雪の積もる夜に

作:夏目彩香(2005年11月24日初公開)


 

空から降って来る白いものが、優しく降り積もる夜。いつもはさわがしい街もひっそりとして、まるで時が止まったかのような世界です。いつもとは違う風景の中を私、保川奈美(やすかわなみ)は歩いていました。

静かに降り積もる雪にすっかり気を取られて、背後からの人の気配に気づいていませんでした。思った以上に雪が音を奪っていました。いきなりハンカチを口に当てられたかと思うや急激な睡魔に襲われ、そのあとの記憶は無くなっていました。

数時間は経っていたのでしょうか。意識を取り戻すと、床の暖かい温もりな伝わって来ました。見たことの無い家の中、自分の家では無いことがすぐにわかりましたが、それ以上のことはよくわかりませんでした。この時の私は何も身につけていませんでした。全身に力が入らず意識が朦朧としていました。

すると、ドアが突然開いて見知らぬ高校生くらいに見える男の子が入って来ました。裸の私は逃げることもできず、突然のことに恐怖で怯えました。体が動かないため、半ば諦めることで恐怖から逃れようとしていました。

彼は私の目の前まで来るとにたっとした表情で笑いを浮かべていました。

「お姉さん、体の調子はどう?」

「……」

「まだ話せないか、無理も無いよなぁ、この睡眠薬って効きがいいもんね」

彼の言ってることに反発しようにも反発できませんでした。

「でもとにかく大丈夫だって、これも俺たちの計画のためだと思って、もう少しお休みしててよ」

そう言うと彼は、私の顔にハンカチを当てて、そこから先の記憶は私にはありませんでした。

次に目を覚ましたのは昼頃、やはり同じ姿のまま同じ部屋にいました。首から上は動くようになったので、さっきよりは周りの判断をすることができました。よく見るとこの部屋には窓も無く、物置にいるようでした。目の前にはドアがあるだけです。

さっきは、そのドアの向こうから見知らぬ男の子がやって来ましたが、今は誰も入って来る様子がありませんでした。全身に力を入れようとしても思うように力は入らず、起きあがることもできない状態でした。物置の中が暖かいことが唯一の救いでした。

またドアが開きました。さっきの男の子が現れるのかと思っていましたが、私のよく知る人物だったのには驚きました。入って来たのは妹の真美(まみ)でした。なぜこんなところに妹が?私は不思議でたまりませんでした。

「お姉さん、目ぇ覚めた?もう少し待っててくれるかな?

いつもとは違って真美は私のことをお姉さんと呼びました。いつもの雰囲気とどうやら違うようです。

「……」

私は声を出そうとしましたが声はでませんでした。口の回りの筋肉がうまく動かなかったのです。すると突然、真美は自分の唇を私の唇に重ねて来ました。

「妹からキスされるのってどう?フフフ」

真美はいつもと違っていました。確かに外見は真美だけれども中身が違う感じを受けました。紺のワンピースに包まれて、長い黒髪をなびかせる姿に妙な違和感を感じるのです。そうするうちに、妹の携帯のメール着信音が鳴りました。携帯を開いてメールを確認している姿はいつもの真美の姿、女子大生の姿そのものでした。携帯を閉じて私を見るといいました。

「もうここの玄関に着いたみたいよ」

真美はまるで独り言を言うみたいに、私に言いました。どうやら誰かがここにやって来るようです。誰がやって来るのかはこの時点では想像だにできていませんでした。

真美がドアを開けて外に出ると「ただいま〜」という声が聞こえてきました。ドアの向こうのやりとりなので、誰がやって来たのか見えません。

「お帰り。どうだった?」

「うまくいった」

「そっか、じぁ成功したんだ。まずは会っていったらどう?」

「そうだな。会っていこう」

そう言うやいなやドアが開き、真美と一緒に入ってきたのは、紛れもなく私の姿でした。昨日の服装とは違うけど、私のお気に入りの服を着込んでいまたした。真美と一緒にいると紛れも無く姉妹がそこにいるようです。

「あの、はじめまして」

私と似たような声で目の前の私が挨拶をして来ました。私とはどことなく違う声でしたが、携帯で動画を撮った時に聞いたような自分の声でした。明らかに私?だと思いました。

「あなたは誰なの?」

ようやく口が回るようになった私は、まるで鏡に向かって問いただしているようでした。妙に冷静にたずねることができました。

「どうやら口が動くようになったみたいね」

いつも私が見せる表情とは少し違う表情で笑ってみせる目の前の私。

「誰なの?」

思わず、さっきよりも強い口調で言ってみました。

「私は幼い頃に生き別れたあなたの姉よ。私たち双子だったの、すなわち誕生日はあなたと一緒」

その言葉を鵜呑みにすることはできませんでした。後ろで真美が笑いを堪えているように見えたからです。真美は言いました。

「私にはお姉さんが二人いたのね。生き別れてもまったく同じ顔、同じ髪型だなんて、さすが双子よねぇ」

いくら双子と言ってもこれほどそっくりなはずがありません。双子だとしてもここまで同じことなんて無いのです。私は何かが違うことに気づきました。

「双子なわけないじゃない、あなたは一体誰なの?」

少しヒステリックな声が物置の中で響きました。

「フフフ、いいわ。ちょっとからかってみただけよ。大丈夫、私の正体は後でちゃんとわかるから、今言えるのはあなたと全く同じ遺伝子を持っている。いいえ、全く同じ遺伝子を手に入れて同じ姿になっている。あなたの知らない記憶の部分からゆっくり話してあげるわ」

そう言うと目の前の私は、私の知らない淡い記憶を話しはじめた。


あれはあなたが襲われた夜からはじまるのよ。雪がしんしんと降り積もる中をあなたは安心して歩いていたわよね。その背後から近づいて来た何者かに睡眠薬入りのハンカチを口にあてがわれ、気を失ったように眠ったのね。何者かというのが私の正体になるわ。

すぐにあなたをこの物置に連れて来て、あなたが身につけているものを全て脱がしてしまったわ。ぐっすり眠っているあなただから抵抗することも無く、簡単に脱がされてしまったと言うわけ。

そのあと、あなたの髪の毛を数本切って、私の右手にあるものと同じ小さなカプセル入れてから、そのカプセルを口の中に入れて飲み込むことで、あなたと同じ姿に変化したのよ。わかる?

このカプセルには、もともとあった遺伝子情報をカプセル内の遺伝子情報に書き換える効果があるってわけ。要するに私はあなたと瓜二つ。姿だけじゃ無くて、今までの記憶や思考パターンみたいなものも一緒にもらうことができるわ。あなたと寸分違わない行動をとれるから、あなたの分身とも言えるわね。

でもね、身に付けているものは全く変化しないから。あなたの身に付けているものをちょっと借りたってわけ、とりあえずこの紙袋の中に下着と部屋着用のワンピースがあるから、体が動くようになったら着てちょうだいね。

とりあえず話を先に進めると、あなたの身に付けていたものを全て借りて身につけ、まずはあなたの家へ行ったわ。マンションでの一人暮らし、管理人さんにはいつもあなたがするよう挨拶をして、オートロックを抜けてあなたの部屋に入ったの。

がらんとした部屋の中、まぁ女性の一人暮らしだから必要最低限のものがあるだけよね。まずは化粧台に向かって、ちゃんとカプセルの効果が現れているかのチェックも兼ねて、あなたの姿をよく観察したわ。

シャワーを浴びてからバスローブ姿のまま、ベッドに入って次の日の朝が来るまでは眠っていたわ。寝る前にあなたの妹と、さっきここであなたが会った男の子にメールをしておいたわ。

そして、次の日の朝早くから身支度をして妹が来るのを待っていたのよ。あなたと全く同じ化粧をして準備万端、あなたの妹がやって来ると、あなたのように応対したってわけ。ここまではいいかしら。

しばらくして、あなたの妹には同じように眠ってもらったわ。そのタイミングを見計らって、さっきの男の子が来たってわけ。彼はあなたの家に来る前にこの物置であなたをもう一度眠りにつかせてからやって来たわ。

そして、あなたの妹は言わなくてもわかるわよね。その彼がここにいるあなたの妹、いいえ、あなたの妹の姿をした彼なの。あなたの本当の妹はあなたの家で眠っているから安心してね。これで、新しくあなたたちになりかわった姉妹が誕生したってわけ。

あなたのクローゼットの中から一番のお気に入りの服装を取り出して私は身につけたわ。ダイヤ柄の黒いストッキング、ミニフレアの茶系チェックスカート、それに白のニットにキャメルのジャケット、足下にはハイヒールの白いショートブーツを身につけたの。

その姿で私たちは一緒に外へ出かけることにしたの。雪がうっすらと積もる外を歩きながら、ある人物に会うため待ち合わせの場所に向かったってわけ、その待ち合わせの場所っていうのがあなたの家から近くのコーヒーショップで、私はラテを妹はカプチーノを頼んでおくの席に座ったってわけ。

少し待っていると、予定の時間になって、その人物がやって来たってわけ、私だけ席を立って、彼に近づいて行ったわ。その彼って言うのがカプセルの生みの親ってわけ。それから、彼と一緒にデートをして、彼が準備したプランに沿って色々と楽しんで来たわ。

彼は私とのデートを絶対にやりたいて思っていた。カプセルの完成度、しっかりと出来ていることをこの目で確かめたいって言ってたわ。あなたを拉致するような真似をしたのは、彼が確認するためだったの。全部、彼の責任ってわけだけど、携帯で写真を撮ったから見せてあげるわ。


携帯電話に並んで写っているのは、お似合いのカップルでした。それもそのはず、彼は私の彼氏だったからです。写真の中の私は、目の前の私と服装が同じことからも一緒に撮ったものに間違いなさそうでした。

私の彼氏がこんなものを作っているとは思えませんでした。あんなにいつも一生懸命に仕事で遅く帰っている人に、仕事以外の時間を使ってカプセルを開発する余裕なんて無いだろうから。

しかし、私は目の前にいる私の言葉を信用するしかありませんでした。いつの間にか体が動くようになり、さっき目の前の私が用意してくれた下着と部屋着のワンピースを着て、彼女と話してみたいと思いました。

「あなたの話を聞いたけど、このカプセルを作ったのは私の彼氏なのね」

単刀直入に聞いてみたいことをぶつけてみました。

「そういうことよ。このカプセルの試験台としては自分のよく知る人物がよかった。内面はともかく体のことをよく知る人がよかったのね」

「それって、要するに私と性交渉したことがあるからよね」

「そうね。遺伝子情報がしっかり反映されているか、細かいところを確認するには、自分の彼女を対象にしたかったみたい」

それを聞いた時、私はちょっとがっかりしてしまいました。彼氏に隠し事をされてしまったからです。

「そんなことだったら予め言ってくれたらよかったのに、隠し事があるのってなんだかずるいよ」

私は一気に自分の言いたいことをはき出しました。

「あなたの気持ちもわかるわ。あなたの体から、そんな気持ちが伝わって来るもの。ただ私はあなたの彼氏から報酬までもらってるから、その役目を遂行する義務があるの」

「それでも卑怯だよ。私のこと全然考えてくれないみたい。まずは、私のことを考えてくれるといいのに。でもあなたからその話を聞いて、わりと落ち着いているみたい。二人で話してるとなんだか、独り言みたいだけど」

「それもそうね。私たちは寸分違わない双子だもの、フフフ」

私もつられて笑ってしまいました。

「でもあなたは私と違うのよね。私の考え方だけで無く、本当のあなたの考え方もできるんでしょ。私の考え方がわかるなら彼のことをどうしたいかわかるわよね」

私の考え方がわかるのだろうと、それがわかるように尋ねてみました。

「まぁね。私もこの体になってかなり馴染んだわ。こんなしゃべり方だって普段は絶対に無理よ。あなたが考えているのは彼氏に反省して欲しいのよね。黙っていないでまずは話してっていいたい。そうでしょ」

「その通りよ。彼氏にはちょっとだけ懲らしめてあげたいわ。双子のお姉さんが手伝ってくれるなら」

双子のお姉さんに手伝ってもらえれば、なんとかなるかも知れないと私は考えていました。

「私に手伝って欲しいんでしょう。同調しちゃうとやらないわけにはいかないわね」




街の中はすぐにも暗くなり今日もまた雪が降っている。新しい雪が降り積もると、今まで残っていた足跡が消えていく、新しいキャンパスには自然に新しい足跡がつくように、歩いている人は僕の他に誰もいなかった。

静かな道を歩いて家へ帰ろうとしていた時、背後から何者かが迫っていた。そんなこととはつい知らず歩いていたが、背後からハンカチを当てられ気を失ったように眠ってしまった。

眠りから覚めると、見知らぬ部屋にいた。小さなワンルームマンションと言ったところだろうか。僕はソファーの上で寝ていた。ソファーの上から動こうにも体が思うように動かなかった。

ガチャリ

玄関の鍵が開く音がすると、誰かが入ってきた。体が完全に動かないので、逃げようにも逃げられず、ソファーの上に寝ている僕を見て、案の定驚いていた。入って来たのは女性で、見覚えのある顔。彼女はひきつった表情で僕を見ていた。

「どうしてあなたがここにいるの?」

声を聞いて彼女のことを僕は思いだした。僕の彼女の親友だ。名前はたしか高田梨花(たかだりか)、特徴のあるハスキーボイスと大学の準ミスに輝いた経歴の持ち主だった。僕の彼女の保川奈美とは大学のミスコンで決勝に残って以来の親友だと聞いている。まさか彼女の部屋に連れて来られるなんて。

「あなたって、奈美の彼でしょ。私の部屋に忍び込むなんてどうかしたの?」

梨花は僕が思ったよりも冷静に対処していた。

「梨花さん、そうじゃ無いんです。これには事情があって」

弁明しようとしたが、梨花はすでに落ち着いた表情を見せていた。

「驚いたでしょ。目覚めたら私の部屋にいるんですもんね」

梨花はすべてをわかっているかのようだった。

「フフフ、実は奈美に頼まれたのよ。あなたのこと見張っていてって。もうちょっとしたら奈美がやって来るわ、それまでおとなしくしていてね」

奈美に頼まれた?僕の中ではすぐに理解できないことでいっぱいだった。すると、梨花が僕の顔に突然スプレーを吹きかけた。さっきのハンカチについていた匂いと同じスプレー、この匂いをかぐと僕は急激に眠りに落ちてしまった。




「ねぇ。起きてよ。起きなさいよ」

強く揺り起こされると、目の前に奈美の姿が見える。ぼやけながらも段々と意識が戻りはじめ、奈美と梨花がいるのに気づいた。

「たーくん、おはよう。梨花の家に来るのって初めてよね。私たちの秘密をここで教えてあげようと思って、梨花に頼んだのよ。たーくんにはそこで大人しく見ていて欲しいんだけど」

ソファーの上からはベッドの上にいる二人がしっかりと見えていた。もちろん動くことができない僕には、目の前の光景から逃れることはできなかった。

目の前で起こっているのは、梨花と奈美の交わりだった。二人がレズという話は聞いたことが無かったが、女子高と女子大ということもあって、考えられないことでもなかった。動けない僕には厳しく感じる二人の行動だった。

二人は交わりを終えて、シャワーを浴びて来た。バスローブに包まれた二人の体からはほのかな湯気が見えて、コンディショナーとボディソープの香りが立ち込めている、奈美を抱き締めてしまいたい衝動にかられたが、まだ体の自由はきかなかった。

バスローブ姿の二人が僕の目の前に並ぶと、何やら集中しはじめた。お腹に手を当てて、お腹を押して行くと、二人の体が変化を始めていたのだった。

「まさか?」

この瞬間をまのあたりにしたのは初めてのことだった。二人は僕の作ったカプセルによって変身していたに違いなかった。気付くと目の前には親友の、岡田和志(おかだかずし)と奈美が現れた。和志が奈美に、奈美が梨花に変身していたということなんだろうか。

「あっ。和志くん」

奈美は隣の奈美が和志に変わったのを見て驚いていた。

「そうだったのね。なんとなくそうかとは思ったけど」

どうやら和志が奈美に正体を現したのは初めてのようだった。奈美にはあまり動揺が無いらしい。

「奈美をやらしてもらいました。和志です」

奈美の和志を見る目が尋常じゃないのに僕は気づいた。奈美は和志を見ながら胸をときめかせている。

「私、和志くんと付き合おうかな。素直じゃないこんな彼氏じゃ用無しだもの」

「えっ?」

今度は和志が驚いていた。

「あんな目に遇わせたのに俺でいいの?」

奈美は深く頷くと和志に熱い口づけをしていた。よく見ると二人は手の平に例のカプセルを持っている。カプセルは体の中で溶けずに再利用ができるようになっているのが特徴だった。僕は自分の作ったカプセルによって彼女を取られてしまったなんて。

僕の作ったものが実験によって、こんな結果を生むとは思ってもいなかったのだ。二人は着替えを済ませると、仲良く梨花の家から出て行った。出て行く間際にまたスプレーを吹きかけられ、二人の姿を意識朦朧に見つめることしかできなかった。

それから

それから、僕が意識を取り戻すと妙な感覚がした。自分の名前を頭の中で考えてると高田梨花という名前が浮かんで来たからだ。今まで目の前に起こっていたことが、自分の身にふりかかってきたというわけだった。

体の自由が効くようなので、すぐに部屋にあった姿見の鏡を覗いた。目の前にいたのはやはり梨花だった。自分の考えと梨花の考え方、両方ができることからして、僕のつくったカプセルを飲ませられたに違いない。

さっき、二人がやったように、カプセルを体の中から取り出そうと、集中しながらお腹をゆっくり押したがカプセルは出て来なかった。

「なんで?」

僕は焦りながらもテーブルの上におかれていた携帯を手に取り、奈美に連絡を取った。奈美が電話を受けてくれるのか心配だったが、電話の向こうから奈美の声が聞こえた。

『もしもし、おめざめのようね』

「これは一体どういうことなんだ?」

『まだ気付かないの、私が口にした梨花のカプセルを飲ませただけじゃない。髪の毛と一緒に軽くおもりをいれて上げたから、あなたが何か発明するまで、しばらく元に戻れないはずよ』

「そんなぁ」

『あなたのことは心配しないで、梨花がちゃんとあなたの代わりをしてくれるから、今度一緒に会いましょう。梨花ちゃん』

一方的に電話を切られると、僕は携帯電話を手に持ったまま呆然と立ち尽くしていました。








 

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