Happy Valentine

作:夏目彩香(2004年2月14日初公開)


 

放課後の職員室、僕は胸をドキドキさせていた。

目の前に、うちの学校で一番若い女性教師であり、僕のクラスの副担任でもある有沢奈央(ありさわなお)先生になぜか呼び出されたのだから無理もなかった。いつもの金曜日のように5時限目の有沢先生の授業があったが、その授業中には何も変わった様子はみられなかった。ただ、いつもの有沢先生よりも色っぽさが増していた感じがした。

授業が終わる寸前に、放課後に職員室に来るように言われた。なぜかお色気たっぷりに言われたので、クラスのみんなには笑われる始末だった。そう言えば今日は僕の親友の松森育人(まつもりいくと)が来ていなかった。この頃、風邪が流行っているから風邪でも引いたとたしか携帯にメールをくれていたはずだ。

僕が有沢先生に呼び出されたことをさっき育人の携帯に送ったのだけれど、なかなか返事が返って来なかった。いつもだとすぐに返事をくれるのに、よっぽど風邪がひどいのだろうか。そうやって頭の中で無数の考えをしながら、有沢先生が他の用事を終えて、僕の方を向いてくれるのを待っていた。

僕が胸をドキドキさせているのは、有沢先生が目の前にいると言うことだけでは無い、周りに他の先生がいる中で、有沢先生の横に座って待っているのがとても緊張することだからだ。そして、何よりも今日の有沢先生はいつもよりも大人に見えるからだ。有沢先生は高校生の僕からすればずっと年上の存在、しかし、大学を卒業したばかりと言うことを考えるとまだ7つぐらいしか違わないから、この微妙な年の差が悪いのかも知れなかった。

とにかく、有沢先生は何か意図があって僕を呼び出したのであって、決して恋愛感情があるわけでは無いってことだけはわかっている。しかし、縦に大きく揺れている胸を見ていると、それだけでも僕のムスコが少しずつだが成長してしまうようだ。スラックスの膨らみが有沢先生に見つかったまずいと、椅子に腰を深く座り直した。

いつもの清楚な服装なのに、なぜ胸が揺れるんだろう?そう思った僕は有沢先生の胸元をよーく観察してみた。するとブラウスの裏に透けて乳頭が見えているでは無いか、高校生の僕にはちょっと刺激の強いシーンだった。有沢先生がノーブラだったなんて思えない、そんなことがわかればたちまち学校中に広まるだろうから。それに、さっきの授業中はそんなことがなかったのだから、そのあとで脱いだってことになるのかな?

僕がそんなことを考えているのを知ってか知らずか、有沢先生は仕事に没頭していたどうしても急いで作らなきゃいけないものがあるとかで、僕は隣に座っているうちの担任の席に座ったままなのだ。いつになったら終わるっていうのか、僕もそんなに暇な人間じゃないんだからさっさと解放して欲しいし、こんなに待たせるんだからよっぽど大事な用事でなかったら許さないなんて思うようになっていた。

すると、有沢先生は愛用のボールペンを床に落としてしまった。僕の方に落ちてきたので、それを拾って有沢先生に渡すとニコッとした笑顔を振りまきながら「もうちょっと待っててね。」と言ってくれた。その笑顔を見た瞬間から心の中で動いているドキドキが益々激しくなっていた。

これはもしかして、僕は有沢先生に恋をしているということなのか。有沢先生が若くて美人だってことは確かに誰だって憧れる人なんだろうけど、生徒と教師ってのは場が悪すぎる。僕が立派な大人になるまで待ってくれるって保証だって無いわけだし、どうしたらいいんだろう。これは僕の心の中にしまっておけばいい、ちゃんとした人を好きになれるんだから。我慢ガマンがまん。

「終わったわ。待たせちゃってごめんね」

職員室に来て早10分ほど経っただろう。有沢先生はどうやら急ぎ仕事が終わったらしい。僕は有沢先生のその声を聞いただけでホッとしてしまった。さっきまでのドキドキした感覚がだんだん落ち着いて来る。有沢先生は女子ロッカーの方にコートを取りに行って帰って来ると、バッグの中を整理しながら僕に向かって話かけて来た。

「待たせてごめんなさい。たいした用事じゃないんだけど、松山くんのお宅にお邪魔してもいいかしら?」

「えっ?それって今からですか?」

「そうなんだけど、松山くんのお母さんから先生に来てもらいたいって言われたの。この頃、電話で対応していたんだけど、それじゃ対処しきれないらしくって、しつこいから松山くんと一緒に帰りながら、話をしようと思ったの」

「そうなんですか、別に構いません。僕はこれから家に帰るだけですし、先生と帰られるんだったら……」

こんな幸せなこと無いとか言おうとしたが、ここまで言って口を結んだ。

「とにかく、先生と一緒に帰りましょう。担任の先生が放棄しちゃったので、私が代わりにやってるだけだけどね」

そう言って、微笑む有沢先生は僕にとってとても素敵に見えたのだった。


有沢先生と一緒に帰りながら話をする。どんなことになるのかと思ったが、結局は会話がそれほど弾ますにいた。地下鉄の駅まで一緒に歩くときには、この頃の勉強についての話をして、地下鉄の中では最近はやっている風邪の話とかの世間話をしていた。有沢先生ってこんなに近づきやすい先生だったなんて、この時にはじめて思ったぐらいだ。そして、僕の家に到着すると、話は思わぬ方向へと進むことになるとはこの時、予想だにしていなかった。

僕の家に到着すると有沢先生はチャイムを鳴らした。僕は家の鍵を開けると、母さんを呼んでみたが家にはいないようだった。とりあえず、有沢先生を家の中に入れることにした。玄関で有沢先生がヒールの高い靴を脱ぐ姿を見ていると、大人の女性と呼ぶのに相応しかった。僕の知らない世界が待っているのだろう。玄関に後ろ向きになった姿は、最近の女性でもなかなか見られない姿なのかも知れない。

ヒールを揃えて立ち上がると、有沢先生は「お邪魔しま~す。」とどこかで聞いたことのあるような口調で僕の家に上がることになった。僕が居間に通そうとすると、有沢先生は僕の部屋を見てみたいと言い出し、部屋の中を片づけたいと言ったのだが、有沢先生はなかなか聞いてくれず、スタスタと階段を上って行ってしまった。

「松山くんの部屋はどこかなぁ?きっと、ここでしょ」

有沢先生は階段を上って行くと、一番奥にある部屋に向かって行って部屋の扉を開けた。そこは紛れもなく僕の部屋だった。一発で当たるなんて2階に3つの部屋があるので、確率的には3分の1、偶然だってのもあるのだろう。先生は僕の部屋の中を見回すと、呆れたような顔をしてこんなことを言った。

「相変わらず汚ねぇ…あっ…汚い部屋ね」

一瞬だったが、有沢先生の口かららしくない言葉が聞こえたような気がする。僕は素知らぬふりをして見せたが、有沢先生は僕の部屋が片づいていないということをわかっていたようだ。これが母さんの言っていたという話なんだろうか?僕には少しずつ疑問のようなものが浮かんで来ていた。

「汚い部屋で悪かったですね。ちょっと時間をくれたらすぐにきれいにしたんですよ」そう言うと、僕は自分の部屋を見に来るために一緒に帰ってきたのかと有沢先生にがっかりしはじめていた。それだけのために今日は自分の時間をつぶされたのかと思うと、ちょっと気分が悪くなって来た。しかし、そんなことをよそ目にして、有沢先生は自分のバッグの中から何かを取り出そうとしていた。

「はい、これ先生からなんだけど受け取ってくれる?」

先生が取り出したもの、それは紛れも無くバレンタインデーのチョコレートだってことがわかった。そういえば、今年のバレンタインデーは土曜日に重なったので、その一日前の今日にチョコを渡している生徒達が多く、学校では一日中そんな話題でいっぱいだったのだ。先生の授業でも小さなチョコレートがクラスのみんなに配られたんだけど、そんなことはすっかり忘れていた。なぜ僕に特別なチョコレートをくれるんだろう?もしかして、有沢先生は僕に気があるのかな。そんなことを思いはじめていた。

「先生からだなんて、さっきくれたじゃないですか?」

僕は授業中にくれた小さなチョコレートのことを思い出して言った。

「授業中のはみんなにあげたけど、これは松山くんだけの特別なチョコよ。是非受け取ってすぐに食べて欲しいの」

「もしかして、これって本命ですか?」

僕がそう言うと、有沢先生は顔を赤らめていた。

「さっさともらってよ。恥ずかしいじゃない」

少し棒に振ったような表現をする有沢先生も今の僕は自然に受け入れていた。もしかしてこれって夢じゃないのかな。そう思って顔をつねってみたりしたが、やはり痛かった。これは紛れも無く現実に起きている出来事のようだった。

僕は有沢先生からチョコレートを受け取ると、すぐに包みを開けてみた。中から出てきたのは手作りのチョコレートだった。これは本命に間違いない、僕はなんだか複雑な喜びでいっぱいになっていた。すぐにもこのチョコレートをここで食べてしまいたいが、それは倫理的に許されるのだろうか、こんな状況とは言え、有沢先生は教師であって、僕は教え子、まさに禁断の関係じゃないか。そんなことを考えている間に、有沢先生は僕のチョコレートをひとかけら手に取り、口の前までもって来ていた。

「あ~~ん」僕は歯医者で開くよりも大きな口を開けていた。無意識のうちに有沢先生のつくったチョコレートを欲求していたらしい、口の中で感じるチョコレートの甘さが、そのまま有沢先生の愛情の甘さのように感じ取っていた。そして、僕はチョコレートの甘さとともに眠気が襲って来て、その心地よさにやられてしまった。

目を覚ましたのはほんの数分後、僕は自分のベッドの上で横になっていた。僕が目をゆっくりと開けると有沢先生の顔が見えてきた。しかし、有沢先生の表情がさっきまでとは違う。なんだか笑っているように見えるんだ。僕の一体何がおかしいというのだろうか。僕は立ち上がることも無く、それを理解していた。

「意識が戻って来たみたいね」

有沢先生は、なにやら予想していた通りのことが起こったそんな口ぶりだった。僕は自分の体に何か変化が起きているのでは無いかと思い確認してみた。すると、僕の体がなぜかおかしいことに気づいた。肌が滑らかですべすべとしていたし、体が軽くなったような気がした。それに、頭からは有沢先生くらいに長い髪が伸びていて視界を遮っていた。

「先生?!」

その一声を発した時、僕は全てを悟った。僕の声が変わっていたのはもちろん、体が女性に変わっていると言うことを、そして、その声を聞いた時に、その女性というのが有沢先生であると言うこともわかったのだ。もしかして、あのチョコレートが?まさか、有沢先生が僕を実験台のように使ったと言うのか?

「先生。これは一体どういうことなんですか?」僕は目の前にいる有沢先生に真実を聞くことにした。有沢先生はさっきから笑いが止まらないようだったが、ようやく落ち着いて来た。乱れた髪を直しながら、有沢先生はチョコレートの中に一緒に入れてあるメッセージカードを渡し、それを読むように言った。

そのメッセージカードにはこう書いてあった。


• 愛する松山くんへ

今日は、私のチョコレートを受け取ってくれてありがとう、このチョコレートはDNAチョコレートと言って、食べた人のDNAをチョコレートの中にあるDNAに書き換える効果があるの。あなたに上げたものが初めての実験だから、1日もすれば効果が無くなると思うけど、有沢先生を使って実験に協力してもらったってわけ。もちろん、有沢先生もこのことは知らないけどね。前に韓国の怪しいお店で買って来た、人に憑依ができるチョコレートを食べて、今日の午後から有沢先生の体を使わせてもらったんだけど、気づいたかしら?よりによって松山くんが一番気になる人だものね。チョコレートを食べないわけが無いでしょ。それじゃ、これから効き目のテストをするからよろしくね。ハッピーバレンタインデー。

職員室にて
あなたの有沢奈央より





 

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