Ubiquitous Experiment

作:夏目彩香(2003年3月21日初公開)




いよいよ私が勝手に計画した実験が始まることになりました。午後6時にここで待ち合わせることになっているのは三枝萌の友達である野宮優子。萌ちゃんには隆くんが取り憑いているのだけれど、私の家でかなりの記憶を読み出したみたい。何も慌てることなく安心してここまで来ました。ハイヒールの鳴る音も全く同じになりました。

話をするとばれちゃうかと思ってメールで約束を取ったけれど、そんな必要はなかったかもしれません。隆くんはすっかり萌ちゃんになりきってる。ていうか、萌ちゃんそのものだったんですから。2人でしばらく待っていると向こうの方から手を振ってくる女の子の姿が見えました。萌ちゃんが手を振って答えたってことだから、いよいよ彼女が登場しました。実験開始。

野宮優子「萌〜。待った?」
彼女は朝に見かけた時と一緒のミントグリーンのワンピースを着たままでした。
三枝萌「ううん。今、来たところよ。あっ。紹介するね。私の友達の夏目彩香さん。優子を紹介して欲しいって言うから、今日集まることにしたの」
とりあえず、萌ちゃんが事情を話してから私の出番となりました。
私「はじめまして。夏目彩香と言います。これからよろしくね」
彼女のことは萌ちゃんから聞いていたので、だいぶわかっていますが、さすがに初対面なので、印象がよくなるようにすっきりと挨拶をしました。
野宮優子「萌の友達だなんてはじめて聞いたわ。萌ってあまり友達がいないから。まぁ、よろしく」
落ち着いた対応をしてくれることを見るとすっかりと本物の萌ちゃんだと思っている様子。
三枝萌「彩香は最近友達になったばかりなの、まだ知らないことが多いけど、気があっちゃって、すっかり仲良くなったの」
この時私は、どうして気があったのかについては触れないように祈っていました。
野宮優子「そっか〜。わかったわ。あっ。そう言えばさっきは萌、何だったの?授業終わってから急に先に帰ってなんて言うもんだから」
こうして、話はすっかりと昼の話題に戻ります。
三枝萌「あぁ。さっきは、ちょっと急用を思い出しちゃってね。それで、優子には先に帰ってもらったの」
そんなこと言ってたんだとここではじめてわかりました。
野宮優子「そっか。私気にしてないから大丈夫よ」
やっぱり友達って違うよね。彼女は見るからに気にしていない様子でした。
私「と言うことで……萌ちゃん、優子さん。これからどうしますか?」
一応、最初は優子さんって言ってみたんですが、緊張していました。
野宮優子「優子でいいよ。どうしようか、萌?」
彼女は萌ちゃんの方を向いて話を続けています。それは、いつも朝に見かける光景と同じでした。
三枝萌「そうねぇ。優子が決めてくれる?」
すっかり萌ちゃんが板に付いた様子。
野宮優子「じゃあ。いつものようにあたしの店に行きましょうか」
あたしの店なんて言い方が気になったので、私は口を開きました。
私「優子さん。あたしの店って何なんですか?」
すると萌ちゃんが間髪入れずに答えます。
三枝萌「彩香。飲み屋に決まってるじゃない。優子は底なしなんだから」
私は飲めないんだけどなぁ。しょうがないからこの時はついて行くことにしていました。
野宮優子「萌。余計なことは言わなくていいの、あたしの行きつけでいいわよね」
萌ちゃんと優子さんのやりとりを見ていると、私もこんな友達になれたらって思ってしまいました。
三枝萌「うん。いいわよ」
そうして、私たちは優子さんのよく行く店へと行くことになったのです。

結局来たのは、居酒屋でそれもそこらにあるB級居酒屋でした。どうせ飲みに行くのならもっといいところに行きたいけれど、しょせん値段が安くて味がそこそこってのがいいのだろうなって思いました。私も一緒にいましたが、そんなに飲める方ではないので、最初からサワーを頼もうとしたのですが。

野宮優子「彩香さんって言ったっけ?あたしと飲むときは最初は生ビールにしてくれる?サワーなんて子供の飲むものなんだから」
優子さんって、案外乱暴な言い方をするなって思っていると。
三枝萌「優子、それは言い過ぎよ。彩香ってあまり飲めない方なんじゃない?強要しちゃ駄目だって」
さすがに萌ちゃん。私のことをかばってくれます。
私「優子さんがそう言うなら、最初だけは生ビールでもいいですよ」
そうは言っても優子さんとは初めて会うので、最初だけはつきあいと思って。
三枝萌「彩香、無理しなくてもいいのよ。優子はこうは言ってるけれど心はとっても優しいんだから」
やっぱり萌ちゃんは優子さんのことならなんでも知ってるよう。
野宮優子「フフフ。あたしのことは気にしなくていいわよ。お酒弱いなら仕方ないから」
いつもこうなのか、あっさりとした表情でこう言ってくれました。
三枝萌「私は優子につきあうわ。生ビールを頼んでくれる?」
萌ちゃんと優子さんの掛け合いは絶妙なタイミングで決まっています。
野宮優子「オッケー。じゃあ、彩香は何にする?サワーもたくさん種類があってね」
私はこう言うのが苦手で、どうしようかなって思っていると杏を見つけたので。
私「う〜ん。そうですね。杏、これがいいな。杏をお願いします」
ここでは優子さんがしきり役、優子さんに頼むような感じでした。
野宮優子「食べ物は、まずは私が適当に頼むからね」
適当と言った途端に、萌ちゃんが横から入ってきました。
三枝萌「優子。鶏の唐揚げだけは忘れないでね。私からのお・ね・が・い」
いつもこんなやりとりなんでしょうか。私はこういうノリにはついて行けません。
野宮優子「もちろんよ。萌の好物は外さないわよ」
好物でなくても定番な気がしていました。
私「私はなんでもいいので、早く注文しちゃいましょう。ボタン押していいですか?」
ボタンを押すとすぐにホールさんがやってきて、優子さんがてきぱきと注文をしていました。

野宮優子「あたしたちの友情に乾杯!」
テーブルの上に飲み物と食べ物が取りそろうと、乾杯をして飲み始めました。
三枝萌「彩香、私たちみてどう?羨ましいと思う?」
すっかり萌ちゃんとして板についてきました。
私「うん。そう思います。友達が少ないので、こんな風に遊べる友達がいたらなって」
私はお酒が入ったためもあってか、少しフワフワとして来ました。
野宮優子「そうでしょ。あたしと萌は旧くからの親友だからね。お互いにわからないことが無いくらいだよ」
萌ちゃんが優子さんと旧い親友だったとはここで初めて知りました。
三枝萌「そうだよね。優子の初恋の相手とか、高校の時つきあいたかった憧れの先輩とか、私しか知らないもんね」
普通だったら他の誰かが知っていそうなものだけど、友達の中で秘密を守るのが強かったようです。
私「そっか。じゃあ、優子さんは萌ちゃんの初恋の相手知ってるわけですよね」
私は調子に乗って思わずそう言いました。
野宮優子「そうよ。萌の初恋は中学3年の時だったよね。言っちゃっていいかしら?」
中学3年ってことはだいたい5年くらい前、そんなに昔の話ではないようです。
三枝萌「ダメダメダメ。それ言うのはやめてよ〜」
萌ちゃんは険相を変えて言うのを止めてきました。
野宮優子「別にいいじゃないの。中学の時の話なんだから、もう関係ないって」
萌ちゃんは少し息を荒らげるような感じです。
私「そうですよね。優子さん。私が知っちゃ何かまずいことでもあるの?萌ちゃん」
私には何がそんなに心配なのか疑問に思うことばかりでした。
三枝萌「そんなんじゃないけれど、彩香に言うのはまずいと思って」
そう言うと、私の目をじっと見つめながら萌ちゃんは言ってくるのです。
野宮優子「なんで彩香にはまずいのよ。最近知り合った友達なんでしょ。わかるはずが無いよ」
そうそう。私が知っているはずが無いのに、駄目だってのはおかしな話だと思いました。
三枝萌「そうだけど。もし彩香が彼の知り合いだったりしたら恥ずかしいもの」
私の知り合いなわけがないので、強気で言ってみます。
私「そんなことあるはず無いでしょ。言ってみてよ。萌ちゃん」
そう言っても萌ちゃんは口を破ろうとはしませんでした。
野宮優子「じゃあ。萌が言えないんだったら、私が言っちゃうよ」
どうやら優子さんは言いたそうな口ぶりです。
三枝萌「それは駄目駄目。じゃあ。もうちょっと飲んでからにしない?」
どうやら萌ちゃんには何か事情がある様子。このとき、隆くんが取り憑いてるからなのか、そうじゃないのかはわかりませんでした。
野宮優子「そっか。わかった。あたしまた頼むからね」
優子さんはあっさりと了解します。もうちょっと飲んでからって言ったのですが、私はまだ2口ほどしかお酒に口を付けていませんでした。優子さんのグラスには一滴も残っていなくて、気づくとまた頼んでいる様子でした。

私「優子さん。今のグラスで何杯目ですか?」
そう時間が経ったわけでは無いのですが、優子さんはかなり飲んでいました。
野宮優子「そうね。まだ5杯目くらいだとおもうけど。彩香はようやく1杯終わったところなの?」
萌ちゃんが少し前から化粧室に行って優子さんと2人きりになっていました。
私「私はもうこれが限界です。萌ちゃん、なかなか帰ってこないですね。化粧室で倒れてるなんてことないですか?」
萌ちゃんも結構飲んでいたので気になりました。
野宮優子「そんなことないわよ。萌は飲みに行くと必ず途中で化粧直しに行くから、あたしと違っていつも『美』について考えている子なんだからね」
優子さんがこうやって語り出すのをもう何回見たことか……
私「そっか。まぁ、2人を見ているとわかりますよね」
あまり深い意味は無く出た言葉でしたが、優子さんは気にすることなく話を続けました。
野宮優子「そう言うこと。だから、いつもあたしはもっと気にしたらって言われているよ。それなりに気にはするけど、豪快に生きるのが私のモットーだから仕方が無いの」
まぁ、見た感じそうですね。
私「ところで、さっきの話なんですけど。萌ちゃんの初恋の相手って誰なんですか?」
萌ちゃんがいないうちに私は核心に迫った話をすることにしました。
野宮優子「う〜ん。そうねぇ。萌の初恋の相手は、同じクラスの男子でね。ちょっと変わった人だったのよ」
そこまで言うと、萌ちゃんが化粧室から帰ってきました。
私「遅かったね。萌ちゃん。心配したよ」
化粧室に行ってかなりの時間が経ったので本気で心配していました。
三枝萌「彩香、心配しなくていいよ。いつも私はこうだから」
すると、優子さんがすかさず続けます。
野宮優子「ねっ。あたしの言ったとおりでしょう。いつもなんだから」
いつものことだなんて、萌ちゃんについてまだまだわからないことが多すぎます。
三枝萌「私がいない間に2人で何を話していたの?気になるなぁ〜」
そう言われた途端に私は少し驚いた表情をしましたが、本当のことを言おうと思って口を開きました。
私「優子さんに、萌ちゃんの……」
そこまで言いかけたところで、優子さんが私の口を押さえて続きを言えなくしました。
野宮優子「萌の私生活について聞かれてたのよ」
優子さんがフォローに出てなんとかしてくれました。
三枝萌「そっか。じゃあ、あれはまだ言ってないよね」
なんだか萌ちゃんの方からいいたような様子。
野宮優子「すっかり忘れてた〜。初恋の人についてはまだ何もだよ」
化粧室に行ったのは実は、そのことを話そうかと考えていたのでは無いかと思いました。
私「いよいよ、教えてくれるの?萌ちゃんの初恋の人って?」
私が期待感を持って尋ねると。
三枝萌「そうねぇ。もう1杯いただけるかな」
もう少し、気合いを入れる必要があったみたいでした。そこに置いてあるグラスを一気して飲むと、萌ちゃんの口から初恋の人の名前が出てくるのでした。
三枝萌「よ〜く。聞いていなさいよ。私の初恋の人の名前は〜」
私は固唾をのんで萌の口から出てくる言葉を待っていました。
三枝萌「杉本隆よ」
杉本隆って、それってもしかして隆くんのことだと私は瞬間的にわかりました。
野宮優子「そうそう。隆くんだったよね。いつも変なことばかり空想している癖がある」
私はこの時、頭がおかしくなりそうでした。もしかして隆くんはそれを知っていて萌ちゃんに取り憑いたのでは無いのかと。顔では冷静に対処していましたが、心の中には疑問符がいっぱいに広がっていました。
私「杉本隆って、平凡な名前ですよね。どこにでもいそうな名前」
確かにどこにでもいそうな名前なので、違う杉本隆という可能性だってあるわけです。
三枝萌「彩香はそんな人知らないわよね」
萌ちゃんは深いことを優子さんに知られたくないのかのよう、目で合図をして言ってきました。
私「もちろん知らないよ。初めて聞いたから。ちょっと驚いただけ」
さっきの、合図を見ているとやはりと言う思いが捨て切れません。
野宮優子「懐かしいなぁ。萌が隆くんのことを好きだったあの頃。それを考えるといろんなことを思い出すわ」
このとき、私がふと時計に目をやると午後10時を過ぎていました。うちは門限があって、午後11時までには帰らなくてはなりません。萌ちゃんが私の服を着ていたので、結局、ここで優子さんと別れて来ました。家までに帰る道で萌ちゃんと話をしながら帰ってきたのですが、ここで私の疑問がまた解けたのでした。この続きは、時間のある時に書きますね。







 

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