お願い

作:夏目彩香(2004年3月7日初公開)

 

「お願いだって。ちょっとだけでもいいんだから。頼むって」

僕こと、川島健吾(かわしまけんご)は、さっきから親友の中村紀久(なかむらのりひさ)に何度も懇願されている。なんだか知らないが、僕にどうしても試してもらいたいことがあるらしい。

「さっきから言ってるだろう。僕の頼みを聞けるのは君だけなんだって」

話の内容を聞いてはいないが、今までに彼から頼まれたことはいつも変なことばかりだった。きっと今度もそんな話らしい。

「そんなに、僕の頼みを聞いてくれないっていうのなら、まずは説明だけしてあげるから、そのあとで頼みを聞き入れるかどうか答えるってことにしてもいいよ」

ようやく彼は少し妥協するようになったらしい、いつも思うが普通は頼みたい内容を話してから、判断を促すものだ。しかし、それが彼らしいと言えば彼らしいのだ。いつも段階を追って話をして来て、結局は僕が頼み事から逃れることができないように仕組まれている。いつものことかと思ったが、とりあえず説明だけを聞くことにした。

「で、頼みってなんなのさ」

僕がそう言うと彼の目はちょっとだけ生き生きとしてくる。

「それがね。ここではまだ話せ無くってね。とりあえずうちに来て欲しいんだけど」

こうなると彼の言う通りに従うしか無い、彼の家に向かうことにする。学校帰りなので、制服姿のまま彼の家にお邪魔することとなった。

「おじゃましま~す」

彼は典型的なマンションに暮らしている。僕のように一軒家に住むのもいいけれど、ここに来るとマンションに暮らすのも悪くなさそうだといつも思う。

「川島くん、いらっしゃい。私はこれからでかけるけど、ゆっくりして行ってね」

いつもながら、彼のお母さんが出迎えてくれる。主婦だが、夕方になるとパートに出かけるみたいなので、いつものようにその準備をしている時間だった。彼のお母さんは年の割に肌がきれいなので、少なくともうちのお母さんよりも若く見える。いつまでも女を忘れないでいて欲しい物だ。

そんなわけで、僕はいつものように彼の部屋に通された。ここに来ることが多いので、僕が座るための専用の椅子が用意されていて、そこに座る。彼は自分のパソコンに向かって座っていた。

「そろそろ、話してくれないか?」

さっきまでとは違って、彼はなかなか話そうとしてくれない、なぜなのかわからないが、お母さんがいなくなるのを待っている様子だった。

「母さんがパートに行ってからじゃないと、話せないよ。もうちょっとだけ待ってくれる?」

そう言いながら、彼は自分のパソコンの電源を入れた。と同時に、彼のお母さんがやって来た。

「母さん、これから行ってくるわね。川島くん、ゆっくりして行っていいからね」

そう言ってから玄関の扉が閉まる音がして、鍵も閉めていった。彼のお母さんがいなくなったので、いよいよ彼の口からお願いを聞くことができるのだ。いったいどんな話なんだろう。僕はすっかり彼の戦略に填っていることに気づいてなかった。

彼のお母さんがいなくなると、彼の家に残っているのは二人だけになった。女の子と二人っきりになってるわけでは無いけれど、今日は何を頼まれるのかと思うと、ちょっとだけドキドキしていた。僕は彼のお願いを聞き入れないようにと拒んでいるのに、なぜか気持ちは高まっていた。

「もういいだろ、話してくれよ」

僕は目の前にいる彼に我慢できない気持ちを込めてぶつけた。彼は思った以上に僕が反発していると思ったのか、僕をなだめるように制止して来る。

「わかったよ。母さんもいなくなったから、誰にも気兼ねしなくていいもんな」

そう言うと、彼はパソコンで何か操作を始めている。

「じゃあ、話すから液晶画面を見てよ」

パソコンを使うなんてちょっと理解しにくいお願いなのか、僕は彼の言う通りに液晶画面の中を覗いてみた。それにしてもきれいで大きな液晶だよなぁ。こんな時でも余計な考えが頭をよぎる。液晶画面の中を見るとそこにはずらりと並べられたデジカメの写真が出てきた。これって一体?写真をよくみるとうちの制服やジャージが写っているようだ。そして、僕が画面を見ていることを確認したかと思うと、彼は再び言葉を発しはじめた。

「この写真は今まで学校の行事があるたびに撮ったものだよ。今まで撮った物を整理していたんだけどね」

そういえば、彼は写真部に所属していた。マニュアルカメラを持って、暗室の中に閉じこもっている印象のある写真部では無く、デジタル写真部を自ら設立して暫定的に部員を5人集め、強引につくったと聞いている。学校に部室も無く実質他の部員はあまり見たことがなので、実質的には彼だけが活動をしているようなものだ。それでも、写真部には違いないので、デジカメを高校に持って来ても何のお咎めも受けることが無いのだ。

「そっか。これって全部、撮った物なんだね」

彼は写真をスライド表示にして僕に見せてくれた。1枚1枚こだわっているのか知らないが、余計な写真の評価まで細かく説明してくれる。とりあえず全部の写真を見終わると、外はすっかり暗くなってしまっている。そういえば、僕はこの時になってここに来た本当の理由を思い出した。

「あのさぁ。もしかしてこの写真を見てもらいたかっただけだったとは言わないよね」

すると、彼は写真の説明に熱中していて忘れていたかのように僕の顔を見て来た。

「あっ、そうだったね。すっかり写真の説明に熱が入っちゃって、お願いしたいことをすっかり忘れていたよ」

彼は苦笑いを浮かべているが、思ってもいなかった時間を過ごしてしまっただけに、僕は早く家に帰りたくなって来た。

「早く家に帰ろうと思っていたのに、外は真っ暗になったよ」

すると彼は写真を一覧表示にして、僕に聞いて来た。さっき見せてもらったものとは別のフォルダに整理されていて、ずらりと並べられた写真は同じ高校の女子ばかりだった。僕と彼のクラスである2年4組を始めとして、クラス毎にきれいに整理されていた。しかも、ファイル名には全部名前でつけているから、どう言った情報なのか別の意味で気になった。

写真は一人の姿が大きく映し出されている。目線がカメラの方を向いていないところを見ると、どうやら気づかれないように撮ったものらしい。変なことに使わないのなら個人的に取って置く分にはいいものなのか、僕には判断しにくかった。

「お願いって言うのは、この中から健吾の好きな子を教えて欲しいと思ってね。健吾がずっと教えてくれないから、口で言わなくていいから写真で教えてもらうのはいいだろう?」

なんてこと無い話だった。なんだかもっとすごいお願いをされるのだと思っていた僕にとっては、彼の言葉は願いよりも軽いニュアンスとなってしまっていた。確かに口で言うのは拒むけど、写真でならちょっと教えてやってもいいかなって言う気持ちが正直芽生えてしまったのだ。

「お願いって、たったこれだけだったの?まぁ、あくまでも好きな写真を選ぶってことにしてくれないか」

「オーケー。じゃあ聞き方を変えて、この中から好きな写真を選ぶってことにしていいよ」

彼がそう言うと、僕は集められた写真の中から「好きな写真」を選ぶことにした。そう、僕が選ぶのはあくまでも「好きな写真」だ。「好きな人」じゃ無いから決めるのは楽だと思っていたのは大違い、彼が整理している写真の中には見たことの無い人の写真まである。なんと言っても全校の女子生徒の写真を集めているのだから、知る由も無い。僕がわかるのは自分のクラスと隣合うクラスが限界なんだから。

「この中から選ぶんだよね。全部ざっと見たんだけど、うちの学校だけでもこんなにいるんだね」

彼は僕が楽に探せるようにと、さっきからベッドの上で本を読んでいた。

「すごいだろう。デジタル写真部の部長だと言うことが全校に知れ渡っているからね。カメラを持っていても誰も警戒しないしね。時には撮って欲しいという子もいて、時々カメラ目線のすごい写真もあるでしょ」

そう言われてみると、5枚に3枚くらいはカメラ目線の写真があった。僕はほとんど同意の上での撮影したものと思われるもの、カメラ目線の写真を1枚ずつ確認して行く、そして、僕は「好きな写真」を見つけたのだ。





 

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