「ねぇ。あなた里美(さとみ)のこと今も好きなの?」

高校からの帰り道、中学の時に一緒のクラスだった佐々典子(ささのりこ)とたまたま同じ地下鉄に乗り合わせた。久しぶりのことだったので中学の時にあまり親しくない二人でも、なぜか会話を盛り上げることができた。

そして、俺が気にしていた北倉里美(きたくらさとみ)の話に話題が移ると、俺が里美に気を入れていたことが典子にはバレバレだったようだ。何しろ、典子は中学時代、いつも里美と一緒にいたからだ。

「里美って、北倉のことか?」
俺は冷静を装いながら典子の質問に応じた。
「そうよ。里美も私と同じ学校に通ってるけど、最近はなんだかよそよそしくなっちゃってね」
「高校に入ったら中学の友情もおしまいってわけですか」
「そうなのかなぁ。そんな風に思えないわ。なんだか人が変わっちゃったみたいでさ」
里美の性格が変わったと言うことを聞いて、俺にとっては正直ちょっとショックだった。中学の時に肩入れしていた気持ちは今更だと思うけれど、やっぱり好きな人や好きだった人はいつまでも自分の中にきれいに残っていたいと思うからだろう。

「俺、里美のこと好きだったよ。中学に入った頃からずっとそう思ってた」
俺は典子の目の前で少し大人になった雰囲気で言ってみた。この時、電車の揺れで典子と俺との距離がぐっと縮まった。典子の太ももが押しつけてくる。
「ふ〜ん。やっぱりね。女子の間ではずっと噂があったんだけど、本当だったのね」
典子はスカートの乱れを直しながら、何か懐かしいものを思い出したかのように話した。

そのあとで俺たちはお互いの携帯番号とメールアドレスを教え合って別れた。そして、これがあのことのはじまりだった。

 

 

近き日の思い出

作:夏目彩香(2003年7月25日初公開)

 

 

この前、典子と会ってから俺たちはメールのやり取りをよくするようになり、時々は会ったりしていた。一緒に学校から帰ることもしばしばで、会うときはお互いに制服姿のままが多かった。

典子の通う高校は子供の数が減っている中で学校運営が難しくなっている中、女子高校として生き残りを続けている唯一の私立高校。制服は一流のファッションデザイナーによるものだそうで、茶系のチェック柄のスカートにベスト、丸襟のブレザー、胸元にある赤いリボンがかわいらしい制服だ。

俺の通う学校は共学の公立校。男子の制服は黒の学ラン、女子の制服は紺のセーラー服なので、俺からすると典子の制服がとても華やかに見える。典子に会ってからはうちの学校の女子を見る目まで変わったぐらい、俺にとってはちょっとした変化が起きていた。

俺たちはどうやら友達以上恋人未満の関係に陥っているようだった。ちょっとした出会いから始まった気持ちの近づき方は思ったよりも早かった。メールの交換はもちろん毎日しているし、お互いの高校が近くて家も近所にあるのは更に有利な点だった。

 

そんなある日のこと、午後の授業をやっている間に典子からもらったメールの内容には度肝を抜かれてしまった。なぜかと言えば、メールの内容を読めばすぐにわかる。メールの内容はこうだ。

From: 典子

今日は里美と一緒に帰るこ
とになったよ(^_^)V
久ぶりに里美に会ってみな
い?どうする?

今までメールのやりとりを始めた頃から、典子が里美と一緒に帰るってことは無かったし、高校に入ってからはそんな機会もなくなっていたということなので、どうやら典子が里美と一緒に帰ると言うのは典子が、積極的に働きかけたのでは無いかと俺はとっさに思った。先生にわからないように机の下の携帯を隠して返事のメールを打つ俺。

From: 俺

わかった。俺も里美に会ってみたいんだ。
学校が終わったらいつもの場所にいるから、そこで会おう。

このメールを送ってからしばらくすると、典子からの返事が帰って来た。

From: 典子

うん。いつものところでね。

これで俺が里美に会うということも決定したわけで、中学の時以来会ったことの無い初恋の相手に会う緊張感を少しずつ感じていた。そして、授業が終わると俺は一目散に駆けだして、いつもの場所へと向かった。俺がいつも使っている地下鉄の駅へ向かったのだ。

 

地下鉄の駅だと言うのに、ここは高架になっている。途中から地下に降りることを考えると確かに地下鉄ではあるが、なんとも不思議な気分だ。典子が早い時はこの駅のホームで待っていてくれることになっていて、俺が早い時は俺がいつもの場所で電車を待つことになる。典子はいつも同じところで電車に乗るから、それを使ってうまく待ち合わせをしている。

とりあえずのところ、今日は俺の方が早かったようだ。ホームには典子らしき人影が無い、俺はいつもの場所で典子の乗る電車が来るのを待つことにした。すでにメールで学校を出ていることまではわかっているが、それから先の足取りはとれていない、里美と一緒なので、そう簡単にメールを送ることもできないでいるのだろう。

里美がどんな風になっているのか、想像しながら俺はホームで典子たちが乗っている電車が来るのを待っていた。電車が来るたびに中を見てはいるが、典子の通う同じ学校の女子生徒を見かけるけれど、まだ来ないようだ。

そして、俺がホームに到着して3本目の電車を見ると、中に典子の姿があった。後ろ姿だが、いつも乗る場所から見える位置に座っている。隣にいるのは里美だろう。俺の心の中からドキドキという音が周りに聞こえてしまいそうだった。

それでも俺は勇気を振り絞って電車に乗った。電車の扉が開いて、典子の座っている席の前へ行く。典子はいつもの通りで、隣にいたのは中学の時にやはり同じクラスだった北倉里美だ。中学の時と比べるとぐっと大人になった雰囲気だ。昔よりも髪が長く延びて、更には軽く赤茶色で染めている。

「よっ。ひさしぶり」
どもることも無く俺の口からしっかりと挨拶をすることができた。里美は俺の顔をジロジロと見て来る。
「こいつが典子とねぇ。超似合ってるじゃん。中学の時は一緒のクラスだって言ったっけ。これからよろしくな」
そう言いながら里美は俺の前に白く細い右腕を出して来た。
「やっぱ。里美って高校に入ってずいぶんと変わった?」
「そりゃそうだろ。なんと言っても女子高校だからな」
俺の覚えている里美はこんな話方じゃなかったはず。なんだか、性格が男っぽくなってしまったのかも知れない。その時は、そう思った。

すると、二人は耳元で俺に聞こえないように話をしはじめた。何を話したのかは全く聞こえなかったが、何をしているのか俺は訪ねた。
「何二人でコソコソやってんの?」
「ひ・み・つ。女には秘密があるものなの。次の駅で降りてどこか喫茶店でも入らない?」
典子が俺に言う。
「そうだな。電車の中で話をするのもなんだし、次の駅だったら何でもあるから行くか」
そして、里美は黙ったまま頷いて喫茶店へ行くことが決定した。

 

次の駅で降りた3人は近くの喫茶店へ入ることにした。高校生とは言っても最近の子供はお金を持っているようだ。携帯電話も持っていたり、お小遣いも多かったり、日本国内では「不況」という言葉が充満している割には、現実では「不況」という言葉に似合わないことばかり起きているようだ。

とにかく、俺たちは喫茶店の奥の方に座った。テーブルを挟んで俺が一人きり、右には里美が左には典子が座っている状態だ。ウェイトレスが水を持ってくると、3人はすかさず注文を入れるが、結局みんなコーヒーだった。

「じゃ、あの話はじめよっか」
注文を取ったあとで典子が里美にたずねた。
「もうするのかよ。コーヒーが出てきてからでもいいんじゃない?」
「わかった。里美の言う通りにするわ」
「あの話って何だよ」
俺がそう言っても2人は聞き入れてくれない。
「そんなのがあるのよ。そろそろ話ておきたいことがあってね」
それから3人は黙って時間が経過するのを待ったのだ。

ウェイトレスがコーヒーを持ってくると3人の前に差し出した。里美は置いてある砂糖をたくさん入れ、典子は少しだけ、俺は入れずにブラックのままにした。コーヒーの一口目を飲むと、典子の口からいよいよあの話が始まった。

「優斗にはずっと黙ったままだったんだけど。」
典子は言いにくそうに切り出した。俺の名前をつけるのも珍しい。
「私が高校に入ってから里美の性格が変わったって話したことあるよね」
「あぁ。俺と典子が高校に入って以来初めて会った日に話したよな」
「あれなんだけど」
すると典子の隣にいる里美がコーヒーカップを置いて口を開いた。
「性格が変わったんじゃなくて、人が変わったんだ」
「どう言うこと?」
俺は里美の言ったことに疑問を抱く。
「だから、中学の時の里美と今の里美は人が違うってこと」
典子がそう続ける。
「人が違うって、性格のことを話しているんじゃないのかよ?」
「それだけじゃない、私も違うのよ」
「わけわかんねぇなぁ。おまえら何を言いたいわけ?」
俺は少しイライラして目の前にあるコーヒーを一気に口に含む。

典子と里美は場が悪そうに、もぞもぞしながらどちらが説明を続けるか擦り付けている。
「じゃあ。簡単に説明してやるよ」
少し怖そうな形相をしながら里美が話しはじめた。
「俺たち二人とも人が違うんだ」
里美の口から俺と言う言葉が出てくるとは考えもつかなかった。口をぽかんと開けたまま里美の話を聞き続ける。
「単刀直入に言うとな。中学の時にお前をいじめていた寺田剛(てらだたけし)だよ。そして、隣にいる典子が里美で、今の俺の体には典子が入ってしまった。3人が互いに入れ替わったってわけ」
それを聞いても俺は里美の言葉を疑った。
「じゃあ。俺の目の前にいる里美は中学の時に俺をいじめていた寺田だっていうのか?信じらんねぇって」
「優斗、本当なのよ。高校生になったとたん、私は典子の姿になっていたし、私には寺田くんが入っていた。そして、典子は……」
そこまで言うと典子は俯いたまま動かなくなった。
「典子はどうしたって?」
「それ以上、聞かない方がいい」
里美が典子を抱きかかえている。どうやらつらい過去があるようだ。
「とにかく、そんなこと信じられない。里美が寺田だって証拠はなんなんだよ」
すると、里美はカバンの中から紙とペンを取り出し、何か文字を書き始めた。見覚えのあるその文字。
「それは。それは、寺田の自筆文字。いつも俺の背中に貼られて馬鹿にされていたよな」
「それにだ。俺はお前のケツの穴に近いところにホクロがあるのだって知ってるぞ」
今の里美は確かに寺田のようだ。俺が中学の時に寺田の奴に見つけられて馬鹿にされたから。

これによって俺が理解できたことは、中学の時に里美だった典子とつきあっていたというわけだ。里美と典子が高校に入ってあまり遊ばないのはお互いを意識しないようにするためだと言った。同じ中学から高校へ行ったのが二人しかいないので、里美の性格が変わったとは誰も思っていなかった。そして、里美は典子の体に適応して中学時代の典子のように、寺田はまだ適応できていないようだが、徐々に里美らしい感情を抱くようになったと言う。

「それで、本当の典子はどうなったんだ?」
俺に残された最後の疑問は、このことだった。寺田になった典子は今どうしているのか。
「死んだよ」
里美の声も暗いままだ。
「えっ!?」
俺は衝撃的な事実にただ驚くしかなかった。里美の振る舞う典子を好きでいる今の俺にとっては、好きになった人を失ったも同然の気持ちでもあったし、好きだった里美が典子の姿でいることは好きな人がここにいてくれている証でもあった。複雑な思いが俺の中に駆け抜ける。
「結局。典子は寺田の体になって人生を諦めちゃったのよね。なんだかわからないけれど、それを思うと、私は典子のために典子として生きて行かなくちゃ駄目だって思うようになったの」
「そういうことだったのか」
「だから、優斗にはこの話をしておきたかった」
元寺田だった里美が言葉を続ける。
「中学の時はいじめて悪かったな。俺、里美になってからお前に済まない気持ちでいっぱいだった。里美の気持ちってとっても優しくて、俺に無いものばかりだったから、ようやく気づいたよ」
そう言うと里美は俺に謝ってきた。
「いいんだ。気にするなよ。俺たちは死んだ典子のためにも生きなきゃな。」
「許してくれるんだな」
「あぁ。どうってことないって近き日の思い出って奴に閉まっておくから」
里美の顔が急に明るくなる。
「優斗、ありがとう」
里美はそのまま俺の頬に軽くチューをした。
「おい。里美に悪いって」

こうして俺たちの不思議な三角関係がはじまった。高校に入ってまだ間もない頃のことだった。





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