは軽快なのに、不思議とカジュアルになり過ぎない。腰から裾へ流れるラインも綺麗で、身体の動きがそのまま服の表情へ繋がっているようだった。

もともと女性服へ興味を持っていたからなのか、それとも今の生活に順応した結果なのか、自分でも分からないほど自然に女性として存在しているように見える。そんな舞衣の姿を見ていると、心優は自分自身のことまで客観的に見てしまう。

ヒールを履くようになったこと。

スカートを履くことへ抵抗がなくなったこと。

女性として見られることへ以前ほど緊張しなくなったこと。

どれも少し前までは想像もできなかった変化だった。けれど、そうした変化は劇的に訪れた訳ではない。服を選び、着替え、歩き、座り、また次の日を迎える。その繰り返しの中で少しずつ積み重なって来たものだった。やがて若本店長のショップが見えて来る。

店内ではスタッフたちが忙しそうに接客へ入っており、店頭に並ぶマネキンたちも昼間とは違う光を受け始めていた。若本店長は売場全体を一度見渡すと、慣れた様子でスタッフへ声を掛け、そのままバックヤードへ消えて行く。

「少しだけ待っていてくださいね」

そう言い残して去って行く背中を見送りながら、心優は何となく胸の奥が落ち着かないことに気付いた。

理由は分からない。ただ、若本店長が戻って来たら、何かが少し変わるような気がしていた。舞衣も同じことを感じていたのかもしれない。

「店長さん、私服だとどんな感じなんでしょうね」

ぽつりと呟いた言葉に、心優は思わず頷いていた。店頭で見せていたのはあくまでも仕事の顔だ。服装ひとつ変われば印象も変わる。ついさっきまでカフェで話していた内容を思い出すと、その変化を見ること自体が少し楽しみに思えて来る。バックヤードの扉はまだ開かない。けれど、その向こうで着替えを終えた若本店長が現れて来るまで、そう長くはかからなさそうだった。

バックヤードの扉が開いた瞬間、心優は思わず視線を食い入るようにして向けていた。

最初、目に入って来たのは柔らかなベージュがヒラヒラと舞う姿だった。膝辺りまで届くシースルーのロングカーディガン。その下にはとろみのある白いブラウスが覗いている。そして視線が自然と下へ落ちた時、心優は思わず目を奪われていた。ネイビーのフレアスカートが揺れていた。若本店長が一歩踏み出すたび、たっぷりの生地を使った裾がふわりと広がる。それは心優たちが履いているマーメイドスカートとはまるで違う揺れ方だった。身体へ沿うように動きを見せるのではなく、空気そのものを纏っているかのように広がり、また静かに戻っていく。

「お待たせしました」

そう言って微笑む若本店長の足元で、もう一度裾が柔らかく揺れた。ただ歩いているだけなのに目を離せなくて、店頭で接客していた時の若本店長とはどこか印象が違った。仕事をしている女性ではなく、一人の女性として休日を過ごしている姿。そんな空気が自然と伝わって来る。

「素敵ですね」

舞衣が素直に声を漏らした。

「ありがとうございます。ここからは若本店長としてではなく、若本美咲(みさき)個人として接してください」

若本店長、いや美咲は少し照れたように笑う。その笑顔に合わせるようにスカートの裾が揺れる。カーディガンの柔らかさも、白いブラウスの落ち着いた雰囲気も綺麗だったが、不思議と視線は何度もフレアスカートへ戻ってしまう。とにかく、歩くたびに表情が変わるのに驚いた。立ち止まれば静かに落ち着き、身体を動かせば空気ごと広がる。服そのものというより、若本美咲という人間の雰囲気が形になったように見えた。

「やっぱり服って面白いですね」

航が感心したように言う。

「同じスカートなのに全然違います」

「そうなんですよ」

美咲は嬉しそうに頷いた。

「スカートも形によって見え方が全然変わりますから」

そう話していた時だった。美咲の視線がふと航へ向く。何かを見つけたように目を細め、そのまま小さく笑った。

「飯田様、いや飯田さんって、意外とスカートが似合いそうですよね」

「えっ?」

航が間の抜けた声を漏らす。

「骨格のバランスが綺麗なんです。肩幅も広過ぎませんし、背も高いですし。抜群のプロポーションなので」

「確かに」

舞衣まで頷いている。

「飯田さんなら絶対似合います」

「いやいやいや……」

航は困ったように笑う。やはり男性の姿では抵抗があるのだった。だが美咲はすでにスタイリストの目になっていた。すでに自分の店から出て別のフロアに来ていたが、モード系のショップに入り、ラックへ歩み寄ると、一着のスカートを取り出す。

黒を基調としたロングフレアスカートだった。余計な装飾は無く、まるでメンズ向けにもデザインされているかのようである。けれども裾へ向かって大きく広がるシルエットには強い存在感があった。

「一度だけ合わせてみませんか?」

「見るのと履くのは違いますから」

「大丈夫です」

即答だった。

「絶対似合います」

舞衣も興味津々といった様子で航を見る。

「ちょっと見てみたいです」

その言葉に航は観念したように肩を落とした。

「……履くだけですよ?」

ショップの店員さんも、男性客の試着には抵抗が無いようで、しっかりと試着室に通されてしまった。

数分後。

試着室のカーテンが開く。

最初に出て来た瞬間、心優は思わず息を止めていた。黒いロングフレアスカート。黒シャツ。ただそれだけだった。それなのに妙に完成されて見える。航が一歩歩く。裾が静かに揺れる。もう一歩。黒い生地がゆっくりと広がり、すぐに落ち着く。

可愛いという感じではなかった。むしろ格好良い。中性的という言葉が一番近いのかもしれない。背筋を伸ばして立つ姿は、どこかモデルのようにも見えた。心優は無意識に見入ってしまう。

スカートを履いているのに格好良い。その感覚が不思議だったが、舞衣も同じだったらしい。

「すごい……」

小さく漏れた声には驚きが滲んでいた。航本人だけが居心地悪そうに苦笑している。けれど、その反応まで含めて妙に様になっていた。

美咲は腕を組みながら満足そうに頷く。服だけを見ているのではない。その服を着た人がどう見えるかを見ている。そんな表情だった。

「やっぱり。似合いますよね」

美咲は満足そうに頷いた。航は困ったように笑っていたが、その姿はどう見ても似合っていた。黒のロングフレアスカートは歩くたび裾が大きく揺れ、モード系らしい洗練された雰囲気を作り出している。女性らしいというより中性的で、可愛らしさよりも格好良さが先に立つ。心優も舞衣も、最初に見た時の驚きがまだ抜け切っていなかった。

「飯田さんって、こういう服も着こなせるんですね」

舞衣が感心したように言う。

「いや、着こなしているというか……着せられているというか……」

航は苦笑しながらスカートの裾へ視線を落とした。

けれど、その仕草すら様になっているのだから不思議だった。美咲はそんな三人の様子を楽しそうに眺めていたが、やがて店内の照明越しに外の通路へ目を向けた。

吹き抜けの向こう側では昼間の光が薄れ始め、館内の照明が少しずつ存在感を増している。昼間は家族連れや買い物客で賑わっていたモールも、夕方から夜へ向かう時間帯になると雰囲気が変わる。仕事帰りの客が増え、照明も落ち着いた色合いへ切り替わり始める。その変化を知っているからこそ、美咲は小さく微笑んだ。

「せっかくですから、このコーディネートですが、私から飯田さんにプレゼントさせていただきますね。そして、それを着たままの姿で、この先少しご案内したい所があるんです」

「プレゼントだなんて」

「たくさんお買い上げいただいたお礼でもありますし、そのまま一緒に行ってみたい場所がありますので」

そう言われると航は素直に受け取ることに決めた。美咲は会計を済ませると、航に大きな紙の箱を渡していた。

「さっきまで着ていたものを代わりに入れてもらいました」

手渡された航は軽く会釈をして感謝を表していた。

「まだ恥ずかしいんですけど、この先どこかに案内してくれるんですか?」

航が聞き返す。

「このモール、昼と夜で結構表情が変わるんです」

美咲はそう言いながら通路の先へ視線を向けた。

「昼間はファミリー向けのお店やカフェが目立つんですけど、夜になると少し大人向けの空気になるんですよ。そこのエリアはこの店のようにモード系のショップが集まっていますし、照明もかなり落ち着いていて雰囲気があります」

その言葉に舞衣が興味を示した。

「モード系ですか」

「はい。昼間とは違う服の見せ方をしているお店も多いんです。ウィンドウの見え方も変わりますし、夜だからこそ綺麗に見えるコーディネートもありますから」

服を売る人間らしい説明だった。

けれど、それは単なる店舗紹介ではないようにも聞こえる。服そのものだけではなく、その服が似合う空間まで含めて語っているようだった。

心優は何となく今の自分のスカートへ視線を落とした。昼間に見ていた景色と、これから見る景色はきっと違うのだろう。マーメイドスカートの裾も、ヒールで少し高くなった視界も、夜の空気の中ではまた別の表情を見せるのかもしれない。

「それに」

美咲は少しだけ声を落とした。

「夜景が見えるラウンジもあるんですよ」

三人の視線が集まる。

「モールの上層階なんですけど、一般のお客様は意外と知られていない場所でして。買い物の途中に立ち寄る方もいますし、ゆっくりお話しするには良い場所なんです」

その言葉だけで情景が浮かぶようだった。落ち着いた照明。ガラス越しに広がる夜景。昼間とは違う服装。そして少しだけ非日常な時間。美咲は三人の反応を見ながら柔らかく笑う。

「今の皆さんなら、きっと似合う場所になると思います」

航は困ったように笑いながらも否定はしなかった。心優も舞衣も、それぞれ小さく視線を交わす。今日一日だけでも随分遠くまで来た気がする。けれど、まだ終わりではないらしい。モールの照明はゆっくりと夜の色へ変わり始めていた。その先にどんな景色が待っているのかは分からない。ただ、少しだけ見てみたいと思った。

「……見てみたいです」

舞衣が静かに呟いた。

(つづく)



あとがき

「やっぱりスカート」シリーズですが、9話より夏目彩香風の小説が書けるように独自に調整したAIエンジン「Saine」(通称)を執筆に用いています。夏目彩香の作品の特徴を教え込み、一緒にプロットや設定を検討した上で、私の納得が行くまで修正するように繰り返していますので、ほぼ私の書いた文章のようになっています。このAIエンジンSaineですが、今までの全作品に目を通してもらい、さまざまな特徴をデータ化した上で「やっぱりスカート」シリーズを全て読んでもらい、設定を把握してもらいましたので、夏目彩香の文体を理解して執筆できるようになりました。

ちなみにSaineとは彩香の音と書いて彩音(さいね)からAIらしさを出すためにアルファベットとしSaineとしたものです。今後はSaineとの対話を元にこの作品の続きを書いて行く予定ですので、夏目彩香らしさを残しつつ、一緒に執筆することで新しい小説を執筆する負担を減らそうと思っています。新しい挑戦となりますが、今後ともよろしくお願いいたします。では、感想等ありましたらX(旧Twitter)で
@skyseafar までお送りいただければと思います。