Be My Valentine

作:夏目彩香(2000年2月14日初公開)


 


2月13日 夜

夜御飯も済んだバレンタインデーの前日。僕、桐生雄介は紀美(きみ)姉さんの部屋に呼ばれた。どうせチョコでもくれることと思いながら僕の部屋の向かいの部屋に入っていった。14日は本命のために時間を空けていたいそうだから、弟の僕には今日で十分だし、それにいつものことだ。

「雄介、あなたにこれあげるわね。バレンタインだからしょうがなく買ってきたんだけど、このチョコを買った店に今日また行こうと思ったら、もうなくなってたのよ。ちょっと気味悪いから雄介ならいいと思ってね。はいどうぞ!」

そう言って紀美姉さんは僕に変なチョコをくれた。四角い箱には何も書かれていないただ黒いだけの箱を開けると、その中には当然のことながら一枚のチョコが入っていた。

それにしても、紀美姉さんも適当だよなぁ。こんな怪しいチョコを僕にくれるなんて、いつもながら考えがせこ過ぎるよ。……なんてことを思いながら自分の部屋に戻った僕は、紀美姉さんからもらったチョコをじっと見つめていた。

実を言うと僕はチョコがあんまり好きじゃなくて、いつもはすぐに食べることはなくて捨ててしまうことが多かった。しかし、今回のは紀美姉さんの購入経路が怪しいこともあって気になっていたので、すぐに食べてしまいたい気もしていた。

箱の中からチョコを取り出すと、さっきは気付かなかったが一緒に小さな紙切れが出てきた。そこには、何か解読不可能の文字で何か書かれているようだった。見たことのあるその字は、ハングルのようである。ますます「お菓子な」チョコである。

てことは、このチョコは韓国か北朝鮮でつくられたってことなのか?秘密工作員が製造・販売しているのかな?……なんだか、とてつもない創造をしてしまった僕だが、そういったことだって考えられないわけではないように思う。ハングルの解読は僕には不可能なので、このチョコをすぐに食べてしまうことにした。朝鮮半島からの贈り物と思えば、別に不思議なことはないだろうと……ようやく僕はこのチョコを口にした。

味としては思ったほど甘くなく、わりあいビター感覚の大人の味と言ったところだろうか、日本製と別に変わったような味はしなかったが、なんだか食べてるうちに眠くなってきた。眠り薬でも混ざっているような怪しいチョコだったのかな?とりあえず、もう今日はすることもないので布団に入り、そのまま眠気に身をゆだねることにした。そして、僕はその眠気によって自然と眠りについた。


2月14日 朝

次の日の朝、太陽の光が瞼にあたりはじめた。しかし、考えてみるとそんなことはあるはずがんかった。僕の部屋には朝日が指すことなんか絶対にありえないからだ。それに寝ぼけているのか、なんだか体の感覚や布団の感触もおかしかった。

何が起こったのかを確かめるために目を開けてみると、驚くことに僕は茶系の色合いでそろえられている姉の部屋にいることがわかった。僕はいくら寝相が悪いとはいえども、姉の部屋でそれも姉のベッドで寝るようなことはすることはないはずだ。だからこそ今の状況はとても理解に苦しんだ。

僕はベッドで寝ているのが感覚を狂わせているのかと思った。しかし、布団の中で少し動いてみると分かったが、僕の体が少し変化しているからだった。肌の感触が柔らかく、細くて白い腕、胸が膨らんでいて、長い髪が目の前には見えた。そして、僕の股にはあるべきものの感触がなかった。そのとき僕は女の体になってしまったことだと理解した。

そして、ムクッとベッドから起き上がり、目の前にある鏡で自分の姿を確認することにしたのだ。目をゆっくりと開けてみると僕のよく知る女性が目の前に現れた。そう、僕は姉の姿になっていたのだ。というよりも姉自身になっていたというのが正しいのかもしれない。とにかく、鏡には僕の姿が映るはずがなかった。よりによって紀美姉さんの姿になるなんて、まったく何が起きてしまったんだろうか?

とにかく、この状況を僕は瞬時に理解できた。そう、あのチョコを食べたのが原因だと思うからだ。とりあえず僕は、昨日見たハングルの紙切れを解読できれば、なにかわかるのではないかとその紙を取りに、自分の部屋に行くことにした。

しかし、ここで一つの疑問に突き当たってしまった。僕が紀美姉さんになっているということは、僕の体は一体どうなっているんだろう?

まぁ、そんな疑問を思いながらもパジャマ姿のまま、隣の僕の部屋に入ることにした。こういう場合ノックした方がいいんじゃないかな?なんて違和感を感じながらも、僕は自分の部屋にノックをして入ることにした。トントン、トントン!

返事は返ってこない……誰もいないのか?そんな気持ちのまま僕の部屋のドアを開けた。

「誰かいないの?」

紀美姉さんの声が僕の口から飛び出たことに一瞬驚きながらも、部屋の中を見回してみた。そして、布団の方に僕は目をやるとそこには僕の体があった。ようく見ると僕の体は呼吸をしていないようだ。近づいて触ってみると、冷たい感覚が紀美姉さんの肌白い華奢な手に伝わってきた。死んでしまったのか?そんな不安がそのとき僕には襲っていた。

この時僕の頭には2つの疑問が浮かんでいた。僕の体が死んでしまったということなんだろうか?紀美姉さんはどうなってしまったんだろうか?その疑問を解くヒントを見つけるため、ハングルで書かれた紙切れを探した。確か、ごみ箱の中に捨てたはずで、

それにしても、紀美姉さんの手は細いなぁ、この手でごみ箱をあさるなんていいのかなぁ?ちょっと遠慮がちに僕は紙切れを探し始めた。

そして、ごみ箱の隅のほうに挟まっている紙切れを見つけた。その紙を見ても昨日は読むことすらできなかったが、なんと今日はハングルを読むことだけでなく意味も理解できるようになっていた。

そう言えば、紀美姉さんは韓国語学科だったよな、もしかして、紀美姉さんの能力はそのまま使えるってことなんじゃないかな。つまり、紀美姉さんの体に紀美姉さんの能力が残っていて、それを僕が使っているってことになるんじゃないかな。

この紙切れが理解できることですべてのことが解明できるのではないかと思いながら、その紙切れに目を通した。そこにはこのようなことが書かれていることが僕にはわかった。

[このチョコの効果]
1.心の中で思っている人に乗り移れる
2.乗り移った相手の能力はそのまま残される
3.乗り移っている間は自分の存在はこの世からなくなる
4.乗り移られた相手の意識は眠っているのと同じ状態に保持される
5.この効果は自分の体に口付けをするとなくなる

これを読むとまた疑問が沸いてきた、そろそろあまり驚かなくはなっているが、スパイを生み出すために開発された薬ではないんだろうか?だとか、このチョコがなぜ日本で売られていたのか?とかいったことが、次々と浮かんでくる。とにかく、自分の体にキスをするまではこのままの状態が続くってことなのか……今までのことから僕は考えを巡らした。

よく考えてみたらすべて紀美姉さんのせいで、こんなことになってしまったんだ。紀美姉さんを懲らしめるためにも、少しの間紀美姉さんとして生活してみよう。こんなチャンスはもう巡ってこないだろうし、それに今日はバレンタインデー。紀美姉さんには悪いが僕が代わりに愛の告白をしてあげよう。そして……ムフフ〜なことでもやっちゃおうかな。僕ってなんて悪い奴なんだろう。

とにかく、僕は紀美姉さんのくれたチョコで紀美姉さんになってしまったのは、紀美姉さんに天罰が食らったのだろうと勝手に解釈して、しばらく僕は紀美姉さんとして生活することにした。乗り移っている間の僕の存在はなくなっているとのことなので、高校に行く必要もないし、紀美姉さんは長い春休みの期間だ。そういうわけで、春休みの間は紀美姉さんとして楽しんで過ごしていくことに決めた。春休みを楽しむためにも、よきパートナーを探さなきゃな。まぁ、紀美姉さん見たいな人から声をかけられたらすぐに見つかるだろうけど、よりによってバレンタインデー、さっそく着替えなくちゃな!

僕がチョコからもらった天災は考え方を変えてみると、めったにあることがないチャンスと考えることも出来るんだ。なんてゆうことで、このチャンスによってちょとの間、僕は桐生紀美としての生活を楽しもうと考えたのです。


2月14日

今朝起きて見ると僕は紀美姉さんになっていた。それも、紀美姉さんからもらったチョコのせいで。せっかく、バレンタインだっていうのに、これじゃあ誰からもチョコをもらえなくなるじゃないか。チョコ嫌いのくせによく言えたものだが、この状況は僕にとってとっても良かったのかも知れない、なんといっても自分が紀美姉さんそのものだということがとっても良かった。

僕は紀美姉さんの部屋に戻り、姿見用の大きな鏡の前に立ってみた。鏡の中にはパジャマ姿の、それも寝起きの紀美姉さんがいて、少し笑っていた。もちろん、僕の薄笑いなんだが、自分が紀美姉さんを動かしている状況が面白くなってきたのだ。

肩にかからない程度に伸びた髪を、白く小さな手で障りながら、その感触を確かめていた。いつもは僕に見せてくれない笑顔を思いっきり作ってみることもしてみた。これからは何でも自分の思い通りになる紀美姉さんがそこにはいた。

鏡の前で紀美姉さんの顔をじっと見ているうちに、僕は思わず見とれていた。すっと伸びた鼻に、きりっとした眉は紀美姉さんのきれいな瞳をきわだたせていた。

「あっあっあっ、え〜っと、桐生紀美で〜す」

この透き通るような声も紀美姉さんの声だ。ただ、口調がいつもとは違う、こんな風には紀美姉さんはしゃべったことがないからなぁ。ちょっと僕の願望が入って可愛いらしい紀美姉さんの口調をしてみた。

そういえば、まだ着替えをしていなかったな。僕は紀美姉さんの洋服ダンスを開けてみた。僕は今まで紀美姉さんの洋服ダンスなんて開けたことがなかったので、とってもドキドキしていたが、中には紀美姉さん好みの茶系の洋服が多く揃っていた。今日はどんな服を着ようかな。なんて、いろいろな服を出してみては体に当ててみて、鏡の前で確認をしていた。

はたから見れば、一人の女性が洋服を選んでるそんな光景だろうが、その女性が僕だなんて思わないくらいに、入念に服を選んでいた。やはりチョコの効果があるのか、紀美姉さんの優柔不断な性格がでているみたいだ。いつもの僕なら、ぱっと決めてしまうところだが、これを決めるのに30分かかってしまった。

そうそう、紀美姉さんて朝着替える前にはシャワー浴びてったっけ、何だか気持ち悪いと思っていたら……そう思うやいなや僕は風呂場へと向かった。洗面台を前にして紀美姉さんのパジャマのボタンに手をかけていった。一つ一つゆっくりと外していくが、生まれて初めて右開きの服のボタンを外すのは以外にも簡単だった。紀美姉さんの能力がやっぱり残っているんだ。

上着のボタンを全てとりズボンを脱ぎ去ると、そこにはブラジャーとショーツだけを身にまとった紀美姉さんがいた。胸は大きいとは言えないがウエストがきゅっとしまっている姿がそこにはあった。それは僕が初めて見る紀美姉さんの姿で、とても新鮮に目に映った。すると鏡の中の紀美姉さんは頬を赤らめ少し恥ずかしそうな表情をみせた。体の感触は伝わってきていたが、実際に見たのはこれが初めてなので、紀美姉さんの体を実感したのは初めてなのだ。

しばらく、この体で過ごすんだからこれぐらいは慣れないと、と思ってはいても次の行動に移すには本の少し勇気が必要だった。それは、下着を脱ぐことである。下着だけの姿になった時、とても周りの様子が気になった。紀美姉さんっていつもこんな風に恥ずかしがってたのかなぁ。家の中には誰もいないはずなのに、誰かに見られているようなそんな気がしていたのだ。

下着を脱がなくてはシャワーは浴びられないし、それに怖がっていたら始まらないと、僕はまず、ブラに手をかけた。胸の前にあるフロントホックを外すと、胸の感覚は圧迫感から開放されたが、なんだか落ち着かない感じだった。それにしても、紀美姉さんのおっぱいはきれいな形だし、それに……とっても柔らかいんだ。僕は思わず感動してしまった。

次に、腰に手を当てながら、ショーツをゆっくりと降ろしていった。紀美姉さんの又の間からは、陰毛に覆われた小さな秘部が現れた。そして、紀美姉さんの水着姿しか見たことのない僕にとっては、紀美姉さんの秘密を知ってしまった。股間の両脇に髪そりのようなもので剃った跡が残っていた。やっぱり剃ってたんだ……(そんなの当たり前か!)

浴室のひんやりとした感じも、紀美姉さんとなった僕はいつもと違うように感じていた。普段よりもなんとなくではあるが、暖かく感じていた。それは紀美姉さんがいつも感じている感覚と同じなんだ、そう考えるだけでもゾクゾクしてしまう。この紀美姉さんのきれいな体をこれから洗うのが、また楽しみになってきた。

紀美姉さん専用のボディソープをスポンジにつけて泡立たせた。どこから洗おうか迷ったが、まずは、大事な所から洗っていくことにした。僕が最初に洗い始めたのは、紀美姉さんの陰部であった。そこに、ゆっくりとスポンジをこすりつけてみる。男のままだったら、一生感じることができない股の感覚は非常に心地よかった。

次は紀美姉さんの胸を洗い始めた。あまり大きくないはずのバストもこうして、持ち上げてみると結構な重みを感じる。そして、きれいなピンク色の乳首を丹念にモミモミしながら洗っていた。あとは、つるっとした脇の下や、細くて白い手を洗ったり、ほっそりと伸びている2本の脚を洗い、お湯で流した。

お湯が流れる感覚もいつもとは違って感じられた。お湯が滴りながら、髪にシャンプーをつけはじめた。これも紀美姉さん専用のシャンプーである。

いつもなら、絶対に使わせてくれない紀美姉さんのモノも今では僕の物になっていた。これって僕の使っているのよりもずっといいな。なんて思いながら。いつもより長い髪の毛を入念に洗っていた。

紀美姉さんの髪もこうしてみると、長いもんだなぁくたびれちゃいそうだよ。それでもそれは紀美姉さんの持ちモノなのだからと僕は喜びを噛み締めていた。シャンプーを洗い流すとリンスにトリートメントと…………ほんとめんどくさいもんだな。僕の髪だったらシャンプーだけで十分だもんな。思わずそう思ってしまったが考えを変えてみれば、長い髪もいいものだ。

体を洗い終わると、僕はもう一度目の前の鏡に目をやった。髪から滴り落ちる水滴の音とともに、白い湯気を体中から呼吸している紀美姉さんが、こっちを向いていた。こういう姿って普段は見ることのできない一面だからな。とってもきれいになってよかったよ。そうして僕は、バスタオルを身にまとい、体についた水滴を拭き取っていった。

いつもは、気にしないでやっていることの一つ一つが僕には、新鮮に思えたし、それに紀美姉さんの動き方が自然にできるのはとっても不思議だった。湯上り美人になったところで、シャワーを浴びる前に決めておいた服を着ることにした。

服を着る前にまずは、下着をつけなくちゃな。ということで、ショーツに紀美姉さんの脚を右足から通した。僕はあれっと思った。いつもは左足を先に入れるからだ。ということは紀美姉さんは右足から履く習慣があるってことなんだ。なーんてことを考えながら、腰まで薄くて小さい布を押し上げた。ピタッとした感覚は僕にはとっても慣れない感覚だったが、女の体をまた実感してしまった。ちょっと食い込む感じは気持ち悪いと思ったんだけどな。ピタッとした感じがたまらないよ。

次はブラジャーだったが、これは以外にも簡単に取り付けられた。胸が安定することで、上半身がだいぶ楽に感じられた。そして、紀美姉さんのお気に入りである茶色のワンピースは、着ぐるみを着るような感覚であった。背中のファスナーを上まで上げて、姿見用の鏡の前に僕は立ってみた。

「準備完了だ!紀美ってぇ、す〜っごくきれいだね。(ハート)」

な〜んてことを思いっきり叫んでみた。僕の家は紀美姉さんと二人暮しなので、家には他に誰もいないが、たぶん隣近所には聞こえているはずだ。思わず呼び捨てにしてしまったが、それが自然なように思えたんです。

それほど僕は紀美姉さんになったことが嬉しくなっていみたいでした。これからは自分のことは紀美姉さんがいつも呼んでるように、紀美と呼ぼう、僕は桐生紀美なんだから……ね!いよいよ僕は桐生紀美として行動を開始することになるのでした。


開かれた扉

それにしても不思議なものだ。昨日までは桐生雄介だった僕は、紀美姉さんの姿をし、その体を動かしているなんて、事実をまのあたりにしても普通は信じられるはずがないのだから。でも、現実にこうなってしまったことを僕は受け入れるしかなかった。むしろ、今の状況を楽しむことに僕はしたのだ。全て紀美姉さんが悪いんだ。そう思い込みながら、再び姿見の中にある自分の姿を見つめた。どう見ても紀美姉さんだったが、何かが違って見えた。着替えもしたのに何か普段とは違って見える。

「そっか〜わかったぞ。化粧をしていなかったっけ。でも……どうやってやればいいんだ?僕は化粧なんてしたことないし……」

僕はとりあえず、紀美姉さんの化粧ケースを開けてみた。すると自然にメイク道具をとりあげて、化粧をし始めたのである。そういえば、能力は引き継がれるんだったっけ。……ってことはいつもどおりの化粧ができるっていうことだよな。

手を動かしているのは自分の意志のようだが、勝手に動くような感じもして、不思議な感覚だった。紀美姉さんが化粧しているところって見たことないけど、これを毎朝してるんだから、大変だよな〜。15分ほどでメイクは完了した。鏡の前にはいつもの紀美姉さんがそこにいた。

「これだよ、これ。これこそ紀美姉さんだよな。ちょっと練習してみようか……」

化粧をした後の紀美姉さんはいつも僕が見ている姿だった。僕は、これから紀美姉さんとして生活をしていくため。鏡の前で仕草を確かめることにしたのだ。表情のひとつひとつを確かめてみる。笑い顔、泣き顔、怒った顔、紀美姉さんの顔を自由に動かしながら、たくさんの紀美姉さんをまの当たりにしていた。ほんとすごいな!周りからは絶対にわからないぞ。僕の存在も今の世の中ではないわけだから。紀美姉さんとして行動してしまえば、誰にも疑われることなく、紀美姉さんになれるんだ。それじゃ、これからは雄介だったことを忘れることにするぞ。今から開始!!


紀美姉さんの秘密

さてと、どこに行こうかな?そういえば、あたしの今日のスケジュールってどんな感じだったっけ?そうだ!あたしの手帳を見てみようっと。何か予定は書いていないかな?バレンタインデーに何も予定がないはずないし〜。そう思うとあたしは部屋の中で手帳を探し始めた。あった、あった。やっぱりこの中にあったんだ。プラダのリュックから手帳を取り出して、今日の予定を見ると、そこには、「12:00 美雪と駅で待合せて例の場所に案内してもらう」と書いてありました。

美雪って、あたしの親友の美雪ね。そうだ、そうだ!すっかり忘れてた〜。約束してたんだっけ。でも、例の場所って何だろう?あたしの記憶はあまり引き継がれていないから思い出すこともできないし……まあいいわ、桐生紀美として初めて人に会うんだもん。しかも、美雪だなんてラッキーだわ。会ったことあるし、それにとっても美人だし、あたしよりもずっと素敵な人だしね。

12時か〜、もう少し時間があるわね。それまでどうしよっかな?そうね。あたしのことをもっと探ってみようかしら。能力は引き継がれていても記憶の方は不十分みたいで、よくわからないことがあるみたいだから……紀美のことを知るためにはどうしたらいいんだろう?

そういえば、日記とか書かないのかな?あたしってまめなほうだと思うからきっと書いてるはずね。そういいながらあたしは机の引出しをさぐってみた。あった!やっぱり書いてるんだ。そして、あたしは日記を読みはじめ、紀美姉さんのことが少しづつわかってきました。日記を読んでるうちに時間はたって、約束の場所に行くことにしました。

紀美姉さんとしての初めての外出をすることになる。茶色のワンピースを来たまま鏡の前で一回転してみた。そうそう、まだ外は寒いからコートにマフラーをかけて……で〜きた!うん、完璧ね。どっから見ても紀美姉さんだ。あったり前か!そして、あたしは玄関で茶色のパンプスを出しました。これでいいんだよね。きっと、、、初めてのパンプスをすっと履くことができ、いつも紀美姉さんが言うように誰もいない家の中に向かって、「いってきま〜す。」と一言声をかけて家をでました。


またまた不思議なチョコ

待ち合わせの時間まで間に合うようにと早目に家を出たあたしは、今まで感じたことのない視線を受けながら、駅へと向かいました。今まで視線を浴びることなどなく外を歩いていたが、こんなにも他人の視線が気になるなんて思っていなかった。

紀美姉さんていつもこんな風に見られてるのか……あたしってそんなに魅力的なのね。しょうがないわね〜。胸のあたりが少し重く感じるけど、思ったよりも歩きやすいじゃない、この格好って。ゆっくりと着実にあたしは駅に向かっていた。

駅に着くともう美雪がそこにいた。

「紀美ったら今日は遅いのね」

「えっえっ?どうして?」

「だってあなたって待ち合わせの時間よりもだいぶ早くいるんだもん」

「そうだったっけ?今日はちょっといろいろあって……」というと、美雪は

「そうだったね。いろいろあったんだもんね。きっと……紀美!そろそろ行こうか例の場所へ」

そういうと美雪はあたしの腕をつかみながら、駅前の裏小路に入っていった。

「ところで、美雪さぁ。どこに連れて行くつもりなのよ?」

「えっ?言わなかったっけ?」

と聞かれると思いっきり初めてのふりをして「聞いてないわよ」と突き返した。

すると美雪は「忘れたならもう一度言ってあげるね。筒井先輩のところよ。紀美告白するんでしょ」と言うではないか。

あたしは告白と聞いてびっくりした。
それでも、冷静さを保ったまま「そっか〜。美雪ありがとうね。それじゃ、チョコレートもってかなきゃ!」と言うと、美雪は「あったりまえじゃない。お店にも寄ってくわよ。いいの選んでね!」
と答える。

そうして二人は一軒のチョコレートショップに立ち寄ることになったのです。
そこで、美雪とあたしはたまたま通りかかったショップに入ることにしました。それにしても、バレンタインデー当日にしてはお客さんがまったくいないんです。場所が悪いからかな?それとも変な噂のあるところなのかな?なんてことを考えたのですが、どうやら最近できたばかりで、宣伝も何もしてないということなのです。そんな感じでとっても不思議なお店ですが、置いてある商品はどれも普通程度か、結構いい感じのものが置いてありました。とっても可愛い感じのチョコを選んでいたら、美雪が一層変わったチョコを見つけました。

「ねぇ、紀美!これよくない?この前買ったのとそっくりだし……」

「えっ?」

それはよく見ると、紀美姉さんがこの前買ってきて、あたしに食べさせたものによく似ていました。でも日本語で表示がきちんとされていて、見たところ普通でした。あたしは面白そうなので、このチョコを買うことに決めました。

「紀美はやっぱりそれにするんだね。私もそれ買う!」

私たちは二人とも同じチョコを買ってこの店を出ました。店を出ると美雪は話しはじめました。

「今のところってこの前のお店みたいだったよね。とっても不思議な感じがするよ」

「そうだったっけ、この前のお店ってここじゃないよね」

「そうよ、この前はもう少し駅よりだったじゃない。忘れっぽいんだね紀美は!」

「ごっめん。いつ行ったも忘れちゃった」

「そこまで忘れちゃったの?おとといだよ。なんか今日の紀美って変なの」

「冗談に決まってるでしょ、美雪。早く行きましょ。先輩にプレゼントしなくっちゃ」

そう言って私たちは先輩の家に向かうのでした。


例の場所

「ここよ、このマンションに先輩住んでるの」

美雪はそう言ってマンションに入っていきました。あたしはまだ履きなれていないパンプスで筒井先輩の家まで歩いて来たためか、駅からはそんなに離れていないはずなのに、ずいぶんと遠くまで来たような感覚になっていました。玄関前までようやくついて、少し疲れていることを感じていましたが、筒井先輩に会える期待と不安それも吹き飛んでしまいそうでした。とはいえ、あたしにはその先輩がどんな人なのか、名前くらいしかわからないままに、玄関のチャイムを押すことになったのです。

ピンポーン、ピンポーン

「はい、筒井です。どちら様ですか?」

インターホンから流れる声が筒井先輩のようでした。

「えっと、先輩、桐生紀美です。わかりますか?」

「美雪も一緒です。先輩、開けてください」

「ようやく来たのか、開けるからちょっと待ってくれな」

ガチャという音とともに、先輩の顔が出てきました。

「よっ。どうした。あがっていいぞ」

「それじゃ、お邪魔しま〜す」

二人は声を重ねるようにしながら先輩の家に上がりました。中からは男の匂いがして、それでも思ったよりもきれいな室内は意外でした。あたしの部屋と違って座るスペースはきちんと確保されていて、とっても落ち着いた雰囲気をかもしだしていました。

「コーヒー入れよっか?」

「いや先輩、今日はチョコを渡しに来ただけなので、すぐに帰ります。だから、コーヒーはいらないです」

「なんだ桐生、俺のコーヒーが飲めないのか?チョコを渡しに来ただけって、それだけの用で来たのか?」

「いけませんか、先輩」

「いかなくはないけど、わざわざここまで来てそれだけの用ってのもな」

「じゃあ、思い切って言います。私先輩のこと前から好きだったんです。付き合ってもらえませんか?よかったらチョコ受け取ってください」

あたしははじめて会った相手にも関わらず、美雪がそばにいるにも関係なくそんな言葉がとっさに出た。(僕は何を言ってるんだ?わけわかんないぞ……)

「ありがとう、付き合うよ。だから、チョコもらっていいよな」

「やったね、紀美」

美雪が突然横槍を入れてきた。あたしは、何がなんだかわからないけどとっても嬉しい気持ちになっていました。その後、3人で一緒に時間を過ごし、あたしと美雪は帰ることしました。

「先輩、今日は、ありがとうございました。それと、これからもよろしくね」

「ああ、そうだな。会いたいときは連絡くれよな。すぐに飛んでいくから。もらったチョコも今日中に食べとくよ」

「うん、ありがとう。それじゃ、バイバイ」

帰りの道を美雪と一緒に歩きながら、あたしは今日の出来事を朝から順に思い浮かべていました。しかし、だんだんと家に近づく頃になって急に眠気を感じだしたのです。それはそれは今までにない強烈なもの。美雪も送ってくれたのでなんとか、家に帰ってこれました。そして、家に入るなり玄関にパンプスを脱ぎ散らかしたまま、すぐ布団に入り、寝入ってしまったのです。


バレンタインが過ぎ去って

次の日、目が覚めると目の前には見慣れた光景が広がっていた。それに、体の感覚も元に戻っていた。不思議なのは布団の中にいることだ。僕の体は確か、押入れの中に入れておいたはずだから……今までのことは夢だたのだろうか、日付を確認すると今日は2月15日だった。寝ていたのなら僕はバレンタインの1日をずっと寝過ごしたことになる。そんなことがあるんだろうか?そのとき突然僕の部屋の戸が開いた。びっくりして戸の方向に目をやるとそこには、紀美姉さんがいた。いつもの通りに、僕を起こしに来たのだろうか?

「雄介やっと起きたのね。ずいぶんと長い夢でも見てたんじゃないの?」

「どうして?起こしてくれなかったのさ?」

「だって、すごっく気持ちよさそうだったからホッといたの、起きるまでそっとしてあげたんだから感謝しなさいよ」

「そんな〜、僕のバレンタインはどうしてくれるんだよ〜!」

「いいじゃないの、また来年だってあるんだし、そうそうお礼言っておかなきゃ」

「僕にお礼なんてどういう風の吹き回しだよ」

「とにかく雄介ありがとう。これで私の夢が叶ったんだからね。これからよろしくね」

「はいはい、よろしく」

玄関には脱ぎ散らしたパンプスがそのまま置かれていた。



(終わり)





 

本作品の著作権等について

・本作品はフィクションであり、登場人物・団体名等はすべて架空のものです。
・本作品についてのあらゆる著作権は、全て作者の夏目彩香が有するものとします。
・本作品を無断で転載、公開することはご遠慮願いします。

copyright 2011 Ayaka NATSUME.