女子会がやりたくて(青春編)

作:夏目彩香(2018年12月3日初公開)



ある日の放課後、僕はクラスで一番の美貌を持つ青木(あおき)エリカと一緒に校舎を歩いていた。つないでいる僕の手からは緊張感による汗がにじみ出てきていて、エリカに分かってしまわないかと思うほどだ。そんな僕とは裏腹にエリカは涼しげな表情で何も気にすること無く校内の片隅にあるとある部室へと向かっていた。部室に入ると鍵をしっかりと閉め、さらにはカーテンを閉めて中が見えないように確認した。長机と椅子、それにいくつかロッカーが置かれているだけの狭い部室の中で僕らは向い合って座った。目の前に座っているエリカは学生鞄から手鏡を取り出すと自分の顔を眺めながら、いつもは見せることの無い表情に変わって口を開いていた。

「なぁ、春彦。やっぱりエリカって二重だったろ?この勝負、俺の勝ちだぜ」

エリカからは女子らしくない言葉が出てきたのだが、それもそのはず実のところを言うと目の前のエリカは僕の親友であり同じクラスの山田恵介(やまだけいすけ)が乗っ取っていたのだ。いくら山田が乗っ取っているとは言っても、やはり目の前に座っているのはエリカの姿に間違いはなかったので、僕はなかなか興奮状態から覚めることができなかった。なぜこんなことがまさに起きているのかというと、それはある日、山田が奇妙な話をしだしたからだった。



・・・あれは一週間前の放課後のこと、あの時も今いる部室で同じ席に座って山田と向い合って座っていたのだが、雑談している途中でいつもとは違う切り口で山田が突然意外な話をしだしたのだった。

「なぁ、春彦(はるひこ)。お前は青木エリカのことどう思う?」

男子生徒の間でエリカに気がない奴なんてほとんどいない、それほどの存在にも関わらず山田はそんな今更な質問を僕に投げつけてきたのだ。

「どう思うも何も、エリカと付き合えるんだったら最高だと思うよ。そりゃあ、当然ことじゃないのか?」
「まっ、普通はそうだろうな。でもな、俺は確かにエリカに好意を持ちはするが、そんなに好きな方では無いんだ。ただしだ。俺がエリカになるんだったら話は別だと思ってる。エリカみたいな女になって注目されるのは楽しいと思うんだ。ここまでは理解してくれたか?」

そうやって、山田は僕がどのくらい理解して聞いているのかを確かめながら話してきた。

「山田ったらエリカになって注目されたいのか?お前みたくエリカになるなんてことは考えたことが無かったなぁ。エリカから誘われたとしたら僕だったら絶対に付き合うと思うけど、お前はそうじゃないってことか?」
「まぁな、とにかくお前が理解してるなら、よろしい!」
「何が『よろしい!』なんだよ~」

山田はまるで命令してくるような口調だったので、すかさず突っ込みを入れておいた。

「まぁ、ここんところ受験勉強もうまく進んでいないし、面白いものを手に入れたので一緒に楽しみたいと思うんだけど、どうだ?いっちょやってみるとするか?」

山田からの話は何が何だかわからなかったが、一緒に楽しみたいという言葉に興味が出ていた。

「よく、わかんないけど、とにかく山田と楽しめって言うんだったら、その話乗ってみるよ!」
「よ~し!これで役者は揃ったってわけだな。ちょっと準備期間があるから、実行するのは来週にしよう」

こうして話を終えると、その日は二人は自分たちの家へと帰ったのだ。



・・・それから一週間後の今日、山田が実行を約束をした日となった。学校の授業が全て終わり、放課後になると約束通りに僕らは部室へと集まっていた。いつもの席に座ると山田は制服のポケットから何やら栄養ドリンクが入っているような小さな瓶を取り出していた。

「山田が準備したものってこれなのか?」
「しばらく前に手に入れたものなんだけど、この瓶を使えば面白いことができるってわけさ。やっぱ、俺一人じゃつまらないからさぁ、誰か付き合ってくれる奴がいて欲しくてお前を誘ったわけだ」
「ラベルも貼ってないんだけど、これって一体何なんだよ?」
「とにかくエリカが帰ってしまわないうちに飲まないといけないから、詳しいことはまた後で話すけど、簡単に言えば飲めば誰かに乗り移ることができる薬を作れる瓶なんだ。オヤジの会社で極秘に開発しているものを持ってきたんだけど、説明書通りならこの瓶に入っている液体が薬になっているはず。とにかく飲めばすぐにわかるから、そのあとで話してやるからな」
「えっ、誰かに乗り移る?まさか、それを使って山田はエリカに乗り移ろうって魂胆なのか?」
「ピンポーン!まさにその通り。さすが春彦はものわかりがいいよな」

山田の考えをピタリと当てたものの、実際は半信半疑な気持ちでいっぱいだった。

「まさか、それってやばい薬じゃないのか?」
「やばいかどうかはわからないけど、説明書は隅々まで読んでおいたから大丈夫。それに何かあればオヤジに頼めばなんとかなるさ。善は急げって言うだろう、だからさっそく飲んでみるよ」
「本当に飲むのか?」

焦っている山田を落ち着かせようと必死になっていた。

「あぁ、飲むよ。おっと、その前に!」
「その前にって何だよ?」

山田は瓶の蓋を開きつつ喋ってきた。

「エリカの目って二重だったよな」
「目が細いから一重な気がするけど」
「おっ、ちょうどいい具合に意見が真っ二つだぜ。間違った方が当たった方の命令に答えるってのはどうだ?」
「そうか、それなら僕は絶対に一重だったと思うから、その話に乗った!」
「じゃあ、俺がエリカに乗り移ってからじっくりと確認しようぜ!絶対に二重だって!他にも話したいことはあるけどエリカが帰ってしまわないうちに早く飲んでしまうよ」
「ちょっと待ってよ。エリカに乗り移るって言うのはいいけど、お前の体はどうなるんだ?」

瓶を傾けて口に含みかけた山田を僕がまたストップさせた。

「あのな。細かい話はできないって言っただろう。飲んだあとは冬眠したような状態になるから、このまま部室に置いておくつもりさ、鍵を持っているのはお前と俺くらいなんだから誰だって入れるわけじゃないし、なんだったら俺の身体をロッカーに入れておけばいいだろう。飲んだ後はお前に任せるよ。それに、こうしよう。春彦は今すぐにここを出て行って、図書室に向かって欲しい。そこにエリカがいるはずだから、俺がエリカに乗り移ったらお前と一緒にここに戻ってこよう。俺はお前が部室を出ていったら鍵をかけてロッカーの中に隠れてからこの液体を一気に飲むよ。お前がエリカを見つけるのが早いのか、俺がエリカに入り込むのが早いのか、それはわからないけど、とにかくお前にわかるようにするからな」

山田はどうやらエリカが放課後に図書室に行く日ということを知っているらしかった。それはエリカの几帳面な性格からしても考えられることだったからだ。そのこともあって今日という日を選んだのだろう。時間が無いと言うので僕は山田の言うとおりにここを出ることにした。すると、図書室へと向かいながら部室の鍵がかかる音が聞こえていた。山田の話が本当ならば、薬を飲んでエリカに乗り移ろうとするはずだ。にわかに信じがたい話だが、それを確認するためにもエリカを見つけなければならないと思った。エリカが僕に声をかけてくることは無いので、きっと山田が乗り移ったエリカなら話しかけてくるに違いなかった。

図書室に入るとそこには数人の生徒がいて、本を手にとっては閲覧スペースで読んでいた。この中をざっと見回してみると山田が言った通りに窓際にある大きな机に座って勉強をしているエリカの姿を見つけたのだ。エリカの横顔を見たところ、普段と何ら変わりがないように思えた。大きな紺の襟に二本の白い線、胸元の濃紺のリボンがついたセーラー服に身を包んだエリカの姿、足元はここからよく見えないものの、標準丈よりも少しだけ短い紺のプリーツスカートから生足を組んでいる様子が伺えた。
ゆっくりとエリカに近づきながらも、山田が乗り移っていないかも知れないため、迂闊には近づくことができないでいた。そして、エリカに釘付けになっていた目線がエリカが振り向いた瞬間に彼女の目線と交差してしまったのだ。僕は必死に目線を外したのだが、エリカは机の上に開いていた教科書や参考書、ノートを閉じて学生鞄にしまい始めていた。そして、そのまますっと立ち上がったかと思うと、僕を気にすることなく図書室を出て行こうとしていた。

(なぁんだ。思い過ごしだったのか。山田の奴ったら、本当はなにか変な薬を持ってきただけじゃないのか?)

エリカがさっさと出て行こうとするのを見て、心の中でそんなことを思っていた。しかし、エリカが図書室のドアを開こうとした瞬間、エリカは急に向きを変え僕の目の前にまでやって来た。上から下まで全身をくまなく見ていたのだった。

「ひょっとして、山田?なのか?」

エリカは聞こえそうにないほどの声で僕が呟くと、エリカは急に手を掴んで引っ張りながら図書室の外へと出るように促した。

「じゃ、行こっか」

いつもの口調で喋るエリカに手を引かれ、涼しげな表情のエリカと一緒に向かったのは校内の片隅にある部室だった。ドアの鍵を開け、部室に入るとしっかりと鍵を閉め、カーテンを閉めた。目の前に座っているエリカは学生鞄から手鏡を取り出すと自分の顔を眺めながら、いつもは見せることの無い表情に変わって口を開いていた。

「なぁ、春彦。やっぱりエリカって二重だったろ?この勝負、俺の勝ちだぜ」

部室の中はいつになく爽やかな雰囲気となり、まるで空気が浄化されているようにも思えた。さっきまで男二人で一緒に座っていたとは思えないほどだ。エリカがここに連れて来たということからも、目の前にいるエリカに山田が入っているというのは事実のようだった。ロッカーを開けてみると山田の身体が見つかり、まるで抜け殻のようになっていた。ロッカーの中にはさっき僕が見たドリンク剤が入っているような瓶も一緒に落ちていた。エリカの中に山田がいるというのは客観的な証拠からしても間違いなかった。

「やっぱり、山田なんだね」
「そうだって!なっ、うまく行っただろ?俺がエリカの体を動かしてるんだぜ。だからこうやって自由自在に動かすことができるってわけ!」

山田はエリカの身体のまま、目の前で手足を動かしながら自分が思うままに動かしているのだった。

「ところでさ。二重だったから、俺の勝ちだよな!さっそく春彦に聞いてもらいたい命令があるんだけど、いいか?」

普段のエリカならいつもは見せることのない不気味な笑顔を浮かべながら、山田はさっそく暴走し始めていた。

「春彦に命令する!なぁに、簡単なことだよ。教室に行ってエリカの体操服を鞄ごと持って来て欲しいんだ」
「えっ?体操服って、教室の個人ロッカーに置いてあるものか?」
「あぁ、そういうことだ」

僕の学校では体操服は教室にある個人ロッカーに保管してあるのだ。人のものを持ち出してここに持って来るというのは何だか盗みを犯しているようで気持ちが悪いものだ。

「なんだ?できないのか?」
「そうじゃないけど」
「なんなら一緒に教室の前まで行ってやってもいいんだぜ」
「そんなぁ、一緒に行くともっと罪悪感を感じちゃうじゃないか」
「それならできるだろ?」
「山田ったら~、僕にそんなことを言ってもダメだって!」

僕はそうやっ山田に反抗するのだが、目の前にいるエリカは突然、背筋がシャンと伸びたかと思うと「あれっ、まさか追い出される?」という言葉を吐いたのと同時に、一気に力が抜けその場にうずくまってしまったのだ。そして、部室の中は少しの間、沈黙の中で凍りついていた。

「あっ、イッタ~イ、イタタタた。私?あれっ?ここってどこ?あっ!」

ゆっくりと地面からスカートについたホコリを手で払いながら起き上がるエリカは、僕の姿を見つけて何かを言いたそうな表情に変わっていた。

「あっ!あなたってうちのクラスの川島君よね!一体全体何をしようって言うのよ。まさか私に気を失わさせて悪いことでも企んでいるんじゃないの?」
「まさかひょっとして、青木さん?」

さっきエリカの身体がガクンとしたのは、山田が抜け出したからに違いないと僕は気づき一気に顔が青ざめていた。

「そうよ!見ればわかるじゃない。失礼しちゃうわよね。私は青木エリカに決まってるじゃない!知らないうちにあなたに眠らされてここに監禁しようって魂胆なのね!もう頭にきちゃった。先生に言いつけて来なくちゃ!」
「ちょっと、ちょっと落ち着いてよ~。そういうことじゃないんだって!」

僕はエリカの気を落ち着かせようと思って、説得しようとなだめるとなんとか少し大人しくなったようだ。

「これって実は山田が仕掛けたことで僕は無実だって、話したら長くなるけどとりあえずここは落ち着いてくれないかな?」

エリカの様子が落ち着いたかと思ったのだが、何か言いたそうな表情を浮かべていた。

「山田君が仕掛けた?僕は無実だ?それって一体何を言ってるの?とにかく大きな声は上げないから、私の言うことを聞いてくれるかな?」
「はい、はい、はい!すぐに聞いてあげます!」
「本当よね。なら、先生を呼ぶこともなく黙ってあげるわ」
「ありがとうございます。青木さん」
「えっ?青木さん?エリカ様でしょ。エリカ様って言ってくれなくちゃ!」

普段は大人しそうに見えるエリカとまともに話をするのは、ほとんど初めてのことだったので、思ったよりも乱雑な口調になるとは知らなかった。エリカの言う通りにしよう、そう心に決めた。

「ありがとうございます。エリカ様!」
「それでいいわ。じゃあ、早速私からの命令なんだけど、教室に行ってエリカの体操着の入っている鞄を持って来てくれないかな?今日は家に持って帰って洗濯する日なんだけど、忘れちゃたの」
「はい、エリカ様、かしこまりました。大急ぎで行って参りますので、ここでお待ちください!」

どこかで聞いたことのあるセリフだったが、僕は一目散で部室を出て行った。この時のエリカの茶目っ気のある表情には全く気づくことなく教室へと駆け込んだ。そして、すぐにエリカのロッカーを見つけるとそこからエリカの体操服が入っている鞄を取り出して、廊下に飛び出したのだ。廊下ではできるだけ音を鳴らさないように慎重に足を運び、すぐに部室へと戻ったのだ。

「はい、そこまでよ!川島(かわしま)君!」

部室に入ると思いもよらぬことに僕の担任であり部活の顧問でもある仁科京香(にしなきょうか)先生もエリカと一緒にいたのだ。紺のスーツに身を包んだ仁科先生は腕を組みながらタイトなマーメードスカートをピンと張りながら仁王立ちしていたのだった。

「青木さんから聞きました」

仁科先生は厳しい表情で、どうやら僕を叱りつけようとしているようだった。普段は優しい仁科先生でもこの時ばかりはじっと顔を見つめることもできなかった。

「あなたは図書室で睡眠薬を使って彼女を眠らせて部室に連れ込み監禁しようとしたけれど、椅子に縛り付けようとした瞬間に彼女は意識が戻って大きな声をあげようとした。でも、あなたに自分の言うことを聞いてくれるなら先生を呼ばないって言った。そこまではいいわよね?」
「監禁だなんて、少なくとも監禁しようなんて思っていませんでした。僕はただ……」
「僕はただって何なの?もしかして、山田君のせいだって言おうとしてるんじゃないの?」
「そうじゃありません!そんなんじゃないんです」

仁科先生が言ったことはなぜか僕が言おうとしていることだった。なので、僕は必死で否定するしかなかった。

「そうじゃないって、どういうことなの?この部室の近くをたまたまた通りがかったら、中で青木さんが座って泣いているじゃない。一体何があったのって聞いてみたらあなたが乱暴して来たって言うものだから。続きは職員室で聞きましょうか?一緒に来てくるかしら?」

僕と仁科先生のやりとりを見ているエリカの表情を一瞬スキャンすると、してやったりの表情を浮かべていた。いつもはおとなしい美少女もこの時ばかりは普段とは違った表情を見せるのだ。

「職員室だなんて……さすがに女の先生だと言っても、それだけはできません!」

部室のドアを閉め鍵をかけると、目の前に立っている仁科先生に向かって僕は突進して突き飛ばしていた。そして、部室の壁にぶつかったかと思うと先生は床に転げてしまった。この様子を見ていたエリカはすぐに仁科先生の傍らに駆け寄り、倒れた身体を支えていた。

「先生、大丈夫ですか?」
「川島君!先生に対して何をするの?」
「先生にまで手を出すなんて…許せない。私を監禁しようとしたのってやっぱり本当だったんだ」

僕は堪えることができない怒りの矛先を仁科先生に向けてしまった。一瞬でも自らやってしまったことに後悔し、その場から動くことができなくなってしまった。

「青木さん、そろそろいいわよね」

仁科先生は僕に手を出されたにも関わらず怒りの表情を浮かべることもなかった。むしろ薄笑いを浮かべているように見えるのだ。床に落ちたハイヒールにゆっくりと足を入れながら、スカートの裾を丁寧に揃えた手を僕の頭の上に置くと先生の温かさが伝わって来て、思わず僕の目頭から水の雫が落ちてしまった。

「川島君、ようやく反省したようね。ここまでの出来事ってね。元はと言えば……」

仁科先生はそこまで言うと一旦間を置き言葉を続けた。

「……コイツが山田の言うことを聞かなかっただけだもんな!ハッハッハッハッ」

仁科先生の口調が突然変わり高笑いをしたかと思うや、エリカは必死に笑いを堪えているようだった。仁科先生にコイツと呼ばれたのは初めてのことで、意外なことで内心驚いてしまった。

「どうやらまだ気づいていないらしいぜ。仁科先生がお前のことをコイツって言うはずがないだろう。違和感にそそられてしまうだろうけど、この山田にもらった薬の威力ってやっぱりすごいよな。仁科先生を自由自在に操れるだけでなく、記憶や能力まで使えてしまう。お前から見れば仁科先生だと疑う余地がないのも無理ないぜ」

仁科先生の様子はどうやらおかしかった。さっきまでのエリカのように誰かに操られているように思う。

「まさか?山田なのか?」

山田の奴がエリカから仁科先生にターゲットを変えたのかと思ったのだが、仁科先生に寄り添っているエリカが喋り始めた。

「川島君!仁科先生の話をしっかりと聞いて無かったの?山田にもらった薬って言ってたわよね」
「まさか?!」
「フフフ。ようやく気づいてくれたかな?俺だよ。俺は水田!」
「えっ?水田だって?」

水田と言うのは山田や僕と同じ部活を一緒にやっている仲間で、仁科先生からはいつも注意を受けることの多い輩でもある水田翔吾(みずたしょうご)のことだ。クラスは違うが僕と山田で作ったこの部活を立ち上げる際に一緒になった部活の仲間だった。

「ようやく気づいたようだね」

仁科先生はそう言いながら、自分の手を胸元に当ててふくよかな胸を確認していた。

「まさか顧問の仁科先生は、俺が演じていたなんて思ってもいなかっただろうな。俺が主演『女優』賞だとすると、山田の迫真の演技には助演『女優』賞をあげたいぐらいだよ。本物のエリカに寸分違いなかっただろ?」

エリカは指でピースサインをしながら僕に微笑む表情を送っていた。

「まさか?山田はエリカから抜け出したんじゃなかったのか?」
「ハッハッハ。そうだよ。春彦には俺が命令しても言うこと聞いてくれないってわかってたから、その先のシナリオも考えていたんだ。水田の奴が仁科先生になってみたいって言うから、共謀することにしたってわけ」

山田の奴はエリカの身体でいつもとは違った笑顔をみせていた。そして、ロッカーを開けると山田と水田の身体を見せてくれた。

「こうやって俺たちの身体は眠っているのと同じ状態なんだよ。ここに保管しておけば安心だろ。この部室の顧問が仁科先生だから、仁科先生が鍵を持ってるってのも好都合だし」

エリカの姿をした山田と仁科先生の姿をした水田。僕は二人の計略にまんまとはめられたと言うことだった。エリカの姿をした山田がロッカーを閉じると三人で椅子に座り、次なる作戦会議が始まった。



「春彦、仁科先生がいつまでもここにいるわけにはいかないからな、まずはこれからの計画について話しておきたい」
「その前に山田!ここからは身体に合わせた言葉遣いをしないか?もちろん言葉だけでなく仕草や態度に至るまで身体に合わせようぜ!」
「あっ!いけねぇ、いけねぇ。そうだよな!」

僕の目の前に座っている二人はすぐに意見が一致したようで、二人はまるでいつもの二人のように姿勢を正していた。こうして見ると背筋をスッと伸ばして座る仁科先生の姿は僕の心の奥底をくすぐるのだった。

「ということで。話は手短にしたいからここで一旦解散して、みんなで仁科先生の家に集合するってのはどうかな?」

この計画の指南役であるエリカの姿をした山田が提案した。

「私の家に集まるの?一人暮らしだし彼氏も今はいないから、自由に使っていいわよ。……あっ、いけない、いけない私ったら。宿題の確認が残っていたのを忘れてた。だから、私の家に集まるのはそれが終わってからにしましょうね」
「二人は『女同士』だから大丈夫だろうけど、僕がこのままの姿で行くのはさすがにまずいかなって」
「とにかく、私は『仕事』を片付けてからじゃないとここを抜け出すことができなからね。職員室に戻ってから遅くても六時にはここを出るようにするわね。じゃあ、職員室に戻るわね」

そう言い残し、仁科先生の姿をしている水田は部室のドアを開けて廊下へと出て行った。廊下から聞こえる足音も普段の仁科先生と全く変わりなかったのだ。水田は仁科先生として職員室で残りの仕事を片付けてから、仁科先生の車でマンションに向かうはず。なんだから、そんなことが羨ましく思えていた。

「水田の奴ったら、すっかり仁科先生になりきちゃってるよな」
「春彦だって、羨ましいわよ。こんな美女たちとまともに話ができるじゃない」

山田は相変わらずエリカが話すように僕に喋りかけてくれていた。しかし、本当のエリカは春彦とは呼ぶことがないから、山田の奴がサービスしているのか無意識的にいつもの呼び方が出てしまうらしかった。

「このまま仁科先生の家に行くとなると、親に連絡しないといけないなぁ」
「あっ、それなら大丈夫よ。春彦のおばさんには私から話しておいたから」
「私から?」
「そうよ。私と一緒に仁科先生と相談したいことがあるから遅くなりますって電話しておいたのよ」
「いつ?」
「さっきよ」
「さっき?」
「そう。春彦が図書室に来る前に電話しておいたんだ!てへへっ!」
「えっ!僕が図書室に行ったあとで入り込んだわけじゃないんだな」

僕はすっかり山田にからかわれてしたのだ。エリカだと思って傍から見ていた時間もすでに山田が乗っ取っているエリカだったのだ。山田の持っている薬というものは、とても恐ろしいほどの効果を持っているようだった。

「なぁ、山田!」
「えっ?山田君って、どこ?どこ?」

目の前に座るエリカは本当にエリカになりきっているようだった。

「あっ、間違えたよ。まぁ、エリカ!」
「エリカ様じゃなかった?」
「エリカ様!」
「はい、何か用でしょうか?」

山田が完全になりきっているエリカにお願いしてみることにしたのだ。

「さっきの薬ってもう残ってないのか?」
「えっ?春彦も興味が出てきちゃったの?」
「だって、水田の奴が演じてる仁科先生を見ていたらさぁ、なんだか僕だけが仲間はずれのようでさぁ」
「実は残ってるのよ。春彦のロッカーを開けてみてよ!」

エリカが言うとおりに部室のロッカーを開けてみると、そこには栄養ドリンクのような液体がの入った例の瓶がポツンと置いてあった。

「これを飲むだけでいいんだよな?」
「いや、それだけじゃダメよ。ちゃんと乗り移りたい人物を思い浮かべてからじゃないといけないのよ」
「ちょっとだけ面倒なんだな」
「それに、その人物は自分で姿を知っている人でなくてはならなくて、さらに近くにいないと失敗することもあるのよ」
「ということは…校舎に残ってる人しかダメなのか?」
「もう少し遠くまで大丈夫なはずよ。誰に入ろうと思ってるの?」
「そうだなぁ」

瓶の中に入った液体を目の前に心臓の鼓動を抑えきれなくなってきたのだが、誰に乗り移ろうかと考えるだけでもすでに興奮状態となっていた。

「そういえば春彦って、仁科先生の家ってどこにあるか知っていたっけ?」
「あっ、知らないんだった」
「じゃあ、私が知ってるから、乗り移ったら校門の前で待っててくれるかな?」
「わかったよ」

それから、僕は乗り移ろうとしている人物をエリカに教えると、校門の前で待っていると言って部室から出て行った。部室に一人残された僕は鍵を閉めてから、他の二人と同じようにまるでかくれんぼでもするかのように自分のロッカーに隠れて薬を一気に飲んだ。



・・・仁科先生の家は学校から車で五分ほどの距離にある。遅くても六時までには出ると言っていたので、そろそろやって来るはずだった。僕は山田扮するエリカと一緒に二人揃って、水田扮する仁科先生の到着を待っているのだった。しばらくするとマンションの駐車場に水色の軽自動車が入って行った。そして、駐車場の方からマンションの共同玄関に向かってハイヒールの音が鳴り響いて来たかと思うと、暗闇から現れたのは仁科先生の姿だった。もちろんそれは仁科先生であって仁科先生ではなかったのだが、いつもの仁科先生と雰囲気も全く同じだったのだ。

「二人ともお待たせ!あれっ?柏木(かしわぎ)さんじゃない?あっ、これってもしかして……」
「先生のご想像通りです。由希奈(ゆきな)も先生の家に一緒にお邪魔しても構いませんよね」
「はっは〜。川島君って柏木さんに気があったなんてね」

実は僕はクラスメイトの柏木由希奈に乗り移っていたのだった。僕が乗り移った時にはいつものように部活動(部活動とは言ってもみんなで雑談を楽しんでいるだけ)の最中だったが、その時に割り込んでしまったので、なんとなくいいタイミングを見つけて抜け出したのだ。校門の前でエリカと待ち合わせてから、仁科先生の住むマンションから近くにあるファーストフード店に向かったのだ。二人でハンバーガーセットを食べて腹ごしらえをすると、マンションの前で仁科先生の帰りを待ち構えていたのだった。

春になったとは言ってもさすがに夕方になると外は冷え込んできた。スカートの中に風が入り込んでくるので、下半身が冷たくてしかたがなかった。こんな試練に耐えながら女子たちは力強く生きているのだと感じた。それにしても長身の由希奈はエリカと並ぶと頭半分ほど大きかった。目線の位置は僕とほぼ変わらないため、目の前に広がる光景はそれほど変わりが無かった。ただ思うのは、由希奈の視力がとても良いことだった。コンタクトやメガネをかけている女子が多い中では驚きの事実、僕よりも視界が良好だったのでいつもよりもクリアな世界が広がっている感じだった。

「とにかく外で立ち話もなんだから、家に入りましょうか」

水田扮する仁科先生は本当の先生と寸分狂うことが無いほどに仁科先生だった。共同玄関を指紋認証で開き、エレベーターに乗ると九階のボタンを押した。エレベーターの中で三人は黙り込んでしまったが、仁科先生の家に行くまではボロを出してしまったらまずいと思ってのことだった。

仁科先生が玄関の鍵を開けると三人は無造作に脱ぎちらして、廊下を通り抜けてリビングへと向かった。小さいながらも対面キッチンがあり、リビングにはたくさんの観葉植物が置かれていた。窓からはもうすぐ沈みそうな夕陽が差し込んで来て。夜の準備をしているようだった。遮光カーテンをしっかりと閉めると、仁科先生はソファに腰をかけ、エリカはダイニングチェアを引っ張りだして座り、僕はフローリングの上に置いてあるラグの上に正座をして、三人が向かい合うように座っていた。

「はぁっ~、それにしても疲れたわ、宿題の確認がこんなに大変だったなんてね。腕がすっかりくたびれちゃったわ。先生って職業も楽じゃないわよね」

仁科先生は手を上に組んで背伸びをしながら話している。

「宿題の確認?」
「そうなのよ。でもね、薬のおかげで職員室でも普段の私と変わらずに行動できたわ。宿題の確認をしながら、赤ペンで書く文字も私の文字そのものだったしね。仁科先生の考えている通りに行動できちゃったから」
「すっごーい!そうだったんだ。そう言えば、確かにそうよね。エリカも自然とエリカらしく振舞うことができてるでしょ。エリカの正体が男子生徒だなんて想像すらできないでしょうね」
「とにかく、姿は違うにしろ三人がこうやって揃ったのって久しぶりだよね。仁科先生の家に教え子が二人一緒にいるなんて、なんか不思議な光景だよね。まだ社会人をはじめて間もない一人暮らしなのに、こんなマンションに住んでいるなんて、思ってもいなかったし」
「まぁね。このマンションって私の両親の名義なのよ。社会人になってもやっぱり住むところが心配で、セキュリティーのしっかりした場所がいいって、用意してくれたんだ。あっ、そうだ冷蔵庫に……」

仁科先生は立ち上がって冷蔵庫の扉を開けて、とあるボトルを取り出していた。

「ねぇ、これでも一緒に飲まない?今日はここで私たち三人の『女子会』をやるってこと!」
「賛成!」

仁科先生の提案に続けてエリカの澄み切った声がリビングに響き渡った。

「先生が生徒にお酒を薦めるってのは、ちょっといただけないんだけど?」

僕は冷静にそう言ったのだが、由希奈の身体はアルコールを極度に受け付けない体質だったので、ちょっと必死になったのだ。

「あっ、これってワインじゃないわよ。スパークリングジュースでノンアルコールよ。それじゃ、みんなでパーティーを始めちゃいましょう!グラス持ってくるから、ちょっと待っててね」

仁科先生は食器棚からグラスを三つ取り出すと、ボトルと一緒に三人の中央にあるローテーブルの上に置いた。そうかと思うと急いで寝室に駆け込んで行ってしまった。クローゼットを開けるような音が聞こえて来たので。どうやら着替えをしているらしかった。数分待っていると仁科先生は驚きの格好で戻ってきた。

「あっ、先生!それってまさか」

仁科先生は僕らが着ているのと全く同じセーラー服に身を包んでいた。ただし、胸元には濃紺のスカーフが結ばれていた。

「実は私もあなたたちと同じ高校の出身だったのよ。知ってた?これはその時の制服♪あなたたちの代とは違って、私の時はスカーフだったのよ」

仁科先生の制服姿はとっても似合っていた。それどころか年齢を感じさせず僕らと並んでいれば先生だなんて思えなかった。

「仁科先生っていくつでしたっけ?」
「今年で二十五歳になるのよ、今は二十四歳」
「へぇ、やっぱり若い先生だったんですね。しかも、最初の赴任地が出身校だなんて」
「こうやって三人で同じ制服着ていると先生だなんてわからないくらい」
「そう?ありがとう?やっぱりそう言われると先生とっても嬉しいわ」

目の前にいる仁科先生はすっかり、女子高生に戻ってしまった。まぁ、中身は男子高生ということを考えると年齢的には近いのかも知れないが、こうやって僕らは仁科先生の家で『女子会』を始めることになったのだ。仁科先生も同じ女子高生として『女子会』では扱うことになった。

「せっかく三人が集まったんだから、改めて自己紹介をするってのはどう?」

仁科先生は三人の中ではすっかりお姉さん役として、この会を進め始めていた。

「自己紹介?」
「そう、自己紹介のしたらお互いのことをもっと交換できると思うの。大事なのは最低一つは自分の秘密を暴露するってことね」
「あっ、そうか!それって面白そう!まずエリカからやりたい!いいかしら?」
「えぇ、いいわよ」

まずはエリカが自己紹介をし始めていた。

「私の名前は、青木エリカ、大学付属高校に通う高校三年生です。仁科先生は担任で由希奈は親友だから特に細かいことを話す必要は無いわよね」
「エリカとはこの高校に入ってからの付き合いになるけど、いつも一緒に過して来たからとってもよくわかってるわ」
「私は今年から二人の担任になったわけだけど、前から英語の授業は受け持っていたからよくわかっているつもりよ」
「そうですよね。自分の秘密を暴露するってあったんだけど、実は私って川島君のことが好きなの!わっ、言っちゃった」

エリカはそう言って顔を赤らめていた。

「えっ!それって本当なの?」

すると私は困ったような表情を見せながらエリカに聞き返していた。

「私は川島春彦のことが大好きだったの、これって本当にエリカの気持ちなんだからね」
「どうしたの由希奈?」
「実はね、私も川島君のことが好きなんだって。エリカと同じ人を好きになっちゃうなんてね」
「えっ?川島君ってそんなにモテモテだったの?エリカさんも由希奈さんもクラスの同じ男の子を好きになるなんて、担任の私がどうしたらいいかなぁ?」

二人のやり取りに仁科先生が横槍を入れる。どうやらエリカは由希奈も同じ人が好きだと聞いて失望してしまったようだった。

「二人で取り合いになるのはまずいんじゃない?こうなると決めるのは由希奈の中の人よね?どうなの?エリカさんが好き?由希奈さんが好き?」
「先生、今は何も言えません。今は由希奈さんの考えていることが自然とわかるの、自分のことを好きだったなんて思ってもいなかったから、なんだかとっても恥ずかしいわ」
「何も恥ずかしがることないわよ。とにかく、エリカさんと由希奈さんの両方から愛されていることは確かなんだから、どっちを選ぶの?」
「どっちをって言われても、さすがにそこまで私は言えません!」
「じゃあ、エリカさんはどうなの?」
「由希奈も川島君のことが好きだったなんて思ってもいなかった。それに今の由希奈はその好きな人に操られているなんてね。そう思うと私の気持ちは由希奈に譲るしかないかなってね」
「エリカ。ちょっと待ってよ。そんなこと無いと思うわよ。川島君はエリカのことも好きなんだから、今だってそうじゃないかな。先生だって二人が自分のことを好きだってわかったら、さすがに迷うし」
「そうなんだ。さすがにモテ男は違うのね。いいわ。川島君は由希奈に譲るしかないわね。私は違う人を好きになってやればいいんだって思うから。男子の中では由希奈よりも私の方が人気が高いの知ってるでしょ」

二人がだんだんと大声になってきたので、さすがの仁科先生も二人の興奮を抑えようとし始めた。

「二人ともヤメなさい!あなたたちって親友じゃなかったの?」
「そうですね。先生の言うとおりですね。エリカごめんね」
「由希奈。私の方こそゴメン。川島君のことでちょっと興奮しちゃった」
「じゃあ、良かった。二人とも仲直りできたみたいね。二人が喧嘩するなんてどうかしているもの。ちょっとトイレに行ってくるわね」

仁科先生がトイレに行くと二人きりでリビングに残された。

「エリカも由希奈も春彦のことが好きだったなんてねぇ。思ってもいなかったわ」
「それはお互い様、由希奈の考えを覗くと川島君のことが好きだってわかって正直嬉しかったけどね」
「まぁ、春彦ならそう思うこともわかってたわ。でも、エリカの思いを前面に出してしまうといくら親友の由希奈だったとしてもいてもたってもいられなくなるわね」
「それもわかってるわよ、でも、もっと思ったのは由希奈とエリカって思った以上の仲良しだったってこと」
「私たちが恋敵になってしまうってことが今の時点でわかってよかった。私たちの関係って一日やそこらでできたものじゃないんだから。もっともっと大切にしなくちゃね」

トイレから仁科先生が戻って来ると、続いて仁科先生の秘密について暴露することになった。

「私の秘密なんだけど、ちょっとこっちについて来てくれる?」

ついて行くと先生は寝室にあるクローゼットの前で立ち止まった。

「じゃあ、エリカが開けてみて」

仁科先生に言われエリカがクローゼットを開けると、そこにはあらゆる衣装が並んでいた。そこで目に飛び込んできたのは普通の洋服だけでなく、色とりどりに及ぶ衣装の数々だった。

「先生?これって一体何なんですか?」

衣装の中を一つずつ手に取ってみると、それはピンクのナース服だったり、ゲームキャラのチャイナドレスがあったり、さらにはアニメキャラのコスチュームまであったりする。

「先生、これってまさか!」
「そうよ。着ているセーラー服は確かに私が高校時代に着ていたものだけど、ここにあるものは大学時代の元彼が買ってくれたものよ」
「先生って、コスプレ趣味があるのはなんとなくわかったんですけど、ここまで筋金入りだったとは思ってもいませんでした」
「でもね。高校教師になってからは着る機会が一気に減っちゃってね。やっぱり、先生としてこんな趣味があるのはよく無いんじゃないかって思ったりして」
「そんなこと無いと思います。私はいつまでたってもこんなことができる人ってステキだと思います」

真面目な顔でエリカは言った。

「ありがとう。先生の気持ちとしては、これは今着るべきじゃないんだって。あの頃、次に付き合った元彼とはこのことも知らないままわかれちゃったしね」
「あの、先生。せっかくだから着てみてもらえません?」
「えっ?いいの?」
「私たちだけの秘密にしておけばいいんですよね。私たちだけだから、今何が起きているかなんてわからないものなんだし」
「じゃあ、これにしよっと!」

仁科先生が手に取ったのは、水色のチャイナドレスだった。素材にもこだわった本格的なもののようだ。

「これはしっかりと採寸して作った物なのよ。私の友達に協力してもらって、見つけてもらったものなの。チャイナドレスどう?似合うかしら?」

チャイナドレスに身を包んだ仁科先生、長いスリットから見える美脚がとても印象的で、ゲームに出て来るキャラクターよりもずっと魅力的だった。

「こうして見てみると、先生ってやっぱり素敵ですね」

エリカは言った。

「そうよね。こんなに素敵な趣味を持ってるのに、教師という職業柄、普段からまじめに生活をしなくてはならないから、やりたい気持ちは抑えないといけないのよ」
「先生やるのも大変なんですね」
「そうよ。そうやってストレスを溜め込んでしまうんだわ」
「特に仁科先生みたいに美人だと、きっと色々と難しいんだと思います」
「そうよ!国語の沼田(ぬまた)先生からセクハラ受けたり、数学の三田(みた)先生からはいつも小言を言われたりして、本当に大変なんだからね。それに比べて生徒は楽でいいわよ。勉強さえしていればいいんだから」
「お言葉を返すようですが、生徒も大変ですよ!」
「あの、先生!済みません。何か食べるものがありませんか?」

乗り移ってから何も飲み食いしていないことに今更気づいた僕は思わず口に出してしまった。仁科先生はピザのチラシを持って来ると、みんなで色々と話をしながら二枚のLサイズピザを注文した。

「二人ともこれでいいわよね!」
「仁科先生としてすっかり板について来ましたよね」
「えぇ?だって私は仁科京香だもの、それにあなたたちの担任なんだし」

仁科先生の姿からは水田の面影の微塵も無かった。

「なぁ、それよりもピザの宅配が到着したらどんな格好で出たらいいと思う?」
「セクシーな下着姿で受け取るとかはどうかしら?」
「さすがにそんなことをするのはまずいと思います。さっきまで着ていたスーツ姿に戻ったらどうです?」
「そうようね。それが無難よね。でもせっかくだからスーツはスーツでもこれにしてみようかしら」

そう言って仁科先生はクローゼットからはいつもとは雰囲気の違うスーツを取り出した。

「へぇ、こんなスーツも持ってはいるんですね」
「そうよ。こんなのもたまにはいいと思うわ」

仁科先生は膝丈三十センチのサクラピンクのミニスカートに加えて、ラメの入った同色のスーツをまとっていた。ベージュのカッターシャツは胸元まで開いていて、かすかに淡いピンクのブラが見えていた。

「いいですね。その姿で学校の授業を進めたら男子生徒なんか目のやりどころに困ってしまいそうじゃない?」

そんな風に三人で会話をしているうちに玄関チャイムが鳴り響いた。仁科先生はスカートを腰元で上に引き上げ整えなおすと、玄関へと向かって宅配を出迎えたようだ。仁科先生の財布から代金を取り出すと、それと引換にピザの箱を受け取り戻って来た。

「宅配のお兄さんにサービスしすぎちゃったかな?またお願いしますっていいながら、軽くキスしちゃったけど大丈夫よね!とにかく、お待ちかねのピザがやって来たわよ。みんなで楽しく食べましょ!」

エリカは冷蔵庫からスパークリングジュースの他に何か飲み物をと思って探してみたが、そこには百%のグレープフルーツジュースしか見当たらなかった。仕方なく取り出してテーブルに置く、私はグラスを取り出してテーブルに置いた。

「これしか無かったけどいいよね」

いつもなら炭酸飲料を飲みたい気分だが、身体が影響しているのか不思議と百%ジュースでも十分だった。

「レッツ、パーティータイム!」
「先生、準備が整ったんですけど、さっそく食べましょうか」
「そうよね。熱いうちに食べましょう」

みんなでテーブルを囲むと食事の時間となった。みんながいつもの姿ならば、黙々と食べるだけなのだろうが、なぜか話しをしたくてしょうがない。片手にピザを持ちながらエリカが喋り始めた。

「それにしても、こんな風に女子会ができるなんて思って無かったね。ちょっと疲れたから、食べてる時くらいは元の口調に戻してもいいか?」
「山田君が男の口調に戻すなんてどういう風の吹き回し?」
「山田でいいよ。こうやってお前たちと女子会ができるってことがとっても感慨深くてなぁ」
「そうだったの?山田君がこの部活を創ったのが実はこのためだったのかって思うんだけど、そうかしら?」
「水田。そうだよ。部活を作れば学校に部室がもらえるし予算もつくんだからな。ずっと温めていた計画だったんだ」
「へぇ、そんなこととは親友の私でも全然気づかなかったわ」
「そうだろうよ。俺の計画は誰にも打ち明けなかったんだからな。この瓶を手に入れたのは実は結構前だったんだけど、せっかくだから誰かと一緒に使ってみようと思ってた」
「それで私たちを選んだってわけ?」
「そうなんだ。役者は揃ってる方がいいからな」
「へぇ、そんなこと考えているなんて思わなかった。だから部活を作るためにはメンバー五人を集めて、顧問の先生を見つけるっていうことに必死だったのね」
「先生も最初はかなり戸惑っていたみたいよ。みんなで小説の創作活動を行う小説同好会を作りたいなんて言われた時に顧問になるべきか考えたみたいよ」
「俺たち三人、それに名義を貸してくれる二人を集めて、顧問として仁科先生に相談したら部活動申請ができたってわけ」
「そういうわけだったんだ」
「じゃあ、残り少なくなってきたから俺はエリカに戻すぞ」
「残り少ない?」

夜も更けて来たので、そろそろ薬の効果が無くなってしまう時間が近づい来たようでエリカは話を続けた。

「ねぇ、そろそろ薬の効果が無くなる時間がやって来るので、女子会もお開きにしましょうね」
「効果が無くなる?」

目の前の二人は一緒に驚いた。

「そうよ。いや、ここからは俺の口調に戻すぞ!薬の効果は最低八時間、薬を飲んだのが午後四時過ぎだから、さすがに日付が変わる前には元に戻らないとまずい」
「時間制限があるなんて知らなかった」
「薬なんだから時間制限があるのはしょうがないだろ。まぁ、みんなでガールズトークを楽しむのが俺の目的だったから、それを知ったらトーンダウンしてしまいそうだったので、わざわざ秘密にしていただけ」
「それで、どうやったら元の体に戻ることができるんだ?」
「それはなぁ、自分の体に戻りたいって強く思いながらしばらく息を止めるんだ。苦しくなる限界が来たら自然と元に戻るってわけ」
「俺達が元に戻ったら、この三人の意識が戻るんだよな?」
「まぁ、元に戻っても俺達の行動は全然覚えていないから」
「そうなんだ。時間も無いからこのまま戻ろうか」
「あっ、ちょっと待って!仁科先生がこのスーツを着たままってのはまずいだろ。ちゃんと学校で着ていたスーツを持って来いよ」

水田が扮する仁科先生がさっき脱いだスーツを寝室から持って来た。

「お前たちの前で着替えをするのか」
「そうだって」
「俺もそれでもいいかと思っていたんだ」

そういいながら仁科先生はもともと着ていた紺のスーツ姿に戻った。この服装に戻しただけでもいつものまじめな先生に見えてしまうから不思議だ。しかし、大人の色気はしっかりと残っている。

「とにかく今すぐ戻ろう!」

山田が言った通りの方法でみんなで一斉に息を止め始めた。息が苦しくなって来ると自然と意識が遠のいて行きどこかに飛ばされる感じがしていた。



・・・気がつくと僕は暗闇の中に包まれていた。部室の中のロッカーの中で目を覚ましたのだ。暗闇の中で手を動かし自分のモノに手を触れてみると、自分の身体に戻ったことがわかった。しかし、その時、思わず汚れていると思ってしまったのだ。どうやら由希奈の心境が僕の心の中に残ってしまっているようだった。中からロッカーをこじ開けて外に出ると、真っ暗な部屋の中で二人が僕を待っていた。山田は薬の瓶を回収して自分の鞄にしまい込むと、部屋に鍵を閉めて一緒に夜間通用口から忍び出て行った。

「山田!楽しいひと時をありがとう!この経験をこれからの部活動に生かして新しい作品を創ろうな!」

水田はそう言うとさっそく自分の家に向かって行った。水田は電車通学だが、どうやら終電には間に合いそうだった。

「春彦、今日はどうだった?これからの部活動に役立ちそうだろ!」
「うん、ありがとう。でも、なんだか三人には悪いことした気がするよね」
「まぁ、そう思うのが普通だってさ。でも、俺達はエッチなことだけは一切しなかったんだからな。ちゃんと自制できたことを誇りに思えばいいさ」

僕と山田は徒歩通学で途中まで方向が同じだった。それぞれの家の分岐点まで今日の話をずっとしていた。家に帰ると僕は母さんから遅かったわねと言ったものの、エリカとの関係を執拗に聞いてくるばっかりで特にお咎めは無かった。



・・・次の日。僕はいつものように登校していた。遅く寝たものの思ったよりも疲れは無かった。校門の前で水田にも会ったが元気な様子だった。山田の下駄箱を見たが靴が無かったので、いつもは僕よりも早く登校する山田は学校を休んだのかと思った。でも教室に入るとエリカと由希奈がすでに来ていて、二人でなにやら話を続けているようだった。僕が二人に大きな声で「おはよう!」と挨拶すると、なにやら怯えたような表情を見せた。なんだか顔色の悪い二人。

「何かあったの?」

僕はさりげなく二人に聞いてみた。普段は話すことが無かったのに、乗り移っていたこともあって一気に親近感がわき話しかけることができたのだ。

「そう見える?二人だけの秘密だから川島君には話せないよ」
「そうなんだ。昨日の夜に仁科先生の家にでも行ったんじゃないの?」
「どうしてそれを知ってるの?」

エリカは耳元で小声で僕に言った。

「だって、仁科先生の家って僕のうちの近くだからね。通りかかった時に見たんだもの」
「えっ?!お願いだからこのことは黙っていてくれる?」
「まぁ、いいけど一つだけ条件を提示してもいいかな?」
「条件によると思けど何なの?」
「一回だけでいいから、今度僕とデートしてくれたらと思ってね」

すると、隣で黙っていた由希奈が突然口を開いた。

「実は私、川島君のことが好きでした!エリカじゃなくて私ならどう?」

僕が由希奈に入っていたときにも知っていた気持ちではあるが、こんなところで告られるとは思ってもいなかった。

「じゃあ、エリカに決めてもらうよ。由希奈とデートしてもいいかな?」
「私は由希奈を応援するわ。だから、川島君は由希奈と付き合って」
「ということで、エリカ様から許可をもらったので由希奈と付き合わせていただきます!」

僕は教室内に響き渡るほどの声を出していた。教室にいた一人一人から拍手を浴びる。

「川島君、とにかく昨日の夜の話は誰にも言わないでね。由希奈だって関わっているんだし、仁科先生にも迷惑かけないこと」
「わかってるよ」

そうやって和みムードになったところで、仁科先生が入って来た。今日の仁科先生は珍しく明るめのピンクのスーツに身を包んでいて、心持ちスカートも若干短いように見えた。みんなが一斉に自分の席に戻ると朝のホームルームの時間が始まった。

「今日は山田君が風邪で休むと聞いています。他に欠席者はいるかしら?それと川島君、放課後になったら隣のクラスの水田君も連れて職員室に来てくださいね。ちょっとお話があります」

僕は由希奈と付き合うことが決まって早々、仁科先生からは呼び出しをくらってしまった。初デートは明日以降にしようと、すかさず由希奈に伝えていた。



・・・放課後、僕は水田と一緒に職員室へと向かっていた。水田も仁科先生から呼び出されていたのだ。僕らはもしや昨日のことがバレてしまったのではないかと、不安な気持ちになりながら仁科先生の元を訪れた。

「来たわね。それじゃあ、行きましょう。私について来なさい」

すると仁科先生は職員室の机の下から紙袋を持ってとある場所へと向かった。それは、僕らの部室だった。鍵を開けて中に入ると、鍵と閉めてカーテンをしめていた。

例によって椅子に座るや、仁科先生から説教を受けるのだった。なぜか昨日のことが筒抜けだったのだ。大人の女性はさすがに違うと感じた。そして、たっぷりと絞られた後で仁科先生はさっきの紙袋の中を開いて中から何かを取り出した。仁科先生が取り出したのは何と昨日見た水色のチャイナドレスだった。さらに、昨日の瓶が二本一緒に入っていた。

「二人ともまだ気がつかないのかな?」
「まさか?」
「あっ、そうか!」

仁科先生はニヤリと笑うと、高笑いしていた。

「おほほほほ!ようやく気づいたのね。今日は朝から仁科先生に乗り移っていたんだよ。気づかなかったのか?」

どうやら山田は休むと言いながら仁科先生に取り憑いていたようだ。

「薬はもうなくなったんじやなかったのか?」
「それがだな。薬はこの瓶によって作れるんだ。水を入れていた時間だけ最大二十四時間まで効果が現れるんだ。昨日のは時間がなくて八時間までだったけどな。今日、俺が飲んだ薬は二十四時間効果が続くんだよ。だから、明日の朝までこのままでいられるんだぜ、なぁ、今日も一緒に楽しまないか?」
「山田が仁科先生になっていたのは本当に今日の朝からだったのか?」
「もちろん、そうさぁ。朝から俺が仁科先生を演じていたんだぜ。これから次の『女子会』について話し合おうぜ!」

こうして僕らは次なるターゲットに向けて新しい作戦会議を始めるのだった。

(完)









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