僕らの不思議なペンダント

作:夏目彩香(2008年10月7日初公開)




その日、僕は学校へ向かう道をいつものように歩いていた。もうすぐ夏休みがはじまる時期、都心の空気は暑くて黙っているだけで汗がにじみ出てくる。

曲がれば学校の正門が見える交差点で、突然目の前に人影が見えたかと思うや僕に向かって突っ込んで来た。ほんの一瞬だったがうちの学校に通う女子生徒のよう、彼女の「きゃ〜」と言う叫び声とともに僕らは道端に倒れ込んでしまった。

「痛ててててて〜ぇ」

すぐに意識を取り戻した僕は立ちあがって制服についた埃を取り払おうとしたが、自分の身に起きた出来事に気づいた。いつもより広い視界に、低い目線、目の前からはいい香りに包まれた長い髪。手を胸元にやるとほんのり膨らんでいて、紺色のスカーフが結ばれている。足元にはスカートが広がってきれいな足がローファーに入り込んでいる。これは間違いなくうちの学校の女子制服だ。

「まさか」

思わず声を出してみるといつものバリトンではなくソプラノの甲高い声となっていた。すると目の前に見慣れた人物が立ち上がり、目をパチクリさせながら僕に話しかけてきた。

「ごめんなさ〜い。怪我はありませんか?」

そうやって声をかけたのは僕だった。眼鏡をかけていないので、目の前がぼやけているに違いない、落ちていた眼鏡を手に取りかけさせた。すると目の前にいる僕の目が大きく広がった。

「えっ?どうして私が目の前にいるの?それに何?このおかしな感覚?まさか、これって男子の制服じゃない。もしかして……」

気が動転していながらま目の前の僕は冷静に対応している。二人が衝突した際に入れ替わってしまったらしい、

「あのさ、君にはこの姿が自分の姿に見えるんだよね。僕には目の前の君が僕に見えるよ。どうやら僕らは入れ替わってしまったみたい」
「えっ!?そうなの。あなたの言ってることから察するにそうに違いないわね。すべては私が焦っていたばかりに起きたことよね」

目の前にいれ僕はやはり冷静な対応をしている。普通なら気が動転してどうすればいいのかわからなくなるはずだ。まるでこうなることを知っているかのようだ。

「君ってずいぶんと冷静なんだね。こんな信じられない状況なのに」
「だって、どんな状況でも落ち着いて対処するしかないでしょ。それに、私たちのように入れ替わったりする話はよく読んだりしていたから、まさか自分の身に起こるとは思ってもいなかったけどね」
「わかったよ。僕も冷静になってみるから。これからどうしようか?今日の授業に出るなんて無理なことだし」
「ここまで来ちゃったけどなんとか、サボるしかないわよね。お互いの情報交換とかやることが色々とあるだろうし」
「じゃあどこで情報交換しようか?」
「駅前にお気に入りからカフェがあるんだけど、そこにしない?」
「いいよ」
「じゃあ、通学路から外れて駅にむかいましょう」

こうして名前すら交わしていない二人は通学中の生徒が少ない道を使って駅へと向かい、いつも行っているコーヒーショップとは違って席で注文をする店に入った。



僕らが座ったのは窓側にあるソファ席、横に並んで座るのでいつもカップルで塞がっいるのだ。彼女がどうしてもここに座りたいというので、この席に座った。端から見れば僕らも普通のカップルに見えるのだろう。しかし、ただのカップルでは無かった。注文したコーヒーが出されて店員さんが立ち去ると、僕の姿をしている彼女の方から話が始まった。

「ここの席ってなかなか座れないんだよね。この時間だから楽々座れるなんて、今日みたいな日じゃないとなかなか無いかもね」

どうやら彼女はこのソファに憧れていたらしく表情が明るかった。二人が並んで座っているので、上半身だけを向かい合わせている。

「ところで、僕らって名前すら交換していなかったよね」
「あっ、そうだね。私、とは言っても今はあなたが私だけど、2年4組の椿彩香(つばきあやか)」
「えっ、2年?じゃあ1つ年上だね。僕は1年2組の日野順平(ひのじゅんぺい)」
「この身体、順平って言うのね」
「そして、彩香先輩の身体」
「先輩だなんて、彩香でいいわよ」
「僕の身体に向かって彩香って呼ぶのもおかしくない?」
「それもそうね。周りから見た姿に合わせるべきじゃないかな。じゃあ、これからは私のことは順平って呼んで、あなたのことは彩香って呼ぶわね」
「僕に向かって彩香だなんてなんだかくすぐったい感じがするなぁ」
「それはお互い様だと思うわよ。彩香」
「だから、それがくすぐったいって、順平って呼ばれるのも同じなの?」
「そりゃそうよ。私はずっと彩香って呼ばれて来たんだから。順平って呼ばれるのはなんだか違和感があるわよ。でも、私たちの姿からすればそれが正しいじゃない」

僕はカップに入っているコーヒーを口に含んだ。いつにもコーヒーの苦味増しているので、思わずテーブルにある角砂糖を2個入れた。

「いつもはブラックしか飲まないんだけど、彩香はブラックは苦手?」
「もちろん苦いのは苦手よ。だからこんな風にラテをさらに甘く調整して飲むのよ」
「あっま〜い。なにこれ?」

僕の声でそんな言葉を出されるとなんだか妙な気分になる。中には彩香が存在するんだからしょうがないと言えばしょうがない。

「僕は普段から糖分を採らないからね。それ甘すぎると思うよ」
「やっぱりね。身体が変わってしまうのってかなりの影響があるわよね」
「どうして入れ替わったんだろう。確かにもすごい勢いで衝突したけど、あれくらいで入れ替わるなら、今までにもたくさんの事例があるだろうし」
「そうよねて私は衝突の勢いだけが関係しているんじゃないと思うの」
「他にも何か要因があるってこと?」
「そうよ。そうに違いないわ。順平と私の間にある何かを介して入れ替わったんだと思うのよ」

そう言うや、僕は自分の首にペンダントネックレスがかけられていることに気づいた。胸元からペンダントを取り出して目の前で確認してみた。

「あれ?これってかでどこ見たことある気がする」
「何?あっ、そのペンダントは私のひいおばあちゃんからもらったものよ」
「そうそう、これに似たものを僕も首から下げているんだけど」
「えっ?そうなの?全然気づかなかったわ。じゃあ、取り出してみるわね」

すると、彩香さんは胸元のボタンを取って自分の胸を露にした。もちろん、それは僕の胸だったのだが、なんだかそのワイルドさに思わず胸がときめいていた。

「これよね。私のと並べてみようか」

そう言ってお互いのペンダントを見比べてみると驚くほどに似ていることに気づいた。

「なんだかこれ嫌に似すぎていない?」
「まるで左右対照になっているような気がするけど、あっ」

そう言って僕は2つのペンダントを繋ぎ合わせてみると十字架の形が現れた。

「やっぱり。これってもともとは1つだったんだよ。これは僕のひいおじいちゃんからもらったんだ。高校に入ったからかけてみようかと思ってね」

彩香がペンダントの裏にある刻印に目をやるとこれらのペンダントは元が同じことに気がついた。

「私のペンダントにはひいおばあちゃんの名前が刻まれていて、順平のペンダントにはひいおじいちゃんの名前が刻まれているわ。これは間違いなくひいおばあちゃんとひいおじいちゃんの形見よね」
「ひいおばあちゃんとひいおじいちゃん?どっちも名字が違うからじゃない?」
「簡単に話すとね。ひいおばあちゃんとひいおじいちゃんは結婚していなかったのよ。だけど、子供ができちゃって、そこから私のおばあちゃんも生まれた」
「子供って一人じゃないの?」
「生まれたのは双子だったの、二卵性だから性別は違ってね」
「まさか、それが僕のおじいちゃん?」
「そうみたいよね。私たちは親戚ってことになるわよね」
「それとこのペンダントって何か関係があるの?」
「双子が生まれたから、記念に造ったって聞いてるわ。まさか、この片割れをあなたが持っているなんて思いもしなかったわ」
「そもそも僕と同じ学校に、親戚が通ってるなんてわかるはずないです」
「そうよね。私だって向こうの親戚のことはあまり聞いたことが無かったから、双子なのに引き離されて暮らしたそうだから」
「入れ替わりが起こった理由として僕の考えも切っ掛けになってるのかな?」

僕は口に出すのを一度やめてから言葉を続けた。

「実は僕は、恥ずかしいことだけど女装願望が僕にはあって、女子の制服を着てみたいって前から思っていて」
「で、制服だけじゃなく私を着てしまったってそういうこと?女装願望なんて恥ずかしがらなくていいと私は思うわよ。女装男装なんて社会的な構造上できたんだろうから。私は男子にスカート穿かせてもいいと思うくらいだから。私、順平の身体になって思うんだけど、股の間にあるものが妙に気になるのよね。スラックスの中の窮屈な場所にあるものが大きくなろうとしてるの、でも前から男子の身体がどうなってるのか興味があったのよ。それが、よりによってこんな形で実現したんだけど、その考えも原因なのかな」
「僕らの考えにも問題があるのかもね」
「そうじゃないかな、私はネットで入れ替わりとかの話を読んだりしてるから、そんな考えも原因じゃないかと思うわよ」
「ネットで?そんなのがあるんだ」
「あっ、もしかして、このペンダントを使えば元に戻れないかな。なんかそんな気がしてきた」
「じゃあ試しに、ペンダントを十字架の形にくっつけてみない?」

そう言うと僕らは二人がそれぞれ持っているペンダントの切り口を合わせてみた。すると、二人の身体が一瞬光輝きお互いの身体に変化が起こった。

「あっ、私の身体!」
「僕の身体!」
「戻ってる!!」

自分の身体に戻った僕らは、再度確認のためにペンダントをつなぎ合わせた。すると、さっきと同じように身体が輝き一瞬だけ気を失った。

「やっぱり」
「そういうことだったのね」

僕らは再びそれぞれの身体に入れ替わっていた。

「これを使えばいつでも入れ替わりができるんだね。じゃあ元に戻って平安な生活に戻ろう!」
「私もそうしたいんだけど、ペンダントが十字架に戻ってしまったのよね。戻れなくなったのかも」
「ん〜困ったよね」
「このままお互いのフリをして生きて行くしかないのかな?」
「そんなこと無いと思うわ。このペンダントがあればまた元に戻れるはず。たぶん、私たちの親戚に会えば何かわかるかも」

そう言うわけで僕らは元に戻る方法を探るため、すぐに始まる夏休みを利用して、疎遠になったお互いの親戚をたずねることにしたのだ。




 

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