年賀状

作:夏目彩香(2004年1月3日初公開)


 

伸也:「何々?あけましておめでとうございます。今年こそは結婚できるように頑張って下さいだとぉ〜、余計なお世話だ。。。」

インターネットが盛んな今の世の中でもお正月になると欠かせないのが年賀状。ここに届いた年賀状に一つ一つ目を通しているのは、矢崎伸也(やざきしんや)35歳で、今年36になる年男だ。もちろん一人暮らしの独身で、両親はもう他界したために正月だからと言って帰省する場所も無い。いつもよりも静かなマンションの中で、友達や会社の同僚から届いたばかりの年賀状を見ていたところだ。

伸也に送られて来た年賀状には、結婚しました写真を載せたものや、子供の写真をどーんと大きく持って来たもの、そのどれもが結婚はまだかと催促している文面が並んでいた。30半ばの伸也にとっては大きなお世話で、心の中では独身貴族で生きることを決意したものの、やはり内心は結婚できたらしたいのが本音らしい。そんなことを察してのことか、結婚情報関連のダイレクトメールまで年賀状として届くのだから始末が悪かった。

そんな中、伸也は見慣れない年賀状が届いているのに気づいた。宛先は確かに自分宛になっているが、差出人の名前を見ても全然検討がつかないのだ。差出人の宛名を確認すると奥井佳織(おくいかおり)と書いてあった。全く検討のつかない名前だったが、よくある年賀状の文面の他に、彼女が書いたものと思われる文面を見つけ、そこから推測するに伸也に宛てたラブレターのようであった。年賀状を使ってのラブレターなんて聞いたことも無いが、連絡くださいと書いてあったので、伸也は残っていた年賀はがきを使って、彼女に返事の年賀状を出すことにしたのだった。


あれから3日後、仕事から帰って来ると、伸也の家の電話に留守番電話が入っているのに気づいた。再生してみると、聞き慣れない女性の声だった。もちろんそれが奥井佳織だということは伸也は聞かなくてもわかっていた。会ったことの無い女性なのに、伸也の中にはほのかに灯るものが生まれつつあった。まだ未知の存在だとしても本当に会ってみれば、何かわかるのかも。そう思って、伸也は彼女に会ってみたいと思いはじめたのだ。

電話の受話器を持ち、留守番電話に入っていた通りの電話番号を押した。電話が繋がるまでの時間が妙に長く感じたのは伸也にとってはじめてのことだった。今年は最初から幸先がいい。そう思いながら、彼女が電話口に出るのを待っていた。2回、3回、4回と呼び出し音の回数を数えていた。そして、8回目の呼び出し音が鳴ろうとしたときに、電話がついに繋がった。電話の向こうからは留守番電話に入っていた通りの声が聞こえて来た。

佳織:{もしもし、奥井です}

伸也:「もしもし、矢崎です」

伸也はどうやって切り出そうかずっと考えていたが、頭の中が真っ白になっていたので、これしか言葉が出て来なかった。

佳織:{矢崎さん?たしかにその声。電話くれたんですか?}

伸也:「そうです。矢崎伸也です。留守番電話のメッセージを聞いて、電話をかけました」

佳織:{なんか嬉しいです。今、大丈夫なんですか?}

伸也:「なんで?大丈夫だから電話したんです。いきなりなんですが、時間があったら会っていただけないかと思って」

佳織:{なんか、いきなりですね。私も会ってみたいんですけど、今日だと時間が遅いでしょ。週末はいかがですか?}

伸也:「週末。大丈夫です。土曜日も日曜日もスケジュールには何も書いていません」

佳織:{じゃあ、今度の土曜日に会いませんか?}

伸也:「わかりました。詳しいことを決めたらあとでメールで送るってのはどうですか?」

佳織:{いいですよ。あとで送って下さいね}

こうやって伸也は彼女と初めて会う約束を取り付けることができたのだ。

そして、約束の土曜日。伸也は待ち合わせ場所の喫茶店にいた。普段だと入ることの無い場所だが、彼女と会うためならしょうがない。待ち合わせ時間の1時間も前に到着したので、頼んだコーヒーもぬるくなってしまった。さっきから、テーブルの上に彼女からもらった年賀状を見てはどんな人なのか想像を繰り返していた。自分の好みなのか、とっても美人なのか、きれいな人なのか、想像する時はどうしても良い方に考えてしまいがちだが、伸也の頭の中にはどんな人も思い浮かばなかった。とにかく、この目で確かめたいという思いが強かったので、どんな人が来てもよかったのかも知れない。

約束の時間頃になって、喫茶店の入口付近に、下は白黒格子チェックのミニプリーツスカート、編み目がダイヤになった黒タイツ、ブラウンのストレッチブーツ、上は白のタートルネックニットを着込んだ女性が誰かを探しているのが見えた。伸也はその女性をもっと観察してみたかったが、違ったときに気まずくなるのを避けるため、細かいところはチェックしていなかった。しかし、伸也の予想通りにその女性こそが奥井佳織その人だったのだ。伸也の座った席まで来ると伸也に声を掛けてきたのだ。

佳織:「あの〜?矢崎さんですか?」

彼女がそう言い出すと、伸也の顔はぐっと赤みを帯びていた。そして、伸也自身はりんごよりも赤くなっているように思っていた。勇気を出して、次の言葉を考える。すると、席から立ち上がり、彼女に挨拶をはじめた。

伸也:「はじめまして。矢崎伸也です」

伸也は彼女の前でお辞儀をすると、その時になってはじめて彼女の顔を見たのだ。思った通りの小顔で色白、肩より上にカットされた髪はシャギーが入って、光に当たると蒼く光って見えた。

佳織:「やっぱり、矢崎さんだった」

伸也:「立ち話もなんなんでお座り下さい」

緊張した面持ちの伸也は彼女に席に座るように勧めた。ウェイターを呼んで、彼女の飲み物を注文すると二人は話をはじめた。伸也に年賀状をあげたことからはじまって、ここで出会うまでの短い話や、今までの人生についてお互いの身の上話をしていた。二人とも時間が過ぎているのに気がつかないくらいに白熱した話が続き、いつの間にか日は暮れていた。そして、今日の別れの時間が来てしまったのだ。

佳織:「そろそろ時間ですね」

伸也:「そうですね。ここにすっかり長居してしまいました。ちょっとだけの約束だったのに」

佳織:「そういえば、最後に一つ聞いてもいいですか?」

伸也:「いいですよ。なんです?」

佳織:「伸也さんは今まで結婚したことが無いんですよね。もちろん、つきあったことも少ないと聞きました。これから先、どうするつもりなんですか?」

伸也:「縁があれば結婚しようと思っています。長い間、佳織さんと話してみて思ったのですが、もしよろしければ結婚を前提につきあうなんてどうです?」

伸也にとっては大胆なことを言ってしまったものだ。佳織は伸也とは一回り違いの年女、結婚なんてことを真剣に考えるにはまだ早い年頃かも知れない。そんなことからなかなか口に出すことはできなかったからだ。うち解けた気分からものすごい緊張感が戻って来た。

佳織:「結婚を前提にですか?やっぱり、伸也さんって押しが足りないんですね。それだからその年になっても結婚できないんですよ」

伸也:「やっぱり駄目ですか。こんな男だと頼りないってことでしょう」

よく見ると、佳織はちょっとイライラしているようにも見えて、伸也の気持ちはますます萎縮していくばかりだった。そして、佳織は椅子からいきなり立ち上がり、伸也をにらみつけて来た。

佳織:「伸也って、そんなに情けない奴だったかのかよ。もう助けてやんねぇからな〜」

佳織はそんな言葉を伸也に浴びせると、喫茶店を股を大きく広げて出て行った。席に残された伸也はテーブルの上に顔を伏せながら、一人その場でたたずんでいた。

伸也:「やっぱり、彼女も今風の女性なんだな。。。」

こうやって伸也はまたも結婚の機会を逃したのだ。





 

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