好きよ好きよも今のうち(006 - 010)

作:夏目彩香(2003年7月1日初公開)

006

駅から歩いてくると恵美のアパートの前の前に到着した。恵美の家はここの2階にあるため階段を使ってあがって行く。たがが2階とはいえ文恵を抱えながら2階にあがるのは大変だった。恵美の家の前に到着すると文恵を一度通路に座らせるとバッグの中から鍵を取りだし、玄関を開けた。

玄関の扉を大きく開けて閉じないように固定すると、また文恵を抱えて玄関へと入る。恵美は自分のパンプスを脱ぎ捨てると、文恵のパンプスも脱がして、部屋の中へと入った。文恵をベッドの上に寝かせると、玄関の扉をしっかりと閉めて来た。パンプスも整理してから文恵のいるベッドのそばに行った。

恵美はベッドの上に置かれた文恵をしっかりと寝かせつけてから、冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取りだして、文恵に差し出した。
「文恵。あなたはお酒に弱いんだから、これ以上飲めるわけないでしょ。水でも飲んで頭を冷やしなさい」
同じくらい飲んだのに恵美はしっかりとしている。やはりアルコールに弱い文恵の元の体質まで同じなのだから当然のことではある。

恵美の部屋はワンルームにキッチンとユニットバスのついたタイプ。部屋の真ん中にはテーブルが置いてありベッドと冷蔵庫を置いて、洗面所には洗濯機まで置いてあるから比較的大きめの部屋だ。文恵に水を渡すと、恵美はクローゼットを開けて中からバスタオルと部屋着を取り出した。
「私、シャワー浴びてくるから。そこでおとなしく寝てなさいね。テレビでも見るんだったらつけてあげるけど、見る?」
そう言うと、ベッドの中で寝ている文恵は枕の上で首を横に振った。恵美はシャワーを浴びるためにバスルームへ向かう。

恵美はシャワーを浴びながら、今日の出来事を考えていた。結局、文恵を家に連れてくることになったけど、思ってもいなかった展開になってしまった。一緒に食事に行こうと誘った時から思っていたけれど、いつもよりも積極的な感じがした。文恵もたまには積極的になるんだなって思ったれど、こんな風に一緒に家にやってくるとは、友達とは言っても世話がやける。

シャワーから出てくる温かいお湯が体に当たるたびに、一日の疲れが溶けていくよう。文恵との出来事も楽しい思い出として残っていくことだろうと思い返した。バスルームの外ではテレビの音が聞こえる。さっきまで文恵はテレビを見ないと言ったのに、少し調子がよくなったのかも知れない。一度シャワーを止めてボディーソープで体を洗っていた。

恵美はボディーソープで洗った全身を洗い流すために、再び温かいお湯の出るシャワーの蛇口をひねった。シャワーをフックにかけたままゆっくりとボディーソープを洗い落とした。そして、足の踵についたソープを落とそうとしている時に恵美はシャワーの粒がだんだんと大きくなっているのに気づいた。

シャワーの粒がだけが大きくなるのではなかった。実は、シャワールームにある全てのものが大きくなって行った。実は恵美の体が小さくなっていたのだ。体が石けんよりも小さくさくなるといつの間にか、小さな小瓶に閉じこめられていた。外には見慣れた自分の部屋が見える。

いつの間にかと書いたが、正しくは小さくなって行くときとと小瓶の中にいた時の間のことは記憶にない。なので、シャワーを浴びていつの間にか小瓶の中に入ってしまったのだ。小瓶の中で意識を取り戻すと、シャワーの音が止まる音が聞こえた。小瓶に閉じこめられた恵美はシャワールームの中に人影があるのを見つけたのだ。

あれは誰なの?文恵なの?それとも……恵美の頭にはとっさにそんなことが浮かんだ。シャワーの音が止まってから1分くらい経ってからシャワールームの扉が開き、中からついに人が出てきた。バスタオルで体を拭きながら出てきたのは、なんと恵美の一番よく知っている自分の姿だったのだ。

007

バスタオルで体を拭きながら出てきた恵美は、裸姿のままバスルームから戻ってきた。恵美の入った小瓶を手に取ると、ニヤッとした表情を浮かべる。ベッドの上には文恵が黄色いパジャマ姿ですやすやと眠っていた。小瓶の中に入っている恵美は一体何が起こったのか理解できないまま、恵美のドレッサーにある化粧箱に入れられてしまった。

恵美はドレッサーの前に座りながら、さっきの出来事を想像した。目の前にいる恵美の姿を手に入れるまでの短い出来事ながら、思い出すだけでも気分がいいようだ。それは、恵美がシャワールームに入った時から実行された。


「私、シャワー浴びてくるから。そこでおとなしく寝てなさいね。テレビでも見るんだったらつけてあげるけど、見る?」
そう言うと、ベッドの中で寝ている文恵は枕の上で首を横に振った。恵美はシャワーを浴びるためにバスルームへ向かう。

恵美がバスルームの中に入ると、文恵はベッドの上から起きあがり、まずはテレビのスイッチをつけた。シャワーの音と同じくらいのボリュームになるようにすると、自分のカバンの中から本物の文恵が入っている小瓶を取り出した。小瓶をテーブルの上に置くと、文恵は自分の服を脱ぎ始める。

小瓶の中に入っている文恵もどうやらお酒に酔っているらしい、実はこの小瓶の中にいると変身している相手の状況と同じ状態になってしまうのだ。お酒を飲むと飲んでもいないのに飲んだようになり、頭が痛いと本物の文恵まで頭が痛くなってしまうのだ。そう変身した相手と本物の文恵がある意味、運命共同体として生きて行かなくてはならなかったのだ。

小瓶の中にいる文恵はお酒の影響ですっかりと寝てしまっていた。そのため、偽物の文恵が服を脱いでいるのにも気づいていない。偽の文恵は全裸になると小瓶を手に取ってふたを回してゆるめた。するとみるみるうちに文恵の体が田口康夫の体に戻っていくのだ。さっきまでスリムな文恵の姿をしていたに、中年太りの男に戻ってしまった。自分の体に戻った時点で、彼は小さな文恵を小瓶の中からベッドの上に出した。

文恵の体はすくすくと大きくなっていき、元の大きさになってベッドの上に横たわっている。もちろん全身裸のまま。康夫はさっきまで自分が身につけていた下着を文恵の体に着せると、恵美のパジャマを探し出してそれを着せた。この時、シャワールームの中にいる恵美に気づかれないようしなくてはならなかったので、気持ち的に大変だった。

文恵は寝ている状態なので、パジャマに着替えさせても起きることは無かった。ベッドの中にきちんと寝かせると、彼は空になった小瓶を手に取った。
「後藤恵美」
恵美の名前を言うと、恵美の体が小さくなって入ってしまった。例によって気を失っているため、彼の正体がばれることがない、今は文恵が起きてしまうのが怖いので、急いで小瓶のふたを閉めた。カチッと言う音とともに、彼の体は再びやせ細り恵美の体へと姿を変えていた。

シャワールームではシャワーが出しっぱなしになっているので、小瓶をテーブルの上に置いてシャワールームへシャワーを止めに行った。そして、バスタオルで体を拭きながらシャワールームから出てきたのだった。


ドレッサーの前にいる恵美は鏡の中にいる恵美に向かってほくそ笑んだ。
「こんなもんね。恵美も簡単に手に入れた」
まだ裸のままだったので、クローゼットから下着を身につけるともう一つあったワンピース型のピンクのパジャマに着替える。

ベッドに眠っている文恵の寝顔を見ながら、ちょっと懐かしい顔を見るような感覚を得ていた。電気を消してから文恵の横に一緒に布団をかぶる。さっきまでの獲物が新しい獲物と一緒に寝ている。そう思うと恵美はなかなか眠れなくなっていた。

すると、さっき出会ったばかりの祐介から携帯電話にメールで初めてのメッセージがやって来た。
『五十嵐祐介です。初めて会ったのに初めてのような気がしませんでした。明日、時間があったら会ってもらえますか?メール待ってます。』
内容はこんなものだった。しかし、祐介も恵美に対して好意を持っていたのは、文恵として見ていたので明らかだった。やっぱり来たかと思いながら、送られてきた祐介のメールに返信をする。
『実はわたしもそう思いました。明日、わたしの降りた駅で正午に待っています。』
すると、祐介からすぐに返事が来た。
『ありがとう。明日会いましょう。お休みなさい。』
簡単なメールのやりとりだが、恵美の感情は悪くない。恵美の気持ちはやはり祐介にかなり好意を持っているのがわかった。こんな気持ち久しぶりだなぁ。恵美に変身した康夫は思いもしない感情を楽しんで、ゆっくりと眠りについた。

008

文恵はカーテンの隙間から入ってきた日差しによって起こされた。ここはどこかと気がつくと恵美の家のようだった。前にも何度か来ているのでよくわかる。しかし、いつの間にここへ来たというのだろうか。たしかさっきまで会社で仕事をしていたはずだ。

自分のカバンが目に入ったので携帯電話の画面を見てみると次の日を指していた。自分の知らないうちに何が起こっていたと言うのか、どこか狭い所に入っていたような記憶もあるが、うまく引き出せない。会社からいきなり恵美の家にいるなんてことを説明することができなかった。

そうしていると、シャワールームの方から恵美がバスタオルを胸に巻いてやって来た。妙に気分が乗っている恵美の姿。文恵の方に近づきながら声を掛けてきた。
「文恵。起きたの?」
「うん。今起きたところだけど、私、どうして恵美の家にいるの?」
「会社が終わってから飲み過ぎてうちに来たんじゃない?文恵ったら、覚えていないの?」
そう言うと、文恵は顔を立てに振った。
「そっか。かなり飲んだからね。記憶が飛んじゃったのかも」
文恵は自分の知らないうちにお酒を飲んだと言うことを聞いて、ますます不思議に思った。
「私がそんなにたくさん飲んだって言うの?」
文恵は恵美の方をじっと見ながら聞いてくる。
「うん。飲めないのに飲み過ぎたからやっぱり記憶が無い見たい」
そう言うと、恵美は冷蔵庫からミネラルウォーターを出してコップに入れる。
「はい、これ飲みなさいよ」
文恵は自分の体からアルコールが完全に抜けていないことに今頃気づいた。
「かなり頭が痛いと思ったら、二日酔いになってる〜」
「じゃあ、文恵はもう少し休んでいなさい。私は昼までに出かけなくちゃならないから、家に帰る時は……」
そこまで言うと、文恵が言葉を返してきた。
「オートロックになってるから、扉が閉まったのか確認してから帰ってでしょ」
「わかっちゃったの。さすが」
恵美はいいながらペロッと舌を出した。文恵が恵美の家に来るときはいたってこうなることが多いので、文恵はすっかりと覚えてしまったようだ。

恵美はゆっくりと出かける支度を始めた。ドライヤーをパーマのかかっている茶色い髪にあてて整えると、着替えるためにクローゼットから服を取り出す。スカイブルーのHラインスカートに白いキャミソール、そして、スカートよりも少し濃いめのブルーのカーディガンを取り出すと、颯爽と見に纏う。

恵美がでかける準備をしているうちに文恵が静かになっているのに気づく、文恵はこの間に再び眠りについたようだった。恵美は再びドレッサーの前に座って化粧を始める。化粧水とファウンデーションでベースを整えると水色のアイシャドーを目先に加える。眉毛を描いてから、引き出しの中から誰かとデートをする時のために使おうと思っていたリップスティックとリップグロスを取り出す。ピンクのリップスティックを唇に塗ったあとにラメ入りのリップグロスを軽くつけた。全体的に不足しているものを確認して化粧が完成。

大きな姿見に立つと全体のバランスを見てみる。全体的に青で統一しているのでなんとなくさわやかな感じが見える。ストッキングをまだ履いていなかったので、クローゼットからベージュのダイヤドット柄の入ったものを取り出して、すらりとした足を入れていく、この時点でもう一度姿見の前で確認をしてから、でかける時に持って行くハンドバッグの中身を整理する。

ハンドバッグの中に、本物の恵美の入った小さな小瓶をすぐには見えない場所に入れ、化粧品や財布、家の鍵に携帯電話を準備した。ドレッサーにまた座るとエレガントな香りがする香水を軽くスプレーした。この香水もハンドバッグの中に入れ、また大きな姿見で確認。姿見を見るたびに何かそわそわする気持ちを感じながら、足りないものを付け足していく。

そんなことをしている時に恵美の携帯電話に祐介からメールが届く。
『祐介です。ぐっすり眠りましたか?今日の正午に会いましょう。それじゃ。』
恵美がこのメールを読むと、返事を書く前に玄関で靴を選び始めた。今日の服装によく似合うのはふと探してみるとちょうどいい靴があった。文恵の青い靴に似ているが、それよりも光沢が入った革でつくられた9cmのハイヒール。

履く靴も決めて、ベッドで寝ている文恵のそばに行って行くと、文恵を眠りから起こして言った。
「文恵、私行くから。帰る時は携帯に連絡入れてね」
眠そうな顔をしながらも文恵は、恵美の言葉をちゃんと聞き入れ軽く顔を縦に動かした。玄関へ行ってハイヒールを履くと、恵美は携帯電話をバッグから取り出して祐介にメールを送った。
『恵美です。今から、家を出ますね。あとで会いましょう。』
そうして、玄関を開けると恵美のデートがはじまろうとしていた。

009

ここは祐介と恵美が待ち合わせることになっている地下鉄駅。この駅には待ち合わせのスペースが用意されており、噴水の真ん中に置かれた大きな時計の針が正午になるためには時間が30分もある。この噴水の前で待ち合わせをする人の中に祐介の姿があった。

祐介は噴水の前に来るとさっそく恵美の携帯電話に向けてメールを送った。メールの内容はここで待っていると言った内容のみ。朝にメールをした時に恵美は家を出たとのことだったので、どうやらどこかへ寄ってから来るらしかった。

恵美からの返事が返ってくると、祐介はさっそくメールを読んでみた。思ったよりも時間がかかって正午を少し過ぎるかも知れないと言う返事だった。噴水の前で待っている人は祐介だけでは無いが、待ち合わせをしている人がいなくなって行くたびに、早く会いたい思いが募っていく。

そんな時だった。一人の女の子が祐介に向かって声を掛けてきた。肩まで伸びる茶色の髪、くりっとした瞳、軽くピンクに染められた唇。白いワンピースからは白い素肌が見える。足下の水色のミュールによって涼しげな雰囲気がした。
「お兄ちゃん。ここで何してるの?今日は仕事じゃ無かったっけ?」
実はこの女の子は祐介の実の妹だった。祐介が小学校に入ってからできた妹だけに年の差は7歳もある。
「よっ。絵奈」
祐介は右手を軽く挙げ、苦笑いをしながらも絵奈に愛嬌を振る舞ってやった。
「お前に隠しておいてもしょうがないからな。今日はデートだよ」
「へぇ〜。お兄ちゃんもたまにはやるもんね〜」
絵奈は祐介を見上げながら話してくる。絵奈の身長は150センチも無くてかなり小さめだから、まっすぐ見ると祐介の首しか見ない。
「絵奈はこれからどこへ行くんだい?」
そう言うと絵奈は長い髪を手で触りながら。後ろにいる友達をちらりと見て言った。
「私は友達とプールに行ってくるよ。いつも土曜日はそうしてるでしょ」
すると祐介は忘れてたかの表情を一瞬見せてから。
「あっ。そうだった。土曜日はいつもプールに行くんだよな」
そう言いながら、絵奈の胸に手を出してくる。しかし、絵奈の手が一瞬早く防御姿勢に入って、祐介の手を追い返してやった。
「いつも、やめてって言ってるじゃない。私だって年頃のレディーなんだから」
いつもの言葉を言ってくる。
「わかった。わかった。友達に悪いからさっさと行けよ」
「うん。わかった。お兄ちゃん、デート頑張ってね」
そう言うと絵奈は友達が待つ中へと帰って行った。

絵奈がいなくなると、また退屈な時間が始まった。正午まではまだ10分も残っているし、恵美が正午に来られなければ更に待つことになる。時計の針と戦うのも嫌なので、携帯電話を開いて恵美に向けてメールを送ろうとした。

メールを送ろうとした瞬間、携帯電話の着信音が鳴った。携帯電話を開けるとメールの内容が表示されていた。
『今終わりました。これから駅に向かいますね。遅くても5分までには行きま〜す。(m_m)』
と言う内容、やはり恵美からのメールだった。
すぐに祐介は、
『駅の噴水の前で待っています。焦らないでゆっくり来てください。(^^ゞ』
と恵美に返信したのだった。残っている時間は15分。15分、噴水の前で待つのはかなり退屈なこと。祐介は携帯電話にダウンロードしておいたゲームをやることにして暇つぶしを始めた。

噴水の真ん中にある大きな時計が正午を指した。恵美が来るまで遅くてもあと5分。携帯ゲームもさすがにつまらなくなって、あとの5分は周りの風景を見ながら黙って待つことにした。祐介は噴水の前を行ったり来たりする人の流れを見ているのもおもしろいものだと思った。

行き交う人の流れは老若男女さまざまだった。もちろん1人で歩いている人もいれば、カップ、グループといろんな形態があることに気づく、みんな始めは知らない同士だったのだろう。もちろん周りのことなんか普段は気にすることが無い。恵美が祐介の働く店にやって来なければ恵美を待つことも無かったのだ。

昨日の夜に会った恵美の姿を思い浮かべながら、恵美が来るのを今か今かと待つ思いがだんだんと膨らんでくる。時間的にもそろそろ来るはずで、噴水に近づく女性の姿を見ては恵美の姿に見えていた。

010

噴水の前で恵美を待つ祐介。祐介は約束の時間30分も前からここで待っている。その約束した時間もすでに過ぎてしまった。恵美からはメールで遅くても約束の時間5分過ぎまでには来るともらっていたので、もう少し辛抱する必要があった。

祐介は携帯ゲームをやめたあと噴水を眺めていた。ゆっくりと見てみると、噴水の動きはなかなかおもしろかった。噴水の真ん中にある大きな時計の針は3分を指していた。じれったいがここで恵美を待つしかないのだ。不思議にイライラとはしていなかったが、恵美に早く会いたいという気持ちは更に高まっていた。

すると「祐介さ〜ん」と遠くから聞こえた気がした。噴水の周りをキョロキョロしてみると、まだ恵美の姿は見えない。そんな中で一人の女性が近づいて来たのに気づいた。
「祐介さ〜ん」
しばらく考えてから、祐介が女性に向かって話しかけた。
「あっ。恵美さん。髪型変えたんだね。似合ってるよ」
「ありがとう。祐介さんって女性の髪は長いのが好き?短いのが好き?」
恵美がさりげなく質問してくると、祐介は少しためらいながら答えた。
「俺の場合は関係ないっすよ。似合ってればどっちでも」
「よかった。短くしたら祐介さんに嫌われるかなって思ったけど、思い切って切っちゃいました」
恵美の髪型は昨日見た背中まであるロングヘアーからショートへと変わっていた。そんな恵美の姿を祐介はじっと見ている。
「昨日は、お客さんとしての意識が強かったんですが、恵美さんって俺のタイプです」
恵美は口に手を当てながら軽く笑いつつ。
「ははは。お世辞はよしてくださいね」
にこやかな表情を祐介に見せていた。
「お世辞じゃないですよ。俺がピ〜ンと来たからデートに誘いましたから」
こんな時、恵美が何かを思い出したかのように手を叩いて聞いてきた。
「そういえば、祐介さん。妹さん入院したって大丈夫でしたか?」
「えっ?あっ。あれは結局、嘘だったんですよ。昨日は恵美さんに会えるかもと思って早く帰るために適当な理由をつけて仕事を終わらせたんです」
すると、恵美が祐介の胸に抱きついて来た。
「私のためって。もしかして、祐介さんもそう思ったんだ」
恵美には祐介の心臓がドキドキしているのがわかった。そして、噴水の前で2人が抱きついたまま無口になって時間が始まった。

「恵美さん」
沈黙を破ったのは祐介のこの一言からだった。
「恵美さん。これから恵美って呼んでもいいかな?」
祐介の純粋な目が恵美の目をじっと見つめながら言ってきた。恵美は何も言わずに、自分の鼓動を楽しんでいた。このドキドキする感覚は恵美には何度もあったことだが、恵美になっている田口にとっては初めての経験だったからだ。沈黙した時間がゆっくりと流れながら、恵美はゆっくりと首を縦に振った。そして、久しぶりに口を開いた。
「私、祐介さんのこと好きです。だから、恵美って呼んでください」
すると、祐介が全身全霊の力を振り絞って言った。
「俺とつきあってくれますか?」
恵美はさっきと同じように首を縦に振り、祐介の胸の中と頭を入れてきた。
「喜んでつきあわせてください」
恵美が言った声は祐介には嬉しくて聞こえていなかった。そして、恵美になった田口は恵美が祐介を恋する気持ちにを楽しみはじめていた。この時、恵美の頭の中には家を出てきてからここまでの出来事を不思議に思いだしている。


不思議な気持ちに包まれながら家を出た恵美は、待ち合わせの時間までに十分に時間があることに気がついた。待ち合わせの正午までにはまだ3時間はあるからだ。階段から降りてくるとバッグの中からコンパクトを取りだして、顔を覗いてみる。せっかく祐介に会うのだからもっときれいになってあげたい、そう思った恵美は美容室へ向かうことにした。

いつも行く美容室に電話を入れると、今からすぐにやってもらえると言うことだった。その美容室からだと地下鉄の駅までは歩いて5分くらいだ。美容室のそばにはお気に入りのカフェもあるため、待ち時間の調節にも使える便利な場所だ。

恵美が美容室の中に入ると、いつも恵美を担当している男性スタッフの山下省吾(やましたしょうご)に出迎えられた。美容室の中にはまだお客さんがいなかった。どうやら恵美が今日はじめてのお客さんとなったようだ。椅子に腰をかけると、今日はどんな風にしたいのかを聞いてきた。恵美はどうやら長くなった髪がうっとうしくなったので切りたいと思った。

しかし、祐介が長い髪を好きだったらどうしよう。そんな迷いが出てしまう。髪を短くして嫌われてしまうのも嫌だった。それならばと、恵美の本当の正体である田口だったらどうするか考えてみる。自分の好きなつきあってもいない女性が突然髪を短くしたら。田口の本心だとそんなことは関係ないだろうと思ったのだ。

ならば、恵美の心は決まった。髪を短くした上で、更にウェーブパーマをかけてもらうことにしたのだ。山下省吾には一瞬驚くほどだったが、大胆なほどのイメージチェンジということでかなりはりきってやってくれた。完成した時にはこれがさっきまでの恵美かと思うほど雰囲気が違っていた。

美容室でヘアースタイルが完成すると、祐介に、
『今終わりました。これから駅に向かいますね。遅くても5分までには行きま〜す。(m_m)』
と言う内容のメールを送っていた。この姿で早く驚かせてあげたいと言う気持ちと、何か胸のなかをくすぐるような気持ちを楽しみながら、美容室を出て駅に向かったのだ。


恵美が髪を短くしたことが逆に祐介の告白を早くする切っ掛けになった。祐介の彼女となった恵美はすっかりとこの雰囲気にのめり込んでいる。もちろん、これから初めてのデートによって2人の愛は深まることになるのだ。





本作品の著作権等について

・本作品はフィクションであり、登場人物・団体名等はすべて架空のものです
・本作品についての、あらゆる著作権は、すべて作者が有するものとします
・よって、本作品を無断で転載、公開することは御遠慮願います
・感想はメールフォーム掲示板でお待ちしています

copyright 2003 Ayaka Natsume.