お兄ちゃんからの贈り物

作:夏目彩香(2004年8月26日初公開)


 


「彩里(あやり)、話があるからあとで俺の部屋に来いよ」

帰宅したばかりだった妹の彩里にそう声をかけると、仲村智文(なかむらともふみ)は自分の部屋に閉じ籠もった。閉じ籠もった部屋の中で革張りの椅子に腰を落ち着け、引き出しをそっと開けながら彼は彩里に話す内容が頭の中に浮かんでいた。

彩里と智文は6歳ばかり年が離れていて同じ学校に通うことは一度も無かった。幼少の頃から彩里の面倒を智文が見て来たし、中学の時に親父を亡くしてからは彩里にとっての父親代わりとなるのが智文だった。

智文にとっても彩里は妹というだけでは無く、親代わりの役目も果たさなくてはならない。だからこそ、この頃の彩里の行動が気になっていた。親父が使っていた書斎を今では自分の部屋に使っている。重厚で年季の入った椅子と机はこの部屋の守り主とも言える。そんな部屋は智文にとって心が休まる場所でもある。

この机に座るたびに智文はここに座っていた親父の姿を思い出していた。若くして亡くなった親父はそこそこ名の知れた小説作家だったから、ここで幾つもの作品が書かれたことになる。ここに座るといろいろなことが思い出されるのだ。ここに座りながら智文は彩里のことを待っていた。


コンコン

「お兄ちゃぁ〜ん。入るよ」

ノックのする音が聞こえるとドアノブをすぐに回して彩里が智文の部屋に入って来た。親父に呼ばれた時に智文が立っていた位置に彩里が立つと、椅子をクルッと回して面と向かった。

「彩里、就職決まっただろ。おめでとう」

つい1ヶ月前まで就職が決まらない決まらないとうるさかった彩里だったが、ようやく決まって一安心しているところだった。大学卒業までに間に合った安堵感もあるようで、このところ家に帰るのが遅くなっていた。こんな風に顔を合わすのもずいぶんと久しぶりだった。

「うん。ありがとう。で、話って何?」

と軽く受け応えた彩里に対して俺は引き出しの中から封筒を取り出した。封筒を手に取ると彩里は中を開けようとしたが、智文がそれを一旦制した。

「この封筒の中に入ってるものは、俺からのプレゼントだ。話は中を開けてから始めるから、中を開けてもいいよ」

そう言うと彩里は薄いピンクのマニキュアが塗られた細長い指で封筒を開けていく。中から出てきたのは旅行券だった。

「気に入ってくれたかい?」

智文がそう言うと彩里は戸惑った表情をしていた。

「30万円分の旅行券だって、こんなの私がもらっていいの?」

上目遣いで彩里が聞いてきた。もっと素直に喜べばいいのに、疑い深いところは昔から変わっていない。

「俺から気持ちだって、お金だと無駄に遣うのがわかりきってるから、旅行でもして来たらいいかと思ってね。夏休みのうちにどこか行って来たらいいよ。俺からの就職祝いってことで受け取って欲しい」

そいういうと彩里は安心した表情を浮かべる。

「そっか。何か企んでいるかと思ったわ。お兄ちゃんからプレゼントなんて滅多にもらわないから、何かあるかとちょっと疑っちゃった」

最愛なる彩里には普段から結構プレゼントをしているような気はしていたが、あまりもらってないと言われて智文は少しがっかりしていたようだった。


数週間後、彩里は旅行券を使ってニュージーランドへ1週間ほど旅行にでかける。出発当日の朝に彩里が家から出て行くのを見届けると、智文はいつものよに自分の部屋である書斎に戻った。母さんも智文が旅行に行かせたので、これから1週間は智文だけがこの家に残ることになった。

智文は書斎に戻ると、もう一度計画を確認していた。しっかりと頭の中にたたき込むと、タンスの中からあるものを取り出して、妹の部屋へ入った。普段から無断で入らないように言われているが、そんなことを智文が聞くはずがなく、とある計画のために妹の部屋に入っていたのだった。


太陽が西の空に沈もうとしている頃、仲村家のチャイムが鳴った。玄関の前で待っているのは、西山剛(にしやまたけし)と言って実は彩里と付き合っているとされる人物。彩里がいないはずなのにここに来るのは普通に考えるととても無謀なことのはず。何か確信があってやって来ているのか、それとも……

何度かチャイムを押したが、家の中から応答は無かった。5分ほど待っていたが辺りが暗くなっているのに灯りがつけられていない、中に誰かいる様子も無いのでどうやら諦めて帰ろうとして玄関に背を向けたが、その瞬間に玄関の扉がゆっくりと開けられた。

そのことに気づいた剛が振り向くと、扉を開けてくれたのは旅行に出かけたはずの彩里だった。水玉とレースが印象的なダークブラウンのワンピース姿、黒のサンダルを履いた彼女は笑顔で出迎えてくれた。

剛を家の中へと招き入れると智文の書斎に招き入れた。さっきまでは智文がいたはずのこの部屋だったが、どうやら家にいるのは彩里だけらしい。

「ここお兄ちゃんの部屋なんだけど、今日はお兄ちゃんいないから自由に使えるの、何か飲み物持ってくるから、この椅子に座って待っていて」

彩里がそう言って部屋を出て行くと、剛はこの部屋に置かれている革張りの椅子に座って彩里を待つことにした。椅子をゆっくりと回しながら部屋の中を見回すと、部屋のところどころに彩里の写真が貼り付けられていることに気づいた。生まれたばかりの時の写真から徐々に成長して行く彩里の姿が映し出されている。そんなことをしていると彩里がお盆にジュースを載せて戻って来た。

「ここまで暑くなかった?こんなのしか無かったんだけど、野菜ジュースって大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう」

彩里がお盆を机の上に置くと、グラスを2つ揃えて野菜ジュースを注いでいる。

「剛さんも野菜ジュース好き?私は大好きで毎日飲んでるんだよ」

「毎日?あっ、そうなんだ。実は俺もよく飲んでいるよ。体にいいものを飲むのっていいことだと思うけど……で。剛さんって?いつもはタッシーって呼んでくれるんじゃなかった?」

2つめのグラスにジュースを注いでいた彩里は、グラスに注ぎすぎてお盆に溢してしまった。慌てて注ぐのを止めると、すぐそこにあったティッシュで溢れたジュースを拭った。

「タッシー?あっ、そうだったよね。私のうちに初めて来てもらったからちょっと緊張しちゃった。私もたまにはそう呼んでみたかったから、剛さんっていい感じじゃない?」

剛はジュースを一口含むと、すっきりとした表情で彩里に話て来る。

「それならいいんだけど、彩里の家に呼ばれるなんて今までなかったよな。暑い中を急いでやって来たからまだ汗が残ってるよ。突然旅行に行く予定が変わったって。その代わりにこうやって家に招待してくれるって言うから、色々と心配したよ」

彩里はいつの間にか小さな椅子を取り出して来て、そこに座っている。水玉のワンピース姿が夏の爽やかさを更に引き立ててくれている。さらには、毛先までさらっとした長い髪がきらきらと輝いて見えていた。

「そうだよね。途中で携帯電話を無くしちゃって、それで無理矢理なんだけど出発を1日延ばすことができたの」

「そうだったんだ。だから、公衆電話から俺の携帯に電話がかかって来たってわけだ」

「そうなの。今は携帯探しをお兄ちゃんに任せちゃって、お母さんが旅行中だから家に誰もいないでしょ、それで寂しくなってタッシーを呼ぶことにしたの。夜遅くなったらお兄ちゃんが帰ってくるって言ってたからそれまでは一緒にいられるの」

すると剛は椅子から身を乗り出して、彩里の目を見つめながら話してくる。

「そっか。短くなりそうだけど彩里と一緒にいられるなら俺はそれでいいと思う」

「私にとってはお兄ちゃんが絶対だから。電話で連絡が来たら帰ってもらうから、わかった?」

指先をちょんと剛の額に当てながら彩里がそう言った。

「わかってるって。それくらいのことは守らないと行けないだろ。お兄さんにはそのうち挨拶しに来ることにするよ」

「えっ?挨拶?私たちってそんなに進んだ関係だったっけ?」

「そうだよ。俺はいつでも準備ができてるから、あとはタイミングを見つけるだけだもの」

そう言いながら、目の前にいる剛は真剣な眼差しで彩里を見つめて来た。その事を聞いた彩里がちょっとだけ上の空でいると、剛は彩里に顔を近づけて軽くキスをした。キスをされた瞬間に彩里は思わず体を反らしていた。戸惑う剛は彩里に言った。

「ごめん。彩里とタイミングがずれちゃったな。もしかして、怒ってる?」

一瞬だけ部屋の中が冬のように凍り付いたかと思った剛だったが、夏はまだ続いていた。

「ううん。こっちが無防備だったから、気づいた時にはタッシーの顔が迫っていて、びっくりしちゃっただけ。一瞬、小さい頃にお兄ちゃんとこうしていたの思い出しちゃった」

「そっか。彩里にはお兄さんがいるんだよね。ちゃんと考えなくちゃ駄目だよな。彩里は何かとお兄さんの話ばっかり出てくるけど、俺をこの部屋に通したのもそのため?」

彩里はとっておきのものを誰かに見せかけるような、そんな仕草を見せていた。

「そうだよ。私のお兄ちゃんの部屋を見て欲しくって、お兄ちゃんがどれだけ私のことを好きなのかね。ここにある写真、小さい頃の写真はお父さんが撮ったもので、そのあとはお兄ちゃんが撮ったものなの。とっ〜ても妹思いでしょ」

壁にかけられている写真はかなりの枚数がある。剛はそれを見上げてから彩里の顔に視線を移した。

「俺も妹がいるけど、ここまではしてないないよ。彩里はお兄さんから大事にされているみたいだから、慎重に行かないと駄目だよな。良かったら写真の説明をしてくれる?」

剛は苦笑いを見せながら、彩里に写真の説明をして欲しいと促した。すると彩里は待ってたと言わんばかりに嬉しそうな表情を見て、一つ一つ剛に説明をはじめた。


彩里が写真の説明を始めてから、時計の短針は1周していた。さっきまでは夕暮れ空だった外もすっかり日が沈み真っ暗となっている。今は最後の1枚の写真を説明がようやく終わったところだ。彩里は喉が渇いたと言って、冷蔵庫から新しいジュースを持って来ると、すぐにグラスに注ぎ一気に口に入れる。再びグラスを机の上に置いたところで剛が彩里に声をかけた。

「なぁ、彩里。お腹空かない?」

そう言った途端に彩里のお腹がくぅ〜っと鳴った。恥ずかしそうな表情を見せる彩里は剛の顔を見ると苦笑いを見せた。

「あっ。そうみたい。何か食べるものあったかな?ちょっと見てくるから待ってて」

そう言って彩里は台所に向かう。そして、すぐに台所から何かを手に持って帰ってきた。

「ねぇ。これ食べる?」

手に持っているのはカップラーメンだった。

「何かつくってくれるのか期待したのに……しょうがないか」

「ごめんね。料理なんて全然できないもんだから、お湯持ってくるね」

そう言って彩里は台所から電気ポットを持って来る。すでにふたが開けられてかやくやスープも入れられていた。あとはお湯を入れるだけと言った状態。彩里は気をつけながらお湯を入れていった。お湯を入れ終えて台所にポットを置いて来た。台所から戻って来た彩里が椅子に座り直す。

「彩里、あと2分だよ。こうして待ってるのつらいよなぁ。彩里の手料理が食べられると思って期待したのに」

「だから、さっきも言ったでしょ。私は料理なんてできないんだって」

「そうだっけ?前に聞いた時は普段からお母さんの手伝いをしてるって言ってたじゃん」

「えっ?うん。そうなんだけど、できるのは手伝いだけで一人で作るのなんてまだ無理」

「そうなんだ。あっ。時間じゃない?」

「そうね。食べましょう」

「いただきま〜す」

そう言いながら剛は、カップのふたを取って食べ始めた。


「ごちそうさまぁ」

彩里が食べ終わったが、剛はまだ半分ほどしか食べ終わっていなかった。

「おいしくないの?」

「そうじゃないけど、猫舌だから早く食べられないだけ」

剛は冷ましながらゆっくりと食べている。

「格好悪いなぁ。これくらいちゃんと食べてくれないと。料理作ってあげないよ」

彩里は意地悪そうに剛に迫っていた。それでも剛はゆっくりと食べていた。

「料理できないなら、まだ作れないってことだろう。すぐに食べ終えるから待ってて」

ようやく剛が食べ終えると、グラスと共に彩里が台所へ片づけを始めた。片づけと言っても台所にただ置いて来ただけだったので、すぐに戻って来た。

「なぁ、彩里。お兄さんっていつになったら戻って来るんだい?」

「ん?そうねぇ。早かったらあと1時間ぐらいで戻ってくると思うんだけど、その時は電話が来るからタッシーは気にしなくてもいいわよ」

「いや。気になるよ。もう少しで家に帰られないと行けないってことになるんだから」

「そうだよね」

「なんだか今日の彩里っていつもと違うよね。俺が帰るって言ったらすぐに寂しがるくせに」

普段だと帰ると言ったとたんに寂しげな表情を見せる彩里だから剛にとっては不思議に見えるようだ。

「寂しいわよ。表情に見せていないだけ、私ってそんな女に見える?」

「彩里ってそんなに強かったかなって、ちょっと驚いたよ」

「そうだ。せっかくだから、私の部屋も見せてあげるわ」

いつの間にか彩里のペースで物事が進んでいた。

「いいよ。彩里の部屋を見たいからここに来たってわけじゃないし」

「いいから、見に来てよ」

そう言うと剛の手を引っ張りながら無理矢理連れて行こうとした。


結局、彩里の気持ちに負けて彩里の部屋の前まで二人がやって来た。

「ねぇ。緊張するでしょ」

彩里がそう言うが剛にはそんな雰囲気が全く見受けられ無い。

「ん?そんなことないよ」

「じゃ〜ん。どうぞ〜」

彩里は茶目っ気たっぷりに剛を自分の部屋に連れ入れた。彩里は化粧台の椅子に座ると、剛をベッドの上に座らせた。黄色で統一された部屋、奥には大きなクローゼットが目立っている。

「この部屋を見るのって私のお父さんとお兄ちゃん以外ではタッシーが初めてだよ」

「えっ?そうなんだ。彩里がここで寝るんだよな」

剛はそう言いながらベッドの上をポンポン手で叩いている。

「もちろん。それだけじゃなくて私の全てがこの部屋に詰まっているんだからね」

そうやって化粧台の鏡を使って彩里は剛を見つめながら話していた。化粧台の上には普段から使っているものと思われるメイク道具が置かれていて、一つ一つ手に取っては置き直していた。そのままクルッと振り向くと剛と向かい合う形になった。

「ねぇ、タッシー。こういう状況になってから本当のことを言うのって悪いと思うんだけど、聞いてくれる?」

さっきまで笑顔を振りまいていた彩里は、急に神妙な面持ちに変わっていた。

「えっ、なんだろうなぁ。本当のことを話てくれるってことでしょ」

彩里はもっと怖がってくれるかと思ったのに、期待とは違ってあっさりと受け応えた。

「そんなにあっさりと言ってくれなくても……決心がつかなくなるじゃない、ちょっと待ってね」

そう言って彩里は真剣に考えをはじめていた。


「実はですね。こう言うことだったんです」

彩里はそう言うと両手を後ろに回し顔を脱ぐような仕草をすると、彩里の顔の中から智文の顔が現れた。智文の顔のままで体は彩里と言う姿。剛とは初対面になるはずだ。

「剛さん。彩里の兄の智文です。今までずっと騙していてすみませんでした」

首から下は彩里の身体で顔だけが智文。謝る仕草を見るとちょっと滑稽な感じに見える。しかし、剛の方はどうやら思ったよりも驚いていない様子だった。

「彩里のことが心配で剛さんがどんな人なのか探ってみようと思っていたんです」

すると、剛は智文の顔を上げさせてから言葉をかけた。

「俺にも妹がいますから心配する気持ちはわかりますが、まさか彩里にお兄さんが化けているなんて普通は考えませんよね」

「思った以上にいい人なんで彩里を安心して任せることができると思います。これからよろしくお願いします」

彩里の細い手を使って智文は剛としっかりと握手をした。

「わかりました。お兄さんが彩里のことをどんな風に思っているのか、ちょっと気にしていたんです。それにしても、今まで彩里と見間違えていました。これって何なのですか?」

剛がそう言うと智文は、垂れ落ちる髪の毛が生えているマスクのようなものを手に取りながら説明をしはじめた。

「これって全身タイツなんです。タイツの中に髪の毛を入れると、その髪の毛の持ち主の皮膚に変化するという特殊なタイツで、親父の部屋を整理している時に見つけたものなんです。今まではずっとただの全身タイツかと思っていたのですが、たまたま髪の毛が入ってしまった時にこうなることを知って……」

「ふ〜ん。そうなんだ。ということは全身タイツに身を包むと……」

そこまで剛が言うと智文は、彩里の顔を被り込むと彩里の顔となった。

「こうやって彩里の声も出せるようになります。それだけじゃなくて身体はが持ち主と同じになります」

そう言うと剛に向かって軽くウィンクをして見せる。

「すごいタイツですねぇ。本当に彩里に見えてしまいますね。じゃあ、お詫びに僕の言うことを聞いてもらってもいいですか?」

再び彩里の姿となった智文に剛が言った。

「そうですね。今まで騙してたお返しになるんだったら何でもします」

そう言うと剛は頷いてゆっくりと口を開き始めた。

「じゃあ、もう少し彩里のままでいて下さい。普段からあまり一緒にいることが無いので、もう少しこうしていてもいいですか?」

智文はちょっと考えるとこう応えた。

「わかりました。ただし、エッチなことだけは止めてください。妹のそういうところを見たくないので。軽く抱きつくくらいまでにして下さい」

「じゃあ。これから始めましょう」

すると彩里は無防備になっていた筋肉に神経を入れ始めた。

「うん、タッシー。彩里だよ」

智文はさっきまでのように彩里の仕草を真似ている。

「わかっていても、彩里といるみたいに思えます」

「だって、私は彩里だもの」

彩里がそう言うと剛は軽く抱きつきながら、彩里の身体をベッドの上に動かすと重力に身を任せてベッドの上で抱きついて来た。

「これって感触まで本物だよね。彩里の胸の感触が伝わってくるよ」

「何言ってるの?彩里の身体だもの当然じゃない」

彩里はすっかりと成りきっている。

「もしかして、エッチなことをしてくれる気になってきたかい?」

「そんなんじゃないけど、なんだか気持ちがおかしいよ。さっきまではやりたくないと思っていたのに、不思議なことにやってもいいかなって気持ちになってきたから」

「そんなに無理しなくてもいいですよ。このまま軽く抱きついているだけで十分です」

剛がそう言うとベッドの上で少しの間身体を軽く寄せ合い始めた。


ゆったりとした時間が流れた後で、剛が突然起きあがって、彩里を見つめた。

「実は、俺の方も黙っていたことがありました」

剛はそう言うとさっき彩里がやったように両手を後ろに回し服を脱ぐ様な仕草で顔が脱げてしまった。中から出てきたのは彩里の顔だった。ベッドの上に横たわっていた彩里、即ち智文は驚いて身体を起こすこともできなくなっていた。

「じゃ〜ん。お兄ちゃん気づかなかったでしょう。彩里だったんだよ。お兄ちゃんが何か企んでいることに気づいて剛と相談してみたの、お兄ちゃんがあまりに気前がいいから何かあるんじゃないかと思ってたから」

彩里に化けている智文はすっかり地を取り戻していた。

「じゃ、剛さんだと思っていたのは彩里だったってわけ?じゃあ、このタイツのことも知っていたってことかよ」

首から下が剛の身体をした彩里を目の前にして信じられないという表情をしている。

「全部知ってたもの、お兄ちゃんのことだからこんなことかと思ってたわ。私の声で怒っても全然怖く無いじゃない。とにかくお兄ちゃんの負けね。そもそも剛のことをタッシーなんて呼ばないの、私の作戦勝ちよね」

智文は彩里の顔を脱いで自分の声を取り戻した。

「わかったよ。完全にお兄ちゃんの負けだ。剛さんと付き合うことを認めてやるよ。ただし、付き合うんだったらちゃんとお兄ちゃんのところに挨拶をするように」

「うん」

彩里はマスクのようなものもぶらぶらさせながら首を縦に振った。

「そういえば、旅行に行ってたんじゃ無かったのか?」

智宏は思い出したかのようにこの質問を彩里に浴びせた。

「実は、剛の家に行ったんだよ。これから1週間一緒にいるから、いいでしょ」

首から下は剛の姿の妹というのはとても奇妙だったが、智文はすっかり取り乱していた。

「わかったよ。好きにしろ」

そういうと智文は自分の部屋へと戻り、全身タイツから自分の身体に戻って着替えをして来た。彩里の部屋に戻ると、彩里は剛の姿に戻っていた。

「とりあえず、このまま剛の家にもどらなくちゃね」

玄関で剛の姿となっている彩里を見送ると、仲村家は平静を取り戻し、智文は書斎の椅子に深々と座って作戦の反省をはじめていた。せっかくうまく行っていたのに……


それから1週間後の夕方に仲村家は久しぶりに活況を取り戻す日となった。

「ただいまぁ」

智文が玄関に出迎えに行くと、そこには久しぶりに見る彩里の姿があった。

「彩里、剛さんとはうまくやってたのかい?」

智文がその一言を彩里にかけたが、彩里には何の話なのかわからないようだった。

「剛とうまくって?さっき、空港に着いた時に電話したよ」

彩里はあっけらかんな顔をしながら智文に言った。

「えっ!空港?じゃあ、ちゃんと旅行に行ってきたのか?」

「決まってるじゃないの、剛から携帯でさっき聞いたけど私たちってお兄ちゃんの公認を受けたって聞いたわ、ありがとうね」

「彩里には1週間前に言ったはずだけど」

「何寝ぼけたこと言ってるのよ。は〜い、お土産よ」

そう言って彩里はニュージーランドで買って来たお土産を智文に渡すと、自分の部屋へ入り携帯電話を手に取った。


「た・け・し!今家に帰ったよ」

{うん、わかった}

携帯の向こうからは剛の声が伝わって来る。

「さっき、空港での話だけど、私たちってお兄ちゃんの公認を受けたのよね」

{そうそう}

「お兄ちゃんは1週間前に私に言ったって言ってたから、私たちの作戦が成功したって、そういうことよね」

{彩里からもらった2枚の全身タイツのおかげだよ}

「そっか。やっぱりうまく行ったんだ」

{また彩里になってお兄さん脅かしてみようかな}

「いいよ。その時は私が剛になってみようかなぁ。とりあえず、今度デートする時に、剛の家に行ったら見せてね」

{おやすいご用よ}

携帯の向こうからも彩里の声が聞こえていた。






 

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