『狐御前』

第一話 『兼平くんはみんなのすたーですか? ええ。兼平くんは、朝日を脅かす星です』

作:菓子鰹





「であるからして、この布陣を林と浜中の右翼手争い(桧山を忘れるな)と言い‥」

真摯に教えている男の前には、横を向いて机にうつ伏している少年が一人。姿形から見るに、十歳くらいだと思われる。

「父ちゃ〜ん。そろそろ休ませてくれよぉ‥

お日さんも出ていない朝早くから叩き起こされてさ。もうお日さんも上がりきっちまったよ‥」

少年は精一杯の抗議をする。

「駄目だ。将来、駒王丸には、我が家を発展させ、この国を背負う存在になってもらわねばならん」

父は抗議をはね返す。

「俺、そんな才能ねぇよ〜。だから休ませてくりぃ‥」

少年は眼鏡を外して、眠り始める。いびきをかいて、パラダイスだ。その前で、淡々と講義を続ける父。



「父ちゃん。もう教えても無駄だって」

教室の扉が開き、少年が入ってくる。土に溶けこむ獣服と腰巻。山賊のような印象を受ける。

「知衛か」

男が答えると、続いてもう一人、入ってくる。こちらは、矢袋と弓を背負っている。

「すまん。兼平もいたか」

「こまには、俺がきっちり教育してやるから」

知衛と呼ばれた少年は口を横に引いて笑う。

男は、駒王丸の涎が染みこんだ本を見てから笑って。

「そうだな。駒王丸もまだ子どもだから、今日は大目に見るとしよう。お前たち、あまり駒王丸をいじめるなよ」

「だいじょ〜ぶだって、父ちゃん。こまのやつを、ちょっくら、もんでやるだけだから」

「この前もそう言って駒王丸を肺炎にした。お前の言葉は信用できん」

「へいへい。わかりました。軽めにしとくから。んじゃ、こまのやつ、借りてくな」

そう言って知衛は、駒王丸に近づく。そして、米俵を持つかのように、駒王丸を片手で抱えて教室から出て行く。

「やれやれ。知衛が横暴なのか。それとも、未だに眠っている駒王丸が大物なのか」

男は呟く。それから、まだ残っている兼平を見て。

「あー、これこれ、兼平。こっちへ来なさい」

兼平は言われた通り、父の元へ向かう。

「駒王丸とは血がつながっていないとは言え、兼平が兄であることに変わりはない。

 知衛の場合は、いろいろあってな。世の中には大人の事情というものがあるんだ。

 兎に角、駒王丸や知衛が危ない目に合うようなことがあれば、兼平が何とかするんだ。

それから、知衛が暴走するようなことがあったら、必ず止めるように。絶対だぞ!」

兼平は無言で頷く。

「まったく。このハナタレ小僧が。ああ、兼平も大物だ。ほれ、行ってこい」

男は兼平の鼻をかみ、教室の外に連れ出す。兼平は、父の側を離れようとしない。

「ああ、そうか。飴か。これ」

男は両の手を打つ。

「何かご用でしょうか。兼遠さま」

すぐに侍女が現れる。

「兼平にいつもの物を」

「畏まりました。いつもの物ですね」

侍女は下がる。兼遠から注文された物を取りに行ったのだろう。



しばらくすると、侍女が帰ってくる。手には黄色い渦まき。長い棒には赤い飴が三つ刺さっている。

「どうぞ」

「すまんな」

侍女が兼遠に飴を渡す。兼遠はそれを受け取り、兼平の口に突っこむ。

兼平は先に行った弟を追いかけて歩き始める。

「いかがですか? 彼らの未来は」

侍女は主人に訊く。

「この諸行無常の世に未来なんぞわからんよ。

 しかし、駒王丸はいずれ、儂の手を離れるだろう。

儂にできることと言えば、その時に死なない様に訓練させることだけだ」

侍女は少しの間、黙りこむ。それから両手で、兼遠の手を包む。

「駒王丸さまも兼遠さまのお子さまです。少なくとも、今は、兼遠さまのお子さまです」

兼遠は微笑み。

「ああ、そうだな。帰ってきたら、今まで以上に駒王丸をしごかねばな。所でどうだ? 金梅。今夜でも」

「結構です。それに、どうやら小さな姫君がお待ちのようですよ」

微笑む金梅の陰から、着物をまとった少女が出てくる。

「父上。兄上たちばかりかまって。ずるいです。宮菊とも遊んで下さい」

少女は父の元に行き、とにかく衣服を引っぱる。

「先ほど、飴を取りに行ったときに見つかってしまいまして」

金梅が説明する間にも、兼遠の衣服は乱れに乱れ、既に人に見せられる格好ではない。

「わかった。わかったから、離れなさい。宮菊」

「本当ですか? 父上」

宮菊は手を離す。

「ああ、うそは言わない。遊んであげるから、宮菊の部屋に行ってなさい」

「はい」

宮菊は廊下を走る。音がそこら中に響く。

「お忙しいですね。兼遠さま」

衣服を着直す兼遠を見て、金梅は笑う。

「そうだな。儂は果報者だ」

満天の空に向かい、兼遠は呟いた。







断崖の先端に知衛は座っていた。足の下に森が広がる。知衛は宙に浮いた足を揺らす。

「おい、遅いぞ、こま」

知衛は後ろに声をかける。

「‥ったく‥最悪だ‥頭、痛ぇし、息、苦しいし、これなら父ちゃんのとこで寝てた方がよかった‥‥」

林の中から猪が現れる。猪の背で、駒王丸が青い顔で横になっている。

「このガリガリくんめ。勉強ばかりしてるからそんなに貧弱になるんだ」

「‥静かにしてくれ‥頭に響く‥‥」

駒王丸はしばらく再起不能のようだ。猪の後について、兼平がやってくる。

「兼平を見てみろ。汗すらかいてないだろうが」

「‥兼平あんちゃんは特別だと思う‥‥」

ちなみに話題の兼平くんは、座って空を眺めている。

「そんなことで戦場を生き残れると思ってるのか!」

「‥俺、勉強がんばるからいい‥‥」

「おまえは夢がないな。今の時代は武士だぞ。もう敵なしの清盛公とか。男だったら、最強を目指せ」

何故か知衛は空を指差す。

「‥じゃあ、その清盛さまが何やったか知ってるのか‥‥?」

「知ってるさ。剣で敵を斬りまくったんだろ」

知衛は、剣で斬る真似をする。

「‥それだけじゃ勝てないって、父ちゃん言ってた‥‥」

「え? まじ‥‥」

「‥まじ‥‥」

しばらく沈黙が続く。



「その‥じゃあさ、どうやったら、勝てるんだ?」

知衛は駒王丸に訊く。かなり動揺しているご様子だ。

「俺もよくわからんけど、頭がいいやつが勝つらしい」

「何だ。じゃあ、問題ない。こまが俺のかわりに勝てばいいだけだ。」

知衛は即答する。

「それだと、俺が最強にならない?」

「それはないだろ。だってこまは、俺の下僕だし」

知衛は即答する。

「‥俺、いつ、おまえの下僕になったっけ‥‥?」

「最初から。文句あるんなら、今からやろうか?」

知衛は腰の短剣を抜く。

「いや、いい。おまえが最強だ」

駒王丸は下僕であることを認める。

「あ、でも、こまだと戦場の空気吸ったとたん死ぬな。あ、そうか、俺が護ってやったらいいんだ」

勝手に将来を決められていく駒王丸。

「そうだ。俺、最強だから、俺が護ってやったら、いくらこまが最弱でも、生き残れるな」

駒王丸は何も言い返さない。気のせいだろうか。駒王丸の身体は震えていた。





「ところで最強になるのに、一番かんたんなのはどうやったらいいんだ?」

知衛は駒王丸に訊く。

「父ちゃんが言うには、きょーとってとこを、とったらいいらしい」

知衛は更に崖に近づく。

「おい、危ないぞ」

駒王丸は猪の背中から降りて、注意をする。

「俺は最強になる〜!」

知衛は前方の山峰に向かい、叫ぶ。

「こま護って、こま勝たして、そいで、きょーとってとこうばって、俺は最強になる〜っ!」

「俺はぜったい、やだ〜っ! 知衛の駒になんて、ぜったいならね〜っ! 俺は山でのんびり暮らしたい〜っ!」

駒王丸は知衛の横に来て、叫ぶ。

「諦めろ〜! もうこまの人生は、俺のもんだ〜!」

「俺の人生は俺のものだ〜っ! 俺は山に交じって、のんびり暮らすんだ〜っ!」

二人はまだ、山の彼方へ叫び続けている。

「男だったら最強を目指せ〜っ! ぼーいず、びー あんびしゃす! こんな山の中で、しょぼい生涯を終えるな〜っ!」

「最強なんてどうでもいい〜っ! 人の人生、しょぼい言うな〜っ! 頼むから、ほっといてくれ〜っ!」

駒王丸、心からの叫び。

ちなみに兼平くんは、蟻の隊列を観察している。



空は朱く染まる。

下空は緑に変わり。

陰に同化する。



「酒はうまいし、ねーちゃんはきれいだ〜っ!」

「ぜんぜん興味ね〜っ!」

二人はまだ、続けていた。

兼平は立ち上がり、二人の間へ入る。

「わっ、何だよ、兼平」

「何? 兼平あんちゃん」

兼平は何も話さない。

「‥俺、何か‥悪いことしたっけ‥兼平あんちゃん‥‥?」

「な、何だよ、兼平‥言っとくけど、中原家のNo.2の座は渡さないからな‥‥」

無言の圧力に怯える二人。

そんな二人を気にせず、兼平は空を指差す。

「あ、そうだな。そろそろ帰らんと、今日は父ちゃん、紅葉まんぢうの大判振る舞いだ」

「右に同じ。父ちゃんのビンタ、一生、跡が消えそーにねぇし‥」

駒王丸は頷き振り返ってから、走り始める。

「ガリガリくんに抜かれてたまるか」

知衛はあっさりと駒王丸を抜く。

兼平は石を見ている。

「お〜い、何してるんだ! 兼平。早く帰らんと、父ちゃんの紅葉の山〜濃いも薄いも〜、喰らうはめになるぞ!」

兼平も歩き始める。

先陣・知衛。総大将・駒王丸。しんがり・兼平。

一行は山を下り始めた。





駒王丸は猪の背で横になっている。どうやらまた、へばったらしい。

「なぁ、来るとき、こんなとこあったっけ?」

駒王丸は疑問を口にする。

「通ったに決まってるだろうが」

知衛は答えながら、跳ぶ。そして、仰向けの駒王丸の腹に拳をぶちこむ。

「うげおごぉぉ‥」

駒王丸はのたうち回って、猪の背から落ちる。眼鏡が地面に落ちた。



駒王丸はしばらく地面で転がり回ってから。

「通ってたんなら、殴ることないじゃん‥」

駒王丸は起き上がって、眼鏡を拾う。

「‥すなおに迷ったこと認めりゃいいのに‥‥」

文句を言いながら、眼鏡をつける駒王丸。

「やかましい」

知衛は、拳を振りかざす。二人の間に兼平が背中を入れる。

「邪魔するのか。兼平」

兼平は何も答えず、駒王丸を只、見つめている。

「え〜と‥何‥‥兼平あんちゃん‥‥」

兼平はしばらく、駒王丸を見つめてから、振り返る。

そして、兼平は、矢袋を外し、背に差してあった弓を携える。

「ちょっ、ちょい、たんま! 兄弟ゲンカで、そんな物騒なもの、出さないで!」

知衛は必死だ。兼平は、袋から矢を取り出す。

「え、ちょっと待って! 本気と書いてまじっすか?」

兼平は矢を引く。

「うわ〜、ごめんなさい!」

知衛は目を閉じる。

「待って、兼平あんちゃん、ほら、知衛もああやって反省してることだし、ね?」

駒王丸は兼平を止めようとする。兼平は矢を離す。

「ヒギャアァァ!」「あれ‥? 生きてる‥?」

知衛は目を開く。

矢は知衛の後ろの岩に刺さっていた。



矢の刺さった場所から、どろりと赫いものが流れだす。見ればわかる。血だ。

「グギャアァァ!」

岩が悲鳴をあげる。辺りの景色が変わる。



細尖った顔。

丸太い尻尾。

長伸びた足。



狐がそこにいた。

「白い‥」

駒王丸が呟く。

事実。

頭の先から尾まで全身、真っ白だった。

唯一。

左の前足は、赫い血に染まっている。

狐は振り返り、よたよたと歩き始める。

「逃がすか」

追いかけようとする知衛の背中を兼平がつっつく。

「止めるな。兼平」

振り返る知衛。

兼平は舐め終わった飴の棒を差し出す。

「‥何の気遣い‥‥?」

兼平は何も答えない。

「‥俺に何を求めているんだ‥‥?」

兼平は何も答えない。

「止めても無駄だ。悪いが、俺は奴を追いかけるからな」

兼平は黙って、棒を差し出す。

「‥持ってけってことか?」

兼平は何も答えない。

「ちょっとは頷けっての。あ〜、もう、奴が逃げる! じゃあな!」

木陰に消え始める白い狐。知衛は棒を取り、追いかけ始める。

「礼だけは言っとくな。兼平」

兼平は何も答えなかった。



「そうか。兼平あんちゃんは、俺の眼鏡に映ったやつを見ていたのか」

駒王丸は、ぽんと手を叩く。

「って、何で俺が脇役みたいに解説を? 主人公、俺なのに」

悪いが、個人的には巴たん萌え。

「ところで、あれ、白かったけど。何? シベリアン・ハスキー? 兼平あんちゃん」

兼平は何も答えなかった。





谷が広くなって、日の光が差しこむ。

川が滞る。

淵。

知衛は立ち止まっていた。狐の姿はどこにもなかった。

「どこに行きやがった? 確かにこっちに来たのに‥」

知衛はゆっくりと歩き始める。

瞬間。

岩が飛び、知衛の身体が弾かれる。知衛の身体は鞠のように飛ぶ。

「見くびるな。小童」

岩が狐に化ける。知衛は浅瀬に背中から落ちる。

狐は空を跳び、吼える。

「儂を殺せると思ったか。人間風情が。噛み千切ってやろう」

狐は口を開き、牙を見せる。知衛はまだ立ち上がれていない。

狐の頭が知衛の首に被さる。



「グォォォ!」

知衛は左手に棒を握っていた。棒は一直線に、狐の口の中に伸びている。赫いものが棒を垂れる。

「‥はぁはぁはぁ‥やったか‥‥?」

知衛は棒を抜こうとする。

「オォォォォ!」

狐は、知衛に乗っている足に力を入れ、頭を前に押しだす。

知衛の手が飲みこまれていく。狐の天頂から赫い棒が突きだす。

「ああああああ!」

知衛は右手を伸ばし、狐の肩口の矢を掴む。

「オォォォォォ!」

狐は更に頭を押しだす。狐の口に、知衛の腕が納まる。

「あああああああ!」

知衛は右手に力を入れる。

「オォォォォ!」

狐は知衛の左胸に牙を立てる。

「ああああああああ!」

知衛は矢を捩じこむ。傷口から血が噴きだす。

「オォ‥」

狐の嘶きが止む。狐の身体が傾き、水に落ちる。

「‥はぁはぁはぁ‥‥」

知衛は肩で息をしながら、倒れた狐の身体を見る。

右手を伸ばし、生の鼓動が狐に流れていないことを確認したのち。

「ぐふぃ〜。死ぬかと思ったわ〜」

全身の力を抜き、知衛は身体を大の字にした。





駒王丸はずっと、木をぐるぐる周っていた。

「なぁ、知衛のやつ、遅くない‥? 兼平あんちゃん‥‥」

兼平は石を拭くのをやめる。足元に落ちていた木の棒を拾う。

「‥そんなもん拾って、どうするの‥‥?」

兼平は、棒を地面に、垂直に握る。ちょうど杖を持っているような格好だ。

兼平は棒から手を離す。棒は、弧を描き土に接してから、少し地面の上を転がる。

そして、完全に静止する。兼平は止まった棒を拾ってから、歩きだす。

「ちょいと、待った〜っ!」

思わず、声を張り上げる駒王丸。兼平は何も答えず、歩き続ける。

「それ! 棒の倒れた方向に進もうってこと? 一体全体、何の話? 理屈で考えようよ!

 それ! 確実に遭難するから! ねぇ! もっと科学的な根拠がある方法にしてぇぇ!」

駒王丸は、もう半分涙声だ。兼平は何も答えなかった。



兼平は森の中を歩いている。後ろには、猪に乗っている駒王丸。

日は差しこまない。森の夜は早い。

「‥ねぇ、ここどこ‥‥?

‥‥ちゃんと‥帰る道‥覚えてるよね‥‥?」

兼平は何も答えない。

「誰か〜っ! GPSちょうだ〜いっ!」

GPSとは、グローバル・ポジショニング・システムの略称。

日本語に直すと、ぐろーばるに、ぽじしょにんぐする、しすてむ。つまり、全地球測位システムのことだ。

兼平は何も答えない。歩いていくとやがて、森の屋根がなくなる。

空に高々と上がる満月。既に、外も夜を迎えていた。



川が広がっていた。

「‥何‥これ‥‥」

駒王丸は猪を止める。

淡く燐光していた。

まっ白い流れが、月の光をはね返す。

兼平は川に近づいて、水を手ですくう。兼平は白く光る水を見てから、川に返す。

兼平は川の流れに逆らって、つまり上流に向かって歩き始める。

「‥戻ろうよ‥兼平あんちゃん‥‥」

兼平は森の方を指差す。





暗闇は何も見通せない。

深い大穴は開く。

脈拍。

獣たちの慟哭が反響する。

大きな獣。

自体が意思を持っていて。

こちらの様子を無関心に伺っている。

見ていると、落ちそうになる。

何もかもが黙った一瞬。

『さぁ、おいで』

森は囁く。





駒王丸は猪を走らせ、兼平に追いつく。

「ごめんなさい! 全面的に俺が悪うございました!

どうか置いてかないで! どうか一緒に連れてって下さい! 独りにしないで!」

駒王丸が謝るその後ろ。

ばっさばっさと。

翼とわかる羽音。

「ぐぎゃ〜っ!」

駒王丸は叫ぶ。それから。

「何だ。雫か。脅かすな」

駒王丸は胸をなで下ろした。



尖った耳。

丸っこい目。

曲がった嘴。

木菟。



羽音の主は、駒王丸の肩に止まる。

「兼平あんちゃん。雫が迎えに来てくれた。これで帰れるよ」

駒王丸は兼平の方を向く。

兼平は浅瀬にいた。川の中の何かを見ている。

兼平は水に手をつっこむ。

棒だ。

赫黒いものが染みついている。

「兼平あんちゃん。それ、上から流れてきたの?」

猪突猛進。

兼平の後ろを猪が駆け抜ける。

つかず離れず。

兼平は歩くのを速めた。





どこよりも光っていた。

何よりも明るかった。

上流には闇が広がる。

下流には光が流れる。

光がせせらぎを打ち消す。

明るく淀んでいた。

光の源流で。

川に横たわって。

燃えつきるように光っていた。





駒王丸は、川沿いに猪を走らせていた。光の物体を見つけ、猪を止める。

駒王丸は何かを見て。

「知衛‥」

駒王丸は呟く。光る物体がごろりと回る。

「知衛!」

駒王丸は猪から飛び降りる。光る物体は上半身を起こして。

「ふぁ〜あ」

両腕を上げて、力の抜けるおたけびをあげる。同時に、知衛の身体から光が抜ける。

「知衛‥だいじょうぶなのか‥‥?」

駒王丸は知衛に駆け寄る。

「ああ、ばっちしだ。余裕すぎて寝ちまったわ」

さっきのあれが余裕だったかどうかは、皆さんに判断して頂くことにしよう。

「‥いや‥あたま‥だいじょうぶか‥‥?」

ドロップキックが駒王丸に炸裂する。駒王丸の眼鏡が吹っ飛ぶ。

「はん? こま? 誰に口きいてんだ? 誰の頭がおかしいって?」

水面にうつ伏している駒王丸。知衛はその頭の上に足を乗せる。

「‥ごぼっ‥いや‥‥そういう意味じゃなくて‥‥」

駒王丸は身体中の命を集結させて、首を上げる。

「じゃあ、どういう意味だ?」

知衛の足が駒王丸の命に勝る。駒王丸の顔は再び、水面の下に沈む。

駒王丸は、最後の力を振り絞って、頭を上げて。

「‥ごぼっ‥あだば‥頭、触ってみ゛ぃ‥‥」

そして、事切れる。

「頭ぁ?」

知衛は頭に手をやる。

ふぁさふぁさ

知衛は手を離して、深く深呼吸して。

もう一度、頭に手を伸ばす。

ふぁさふぁさ

「何じゃこりゃああ!」

知衛が狐耳を触りながら、あの刑事ドラマ(脚本.どっかの都知事)の名シーンを演じる中。

みんなのすたー、兼平くんがやってきた。





「たった今、知衛容疑者が出てきた模様です」

館の前で、駒王丸はマイクを持って実況している。

知衛は両手を前に揃えて、手首と頭に布をかけている。

兼平は知衛の横に立つ。ちょうど連行する形になる。

「ねぇ。これで本当にだいじょうぶと思う? 兼平あんちゃん」

兼平は何も答えない。

「まぁ、やってみないとわからんでしょ」

知衛が代わりに答え。

「たぶんだめだと思う」

駒王丸が返すと。

「おまえ、俺のアイデアに文句あるのか?」

知衛が拳を振りかぶる。知衛の手首をつかむ手。

「兼平。じゃまするな!」

「あのさ‥それ‥兼平あんちゃんじゃなくて‥とっ‥とう‥‥」

駒王丸は震える指で、知衛の後ろを指さす。

「じゃあ、誰だって‥と、父ちゃん!」

振り返りながら、叫ぶ知衛。

「おかえり。知衛」

穏やかで、ほんの少しの残酷さを含んだ声。兼遠は知衛の頭の上に手を置く。

「た‥ただいま‥‥」

知衛の声は裏返っていた。



静寂が張り詰める。

知衛は、兼遠の前で正座している。頭の布は外され、狐耳はしょんぼりと、うなだれていた。

その脇に座る二人。右に兼平、左に駒王丸。兼遠の横には、宮菊と一人の少年が座っている。

今が八時だということを考えると、見事な全員集合。

正直に言えば、兼行は眠っているのでここにはいないが。

ろうそくの火が揺らめく。

「説め‥」

静寂を破って、兼遠が口を開こうとしたとき。

「どうか知衛を叱らないでやって下さい。山を下っている最中に白い狐が私たちを襲ってきたのです。

 私が弓で仕留め損ねた所を、知衛がとどめを刺しただけです。

もし、知衛が白い狐を追いかけなければ代わりに、私がとどめを刺していたでしょう。

知衛は私たちを護ってくれたのです」

声を発したのは兼平だった。

「兼平あんちゃん‥言語障害じゃなかったんだ‥‥」

駒王丸は呟く。

「聞き捨てならんな。駒王丸」

兼遠の横にいた少年が言う。

「兼光あんちゃん」

兼光は立ち上がり。

「兼平をイ○ラちゃん扱いすることがどれだけの問題発言だと思っている。

 兼平は、はーい、ちゃーん、ばぶーの他にも、英語くらいなら話せるのだぞ」

はーい。兼光あんちゃんのほうが、いろいろ問題発言です。ばぶー。

「兄上。英語って何ですか?」

宮菊が服を引っぱりながら、兼光に訊く。

「英語とはな、ぐれーとぶりてんがそのあれだ、けつわるこわとる。英語のことは、また今度、話してやるから」

話を沿らすところをみると、おそらく兼光は知らないと思われる。

ちなみに、ケツァルコアトルは豊穣を司るマヤの神様だ。意味は、ナワトル語で羽毛のある蛇とかどーのこーの。

「今、教えてください」

宮菊はやっぱり、服を引っぱる。

は〜い。兼光のストリップショーの始まり始まり。まぁ、誰も見たくないわな。ばぶー。

「失礼します。夕食ができあがりましたので、お持ちしました」

金梅が障子を開けて入ってくる。

「おお。めっちゃ腹減ってたんだ。

それにしても、どゆこと? 何かめっちゃごーせーなんだけど。金梅さん」

いつのまにか、知衛は金梅の目の前にいた。狐耳は元気に立っている。

「知衛さまの殊勲を祝ってのものでございます」

「おっ。まじで?」

「はい。まじです」

金梅は知衛の茶碗にごはんを盛る。

「みなのもの。今日は俺に感謝しろ」

知衛は振り返ってから、座敷のものに向かって言葉を発す。

「それじゃ。いただきま〜す」

そこで知衛は気づく。誰一人として声を出さない。

「そんな‥ばかな‥‥」

知衛の手から茶碗が落ちる。狐耳はおじぎをする。

「あらあら。今、床を拭きますね」

金梅は落ちた茶碗を拾う。

口についた米粒。ごはんのついた茶碗(空)。

兼平は、おかわりの領域に達していた。





ちゃぶ台の上には空になった容器が勢揃いしている。

「ごちそうさま。ふぅ。食べた食べた。ごっつあんです」

駒王丸は、ぱんぱんに膨らんだ腹を叩く。中原家子どもと駒王丸、宮菊は部屋から出ようとする。

「待て、知衛」

「お待ち下さい。父上。知衛は駒王丸を護ったのです」

兼平、駒王丸、宮菊は心配そうに兼遠を見つめている。

兼遠は兼光の方を向いて。

「わかっている。儂も知衛のことは誇りに思っている。

儂が知衛と話したいのはそういうことではないのだ」

兼遠は兼光の頭を撫でる。

「そういうことなのでしたら」

兼光は部屋から出ていく。続いて、兼平、駒王丸、宮菊も部屋から出ていく。

「あ、兼平。今、笑ったな!」

「こらこら。知衛。こっちに来なさい」

名を呼ばれて、知衛はしぶしぶ、兼遠の前に座る。

「‥で、何? 俺を怒るんじゃないってなら一体‥‥」

兼遠は何も言わない。

眉を動かさず。

只、知衛だけを見つめる。

部屋の空気が圧苦しい。

「‥えっと‥その‥‥」

知衛は、何を言ったらいいかわからないご様子。

「よし。行け」

兼遠は言い放つ。

「‥はい‥‥? えっと、その、何か言いたいことがあったんじゃないの‥‥?」

「行け」

兼遠は抑揚を抜く。

「へいへい。わかりました」

知衛は耳をほじりながら、部屋を出ていく。

「よかったのでしょうか。これで」

金梅が口を開く。

兼遠は大きく息をついてから。

「言えるものか。言えるはずなどない」

兼遠の身体が小刻みに震える。

「差しでがましいですが、もし宜しければ、私が伝えて参りましょうか」

「いや。もうこうなれば、全ての手立てが無益だ。儂にできることは、知衛を信じぬくことだけだ」

金梅は兼遠の手を握り。

「大丈夫ですよ。知衛さまはお強いですから」

「‥そうだな‥‥」

兼遠は返事をする。

障子が開く。

「あ、父ちゃん‥‥俺、あのとき勝手に飛び出してって、

こまとか兼平のこと、ぜんぜん考えてなくて、でも、殴らないで!」

知衛は障子を閉めずに逃げ去る。

「それにご正直ですし」

金梅は微笑いながら言う。

「ああ、そうだな」

兼遠は微笑った。







寒さの槍が肌を刺す。

生命の吐息を感じない。

辺りを敷き詰めるのは、白く乾いた雪。

ところどころ、岩の剣が雪の畳を貫いている。



雪の荒野に知衛は立っていた。

「はん? 何だ? ここ」

知衛は辺りを見回す。

「やっと来たか。待ち侘びていたぞ。小童」

女性が立っていた。

白い髪は地面に溶け。

白い布を身に沿わし。

白い傘で面を陰にし。

妖艶なる風を纏う。

「あんた誰?」

知衛の呼びかけに。

「おまえの身体の新たな宿主だよ」

女性は顔を光に晒す。白い耳が頭から生えていた。



「???」

頭にはてなマークのモニュメントをつける知衛。

「ふむ。その少ない頭では理解できぬか。

しかし身を以って体験したならば、儂の言ったこともすぐに理解できるだろう」

枯れた雪が激しく舞い、二人を呑みこむ。そして、何もかもが真っ白になった。





星たちの瞬きが弱くなる。

もうそろそろ、眠る時間。

月と星は光のふとんに入る。

代わって、朝日が出撃する。



「んんっ‥」

目をこする知衛。知衛はふとんに入って寝ていた。

横に正座する兼遠と金梅。

「起きたか」

兼遠は知衛に向かい話す。

「金梅」

兼遠は手で金梅に合図をする。

「失礼します」

金梅はふとんの中に手を入れる。

「あはは‥くすぐったいよ金梅さん‥あ‥‥」

甘い声を上げたあと、知衛はふとんをはねのけ、立ち上がり身体のあちこちを探る。

「そんなはずはない!」

知衛は全身、真っ裸になる。つるぺた。おーいえー。

何も言わない知衛。沈黙が流れる。

誰かが部屋の障子を開く。

「あ〜、宮菊と同じです」

宮菊はにこにこと指を差す。

「ない〜っ!」

知衛の叫びは屋敷中に響いた。









まぁとりあえず菓子。



しもうた! 狐にせんかったら、よかった。手遅れや。

龍にしちょったら、倶利伽羅黒蛇王とか絡めれちょったし、虎にしちょったら、阪神ネタで進めれちょったに。

まぁ、この先もそんな感じの話やき、まめんもくな雰囲気が好きやったら帰り!(笑

そこ! ロリコン言うたな? ロリのコンで何が悪い(笑

はい。こんなロリのコンにでも見捨てずにおられる優しいみなさま。

わがままゆーてえい? 資料。資料おくれ。

後、義仲ファン、巴ファン、兼平ファンの方々、本当にすみませんでした(笑







似た名前が多いので。

登場人物のまとめ。



駒王丸‥あの人。この話では、ミスター眼鏡。獣使いっぽい設定がぜんぜん活かされてない?(笑

知衛‥あの人。将軍より人気が高いかもしれない。この話では、キツネっ娘。

今井四郎兼平‥源義仲軍最強の鬼神。

死ぬまで負け知らず(と自分は勝手に思いゆう)。この話では、ようわからん人。

中原兼遠‥信濃の権守(って何?)。この話では、父ちゃん。

樋口次郎兼光‥兼平の兄。斉藤別当実盛の話はあまりに有名。この話では、いろいろアブない人。

落合五郎兼行‥弟。よう知らん。キャラも決まってない。出番は多分ない(笑

金梅‥自分の妄想。兼遠父ちゃんと何かありそうやけど、そこは大人の事情ってことで(笑