流行前線(その4)

作:夏目彩香(2003年4月27日初公開)



家から学校へ向かう道のりは慣れないハイヒールのためもあってか歩くのが大変でした。美野自身ハイヒールに慣れていないため、歩くたびにうまくバランスを取ることができないのです。それでも、美野の記憶を引き出しては前へ前へと足を進めて行きます。

それにしても美野の母親は、こんな格好をしているのに合宿だって言ってよく抜け出せたものです。美野の顔から思わず笑みがこぼれていました。周りを歩く人たちからはきっと変な目で見られているに違いありません。しかし、それがとても快感に思えるのです。

学校の校門をくぐりサークル棟の中へとやって来ました。美野のハイヒールの音が鳴り響くと周りの視線が美野の方へと集まります。さっきまで桜の花見をしていた連中もいて、美野の方を見ては声を掛けてきました。しかし、そんな連中には構うことなく美野は自分のサークルルームへと向かうのでした。

一方、サークルルームではバスタオルを纏った美野がパイプ椅子に座ってもう一人の美野が帰るのを待っていました。机の上に顔を伏せて寝ていると部屋の外からコツコツという音が聞こえてきました。上半身をあげて入口の扉に向かうと、そっと扉を開けながら、見られないように外をうかがいました。まだ外には誰もいない様子でした。ドアを閉めると再び椅子に座って帰りを待つことにしました。

廊下ではハイヒールの音が妙に大きく響きます。ここまで来るとだいぶ歩きも慣れてきて、楽に足を運ぶことができるようになっていました。ようやく目的の部屋の前に着くと、周りに誰もいないことを確認してからドアを叩きました。すると、なかから鍵が開けられて扉が開きました。

中から顔を出した時、鏡の前にいるような錯覚がしましたが、目の前にいたのはバスタオルを纏った美野の姿でした。部屋の中はさっきと同じようにがらんとしています。ボストンバッグを机の上に置くと、裸の美野に着替えるように促しました。裸の美野が着替えている間に、美野は股を広げながら椅子に座り、机の上に置いてあるビデオカメラの再生ボタンを押してみました。

予め打ち合わせをしていた通り、この中には裸の美野の映像が収められていました。映像を見ながらも音量をあげて、何を話したのか聞いてみます。
『こんにちは。桜山美野です。外は桜が満開だけど。私の体も満開ですよ。美野が今いるのは、サークル棟なんだけど。このサークルに入ることに決めました。これからよろしくね!あとで、ちゃんと可愛がってくれたら、美野がご褒美をあげるわ。それじゃ、このへんで。バイバイ〜』
そばで着替えている美野はどうやら恥ずかしい様子ですが、まだ着替えが完全に終わっていなうちに、この映像を全て見終わってしまいました。すると、今度はデジカメを取り出して、着替えている途中の美野を撮影しだします。下着姿からさっきまで自分の着ていた黄色のAラインスカートを履いたり、白いブラウスを身につけるところ、ブラウンのカーディガンを上半身にかけて、白いストッキングを履く様子、そして、グレーのパンプスを履くまでの過程の写真を撮ったのです。

こうして、さっきまで裸だった美野の着替えが終わりました。デジタルカメラに向かって愛嬌を振りまきながら何枚か写真を撮ると、椅子に座りました。2人の美野が面と向かい合っている構図ができました。2人とも美野の体を元にしているため双子以上に似ています。何もかも同じだから疑いようがありません。2人の美野がいるのは不都合なので、ここに帰ってきた美野は家から持ってきた眼鏡を、さっきまで裸だった美野に渡しました。

小瓶の不思議な性質の一つとしてコンタクトレンズは体と一緒に小さくなって、変身する時にも一緒にコピーされるのです。目の水晶体に一体となっているためだと言われています。裸になっていた美野はコンタクトレンズを外して眼鏡をかけました。縁なしの軽い眼鏡ですが、度の高いレンズです。コンタクトレンズの美野と眼鏡の美野が同時にいると言う状態ができました。

コンタクトレンズの美野は眼鏡をかけた美野に向かって話はじめます。
「これで、準備完了。これなら区別がつくだろう。」
「しょうがないですね。先輩には逆らえませんから。」
「そういえば、例の小瓶はどこにやった?」
「頭を冷やしてもらうために冷蔵庫の中に入れておきました。」
「そっか。本物の美野にこの姿を見せてやりたいよなぁ。」
「わかりました。では、さっそく。」
そう言って眼鏡をかけた美野が冷蔵庫の中から小瓶を取りだし、机の上に本物の美野が入った小瓶を置いた。


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